リードラ格納庫に、新たに配備された機体が搬入された。
その場には艦長であるニックの他、エリーナとジュン。
そして結婚式からまだ数日しか経過していないバルの姿もあった。
「なるほど、こいつがガザDか」
巡洋艦リードラの格納庫でジュンとエリーナ、そしてバルがMSを見上げていた。
「こちらがガ・ゾウム。系列機という話ですが随分雰囲気が違いますね」
「どっちも可変機。昔と感覚は違うと思うよ」
「一応シミュレータである程度慣らしてはきたが……」
「実際に動かさなければわからんこともあるだろうな。早速乗ってみるか?」
三人に近寄ってきたニックが声をかける。
「艦長!お待ちください!」
そこに待ったをかける新兵。
「准尉か。丁度いい。紹介しよう。こちらルスター・バッソ准尉。ガザCのパイロットだ」
待ったをかけてきた准尉をそのまま二人に紹介するニック。
「で、この二人が教官役となるジュン・ラーバル元少尉とバル・ライアン元曹長だ。」
「あ、ルスター・バッソであります。いやそうでなく」
思わず普通に挨拶をするルスター准尉だが、すぐにニックへ向き直る。
「いくら一年戦争の生き残りといっても、8年のブランクでは教官は無理があるのではないでしょうか?」
「正論だなぁ」
「まったくですね」
ルスターの言に頷くジュンとバル。
「実際の動きを見てもいないのに結論を出すのは早いだろう」
「いやお前さんも見てないだろ」
「だから見せてくれと言ってるのさ」
ニックが反論するが、そこにジュンが別角度の話を切り出す。
「てか、別の目論見があるならそれも伝えとくべきだと思うぜ?」
「別?」
「……」
「俺とバル、ルスター准尉、んで嬢ちゃん。ちと変則だが四機一小隊想定で動けるようにしたいんだろ?」
ジュンの言葉に驚くエリーナ。
「どういうこと?」
「俺は艦長を兼務する以上、場合によってMSで出られない場合がある」
「副長は?」
「輸送艦の方で動いてもらっていてな。不在の場合がある」
「警戒部隊として任務に出てる時は別にして、サイド3寄港時に何か起きた場合を想定、てわけか?」
それはつまり、サイド3へ侵攻された場合の防衛戦を意味する。
「今の連邦にそこまでの余力があるとは思えませんが」
ルスター准尉が疑問符を浮かべる。
「そうね。エゥーゴにしても同じ。心配しすぎじゃないです?」
「そうやって油断したところを狙って成功したのが、デラーズ紛争やサイド7での試作機強奪だ」
「なるほど。全面的な侵攻でなくとも奇襲ならあり得ると」
バルがニックの言い分をまとめる。
表の言い分はその通りだが、実際のところは違う理由があった。
『今のアクシズは危うい』
ニックにはこのトワニングの呟きが頭から離れずにいる。
(考えたくはないが、備えはしておくべきだ)
「そういうわけでな。早速だが慣熟飛行からやってくれ」
「承知しました。そういうことなら気合い入れてやりましょう」
「奥さん守んなきゃいけないもんね」
エリーナに図星を突かれ顔を赤くするバル。
「へいへいごちそうさま。んじゃ俺はガザD借りるぞ」
「え?隊長がそちらに?」
「おう。丁度機体色も灰色なんだ。お前はそっち乗っとけ」
気安く声を掛け合いつつ、パイロットスーツに着替えて機体に乗り込む。
シートに座り、起動チェックしながらジュンは先ほどの会話を思い返していた。
(ニックのやつ、他に何か抱えてんな?)
コンソールを操作しながら昔取った杵柄とばかりに手早く準備を進める。
手を止めることなく動かしながらも、思考は別のことを考える。
(サイド3が戦場になりかねない何かがあるって事か)
「システムオールグリーン。ガザD発進準備完了。バル、そっちはどうだ」
「こちらもOKです。いけます」
(俺にだって守りたい嫁がいる。仲間がいる。……他人事じゃねえよな)
「よし。ブリッジ聞こえるか?ハッチ開けてくれ」
格納庫のハッチが開いてゆくのに合わせ、機体を発進位置に。
(錆びた腕がどこまで戻るかはわからんが、やるだけやってみるか!)
