碌でもない人間がいる、お前らのことである 作:かりほのいおり
#11
子供の頃、私は自分だけの部屋が欲しかった。
けれども、二人暮らしとはいえ、あの家にはリビングを除けば二部屋しかなくて。そのうちを一つは寝室と考えると、小学校に上がったばかりに残りの一部屋を譲るなんて余裕があるはずもなかった。
親戚の家に招待される度に、私は『ああ、羨ましいなぁ』と思っていた。
自分の好きなもの、貰ったものを敷き詰めた自分だけのスペースに憧れていた。
残りの一部屋を私に頂戴なんていう我儘さを持てるほど身勝手でもなくて。
だから、休日になると決まって公園に向かったのだ。
そこに置いてあるドーム型の遊具、私はそれをかまくらと呼称していたけれども、そこがとっておきの居場所になっていた。
他の誰かに使われないうちに入り込んで、先に縄張りを主張して仕舞えば。そうしてしまいさえすれば、実質的に私の部屋みたいなものだった。
まあ、好きなものを敷き詰められる余裕なんてなかったけれども。
結局、そこも仮初の住処でしかなくて、一日毎に引き払わなければいけなかったから、そこを隠し場所にできるはずがなかった。
さらにいえば、その時の自分には宝物と言えるものも大してなかったような気がするし、やっぱり自室があったところで宝の持ち腐れになっていたのかもしれない。
本当のところ、憧れていたのはそれだけ自分のとっておきを集められる彼女の恵まれた人生だったのかもしれないけれど、その時の私はそこまで考えが至ることもなかった。
結局、そのかまくらに引きこもってやることは特に無く、ただ一人膝を抱えて、じーっと外の喧騒に耳を凝らしていた。
話がそれだけなら、きっと昔の懐かしい思い出にしかならないだろう。
もしかしたら、当の本人ですら思い出すことが出来なくて、代わりに母親に「昔、あなた公園であんな事してたわね」なんて指摘をされて、そんな事一度もやってないんだけどと逆ギレをしていたかもしれない。
そうならなかったのはあの日、私があいつと出会ったから。そうして、胸にしっかりと刻み込まれてしまったのだから仕方がない。
鏡を覗き込めば、忘れえない思い出があった。
#12
「入ってこないで!」
いつものように、なんともなしに顔に警告の声が飛ぶ。土埃で汚れた見知らぬ男子は、驚きでぴたりと動きを止めていた。
「ここは私の場所だから」
「なんでだよ、ここはお前だけの公園じゃないだろ」
「こーじ、何やってんの?」
他の男子の声がしてそいつは素直に引き下がった。入り口の近くに静かに近寄ってみれば、少し離れた場所で何やらコソコソと話し合ってる声が聞こえてくる。
「……だーかーらっ、前に教えただろ! 女の子には優しくしろって」
「そういえばそうだっけ」
クソガキ、そう呟いて再び暗がりへと戻っていく。放っておいてくれればいいのに、まだ彼らは何かをするつもりのようだった。
何をされても言われても、この居場所を譲るつもりはないというのに。
今度無理やり入ろうとするならば、暴力を持って答えなければならない。私はそう決意を固めていた。
複数人掛かりで囲まれたのならどうしようもないけれども、このかまくらの形状的に1対1に持ち込むのは容易いことであったから全く無謀な戦いとは思っていなかった。
それでも少しだけ怖かったのは、きっと今まで他人と喧嘩をしたことがなかったから。
自分が言葉で跳ね除けさえすれば、彼ら彼女らは素直に引き下がって、他の場所で遊び始めたのだから。
そうこうしているうちに、先ほどの男子とは別の誰かが、またかまくらの中を覗き込んできていた。
実力行使を行使を試みる手前、入り口のラインを踏み越えないそこからじっとこちらを見つめている。ふわっと風に揺れる髪は日差しに煌いてオレンジ色に輝いて見えた。
「あんた、星野?」
