第二十一話:悪因悪果、善因善果(前編)
宇宙世紀0090、5月。
エンドラ級巡洋艦リードラのブリッジで、ニック・タノウエは通信モニタの前に立っていた。
かつての縁を使い、連絡をとることに成功した『大佐』との会談のためだ。
「ご無沙汰しております。シャア大佐」
「久しいな。連絡をくれて嬉しく思う。大尉……今は中佐か」
ニックはシャアへ、今に至るまでの経緯を全て話した。
その上で、新生ネオ・ジオンへの参加を打診する。
「……一年戦争以来の決着を求めて、か」
シャアは己自身がアムロ・レイとの決着に拘っている。
それゆえ、その心情は理解できたし、協力してやりたいとも思った。
「ネオ・ジオンの理念に賛同してではない、と」
「ここで偽りの忠誠を述べたところで無意味でありましょう」
「はっきり言う」
苦笑いを浮かべるシャア。
対するニックは直立のまま微動だにしない。
「これは興味本位で聞くのだが」
前置きを置いてシャアが問いかける。
「君たちにとって、地球連邦は憎むべき存在かね?」
ニックはその質問を受け、改めて連邦という存在をどう考えるか少し悩む。
数秒の後、整理のついた答えを口にする。
「憎みはしません。ですが嫌悪はしております」
その言葉は、ニックの後ろに立つ三人の総意でもあった。
ジュン・ラーバルは肩の力を抜いた自然体で。
バル・ライアンは折り目正しく直立で。
エリーナ・ブライアはやや緊張した面持ちで。
それぞれニックの発言に同意を示していた。
「ふむ。憎悪ではなく嫌悪か。排除ではなく遠ざけたいと」
一呼吸おいて、シャアは納得した表情を見せる。
「成程。連邦嫌いといっても濃淡はあるものだな……」
しばしの沈黙。
誰も身動きをとれずにいる。
モニター越しであっても、その男が放つ存在感は場を支配していた。
やがてシャアが結論とばかりに口を開く。
「よかろう。他でもない中佐の願いだ。エリーナ・ブライアともども迎え入れよう」
「感謝します。参加するからにはできる限りの協力は致します」
「気遣いは有り難いが、そちらはそちらの目的を優先していい。そのついでで色々頼むとは思うが」
「できることならば、可能な限りお手伝いさせて頂きます」
「それでいい。組織と個人、君たちが優先するのは個人だと理解している」
「軍属にあるまじきことではありますが……」
手を上げてニックの発言を制する。
「構わない。私も同じだ。結局、人は理屈だけでは動かんものだ」
「そこまでご理解いただけるのは有り難い話ですが、なぜ、と聞いても?」
「私自身にも、同じ覚えがあるからだな」
自嘲気味にシャアが答える。
目を見開き驚くニック。
「新生ネオ・ジオンを創った理由の一つがそんな個人的理由だと知って、失望したかね?」
シャアの言葉に、表情を和らげてニックは答える。
「いえ。大佐も一人の人間なのだなと少し安心しました」
「君の中での私はどんな人間だったのだ」
静かにシャアとニックだけが笑いあう。
こうして、新生ネオ・ジオンに加わるニックとエリーナ。
そして次に、シャアの目がバルを捉える。
「君の活躍も聞いている。『灰色の天才』」
「恐縮ですが……誰ですか。そんな二つ名つけたの」
目線を外すジュンとニック。
「良い指導者に巡り会えたようだな」
「多分に誇張がある気がしますが……良い上官であることは間違いありません」
目を逸らしたままの二人をちらりと見つつ、バルは答えた。
そのやりとりをモニタ越しに眺め、薄く笑みを浮かべてシャアは続ける。
「誇張でもなかろう。先のグレミー軍との戦いは記録映像で見せてもらった。その上での評価だ」
「ありがとうございます」
「それで?君も参加してくれるのかな?」
「一つだけ。望みを聞いていただけるなら」
顔を上げ、シャアと目線を合わせるバル。
その視線をまっすぐ受け止めるシャア。
「ふむ。聞こう」
「家族へ残す資金の支給をお願いしたく」
