宇宙世紀0084年、9月。
アクシズを発って約3か月を経て地球圏へ到達した一行。
ますはサイド3とサイド1の中間距離にある暗礁空域にコロンブス級を隠した。
以降は各自それぞれの目的地へ。
「では大佐。我々はここで」
「色々と助かった。感謝する。そちらの任務も上手くいくことを祈る」
去っていくシャア一行を敬礼で見送るニックとエリーナ。
「私たちはサイド1でしたか」
「ああ。反地球連邦の動きが活発化しているそうでな」
「今回は蜂起でなく連れて帰るのが目的ですよね?」
「だからこそ、だ。連邦の警戒が強まる前に動かないと近づけもしなくなる」
なるほど、と納得したエリーナを輸送艇へ促す。
「ゲルググは持っていくんですね」
「最悪の場合、囮として動くためにな」
到着までの道中で準備は整えていたため、あとは現地へ向かうのみ。
サイド1へ向けて暗礁宙域から一隻の輸送艇が出発した。
サイド1。
名前が示す通り、初めて建設されたコロニーを擁する宇宙都市群である。
一年戦争で最初に破壊されたコロニーも。
デラーズ紛争のコロニー落としで使用されたコロニーも。
サイド1のコロニーの話である。
「まずは1バンチからだ」
「シャングリラ、でしたか」
「一年戦争による損害が修復できてないからな。行政もまだ混乱中だ」
コロニー内部への扉が開放された瞬間、エリーナは顔をしかめた。
「何です?この空気」
「修復ができてないと言っただろう。空調整備も天候操作も最低限しか稼働していない」
「そんな。それじゃあ」
原因をもたらしたジオンに対する風当たりが強いのでは?
そんな疑問を抱くエリーナ。
「無論、ジオンへの風当たりも良くはない。だがこの状態になってもう4年目だ」
「4年もこのまま……」
「未だ復旧の目途すらつかない行政、ひいては連邦への不満も相応に溜まっている」
そう言い歩き出したニック。
その後ろを慌てて追いかけるエリーナ。
「連邦、ジオン、どちらにも思うところはあるのだろうが、今は連邦への不満が勝っている」
歩きつつ、ニックが視線を動かす。
その先には、小集団がデモを行っている姿があった。
しかし、住民すべてがそうではないらしい。
同じようにデモを見て足を止めていた住民の子供が、小さな声で呟くのがエリーナの耳に届いた。
「……行くぞリィナ。あんなの見てても時間の無駄だ」
他の誰にも聞こえない、聞かせるつもりもないだろう声。
しかし吐き捨てるようなその一言。
冷めた目でそのデモを一瞥して去っていく、妹らしき子を連れた男の子。
その後ろ姿は、なぜかエリーナに強く印象を残した。
サイド1におけるジオン軍残党との接触は成功した。
一足先にコロンブスへ向かってもらい、ニックたちは次のコロニーへ。
3バンチ、7バンチ、15バンチ。
分散して潜伏していたジオン残党へ接触、アクシズへの移動を了承する者へ移動を促していった。
「25バンチには寄らないんですか?」
次のコロニーへと向かう途中、船の中でエリーナが問う。
「あそこは連邦の警戒が厳しい。補給基地と演習場がある上、今はティターンズの部隊まで駐留している」
「ティターンズ……?」
聞き覚えのない名称に疑問符が浮かぶ。
「アースノイド至上主義者たちのエリート組織だそうだ。目的はジオン残党狩り」
ティターンズの目的を聞き眉をひそめる。
心境的には同様だったのだろう、ニックの表情も苦々しい。
「そんな連中がいるんじゃ、潜伏できませんね」
「灯台下暗しを狙う可能性はあるが、リスクを負う理由も無いからな」
「では次は30バンチですね」
到着した30バンチは、他のコロニーとは空気が違った。
デモこそやっていないが反連邦の張り紙があちこちに見える。
よそ者であるエリーナが見て心配になるくらいに。
「いいんですか?これ」
「よくないさ。だがそれだけ不満が溜まりこんでいるんだ」
住民の反発。
行政としては面白いものでは当然ない。
小規模であれば黙認できても、大規模になれば鎮圧という話になっておかしくないのだ。
「連邦の警戒も日に日に厳しくなっていく。合流を促せるのも今しかない」
だが、接触したジオン軍残党兵らは合流を拒否した。
「理由を聞いても?」
「25バンチに自分たちの仲間が残っているのです。彼らが脱出できたときに力になってやりたいのです」
「……了解した。武運を祈る」
仲間を見捨てられない気持ちは理解できる。
無理を強いて連れ帰るのは違うと判断したニックは、彼らが生き残れることを祈ってその場を後にした。
「25バンチの部隊に、接触できないものでしょうか」
帰途、エリーナはニックに問いかけた。
「無理だな。ティターンズが居なければどうにかなったかもしれんが……」
