ジャブローへの攻略に失敗し、劣勢を強いられるジオン公国。
地上戦線の後退とともに、主戦場は地球から宇宙へと押し戻されつつあった。
急務となった戦力増強。
連日連夜、必死に練られる改善策。
しかし、元より大きく国力に劣るジオンである。
新兵のみならず退役兵も召集してもまだ足りない。
作戦本部はやむなく一つの辞令を下す。
学生の兵士徴用―――学徒兵の招集である。
「シミュレーション結果に従い、割り当てられるMSが発表される」
壇上に立つ教官兵の声が響く。
志願した学生たちの中に、ひと際小さな姿があった。
エリーナ・ブライア。
まだ十三歳という若さだが、シミュレーション訓練で合格を果たす。
(これで仇が討てる。……お父さん、お母さん)
両親を喪った原因は、連邦にあったとエリーナは考えている。
八つ当たりに近かったが、天涯孤独となった少女が生きるためには必要な逃避先であったのかもしれない。
そんな彼女の情報端末に通知が入る。
乗機となる機体の名称を見て、納得と期待が混じった表情を浮かべるエリーナ。
そこに表示されていたのは『ゲルググ』の文字だった。
MS-14『ゲルググ』。
戦況が徐々に悪化しつつある中で、その戦況を覆す期待が込められた新型機。
その性能は、既存のMS-06『ザク』やMS-09『ドム』を凌駕。
しかし、既存の機体とは操縦の違い、感覚の差異がどうしても存在する。
そのためベテランになればなるほど慣熟に要する時間を惜しんだ。
ゆえに学徒兵でも操縦技術の高い者は、ベテランとの連携を期待してザク。
操縦技術が及第点以上でも、トップクラスに及ばない者にはゲルググ。
という基準で与えられることになった。
「ようエリーナ。お前はザクか?」
声をかけたのはバル・ライアン。
操縦技術の高さは学徒兵で十本の指に入るため、ザクに搭乗することが決まっている。
「ゲルググよ。私の操縦技術があなたに及ばないの知ってるくせに」
「技術はな。だが思い切りや決断力は時に技術より大事だぞ」
バルはシミュレーションで何度かエリーナと闘っていたが、その思い切りのいい操縦に一目置いていた。
「ゲルググにはザクと違ってシールドもある。接敵する際はザクよりむしろいいかもな」
「そうね。推進力も機動性もザクより上だし?」
「そうなんだよなぁ……俺もゲルググ乗りたかった」
項垂れるバル。
「腕の良さが仇になるってのも難儀なもんだな」
「カズトか。お前さんもゲルググか?」
「ああ。むしろ腕が足りずに性能を出し切れない心配があるよ」
会話に入ってきたのはカズト・カーディス。
無論、学徒動員兵である。
三人は同じコロニーの出身で昔馴染みでもあった。
「どっちにしてもまずは機体に慣れないと」
「それはそうだな」
一行はMS格納庫へ向かう。
整備兵の声が響く中、集合地点には多くの学徒兵が集まっていた。
やがて、軍人らしき男の声が響く。
「注目!」
その迫力ある声に私語が止む。
整備兵の声も止んだのはご愛敬だろうか。
「諸君らの教導を担当する、ニック・タノウエ大尉だ。まずは集まってくれた皆に礼を言う」
そう言うと、集まった学徒兵らに一礼する大尉。
「戸惑うことも多かろうが、できる限りのフォローは行う。わからない事はいつでも質問してくれ」
その後、学徒兵はチーム分けされ、各チームには担当指導官が紹介された。
エリーナやカズトのチームはゲルググで統一。
バルは怪我から復帰した先輩兵と共にザクでのチームを組むことになった。
そして始まる本格的な操縦訓練。
彼らが想像していたよりも厳しく、しかし優しいものであった。
シミュレーションでいくら訓練を重ねようと、実機とは勝手が異なる。
「身体の芯に響くこの振動。やっぱ本物は違うな」
カズトは本物のMSに感動していた。
手元の確認を怠るほどに。
「あれ?視界が傾いて……」
「何をしている!コンソールの確認を怠るなと言っただろうが!」
見事に倒れこんだ機体の中で、衝撃と振動によりカズトの視界に星が飛ぶ。
そこへ教官であるニックの怒号が重なった。
「す、すみません!」
「起き上がる前に機体のチェック。それと自身の状態も確認しろ」
「え。自分の状態?」
「頭と視界がまともに働いてない状態で操縦するのは危険だと、座学で学ばなかったか?」
怒号ではない静かな声だが、威圧感のあるドスの効いた声がスピーカーから響く。
