ジャブロー攻防戦から辛くも生還したカーク・ヴェルフィリア少尉。
彼の所属する部隊は、休む暇もなく異動の辞令を受けて宇宙へと上がっていた。
ティアンム提督指揮下、チェンバロ作戦へと参加するために。
シミュレータールーム。
パイロットの訓練に利用されるそこにカークの姿はあった。
「熱意は買うが、どんなもんだ?」
様子を見に来たエルド・ワース大尉が、訓練を見ていたミーナ・ラックスマン中尉に尋ねる。
「腕、上がってますよ。最大難度でやってます」
「最大難度!?」
「ええ、ほんの数日ですが、鬼気迫るものがありますね」
ジャブローでの初陣。
カークは相対したザクに対して勝つことはできた。
しかし、自分の操縦技術で勝てたのではなく、相手の弾切れと偶然による勝利。
それを誰よりも痛感していたのはカーク自身である。
戦闘後、エルドやミーナの戦闘記録を見て尚更にその思いは強くなった。
このままでは自分が足を引っ張ってしまう。
そう考えた彼は、少しでも腕を磨くべくシミュレーターへ篭もるようになったのである。
「よし、最大難度クリア……!」
自由時間のほぼすべてをシミュレータールームで過ごしたカークは、ついに最大難度をクリアした。
そんな彼は、一つの仮想データに目をつける。
「こんなデータ、地上の時はなかったよな?」
データ選択。
仮想敵:RX-78
「これ、ホワイトベース隊のデータか」
強襲揚陸艦『ホワイトベース』
連邦軍MS開発計画に合わせて建造された新鋭艦。
MSの母艦として作られたため、他の艦船とは全く異なる形状をしている。
RX-78『ガンダム』
連邦軍により開発された白兵戦用MS。
ビーム兵器の携行や堅牢な装甲材の使用など、採算度外視の高性能機である。
ジムより先行して試作されたMS『ガンダム』。
そのパイロットが持ち帰った戦闘データを反映させたシミュレーションデータであった。
確たる戦果を残しているが、元は民間人である。
今日まで生き延びてきたのは、その試作機が持つ破格の性能ゆえであろう。
正規の訓練を受けていない者のデータが何の参考になるのか、というのがカークの正直な思いであった。
数秒後。
「は……?撃墜された?」
瞬殺である。
何をされたかも理解できぬままやられてしまっていた。
「性能だけで切り抜けたわけじゃない、てことか」
見方が変われば、そこに出てくるのはアムロ・レイというエースの姿である。
赤い彗星を退けたことを皮切りに、名だたる敵を倒してきた歴戦のエースパイロット。
「これ以上の相手はいないというわけだ。よし」
気合を入れて再挑戦。
そしてまた瞬殺。
「……敗因分析からやらないとダメだな。これじゃ対策も参考もあったもんじゃない」
自らの操縦技術と、戦い方を何回も見直しながら。
シミュレーター上ではあるが、カークはアムロ・レイと戦い続けた。
一方、ホワイトベース隊の持ち帰ったデータは量産機にもフィードバックされた。
「照準補正、格闘補正、回避機動性能の向上……ってこれソフトウェアで何とかなるものなのか?」
エルド大尉の疑問に、整備兵が答える。
「機動性能の向上は主にバーニア使用制御ソフトウェア効率化ですね」
「制御の効率化、そんなに進んだの?」
一緒に聞いていたミーナ中尉も驚きながら問う。
「データが豊富だったんですよ。なんせ赤い彗星の機動もありましたし」
「……なるほど。実機の制御ログに、カメラでの動作解析もできたのね」
「ええ。基本こそ同じですが積み上げたデータでソフトウェアの効率化がえらい進みようでした」
部品材質などは簡素化されているジムであるが、制御ソフトウェアなどは同じものが使用可能。
そのため、激戦を潜り抜けたガンダムのデータは、機体の制御能力を大幅に向上させたのである。
「ジムで扱いきれるのか?」
高性能機の性能を存分に引き出すソフトウェア。
それは、性能を落として価格を抑えた量産機には過ぎたものではないか。
いや、むしろ性能を出せたとして扱いきれるのか。
カークにはその不安があった。
「ジムに合わせたチューニングにします。さすがに違う部分もありますし」
『違う部分』という言葉で濁しているが、『機体の違い』とは言わなかった事でカークは確信した。
(やはり、か。アムロ・レイの反応速度が基準では、とても扱いきれんからな)
シミュレーター上とはいえ、対峙した彼だからこそわかる。
パイロットの質が違いすぎるのだ。
「頼む。チューニング後の慣らしもしたい」
ソフトウェアのバージョンアップはそれから数日後に完了した。
