宇宙世紀0088年、1月。
アクシズによるグリプス2占拠は各地に波紋をもたらした。
ルナツーをはじめとする連邦軍正規部隊がティターンズから離反。
エゥーゴに参加する者、どちらにも与しない者、対応は様々ではあった。
しかしティターンズに協力する者は日を経るごとに減っていく。
それはここ、第二十二独立警戒部隊でも同様だった。
「我々はこれよりエゥーゴに助力する。異議あるものは脱出艇でルナツーへ戻るように」
艦長の指令が艦内に響く。
一部の士官が説明を求めた際、艦長はこう述べた。
「我々の任務は何か?」
「ルナツー近辺の警戒です」
「そうだ。治安維持と言い換えてもいい」
「ではなぜ?」
「グリプス2だよ。コロニーレーザーを抑えられたままでルナツーの安全は確保できん。ゆえにグリプス2の奪還あるいは破壊が必要だ」
この説明で士官たちは納得。
そしてこの発言はすなわち、グリプス2を巡る戦いに加わることを意味していた。
そう、メールシュトローム作戦への参加である。
脆い。
エリーナが、かつてティターンズと干戈を交えた際に抱いた感想である。
その感想は組織としても同様であった。
グリプス2の制圧と同時に瓦解していく姿は、どこがエリートなのかと首をかしげてしまう。
権勢を誇っていたらしいが、時勢が少し傾いただけでこうも崩れるものか。
(敗戦してなお、各地に潜み抵抗を続けるジオンとは真逆ね)
格納庫で整備中の愛機を見つめながら、そんなことを思う。
思えばこの機体とも長い付き合いだ。
高機動型のバックパック追加に始まり。
全天周モニタ、リニア・シートの導入。
ウイング・バインダーへの換装などなど。
手を入れてない箇所の方がもはや少ない。
更にはゲルググからリゲルグへと、名前すら変わった。
だが初陣から8年を過ぎた今も、折れず曲がらず共に戦い続けてくれている。
アクシズで開発中の新型へ乗り換えを薦めてくれる整備兵もいた。
しかし、どの機体も今一つしっくり来ない。
かつて学徒兵として訓練していた際、ベテランが乗り換えを拒んだ話を思い出す。
(命を預けるなら乗りなれた機体がいい、か。今ならわかる)
決着がつくまで、最後までこの機体と共に。
予感でも願望でもない、確信めいたものを感じていた。
「ここにいたか」
呼びかけの主は、新兵の部隊を任されることになったニック。
エリーナも同じ部隊である。
「どうしました?」
「鷲盾の所在が掴めた」
その言葉でエリーナの目つきが変わる。
「気合を入れるにはまだ早いぞ。とはいえ、すぐに会えそうだ」
「というと?」
「ここの奪還戦に参加するという話だ。エゥーゴに参加した元ジオン兵からの情報だ」
「奪還戦。大規模な戦いになりそうですね」
「ああ。……チームとして一緒には居てやれん。すまんな」
ニックの心遣いに心が温かくなる。
軽く首を振り、わずかに笑みを浮かべながらエリーナは答える。
「率いる人数が多いのですから仕方ありません。大丈夫ですよ。私にはこの機体があります」
「相性のいい機体に仕上がったな。とはいえ、無謀な真似だけはするなよ」
「無理するな、ではなく?」
「無理も無茶も押し通すくせに何言ってる」
「ひどい」
笑い声が格納庫に響く。
それは、嵐の前の静けさがもたらした和やかな時間だった。
グリプス2を巡る攻防戦。
ハマーン率いるアクシズの軍勢。
更にその中で、ニックが率いるガザC部隊の護衛として、エリーナの姿があった。
なおニックもゲルググJをリゲルグに改修しての参戦である。
部隊として組み込むより、護衛・遊撃の位置づけに置いた方が本人も動きやすい。
そんなニックの配慮に、エリーナは感謝しつつ戦術モニターへ目を走らせる。
鷲盾ことカークの情報は既に入手済。
その情報に合わせ、配属先はなるべく第二十二独立警戒部隊に近い位置へ。
幸いなことに、この配置希望は受理された。
やがて戦術モニタ内に一つの艦影を見つける。
サラミス改級『フェアランゲン』。
それは、第二十二独立警戒部隊の母艦であった。
メールシュトローム作戦、開始。
と同時に、アクシズのMS隊から凄まじいビーム砲撃が飛ぶ。
その中から単騎飛び出す機影が一つ。
エリーナのリゲルグである。
ニックは新兵のガザC隊を率いるためチームとしては動けず。
エリーナについてこれる機体もパイロットもここにはいない。
結果として一人突出した状態でカーク達に襲い掛かる。
「……来たか」
来るだろうと予想はしていたため、突っ込んでくる機体を迎え撃つカーク。
「単騎だと!?」
随伴する機体は無く、単独での特攻。
「随分と肩の張った機体になったわね」
「!いかん、散開しろ!」
異変を察したエルドが指示を飛ばす。
疑問などなく即座に散開するカークとミーナ。
そこに、一瞬で速度を上げたリゲルグが通りすぎる。
(想定を遥かに上回る速さだ!目で追いかけるのがやっとかよ!)
