人の男に粉をかける幼馴染
人の物が欲しくなっちゃうボクっ娘
碌でもないやつには碌でもない奴を引き寄せる
寝取られ要素はありません
三話予定
#1
どうしてそうなってしまったのかという原因を考えて、いくつかのターニングポイントを見つけることなんて造作もないことだった。
どうすれば最悪に至らなかったのか、願望を込めた「もしも」を夢見ることは誰にでもできることなのだから。
だからこそ後で起こったことを延々と悔いるなんて無駄なことで、反省をして次回はこうならないようにと行動指針を修正することは大事ではあるけれども、程々で切り上げるしかない。
結局のところ、大事なのはそうならなかったことを妄想するのではなく、そうならないように事前に想定をし、今より良い方向に向かえるように、望む方向に向けて行動することなのだ。
その時の俺が最善を尽くせていたかと言われれば、そんなことはなかった。流れに身を任せるばかりで他人に振り回されてばかりいた。
だから必然的に、悪い方へ悪い方へと流されていた。何をせずとも何とかなる、なんて幸運は俺にはなかったのだから。
そうやって幾つものターニングポイントはあったけれどもその全てで最悪を踏み抜いたからこそ、ここにいて。無駄だとわかってはいるけれども、ああすれば良かった、こうすれば良かったと今でも悔いて悩んでばかりいる。
そう、ターニングポイントに戻れるなら俺はどうするべきだったのだろうか。
そもそも、俺は彼女に告白するべきではなかったのではないか?
そうして告白したからこそ、結局振られはしたけれども、泥沼に踏み込んでしまったような気がするのだ。
全く、益がない選択だったと思う。
振られて幼馴染から友人に関係性もランクダウンして縁が切れれば良かったのに、未練たらしいことにいつかは叶うと信じてそれなりの距離感を保っていたから彼女がバカみたいな提案をすることになるのだ。
信用できる相手だから。
信頼できる相手だから。
全く胸が踊る言葉ではあるけれども、その実態はただの都合のいい奴隷でしかなかった。
だから、使われることになる。
俺が告白した彼女は幼馴染ではあるけれども、そこに該当する人物は彼女だけではなく、もう一人いた。
俺と彼女だけだったら良かったのに、そう思えたのなら良かったのだけれども、あいつはあいつで俺の親友であったから、居なくなればいいと言い切ることもできなかった。
良くも悪くも影響があったことは否めない。それを否定することは今の俺を否定することになるような気がするから、だからあいつがいない『もしも』を考えることは難しい。
それでも、と思いはするけれども。
俺が振られた理由が彼女に好きな人が他にいたからで、それがあいつだった。
ターニングポイント2は、そこだ。
高校2年の春、あいつに新しい彼女が出来たこと。
と言ってもそれは水面に投げられた石でしかなく、その事であいつを責めるのはお門違いにも程がある。
その石に反応して動き始めたのが彼女だった。
ここが一番わかりやすい岐路だったと思う。
彼女はあいつに新しく恋人が出来たと聞いて、俺に馬鹿げた提案をした。
「当てつけ代わりに私達も付き合わない?」、なんて。
そんなのに飛びついたところで、到底碌でもない結末になるに決まってた。
だって、彼女が好きだったのは俺ではなくあいつなのは変わりはないのだから。
どこまでいっても所詮俺は代替品でしかないのに、俺はその言葉に乗ってしまった。
もしそこで、俺が突っぱねられたのならどうなったのだろうか。なにかが変わっていたのではないか?
