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※注意
今回の話は気分の良くない話が出てくるため、閲覧の際はご留意ください
其奴に気付いたのは、大体5時間ほど前のこと。儂を捜す者が居ることを偶然知ったが、その時は別に興味など無かった。どうせ興味本位で彷徨いておる奴らと同じ、少し待てば勝手に帰って行く。そう思っておった。
ところが、それから2時間ほど経ってもまだ儂を捜している事を偶然知った。やけに長く捜しておると思い、ふと気になってその者を覗き見た。
(まだ子どもではないか)
背格好から考えるに、まだ10を越えているか怪しい年頃じゃった。スーツケースを携え、アキハバラに居る人々に向かって儂のことを尋ね回っている。アキハバラをよく知るオタクや、そうでないオタクに観光客の区別なく聞いて回っていた。
気が付けば、儂はその小僧の動向を追っておった。1時間ほど経って、ふと何時から来ていたのか気になり、アキハバラ中の監視カメラを確認してみると、午前9時半頃にアキハバラ駅に到着していた。
何ゆえここまで儂を捜しておるのか、そう考え気が付けば午後5時頃。もうすぐ小僧が来て8時間が経とうとしていた。この時点で、儂は答えを知りたくなった。なので都合よく小僧の近くにいたオタブラックを向かわせたのだが、まぁ何やかんやのハプニングに巻き込まれて結局到着したのは午後5時半。つまり今じゃ。
そして現在、儂は件の小僧と対面している。此奴の目的を聞くために。
「お主か、儂を捜していたというのは」
「その通りです、オタクロス」
階段をいつものように跳びながら降りて行き、其奴との物理的距離を詰めつつ、目的を聞いてみる。
「して、儂に何用かの? 8時間も費やしてまで、なぜ儂を捜しておったデヨ?」
「────アンタに、助けて欲しいんだ」
「助け?」
「ああ」
助け……のぅ。普段ならこの辺りで一蹴しておったのじゃが、ここは詳しく聞いてみるとするかの。
「その助けというのは、オヌシの事か?」
「実質、そうなる」
「ふむ?」
ますます分からん。何に対して助けを? と考えたところで、其奴は自身が携えていたスーツケースに手を当てた。
「助けて欲しいのは、この中にある物だ」
「その中身とは、何デヨ?」
「俺の持つ、
「LBXじゃと?」
「コイツらを、どうか預かって欲しいんだ」
……どうやら、本気のようらしい。此奴の目が、そう訴えかけておる。ならば、聞かねばなるまいて。
「理由を、聞かせてくれるな?」
「……少し、時間は掛かる。俺にとって、胸糞悪い話だから」
「よろしい。では、座るとするかの」
聞かせてもらうデヨ、その胸糞悪い話とやらを。
少し、色々と前提を話しておきたい。俺は昔、両親と3人で暮らしていたんだ。だがある時、不幸なことが起こって、父さんの会社が倒産して、離れ離れにならざるを得なくなった。
俺は母さんと一緒になることになって、心配だからという理由で祖父母とも一緒に暮らすことになったんだ。俺は、父さんに付いていきたかったけど。
……話を戻そう。俺は今、母さんと祖父母を入れた4人で生活している。ただ、俺は母方の祖父の方は正直好きじゃない。本人が新技術の類を毛嫌いしていて、その手のニュースを見るたび悪態を吐いていた。
そういう理由もあるが、まだ両親と3人暮らしだったころ、折角だからという理由で祖父母の家に行く事があった。当時の俺はLBXの開発に関わる技術の勉強をしてたけど、ある時突然祖父に海に行こうと誘われた事があった。俺はその時、優先したいことがあるから勉強をしたいと言った途端、祖父から「言うことが聞けないのか!」と怒鳴られたんだ。
それ以来、俺は祖父に対して更に苦手意識を持つようになった。ただ一緒に暮らすことになって、必然的に祖父からの要求が多くなった。やれ遊園地に行くから付いてこいだの、やれ旅行に行くから付いてこいだの。その要求を断ろうものなら、すぐにキレ散らかして言うことを聞かせる事ばかりしていた。一緒に住んでる母さんや婆ちゃんから行ってやってほしいと頼まれて、渋々祖父に従う日々が続いていたんだ。
