宇宙世紀0083年、12月。
アクシズへ向かう艦の中から外を見れば、遠くに星が瞬いている。
サイド3が見えなくなってからも、目線はずっと同じまま。
星の海を眺めたまま、エリーナは数日前の出来事を思い返していた。
デラーズ紛争に連なる戦いで重傷を負ったバルに治療を施すべく、エリーナたちはサイド3を訪れた。
輸送艦での治療により一命はとりとめている。
しかし精密な検査は専門の病院でなければ無理があった。
「こっちだ。入院の手続きは済ませてある」
そう言って手招いたのはジュン・ラーバル。
一年戦争では学徒兵の教官、そして部隊長として戦った男だ。
「手間をかける」
「気にすんな。俺もお前も一年戦争で似たような目に遭っただろ」
ニックとバルは、負傷兵として前線からサイド3へ戻された経験を持つ。
怪我の完治から復帰する際、打診されたのが学徒兵の教官でそこからの縁であった。
「何があったかは……ま、お嬢ちゃん見りゃ見当つくな」
うつむき、立ち尽くしているエリーナ。
覇気の無いその姿を見れば、何があったかは一目瞭然だった。
「戦場で起きたことなら、誰が悪いわけでもねえよ」
「でも……」
「今は自分を責めるより、あいつが無事に目を覚ますことを祈ってやれ」
精密検査を終えて、病室のベッドで眠るバル。
消毒液の匂いと、静寂に包まれたまま。
エリーナは、バルの無事だけを祈った。
精密検査の結果から、バルは長期入院が必要との診断になった。
命に別状こそないが、コックピットまで到達する爆発は身体に相当なダメージを与えており、今もまだ目を覚ましていない。
「身元引受人には俺がなってる。言ったろ?『先に』帰っとくって」
「相変わらず手回しのいい奴だ。見た目に似合わず」
「ほっとけ。……お前らの分の戸籍も準備済みだ。気が済んだらいつでも帰ってこい」
「……すまん。感謝する」
「ありがとう、ございます」
深々と頭を下げる二人に、柔らかい笑みで返すジュン。
「お嬢ちゃんは、あまり自分を責めなさんな。バルも助かったんだ」
「……」
小さくうなずく。
気遣いに感謝を示しつつも、やはり表情は晴れない。
「この結果は俺が自分で選んだことだ。お前が気に病むことじゃない」
「意識が戻ったか!」
不意の声に三人は揃ってベッドへ駆け寄る。
「お手数おかけしました」
「おう。そう思うなら存分に恩に着ろ」
「貸しは作れるときに作っとけ、ですか。昔のままですね」
「お前みたいな才能あるやつに作れる貸しなら猶更な」
気心知れた間柄らしいやりとりで場の空気を和ませる。
「ニック隊長にも、お世話になりました」
「……世話になったのはこちらの方だ。随分助けられた」
自分の状況を把握したバルは、ここで戦線離脱となることを理解していた。
おのずと、別れの言葉のようになる。
「エリーナ」
声を掛けられ、びくりと身体を震わせる。
「お前を守れて良かった」
「バル……私……」
「気にするな、と言いたいが言って割り切れるなら苦労しないよな」
苦笑するバルは穏やかに言葉を続ける。
「まだ、続けるんだろ?」
「うん……まだ終われない。このままじゃ、まだ。けど」
未だ消えぬ鷲盾―――カークへの執着。
だが、戦い続ける事で失うものが増えていく。
決着を望む心と、それが原因で周りが傷つくのを恐れる心と。
二つの想いの間でエリーナの心は揺れていた。
沈黙するエリーナを見て、察したバルはやれやれといった表情で声をかける。
「まずはやりきれ。終わってから考えろ。それでいい」
え、と予想外の言葉にきょとんとした顔がバルへ向く。
「思い切りの良さが取り柄だろ?」
にこやかに微笑むバルを窓からの光が照らす。
眩しかった。
「ただ、迷いじゃない何かを思うところがあるなら、それは無視しないことだ」
言葉にできない、漠然とした何かがエリーナの中に生まれる。
先ほどまでの迷いとは違う何か。
それは、当人も気付いていないが『守る』という言葉を意識し始めた瞬間であった。