「無論だ。生還するしないに拘らず支給させてもらおう。君だけではなく君たち全員に、な」
後顧の憂いがこれで無くなった。
直立してシャアへ敬礼し、バルは参加の意を伝える。
「であれば、何も問題ありません。お手伝いさせて頂きます」
「右に同じく。微力ながらお手伝いさせてもらいますぜ」
バルに続けて参加表明するジュン。
砕けた口調。だが姿勢は崩れていない。
そんな彼に視線を移したシャアは、懐かしいものを見る目で語りかける。
「ジュン少佐。ルウムで轡を並べた君が加わってくれるのは頼もしいな」
「……少佐?」
一年戦争時は少尉、その後退役してからは階級とは無縁だったジュン。
突然の三階級昇進に数秒の間、動きが止まる。
周囲の目も点になってジュンに集まる。
「君の戦歴ならこれくらいが妥当だろう?」
してやったり、といったシャアの顔。
さもありなんという表情のニックたち。
意外さに目を丸くするブリッジクルー。
苦笑しながらジュンは呆れ半分、恐れ半分で回答した。
「相変わらず、やることなすこと早ぇこって」
そしてその呟きを最後に、ジュンは表情を引き締める。
纏う空気すらピリっとしたものに変えて、しっかりした口調で回答する。
「過分な待遇、感謝します」
「妥当な評価というだけだ。過分ではない。だが期待させてもらう」
画面越しに敬礼を返し、通信は終了した。
「良かったの?」
エリーナがバルとジュンへ問いかける。
ハマーンが倒れたのと共に、アクシズ軍も瓦解。
ルスターのように退役という道があるはずなのだ。
「ここまできたんだ。見届けるくらいはさせてくれ」
「だな。全部終わらせて、全員で帰るぞ」
復帰したバルとジュンもまた、チームとして加わる。
そんな皆を見渡しながらエルドが感想をこぼす。
「退役でなく残ることを選ぶんだからな。物好きな連中だよ」
「艦長。自分を差し置いて私たちを物好き扱いしないでください」
オペレーター、テレジア・ハーヴィス准尉が抗議の声を上げた。
全員が同じ思いというわけではない。
だが艦の乗組員は、一蓮托生という意識を共有していた。
(感謝してもし足りないな。皆には)
エルドは、胸中で艦に残った全てのクルーへ感謝する。
そして次が最後になるだろうと、漠然とした予感も同時に抱いていた。
宇宙世紀0093。
ハマーンの起こしたネオ・ジオン抗争が終結してから3年。
人々がネオ・ジオンの影を忘れ始めたころ。
かつて赤い彗星と呼ばれた男が、新生ネオ・ジオンを名乗り行動を起こした。
地球へと落下する小惑星5thルナ。
その映像が、サラミス改級『フェアランゲン』ブリッジのモニタに映る。
シャアの新生ネオ・ジオン軍による地球連邦への攻撃。
その攻撃を阻止すべく動いていた部隊からの報告映像であった。
「ロンド・ベルの見立ては、正しかったということだな」
第二十二独立警戒部隊を率いるフェアランゲン艦長、カミラ中佐はため息とともにそう語る。
シャアの生存。
それに伴う武力紛争勃発の危険性。
これらを現実に起こりうるものとして捉え、動いていたのはたった一部隊。
それがロンド・ベル隊であった。
この3年、第二十二独立警戒部隊として各宙域を回ってもシャアの存在は影も形も見えず。
ロンド・ベル隊に信頼を寄せているカミラですら、杞憂ではないかと思い始めていたのだ。
「連邦政府はアクシズの譲渡を条件に和平交渉するようですが」
エルド・ワース少佐が言葉を継いだ。
「そのようだな。どこで交渉するのか知らんが……」
カミラは一呼吸おいてエルドを見てから言葉を続けた。
「警備に駆り出されてもいいように準備をしておいてくれ」
「了解しました」
敬礼し、ブリッジから退出するエルド。
その背中を見送ったカミラは、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「和平か……本気で成ると思っているのか?」
地球連邦宇宙軍の重要拠点、ルナツー。
