「いい加速!ジムとはまるっきり別物ね!」
受領した『ネロ』の慣熟飛行を行いつつミーナが嬉しそうに叫ぶ。
「そりゃ技術系統が別物ですからねえ」
モニタしていたアナハイムの技術者、ワール・シュルトが呟いた。
「そんなに違うものなのか」
「世代の違いも大きいですけどね。エルド少佐の方はどうです?」
「出力にも余裕があるしセンサーも広い。機体性能そのものは良好だが手数は減りそうだ」
「そうですね。キャノンではありますが狙撃機みたいな運用になると思います」
これまでの実体弾と異なり、ビームキャノンとなった機体。
それは散弾や徹甲弾などの弾薬切り替えといった使い方ができなくなることを意味する。
「狙撃機か。なるほど、それなら納得だ」
とはいえ、それを補って余りある基本性能の底上げとビーム出力。
かつて対峙したゲルググのビーム狙撃を思い出しつつ、エルドは機体を操る。
そんなエルド機の周囲を勢いよく飛び回るミーナ機。
「ミーナ大尉。慣熟飛行なんですから無茶しないでくださいよ?」
「何言ってるの?慣熟だからこそ私の動きに慣れさせてるんじゃない」
パイロットが慣れるでなく機体に慣れさせる。
エンジニアの思考とは真逆の回答に思わず頭を抱えるワール。
その肩にポンと手を置き、オックスが笑顔で語りかけた。
「ああいう人っす。諦めてください」
「ご愁傷様」
横で見ていたカークも同調。
「聞こえてるわよ。まぁいいわ。確かこの機体、オプションで機動性上げれたわよね?」
「え?ええ。両肩にオプション・バインダーつける高機動タイプがありますが」
「その仕様で仕上げて欲しいんだけど」
「行動時間減りますよ?」
「その辺りはしょうがないわ。割り切る」
(機動性で後れをとるような戦闘はもうたくさんよ)
一連のやりとりをエルドは苦笑しながらコックピットのモニタで眺めていた。
軽口を叩き合っている姿に安堵を覚える。
(ジムⅡでは持ち味を活かしにくかっただろうからな)
元々、セイバーフィッシュという戦闘機からMSに乗り換えたのがミーナだ。
高加速・高機動での戦闘が持ち味なのは当時からの癖でもある。
(俺も負けてはいられんな)
こうして紆余曲折を経ながら新機体の受領は滞りなく行われていった。
アナハイムのエンジニアから得られた情報は他にもあった。
技術者からだけに、主に導入技術についての話が多く。
例えば今回の改修、制御のソフトウェアにジオン系の技術が組み込まれていること。
戦闘中でもオプション切り離しが可能になっていること。
新装甲材としてルナ・チタニウム系のガンダリウム合金が最近は主流になりつつある、などである。
そんな話をしていたからか、機体の横に立てかけてあるシールドが視界の端に映る。
「そういやシールドは?あれ確か一年戦争の頃から替えた覚えが無いんだが」
「ちょいちょい改修入ってますよ。材質強化も兼ねて一部取り替えたり重ねたり」
「継ぎ接ぎ品てわけか。機体も、盾も」
思えばこの盾には随分と命を救われた。
初陣でザクマシンガンを防ぎ切り。
ア・バオア・クーでゲルググの暴走を文字通り体当たりで止め。
その後も致命打から守り続けてくれた盾。
そして、彼女との因縁が始まるきっかけとなったのも、この盾だ。
『何で、何で何で何で何で!!!』
最初は同情だった。
学生の身で戦場に送られたことへの。
戦争が無ければ家族と暮らしていたはずの年齢。
ならば戦争が終われば戻れるだろうと。
気絶させるという手段をもって戦いを終わらせた、はずだった。
『シールドに鷲のパーソナルマーク……見つけた!』
しかし次に会ったのも戦場。
明確にこちらを狙い、挑んできた。
手加減する余裕などなく。
相手はもう学生ではなく戦士なのだと自覚させられた。
『今日こそ決着を!』
そして先日の戦い。
更に上がった操縦技術。
更に上がった機動性。
いつの間にか身につけられていた自分の回避技術。
先読みから一度きりの好機を得るも、支援に遮られ。
なすすべ無く完敗し敗走した。
『……あと、一歩なのに!』
あのとき彼女が発した叫びが耳から離れない。
客観的に見れば完敗したのはこちら。
だが、決着として納得いくものではなかったのだろう。
(決着、か)
きっかけは自分が彼女を気絶させて終わらせようとしたから。
気が付いたら終わっていた、では納得ができなかったのだろうと今なら理解できる。
生きるか死ぬかはこの際関係ない。
納得できる決着が欲しい。
改修を重ね、継ぎ接ぎとなった機体が訴えてくる。
まだ休めない。否、まだ終われない。
「納得いく決着が欲しい、ってか?……だよな。まだ終われないよな。お前も、俺も」
その機会が訪れるかはわからない。
だが、始まりのきっかけを作ったのが自分であるならば。
彼女の戦争を終わらせられるのもまた、自分なのだろう。
それがあんな不甲斐ない戦いでは、終わったと言えようはずもない。
決意を固めたカークの瞳が、改修を終えようとしている愛機を映した。
RGM-86R『ジムⅢ』
一年戦争の主力機であるジムを改修したジムⅡ。
そのジムⅡに更なる近代化改修を施した機体である。
先述の通りRX-178『ガンダムMk-Ⅱ』の技術をはじめ、当時の技術が数多く転用されている。
(まずはこの機体を十全に動かせるようにならないとな)
格納庫を後にし、お馴染みとなったシミュレータルームへ。
手慣れた手つきがいつものセッティングを完了する。
仮想敵:RX-78。
パイロットはアムロ・レイ。
正面に現れる一年戦争の英雄。
(追わなきゃいけない奴は8年前から進化してる。8年前で止まってるデータに負けちゃいられないんだ)
気合いを入れて相手を見据えると、躊躇の無い一撃が飛んでくる。
(さて、いつもの開幕通りだが)
機体を右にスライドさせつつまずは様子見。
こちらの進路を予測した射撃が飛んでくる。
ジムでは回避するのも困難だった。
ジムⅡでは回避するので手一杯だった。
だがジムⅢになって状況は変わる。
(速い!加速性能がここまで上がったのか!)
