第一話:RGM-79
真新しいシートの香り。
コンソールパネルも傷一つなく、新品の輝きを放っている。
緊張しながらも、手順に従いシステムを起動させていく。
「いよいよ、か」
呟いたパイロットは、連邦軍士官学校を卒業したばかりの青年である。
青年が居るコックピットは、生産されて間もない最新鋭の機体。
人型機動兵器、MS(モビルスーツ)『ジム』である。
RGM-79『ジム』
宇宙移民がジオン公国を名乗り起こした独立戦争は、早期終結の予想を覆し早十か月が経過。
その原動力は人型の機動兵器である、MSにあった。
劣勢を強いられた地球連邦軍も、遅ればせながらMSの正式量産にこぎつける。
その量産型MS『ジム』の初期生産四十二機は、ここジャブローにおいてロールアウトしていた。
モニターが起動し、メインカメラより送られた外の景色が映る。
「システム、オールグリーン。起動準備よし」
指さし確認の上で、すべての項目に問題が無いことを確認し、青年は通信を開いた。
「管制室へ通信。第十四小隊、カーク・ヴェルフィリア少尉です。聞こえますか」
「こちら管制室。オペレーターのレーリ・ファン准尉です。何か?」
「システム起動完了。いつでも出られます。以降の指示をお願いします」
「了解しました。第十四小隊は二十三番区画へ移動をお願いします。以降の指示は小隊長に一任されています」
「了解。カーク・ヴェルフィリア少尉、ジム出ます」
「ご武運を」
オペレーターとの通信が終わり、コンソールをチェック。
彼にとって初の実戦である。
起動完了を確認したカークは、感触を確かめつつゆっくりペダルを踏みこんだ。
モニターに映る景色が動き、振動が身体に響く。
訓練では何度となく繰り返した動きでも、実戦となると緊張感が違う。
慎重に機体を制御しつつ、歩行から走行へ。
そんなカークのジムへ、追走する僚機より通信が入る。
小隊長、エルド・ワース大尉からのものだった。
「カーク少尉。エルドだ。聞こえるな?」
「感度良好です。大尉」
「ミーナ中尉はどうか?」
「聞こえてます。ついでにカークのエンブレムもよく見えてます」
エルドの問いに答えたのは小隊の紅一点、ミーナ・ラックスマン中尉である。
カークのエンブレムとは、士官学校時代から彼が考えていたパーソナルマーク。
Kのアルファベットを翼を広げた鷲に見立てたデザインで、それを盾に描いていた。
後輩を茶化すミーナにため息をつきながら、エルドは続ける。
「よし。今の隊形だが、カークの機体を先頭にミーナの機体が中央、殿が俺の機体だ」
エルドの説明に対し、ミーナから提案が出された。
「アローフォーメーションに切り替えますか?」
MSの小隊は三機で一小隊となる。
アローフォーメーションは小隊が組む隊列の一つで、先頭に一機、両脇後方に二機を配置する隊形だ。
「無用だ。この辺で遭遇すればどうせ散会しての乱戦になる。周囲警戒を厳に」
「了解」
ジャブローの地下通路にジムの駆ける足音が響く。
現在、ジャブローはジオン軍の大規模な攻撃を受けている。
カーク達のMS隊は迎撃のため出撃。
他の部隊も順次出撃しており、大規模なMS戦が展開されようとしていた。
「二十三番区画到着。まだここは静かですね」
「まだ、って。静かなのが一番よ?」
カークの呟きに呆れた声で返すミーナ。
「侵入されてる区画は既に乱戦状態みたいだな」
エルドが二人の会話を拾う。
「え?大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないからこうして出撃になったわけだが」
ごもっともな回答に言葉が詰まる。
「いずれにせよ、現在の状況を管制室に確認しておこう」
エルドが管制室に確認を取る間、カークとミーナは周囲の警戒にあたる。
このあたりは訓練で染みついた動きだ。
「こちら第十四小隊。エルド大尉だ。管制室、応答を頼む」
「管制室のレーリ准尉です。どうされましたか?」
「二十三番区画へ到着した。内部に異常はないが、ゲートの外がどうなっているか知りたい」
「現在、二十五番区画に敵機侵入を確認して……二十二番区画も今、敵機を確認しました!」
「敵機体の判別はできるか?」
「いずれもザクです!」
MS-06『ザク』
ジオン公国軍が運用する人型機動兵器。
連邦軍劣勢の原因であり、戦車や戦闘機から戦場の主役を奪った兵器でもある。
「了解した。ゲートの開放を頼む。出撃する」
「わかりました。二十三番ゲート開きます!ご武運を!」
「聞いてた通りだ。ゲート解放後、手近な二十二番区画から掃討するぞ」
エルドの指示に了解、と答える二人。