「あ、僕のこと知ってるんだ」
「知ってるわよ、あの星野 誠でしょ」
見覚えのある顔だった。
その髪が何よりのトレードマークであり、それ故に小学校に入ってからの短い間に、少なくとも一年生の中ではそれなりに知られていた。
顔を知られているからこそ、行動も良く伝わってきた。
顔はいいけれど性格が最悪ともっぱらの評判だった、勇気を振り絞って告白してきた女の子に『顔が好きじゃない』っと一刀両断をかまして、盛大に泣かしたのだから。
その振られた相手が同じクラスの私の丁度目の前の席であり、彼女が午後一回の勉強中にずっとぐずって鼻を啜っていたのだから、全く忘れることが出来るはずもない。
まあ、だからといってムカつくのは私のことを邪魔してきた彼女であったし、星野は極めてどうでも良かったのだけれども。
少なくとも告白するにしてもこいつはないなと思った。ただ、それだけ。
「で、何の用?」
「僕としてはほんとどうでもいいんだけどさ、寂しそうにしてる女の子には優しなきゃいけないってこーじが教えてくれたから」
「あっそ、私は寂しくないからどっか行け」
そう聞くなり、特に残念そうな表情もせずにすすっと星野は引き下がって行った。
「だってさ、こーじ」
「何でそこで直ぐに引き下がるんだよ馬鹿!」
何をやってるんだか、アホらしいとため息を吐いた。
どうやら彼らの目的は場所ではなく、私の方らしい。
何も求めてちゃいないのに、身勝手に誰かに手を差し伸べなければいけないという使命感がこーじと言われる彼にはあるらしかった。
その日から頻繁に彼らはそのかまくらの中へ、よく顔を覗かせるようになった。
私が決まって居る土日だけではなく、学校が終わった放課後、気まぐれで公園でやってきた時にもそのようなことがあったから、彼らが公園に来た時の決まり事になっていたのかもしれない。
声をかけられては、それを跳ね除ける日々。
こーじと呼ばれる彼とはほとんど会話はなく、私と会話するのは星野と決められたかのように彼が差し向けられていた。
幾分かやりとりをしたところで、星野と会話が弾むなんてこともなかった。
少なくとも私は星野に興味なんて一ミリもなかったし、きっと星野も言われたからやるという義務感でしか私と向き合っていなかった。
なぜ星野とこーじが連んでいるのかが全くわからなかったし、不思議だなとは思っていたけれども、それを尋ねることはしなかった。
知ってしまえば、きっと深入りしてしまうことになるだろうなと直感的にわかっていたのかもしれない。
代わりに一つだけ質問をぶつけたことがある、「こうやって、あいつに都合よく使われるのは嫌だとは思わないの?」と。
その言葉を聞いて、星野は首を横に振って何の躊躇いもなく言ったのだ。
「全然。こーじはね、間違わないから。あいつが正しいと思ったら、それは正しいんだよ」
なんじゃそりゃ、と思わず顔を顰めた。
そんな事あるはず無いだろう、間違わない人間なんてどこにもいないのだから。
それでも言い負かすのもめんどくさくて、私は「あっそ」と星野を突き放したのだ。
#13
ある日、いつものようにかまくらに入り込んでいると、星野ではなくてあいつが覗き込んだ。
「よう、あいにくだけど今日は星野は居ないぞ」
「全く求めてない、星野もあんたも」
つっけんどんに突き放せば、彼は何も堪えていいないかのようにだははと声を上げて笑っていた。
「あんたって……名前は?」
「ん、あれ、はじめに会った頃に言ってなかったっけ」
そう言って鼻を啜っていたけれども、全く名前を聞いた記憶はないし、私の名前を目前のこいつにも星野にも伝えた記憶が無かった。
そう考えると不思議な関係だった。
名前も知らない奴に対して、名前も知らない奴が第三者を差し向けるという仕組み。
行動目的はそうするように言われたから、それが正しいと思っているから。