「そこまで警戒すべき相手と?」
「エリートを集めた組織だ。ジオンで言えばキマイラ隊だな。隙が見えると思うか?」
「話には聞きますが、想像もつきません」
「想像できない相手ってことは、対処方法も無い相手だ。近づくべきじゃない」
ニックの言葉に納得したエリーナは、小さく頷いた。
サイド1を後にし、サイド4から順にサイド7、サイド6、サイド2を巡る。
地球の周囲を回る公転周期とは逆の方向で各サイドを周り、残すはサイド5とサイド3。
そのサイド5は、ルウム戦役という一年戦争序盤の大戦が起きた場所である。
また、デラーズ・フリートの拠点が存在した場所でもあった。
そんな立地であるゆえ、ジオン残党もまだ多く隠れているが、連邦の警戒もまた多い。
「ジオンの暗号回線で救難信号?」
サイド5は迂回しサイド3へ向かうか相談中、その知らせは飛び込んだ。
「これは……ティターンズの部隊に発見され交戦中か」
「規模は?」
「敵味方ともに一小隊だが、味方は弾薬切れ間近らしい。出るぞ」
迷うことなく、ニックは出撃の判断を下した。
「船はここで固定。散開して左右から挟みこむ」
船から一直線では経路を辿って母艦の位置がバレる。
そのため最初から散開してデブリに紛れ、それぞれ別方向から現れるように見せるのだ。
意図を理解したエリーナはニックと逆方向へ。
救援に逸る気持ちを抑え、大きく迂回する進路で交戦地へ向かう。
「見えた!……黒い、ジム?」
見覚えの無い形状のジムだが、エリーナの加速は止まらない。
その後、接近する機体に気づいたジムは散開。
友軍と合流を果たす。
「救援に感謝する!」
「弾薬が無いのでしょう?隙を見て下がって下さい」
「重ね重ね、すまん!」
対峙するエリーナと黒いジム。
その下方向からジムに襲い掛かる一条の閃光。
「あの不意打ちで回避できるの!?」
黒いジムはやや体勢を崩しながらも回避。
ニックも合流し、数の上では5対3となる。
「弾薬は心もとないが、一機ならこちらで引き受けられる」
友軍からの通信でエリーナは腹を括った。
「残りの二機はこちらで。隊長!いきます!」
「承知した!」
数的不利を悟って撤退するかと思いきや。
黒いジムは逃げるそぶりもなく迎撃の構えを見せる。
ニックの援護狙撃により散開する敵機。
一機は友軍の三機が連携して相手取り。
もう1機はニックが狙撃から連射に切り替えて1対1に。
そして最後の一機はエリーナが照準を合わせていた。
「さっきの回避といい、腕は確かなようね」
射撃戦の距離では埒が明かないと判断。
全速をもって一気に詰め寄る。
マシンガンによる迎撃は盾で防ぎつつ肉薄。
そのままの勢いで突っ込んだ。
相手の回避機動を見てから、AMBACを利用して機体の向きを敵機へ。
直角に近い軌道で追随しながらトリガーを引いた。
「確かに強いけど……鷲盾に比べれば脆い!」
確かにティターンズの操縦技術は高かった。
そして攻撃も正確。
しかしその動きには傲慢さが見えている。
自分たちが絶対の強者であるという自負からか、相手を見下している。
それは油断であり隙。
エリーナからすればそれは脆さにしか見えなかった。
「機体の性能が高くても、操縦技術が高くても。それだけじゃ勝負は決まらない」
それはかつて自分が感じたことだ。
エリーナがニックと友軍の援護に回ったことで、ほどなくティターンズの小隊は壊滅。
安全を確保の後、友軍の部隊を回収してサイド5宙域を後にするのだった。
宇宙世紀0085年、3月。
各サイドを巡り、友軍へ接触して回る旅も終わりが近づいていた。
最後に立ち寄るのはサイド3。
ここでは潜伏した友軍への接触が目的ではない。
昨年別れたバルの見舞いをするためである。
「おう、来たか」
ジュンに迎えられて病院へ向かう。
「その後はどんな感じだ?」
「半年ほど前からリハビリを開始してる。この時間なら丁度リハビリ中だな」
「よかった。そこまで回復できたんだ」
「ああ、順調にな。だから心配しなさんな」
病院へ到着し、リハビリルームへ。
そこには、額に汗を浮かべながら身体を動かすバルの姿。
そして、そんなバルに寄り添い、献身的に支えるナースの姿もあった。
「あの野郎、いつのまに」
「嫉妬はほどほどにしろ」
呆れた声でジュンをたしなめるニック。
「邪魔しちゃ、悪いかな?」
「そうだな。病室で待つとしようか」
「声をかけてくれれば良かったのに」
病室に戻ってきたバルは、再会に笑みを隠さずそう言った。
「いい雰囲気だったからな。遠慮したんだ」
ニックの答えに少し照れた笑いに変わる。
「んで、いつの間に仲良くなったんだよ」
「入院中に?」
「いやそりゃそうだろうがよ。そうじゃなくてな」