後にジャブロー攻略作戦として戦史に残る戦いの一幕はこうして始まった。
外に出た第十四小隊は、二十二番区画へ向かう。
センサーより先に視界が敵機を捉えた。
「ザクの小隊か。先手をとるぞ!切り込みはミーナ中尉に任せる!」
手短に伝えられるエルドの指示。
聞くが早いか、ミーナのジムが加速。
響く足音がスラスターの噴射音に切り替わる。
ザクの一つ目が動き、ミーナの機体を捉え動きが止まる。
「見つかった。けど残りの2機はまだ気づいてない!」
好機と判断したミーナのジムは更に加速。
「この距離なら!……嘘!?」
距離を詰めながらの射撃はしかし、隙を見せたはずの相手に避けられる。
虚を突いた攻撃になったと思っていたミーナの目が驚きで見開く。
「フォローに入る!ミーナはそのまま正面を突っ切れ!」
エルドもジムを突撃させ射撃を開始。
一瞬のためらいを見せたミーナだが、エルドの指示通り正面に再度加速をかけて通り過ぎていく。
「カーク!左を頼む!右はこちらで受け持つ!」
「はい!」
エルドの声に反応したカークが遅れて射撃を開始。
が、思うように命中せず、相手は更に左へ展開。
と同時にマシンガンを構える姿が目に映った。
「まずい!?」
シールドをかざし、防御態勢。
体の芯に響く激突音。
ザクマシンガンの射撃を盾で受けて耐える。
「回避運動……読まれてる?」
左右に機体を振るが、マシンガンの射撃はその動きに追随して離れず、盾にぶつかる弾の音が続いていた。
一方、エルドの状況はどうかといえば。
狙いをつけていたザクが右に左に回避行動をとりつつ、彼我の距離を確実に詰めていた。
「射撃補助のプログラムがあまり役に立たんな……!」
カメラの照準補正は機能している。
しかし、巧みに動き回るザクを相手にすると照準が合う頃には既にいないのだ。
「積み上げた戦歴の差はパイロットだけじゃないってわけか」
かつてエルドがデブロック爆撃機から見たザクとは、動きに雲泥の差があった。
「離れて当たらないなら近づいて、と言いたいが……近接戦だって経験値が違うわな。なら」
エルドが少しずつ機体を後方へ下げながら、弾幕を張る。
それを腰が引けたと認識したザクが加速する。
マシンガンはシールドで防がれるため、その手には近接戦用のヒートホーク。
「狙い通りだ!釣られやがったな?」
あと二歩も踏み込めばヒートホークの攻撃範囲に入る距離で、エルドはジムを一気に加速する。
ザクへ向かって。
「シールドバッシュ、てのはMS戦でも有効なんだよ!」
盾をかざしたまま突撃し、ザクを突き飛ばす。
当たる距離まで近づいたエルドは、迷うことなくトリガーを引いた。
コックピット付近に命中したザクはそのまま沈黙。
動きを止めたザクをなお警戒しつつ、僚機の状況確認に目を向けるエルド。
「……敵機沈黙。あと2機。二人とも無事か?」
戦術モニターを見れば、カークは左方向やや離れた場所で膠着状態に見える。
ミーナはといえば、前方から大きく弧を描いてこちらへ向かうような動きを見せていた。
ミーナは追われる立場となっていた。
「しつこい男は嫌われるわよ!女かもしれないけどさ」
機体を木の陰に誘導しつつ、距離を取ろうと必死に駆ける。
しかし、その後ろをザクが諦めることなく追撃。
既に他の二機からはそれなりに距離が開いていた。
「アラームがうるさい!」
背後からの敵機接近と、数発の被弾を継げる警告音がコックピットに響き続けている。
「この距離じゃ援護は期待薄。どうにか反撃の機会を作らないと」
何か覚悟を決めたミーナは、大きく右に旋回させるような軌道で機体を走らせた。
その間も背後からの銃撃は続き、ジムの代わりに被弾した木々が弾け飛ぶ。
「あの木ならいけそうね」
周囲よりやや太い幹を持つ大きな木を見つけると、右手のスプレーガンを投棄。
空いたジムの右手が指を大木にひっかけ、機体を強引に急旋回させる。
「MSでポールスイングなんて、無茶だと思うけど!」
ジムの指が大木の樹皮を削る。
幹が軋みを上げながらしなり、根元の土を跳ね上げる。
「何とか耐えてよね!」
噴射するスラスターの向きを微調整。
旋回方向を意識して脚部を動かし、機体の慣性を抑え込む。
これらが合わさった結果、大木を犠牲にどうにか自機の反転を成功させた。
ミーナは旋回のGに耐えつつも、正面にザクを捉えると今度は盾を投擲。
「せやああああああっ!」
盾を追いかけるようにジムを加速させ、ザクにショルダーチャージ。
MS同士が文字通りの意味で激突した。
「かはっ」
衝撃で肺の空気が一気に吐き出される。
機体異常を示すアラートがコックピットに鳴り響くのも構わず、次の攻撃に移る。
