碌でもない人間がいる、お前らのことである 作:かりほのいおり
最近流行りのフレネミーって言葉、意味不明で好き
16
照れ隠しに「えへへ」と俺に向かってはにかむ女の子。
そのシチュエーションだけ切れとれば、彼女の容姿は確かに可愛いと思うし、萌えると言っていいのかもしれないけれど、いくら外見を取り繕ったところでそいつの本質がトラブルメーカーだとわかっているのなら、さっさと裾を捲って急いで逃げた方がいい。
例えば、今のような状況のことを指す。
いつものように友人と駄弁りながら昼飯を食べていると、教室に嵐が突っ込んで来て、まっすぐこっちにやって来て彼女は言うのだ。
「来ちゃった」、と。
呼んでねーよ。
少なくとも松浦さんのことを一度も求めたことはなかったけれども、彼女は当然の顔をして俺の友人から席を譲り受け、俺の対面で巾着袋を広げようとしていた。
退かなくていいという声は友人に届かず、「やーやー、ありがとありがと」という気さくな笑顔に絆されて、そのままどっかに行ってしまうのだからどうしようもない。
教室の中では複数のグループに分かれて、昼飯を食べていたけれども、そのどれもからも視線を感じていた。
そのうちの一つ、明らかに「私、見てますけど」みたいな圧力を感じる方向は見ないように、振り返らぬように鋼の精神。
そんなことしたら、きっと命の何個か平気で持ってかれるに違いない。
まあ見なかったとしても、気づかないふりをしたとしても、いつかは爆発するんだろう。
そんな爆弾の導火線に火がついたのは、間違いなく俺を見捨てたアイツ。
俺はその爆発に巻き込まれたくなかった。
わざわざ見える地雷を踏んで吹き飛ぶなんて、そんなアホじゃない。そこまで被虐的な嗜好の持ち主というわけでもないのだから。
「ちょっと廊下に来い」
「わっ、ちょっと!」
巾着袋は松浦さんの代わりに俺が掴んで、彼女の腕を引いて廊下に出る。
わざわざ遠くまで行く必要もなく、廊下に出るなりすぐさま彼女に向かって向き直った。
「あんな人目のある場所で大胆だなぁ」
「アホ言ってる場合か、なんでこっちに来てるんだよ」
「え、僕言わなかったっけ? 野崎君にまた明日会おうって」
だから一緒にお昼を食べに来たんだけど、そう可愛く上目遣いで擦り寄ってくる彼女に巾着袋を突き返す。
「なんでってのは目的を聞いてるんじゃないんだよ、一緒にお昼を食べようとしてるのは猿でもわかるわ。でも俺じゃなくていいだろ、他の誰かと適当に食っとけよ」
「えーめんどくさいなぁ、そこまで言わなきゃわからないの? 僕は野崎君と一緒にお昼を食べたい、それでいいじゃん」
「俺は一緒に食べたくない」
「でも、僕は一緒に食べたいの。君のことが好きだから」
教室の扉を力任せに叩きつける音が、すぐ背後で響いた。
振り返る勇気は当然なかった。思わず身をすくめるも、幸いにして恐らく彼女はこちらではなく、反対の方へと向かったらしい。
俺と違って松浦さんはその去り行く背中をまじまじと見つめて、「全く、怖いねぇ」と一切悪びれる様子もなく呟いた。
「ああいう『私、不機嫌です!』みたいなアピールを物にする人、僕は好きじゃないなぁ」
「……とりあえずはっきりさせておくぞ」
ほんの少しだけ腹が立った。
確かに子供っぽいアピールだなとは思うけれども、きっとその発端は目前にいる松浦さんなのだから。引き金を引いといて他人事なんて、俺が許せるはずがなかった。
「俺はお前とお昼を一緒に食べる気はない」
「わざわざ足を運んであげたのに、そんなことするんだ」
「知らんわ、そんなの。そもそもの話、俺はお前のことを好きじゃない」
「よよよ……僕のファーストキスを奪ったのに、なんて言い草」
なんて言い草!