「ま、学びました」
「なら教本通りにやれ。カズト・カーディス」
「り、了解しましたぁっ」
その返事にため息をつく。
大きなけがが無かったことへの安堵。
そして。
(こんな年端もいかない子どもたちを、戦場に送らねばならんのか)
自身の行為が、酷く残酷なものに思えた憂鬱さ。
それらが入り混じったため息であった。
一方。
「コンソールチェック良し。周辺確認良し」
淡々と確認作業を終わらせて、機体を機動させるエリーナ。
訓練メニューを手早く進めていく。
「まずは歩行、次に駆け足と」
カズトらが苦戦する中で、エリーナの操縦技術は安定していると言えた。
そんな彼女が、ザクでなくゲルググを回された理由とは。
「あれ?右足のアクチュエーターがおかしい?」
機体不調時の基本は、無理をせず停止させその場で待機である。
しかし。
「ゴールは……あそこか。なら届く!」
「おい待て!何をする気だ!」
ニックの制止は届かず。
エリーナは背部スラスターのペダルを踏み込んだ。
「一瞬だけですから!ここで停止すれば……あれ?」
スラスター加速で一気に移動した機体は、エリーナが思うより強い慣性を持っていた。
結果。
止まろうとした機体は目標地点を越えて、被害防止用に張り巡らされたネットへ激突。
「おかしいな……いけると思ったんだけど」
叱るより先に唖然としてしまうニック。
「その咄嗟の行動判断が、突拍子もないものになる癖は一体何なんだ……」
ザクに乗る者にはベテラン兵と隊列を組むことが期待される。
その集団行動を乱す恐れがある、という判断からエリーナはゲルググ配備となっていた。
(今のところその判断は間違ってないようだ)
ニックは頭を抱えつつ、倒れこんだ機体を引き起こしに自機を向かわせた。
そして、そのザクを与えられた者たちと言えば。
「よーし。移動訓練なんかは問題ねえな」
ザクチームの担当指導官はジュン・ラーバル少尉という。
彼は開戦時からMSパイロットとして従軍しており、地球侵攻作戦での地上戦で負傷。
治療のためサイド3まで戻り、近頃復帰したばかりであった。
「んじゃ軽く外に出るか」
その言葉に、学徒兵たちの反応は二つに別れる。
喜ぶ者は未知への期待に胸を膨らませ。
恐れる者は未体験への恐怖に顔を青ざめさせていた。
「怖がったところで、実際の戦場は宇宙空間になるんだ。早いとこ慣れとけ」
ジュンは学徒兵の反応に対してそう言い、部隊を宇宙港へ移動。
そのままロックを解除し、本当に宇宙空間へ出てしまった。
「座学なんかで宇宙空間での制御については習ったな?」
宇宙に出た彼らがまず感じたのは、違和感だ。
「あれ?」
バルは真っ先にそれに気付く。
「気付いた奴もいるようだな。コロニーの中よりシミュレーターと感覚が近ぇだろ?」
ジュンの言葉通りだった。
先ほどまでとの違いを、学徒兵たちは肌で感じていた。
「スラスターは無駄に吹かすなよ。あらぬ方向へ飛んでくぞ」
機体各部に設置されたスラスターでの機動。
「腕と足の動かし方で、機体の方向転換は可能だ。やってみろ」
四肢を動かすことで機体制御を行うAMBAC。
「推進剤にゃ限りがある。活動時間に気をつけろ」
宇宙空間ならではの機動を、こうやって実践で学んでゆくのであった。
ゲルググチームは、ザクチームに遅れること数日でコロニー内訓練を終える。
コロニー内での訓練が終われば、次は宇宙空間。
指導するニックは、宇宙での機動を一通り教えた後で模擬戦を指示した。
隊列云々の前に、まずは攻撃の仕方とされ方を肌で感じてもらおうという判断である。
「せえいっ!」
エリーナのゲルググが加速する。
その動きを既に読んでいたニックは、余裕をもって突撃を回避。
背後をとられ撃墜を示すアラートが、エリーナのコックピットに鳴り響いた。
「エリーナ訓練生、思い切りはいいが読まれやすい行動では意味が無い。もう少し考えて動け」
スピーカーから聞こえる迫力のある低音の声。
悔しさと嬉しさの入り混じる、高く快活な声が返答する。
「はい!」
他の学徒兵のゲルググはそもそも接敵すらさせてもらえず、ライフルの撃ち合いで撃墜されている。
教官に接近できるだけでも、その判断力の高さと思い切りの良さは証明されていた。
「次!」
「行きます!」
(負けてられん!)