でも、あまりに俺が情けない負け犬だとは承知の方で、ひとつだけ言い訳をさせてもらえるのなら、やっぱりそれを断るのは難しいと思う。
断れば縁が遠くなる、間違いなくリスクだ。
逆にメリットを挙げるとすれば、正しくない繋がり方とは言え、その繋がりが俺にとってのチャンスであったことは事実だろう。
少なくとも建前とは言え彼氏がいれば、他の虫が近寄ってくることもないし、自分が独占することはできるのだから。
まあ、独占はできなかったのだけれども。
彼女はまだあいつのことを諦めてなかったし、実際に行動に移す無駄な積極性もあった。
不評を買うのは当然のことだった。
誰からと言われたら単純明快、あいつの恋人から。
付き合ってる相手が異性からアプローチを受けて快く思う奴がいるはずがない、少なくとも俺もそうだ。
まあ、正確に言えばアプローチをする側ではあったから方向性が違うというか、怒りの矛先が違うのだけれども、結局建前の付き合いでしかなかったし、俺は彼女の手綱を握れず、止められなかった。
だから、下駄箱の中に果し状紛いのものが突っ込まれることになる。
簡潔に集合場所と時間を指定され、『待ってます、ちなみに僕は怒ってます』としか書かれていなかったけれども、その文面から誰がこれを書いたのか、容易に推察ができた。
恋人の罪はお前の罪、つまりは連帯責任。
全く否定できなかった。お前が悪いと言われれば、全く返す言葉もございませんとしか言いようがない。
だから、俺は渋々指定先であるカフェに向かったのだ。
多分、恋人の管理を咎められるんだろうなと薄々勘付きながらも、仕方なく怒られに向かったのだ。
話はそこから始まる。
俺からしてみても、全ての選択で不正解を踏み抜いた、碌でもない人間の話でしかないし、あんまり面白いものでもないと思うけれども、それでも最後まで聞いて欲しいと願っている。
人の失敗から学ぶこともたくさんあるだろうから。
2
今時、ラブレターも流行らない時代に下駄箱に突っ込まれていた。
内容は呼び出しとシンプルな怒りの言葉、誰からの手紙か容易に推察はできたし、めんどくさいなとは思ったけれども、放課後、時間通りきっかりに俺はカフェへと足を運んでいた。
閑散とした静かな場所だった。
果たしてこれで生計が立てられるのかと思うぐらいに。店員は案内もせずにチラッと読んでる本から視線を上げるばかりで、こちらの案内をしようともしない。
仕方なく店内をぐるっと見渡せば、窓際に一人だけ客がいた。胸焼けしそうなぐらいホイップクリームが乗ったパフェを摘んでいる少女、身に纏った制服は見覚えのあるものであったから、きっと彼女が呼び出し人であろう。
ショートカットの髪に、小柄な体格。
数回顔を合わせたことはあるけれども、縁は薄い。彼女は俺の同クラスではなかったし、記憶が正しければ確か転校生であったから。
そして、問題のきっかけであるあいつの彼氏である。
スプーンを動かす手を止めて、彼女がチラリとこちらに視線を向けた。
彼女が待ち人ではなければ良いのだけれどと甘い期待を抱いたけれども、こっちだよと言わんばかりに手を振ってきたからあっさりと打ち砕かれる。
ほんの少し重くなったような気がする足取りで、彼女の対面に腰掛けるなり、彼女は「野崎、であってますよね」と尋ねてきた。
首を縦に振ると、畳み掛けるように彼女は言う。
「野崎さん、つまりは桜庭 美羽の彼氏。この情報に間違いはありますか?」
「そういう君は松浦さん、あいつの彼女だろ?」
「僕のことはどうでも良いんですよ。野崎君が彼女の彼氏だから、僕は文句を言いにきたんです」
そういうなり一息で、長文のお言葉を松浦さんは叩きつけてきた。
「初対面でいきなりですけど僕は野崎君のことが嫌いです、理由はわかりますか? 自分の彼女の手綱をちゃんと握っていないから、人の彼氏の周りをうろちょろうろちょろと、本当にいつまで自由にさせるつもりなの? もちろん限度をわきまえてるなら良いけれど、通常の高校生活の範囲内で恋人以外の異性と話すななんて、そんな束縛をしようってわけじゃないんです。すくなくともあくまでラインがあると思う、その範囲内なら僕は寛容であろうと思ってた。でも君の彼女はいささか度を超えている、それが僕には許せない」
「……はぁ」
言い切ったとばかりにフーッフーッと呼吸を荒げ、それを落ち着かせようとお冷を流し込み、休憩とばかりに彼女はまたスプーンホイップクリームを掬い、今がちょうど頃合いと見たのか眼鏡をかけた店員が俺の目の前にお冷を運んできた。