各部に取り付けられた制御スラスターは回避行動に余裕を作りだす。
以前なら距離をとろうにも、こちらに詰めてくる動きの方が早く逃げ切れなかった。
しかし、推力の上がったバックパックが加速性能で距離をとることを可能とする。
(相手を見て、展開を考える余裕がある?)
強化されたセンサーがガンダムの動きを捉え。
一部にムーバブル・フレームを使用した腕部がその可動範囲の広さを活かす。
(ロックオン状態での射撃ができる!)
ジムⅢとなった今、初めて狙っての反撃という行動選択ができるようになった。
とはいえ相手が相手である。
ロックオン状態だからといって当たってくれはしない。
ガンダムの運動性はパイロットの反応速度と合わさり驚異的だった。
だが。
やはり機体は8年前のものである。
(モノコック構造の限界か)
可動範囲の差は回避からの反撃に数瞬の間をもたらす。
その一瞬により、ジムⅢは更なる追撃行動に出ることができた。
(リニア・シートの差もあるな。機動性で負けなくなった)
当時のコックピット構造では耐えきれないGの限界。
機動性の差は明らかに埋まっていた。
(ここまで機体性能差があってようやく戦闘になるって、どんな反応速度してんだよ!化け物め)
こちらの射撃は当然のように回避され。
あちらの射撃をギリギリで回避する構図はあまり変わらない。
しかし、決定的な差として。
戦闘が一進一退の様相を見せるようになったのだ。
(戦える。戦えている。あのガンダムと)
最初に対峙して8年。
シミュレータ上とはいえ見続けてきた相手。
「そろそろ越えさせてもらうぞ!ガンダムっ!」
一度目の射撃後、間髪置かず第二射。
相手が動くであろう方向へ。
さすがにこれだけの年数相手にしていれば、動きの癖の一つや二つは覚えるもの。
ビームは吸い込まれるようにガンダムへと伸びていき。
ついに撃墜判定を勝ち取った。
「~~~~っ!よしっ!」
喜びを爆発させるカーク。
戦闘時間7分14秒。
シミュレータ使用時間総合計は1448時間。
搭乗機体の性能が上がったおかげ、という側面はもちろんある。
それでも、勝てなかった相手をついに撃破した達成感はひとしおであった。
「ようやく。……ようやく、か」
脱力した身体をシートに預け、緩んだ表情で呟く。
8年越しの宿題がついに終わった。
その満足感に、今はただ浸っていたかった。
宇宙世紀0088年、2月末。
エルドやミーナの機体も届き、ジムⅢへの改装が終盤にさしかかった頃。
アクシズが動きだした。
ジオン再興、ネオ・ジオンを名乗り各サイドへの侵攻を開始。
その情報はすぐさまルナツーにももたらされる。
「ティターンズ壊滅からまだ1週間てとこなのに」
「だからこそでしょ?ティターンズとエゥーゴで内乱して疲弊しきってるんだから」
「何にせよ、我々の配備が早まることになりそうだな」
エルドの見解は正しく。
第二十二独立警戒部隊は、月を中心にサイド3方面を睨む警戒部隊として出発することになった。
(再戦の機会は案外早いのかもな)
任地へ向かう途上、そんなことを思いながら。
今日もまたカークは空いた時間でシミュレータ訓練に向かう。
(しかし、マグネット・コーティングを施しただけであんな手に負えなくなるものか?)
悲願のガンダム撃破の後。
使用していたデータの横にもう一つのデータがあるのに気付いたカーク。
仮想敵:RX-78(MC)。
マグネット・コーティングを施した後のガンダムは手が付けられず。
勝利の糸口を求めて、彼は今日もシミュレータールームへ籠もるのであった。