宇宙世紀0089年、1月。
アクシズを占拠したグレミー・トトは早くも行動を開始。
サイド3を構成する各コロニーの制圧を進めるべく部隊を派遣していた。
「ラング・ハビッツ。お前には17バンチの制圧を命じる」
「コア3へ戦力を集めずともよろしいので?」
「他のコロニーからコア3へ援軍に動かれても面倒だからな」
「抑えの役割というわけですか。承知いたしました」
「プルシリーズから一人つける。うまく使え」
グレミーに敬礼で返し、退出するラング。
(ハマーンとぶつからないで済むのはむしろありがたい)
コア3が激戦となることは容易に予想できる。
参加せずに済むことを、ラングは内心で喜んだ。
その後ろ姿を眺めながら、グレミーはラングの考えを見透かして小さく呟く。
「それなりに腕は立つらしいが……戦場で逃げだされては周りに悪影響だ」
扉に背を向けたグレミーの意識からは、既にラングの存在は消えていた。
アクシズのドックに到着したラングは早々に行動を開始。
物資の手配やMS搬入などを急ぎ行っていると一人の少女が訪ねてきた。
「貴様がラングか。話は聞いているな?」
可憐な少女の姿とはかけ離れた口調と無機質な表情。
その威圧的な態度に少し鼻白む。
が、ラングは気を取り直してそれに応じた。
「聞いている。機体を積み込み次第出るのでそのつもりでいてくれ」
「承知した」
事務的なやりとりであったが、終始気圧されていたラング。
(あれが強化人間というやつか。気味が悪いな)
意識せず固めていた拳をゆっくりと開く。
一つ深呼吸をし、気分を入れ替えた。
(まぁいい。強さは保証されているんだ。せいぜい利用させてもらおう)
手元の端末に映るデータへ目を落とす。
強化人間を戦力に加算し、打算と保身と名誉欲を掛け合わせて。
ラングは出撃準備を進める。
準備が終わった部隊が順次、出撃していく。
サイド3制圧任務が、静かに開始されていた。
一方サイド3の17バンチコロニー宇宙港では一隻のムサイが駐留していた。
現在はネオ・ジオン管轄となっているが、ジオン共和国防衛隊というものが存在する。
その中の警邏部隊の艦だった。
ムサイの艦橋では、部隊長のオレイユとニックたちが面会をしている。
「サイド3防衛隊のオレイユ・オルバンだ。よろしく」
「ネオ・ジオン所属、警戒部隊所属のニック・タノウエ中佐だ。こちらこそよろしくお願いする」
形どおりの挨拶後、オレイユが早々に切り出した。
「早速だが本題だ。グレミーが各コロニーを制圧すべく部隊を派遣している」
「でしょうな」
「貴官はどちらの側に?」
「どちらにも。強いて言えばハマーン様ですが」
首を振って答えたニックはそのまま言葉を続けた。
「こと今回に限るなら、コロニー防衛が主目的です」
「それなら話は早い。ぜひ協力を」
「元よりそのつもりです」
頷き合い、握手を交わす二人。
「挨拶は終わったか?んじゃ部隊の面々を紹介させてくれ」
ジュンがエリーナたちを紹介する。
「で、最後に俺が隊長の」
「いらんいらん。お前はよく知ってる」
オレイユが払うように手を振って止める。
「んだよ。そりゃ確かにオレイユさんは良く知ってるが」
「知り合いなの?」
エリーナの問いに苦笑いを浮かべながらジュンは答える。
「一年戦争時代の俺の上官だ」
その言葉にニックらが驚く。
「おま、そういうことは先に言っておけ!」
「いやそんな暇無かったろうよ」
悪びれもせずに言うジュン。
オレイユは変わらぬかつての部下に安堵していた。
「しかし、お前は退役したはずではなかったのか?」
「ニックに頼まれてね。それにここが戦場になるんじゃ他人事じゃない」
「そうか……正直助かる」
「そこはお互い様ってやつですよ。さて、そんじゃまずは戦力の把握からだ」