カズトがペダルを踏み込んだ瞬間、アラームが鳴りモニターには被撃墜の文字。
「あれ?」
「意気込むのはいいが、それでは予備動作が大きすぎて迎撃してくれと言ってるようなものだ」
「す、すみません」
「よし。次!」
ゲルググチームの訓練はこうして模擬戦を主体に進んでいった。
そんなゲルググチームをよそに、ザクのチームは別メニューである。
「ゲルググとの相性、いいみたいじゃないか」
訓練中、ゲルググチームの訓練を目にしたバルが小さく呟く。
ザクチームは隊列を組んでの機動訓練中であった。
「よそ見とはいい度胸だ」
小さな呟きだが、それを見逃す教官ではない。
「聞こえましたか」
「耳がいいんでな。とはいえ、それで訓練が疎かになってないあたりが憎たらしい」
「恐縮です」
「褒めてねぇよ。……いや褒めてるか。こりゃ嫉妬だな」
自分で自分の発言にツッコミを入れるジュン。
彼は苦労してパイロットになった経緯があるため、才能のある若者に嫉妬していた。
「ちくしょー。才能のあるやつなんて嫌いだ」
「それを面と向かって言う教官には好感が持てます」
「うっせ。とっとと活躍してパーソナルカラーでも貰っとけ」
軽口を叩きあう二人。
だが、声が聞こえるのはこの二人だけである。
他の学徒兵はついていくのに精一杯で、しゃべる余裕など無い。
「パーソナルカラー、ですか」
「おう。ルウムんときに並んでた天才どもは黒だの赤だの塗ってたよ」
「青や白は?」
「ありゃ別部隊だ。面識がねぇ」
「では、出てない色で灰色あたり希望しますか」
「灰色たぁまた地味な」
「地味でいいんですよ。戦場で目立って的になるよりずっといい」
視界の端に映る、まだまだ粗削りな動きを見せるエリーナのゲルググ。
バルは事故で両親と妹を失っており、彼女と同じ天涯孤独の身である。
そのためか、エリーナの姿はかつての妹を思い出させる。
彼女の思い切りの良さ、悪く言えば無鉄砲さはかつての自分を見ているようで危なっかしい。
(死なせたくはない)
それが動機となり、自分の為の戦いから守るべき者の為の戦いへと変わろうとしていた。
「的になって燃やされるより、燃え尽きるまで戦いたいってか?笑顔で怖ぇ事言いやがる」
教官の一言にバルは苦笑で応える。
灰色。燃え尽き、灰となるまで戦うという教官の一言は、正しく彼の本心を表していた。
彼らは訓練を順調に消化しつつ、12月も下旬を迎えていた。
カレンダーを見て、渋い顔になるニック。
(訓練開始が12月初旬、2週間とちょっとで実戦なんて無茶が過ぎる)
そんなニックの不安をよそに、エリーナたちは訓練の成果を語り合っている。
「バルはもうチームの先輩との隊列完璧じゃない」
「そういうエリーナも随分上達してるな。カズトも」
「なんで同時間帯に訓練してるのにお互いの状況把握できてるんだ」
エリーナとバルの会話に驚きと呆れの声で応じるカズト。
「視野を広げて見るよう指導はしただろうが」
そんなカズトの頭を小突きながら言う指導教官のニック。
チームとしての連携も、仲間としての連帯も、徐々に良くなりつつあった。
「ぼちぼち配属かね。月面都市グラナダか、宇宙要塞ソロモンか」
「首都防衛の強化も話には出てるって聞くぜ」
バルやカズトが配属先について意見を交わすのを聞きながら、エリーナは思う。
(いよいよ実戦か……不思議と怖くはないわね。皆がいるからかな)
教官や友人がいる心強さを感じつつ、盛り上がる皆を眺めていた。
丁度そのころ、ジオン公国軍本部に緊急の第一報が飛びこむ。
連邦軍、宇宙要塞ソロモンへ侵攻の気配あり、と。