聞いたところで首を傾げるばかりだ。
それでも、そんな話を聞いてしまったばかりに彼に名前を尋ねたくなったのだろう。
「野崎 幸二だよ、お前は?」
「……何であんたに私の名前を教えなきゃいけないの?」
「人に名前を聞いておいてさぁ、そんなこと言うか? 普通」
「あんたが勝手に自己紹介したんでしょ」
全く、我ながら酷い言い草だった。
それでも彼はへこたれることなく、しぶとく喰らい付いてきた。
「俺、ちょうど昨日誕生日だったんだよね。だからさぁ、ほんのちょっとのプレゼントだと思って教えてくれよ」
「……桜庭、美羽」
「桜庭、桜庭 美羽ね。うっし覚えた、漢字はどんな感じだこれ、おーい?」
そんな質問を続け様にぶつけられたけれども、私はそれに応えることもなく、じっと膝に顔を埋めていた。
自分の漢字が書けないと言うこともなかった。
その頃、小学校一年にしては難しい漢字だったけれども、私の名前が嫌いではなかったから。
人の名前と並べて見比べてみれば、色が付いて可愛く思えたのだ。
だからこそ、ちゃんと自分で書けるようになりたかった。それをちゃんと伝えられるように、ちゃんと書けるように練習を少しだけしたのだ。
だから、そこら辺の地面に落ちて居る木の枝を使えば地面にそれを書くことなんて容易かった。かまくらの入り口近くに歩み寄って、日が差し込んだそこに書き込むことに何の苦労もなかっただろう。
それでも、私は動けなかった。
野崎から掛けられる声も無視して、隅っこでじっと身を小さくしていた。
実感がようやく追いついてきたのだ。私にも来週に誕生日が差し迫って居るという、そういう実感が。
それだというのに、私のカレンダーには何の予定も入っていなかった。誰からも、何をも貰えるとも期待もしてなかった。
学校には義務的に話す友達しかいなかったし、それを友達と言えるのかはわからないけれども、その彼女たちが私を祝ってくれるとも思えるはずがなかった。
きっと目前にいる野崎とも、今日はいない星野とも、私は違かった。
彼らにはきっと他に友達がいるだろう。お情けに私に声をかけるぐらいなのだから、もっと他に広い繋がりがあるのだろう。
一人ぼっちなのは私だけだった。
それがひどく惨めで、あまりに哀れに思えて、胸がギュッと押しつぶされそうなぐらい無性に悲しかったのだ。
そんなこっちの気も知らないで、漢字を聞くのも諦めて星野は言った。
「そういえば、桜庭の誕生日は?」
「……私の誕生日なんて聞いても何の意味もないでしょ」
「いーや関係あるね、どっちが上か下か決まるんだぜ? もちろん早い方が勝ちだからな!」
本当にくだらないし、ガキっぽすぎるだろと私は思わず鼻で笑ってしまった。
時期で言えば6月初旬。
その誕生日の後になる可能性を単純計算で言えば、勝ちの見込みは8割を超えてるのだから、彼は上に立つ気満々だった。
ちょっとだけ早く産まれればこいつの鼻も明かせたのに、少しだけサバを読んでやろうかと思ったけれども、そこまでして勝ちたいかと言われれば、全くそんなこともなかった。
「ちょうど来週よ。良かったじゃない、あんたの勝ちよ」
そう言ったけれども、勝ち誇る声も何にも聞こえなかったのが予想外で、私は思わず顔を上げたのだ。
かまくらの奥からでは野崎の顔は見えなかった。彼はそこに入り込んでなかったし、入り口の外で突っ立っていたのだから。
「……どうしたの?」
「いや、なんでもない」
そういうなり勝手に会話も切り上げて、彼はスタスタとどこかに去って行った。
まあ、星野がいなければ公園で遊ぶ必要もないのだろう。冷静に考えれば一人だけでここにきた理由がないのだ。
そこを突き詰めて考えると結論は一つしかなかった。それじゃあ、まさか、あいつは私の顔を見るためだけに来たのか?