宇宙での慣熟訓練も終わり、カークがシミュレーターでアムロのガンダムを相手に数十秒耐え凌げるようになった頃。
チェンバロ作戦は開始の時刻を迎える。
宇宙要塞ソロモン。
ジオン公国軍の宇宙における一大軍事拠点である。
第三艦隊が攻撃を仕掛け、ジオンが応戦。
その戦場から少し離れた位置に、ティアンム提督率いる第二艦隊の姿はあった。
何をしているかと言えば、新兵器ソーラ・システムの展開中である。
「ソーラ・システム?」
聞きなれない単語にミーナが疑問符を浮かべる。
「太陽光を虫メガネで集めたら焦点が燃えるだろ?原理はアレだ」
「理屈はわかりますが……よく考えたというか、やろうと思ったというか」
エルドの解説に、理解はしながらも困惑するカーク。
「鏡の反射角度を変えて、焦点を作り出そうってわけね。上手くいくのかしら」
「効果がどれほどかはわからん。が、新兵器の実力を見せてもらおうじゃないか」
連邦軍の作戦は、ソーラ・システムの一撃で要塞を無力化。
その後に総攻撃を仕掛け、制圧するというものだ。
カークら第十四小隊は、ソーラ・システム展開までは護衛任務である。
第三艦隊の陽動が功を奏し、ソーラ・システムは準備を滞りなく終えて照射開始。
ソロモンを文字通り焼き焦がした。
ここに至り、ジオン側もティアンム艦隊へ迎撃を開始。
ティアンム艦隊もソロモンへ向けMS隊を発進させた。
「ミーナ、カーク、準備はいいな?」
「いつでもいけます」
「こちらもです」
「どこから弾が飛んでくるかわからん。上下にも気を付けろ」
「了解!」
「例のスカート付きも確認されている。気を引き締めてかかれ」
「リック・ドム、といいましたか。確か」
MS-09R『リック・ドム』
ジオン軍の一角を担う重MS。
重そうな見た目に反して高い機動性を持つ。
ザクに変わる主力機として配備が進んでいた。
「油断はしないけど、そういうのは遭遇してから考えましょ」
「うむ。では行くぞ。続け!」
エルドのジムを先頭にアローフォーメーションで突撃を開始した。
ソロモンには既に両軍とも多数のMS隊が展開。
そんな中でカーク達に気づいた敵の小隊が進路を変える。
無重力空間での初実戦。
隊形の維持は困難と判断したエルドは決断を下した。
「各機散開!乱戦になるが各自生き残れよ!」
「了解!」
エルドは散開の指示を出したものの、自らは向かってくる敵機に向かって加速した。
構えた盾を押し出しつつ敵機に接近。
ザクはマシンガンで応戦するが、止まらぬジムに射線がぶれる。
「馬鹿の一つ覚えと言われそうだが!」
そのままザクへ激突。
体勢を崩した相手にビームスプレーガンを撃ち込んだ。
「これじゃ牛か猪だ。もう少し何とかせんとな……何!?」
沈黙したザクの後ろから現れた、新たな一つ目。
とっさに構えた盾にマシンガンよりはるかに重い一撃が炸裂、振動がエルドを襲う。
「バズーカか!くそっ!」
毒づきながらも機体に回避運動をとらせ、敵機と間合いを取る。
しかし敵機はそんなエルドに追随し更なる一撃を加えてきた。
「こいつ、話に出てたスカート付きか!」
対峙するリック・ドムを前に、エルドは気を引き締め操縦桿を握りしめる。
「カーク、ミーナ。すまん。援護には行けそうもない。生き残れよ……」
「遮蔽物もない、おまけに重力もない。囲まれでもしたら終わりね」
散開し、向かってきていた敵機から間合いをとったミーナは一定の距離を保ちつつ睨み合っていた。
互いに牽制の射撃は放つも、有効な攻撃にはなっていない。
「相手に援護が来る前に何とかしないと」
周囲にも目を配り、打開策を考える。
しかし、その考える時間はミーナにとって悪い方向へ事態を向かわせた。
「アラーム!?後ろから!?」
背後からの挟撃である。
左側面のバーニアを噴射し、機体の軌道を右にスライド。
射線を外そうとするが挟み撃ちの位置取りを崩さずついてくる敵機。
「冗談キツいわよ!二対一とか!」
振り払おうと加速を強めるが、射線が交差する位置取りで的確に追ってくる。
二機からの射撃を必死に回避しながら、ミーナは博打を思いついた。
「的確に狙ってくるなら!片方は無理に避けない!」
ザクマシンガンであればジムのシールドは破壊されない。
ジャブローでのカークの戦闘ログから得た情報を思い出し、盾を構えての突撃を敢行する。
有効打にならず焦ったのか、射撃を止めた正面のザク。
対して背後をとっているザクは射撃を続けていた。
「バージョンアップしたソフトウェアに全賭けよ!」
後方カメラの映像から算出される回避機動。
