ルナツー近辺の宙域で、第二十二独立警戒部隊がその敵影を掴んだ。
「敵MSと思われる熱源接近。数は9」
「小隊規模でなく中隊規模か……。機種は特定可能か?」
「ミノフスキー粒子が濃いためそこまでは」
例の機体は混じっているのか。
出たとこ勝負となる事に不安はあるが、やるしかない。
エルドは腹を括った。
「承知した。MS隊を出す」
「お気をつけて。発進どうぞ!」
サラミスのハッチが開く。
「カーク・ヴェルフィリア。ジム。出撃します」
「やっぱりカタパルト射出の機構が欲しいわね……」
「いいから早く出ろ」
エルドに急かされ、画面越しに笑って誤魔化すミーナ。
「ミーナ・ラックスマン、ジム・コマンド・ライトアーマー出ます」
「エルド・ワース、ジムキャノン出る」
ハッチの外で合流し、隊列を組む。
周囲を見れば同じように僚艦からも出撃の光が見えた。
「こちらも9機。あちらも9機。増えないで欲しいもんだ」
様々な不安を抱きつつエルドは敵機迎撃のため機体を加速。
一年戦争以来、およそ3年ぶりとなる部隊同士での激突が始まろうとしていた。
「連邦機の出撃を確認。以降は打合せ通りに。各隊、武運を祈る」
手短に他部隊への通信を終わらせるニック。
「さて、3年ぶりの再会だな」
「エリーナ。好きに切り込め。俺たちがサポートする」
「……ありがとう」
二人の優しさに感謝する。
父のように見守ってくれるニック。
兄のように気安く相手してくれるバル。
一年戦争の決着に囚われるエリーナが、心を壊さずにいられたのは彼らのおかげだった。
やがて、因縁の相手が目に映る。
「シールドに鷲のパーソナルマーク……見つけた!」
高機動型となったゲルググ。
その速度は以前の比ではない。
「速い!?」
予想外の速さで近づくゲルググに驚くカークだが、操縦は乱れない。
機体をひねり射撃を回避。
そのまま突っ込んできた相手は通りすぎ、直線的な動きでターン。
再度接近してくる敵機に記憶が反応した。
「この機動……まさかア・バオア・クーで会ったあのゲルググか?」
「そのようだ。灰色のザクもいるぞ」
エルドの通信で確信する。
相手はあの時の学徒兵であると。
「何でまだこんなとこにいるんだよ、学生が!」
戦争が終われば親元に帰るだろう、そう考えていたカーク。
しかし彼は知らない。
エリーナが両親を既に喪っていることを。
「あの時と同じにはさせない!」
操縦桿を握る手に力が入る。
帰るべき場所も無く、身寄りも無く。
生きる目的も連邦への復讐。
それを手加減の上で無理やり終わらされた。
「このままで終われるものかあっ!」
仲間を失い、生きる目的も奪われる。
そんな結末では納得できない。
勝つにせよ負けるにせよ。
手加減抜きの真剣勝負の結果を求める。
生きる目的は、連邦への復讐からカークとの決着へと変わっていた。
「相変わらず無茶な機動。速さはあの時とは比較にならない。私でもついてけないわよあんなの」
隙を伺いつつ牽制射撃を行うミーナ。
だが、有効なものとは言い難かった。
「それに、何なのこの灰色は!速くはないけど的確にこっちの邪魔をして!」
援護しづらい理由はバルの存在である。
無駄撃ちも、無駄な動きもない。
圧力のようなものは感じずとも、不気味な存在感を放っていた。
更に。
「危ないっ!?」
少しでも意識を外せば容赦なく飛んでくる狙撃。
「これじゃ、あの時みたいに情けをかけるのはもう無理よ。わかってるんでしょうねカーク」
「……わかっている、つもりです」
絞り出すような声が通信機から届く。
「割り切れとは言わない。けどできなきゃ死ぬのは貴方よ」
躊躇いは死に直結するのが戦場である。
「後悔はあとでするから後悔なの。だから撃つ時は迷うな」
「はい」
迷いはまだあるのだろう。
だが何かを決めた声での返事に、ひとまずミーナは納得した。
「隊長の方はどうです?」
「支援ポジションは確保した。が、こいつは……」
敵の陣容を確認したエルドは、納得とともにその厄介さに舌を巻く。
「遊撃1、援護1、狙撃1。何とも似たようなチーム編成になったもんだな!」
自分に向かって放たれた狙撃を盾で防ぐ。
エルドが砲撃で応戦するも、そこにニックはもうおらず。
狙撃機と砲撃機の違いが如実に表れていた。
「こうなると、機動性で劣る分キャノンでは厳しいか……」
高機動で展開される戦闘についていけず、苦慮するエルド。
それでも砲撃の手は緩めず、支援に徹する。
「焦るな。好機はあるはずだ」
冷静でいるよう自分に言い聞かせ、支援砲撃の手は緩めずにその機会を待つのだった。
エリーナのゲルググはその高機動をフルに活かし、カークのジムに肉薄する。
しかし。
「機動力で勝っているのに、なんで当てられない!?」
エリーナの行動を先読みで回避し続けるジム。
「射撃じゃラチがあかない……なら!」
焦れたエリーナは勝負に出た。
シールドバッシュである。
あの時のお返しとばかりに、シールドを構えて突撃をかけた。
「受ける側に回ってみなさいよ!」