チラッと店員に視線を向けると、サッと視線を逸らされ、そのまま逃げ去っていく。
視線だけでその姿を追いかけてみれば、その店員はさっきと同じように本を開いていたけれども、こんどは半身をこちらに向けて、すっかり盗み聞きに入ろうとしていた。
まあ、そうなるよなぁと思いつつ、視線を前に戻せば、怒りに燃える彼女が、さらに追撃をかけてきた。
「悪いのは当然桜庭さんですよ。でもね、僕が一番嫌いなのは野崎君なんですよ。自分の恋人が好き勝手にやってるのをなんで許すんですか、不快に思わないんですか? 他の男の家に上がり込んでも、なんとも思わないんですか?」
「まあ、俺も桜庭もあいつ……星野もみんな昔からの付き合いで幼馴染だからな」
予想だにしなかった情報なのか、彼女はキョトンとしていたけれども、俺が喉を潤した後には、すっかり再起動を果たしていた。
「それでも、ですよ。たとえ三人が幼馴染だとしても別の男に擦り寄ってて気分悪くならないんですか。僕はそれが理解できない、人の男に近寄る桜庭さんも理解できないけど、それを許す野崎君ももっとわからない、だから嫌いだって言ってるんですよ」
先ほどより眉を顰めつつ、彼女は再びパフェを摘み始めた。なんと言えば言ったものか、言葉を吟味する。
言わなくても良い気がするけれど、それを省いたら後々面倒になるような気がして、コップについた雫を指で拭って、俺はゆっくりと口を開いた。
「……まず初めに俺は、桜庭の彼氏であって彼氏ではない」
何を言ってるのかわからないと、松浦さんは首を傾げているけれども、そうとしか言いようがない。正しく、言葉の通りだった。
「俺が本当の意味で桜庭と付き合ってるのなら当然嫌だよ。俺だけを見ていて欲しいと思う、でもそうじゃない、俺は彼氏ではないから彼女を止める権利は持っていない」
「松浦さん。俺はね、君と星野が付き合ったことに対する当てつけと、星野の代替品でしかないんだよ。俺は桜庭に好意を向けられてない、向き先は俺ではなく、星野だ」
ただ近寄ってくる女に危機感を抱いただけかもしれないけれど、実際その危惧は正しかった。
止まったスプーンからテーブルにクリームがぽたりと落ちて、彼女が慌ててナプキンで拭っていた。
「あいつはまだ諦めてないと思う。当てつけが代わりに付き合うと言われてさ、結局今に至ったけれども、桜庭が俺のことを好きとか言ったことなんて一度もない」
「ごめん。情報量が多すぎて僕の頭が痛いんだけど、どういうこと? 桜庭さんは野崎君と付き合ってる、付き合い始めた理由は僕が星野君と付き合い始めたから、その当てつけ? 桜庭さんが本当に好きなのは星野君?」
「そう、なんかわからないことは?」
「はっきり言って、全部が全部わからないんだけど、なら何でそんな言葉に乗るのさ、当てつけとして付き合おうとして勝手にやってろってならないの?」
「だって、俺は桜庭のことが好きだから」
そんな言葉が恥じらいもなくさらっと出てきたことに俺は驚いたけれども、彼女はうーわと顔を顰めて椅子を引いて距離を取ろうとしていた。
「なおさら理解できないんですけど……好意のかけらもなく、仕方なく話に乗るとかなら理解できないけど理解できる。でもさ、建前上だけでも付き合えたのならその立場を得れたことに感謝して、自分に振り向いてもらえるように努力するべきなんじゃないの? 何故それをしないの、ちゃんとわかってるの?」
思わず笑う。自分の彼氏に近付いていた女が本当に好意を抱いていたことに危機感を抱くより先に、真っ先にこちらに嫌悪感を向けてくるのだから。
けれども悪い気分ではなかった、実際タチの悪いことをしていると言う自覚はあったのだから。
「わかってるかって? わかってるよ、このままじゃダメだってことも。桜庭が星野に近づこうとするってことは俺から離れていくことだってわかってる。でもね、全部無駄なんだ」
「無駄?」
「そう、無駄。何も心配する必要はない。松浦さんが桜庭に危機感を覚えてもね、少なくとも俺は全然何も起こりやしないってわかってるんだから」
それこそ、星野のことを知っているからこそ。
目前の彼女がババを引いてしまったという事はちゃんとわかっていた。
「星野はね、一途だよ。幼馴染である俺が保証する」
「そんな保証、僕は求めてないんですけど」
「告白したのは松浦さんからだろ?」
彼女はこくんと小さく首を縦に振って、パフェを再度食べ始めた。
案の定。というかそれしかあり得ないだろうとわかっていたけれども、それならやっぱりこの先は失敗しかないのだろう。