馬鹿らしい。
首を振ってその考えを頭から蹴り出すのは、とても容易いことだった。
#14
翌日雨の中、私はまたふらっと公園に来ていた。
透明窓のついた黄色い傘を差して一人っきり。公園の中を覗き込めば、当然の如く人っ子一人もいなかった。
母親には友達と遊んでくると言ったけれども、当然嘘に決まってる。そんな遊ぶ予定なんてなかったし、相手もいない。
けれども、公園に行くと言ったところで「こんな雨の中!?」と否定されるのは目に見えていた。
仕方なく名前だけを借りた。泣き虫の彼女の名前を、そうして仕舞えば特に疑われることもなかった。
かまくらを打ち付ける雨音を聴きながら、そこら辺に落ちていた枝を使って地面に絵を描く。
何の面白みもなく、それに飽きるのもあっという間だった。
やることもなく、ぼんやりとしていた。
聞こえるのは雨音と、遠くをたまに通り過ぎる列車の音ばかりで、そこを選んだのは私とはいえ、酷く寂しい場所。
それを破ったのはぬかるんだ地面を蹴る、ぱちゃぱちゃという足音だった。
「おっ、やっぱりいた」
「……いちゃ悪いっていうの?」
開口一番、野崎からそんな不躾な言葉をぶつけられて、私は思わず顔を顰めた。
そんな私の様子に一切気にも止めず、彼は傘を差したまま尻を地面につかないようによっと身を屈めた。
「いや、居てくれて全然良かった。というかお前を探してたんだから、まさかこんな雨の日にいるとは思わなかったけれども」
そう言いつつ、彼は腕だけを差し込んで紙袋を私に突き付けてきた。
「はい、これ。ちょっと早いけど誕生日プレゼントな」
「……私、あんたにプレゼントをもらう義理も何もないんだけど?」
「そりゃまあ、俺とお前は何も繋がりはないけどさ。でも、年上が年下に優しくするってのは当然のことだろ?」
しつこく突き出してくる圧に負けて、私は渋々その紙袋を受け取ったのだ。
プレゼントを渡すにしても来週にしなさいよと呟いたけれども、彼は早く渡したかったんだよと子供っぽく言い訳するばかりで。
紙袋の中に入っていたのは、淡い水色のシュシュだった。
親のお下がりの飾り気のないゴム、それで髪を纏めていた私にピッタリ合いそうなシュシュ。
思わずそれをじっと眺めていたけれども、ふとその端に500円と値札が付いてるのに気づいた。
彼も私がそれを見ている事に気づいたのか、罰の悪そうに口を尖らせた。
「昨日の今日で無理やりお小遣いもらったんだから仕方ないだろ」
「ううん、全然。これ、あんたが自分で選んだの?」
「そ、趣味に合わないとかそういうクレームは受け付けないからな!」
ありもしない想定をしてるのを見て、私はふっと笑いが漏れた。感謝こそすれどわそんな恥知らずなこと言えるはずないのだから。
「結局、何で私にこれをくれるの? 実際、私とあんたに何の関係もないじゃない」
立場が上だから、と彼は言ったけれどもその言葉を信用しているはずがなかった。代わりに一つだけ、わかりやすい答えの候補があった。
誰にでもそうなりうる動機、シンプルにして最大の行動原理。
「……あんた、私のこと好きなの?」
「いや全然、それは違うけど」
顔を赤らめる素振りも見せずに、即答された。
そんなことを考えてるなんて馬鹿じゃないの、どんだけ恋愛脳なんだよと思われてるんじゃないか、そんな被害妄想で瞬時に顔が熱くなるけれども、彼は茶化す様子も見せず淡々と言ったのだ。
「だって、お前が好きなのは星野だろ?」
「はぁ!?」
頓珍漢な思考に思わず大きな声が出た。
何が、どうしてそうなるのだ。
別にあいつのことは極めてどうでも良かった、そもそもの話、こっちのことなんてどうでもいいと思ってる相手なんて、どれだけ顔が良かろうと好きになることはあり得ない。
さらに言えば、彼が私を好きではない理由に、私が星野を好きであると理由が接続されるはずない。
切り分けて考えるべきだ、全く別の事柄なのだから。
それなのに彼はそれで一切納得だろと言わんばかりにうんうんと頷いていた。
一から十まで全部めちゃくちゃ。けれども訂正する気力もなくて、私はため息をつくばかりだった。
「目的は、確かにある。お前にプレゼントを渡した理由は何となくとかじゃない、それは先払いのお代だよ」
そう言うなり彼は無遠慮にかまくらに入り込んで、私の手を掴んで外に引っ張り出してきた。
抵抗する暇も、傘を開く暇すら与えず、あっさりと鈍く澱んだ空の下へと引き摺り出された。
