第六話:終わらぬ戦い(前編)
一年戦争終結から早3年。
連邦軍の勝利に終わった戦争ではあったが、各地ではまだ戦いの火が消えたわけではなかった。
各地での治安維持を目的とした警戒部隊の一つ、第二十二独立警戒部隊。
かつての第十四小隊は、この部隊の第一小隊として配属されていた。
「地上でジオン残党がトリントン基地を襲撃、か」
「宇宙の私たちには関係なさそうねー」
カークが呟き、ミーナが興味なさげに答える。
「そうとも限らん。油断は禁物だ」
「そう言いますけど、さすがに3年も経てばそろそろ終わると思いますって」
エルドが気を引き締めようと注意するもミーナにはあまり効果はない。
無重力に浮かべた自分のヘルメットをくるくる回して聞き流している。
「彼らは、いつまで戦い続けるつもりなんですかね?」
「それがわからんから俺らが必要なんだ」
「終わりの無い仕事ってイヤだわー。このままじゃ戦場で干からびてドレス着る機会も逃しそう」
ミーナの言葉に、思わず顔を見合わせるエルドとカーク。
二人の思いは同じだった。
(この人、戦場と結婚したような生き方してる自覚無かったのか)
格納庫へ移動したカークは、そこで整備兵から声をかけられた。
「カーク少尉。マグネット・コーティングによる反応速度の上昇には慣れましたか?」
ジャブロー以来の付き合いとなった、MS隊専属メカニックのオックス・エリスト。
歳も近い彼とは、気楽に話せる間柄であった。
「ああ、随分と機体に振り回されたけど、ようやくね」
「ジム・コマンドに乗り換えるのと、どっちが大変だったんでしょうね」
RGMー79G『ジム・コマンド』
ジムの後期生産型のひとつ。
整備性や操作性を向上させた機体で、スペック的にはゲルググに匹敵する。
「どっちも大変なことに変わりないさ」
「でもこれで、初期生産型の改良計画が本格的に動き出しそうすよ」
オックスの言葉に、記憶の端から見つけた言葉が口に出る。
「近代化改修ってやつか」
「ええ。まだ実験段階らしいすけど」
「ミーナ中尉の機体もその一貫か?」
二人の目線が隣の機体に移る。
「ジム・コマンドのライトアーマー化は既に採用化されてる規格ですから話が別っすよ」
採用化された規格。
一言でそう言っても、様々な規格があるものだ。
「同じジムでもキャノンにコマンドと、バリエーション豊かになったもんだな」
更に目線を動かした先には、エルドの機体―――ジムキャノン。
「そこなんです。問題は整備性なんすよ。ここの三機は全部、微妙に規格が違いまして」
カークの言葉に我が意を得たりと食いつくオックス。
整備が終わった格納庫の静けさが失われる音量だった。
「ジャブローとルナツーとかで型が違うんだっけ?」
やや引き気味にカークが言葉を続けた。
その言葉を聞いたオックスは急に遠い目になった。
「型もですが使ってるパーツの規格も一部異なります。……ネジの規格とか」
目つきが剣呑になっている。
よほど苦労をしたのだろう。
「あー。使ってる部品も合わせようって話か」
「です。その辺りの規格統合も視野に入れての計画って話すね」
「除隊した連中の機体も余ってるだろうし、そりゃ使えるなら使うわな」
「世論としては、戦争終わったんだから兵器はもう必要ないなんて声もあるようすけど」
「平和なのは良いことだけど、平和ボケも困ったもんだ」
つい先ほど耳にしたトリントン基地への襲撃。
戦争は終わったかもしれないが、平和にはなっていない。
警戒部隊として宙域周回をこなす日々に、いつかくるであろう戦闘に思いをはせ。
できることをやろう、とカークは愛機を見上げた。
一年戦争によって、破壊された数多の物体が流れつく。
そんな暗礁宙域がいくつも存在していた。
ジオン残党軍が身を隠す場所としてはうってつけである。
残党軍とまとめて呼ばれるが、決して一枚岩ではない。
各部隊単位で組織が細分化されており、共通意識はあれど指揮系統はバラバラであった。
そんなジオン軍残党のひとつに、身を寄せているエリーナ。
このままでは終われない。
情けをかけられ、意識の無いまま終わらされた戦いに納得できなかった彼女。
「……」