どういうところが好き?と尋ねれば無言で彼女自身の顔を指差した。
確かに星野の顔はいい。
イケメンというより中性的な柔らかさと綺麗さを持っているから、顔だけでみれば人気があった。そこら辺に置いておくだけで場も華やかになるし、友人関係も広く極端にあいつのことを悪くいう奴はいないだろう。
松浦さんは確か転校生だったはずだ、だから星野のことを何一つ知らなかった。
もし知ってたら告白しなかったかもしれない、知った上でそれでも顔の良さから変わらなかったかもしれないけれど、松浦さんが告白した時点で彼女がいなかったというのが一つの答え。
間違いなく地雷を踏んでいた彼女に、それを伝えるか一瞬躊躇する。もう手遅れではあったし、足を外せば吹き飛ばされるだけで救いようはないのだけれども、仕方なく俺は泥を被ることにした。
「……松浦さんが告白して、桜庭との恋愛レースに勝てたのは、君が先に告白したからだよ」
「はぁ? 至極当然のことなにいってるの、そんなの何だって同じでしょ」
どんと強くテーブルを叩こうとして、その一歩手前で踏みとどまるだけの理性を彼女は持っていた。
代わりに俺をギロリと睨みつけて言葉をぶつけてきた。
「先に告白すれば桜庭さんが勝てたとか、結局敗者の負け惜しみでしょ。幼馴染なら先に告白すればよかったのに」
松浦さんはそういうけれど、やっぱり何も知らないのだ。
言葉の通りでしかなかった。
裏表のない残酷な事実だけれども、それを全部説明したところで納得されるわけがないとわかっていた。
彼女はまだ知らない。
ちゃんと痛みを持って経験しなきゃわからない。桜庭が告白しなかった理由を、誰もが星野から離れていく理由を。
「とにかく、僕の彼氏の近くにあいつを近寄らせないで。週末もさ、今週の土曜に一緒にショッピングモールでデートしようって星野を誘ったら予定があるっていうんだよ」
「はあ」
「そうなんだ、じゃあ仕方ないなーって思って予定を聞いたら、桜庭さんと買い物に行く予定があるからってさ、意味不明じゃない?」
だから今日とうとう堪忍袋の尾が切れて野崎君のことを呼び出したんだけど、そのことは知ってた?
無言で首を横に振ると、役立たずと不機嫌そうに呟きながら、本当は何か知ってるんじゃないかと疑いの眼差しを向けてきていたけれども、知らない、本当にそのことに関しては何も知らなかった。
「あいつが買い物って言ったら本当に裏はないと思うよ、間違いなく裏切ることはない」
だからこそ正直に答えるのだ、自分に一切やましいところがないから。星野のそういうところが人間味が欠けてる。
天井をぼんやりと見上げれば、吊り下げ式の暖色のLEDが煌々と照らしている。
めんどくさくなってきたな、と呟やきそうになって慌てて言葉を噛み殺す。
星野のそういうところは明らかに見え隠れしているのに、それに気づかない彼女もめんどくさかったし、俺には何も言わずに星野と週末に遊びに行く予定を立てている桜庭も大概めんどくさかった。
別に建前だけなのだから、俺に何をいう必要もないけれども、それでもそんなことをすれば松浦さんがつっかかるのは至極当然のことだったし、結果として俺までこうして迷惑を被ってる。
本当にアホくさい。
俺以外で勝手に決着をつければいいのに、それでも付き合うことに頷かなければ良かったければ何も起こらなかったのだから、怒る権利すらなかった。
仕方なくレシートも持って立ち上がる。もうこれ以上、松浦さんと話してもなんの意味もないだろう。
「先に帰る、桜庭の迷惑料代わりにここは俺が払うよ」
カッコつけて伝票を取ったけれども、中身を見て思わず目を剥いた。2000円を普通に超えてるじゃん、どんな材料使えばそうなるんだよ。
チラチラとパフェに視線を向けるが、確かに大きいは大きいけどそんな値段がするようには到底思えず、こんなことで痛い出費をするのは受け入れ難かった。
まあ、そこから言葉を撤回するわけにもいかず、仕方なくすごすごと立ち去ろうとして。
「……ねえ、野崎君は本当にどうでもいいと思ってるの?」
そんな声が後ろから飛んできた。
足を止めて振り返れば、彼女は行儀悪くスプーンで俺のことを指差していた。
「建前でしかないとは言え、本当に付き合っているとは言えないとは言えさ、自分の知らないところで好きな相手が男と遊んでてもいいの? それにムカついたりしないの?」
嫌に決まってる、ムカつくに決まってる。
それでも、俺は笑顔を取り繕って言ったのだ。