「……そう、あんた、私からここを取り上げたいんだ」
「まあね、だってここにいても何もやることないだろ」
返す言葉もなかった。
だって真実なのだから。
地面に絵を描くことも飽きて、すっかり暇を持て余していた。何時もであるならば、公園を遊ぶ人たちがいて、その声に耳を傾けることもできたかもしれないけれども、少なくとも今日この日に限っては誰もいない。
「じゃ、私帰るわ。あんたにあそこをプレゼント、それじゃさよなら」
傘を差して、そのままスタスタと家に帰ろうとして。けれどもぴーんと腕が伸びて、また元の場所に引き戻された。
彼が私をかまくらから引き摺り出した時から、ずっと手を離していなかった。私が家に帰ろうとしても、その手を離さずに握り締めていた。
「……手、離しなさいよ」
「いや、どこに行こうとしてるんだよ」
「家に帰るんだけど?」
「居場所がないのに?」
どうやら、彼は何かを勘違いしているようだった。私が家に居場所がないから、ここに引きこもっていると思い込んでいるに違いない。
「あるわよ、みんなと同じ普通の家。でも、ただあそこに居たくないだけ、私の部屋がないから」
「そ、でも居たくないんだろ?」
そういうなり、彼は私の手を引っ張って歩き始めた。
「それならさ、うちにこいよ」
きっと振り払うこともできたのに、私はその手に引かれて素直に歩いていた。
「いつでも来ていいから、居場所にしていいからさ、俺の家に遊びにこいよ」
だってあそこには何にもないし、つまらないだろ?
小さく謳うように彼はそう言ったのだ。
その言葉を否定できるはずがなかった。
ついさっき、私はあそこのことを酷く寂しい場所だな思っていたばかりなのだから。
「それならみんなで居た方がいいに決まってる。それに、星野も先に行って待ってるんだ」
別に、私にとって彼の家に星野がいようがいまいがどうでも良かった。
まるで重大な目的かのように思っている彼が面白くて笑いが込み上げてきて、それを聞いて彼が勘違いしたかのように「そうだろ?」と肯定を促してくるのがやっぱり面白くて。
でも、勘違いさせたままでいいと思ったのだ。
彼が私を求めてくれた。
その事実さえ、私がわかっていれば十分なような気がしたのだ。
15
昔はあんなに広く思えたのに、何だって詰め込められるんじゃないかと思ったかまくらは自分が身を屈めて入るだけで随分と窮屈に感じていた。
ポニーテールを解いて、彼から貰ったシュシュをじっと眺めていた。
懐かしい思い出だ。もうあの日にもらった、一番初めのシュシュはとっくに使えなくなっていたけれども、記憶だけはちゃんと引き継がれていた。
毎年、誕生日になれば律儀に彼は新しく送ってくれていた。
誕生日プレゼントを考える手間が省けるからと彼は言うけれど、ちゃんと昔のものと被らないように頭を唸らせていることを私は知っている。
松浦さんから逃げて、そうしてここに逃げ込んで過去の思い出に浸って、全くまどろいことをしているとちゃんと自覚していた。
けれども、全く足が進まなかった。
女々しい事をしている、こんな停滞をする為に家を出たのではないだろう。
公園に向かうのではなく、彼と話をするために家へと向かったのだから。
とにかく話さなければいけない。
なにを? なにかを。
考えにまとめをつけず、衝動に身を任せて足を進めた結果、あの場面に出くわしてしまった。
昨日の事を釈明しなきゃと思っていた。
ちゃんと説明さえすれば、別に責められることでもないのだから。ただ誕生日プレゼントを選びに星野を連れて買い物に行っただけなのだから。
だから、何か勘違いされたとしても誤解なんて一瞬で解けるはずで。
誰と出掛けるかも言わず、何をするかも言わなかったのは間違いなく失敗だった。
それはちょっとばかし、宜しくなかった。
結局、優先度をつけてしまった。
先約だったという理由、それに私から約束を取り付けたのだから、それをこちらから翻すのは不義理なような気がした。
結局、会わなければ良かったのだ。
彼女とあいつがたまたまあのショッピングモールにいなければ良かったのに。
そう、問題は彼女。
ことの発端の思わしき星野の恋人であるはずの松浦。
そうであるはずの彼女が幸二とキスしていた理由がさっぱりわからなかったし、そもそもの話で彼女を家にあげるまでの仲に至っている幸二も意味不明だった。
私は恋人がいるのに、それをほっぽり出してキスをしていた事を責めるべきなのだろうか?