ジュンが主導して戦力の確認に話題が移る。
オレイユは隠すことなく防衛隊の戦力を明かした。
「知ってるかもしれんがこちらは旧式機ばかりだ」
「旧式機ってのは聞いちゃいるが具体的には?」
「表向きにはハイザックが三機。他にはリック・ドムが三機だ」
「ハイザックか。三機もよく揃えられたもんだ」
「ティターンズの脱走兵が残していった機体なんかも混じってる」
「いやそれよりも。他にはって何ですか」
バルが思わず二人の会話に突っ込んだ。
オレイユが答える。
「連邦やネオ・ジオンに報告していない戦力でな」
「残党軍から防衛隊に助力してるケースは聞いちゃいたが」
「なるほど、それでリック・ドムか」
ジュンの補足で納得するニック。
だがそこに疑義を唱えたのはバル。
「とはいえリック・ドムでは正直厳しいのでは?」
「最低限、ビームバズーカに換装してある。ガザCと同じ運用にするつもりだ」
機体が古くとも装備と運用でカバー。
サイド3防衛隊は基本的にこの考え方でMS隊を運用している。
戦力を聞いたジュンは自分たちの戦力と合わせて考えてみた。
「うちと合わせりゃ十機か。やりようはありそうだ」
「お前達の機体は?」
オレイユの問いにジュンがまとめて返す。
「俺がザクⅢ、バルがガ・ゾウム。ルスターがガザD。エリーナがリゲルグ」
「新鋭機ばかりじゃないか。贅沢な」
「とはいえ、俺らが前に出ると問答無用の戦闘になりかねん」
「確かに。グレミーに属さないアクシズの機体はそれだけで敵と認識されてもおかしくない」
ジュンの懸念に同意するニック。
戦力を集めてはいるが、戦闘が目的ではない。
目的はあくまでもコロニーに被害を出さないことなのだ。
「で、あればリードラは後方待機で願いたい」
「承知した。我々はダミー隕石の陰にでも隠れておこう」
オレイユとニックが確認事項を締めるのを見て、ジュンが口を開いた。
「このまま懇親会でも、って言いたいとこなんだがなぁ」
「それは終わってからだね」
静かに聞いていたエリーナがツッコミを入れて和やかな笑いに包まれる。
大まかな方針の打合せも終わり、その場は解散となった。
会談を終え、リードラのブリッジへ戻ったニックたち。
艦長席の周囲にはMS隊のメンバーが揃っていた。
「で、戦力としてアテにしていいと思うか?」
ニックは改めてジュンに問いかける。
「どの程度を求めるかによる。が、正直前には出させたくねえ」
「旧式・型落ちの機体ばかりですからね」
バルの言葉に頷きつつ、苦い顔となるジュンとニック。
「相手はどの程度の規模になりますでしょうか」
ルスター准尉の問いにはニックが答えた。
「小隊規模だろう。三から四機だな」
数の差に肩の力を抜くルスターだが、周囲は難しい顔のまま。
「数よりも問題は相手の機体ね」
「隊長機はおそらく量産型のバウだろう」
AMX-107『バウ』
ネオ・ジオンの量産型MS。
グレミー・トトがテストした試作機で上下分離式の可変機。
アナハイムから供与された技術が盛り込まれている。
「そんな最新鋭機、出してきますかね?」
「部隊全部がそうとは言わんが、少なくとも隊長機には使うだろう」
「それでも戦力的にはこちらが優位では?」
何を心配しているのか理解できず、ルスターが尋ねる。
「最悪のケースは、キュベレイシリーズが出てくることだ」
「キュベレイとはまさかハマーン様の?」
「ああ。あの機体の量産型が造られている」
「それが出てくるってことは……」
「おう。乗ってるのもニュータイプか強化人間ってわけだ。最悪だろ?」
実際に対峙したことがある人間はここにはいない。
しかし、ニュータイプや強化人間の戦闘力については噂がいやというほど流れている。
