カークとエリーナが戦闘を開始したちょうどその頃。
母艦の格納庫で補給をうけつつ、束の間の休息をとるジオンの部隊があった。
「キリがねえな」
弾倉を交換しながらボヤくのは、ジュン・ラーバル少尉。
彼は学徒兵を指揮しながら空母ドロワの護衛についていた。
「弾切れだけは心配ですね」
ジュンと同じように、弾薬補給を行っているのはバル・ライアン。
彼もまた学徒兵として、ジュンが率いる小隊に配属されていた。
「そこで墜とされる心配が無いあたり、やっぱ大物だよお前」
感心とも呆れともとれる言葉を投げかけつつ、ジュンは弾倉交換を終える。
「ま、ここはどうにか耐えられそうだな。さすがはドロワだ」
「ですね。最初見た時は的にしかならないかと思いましたが」
「デカいだけあって砲撃装備が充実してるからな。艦載のMSも合わせりゃ近づくこともままならんさ」
軽口を叩きつつ、ジュンはバルに一つの提案をする。
「で、だ。ここは何とかなる。行っていいぞ」
「……え?」
「気になるんだろ?助けられるんなら助けてこい」
「しかし」
「同じザクでもお前のはF2だ。連邦の機体にも遅れはとらんだろ」
MS-06F-2『ザクⅡF2型』
一年戦争後期に開発された、ザクのバリエーション機である。
戦争序盤からの戦闘データがフィードバックされており、ほぼ全ての面で従来のザクを上回る。
生産が遅かったこともあり配備はあまり進んでいない。
そのせいもあってア・バオア・クーの格納庫で行き場の無かった機体がバルに与えられていた。
なお、バルの機体は灰色一色にされている。
これはジュンが悪ノリで塗装したためであり、バルは事後に報告を受け乾いた笑いを浮かべていた。
「すみません、ありがとうございます」
「おう。その代わり無事に生き残れ。友達ともどもな」
バルの機体は、灰色という色が周囲に溶け込むため目立つことなく静かに仲間の元へ向かったのだった。
拮抗していた戦況は、ジオン側に起きた一瞬の空白が致命打となった。
司令部で発生した、ジオン軍総帥ギレン・ザビの戦死である。
この事変により、司令部は数秒であるが麻痺。
以降、連邦有利へと形勢は傾いてゆくことになる。
「何だ!?」
「何?」
カークとエリーナもまた、この違和感を感じとった。
ほんの数秒のことではあるが、要塞からの圧力が弱まったのである。
それはつまり、戦場を飛び交う流れ弾の心配が減ることを意味する。
「好機!ここで墜とす!」
雰囲気が変わったエルドのジムキャノン。
それを見て取ったニックが指示を飛ばす。
「まずい!カズト!避けろ!」
「は、はい!」
「逃がすか!……背後から接近警報!?」
エルドの追撃を阻止するように鳴り響くアラーム。
駆け付けたのはバルのF2。
「パーソナルカラー持ちかっ!厄介な!」
それは誤認だったが、そうさせるだけの動きをバルは見せた。
一方、慌てて回避行動をとっていたカズトは、友人の援護に感謝を送る。
「助かった!バル!」
だが、その一瞬の気のゆるみが彼にとって最悪の結末を迎えることになった。
「……嘘だろ、おい」
バルはその瞬間を目撃していた。
それだけに受けた衝撃も大きかった。
「連邦艦の艦砲射撃……こんなところで!」
険しい顔で歯噛みするニック。
その言葉通り、連邦の艦砲射撃である。
MSを狙ったものではなく、援護砲撃として撃たれていたものだ。
教科書通りの回避行動ではあったが、最初の焦りで軌道が膨らみ、援護により助かった安堵からの気のゆるみ。
それらすべてが重なった結果、意識外から飛んできた砲撃に対処できず。
カズトのゲルググは爆散した。
爆発の輝きが視界に映る。
「え……?」
何が起きたか理解するまでに、エリーナは数秒を要した。
