第十三話:RGM-86R(前編)
宇宙世紀0088、2月中旬。
ルナツー工廠。
エリーナのリゲルグに大破させられたカークのジムⅡ。
「機体はズタボロっすけど、パイロットは無事なのが救いっすね」
「よく頑張ってくれたよ。ホントに。……これでお別れか」
感慨深げに機体を見上げるカーク。
「いや。お別れにはならんぞ」
「艦長!」
オックスが慌てた様子で敬礼。
その声を聞いてエルドやミーナも集まってきた。
「諸君、ご苦労。楽にして聞いてくれ」
カミラは司令部であったことを説明し始めた。
ルナツーに帰還した第二十二独立警戒部隊の艦長、カミラ中佐は司令部へと出頭していた。
カツッと靴を鳴らし姿勢を正した後に敬礼。
ルナツー司令も敬礼を返すとともに、ねぎらいの言葉をかける。
「コロニーレーザー奪還の任務ご苦労だった。結果的に破壊になったな」
グリプス2はエゥーゴが奪還の後に使用。
その際の戦闘などもあり機関部が大破。
使用不能となり、すでに放棄が決定されていた。
「そのようですな。ですが当面の安全は確保できました」
「うむ。だが安穏としてもいられん」
「アクシズ、ですな?」
後にグリプス戦役と呼ばれた宇宙世紀0087年からの戦いは、結局のところ連邦軍の内乱である。
それにより戦力を疲弊させたのは、当然ながら連邦軍のみ。
反連邦を掲げるジオン残党にとって、これは絶好の機会であった。
「そうだ。連中に対して備えねばならん。だが」
「わかります。ジムⅡでは戦力として心もとないと」
「うむ。ジムⅡはネモやマラサイどころかハイザックにすら見劣りするからな」
ジムからの近代化改修自体、既に3年以上前の話である。
「独自にMSを開発をしているアクシズに対するには、いささか不安ですな。次期量産機計画はどうなっていますか?」
「連邦軍本部はまだ決めかねている」
指令からタブレットを受け取り内容を見たカミラは困惑の表情を浮かべた。
「ジムの近代化改修計画にガンダムの量産化計画、エゥーゴやカラバの機体の制式採用計画……」
「多種多様と言えば聞こえはいいが、予算や性能、即時性と考慮すべき点も多い」
「コストはジムⅢ改修計画が優秀、性能面はガンダム量産化計画が優秀。エゥーゴやカラバの独自機体は制式でないだけで実績あり、ですか」
「どの案も悪いものではない。とはいえ、本部の決定を待ってもおれん。そこでだ」
指令が改めてカミラに目を向ける。
「いっそまとめて1機ずつ配備してみようかと思っている」
「……なるほど。制式化を待たずに試験運用目的とすることで配備を早めると」
「そういうことだ」
だがそれは、テスト運用のための任務を受けるのと同義でもある。
つまりアクシズとの衝突が予想される空域へ部隊が配置されることになるのだ。
「承知しました。それで我が艦は新機体の受領と既存機の改修の後、どのあたりに配置されますか?」
「アナハイムから機体を受領する関係上、月からサイド3あたりが担当範囲になる」
予想通りの前線か。
(ま、機体性能が上がるんだ。彼らなら上手くやってくれるか)
いつもの楽観的な考え方で前向きに捉えたカミラはこの申し出を受諾した。
カミラから事の次第を聞いた一同。
その内容があまりに予想外だったためカークは素っ頓狂な声を上げる。
「近代化改修!?新しい機体ではなく、ですか?」
「うむ。あとは適性の問題もある」
「なるほど。アナハイムガンダムの量産型は装備変更で多用途に対応」
「これ高機動型にすれば確かにミーナ大尉向きすね」
「ネロ、ね。いいじゃない。気に入ったわ」
MSA-007『ネロ』
アナハイムがそれまでのデータをフィードバックさせた量産機。
設計にはゼータ計画で開発されたガンダムのデータが用いられている。
「で、こちらはエゥーゴ開発の機体か。ネモの後継機だな」
「ⅡすっとばしてⅢ?」
「開発で色々あったようだな」
MSA-004K『ネモⅢ』
開発が難航したネモⅡに替わってアナハイムが用意した機体。
火力、運動性、防御力など全ての面でネモを上回る。
特徴は左肩のビームキャノン。
「ネモⅢはエルド少佐ね。キャノン装備は中距離向きだし」
「となるとジムⅡの近代化改修は……」
「自動的に俺、ですね」
「そういうことだ。お別れを言うには早かったな」
カークの肩を叩きつつ言うカミラ。
こうして、お役御免かと思われたジムⅡは更なる近代化改修を受ける事になった。
かつて、ジムがジムⅡに近代化改修されたように。
ジムⅡを近代化改修し、今ある資源を活用しようというのだ。
「ジムⅡの改修はここ、ルナツー工廠で行う」
「アナハイムの機体は?」
「輸送中だ。じきにこちらへ着く。そして……」
少し言いにくいのか、言葉を一旦区切るカミラ。
「受領した手前、アナハイムを守らねばならん」
その言葉の意図を察したエルドは任務地域を尋ねる。
「月近辺への配置になりますか」
「だけではない。サイド3も範囲だ」
ミーナが手で顔を覆って上を向く。
「ほとんど最前線じゃないですかー」
だが、カークはそれを聞いても不満はなかった。
あのゲルググと再戦できる可能性。
そこに考えが及んだからだ。
(機体も改修される。あとは俺の技量次第だ)
ジムⅡの近代化改修が始まった。
とはいえパイロットにできることはない。
そのため、様子をなんとなく眺めているとルナツーの整備兵が驚いた声を上げる。
「これ、ジャブローの初期生産機じゃないですか!」
その声を聞いたカークは横にいたオックスに尋ねる。