一年戦争時序盤、連邦が劣勢であった時も持ちこたえた宇宙要塞である。
新生ネオ・ジオン艦隊はその宇宙要塞へ迫りつつあった。
「こいつのデビュー戦がルナツー攻略戦とはね」
新たに配備された乗機ギラ・ドーガを前にバルが呟く。
AMS-119『ギラ・ドーガ』
新生ネオ・ジオン軍の主力量産機。
生産性・整備性が高いため兵器として扱いやすい。
また、汎用性や拡張性も高く、非常に高レベルでバランスの取れた機体である。
「んでやっぱり灰色なんだな」
ザクⅢから降りてきたジュンが茶化す。
「誰のせいですか、誰の」
「ガ・ゾウムでなくて良かったの?」
エリーナが疑問を口にする。
「可変機での強襲もいいけどね。バランスのとれた機体はやっぱり安定感があるよ」
「コイツはザクⅡのコンセプトを継承して設計されたって話だ。原点回帰だな」
「そういえば二人はア・バオア・クーの時も、ザクで同じチームだっけ」
学徒兵時代を思い出すエリーナの言葉に、バルが答えた。
「だな。何の因果かまたザクチームだ」
「あの時ザクで肩落としてたよねー」
「そりゃあな。……そういうお前はいいのか?リゲルグのままで」
今度はバルが問いかける。
その問いを受けたエリーナは、かつて抱いた想いが自然と口に出た。
「決着がつくまで、最後までこの機体と共に。そう決めたんだ」
まっすぐな目でバルを見る。
「そうか。始まりがその機体なら、終わりもその機体がいいか」
「うん」
「なら、きっちり終わらせなきゃな。んじゃ最後の作戦確認にいくぞ」
二人から了解の意が返るのを聞きながら、ジュンはこの作戦について考える。
(和平交渉が成功したと思ってるとこに電撃的な奇襲。やっぱ怖いね、赤い彗星は)
改めてその怖さを再認識しつつ、彼らはルナツー攻略作戦へと動き出した。
定期警戒任務中だったフェアランゲンは、任務途上でその報告を受ける。
「ルナツーが制圧された!?」
ブリーフィングルームにカーク・ヴェルフィリア中尉の驚きが響く。
「……これで二度目ね」
ミーナ・ラックスマン大尉が小さく呟く。
彼女が言っているのは、かつて失ったジャブローのことだ。
彼女らにとって地球の故郷がジャブローなら、宇宙の故郷がルナツーである。
それを察して、隊長であるエルドは言う。
「まだ失ったわけではない。取り返すぞ」
その言葉にカークが反応する。
「ロンド・ベルと合流するんですか?」
「最終的にはそうなるかもしれん」
「ということは今は別の動きですか?」
続けてミーナからも質問が飛んだ。
「まずは状況確認から、とカミラ艦長は言っていた」
「情報が無いことには始まらない。その通りね」
「遭遇戦は十分に考えられる。各自準備を怠るな」
「了解!」
こうして第二十二独立警戒部隊は定期警戒任務を中断し、急ぎルナツーへ進路をとる。
道中も警戒は厳に。
そして遭遇時に備え臨戦態勢は解かずにいた。
しかし到着したルナツーにネオ・ジオン軍の姿は既に無く。
彼らが見たのは、荒らされた後の基地の姿。
溶け落ちた防壁。
漂う残骸。
惨状に言葉を失う彼らへ、追い打ちをかける伝令が通達された。
「核弾頭が奪取された、だと?」
カミラが絞り出すような声で確認する。
更なる最悪の事態が待ち構えていることを知り、ブリッジを沈黙が支配した。
ルナツー工廠。
ここも例外なく、ネオ・ジオンの襲撃により大きな被害を受けていた。
とはいえ、どうにか戦力の再建を図ろうと動き出している。
次の出撃に向け、急ぎ補給を受けるフェアランゲン。
カミラ艦長の元へ打診があったのは、そんな最中のことだった。
「ジムⅢの強化?」
整備兵、オックス・エリストから上がってきた陳情を受け、カミラは疑問符を浮かべた。
「可能であるなら願ってもないが……そんなものがあったか?」
「元はRX-178用のものですが、RGM-86Rでも運用実績はあります」
「ふむ……あまり時間はないぞ?」