「こちらブリッジ。オペレーターのテレジア・ハーヴィス准尉です。進路クリア。発進どうぞ」
「あいよ。ジュン・ラーバルだ。よろしく。んじゃガザD、出るぜ!」
カタパルトによる加速がGとなり身体に伝わる。
(これがリニア・シート。なるほど。8年前とはまるっきり別物だな)
作業で使用していた旧式機には導入されていない最新技術。
それを実感するジュンの耳に、スピーカーからバルの声が届く。
「こりゃ凄い。視認範囲が違うとこうも感じ方が変わりますか」
「だな。感覚を取り戻すってより新しい感覚に慣れるって方が正しいなこりゃ」
「どうします?隊長。編隊飛行でもやりますか?」
「そうさな……あの頃やってた内容をまずはやってみる。MS形態のままついてこい」
すなわち、学徒兵としてバルを教えていた頃の機動訓練である。
「了解です」
ジュンのガザDが上下左右に激しく動きながら加速を強める。
「昔はこの機動でもGに耐えるのが辛かったもんだが……楽になったなぁ」
「ですね。こうして話してても思いますがあの頃より余裕があります」
バルの声で確認してみれば、ガ・ゾウムが一定の間隔を保ったまま追随している。
(怪我からの復帰でもお構いなし。ったく、才能ある奴ぁこれだから……)
次をどうするかジュンが考えていると。
「軽く模擬戦といきましょうか」
不意に割って入る通信。
「現役の嬢ちゃんと?ブランクあるオッサンじゃ相手にならんだろ」
「俺をオッサンに含めないでください」
「私とじゃなくて。ルスター准尉と」
「よろしくお願いします」
「なるほど。そういうことなら了解だ。まずは俺と准尉で」
「え?俺は?」
「お前さんは後だ。ついでに俺と准尉二人を相手してもらうからな」
「えー!?」
(ニックがどこまで備えてるのかはわからんが、サイド3を守るためなら最大限協力するさ)
かつてバルを教え、率いた隊長ジュン・ラーバル。
ア・バオア・クー以来、実に8年ぶりにチームの隊長として復帰するのであった。
バルは苦も無く可変機を乗りこなす。
それを見たジュンが、天才はこれだから嫌いなんだとぼやき。
そんな二人にどうにか追随できる機動をルスターが身に着けた。
ニックやエリーナは定期警戒に従事しつつも、訓練に付き合い。
任務、訓練と慌ただしく日々は過ぎる。
忙しくなくも充実した時間が、宇宙世紀0088年も10月を迎えた頃。
地球圏を揺るがす報道が飛ぶ。
第二十二独立警戒部隊母艦、サラミス改級『フェアランゲン』は月軌道上にあった。
ネオ・ジオンは8月から地球への本格侵攻を開始。
戦況は有利に進んでおり、交渉もネオ・ジオン有利な状況であった。
そんな中。
「ネオ・ジオンがコロニー落としだって!?」
「戦況的に必要ないでしょ?なのに?」
突然の凶報に驚くカークとミーナ。
「連邦への威嚇と圧力、が目的だそうだ」
苦虫を噛み潰したような表情で、エルド・ワースは端末に記載された内容を言葉短く伝える。
ネオ・ジオンが優勢とはいえ、連邦側勢力も抵抗は続けている。
そんな抵抗に対する答えとして、いわば見せしめ的に行われたものだった。
そして更に。
「連邦政府高官はこれを知りながら、民衆を避難させず自分たちだけ逃げ出していた、だと……!?」
「なんてこと……」
守るべき民衆を守らず、自分たちだけ助かろうというその醜悪な行為に一同は絶句する。
(これじゃ、ティターンズと変わらない)
さすがに声に出すことはせずに内心で留めるカーク。
とはいえその表情から連邦高官にどのような思いを抱いているかは一目瞭然であった。
しばしの沈黙の後。
「連邦高官に思うところがあるのは皆同じだろう」
言葉を発したエルドにカークとミーナの視線が集まる。
「しかし、それはそれとして元凶はネオ・ジオンだ」
「それは確かにそうね」
「起きてしまったものは取り返しがつかない。だが、次を許してはならん」
拳を強く握るカーク。
何を守りたくて軍人を目指したか。
人として守るべきものは何か。
学徒兵の少女を撃墜でなく気絶という手段で助けたのはその問いに対する答えだったはずだ。
結果として今に続く因縁とはなったが、その行いを悔いてはいない。
だからこそ。
「もちろんです。次は止めて見せます」
「ええ。これ以上はやらせるものですか」
彼らの任務は月軌道からサイド3方面への警戒。
艦隊やコロニーの移動などを見落とさぬよう、より一層の注意をはらうべく気合いを入れるのだった。
ネオ・ジオンによるコロニー落とし。
この事件は、エリーナにも影響を与えることになった。
「地球にコロニー落とし……?」
端末に入る情報を目にしたエリーナの思考は一瞬停止した。
手から滑り落ちそうになる端末を慌てて拾う。
(コロニーは私たちの帰る場所。なのにそれを?)
エリーナは、バルの結婚式以降サイド3の日常風景をよく見るようになっていた。
走り回る子供、酔いつぶれるおじさん。
寄り添い合いながら歩く男女。
みな、一喜一憂はあれどその表情に死を覚悟するような恐怖も絶望もない。
ア・バオア・クーで。
暗礁宙域で。
アクシズで。
瞳に暗い炎を宿した人間を多く目にしてきた。
それゆえに、何気ない日常がかけがえないものだと理解できる。
そしてそれこそが、自分が守るべきものなのだと思っていた。
だからこそ、スペースノイドが日常を過ごす場所。
その基となるスペースコロニーは、大事にしなければならない。
そう考えているエリーナであったからこそ。
コロニー落としという行為、それそのものが酷く邪悪な行為に映った。
「ハマーンが許せないか?」
様子を見守っていたジュンがエリーナに声をかける。
その声に首を振る。
「ううん。許す許さないの話じゃないから。ただ嫌悪してる」
「軍から抜ける、てのも選択肢だぜ?」
「それとこれとは話が別。それに連邦はもっと嫌いだもの」
「……ひでえ話だよな。どっちも嫌いってのは俺も同感だ」
連邦高官の醜悪な行為と、コロニー落としというスペースノイドの故郷への仕打ちと。
二人はその両方に嫌悪感を抱き、眉をひそめるのだった。