幼馴染の恋人を部屋に連れ込んで、不義理を働いていたと詰めるべきなのだろうか?
そんな事、出来るはずなかった。
だって私がやっていた事と何も変わらない。
とどのつまり、問題は、私が彼を傷つけたってことで。他のことは全部瑣事にすぎなかった。
私が傷ついたのであれば、きっと彼もそうなのだ。私一人が脆く傷つきやすい、ハードな人生を送っているなんて主張ができるはずなかった。
しかも、彼をその立場に追いやったのは私なのだから。
わかっていたはずだ。
彼が傷ついてたことも、私が傷つけていることも。
それを踏まえたうえで、この関係を望んだ。
二兎を追った。誰にも渡さないように偽りの関係で一兎を縛って、もう片方を何とかしようと一人っきりにならないように、一人っきりになったとしても、隣に誰かが連れ立てるように悪戦苦闘をしていた。
結局、何もうまくいかなかった。
そうして行き着いた先が一番始まりのここ。
あの日と同じく、ちょうど雨。
こんな天気の日に公園に来る奇特な趣味をもつ人間はやっぱりいなくて、雨音だけが絶え間なく続いていた。
眠気に誘われて一人うとうとしていると、コンコンと外を叩く音がした。
思わずびくっとして身を正す。そのまま身を強張らせてじっとしていると、何気なく誰かが中を覗き込んできた。
まさか誰も中にいると思っていなかったのか、そいつがうおっと驚き、身を退け反らせていた。
「……びっっくりしたぁ、こんなとこで何してんだよ」
「何も、むしろ、私がここで何かしてるように見えるの?」
「ひとりかくれんぼとか?」
砂利を掴んで入り口に向かって投げるそぶりをすれば、一瞬顔を引っ込めたものの、またすぐに戻って来た。
「お前の家に行ったらなんか出掛けたって聞いたし、帰り道に通りかかってなんとなーく覗き込んで見たら心臓飛び出て死ぬかと」
「そのまま死ねば良かったのに」
「で本題なんだけどスマホ、見た?」
「見てないけど、何?」
「お前、今日俺の家に来た?」
どっと心臓が跳ね上がる。私の様子を伺って、彼がこちらをじっと見つめていた。
「……行ってないけど、なんで?」
「じゃあ、これから行くか」
目を逸らさずに、なるべくいつもの調子で淡々と嘘をついたのはなんでだっただろうか。
全部なかったことにしてしまえば、何も起こらないと思ってのかもしれない。開けちゃいけない蓋だと薄々勘付いていたのかもしれない。
それを捲ってしまえば、私が暴発してしまいそうな気がした。
彼が立ち去って、後ろに私がついてないことに気がついて引き返してくるのに対して時間はかからなかった。
「なんでちゃんと付いてこないんだよ」
「あんたの家に行っても、なんもやることないでしょ」
「ここよりはあるだろ、普通に」
ため息をついて、けれども彼は無理に引っ張り出そうともせずに、入り口近くで尻が地面につかないようにしゃがみ込んでいた。
「桜庭と話をしなきゃいけないと思うんだ、というか色々と話したいことがあったから」
「そんなの私にはないんだけど、話をするにしても松浦さんにすれば良いじゃない」
つっけんどんにそう突き放せば、彼は大袈裟にため息をついてみせた。
「俺が松浦さんに? なんの話をすることがあるんだよ」
「そう? 相性は良いような気がするけど、彼女なら喫茶店に行けば会えるんじゃない?」