遠く光る星々を眺めながら、思い浮かべるのは鷲の紋章。
3年の月日が流れても、今もなお夢に出てくる。
彼女にとっての戦争は終わっていない、否、終われていないのだ。
そんなエリーナを、黙って見守る青年が一人。
「何か言いたそうね?バル」
「そりゃな。無念なのは理解するが、執着しすぎだとも思う」
バルは一年戦争終結からのエリーナを思い出す。
本国へ移送途中、終戦協定が結ばれたことを知った彼らの行動は2つに分かれた。
帰還し除隊する者と、戦い続けるために潜伏することを選ぶ者とに。
「私は……まだ終われない。こんなんじゃ、納得できない」
説得を重ねるも、頑として聞かないエリーナを前に、ニック、ジュン、バルの三人は頭を抱える。
「大人の立場としちゃ、止めなきゃならんのだが……」
ニックが顔をしかめつつため息をつく。
「無理やり止めても、出て行ってしまうでしょうね」
「あの嬢ちゃんのこった。やりかねんな」
バルの意見を肯定するジュン。
ため息をつきつつ、ニックは覚悟を決めた。
「仕方ない。当面は行動を共にしよう」
「すまんが俺は除隊するぞ。サイド3へ戻る」
バルにとってその言葉は少し予想外だった。
しかし、無理強いするわけにもいかない。
「……そうですか。無理は言えません。ここまでありがとうございました」
「おう。先に帰っとくから、みんな連れてサイド3へ帰ってこいよ」
その言葉で意図を察した。
身寄りのない自分たちが、帰れる場所を作るために除隊するというのだ。
大人の心遣いに改めて感謝し、そこでジュンと別れて今に至る。
ほんの3年前のことだが、遠い昔のように感じる。
「執着、か。そうかもね」
ぽつりと呟くような声が耳に届く。
過去から現在へバルの思考が戻る。
「それでも、今の私にはこれしかないの……ごめん」
心配してくれる相手に謝罪をしながらも、エリーナは止まれない。
「気にするな。承知の上でここにいるんだ」
「うん。……ありがとう」
目を合わせることなく、感謝を伝える。
ありがたさと、申し訳なさと。
様々な感情が混じった今の顔を、見られたくはなかった。
「ここに居たか」
しばらくして、ニックがエリーナを尋ねてきた。
「何かありましたか?」
「ああ。ゲルググの整備が終わったんで呼びに来た」
「!!」
その言葉を聞いて飛び出すエリーナ。
苦笑しながら、バルとニックもその後を追いかける。
格納庫に着いたエリーナが見たのは、強化された愛機の姿だった。
「バックパックがついてる?」
「ああ。正規のものじゃないが、高機動型のそれに近いものにはなってるそうだ」
「ニック隊長の機体も同様ですか?」
バルがエリーナ機の横に並ぶニックの機体を見て尋ねる。
「いや。俺のはJG型だ」
MS-14JG『ゲルググJ』
ゲルググイェーガーと呼ばれる機体である。
イェーガー(狩猟)の名は伊達ではなく。
敵機を追い詰める機動力。
狙い撃つための狙撃力。
その双方を兼ね備えていた。
「JG型ってことは、本体にも改修を?」
「ああ。寄せ集めではあるが、おおよそJG型と同じ性能になった。狙撃も可能だ」
操作系統は流石に違うがな、と笑いながら話す。
ニックもまた、一年戦争における連邦軍のエルドと同じ答えに辿り着いていた。
前線で僚機に混じって戦うよりも、後方からの支援が可能な機体を、と。
「……つまり俺だけ置いていかれかねないわけか」
自分の機体―――ザクⅡF2型に視線を移して寂しそうにバルが呟く。
「機体性能ではそうでも、操縦技術でそこを覆してくるじゃない」
不服そうに言うエリーナ。
機体性能で勝るはずであるが、模擬戦では勝てた試しがない。
「それはお前に無駄な動きが多いからだ」
「うぐ」
一年戦争以降、補給もままならない状態は今も続く。
先の見えない状況は気分を落ち込ませる。
しかし、そんな彼らにとって、機体の整備完了は久方ぶりの明るい話題となった。
ジオン残党によるトリントン基地襲撃は、連邦による当初の予想を大きく外れた動きを見せる。
散発的な襲撃に過ぎないと思われたそれは、デラーズ・フリートを名乗る一団による宣戦布告にまで発展。