機体の加速性能は言うに及ばず。
旋回性能でも追い付くには厳しい。
攻撃を当てようと思えば、ぶつかるくらいの接近戦で無ければ難しいだろう。
数的有利など、一瞬で吹き飛んだ。
背筋が凍りつく機体性能を見せられ。
カーク達はいきなり劣勢を強いられる。
今回の戦いは、明らかにエリーナが優勢となっていた。
「更に速くなってるのはもちろんだけど!」
敵機を追いかけるも、追い付けずに歯噛みするミーナ。
焦る心を無理やりに抑え込み、敵機の動きを観察するエルド。
「ああ。回避機動が今までとは違うな……というかあれは」
援護の砲撃。
進行方向はそのまま、機体を捻って回避するリゲルグ。
AMBACを利用したその動き。
エルドもミーナも同じ答えに行き着いた。
「カークの動きね。あれ」
「ただでさえ高機動なところにカークの回避技術まで加わったか……なら散弾で!」
だが、今度は盾により防がれる。
「なんてやり辛い!」
エルドの悲鳴に似た叫びがスピーカー越しに響いた。
加速性能で負けていても、こちらを墜とすためにはある程度の接敵は必要。
ならばこちらからも接近すれば、ある程度は相手の行動は絞れる。
(俺の動き、か。なら……)
回避運動とともに射撃しつつ接近を試みる。
迷いなく突っ込んでくるエリーナ。
正面きっての射撃戦。
盾を構えつつ、ライフルを撃つ。
(いつもの自分なら、ここで横へ回避しつつ射撃。だが)
横ではなく前へ。
機体は螺旋を描くような軌道を描く。
(相手が自分と似た動きをするなら、動きを読むことだって可能なはずだ)
操縦桿を握る手に力が籠もる。
相手の動きを見逃さぬよう集中を高め、カークはライフルのトリガを押し込んだ。
幾度かお互いに射撃を交わした後、詰めてこようとするジムⅡ。
いつもとは違う動きを見て一瞬、怪訝に思うエリーナだが感情が思考を押し出した。
「間合いをとらずに詰めてくる?望むところ!」
機動力で圧倒できる今、決着をつけるなら今。
そう意を決した彼女がペダルを踏みこもうとしたその瞬間。
正面からの射撃が撃ち込まれる。
「っ!?ええい!」
出鼻をくじかれた形となり、咄嗟に機体を捻って回避。
機体の真横を駆け抜けるビームを確認することなく、再度の攻勢を仕掛けようとする。
だが。
「回避方向を読まれてる!?」
敵機のライフルがブレることなく追いかけてくる。
銃口の奥に見える闇が、ひどく目立って感じた。
スラスター加速のペダルは既に踏み込んでいる。
盾はAMBAC制御のため動かした腕が持っており、構えるまではまだかかる。
回避運動は続けているが、敵機の照準からは逃げられない。
エリーナは初めて、死を感じ、そして覚悟した。
そんな彼女を一条の光が救う。
「無事か!エリーナ!」
ニックによる狙撃である。
「助かりました!」
九死に一生を得たエリーナ。
その双眸に闘志が宿った。
千載一遇の好機を逃したカークに、逆転の目はもう残されていなかった。
動きが読まれるなら、読まれることを織り込んで動く。
撃たれるとわかっていれば、盾で防ぐなり回避方法を変えるなり手段はある。
エリーナの思い切りの良さがここで活きた。
「二度も同じ手は通じないか!」
回避方向を読もうとするも、左右上下に激しく動く相手を捉えきれない。
紫電が迸るかのような動きは射撃では止められず、格闘戦の間合いへ。
「そんな旧式機でこのリゲルグの相手になるもんですか!」
サーベル同士がぶつかり合い、接触回線が開く。
「旧式機はお互い様だろうが!」
「なら技術力の差ね!」
元の機体で考えれば確かに旧式機。
しかし近代化改修後の違いが歴然であった。
威勢で張り合っても、性能差はいかんともしがたく。
「当てられる!この機体なら!」
「くそっ!」
鍔迫り合いから間合いを取ると同時、リゲルグのライフルがジムⅡの左脚部を吹き飛ばした。
姿勢制御が難しくなるが、今のカークであれば動かすことに支障は無い。
とはいえ、どうにもならない状況である。
逃げるにしても加速性能で負け。
戦うにしても機動性で負け。
おまけにライフルの威力でも負けている。
「ぐあっ?」
何度目かの交差の後、ライフルごと右腕部が吹き飛ぶ。
「カーク!」
ミーナの機体が援護に入ろうとするが、ニックの狙撃がそれを阻止。
エルドの援護砲撃もエリーナの動きを止められない。
右腕部と左脚部を失ったことで運動性も低下したカークのジムⅡは、もはや風前の灯だった。
「今日こそ決着を!」
迫るエリーナ。
(やられる!?)