「部隊規模で勝っていても、何一つ安心できん理由がこれだ」
ニックが諭すように静かな声音で語る。
緊張した面持ちでルスターはただただ頷いた。
防衛隊との協議通り、リードラは後方で待機。
ダミー隕石を展開し、その陰に隠れつつ、MS隊の出撃準備を終えていた。
「戦闘にならなきゃそれが一番なんだがなぁ」
コックピットで待機しながら呟いたジュンにルスターが反応する。
「彼らの目的が制圧であれば避けられないのでは?」
「本当にそれが目的なら、だね」
「そうだな。全体の戦況的にこちらは抑止の意味合いが強いように思う」
エリーナ、バルが説明を挟み、ジュンが最後に付け加える。
「コア3が本題だからな」
本命がコア3という言葉にはっとなるルスター。
「ま、にらみ合いで終わればそれで良しってこった」
会話を続けながらも、四人の視線はリードラから送られる外の映像に向けられている。
前方にはコロニー防衛隊のムサイと、周囲に展開する一個小隊のMS。
ムサイ艦内には出撃準備を終えたもう一つの小隊が待機していることだろう。
「おいでなすった」
最大望遠のモニタが、端に敵艦のシルエットを浮かび上がらせる。
艦砲の射程外で敵艦は停止。
相手が打ち出した通信中継ポッドから、降伏勧告が防衛隊に届いた。
サイド3防衛隊に対し、ラング・ハビッツは通信で降伏勧告を迫った。
「抵抗は無意味だ。お互いジオンの民として手を取り合うべきではないか?」
「まず一つ。抵抗というのはそちらが侵攻の意思を示した場合の話だ。最初から戦闘目的と思われるのは本意ではない」
オレイユが落ち着いた声で回答する。
「次に手を取り合うというのなら恫喝でなく外交官を派遣すべきだろう」
「私では交渉役として足りないと?」
「足りる足りない以前に、交渉相手が違うと言っている」
「どういう意味だ?」
それがわからないなら交渉役としては足りてないな、と内心思いつつも説明する。
「我々は防衛隊であって外交官ではないからだ」
ラングは最初から一つ、大きな勘違いをしていた。
それは、降伏した相手には無理を要求しても良いというものだ。
戦力の徴用はグレミーが求めたものではない。
自身の部隊戦力欲しさからでた完全な私欲である。
「だが戦力だ。協力するかどうかは貴官らの意思ではないのか?」
「軍属にある人間が独断で職務を離れてよいはずがないだろう」
「要は上官を通せということか」
「そうとってもらっても構わない」
「では戦力はいい。資金提供で手を打とう」
「それも政庁に言ってもらえないか」
どうにも話が通じる気がしない。
オレイユがそう感じるのも無理はなかった。
なにせ本当に話がかみ合っていないのだから。
「貴官と話しても埒が明かない、時間稼ぎか?」
「手続きを踏んで政庁へ言って欲しいだけなんだが……」
「交渉の権限も無い人間がこの場に出てくる方がおかしいだろう」
「我々に許された権限はこの部隊に関する運用のみだ」
一呼吸おいてモニタ越しのラングを見据えて言葉を続ける。
「たとえ話だが、グレミー殿の副官の座を確約して欲しいと要求すればどうなる?」
「グレミー様の判断を仰がねばならん。当たり前だろう」
「それと同じだと言っている」
理屈ではオレイユが圧倒的に正しい。
だがラングには焦りがあった。
コロニー一つ制圧できないとなれば、それは己の無能を晒すことになると。
(無理を通せば道理も引っ込む。武威を示して従わせる)
「貴殿が降伏すれば指揮系統はこちらに移る。同じではない」
交渉を聞いていたリードラの面々は表情を険しくさせていた。
コックピット内でジュンが諦めの声を上げる。
「こりゃダメだな」
「ですね」
「あんな話が通じない人、初めて見た」
モニタ越しにバル、エリーナから同意の声が飛ぶ。