つい先ほどまで記されていた友軍機を示すマーカーが戦術モニタから消えている。
カズトの機体が消滅した事の証拠であった。
「ああ……ああああああああああ!」
狂乱状態に陥ったエリーナ。
ゲルググのスラスターは限界まで踏み込まれ、ただでさえ無茶だった起動が更に無茶苦茶になっていた。
「落ち着けエリーナ!くそっ!F2でも追い付けんか!」
「機動が読めんことには、追いつくことも止めることも出来ん……!」
エリーナを追いかけるバルとニック。
その状態を”隊列を崩した好機”とみた連邦の別部隊が襲い掛かる。
しかし。
「お前らなんてえええええっ!」
急停止。
射撃。
急加速。
「今の俺たちを隊列崩壊とでも思ったかよ!」
狙った連携ではなくとも、エリーナをフォローする形は崩れておらず。
逆に翻弄された連邦の部隊は、一瞬で隊列を崩され光の玉と化した。
爆散する別小隊のジムを見て、それまで防戦一方の展開に焦っていたカークは冷静さを取り戻す。
「読めない動きの相手に飛び込むのは無謀ってものだろ」
状況を注視していたカークは敢えて近づかず、盾を構えたいつものスタイルで距離をとって対峙した。
突っ込んでくるゲルググをいなし、相手の援護射撃の射線から外れるよう機体を動かす。
それは、相手を観察し逆転の機会を掴むため耐えなければならない時間であった。
幾度かの接敵により、一瞬だが接触回線で相手の声がカークの耳に届く。
「何で、何で何で何で何で!!!」
その悲鳴にも似た慟哭が、トリガにかけた指を動かせなくする。
「学徒兵。それも少女か……話には聞いてたが、やり切れんな」
殺さずに戦闘を終わらせたいという思いがカークの中に生まれると同時に、ゲルググの動きにも得心がいった。
「仲間をやられて狂乱状態ってとこか。それがわかればやりようもある!」
再度突撃してくるゲルググに対し、またもいなすような動きを見せるカーク。
しかしそれはフェイントだった。
「隊長直伝のシールドバッシュだ!」
カークが回避を捨て、思い切った行動に出る。
それは膠着していた戦いを変える決定打となった。
機体同士の正面衝突。
機体重量に勝るゲルググが押し込む形となるが、パイロットはそうはいかない。
最初から覚悟をきめてぶつかったカークと異なり、衝突の衝撃により意識が飛ぶエリーナ。
意識が途切れる最後の瞬間、エリーナの目に焼き付いたのはカークのジムが持つシールド。
そしてそこに刻まれた鷲のエンブレムマークだった。
動きの止まったゲルググに対し、カークもまた動きを止める。
「カーク!負傷したか!?」
「いいえ隊長。俺は無事です。ただ、相手は意識を失ったようですが」
エリーナのゲルググが捕まっているため、攻撃もできず間合いをとるバルとニック。
カークはその二人に対してゲルググを押し出した。
「ちょっとカーク!?」
ミーナの咎める声が響くが、意図を察したエルドは通信を開く。
「こちら連邦軍ティアンム艦隊所属、第14小隊エルド・ワース大尉」
「……ジオン軍、空母ドロワ所属、第11小隊ニック・タノウエ大尉だ。何用か?」
戦闘中の奇妙な通信である。
「戦況は大方決まった。これ以上は無用の戦いになると見る。撤退するなら今のうちだと思うがどうか」
エルドの言葉にニックが改めて戦場を見渡せば、ひと際大きな爆発が目に入る。
それは自らの母艦であるドロワで発生したもので、その爆発を境にドロワは戦闘行動を停止していた。
「ドロワが……沈黙した、か」
力なくつぶやくニック。
「ああ。不甲斐ないが守り切れなかった。退くべきだと俺も思うぜ」
満身創痍という言葉を体現したような有様のザクⅡがニックに近づく。