「やっぱり怒った方がいいのかな?」
「……本当に、碌でもない奴」
今度の今度こそ彼女は俺から視線を外して、パフェへと挑みかかった。
3
5月末であったから、ちょっと寄り道したところで空もまだ明るく、遠目に家の前に誰かが立っているのが見えた。
そのまま何も見なかったことにして回り道をしようかと一瞬思ったけれども、ちょうどその時ポケットに入れたスマホが鳴り始めた。
『あのさぁ帰ってくるの、遅くない?』
開口一番、桜庭からそんなセリフが飛んできて俺は仕方なく「右」と呟いて、通話を切った。
少し遅れてブンブンと大きく手を振っている人影が見えて、足を少しだけ早めればあっという間。
「早くあけてよ、ほんと長いこと待ってたんだから」
たんたんたんと苛つきで地面を叩く足、ポニーテールにまとめた髪が今日もゆらゆらと揺れている。
そんなの、事前に来ることを伝えてくれれば早く帰ってきた……と思ったけれど、約束があったから結局無理ではあった。
代わりに事前に教えてくれればいいのにと思ったけど、そんなのいいから早く帰ってきなさいと返されるばかりで取り付く島もなかったような気がする。
結局早く帰るしかなかったし、そうできないのだから理不尽に怒られることは確定していたような気がする。
「今日はあいつの家に行かないのか?」
矛先逸らしにそんな言葉をぶつけたのは間違いなく失敗だった。門扉を開けて、ポケットの鍵を探っていると背中に軽く衝撃が走る。
「はぁ? 何言ってんの? 私を家に入れるのがいやなの?」
「……嫌ではない」
「なら、どこに行こうが私の勝手でしょ。あんたがいいって言ったんだから、わたしが彼氏の家に来て悪いっての?」
都合がいい時だけそんな言葉を使うんだな。彼女が半目でじっと睨んでくるのを、珍しく真っ向から見返した。
じっと互いに見つめあって、痺れを切らしたのは彼女だった。パッと目を逸らされのを見て、なんとなく嬉しいような虚しいような気に包まれる。
それで、何が変わると言うのか。
「……今週末、暇?」
「何、急に」
ポケットから鍵を探すのを一旦取りやめて、俺がそう言ったのはなんでだっただろうか。
ただ、自然と口が動いていた。
何かを確認しようと、それが星野からの情報なら間違いなく事実だとわかっていたけれども、だからこそ否定したかったのかもしれない。
俺の気も知らないで、彼女は紙を片手で弄んでいた。
「いや暇ならさ、一緒に買い物に行こうって」
「……初めて野崎からデートに誘われた気がする。もしかして明日は雪でも振るんじゃないのかしら」
スマホで天気予報を調べ始めるのを見て、一緒に画面を覗き込む。きっちり晴れの表示、降水確率0%の裏付けまであった。
もしかして地震、火事……?
彼女がありもしない想定をさらに深掘り始めるの見て、そこまであり得ないと思われてるのかと思って、俺は少しだけ心に傷を負った。
「そこまでいうことないだろ。確かにこうやって誘ったのは初めてかもしれないけど、そもそも俺たちが仮の付き合いでしかないから誘えなかっただけだってーの」
「そう、そうなの? 知らなかった、そんなこと気にしてたんだ。はーこわいこわい、槍でも剣でも振ってくるんじゃないかしら」
それでも、何故か分からないけれど幾分か機嫌取り戻したのか、彼女は珍しく上機嫌な様子で言ったのだ。
「まっ、でも野崎にしては悪くないわね。日曜なら付き合ってあげないこともないわよ?」
「いや、行けるとしたら土曜かな」
「え」
さっと一瞬にして先ほどまでの喜色が引いていくのがわかった。
わかってる。
今週末の土曜、彼女と星野の間に先約が入ってることなんてちゃんと織り込んだ上で、俺はその言葉を吐いていた。
「それは、ちょっと……私も土曜に用事があるから」
言葉をそう濁すのを見て、俺は、どろりとした黒い泥のような感情で胸が押しつぶされるような気がした。
どうして彼女は教えてくれないのだろう。
誰と何処に行くのかぐらい、俺に教えてくれれば良いのに。俺より星野のことを好きなことぐらい、とっくのとうにわかっているのだから。
こっちの気も知らないで彼女は言い訳もせず、ぼんやり突っ立っている。
俺とお前は、果たしてどういう関係なんだろうな。
思わずそう叫びたくなるけれども、必死に笑顔を繕って、「それなら来週にしよっか」といえば、彼女はパッと眩しい笑顔を咲かせた。
その笑顔を俺だけに向けてくれれば良いのに。
そういえれば良かったのに、それを言ったら全部が終わってしまうような気がして、俺は何も言えなかった。