LBXの発売中止と、LBXでの遊戯を禁止する条例が出て3ヶ月後の今。俺は1人、黙々と作業をしながら考えていた。金属粉を吸い込まないように防塵マスクを取り付けているため、口の周りに熱が籠って熱いが、それでも必要なことだと割り切る。
マグネシウムと、発光装置を組み合わせ、それらを1つの容れ物に入れたあと遮光ゴーグルを装着し、点火装置を持って距離を取る。可能な限り離れて点火装置を押すと、途端に部屋が白に包まれ、すぐに元の色を取り返した。
よし、閃光発生装置は問題ない。あとは前に作った壊れやすいプラスチック製の容れ物と、用意していた爆鳴気製造装置を合わせて、スタングレネードを作れる。すぐに入手できるよう準備しておけるようになったぞ。
だが、正直言って不安な所はある。まだあと1年あると思うより、あと1年しかないと今の俺がそう考えているからだ。
2046年、父さんの手によってとある物がこの世に誕生する。その名を“強化ダンボール”。ダンボール戦機を知る者にとって、これの存在は切っても切り離せないぐらい重要だ。何せ、これによって作られるフィールドが無ければ、LBXは再び日の目を見る事はなかったかもしれないぐらいには。
強化ダンボール。ダンボールとは名ばかりの、ナノテクノロジーの結晶ともいうべき代物だ。ナノ単位で構成された衝撃吸収機構と、軽量・高耐久の素材を使用し、内外からの働撃を約80%吸収するという、まさにオーバーテクノロジーとはかくあらんとする梱包材である。アニメ無印の前半では、毎回強化ダンボールの高度落下と、それに梱包されたテレビが無事である映像が放送されていたのを思い出す。
そしてこの強化ダンボールという存在が俺の父、霧島平治の転落人生のキッカケの1つとなってしまう。この強化ダンボールの権利を得る為に、タイニーオービットがそれを無理やり買収し、アスカ工業は倒産。そこを神谷重工に拾われて、父さんは良い様に使われる。イノベーターの自作自演によって。
一時期は、この事態の止め方について考えていた。けどすぐに無理だと悟った。
相手は数多の業界に通じた海堂義光とそのシンパ。下手に何かをすれば、圧倒的な権力でもって捻じ伏せられる。そうなれば全てが海の達屑と化す。せめて予想されるだろう作為的な事件事故に対応できるよう備えはしているが、具体的なイノベーターへの対抗手段は未だに思いつかない。
「くそっ」
思わず愚痴をこぼしてしまった。だが受け入れざるを得ない事だ、一個人が政界の大物と戦って勝てる保証など、どこにも無いのだから。
「はぁ…………」
椅子から感じる温もりが、ほんの僅かに不愉快だと思った。考えても仕方のない事なのに、俺はその思考から抜け出せない。
いっその事、強化ダンボールの開発を中止させようかと考えた事もある。だが、俺にそんな真似は出来ない。この物流の常識が一変する大発明を、父さんが創り上げた発明品を台無しにするなんて、俺にはできない。一技術者として、1人の人間として、そんな事をする気になれなかった。
「どうすれば良いんだ、本当に」
「何か悩み事か?」
「うひゃあッ!? 痛った!」
「大丈夫か、暁!?」
い、いつの間に部屋に......というか驚いてぶつけた所が痛い。
「父さん、なんでここに?」
「お昼になったから呼びに来たんだよ。ノックしても返事が無かったから寝てるんじゃないかと」
「それは、ごめん。ちょっと考え事してた」
「バッファの改良点についてか?」
「まぁ、そんなトコ」
「そうかそうか、それなら仕方ないな。さ、昼ご飯食べよう」
「はーい」
考えてもどうしようもない事は、考えない方が良い。その方が幸せに生きられるから。
そんな文言に問いかける。どうしようもない不幸が来ると知っていて尚、考えなければ幸せに生きられるのかと。
その問いに答えてくれる者は、誰も居なかった。
2046年。アスカ工業が、ある発明品を世に示した。内外からの衝撃を約80%吸収する梱包材、その名を強化ダンボール。その発表は瞬く間に輸送業界に革新をもたらした。
輸送過程で破損しやすい集積回路、部品、芸術品、重要研究資料、精密機器、食品などなど。ありとあらゆる品をより安全に運べる夢の技術に、多くの関心を寄せていた。
しかしやはりというべきか、その関心を持つ者の中には、悪意を抱いて訪ねに来るのも居る。我先にと急ぎ、特等席を得るために。
「巫山戯るな!」
それ以上の悪意を持つ者は、木を根ごと掘り起こして持ち去ろうと画策していた。
「このような横暴、かのタイニーオービットとあろう御社でも許されていい筈が無い!」
「ふむ。条件を飲み込むつもりは無い、という事ですかな?」
「当たり前だ!」
悪意ある者は最初、タイニーオービットの沢村宗人と名乗った。集積回路の分野に精通し、かのLBXを初めて発売した大企業。霧島は最初こそ、息子である暁が大好きなLBXを作ってくれた企業を快く出迎えた。
だが、沢村の要件は悪辣と称すべきものだった。アスカ工業から強化ダンボールの権利を全て奪い、タイニーオービットの権利として使用するものだったのだ。これには元来温厚な霧島であっても憤慨せざるを得ない。