通信に割り込んできたのは、ジュン少尉だった。
「沈むにせよ制圧されたにせよ、ドロワにはもう戻れない。なら、帰るべき場所はサイド3になるか」
バルがつぶやく。
「意識を失ったゲルググのパイロットは負傷者だろ?なら負傷者を退避させるって名目でいいじゃないか」
カークが思いついたその言い訳に納得し受け入れたバルは、そんな自分に驚いていた。
「……実を言えば、我らの所属するティアンム艦隊も提督を失っていてな。指揮系統が混乱状態なんだ」
その言葉を裏付けるように、周囲には連邦・ジオン双方の機体は見えなくなっていた。
連邦側の指揮系統が混乱したことにより、予期せぬ形で要塞内部への突入する事になっていたためだ。
一方のジオン側も、ドロワが沈黙したことで戦意を喪失したり帰投できる場所を探したりで散ってしまっている。
つまり、ここは一種の空白地帯となっていた。
「気遣ってもらってすまない。今ならドロワに皆の目が向いている。離脱するぞ」
言外に『痛み分けにしよう』と伝えてきたエルドに礼を述べたニックはエリーナの機体をバルたちと支えつつ戦域を離脱した。
遠ざかる敵機を眺めながら、カークは呟く。
「結局スコアはまったく伸びず、か。でも何だろうな。良い気分だ」
「のんきなこと言ってる場合?とっとと回収してくれる艦を探すわよ」
味方の艦を探しに移動を始める第14小隊。
移動中、ミーナがエルドへ問いかけた。
「でも良かったんですか?見逃して」
「……見逃されたのはどっちだろうな」
「え?」
「最後に近づいてきたザクに誰か気づいてたか?俺は気付けなかった」
言われてはっとなる。
カークもミーナもまったく接近に気づいていなかったのだ。
「スラスターを消して、一見すれば傷だらけの機体だったが」
先ほどの離脱していく姿を思い出してエルドは続ける。
「動きに支障は無かった。あれだけ損傷した見た目をしておきながらだ」
「じゃあ、あそこで引き分けを選んでなかったら……」
モニタ越しにミーナの青ざめた表情が見える。
「不意打ちでやられただろうな」
「結果的に、正解だったというわけですか」
気の抜けていた表情は消え、緊張感ある表情でカークが恐る恐る聞く。
「そうなる。が、敵要塞への上陸任務失敗に違いはない。軍功なしになるかもな」
「……生き残れただけで上等、ですね」
軍功もスコアも、今となってはどうでもよかった。
振り返れば、今もア・バオア・クーでは爆発の光が輝いては消え、また光るという繰り返しを見せている。
しかし、第十四小隊の戦いはこうして終わりを迎えたのだった。
「あれ……?」
エリーナはサイド3本国へ撤退する艦の中で目を覚ました。
「気が付いたか」
見守っていたバルが優しく声をかける。
「ここは?」
「本国へ戻る艦の中だ。……俺たちは負けたんだよ」
「何で、生きてるの?私」
「あちらさんが痛み分けにしてくれたから、だな」
エリーナの問いに答えたのは隊長であるニックだった。
「お前さんが学徒兵だと知って、加減してくれたらしい」
「っ!」
手心を加えられた。
生きるか死ぬかの戦場で。
カズトは助からず、自分は敵に助けられて。
目を閉じて浮かぶのは、鷲の紋章が刻まれた盾。
あれだけ攻撃を加えたというのに、まだ余裕だったとでもいうのか。
手加減されたという屈辱。
仇をとれなかったという悔恨。
そして、生き残ったという安堵。
言葉にならない感情がエリーナを揺さぶる。
「……これで終わりには、しない」
小さく呟いたその声に気づいた者はいなかった。
時に、宇宙世紀0080年1月1日。
後に一年戦争と呼ばれた戦争はこの日終結した。
その一方で。
カーク・ヴェルフィリアとエリーナ・ブライア。
二人の因縁はここから始まる。