その動きは、背後からの射撃を回避し続けた。
「賭けは私の勝ちね!」
勢いのまま、正面のザクに突っ込む。
正面と背後の敵機が、ミーナを中心に直線配置となった。
「あとはこっちの腕次第!」
機体をわずかに傾ける。
刹那、敵機と擦れるほどの距離で交差する。
直後。
ミーナの背後から撃っていた攻撃が、通りすぎた後に残されたザクに吸い込まれた。
「上々ね!さぁ!お返しさせてもらうわよ!」
速度を緩めることなく、Uターンして今度はミーナが襲い掛かる側となるのだった。
「ザクのマシンガンなら耐えられるのは経験済みだ」
カークのジムは正面にザクを捉え、盾を構えてザクに突撃。
接近する敵機にザクはマシンガンの射撃をやめヒートホークに持ち替える。
「射撃を止めるのが早かったな!」
斧の攻撃範囲より少しだけ遠い間合いからビームスプレーガンを撃ち込む。
慌てて回避しようとしたザクの右腕がヒートホークごと吹き飛んだ。
「もらうぞ!……下から接近警報!?」
鳴り響く警告音が、追撃から回避運動へと思考を切り替えさせる。
前進させようとした機体を左にスライド。
間を置かずジャイアント・バズの弾頭が通りすぎた。
「スカート付きか!」
リック・ドムへ射撃を返すカーク。
だが、回避しながら近づく敵機。
「ザクより速い、が……ガンダム程じゃない」
自分に言い聞かせるように呟いて突撃を開始。
カークの脳裏に、ガンダムの戦闘データが浮かぶ。
それは、ドムの攻撃で破壊された盾の姿だった。
「シールドを頼りに突っ込むのは危険か」
カークはそう判断し、回避行動をとりつつ距離を縮めようと動く。
しかし、ここソロモンは乱戦中。
一対一ではない。
新たなアラームに、カークの心臓が跳ねる。
「上から新手!?」
正面にリック・ドムを見据えていたカークの機体。
その上方向から襲い掛かる新たな機影。
こちらもリック・ドムであった。
正面と上方向から撃たれるジャイアント・バズの攻撃。
考えるより前に手が動く。
その回避運動はカークを救った。
額に、手に、汗が滲む。
「くそっ二対一では……」
ここでカークの悪い癖が出た。
回避に集中しすぎてしまい、攻撃がおろそかになってしまうという癖が。
これによりシミュレーター上でもアムロのガンダムを落とすことはおろか、牽制としてさえ有効な攻撃ができていないのだ。
ビームスプレーガンで正面のドムを形だけは牽制しつつ、上方向のドムに注意を払い回避を続ける。
「どうにもならん。せめて退避したいが……」
そうやすやすと逃げられない。
上を抑えられ、正面から圧をかけられた状態では耐え凌ぐだけで精一杯である。
「くっ!?」
シールドに被弾。
響く振動と鳴りやまないアラート。
募る焦燥感。
必死で機体を制御するカークは、このままでは長くはもたないことを自覚していた。
そんな彼を救ったのは、一条のビーム光。
上を抑えていたドムが貫かれて爆散した。
「援護射撃!?だがあれはスプレーガンの威力じゃない。誰だ?」
ビームライフルを持つ機体は何機か存在する。
ガンダムもその一機だが、ソロモン戦では第三艦隊所属のため、第二艦隊方面にガンダムは存在しない。
では誰か。
「誰でもいい、感謝する!」
その言葉の直後、正面のリック・ドムもビームに貫かれ爆散。
周囲を警戒すれば、エルドとミーナの対峙していた相手も同様に爆散している姿が見える。
形勢不利を悟ったジオン軍の機体は要塞へと退却。
乱戦だった戦域は、ほどなく安全地帯と化していた。
「たった数本の射撃で……」
「話には聞いていたが、あれは第七狙撃部隊だろう」
合流したエルドがカークのつぶやきに回答する。
「確か、テネス・A・ユング少佐の部隊ですよね」
ミーナが記憶を探って部隊長の名前を思い出す。
「何にしても助かったな。援護してやれなくてすまない。二人とも」
「私はもう少しで倒せそうでしたけどね」
「……いえ。まだまだ未熟だと思い知らされました」
だが、そう答えるカークの顔に暗さはない。
生きて帰れたのだから次がある。
そうジャブローで学んだからだ。
「よし。戦況は我が方有利。この勢いに乗って要塞を制圧するぞ!」
エルドの宣言通り、この後ソロモンは地球連邦軍により制圧される。
別ゲートではジオン側の奮闘で大きな被害も出ていたが、第十四小隊は無事生還を果たすのだった。
<おまけ>
テネス・A・ユング少佐
カークたちの援護をした狙撃手。第七狙撃部隊・第一小隊所属。
連邦軍のトップエースの一人で、乗機はジム・スナイパーカスタム。
出典元はバンダイの書籍『戦略戦術大図鑑』。