「だから、なんでそんなに引き合わせようとするんだよ。そもそも喫茶店ってどうしてわかる?」
何かを疑うような怪訝な顔を浮かべていた。
ああ不用意に突っ込みすぎたとわかっていたけれども、もうどうにも引き返せない場所に来てしまったから。
「ねえ野崎、松浦さんとどういう関係なの?」
本当にこんな会話をしたかったのだろうか。
一番初めはただ謝りたくて家に向かったのだから、こんなこと全部後回しで良かったはずなのだ。
それこそ私がひた隠しにしてきた醜い部分だった。最初から最後まで自分本位で動いてしまう見せたくなかったところ。
安心したいが為だけに、私はその言葉を口にしてしまっていた。
「どういう関係って、友達以上でも以下でもないよ。そもそも友達と言っていいかもわからない」
「……友達かもわからない、そんな縁の人でもほいほい家にあげちゃうんだ」
嘘のベールを捲ったら暴発するなんて事はなかった。だって全部逆だったのだから。
暴発してしまった今だからこそ、さかしまに全部をひっくり返してしまうのだ。
「私、知ってるよ。野崎、あの子とキスしたんでしょ」
言い訳しようがない事実を突きつけたって、どうにもならない事はわかっていた。
どうしようもない破滅の道を辿っている、その道を選んだのは間違いなく私だった。
彼は言い訳も何もせずに、ただそこでじっとしていた。たっぷりの沈黙の後にようやく、「それで?」と一言を絞り出した。
「それで、俺はどうすればいい?」
「だから、松浦さんと仲良くすればいいんじゃないって私は言ってるの」
「何の関係もないって言ってるだろ。あれも不意にされただけで俺の意思もへったくれもないんだから」
彼がどういう気持ちでその言葉を吐いているのか、私には全くわからなかった。
ただ現実から目を逸らそうと膝を抱えてじっと俯いていた。
「じゃあ何、なんであの昨日松浦さんと一緒にいたの?」
「……偶然、買い物に出かけたら会ったから」
「偶然? 偶然であれなんだ。昨日彼女が被ってた帽子ってさ、野崎が持っていた帽子じゃなかったの? 友達でもないのに、彼女に帽子に貸してあげるぐらいの仲なんだね」
違う、私が一番言いたかったのはこんなことじゃなかったのに。
本当はわかっていた。ちゃんと話をして、謝らなきゃいけないってことぐらい。
でも、今言った事全てが心にもない事を言ったというわけではなかった。
だって、間違いなく疑心はあったのだから。
昨日のあの場面を切り取っても、今日のあの日家のシーンを切り取ったとしても、確かにそう説明して仕舞えば全部しっくりしてしまうのだ。
むしろ、そっちの有り様の方が正しいと思えた。私なんかよりずっと、彼女の方が彼に相応しいんじゃなかろうか。
「そっか」
ポツリとそんな言葉を吐いて、彼は立ち上がった。私はそれを呼び止めることもできずに、じっと蹲っている
俺ってそんなに信用ないのかよ。
雨音に混じって最後に残った声が、幻聴かどうか私には分からなかった。
わかるのは私がたった一人ここに取り残されたっていうことと、何か取り返しのつかない事をしてしまったというだけ。
ここで一区切り
あとは分岐
独り身END
幼馴染END
ボクっ娘END
星野END
???END