にわかに、連邦軍内に緊張が走ることとなった。
「正面きっての宣戦布告とは随分な自信だが……演説のアレは本当なんですかね?」
アレ、とは連邦が開発していた核搭載MSのことだ。
自分たちのいる宇宙に持ち込まれた以上、カークにとっても他人事ではない。
「わからん。新兵器開発なんて極秘情報は関係者以外知らされんだろう」
エルドが首を振りつつ答える。
「そりゃそうでしょうけど、事が事だけにちょっと気になるわね」
ミーナが気にするのは、その攻撃目標。
第二十二独立警戒部隊が担当するのはルナツー近辺。
宇宙における連邦軍最大の拠点である。
狙われる可能性は十分にあった。
「切り札になるものを見せ札にした。……なら実使用で一番効果的なのは?」
「反撃の狼煙として使うなら、スペースノイドとは無関係かつ連邦の重要拠点だな」
「最大戦果を見せることで他の残党に決起を促す、と?」
「連邦が作った核で、その連邦に煮え湯を飲ませる。効果的だろ?」
「てことはやっぱこの辺が危険じゃないですか。遭遇したくないなぁ」
カークとエルドが導き出した答えに、げんなりするミーナ。
「何にせよ、自分たちの仕事をするだけだ。気を引き締めろよ」
最後にエルドが締め、ミーティングは解散。
わずかな不安と、緊張感に包まれながらも第二十二独立警戒部隊は定期周回任務を続ける。
「デラーズ・フリートから連絡があったんですか?」
「ああ。行動を起こすよう促してきた」
ニックがバルの問いに答える。
「行動って?」
具体的に何を、と言わないところを不思議に思ったエリーナが尋ねる。
「独自に行動して連邦に襲撃をかけるもよし、合流するもよし、だそうだ」
「合流するには少し遠いですね」
デラーズ・フリートの拠点は茨の園と呼ばれる暗礁宙域。
連絡を受けたニックたちが身を隠す場所とは地球を挟んで向こう側の位置だ。
「鷲盾のいる方で」
「ああ。鷲盾の情報も入手できたぞ」
この3年、ニックは小隊長というよりも部隊長的な役割で動いていた。
残党軍として横のつながりはもちろんのこと、伝手は多方面に広がっている。
ようやく掴んだ鷲盾の情報に、勢いよくニックの方へ顔を向けるエリーナ。
「鷲の紋章は部隊章でなくパーソナルマークだった。パイロットはカーク・ヴェルフィリア少尉」
今まで鷲盾と呼んでいた相手の名前を初めて知る。
ジムという無機物から、カークという人間へ。
戦うべき相手の像が輪郭を帯びた気がした。
「カーク少尉の現在地も判明している」
「どこ!?」
「ルナツー近辺の警戒部隊。……随分近くにいたもんだ」
目標が決まった。
ルナツー警戒艦隊への襲撃。
「デラーズ・フリートには何と伝えます?」
「あちらの目標はソロモンだそうだ。こちらは陽動のつもりで動く」
「乗ってくれればあちらの助けに。ならなくても名分は立ちますか」
ニックたちが会話を続けるが、エリーナの耳にはもう入っていなかった。
「カーク・ヴェルフィリア。次は手加減なんてさせない……!」
動きの決まった彼らは素早かった。
一年戦争時に連邦から奪取していたコロンブス級を使い、ルナツー近郊へ。
ニックたちの部隊だけでなく、周辺で潜伏していた部隊も合流。
部隊の規模はコロンブス級が一隻、ムサイ級が二隻。
MSは三小隊、全九機となった。
合流した残党軍は士気を高め進軍。
そんな中、ニックはコロンブス級の艦長代理として指示を飛ばしていた。
「合流組の物資もあるだけ積み込め!この艦なら積めるはずだ!」
「連邦の輸送艦も大した積載量ですね」
副長がそんなニックに声をかける。
「苦労をかける」
「なんの。大尉と一緒に駆けずり回ったこの3年に比べれば軽いものです」
「そう言ってもらえると助かる」
「接敵後の動きはどうします?」
「武装が無いから前には出れん。だが逆に戦闘に巻き込まれなければ帰れる場所になる」
「承知しました。連邦の動き次第では先に戦域から離れます」
「よろしく頼む」
艦長としての指示が終われば、次はMS小隊長としての役目がある。
「準備終わっているか?」
「いつでも」
エリーナとバルの声が重なって届く。
「よし。搭乗して待機!目標が見つかり次第出るぞ!」