「……機体経歴って見れるものなの?」
「そりゃ改修時に履歴残りますから」
頭部と上半身は装甲が一部張り替えられ。
両脚が下半身ごと付け替えられようとしている。
「随分とゴツい脚だな」
「スラスターとか色々増えてますからねえ」
ルナツー整備兵に指示を飛ばす合間に、オックスはカークの質問へ答えていた。
「関節部はさすがに摩耗が激しいんで総取り換えっす」
「そりゃそうか」
「腰部にミサイルランチャーなんかも取付可能になってますね」
「オプション装備が充実するのは有り難いな」
取り換えのため外された両脚。
(あの時は両脚ともぶった斬られたっけ)
バルカンで応戦し、ビームの刃を逸らしたものの両脚を切断されたかつての記憶。
撃つことをためらうなと叱咤してくれたミーナ。
危機に際し、砲撃で救ってくれたエルド。
改めてチームの二人に感謝する。
吹き飛んだ右腕は既に無く。
左腕も外され新たなものへ。
「あれがムーバブル・フレーム化した腕部ユニットか」
「ええ。可動域が向上した分だけ運動性も上がってます。形もほぼ原型機体のまますね」
「原型機体というと……」
「RX-178すよ」
RX-178『ガンダムMk-Ⅱ』
グリプス戦役の発端となった機体。
投入された最新の技術は、その後のMS開発に多大な影響を与えた。
また、機体そのものもグリプス戦役を皮切りに長く使い続けられている。
「ジムは今も昔もガンダムの技術を基に作られてるんだな」
「そういう意味では全天周モニタやリニアシートもっすからねえ」
「ハイザックが初じゃなかったのか?」
「一年戦争末期のRX-78NT-1て試作機体が初採用っす」
両脚、両腕、そして背後にはこれまでより大型となったバックパック。
「あのバックパックも?」
「ええ。あれもRX-178のと同型でジェネレータも併せて総入れ替えしてます」
両脚とそれを接続する腰部。
両腕。
ジェネレーターにバックパック。
それら交換部品のほとんどがRX-178の規格・技術を踏襲したものに換装された。
「元のジムがどの辺に残ってんだかもうわかんねぇな」
「頭部や胴体のフレームはジャブローで生産されたときのまますよ」
「頭部ってことはバルカンもか」
「摩耗も酷いわけじゃないっすからね」
「そりゃまぁ酷使した覚えはないが……8年前の武装そのまま使うのか?」
「規格変わってませんから」
そういうものか、と思いながら見上げる。
(初陣で命を救われたのがあのバルカンだったな)
ジャブローでの初陣。
恐怖と焦りから無我夢中で引いたトリガー。
運よく相手の投げようとしたクラッカーに命中し、命を拾った。
(そういう意味では命綱が変わらずそこにあるのは頼もしいな)
一週間後。
アナハイムから機体が届いた。
ミーナの『ネロ』とエルドの『ネモⅢ』である。
「お疲れ様っすね」
オックスが受け取りの手続きを行いつつ、アナハイムの技術者に挨拶していた。
「そちらこそ。聞きましたよ?メールシュトローム作戦に参加されたとか」
「その結果がこれっすよ。ジムⅡじゃ厳しすぎました。ね?カーク中尉」
「答えづらいから俺に話を振るな」
顔をしかめて横を向くカークと、少し不思議そうな顔をするアナハイムの技術者。
「ガザCでしたか。あれくらいなら渡り合えるはずですけどねえ」
「いや。うちらが相手したのはゲルググの改修機っすよ?」
その言葉を聞いたアナハイム技術者の動きが固まった。
「……ゲルググ?」
「ああ。大型化した肩にブースター内蔵。元々高機動な機体だったが、もう手が付けられない程になってた」
実際に対峙したカークが機体の印象を語る。
「まだ現役の機体があったんですか……」
「うちらにしてみると、『まだ』じゃなく『また』なんすよね」
「どういうことです?」
「うちのカーク中尉、一年戦争からずっと狙われてて」
「盾のパーソナルマークが目印になってるっぽいんだよな」
一同の視線がカーク機の盾に向く。
そこに見える鷲の紋章を見て、アナハイムの技術者は思わず呟いていた。
「『鷲盾』。ということは……」
「『鷲盾』?」
聞きなれないフレーズに引っ掛かる。
しまった。という顔をするアナハイムの技術者。
「何か知ってるのか?あのゲルググのこと」
真剣な表情になったカークに問われ、少し逡巡の後で観念したように話し出した。
「……俺は元々ジオンの人間なんですよ」
言いにくそうに、小さな声で。
彼はその出自を明らかにした。
「ああ、それはここじゃ大きな声では言いにくいわな」
納得したカークらは声のトーンを落として会話を続ける。
聞けばデラーズ紛争が終わるまではジオン軍残党としてMS整備をしていたという。
「アクシズへ逃げそこなったんすか?」
「いや。あの状況から逃げるのが難しかったのと、もう疲れてたんで」
これは半分本当で、半分は嘘であった。
彼はニックやエリーナの機体を改修した整備士の一人である。
部隊がアクシズへ向かう際に、退役させてほしいと申告。
それを受けたニックが、伝手を頼りにアナハイムを紹介したという流れだった。
「そこをアナハイムからスカウトされたと」
「そんな感じです。話を戻しますがそのゲルググのパイロットはエリーナ・ブライア。元学徒兵の曹長です」
「エリーナ・ブライア、か」
名前を知る機会が今の今まで無かったとはいえ、もう十年も経つのに今初めて名前を知った。
(俺たちらしいと言えば、らしいのかもな)
そんな歪な関係性に、思わず笑いそうになるカークだった。