瞬間、カークの脳裏にフラッシュバックしたのはジャブローでの初陣。
そして感じた己の未熟さと悔恨。
(あんな無様を二度も晒せるか!)
焦りの中でわずかながらの冷静さを取り戻したカークは最後の切り札を切った。
「……悪いが雨天順延でお願いするよ」
微細な粉末が撒かれ、光が乱反射する。
「めくらまし?この期に及んで!」
構わず突っ切ろうとするエリーナ。
だが、次の瞬間。
「何よこいつら!どこから?」
そこに映ったのは、数機のジムⅡ。
突然現れた敵機に回避機動をとるエリーナ。
「違う。これ、ダミー?」
動きのおかしな相手に戸惑いつつ、正解へ辿り着く。
全天周モニタはその性質上、カメラ映像をCG処理してモニタに映している。
そのCG処理を騙す塗料と熱源を内蔵することでバルーンでもMSに映ってしまうのだ。
「なら、虱潰しに!」
片っ端からサーベルで切り裂いていくエリーナ。
しかし、カークのジムを捉えることはできない。
「見失った?くそっ!」
因縁のカークには勝利した。
逃げられこそしたが、大破に追い込んだのだから勝利であることに間違いはない。
諦めきれず、引き続き探そうとしたその時、戦術モニタの状況が目に飛び込んだ。
そこに映ったのは、劣勢となったアクシズ軍。
「ガザC隊が!?……あと、一歩なのに!」
カークへの執着を振り払い、味方の援護に回る。
しかし劣勢は覆せず、少なくない犠牲を払い、アクシズ軍は撤退を余儀なくされる。
グリプス2もエゥーゴに奪取され、軍全体で見れば負け戦。
散っていった仲間や同僚はもう数えきれない。
「勝った、はずなのに。何なの?この納得できない感情は……」
彼女の戦争は、まだ終わったと言えそうにはなかった。
「試作ダミーバルーン。積んでもらっといて大正解だったな」
しかしその機体はもはや修理でどうこうなるレベルではなく、大破状態であった。
「死んでこそいないが、完敗か……」
ギリ、と歯を食いしばる。
機体の性能差はもちろんある。
だが、それ以上に打つ手がなさすぎた。
虚をつく形で一瞬の優位こそとったが、それだけ。
射撃戦にせよ格闘戦にせよ、もっと技量があれば勝負になったはず。
『たら、れば。』ばかりが頭に浮かぶ。
そんな自分が不甲斐なかった。
「それに……機体にも無理させすぎた」
戦域離脱までボロボロになりつつも頑張った愛機をねぎらう。
あれこれ考えた後、最後に思うのは相手のパイロットのことだった。
悔しさはある。
だが、それだけではなく。
妙な嬉しさも感じていた。
ア・バオア・クーでの初顔合わせから既に8年以上が経過。
思い切りは良くとも甘かった機動だった相手が、今や熟練のパイロットである。
「これ以上、不甲斐ない姿は晒せない。……次は勝つ。今度は俺が追う番だ」
在りし日、アムロ・レイのデータを相手に奮い立ったあの時のように。
カークの心は沸き立っていた。
「とはいえ、さすがにこのジムはお役御免かね」