「帰ってくれ! ここまで理不尽極まりない契約を結ぶなんて以ての外だ!」
「それは困りますな。ここで我が社と契約していただかなくては、一体どうなる事やら」
「貴方々の事情など、こちらが知った事じゃない!」
沢村は瞠目したまま、一呼吸を置く。無茶苦茶を押し通そうとしている立場である筈の悪意は、さも正しい事であるかのように振舞った。
「そうですか。であれば、今日のところはこの辺りで引きましょう。しかし霧島さん、今後我々にそのような対応をされるとなると、あとが恐ろしいですよ」
「どういう意味だ?」
「では、私はこれにて」
そうして沢村は去り、喧騒の余韻が残った部屋に霧島が残される。彼は怒りを覚えながらも、机に残された書類を片付け、それらをシュレッダーにかけるため部屋を出た。
扉が閉められたあと、部屋の隅で隠れていた黒いジョーカーが窓を開けて外へと出ていき、別の窓から室内へ入室。僅かに土埃を纏って帰ってきたジョーカーを、右手にCCMを持った暁が出迎えた。
「ご苦労さん」
ジョーカーに向けて労るような声を掛けたあと、機体を自身のPCと繋ぎ、暁は右耳にBluetoothイヤホンを嵌め込み、保存された映像データを確認する。
(音声、映像ともに問題なし。あとは机にあった書類が欲しいけど)
確認し終えた暁はPCの画面を戻し、カメラ機能を搭載したメガネをかけて急ぎ足で部屋を出る。彼が父を見つけた時には、社内のシュレッダーが稼働している音が聞こえていた。
(遅かったか……)
これからの事を考えて、少々億劫になった暁であったが、それでもやらなければと意志を保ち、シュレッダーの中身を確認する。幸か不幸か、取り付けられたゴミ袋はそろそろ捨てても良い状態であった。
「父さん」
「あぁ、暁。どうかしたか?」
「んーと、どう言えばいいかな」
「ん?」
「今日の、対談? のあれこれは、あんまり良くなかったみたいだなって」
「聞こえてたのか。ごめんな、暁」
暁は自分の頭を撫でる父の手を受け入れ、少しの間その暖かみを享受する。それが終わったあと、彼は父とシュレッダーの間に割って入り、ゴミ袋を取り出した。
「そろそろ捨てた方が良いでしょ。やっとくよ」
「ありがとう。なら、頼まれてくれるか?」
「任されました、ってね」
暁はゴミ袋を持ってその場から離れた。ゴミ置き場へと直行したあと、袋の中身を覗きながら静かに覚悟を決めた。
「あたまいたい……」
「大丈夫か? 暁」
「だいじょばない……あたまガンガンするぅ」
いたいぃぃ……昨日から頭が痛いし、色々気持ち悪い。何が一体どうなってんだ……? 晩飯食べてたところに突然来たし。
はい、そんなこんなで絶賛体調不良です。飯が喉を通らねぇ……。
「しんどぃ」
「病院行くか?」
「うん……」
今日学校だけど、流石にキツイ。これが続くようなもんなら色々と支障が出るし、今は休息に充てないと。
んまぁそんな訳で、小児科に行って検査してみたところ特に異常は見当たらず。結局鎮痛剤を貰って、大事を取って今日は学校を休むことにした。
ようやく本調子になれた午後3時過ぎ、その事態に気付けたのは偶然だった。
「ん? 何か焦げくさ────」
何かの焼ける臭いを捉えた瞬間、嫌な予感が脳裏によぎり慌ててバケツに水を入れている間に、その臭いの元へと向かって外へ出ると、家に小火が発生している。場所を確認したあと急いで水入バケツを運び、小火に向けて水をかけ消化した。
鎮火が確認出来たので、そのあとは警察に連絡し、この事実を父さんにも伝えて帰ってきてもらって、警察の事情聴取を受けた。事情聴取の際、1人家に居た俺に嫌疑が向けられて嫌気がさしたが、思いつく容疑者の存在を考えると正直どうでもよくなった。腹は立ったけどな!
今回の件、犯人は確実にイノベーター側の人間で間違いない。強化ダンボールの権利のために、家を燃やして物理的な損害を与える事が目的だったんだろう。止められはしたが、改めてここまでするかと思った。
可能な限り妨害工作は止めたいが、おそらく対応はどんどん苛烈なものになってくるはず。くそったれ、これじゃ焼け石に水すぎる。
あの映像をタイニーオービットの社長本人に見せればまだ可能性は……いや、それも難しいか。仮にあれを見せたとして、イノベーターの規模を考慮すると迂闊な事はできない。仮に沢村を解雇したとしても、イノベーター側の対応が
然るべき時が来るまで、これは持っておく必要がある。誰にも悟られず、誰にも知らせず、か。
「────はッ」
自嘲。声は漏れてしまったが、吐き出さずにはいられなかった。
そりゃそうだろ。だってこれは、半ばイノベーターの共犯になってるようなもんだ。見せなきゃいけない証拠を見せず、流れに逆らう事に不安を感じて、父さんを絶望の底に落とすことを、肯定しているようなものじゃないか。
…………それでも、何か出来ることはないかと考えてしまう。裏切り者のくせに。
だが、何ができることがあるとするなら。そう考えて、俺は家族が寝静まった深夜に、こっそり家を出た。アスカ工業の生み出したものを残すために、俺が作り上げたものを誰の目にも止まらせないように。
そして予定調和のように、アスカ工業は倒産した。