そんな事が続いていたある時、学校の帰りに自分のLBXコレクションを探そうとして、その全てが無かった事に気付いた。全身から血の気が引いたよ。
家中探し回っても無くて、一体どこにあるのか母さんにも訊いたし、婆ちゃんにも訊いた。返ってきた答えは知らない以外無かった。半ば発狂してた俺の様子に苛立った祖父が、そんな物よりもっと大切な事があるだろうと言って、そこで俺の堪忍袋の緒が切れた。あれは大切な物なんだと何度も何度も叫び散らして、痺れを切らした祖父が言ったんだ。
あの時ほど冷静さと怒りが同居したことは無かった。その激情に駆られるまま、俺はクソジジイに暴力を振るって、振るって、何処に捨てたのか問いただした。でも結局何処に捨てたのかは答えなくて、俺はまたクソジジイに暴力を振るったあと家を飛び出した。
大慌てで探し回って、完全に日が落ちかけてた頃、俺の大切なLBX達が家から遠く離れたゴミ置き場で見つかった。幸い、その日はゴミ収集車が来ない日だったから、全て無事だった。
勝手に俺の大切な物を捨てられた怒りを抱いたまま帰って、その日は家に帰って母さんと婆ちゃんに心配かけさせちゃったけど。
────でも、このままこの家にLBXを置いていたら、また同じように……いや、もっと確実な形で処分されてしまうかもしれない。そう考えた俺は昔聞いたアンタの、オタクロスの噂を思い出した。オタク達から神と謳われているアンタなら、俺のこの話を聞いてLBXを保護してくれるかもしれないと思った。
「だから、儂を探し回っていたと」
俺はアンタを。いや、オタクという存在を“好きに対して情熱的で真摯に向き合う者”だと思ってる。この話を聞いて、怒りを覚えないわけがないだろうという、同情を誘発させれば、望みを聞いてもらえると思ったんだ。
「最後の所は喋らなくて良かったのでは?」
……そう、だよな。そうだよな。ごめん、何か色々ヤケになってるみたいだ。今も思い出すと腸が煮えくり返って、正気を保ってられなくなるみたい。
ともかく、これがアンタに会いたがってた理由だ。このままあの家に居たら、大切な物が失われてしまいそうだから。それを守ってもらいたかったんだ。
暁から事情を聞き終えたオタクロスは、自身の髭を触りながら少しの間考えて無言になった。髭を触る手を止めると、彼に向かって話しかける。
「それは、さぞ辛かったの」
暁は何も答えなかった。だがその沈黙と、苦しそうな表情は、どんな言葉よりも雄弁だった。
オタクロスは暁に視線を向けることなく、彼にふとこんな事を訊ねる。
「ところで少し気になったんじゃが、オヌシ。本当にそれだけか?」
「…………はっ?」
「誤解はしないでもらいたいが、確かにオヌシの身に起きた出来事は、自分の大切な物を守って欲しいと儂を頼ろうとするに足りる。じゃがな、儂はどうにも気になっておる事があってな」
「なんだよ」
「オヌシは先程、自分の母と祖母に心配をかけさせたと言ったあと、間を作ったじゃろ」
「それが、なんだっていうんだ」
「────帰ったそのあと、何かがあったのではないか? と、思ったまでヨ」
暁の表情に、驚きが生まれた。そして俯き、少しして彼の口から乾いた笑いが漏れ出る。暁は、観念したような面持ちになった。
「ハッ。流石に、気付かれるか」
「あったんじゃな。何か」
「……帰ったあと、寝る前に母さんに言われたんだ。
“こんな物の為に、おじいちゃんに怒ったりしないで”ってさ」
それを聞いたオタクロスが、目を見開いた。暁は自身の拳に行き場のない怒りを込め、平静さが崩れることを気にしないまま、話を続ける。
「それが、引き鉄だった。俺が家出を決意するに至った、最悪のトリガーだったんだ」
暁は、LBXが好きだ。好きで好きで堪らない。その様子を、母親は見ていたはずだった。だがその一言を受けた暁は、一瞬にして愛すべき母親に怒りと憎悪を向ける事になる。
たった、その一言だけで
「ふざけるなよ、チクショウ…………!」
決別を選んだのである。