バルの言葉を反芻しながら、エリーナは思う。
鷲盾と決着をつけることに迷いはもうない。
今思うのは、その先。
「何かを守るための戦い、か」
ア・バオア・クーで散ったカズト。
自分をかばい被弾したバル。
導いてくれるニック。
戦場以外の場所で支えてくれるジュン。
色んな戦いがある中で、自分の戦いは何かを守れる戦いになるのだろうか。
サイド3を離れ、アクシズへ向かう中。
窓から見える宇宙の景色が、緩やかに変わりつつあった。
宇宙世紀0084年、2月。
地球圏から遠く離れた、火星と木星の間。
そこにある小惑星がアクシズである。
「ここがアクシズ」
「お仲間が大挙してるせいで、中に入るのは難しいようだ」
「順番待ち?」
「そんなとこだな」
視界に映る小惑星では、その周囲をMSが資材を抱えて飛び交っていた。
「居住区の拡張工事を進めているそうだ。……同時に軍備の方も、な」
戦争はまだ終わっていない。
デラーズ紛争の時も感じたジオン兵たちの無言の想いが聞こえてくるようだった。
(あの人たちと私の戦争は、似ているようで少し違う)
連邦と戦おうとする仲間意識と同時に。
向いている方向性の違いが見えたエリーナは少し居心地悪そうに首を振った。
「……ま、大同小異というやつだ。個々人の戦う理由は違って構わんだろうさ」
エリーナの葛藤を察し、ニックが優しく声をかける。
「それよりも、ゲルググの修理と改修を進めなきゃな」
そう言って格納庫へ向かう。
今は考えるより手を動かせと、その背中が語っていた。
「すまない、少しいいだろうか」
ゲルググの修理が終わり、調整中のエリーナとニックに声をかける壮年の男性。
「准将どの!?」
「あの時以来だな。ニック・タノウエ大尉」
「准将こそよくぞご無事で。連邦に捕まったと伺っていました」
「送られた収容所の環境が劣悪でな。居心地が悪かったので退去してきた」
あっけにとられるニック。
「簡単に仰る」
「ところで、そちらのお嬢さんは?」
「ア・バオア・クーから行動を共にしている部下のエリーナ曹長です」
その言葉でトワニングは彼女が学徒兵であったことを察した。
「エリーナ。こちらはトワニング准将だ。……学徒錬成のまとめ役でもあった」
「エリーナ・ブライア曹長であります」
娘ほどの少女が名乗るのを見てトワニングの表情が少し曇る。
「学徒志願兵でよくぞここまで生き残った。……済まない。そして、ありがとう」
何に対しての謝罪か。
何に対しての感謝か。
トワニングの言葉をいまいち掴み切れないエリーナは困惑していた。
「ところで、何か御用だったのでは?」
「ああ、そうだった。大尉。君に今一度教官をお願いしたいのだ」
アクシズでは志願兵が日に日に増えている。
が、指導できる者が不足している状態であった。
「それは構いませんが……」
「懸念は了解している。非常勤講師のようなものと捉えてくれ」
「であれば申し上げることは何も」
「苦労をかける。曹長はどうする?」
「私の補佐を」
「え?」
予想外だったのだろう。
間の抜けた声が格納庫に響いた。
「教えるのは難しいかもしれんが、模擬戦の相手なら可能だろう?」
その言葉で補佐の意味を理解し、変な声を上げた恥ずかしさで赤くなる。
「それなら、大丈夫」
こうして、アクシズの新兵に対して訓練指導の任が与えられた。
新兵への訓練に、エリーナはどこか懐かしいものを感じていた。
「回避機動が遅い」
撃墜。
即座に機体を反転。
「後ろをとるならもっと早く」
背後から仕掛けようとした相手を迎撃。
(……回避機動もとらずにその場で反転してるのに)
脳裏に描くのは鷲盾を構えたジム。
あのジムならば、反転時も回避機動を忘れずに行う。
(やりづらい。けど、これくらいでないと新兵の訓練にすらならない)
高速機動は指導の間使わぬよう指示を受けている。
そのため、普段とは違う動きを強いられた。