激突で仰向けに倒れたザクの腹部へビームサーベルを突き刺した。
「はあっ…はあっ…ふぅ……」
荒れた呼吸を落ち着かせ、機体状況を確認。
明滅するモニターが破損状況を知らせていた。
「左肩部アクチュエーター損傷、可動不可。そりゃそうなるか」
「とはいえ敵機撃墜だ。よくやったなミーナ」
エルドから通信が入る。
「どーも。とはいえこれ以上の戦闘は無理そうです」
「わかった。そのまま帰還してくれ。俺はカークの援護に回る」
その言葉を発した直後、カーク機がいる方向から爆発音が響いた。
エルドが体当たりで反撃に転じ、ミーナが敵機の追撃を受けている頃。
カークと敵機の戦いは膠着状態となっていた。
「どうすればいい……」
ザクはマシンガンを撃ち続け、ジムはシールドで受け続ける。
幸いなことに、盾は何発当たろうと壊れる気配がなかった。
とはいえ、このままでは相手に救援がくれば一気に終わることになる。
「大尉も中尉も戦闘中。援護の見込み無し……」
士官学校こそ卒業しているが、初の実戦。
操縦桿を握る手は震え、補正プログラム以上に照準が定まらず。
頭は混乱し、正常な思考ができない。
「どうすれば、どうすれば……え?」
永遠に続くかと思えたマシンガンの射撃が止まる。
何のことはない、弾切れである。
「どういうことだ?しびれを切らした?」
弾切れという結論にたどり着けないカークは、どう動くべきか必死に考える。
だが、そんなカークが結論を出す前にザクが動く。
マシンガンを捨ててクラッカー(MS用手榴弾)を投げようとしていた。
盾を抜けないなら盾の裏で爆発させてやれればいい。
そう判断したジオン兵の兵器選択である。
が、そんな相手の思考に考え至れるほどの冷静さは今のカークにはなく。
とにかく必死で手を動かしていた結果、サブトリガーを捉えた指が押し込む。
「うわああああああ!」
放たれたのは頭部六十ミリ機関砲。
いわゆる頭部バルカンだが、その選択は幸いした。
相手が投げようとしてたクラッカーに命中、ザクの手元で爆発したのである。
それによって敵機は大破。
カークは無事、生還することに成功する。
かくして、カーク、エルド、ミーナの3人は初陣を生き延びた。
そしてジオン軍のジャブロー攻略作戦も失敗に終わる。
勝利に沸く周囲とは裏腹に、カークの表情は暗かった。
勝つには勝った。
だが決して実力ではない。
戦闘を思い返すたび、ため息がこぼれた。
「運も実力の内、と言うだろう。初陣なら立派なもんだ」
「隊長……」
エルドが肩を叩きながら慰めの言葉をかける。
「納得できんなら、次で挽回しろ」
「次、ですか?」
「ああ。生き残ったからこそ次がある。大事なことだ」
生き残る。
出撃前には考えもしなかった。
戦場が、死線が、ここまでの恐怖であることを。
そして何より生きて帰ることの大事さを。
「そうね。次があるのは救いよ」
エルドに同意するミーナ。
「私も次は機体を壊さずに帰還しないとね」
「パイロットの生還が第一でいいんすよ。機械は替えがききますから」
ミーナの言葉に答えたのは、近くにいた整備兵だった。
「カーク少尉も。まずは生きて帰ってくださいよ」
「あ、ああ。ありがとう」
兵士は戦果を上げるもの。
カークのそんな認識は、現場の皆によって書き換えられた。
「そうか。生きていれば次がある、か」
それは小さな出来事であったが、彼の生き方に大きな影響を与えることになった。
そんな第十四小隊に下された辞令は、地上において始まる掃討作戦への参加ではなかった。
「宇宙へ異動?」
あまりに予想外の辞令に、思わず聞き返すカーク。
「ああ。我が第十四小隊はティアンム提督の艦隊に所属となる」
「宇宙空間での機動なんて誰も経験無いわよ?」
「慣熟訓練の時間はあるそうだ。そこで慣れろということらしい」
「習うより慣れろ、ですか……」
宇宙という不慣れな環境で、次も生きて帰ることができるのか。
運に恵まれただけの初陣を思い返せば、不安しか出てこないカーク。
しかし辞令が覆ることはない。
兵士たちの戸惑いを置き去りにして、第十四小隊は初陣の振り返りをする暇もなく異動することになった。
参加作戦名はチェンバロ作戦。
その攻略目標は、―――宇宙要塞ソロモン。
【説明】
読んでみたいと思った設定の作品が見つからなかったため、自分で書いてみました。
連載でエタりたくなかったので、全部書き終わってからの投稿です。
なおタイトルの『因果巡合(いんがじゅんごう)』は造語です。
意味は文字そのままで「因果による巡り合わせ」というものになります。
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