「承知しています」
こうしてカークの愛機であるジムⅢは強化改修を受けることに。
格納庫で作業を見守りつつ、カークは素直な感想を述べる。
「ディフェンサーシステムか。よく無事だったな」
FXA-05D『Gディフェンサー』
ガンダムMk-Ⅱの重戦用装備として開発された可変戦闘機。
ディフェンサーの名が示す通り、装備時には側面と背面の耐久性強化が見込まれる。
また戦闘機としての推進力はそのまま加算されるため航続距離や加速力も強化されている。
カークのつぶやきを拾ったオックスが答える。
「どうにか残ったパーツで一機分。ありあわせっすよ」
ありあわせ、継ぎ接ぎ。
実に自分らしいな、とカークはひとりごちる。
「両肩のは盾扱いでいいんかね?」
「盾でありAMBAC肢であり、推進機でありミサイルベイっす」
「多用途にもほどがある」
「ディフェンサーの名の通り、基本的には増加装甲と思ってもらえれば」
「そうか。今使ってる盾どうするかな」
「元の盾も持たせようと思えば持てますよ?」
「機体バランス大丈夫か?それ」
「そこは中尉の腕次第っす」
「ぶっつけ本番に無茶言うなよ……」
「そうは言っても、持ってくんでしょ?」
「ああ。持っていくよ。どうにかするさ」
一年戦争から何度も命を救われた盾だ。
持っていかない道理はなかった。
「了解っす。とっとと仕上げますね」
ジムⅢの強化改修と、フェアランゲンへの補給は並行して進められ、ほぼ同時に終了した。
艦内にカミラの声が響く。
「我々はこれより、偵察任務に出る。第二種戦闘配置」
出航するフェアランゲンを、ルナツーの整備兵たちが敬礼で見送る。
破壊された施設で無理な作業をさせた彼らに、カミラは心からの礼を込め敬礼を返した。
第二十二独立警戒部隊の針路はロンド・ベルより情報のもたらされたアクシズ。
別地点で集合中の連邦艦隊への情報提供が目的の偵察である。
なのだが、カミラはそれでは間に合わないと判断していた。
ロンド・ベルから、シャアの目的がアクシズを地球へ落とすことだと聞かされたからだ。
「本艦の目的は本来、偵察任務である」
艦内にカミラの声が響く。
「だがアクシズの落下を阻止するためには、偵察で待機しているわけにはいかない」
ブリッジと回線を繋いでいたコックピット内のエルドは承知の旨を伝える。
「了解しております。MS隊いつでも発進可能です」
その返答に頷くカミラの目が、戦闘で飛び交うビームの光を捉えた。
「エルド少佐。MS隊の出撃を。少しでもロンド・ベルを支援するぞ!」
かつて、自分はホワイトベースに何もしてやることができなかった。
肩を落としながら立ち去るブライトの姿。
自身に突き刺さる、避難民の恨みがましい眼差し。
思い出せば無力感ばかりが募る。
だが今は違う。
自ら戦力を動かせる。
(あの時は見送るしかできなかった。今度は少しでも助力させてもらうぞ。ブライト君)
帽子を深くかぶり直し、カミラは決意のこもった目で戦場を見つめていた。
格納庫では出撃準備を整えたMS隊がカタパルトへ。
エルドの声がスピーカーを通して僚機に届く。
「間に合うかどうかは微妙なところだが」
「それでも、じっとしてなんていられないわよ」
「同感ですね」
反応するミーナとカークに迷いは無い。
二人の威勢に思わず笑みがこぼれた。
「よし、なら行くか。カタパルト接続!エルド・ワース、ネモⅢ出る!」
エルド、続いてミーナが順次発進していく。
(恐らくは彼女も出てくるだろう。……これで決着にするぞ)
カタパルトと接続する振動が伝わる。
カークの目がコンソールの上を走り、最終確認が行われる。
機体状況、進路状況、全て問題なし。
「システムオールグリーン。カーク・ヴェルフィリア。ジムⅢディフェンサー出ます!」
ディフェンサーユニットを装着したジムⅢはその抜群の推進力で一気に加速。
先発のネモⅢ・ネロを追い越して戦場へ駆けていった。