「それ以上聞くなら、隊長の馴れ初めも聞き出しますよ?」
「何?お前結婚してたのか!?」
「おう。3年前にな。戦争が終わったら結婚しようって約束してたんだよ」
「それを早く言え。結婚祝いくらい贈らせろ。おめでとう」
ニックは呆れた顔で。
「えーと、おめでとうございます?」
エリーナは戸惑いながら。
3年遅れの祝辞を贈る。
和やかな時間が過ぎる中。
この旅路で見てきた光景を思い出す。
行政へ不満の声を上げ、子供たちに冷めた目で見られていたデモ。
ジオン軍の残党狩りを目的に、傲慢さが見え隠れしたティターンズ。
それとは対照的な、この場にある和やかな時間。
バルとナースの人が微笑みあい、ジュンやニックが笑って囲むその光景。
この平和を守りたいと。
『守る』という言葉がエリーナの中で更に重みを増すのだった。
宇宙世紀0086年、1月。
アクシズへ戻ってから半年が過ぎた。
「そうか。あの時の新兵も一翼を担えるようになったか」
「ええ。新造のガザC隊で今は編隊飛行訓練に精を出しています」
格納庫で会話するのはニックと整備兵だ。
聞きなれない機体の名前にエリーナが反応する。
「ガザC?作業用のガザとは違うの?」
「作業用の機体から改良したものですね」
AMX-003『ガザC』
作業用MSであるガザA・ガザBの流れを汲む機体。
戦闘用として設計から手を加えられ、可変機として完成。
ジェネレータ直結のナックルバスターによる重火力。
MA変形による大推力での移動。
これらを高い生産性の中に組み込んだ。
結果、運動性や格闘戦能力が犠牲となっている。
渡されたタブレットに映るデータ。
「MAへ変形可能……」
「それが一番の特徴ですね」
「でもこれ、格闘戦には向いてなさそう」
「はい。新兵に格闘戦は厳しいですから、用途を絞ってコストダウンを」
「MAに変形して移動、距離をとって弾幕形成。意図はわかるが」
「うん。どうやって敵機を足止めする?」
「一応、ビームサーベルもありますので……」
「使い方を間違えれば損害が馬鹿にならんな」
あくまでも支援機。
ニックとエリーナはガザCをそう結論付けた。
「となれば、白兵は可能な機体が受け持たなきゃならんか」
そう言い、タブレットから自身の機体へ目線を変える。
エリーナとニックのゲルググは、一年戦争でのロールアウトから6年が経過。
各部のパーツ交換など改修は随時行っていたが、流石に老朽化が見え始めていた。
そこで話が出てきたのが、近代化改修案である。
「高機動型の改修は受けてたけど、更に高機動に?」
「ええ。両肩をウイングバインダー化します。先行で改修した機体のデータが良好でキュベレイにも転用されてますよ」
AMX-004『キュベレイ』
アクシズ摂政、ハマーン・カーンが駆る専用MS。
いわゆるニュータイプ専用機として開発された機体。
両肩に計4枚設置されたフレキシブル・バインダーが外見上最大の特徴。
バインダーに内蔵されたスラスターが機動力となり。
バインダーそのものがAMBAC作動肢となる。
「制御の感覚が狂いそうね?」
「そりゃまあ。でも肩であることで機体の姿勢制御に有効なのは先行機が実証済みです」
「あとはこちらの慣熟次第、てことね。承知したわ。シミュレータにデータは?」
「組み込み済です。感覚は掴めるはずです」
「Gなんかは実際に動かさないと体感できないだろうけど、まずは動きに慣れなきゃね」
「慣れると言えばリニアシートにも、だな」
こちらは地球圏からもたらされた技術。
情報収集として赴いた先の任務で、帰路につく際にシャアから送られてきたものだ。
「周り全部が景色になる、か。宇宙に溺れちゃわないかな」
「それも慣れだな。シミュレータもリニアシート式に変えてあるんだろう?」
「はい。対応済です」
「なら訓練だな。行くぞエリーナ」
促され、格納庫を後にする。
整備兵に返されたタブレットには、ゲルググの新生した姿が映されていた。
MS-14J『リゲルグ』
ゲルググを近代化改修した機体。
リファインド・ゲルググを略してリゲルグ。
先に述べた通り、キュベレイの設計を参考に高機動化の改修が行われた。
その結果、当時の新鋭機と遜色ない性能を持つ機体となる。
宇宙世紀0086年、2月。
内乱の兆しを見せる地球連邦。
これを好機と見たアクシズは地球圏へ向けて動き出した。
小惑星ごと核パルス・エンジンで移動させる方法で。
それは連邦軍といずれ戦うことを意味する。
エリーナは更に高機動となった愛機の感覚を掴むべく、シミュレータ訓練に勤しむ。
「決着をつけないと……ね」
それはカークのジムに対してか、自分自身の戦争というものに対してか。
いずれにせよ、彼女の戦いは未だ終わりを見せていなかった。