宇宙世紀0088年、4月中旬。
ティターンズ壊滅から間を置かず、アクシズは各サイドへの進軍を開始。
これによってサイド3をはじめとする多くのコロニーはアクシズの支配下に。
3月から続く各サイドの制圧も一段落の様相を見せ始めていた。
「ニック・タノウエ中佐。貴官をサイド3方面の警戒部隊へ配属する」
「拝命致します」
「意図はわかるな?」
「共和国と月の動きを見張ればよろしいのですね?」
「そうだ。月はエゥーゴどもの本拠でもある。共和国に警戒は任せられん」
「承知しております」
「そうなれば母艦が必要だな。確か貴官は……」
「は、旧式ですが以前拿捕した連邦の輸送艦を使用しております」
「輸送艦、それも連邦のものではな。アクシズ製の巡洋艦でどうだ?」
「確かムサイ級の発展型、エンドラ級でしたか」
巡洋艦『エンドラ』
旧ジオン公国軍が使用した宇宙巡洋艦ムサイの発展型となる艦。
搭載可能MS数は6機だが、大型機でも無理なく運用可能。
「うむ。エンドラ級リードラ、持っていくがよい。艦長は貴官が務めよ」
「は!」
「老朽化しているが、あの輸送艦はどうする?」
「使わせていただけるなら、ありがたく」
「許可しよう。部隊用のMSもある程度見繕っておいた」
「ご配慮、感謝致します」
「うむ」
摂政ハマーン・カーンより命を受け、ニックとエリーナは制圧したサイド3の周辺警戒部隊となった。
ニックはグリプス2での攻防戦において、劣勢からの撤退時に新兵のガザCをエリーナと共に援護。
結果、部隊の損耗を可能な限り抑えたとアクシズ上層部からは評価された。
その後もサイド制圧において着実な成果を上げたことで中佐へ昇進。
その機会を狙ってトワニングに根回しした結果が今回の配置である。
「帰還したばかりのお忙しい中、無理を聞き入れて頂きありがとうございます」
ハマーンからの辞令を受けた後でトワニングの私室を訪れたニックは開口一番礼を述べる。
「なに。共和国と月を警戒しなきゃならんのは事実だ。それよりも中佐への昇進おめでとう」
「ありがとうございます。そう言って頂けると気が楽になります」
「エリーナ曹長もこれまでの戦歴などを加味して昇進したそうだな」
「は。准尉を飛ばして少尉になりました」
「そうか……おめでとうと言ってよいのか複雑なところだが」
「そこはおめでとうと言ってやって下さい」
そうか、と自嘲気味に笑みを浮かべたトワニングは棚からグラスと酒を取り出す。
「一杯やっていけ。今日はもう良いのだろ?」
「頂きます」
受け取ったグラスの中でカラン、と氷が鳴る。
「中佐の昇進に」
「准将の無事のご帰還に」
二人は軽くグラスを掲げる。
「それで?本当の目的は何かね」
「今日は本当にお礼とご挨拶だけです」
「いや、今回の提案についてだよ」
「そちらですか……お恥ずかしい話ですが、地球の重力が怖いのです」
「そうか。君は確か一年戦争の第一次地球降下作戦で」
トワニングは思い出す。
学徒兵の教官役を探していた際、負傷中で回復が近い人間に声をかけた。
その中の一人がニックだったのである。
「はい。降下中を狙い撃たれました」
「サイド3に戻らざるを得ないほどの怪我だったのなら、苦手意識が植え付けられても仕方ないな」
「軍人としてこんなことではいかんとは思うのですが」
グラスに落とした視線が、浮かんで揺れる氷を追う。
「いや。無理を押して心を壊しては何にもならん。私は英断だと評価するよ」
「ありがとうございます」
「それで?部隊を率いることになったわけだが」
「ハマーン様から部隊用にガザCを頂きました。パイロットは新兵ですが」
「偵察・警戒が主任務とはいえ、ガザCではやや心もとないな」
「欲を出せばキリがありませんから」
「ガザDとガ・ゾウムを一機ずつ出すよう私から言っておこう」
AMX-006『ガザD』
ガザCから発展した後継機。
ガザCのコンセプトをそのまま進化させたもので、欠点らしい欠点が無くなった機体。
AMX-008『ガ・ゾウム』
対MS戦を重視して設計された。
しかし、あらゆる面でガザ・シリーズを上回る高性能からガザではない別名となった機体。
「新型ではないですか」
「とはいえどちらもガザ系列の機体だ。新兵が慣れたころに使うといい」
「重ね重ね、ご厚意に感謝します。……何か?」
「なに。代わりと言うと何だが頼み事もある」
頼み事と書いて厄介ごとと読む。
そんな予感を抱きつつ、ニックは問い返す。
「何でしょう。自分にできることであれば」
「それほど難しいことでは無いがな。サイド3へ赴く際に届け物を頼みたい」
なるほど、それで任地がサイド3になったのかと納得する。
そして同時に、ただの届け物では無いのだろうことも。
「自分を指名してのものとなれば、中身などは聞かぬ方がよろしいでしょうか」
「いや。逆だな。知っておいて欲しいが秘匿してほしい。エリーナ少尉までは共有して構わないが」
つまり、この届け物を巡る周辺の人間関係に巻き込まれろという話である。
独立した警戒部隊となった今、人間関係の繋がりは複数あって困るものでもない。
「承知しました。詳細を伺っても?」
「うむ。届け物は資金と資材。宛先は……シャア大佐だ」
「!ご存命だったのですか」
「あの方はそう簡単には死なんよ。死なれても困る。スペースノイドのためにも」
スペースノイドのため。
アクシズのためでも、ジオンのためでもなく。