高機動型バックパックの推進力をフルに活かし、その巨大な盾を突き出しながら質量兵器と化したゲルググ。
「シールドバッシュ!?」
かつて自分がやった無茶な戦法を、より圧倒的な速度で返される。
驚きとともに、やはり相手はあの学徒兵なのだと再度確信するカーク。
激しい衝撃にシートベルトが食い込む。
警告音が耳朶を打つ。
肺から押し出された空気を求め、呼吸が乱れる。
悲鳴を上げる機体と身体。
しかしエリーナはそれらを無視し、次の攻撃へ移った。
「崩れた体制では避けられないでしょう!」
ゲルググがビームナギナタを振りかぶる。
「まずい!」
かつて、同じように危機に陥った際。
カークは何も考えることができず、無我夢中で動いたら終わっていた。
だが今は自ら選んで、バルカンのトリガを引き絞る。
「メインカメラを潰せば!」
トタン屋根に受ける雷雨のような激しい音と振動がエリーナを襲う。
「きゃあっ」
メインカメラを損傷したゲルググは攻撃の態勢を崩す。
それでも振りぬかれたナギナタはカーク機の両足を斬り飛ばした。
「映像切り替え!サブカメラ……きた!」
だが、その切り替えを待つ一瞬。
エリーナ機は動きを止めてしまっていたのだ。
動きを止めたゲルググ。
追撃の好機ではあったが、カークのジムも満足に動けない。
「くっ機体の向きを変える事すら困難になるのか」
四肢を動かし機体を制御するAMBACシステム。
その四肢のうち両足が無いのは致命的であった。
「カーク!離れろ!」
エルドの通信。
ジムキャノンがその照準をゲルググへ向けていた。
ニックのゲルググがエルド機を狙撃して止めようとする。
しかし、狙撃は防がれたシールドを破壊するに留まり。
肩部240ミリロケット砲が火を噴いた。
「まずい!」
エリーナが動きを止めたのを見たバルは即座に動いた。
「間に合え!」
ザクの手を伸ばし、ゲルググを突き飛ばす。
と、同時に機体をひねり右肩のシールドを射線へ合わせる。
結果、ゲルググへ向かっていた砲撃はザクの右半身へ直撃した。
被弾箇所の装甲は引き裂かれ、火花を散らしながら右腕ごと吹き飛ぶ。
コックピット内でも小規模ながら爆発は発生。
けたたましいアラートと共に爆風が襲い掛かる。
「ぐあっ」
即死でこそなかったが、バルは血を吐きながら意識を手放した。
ようやく映ったサブカメラに映ったのは、被弾したバルのザクⅡF2型。
「嘘……バル!?返事を!」
返ってこない返事が、あの日マーカーが消えた戦術モニタをフラッシュバックさせる。
取り乱しそうになるエリーナ。
だがニックからの通信が彼女の正気を引き留めた。
「エリーナ!バルの機体を引っ張って退却しろ!生体反応はまだある!」
「!!……了解!」
唇を噛みしめながら、バルの機体を連れて撤退する。
バルとほぼ同時に動いていたニックは、二人の状況を見て撤退を決断。
指示を出した後は撤退を援護すべくビームライフルをマシンガンモードに切り替え、弾幕を張る。
「あちらさんも撤退判断か。……正直助かる」
サラミスへと戻ったカークは、両足を失った愛機を見上げていた。
「あと一歩踏み込みが深ければコックピットごと斬られてたか……」
「バルカンの判断は正しかったな」
エルドが肩を叩きつつ慰める。
「成長してるってことね」
ジャブローでの戦闘を比較対象に持ち出すミーナ。
「あの時は無我夢中でしたからね」
「もし次に出会っても、もう大丈夫?」
「ええ。今日は戸惑いましたが、次は迷いません」
執着されているのは、今回の戦いで理解した。
ならば次もあると考えるべきだ。
相手が年少であれ何であれ。
戦いに身を置くならば覚悟しなければならない。
討つことも、討たれることも。
覚悟を決めたその表情にエルドは安堵する。
兵士として、戦士として。
一人前になったのだな、と。
バルは母艦で治療を受けたことで一命はとりとめた。
しかし、依然として意識不明の状態が続いている。
「私が……あんな被弾しなきゃ」
「自分を責めるな。戦場ではままあることだ」
自分をかばい被弾したのを気に病むエリーナ。
ニックの慰めも耳に届かない。
「……この艦はこのままサイド3へ向かう。バルはどっちにしろ入院が必要だ」
「はい」
「お前は……まだ戦う、か?」
半ば確信しながら問いかける。
「はい……皆がそれを望まないのは、理解してるんですが」
「理解と納得は別物だ」
無理に心を抑えつけても壊れるだけ。
戦場での死の恐怖を無理やり抑えつけ、壊れた兵士を見てきたニックは経験則でそれを知っていた。
自責の念に囚われた今の彼女を、無理やり戦いから引き離すのは得策とは言えない。
危ない精神状態ではあるが、生きる目的として『倒すべき敵』の存在を消すべきではないと判断。
エリーナの意志を尊重する形で、ニックは受け入れた。
「バルのことはジュンに任せる、そうしたらアクシズへ向かう」
「アクシズ、ですか?」
「ああ。戦い続けることを選ぶならそこしかあるまい」
エリーナ・ブライア、この時十七歳。
彼女の戦争はまだ、終わらない。