ラングの交渉は、誰が見てもただの恐喝でしかない。
そして対峙するオレイユも、そんなものに屈するような人間ではない。
ブリッジのエルドが渋面を作る。
(危ういとは思っていたが、ここまで酷いか)
エルドの様子をモニタ越しに確認していたジュンは、臨戦態勢に意識を切り替えた。
「準備は終わってるか?」
「終わってますよ」
バルを皮切りに三者が同じ内容の答えを返す。
その時、ラングが声を荒げるのが聞こえてきた。
「いいだろう、ならば武力で制圧するまでだ」
このラングの捨て台詞により交渉は決裂。
各機のコックピットに、エルドの出撃指示が飛ぶ。
「見ての通り交渉は決裂した。急ぎ発進を頼む」
「あいよ。ハッチ開けてくれ。お前らもいいな?」
「は、はい!」
「いけます」
「うん」
ルスター、バル、エリーナから答えが返るのを確認したジュンが先陣を切る。
ザクⅢのマニュピレーターを器用に動かし整備兵へハンドサイン。
整備兵も慣れたものでハンドサインを返していた。
「よーし。ジュン・ラーバル。ザクⅢ出るぞ!」
続けてルスター。
「ルスター・バッソ、ガザD発進します!」
そしてバルが続く。
「バル・ライアン。ガ・ゾウム。行きます」
カタパルトが勢いよく機体を押し出していく。
(絶対にコロニーへは近づけさせない)
三人を見送り、自身の機体もカタパルトデッキへ。
足元をロックする振動。
整備兵が発進許可を手振りで伝えるのが見える。
相手からは確認できないのは知っているが、癖で敬礼を返す。
進行方向を見据えて、発進を告げた。
「エリーナ・ブライア。リゲルグ、出撃します!」
エリーナたちの出撃とほぼ同時に、前方のムサイからもMSが発艦。
懐かしい機影を目にして改めて不安を口にするエリーナ。
「ジオン残党軍と聞いてはいたけど……リック・ドムで本当にどうにかできるの?」
「嬢ちゃんのリゲルグほどじゃないが、ビームコーティングなんかは施してあるって話だ」
戦力としてデータに目を通していたジュンがエリーナの疑問に答える。
「正面切っての戦闘は厳しかろうが、ガザCと同じで支援砲撃ならいけるだろう」
「ハイザックが前面を担当して後方から砲撃支援。出撃順的にも理にかなってますね」
隊列を組む防衛隊を見たバルから納得の声が上がる。
しかし。
「敵機が見えたな……ちっ。最悪だ」
ジュンが舌打ちと共に吐き捨てるように言う。
見えたのは黒い機影が一つ、量産型キュベレイ。
それを囲むように配置された緑の機影が三つ、量産型バウ。
「黒いキュベレイ?あんなの……」
ルスターの語尾が不明瞭になる。
表情を見れば、怖じ気づいていることが読み取れた。
「言いたいこたぁわかる。お前は下がってナックルバスターの射程ギリギリから支援に徹しろ」
「は、はい!」
その命令に従い、ルスターのガザDは速度を緩めて隊列を離れる。
「キュベレイだけでも災難だってのに、バウ三機が随伴ときた」
「隊長、どう動きます?」
「嬢ちゃん基点に総掛かりだな。目標は黒いのだ」
「防衛隊に任せるには厳しくない?」
「信じるしかねえよ。こっちの相手を考えりゃ戦力は裂けん」
そう言うと、防衛隊へ通信を飛ばしキュベレイを引き受ける旨を通達。
「キツいと思うが、バウの方は防衛隊に任せる。いくぞ!」
「了解!」
言うが早いかエリーナはリゲルグを一気に加速させた。
「相変わらず思い切りがいい。こっちも追います」
ガ・ゾウムをMA形態へ変形させ、リゲルグを追う。
「強化人間かニュータイプか知らんが、どっちにしろ荷が重い相手にゃ違いねえ」
脳裏に過ぎるのはサイド3での暮らし。
守るべき人が住まうコロニー。
ペダルを踏み込みながら、ジュンは自分に気合いを入れる。
「だけどよ、退けねえんだこっちは!」