悩んでも答えは出なかったが、動かしてみれば何のことはない。
追い続けた相手の動きを自然と真似ていた。
(こうしてやってみると、難しさがわかる)
エリーナは操縦の難しさを痛感しているが、それでも新兵との力量差は歴然。
一機、また一機と墜とされていく訓練生。
スピーカーからはニックがため息をつきながら指導する声が響く。
「背後をとることに囚われ過ぎるな。よく見ろ。曹長の機体はその場から動いてないんだぞ」
言われてようやく、距離をとって射撃戦を試みようと動き出す。
だが。
「ロックオンサイトを待ってる間も、敵は動く」
照準が合うまで、ただ待っているだけでは間に合わない。
相手に合わせた位置取りを考えて機体を動かし続けなければ。
(ロックオンしてたのに外されたのは、衝撃だったな)
かつての戦いを思い出し、自然と笑みがこぼれる。
相手の射線は回避し逆に自分の射線は相手へ。
交差した射撃が訓練生の機体に撃墜のアラームを鳴動させる。
「そこまで。訓練終了だ」
訓練生への指導ではあったが、エリーナにとっては過去の自分を見ているようで。
色々なことを考える機会となっていた。
宇宙世紀0084年、6月。
新兵への訓練を担当しおよそ三か月。
それなりに動けるようになった新兵は、ひとまず合格となり。
エリーナたちは新たな任務を受けることになった。
「地球圏へ?」
「アクシズに合流していないジオン兵を見つけて連れてくる任務だ」
「ああ、あのコロンブス級なら適任ですね」
コロンブス級が持つ破格の輸送力は、拠点として最適だ。
加えて、デラーズ紛争までに培ったニックの人脈もある。
正しい人選であるといえよう。
その他にも当然、鷲盾ことカーク・ヴェルフィリアの動きも調べることができる。
自由度の高い任務はニックが希望として伝えていたことだ。
「准将がこちらの要望を聞いてくれたおかげだ。感謝しないとな」
「はい」
色んな人たちに支えられているのだと、今なら理解できる。
(自分勝手なままじゃダメだ)
自分を曲げるのではなく、貫くためには周りに迷惑をかけてはいけない。
エリーナの意識は変わりつつある。
教わる立場から教える立場に。
守られる立場から守る立場に。
そんな彼女の様子を見守るニックは思う。
アクシズに来たのは正解だったな、と。
「ニック・タノウエ大尉はいるか?」
不意にかけられた声に反応すれば、そこにはサングラスの男。
ニックは一目で誰かを察した。
「は。自分がニック・タノウエ大尉であります。お目にかかれて光栄です。シャア大佐」
シャア・アズナブル。
赤い彗星の異名を持つエースパイロット。
その名前は連邦・ジオンを問わず広く知られている。
突然のビッグネームに驚きつつ、エリーナもニックに倣い敬礼。
「すまんが、地球圏へ向かう船に私も乗せてもらいたい」
「それは構いませんが、この時期にですか?」
「ああ。地球圏の情勢を探るというのが一つ。もう一つは……」
顔の向きを変えた先。
視線を追えば、作業用MSが運ぶコンテナが見えた。
「ここでもMS開発は行っているが、技術関連の情報が欲しいのだ」
「なるほど。アナハイムですな。であれば手土産のひとつも必要でしょう」
「話が早いのは助かる」
「伝手はおありで?」
「いや。これからだが……あるのか?」
「グラナダ支社の方でよければ」
「願ってもない」
「お戻りの方は?」
「状況次第、と言いたいが暫くは戻れんだろう」
「となれば地球圏で動くための名前と肩書が必要ですな」
「そちらは偽名を名乗ることにしているが」
「一般人で通すには無理がありましょう。連邦の軍籍を得られては?」
「できるのか?」
「そうですな……四人か五人分くらいであれば何とかなるでしょう」
「私は良い知己を得られた」
笑みを浮かべ、握手を求めるシャア。
その手を握るニック。
その後ろで、二人の会話についていけないエリーナは存在感を消して固まっていた。