「准将?」
「ギレン様、キシリア様、そしてハマーン様。色々見てきた身として思うと、今のアクシズは危うい」
「……」
それは薄々ニックも感じていた。
ハマーンの私兵とジオン軍が同居しているような居心地の悪さがある。
集団として、組織として歪(いびつ)なのだ。
「今後のことを考えれば、伝手はいくらあっても良い、というのは同意してもらえると思う」
「それは確かに」
これを保身と呼ぶ人間もいるだろうが、生き残るための手段を講じておくのは何も間違ったことではない。
「准将は、今後大佐が身を立てる機会がくる、と?」
「それはわからん。エゥーゴという組織を捨てたのだ。もう表に出る気はないのかもしれん。それならそれで良い」
既に掌握していた組織を捨てた。
ということは、その組織では都合が悪いか、もう表舞台に立つ気がないか。
どちらであるにせよ、情報を秘匿せねばならない理由には合点がいった。
「承知しました。必ずやお届けします」
「頼んだ」
お互いにグラスを持ち上げる。
浮かんでいた氷は半分ほどに溶けていた。
独立警戒艦隊としてサイド3へ到着したニックは、エリーナと共にブリーフィングルームにいた。
「さて、今後はここを中心にサイド3周辺の警戒が主任務になる」
「主に月方面を睨んで、ですね」
「そうだ。とはいえしばらく大きな動きはないだろう」
「シャア・ダイクン……本当に戦死したのでしょうか」
「生きてるさ」
なんでもないことのようにさらっと言うニック。
「!?」
「はっはっは。他言は無用だぞ」
「何故です?」
「大佐は色々思うところがおありのようでな。しばらく身を隠すようだ」
「何をなさるつもりなんでしょうか」
「さて、そこまではわからんな。直接お会いしたわけでもないし、我々の目的とも重ならん」
「それもそうですね」
気を取り直したエリーナが居住まいを正す。
「さて鷲盾の情報だが」
「はい」
先ほどまでの温和な表情が一転、戦士の顔になる。
「第二十二独立警戒部隊はルナツーで補給とMS部隊の再編成を行った後、月を中心に警戒任務にあたるそうだ」
「グラナダ?」
「ああ。アナハイムの機体を受領したようでな。もっとも、カーク中尉はジムのままだそうだがな」
「何故かわからないけど『だろうな』って思いました」
自分で言いながら不思議そうに首をかしげる。
気付いていないのだろうが、少し嬉しそうでもあった。
そんなエリーナに驚き、少し目を見開くニック。
少し間を置いた後、咳ばらいをひとつして話を続ける。
「あー。ま、そういうことでな。接敵はしばらく無いと思っていい」
「わかりました。とりあえず新兵の訓練ですね」
「だな。まだまだ練度不足が否めんが……少し考えがあってな」
「考え?」
「ああ。そろそろ来る頃合いだろう。迎えに出よう」
首をひねるエリーナを連れてブリーフィングルームから出る。
そのまま艦の外へと出たところで、目的の顔を見つけた。
「おう。元気そうだな」
訪ねてきたのはかつての仲間、ジュン・ラーバル。
デラーズ紛争期の戦いで重傷を負い入院、戦線を離脱したバル・ライアンも一緒だ。
「そちらもな。バルももうすっかり回復したか」
「ええ。もう大丈夫です」
「目的は察しがつくけど、式はいつ?」
バルが連れている女性を見て、エリーナは目的を察した。
「早い早い。間違ってないがその前にまずは紹介くらいさせろ」
「アレイア・ウィールです」
静かに軽く会釈。
療養中のバルを献身的に支えたナースである。
「前見た時からいい雰囲気だったもの」
「だな」
「ははは……」
さて、と少し表情を引き締めてニックがジュンらへ向き直る。
「折り入って頼みがある」
「真面目な話か。何をさせたい?」
「新兵を鍛えてやって欲しいんだ」
「あー。ま、作業なんかでMSにゃ今でもちょいちょい乗ってはいるが」
「戦闘機動となると少し不安ですね。しかしニック隊長が指導するのが一番では?」
「部隊長、それも艦長兼任となれば指導に割り当てる時間がな……」
困り顔で頭をかく。
「特にジュンは一年戦争で指導経験があるからな。頼む」
「待て待て。頭なんか下げんな。わーったよ」
「俺も協力させてください」
「ありがとう。感謝する」
「詳しい話はまた明日にでも聞かせてくれ。今日は飲みにいくぞ」
こうして、新兵の教導役としてジュンとバルが参加。
軍への復帰ではないものの、かつての仲間とともに行動できることになった。
バルたちの結婚式には、当然ニックたちも参加した。
ドレスに身を包む花嫁。
礼服姿の新郎。
祝福する友人・知人。
平和、という言葉を集約したような光景がそこにあった。
いや、ここだけではない。
このコロニーに来てから見た光景すべてが平和を示していた。
公園を駆け回る子供たち。
ベンチに腰掛け、寄り添い合う老夫婦。
それらを目にしてきたからこそ、エリーナは思う。
(この光景を、壊しちゃいけない)
かつて意識し始めていた『何かを守るための戦い』。
守るべき対象は、この光景であり、この人たちなのだと。
はっきりとしたイメージとなって理解した。
そしてもう一つ。
(……戦後ってこういうものなのかな)
未だ終われぬ自分の中の戦争。
決着を求める心に変わりはない。
しかし。
決着の『その後』は?
それを考えさせるきっかけが、この日この光景であった。
そしてその光景を胸に抱きながら、エリーナはいつもの日々へ帰還する。