厚顔無恥な言葉に思わず面食らってしまう。
文句は言いたいのはこっち側、どんだけ身勝手なセリフなんだと突っ込みたかった。
キスしてくれなんて彼女に強請ったことは一度もないし、むしろこちらが強引に唇を奪われていた。
だから、彼女の泣き真似を無視して教室に戻ることに全く罪悪感は湧かなかった。
言いたいことは全部言ったし、これ以上語ることもない。
また対面に腰掛けたら適当に別の場所で食おうと思いつつ、元の席に戻ろうとして。
「野崎君、昼は諦めるけど放課後は空けといてね!」
後ろから予想外の言葉が飛んで来て、慌てて振り返るもとっくに松浦さんの姿は見えなかった。
思わずため息が出た。
教室中に響き渡ったその声が原因で、全身に無遠慮な視線を向けられていることを感じたけれども、全てを無視して薄情な友人の前に腰掛けた。
一瞬静まり返った教室が、緩やかに喧騒が戻ってくる。全てが元通り、たまにチラッと視線を向けられるのと、先ほど教室から出て行った彼女を除いて、いつもと同じ昼休み。
知ったことか、全部どうでもいい。
周りの注目を黙殺して、おにぎりを口に詰め込んでいると、彼らを代表して友人が恐る恐る尋ねてきた。
「……それで、どういう関係?」
「敵」
ポンと思考を飛び越えて発作的に出た言葉だったけれども、松浦さんを言い表すのにこれ以上しっくりくる言葉もないような気がした。
17
対話による問題の解決を選ぶ気はなかった。
帰りのHRが終わるなり、さっさと教室を出た。
たとえ問題の先送りでしかないと後ろ指を指されたとしても、どうにも松浦さんは相性が悪いような気がした。
半分、直感だ。
警戒したとて、会話を繰り返すうちに気が付けば丸め込まれて、容易く手玉に取られるんじゃないかという予感。
きっとそうなるような気がした。
その感覚を裏付けするかのように、彼女は下駄箱にぼんやり寄りかかって俺がくるのを待ち構えていた。
思わずため息をつく。
自分自身が教室に来るより俺は先に逃げ出す。それはつまり、俺が彼女を避けているということで、そうするだろうという推測に基づいて松浦さんは動いていた。
それが一番、心地悪いような気がした。
心情を知った上で近づいてくる感覚が、俺には理解し難い物だったから。
帰ろうにも、松浦さんが寄りかかっている場所がちょうど俺の場所だから避けようがない。
そもそもの話、回れ右して引き返そうにも、彼女は俺がここに来たことに気づいている。
鞄片手に、彼女はひらひらと小さく手をふっていた。それに振り返すことはしない、けれども無視することも出来ずに仕方なく俺は口を開いた。
「で、俺に何のようだよ」
「ちょっと部活を案内してほしくてさ。知ってる? 僕って、一応転校生なんだよ」
「……」
返す言葉もなく、来た道を引き返すとその後ろから上履きのキュッキュッという床を擦る音がぴったりくっついてくる。
彼女の部活事情なんて一ミリも興味なかったし、知る気もなかった。
そもそも何で今なのだろうか。
確か4月に切りよく編入してきたのだから、それからしばらく時間があったはずなのだ。
一年生に紛れ込めば適当に馴染めたのに、今から入ったところでどう考えたって浮くような気がした。
「転校してきたなら、前の高校と同じ部活に行けばいいだろ。俺がわざわざ案内する必要もないって」
「……帰宅部だったの、前は。ちょっと思うところあってさ、気分を変えたかったり、しなかったり? ほらなんか、この高校特有の変わった部活とかあったりしないの?」
どんな嘘だよと思うけれど、そこに突っ込む気にはなれなかった。
全部出鱈目なような気がしたのだ。部活に入る気があったのなら、他人に案内されるまでもなく、適当な部活に入っているのだろう。
ただ、何となく俺に話しかけるネタとして、これ幸いとばかりに都合よく使おうとしてるだけに決まっていた。
「少なくとも、お前の部活選びに俺は関係ないだろ。勝手に回ればいいだろ、回るにしても俺じゃなくて同性の友人を連れてった方が話も回るに決まってる」
というか、友達がいる部活に入るというのが一番わかりやすい決め方ではある。どこでもいいのなら、何となく気分転換で新しい部活に入りたいのなら。
チラッと後ろを振り返れば、ぴったり目と目が合った。それだけなのに、それで充分と言わんばかりに彼女は薄く笑みを浮かべた。
「本当に残念なことに全然友達いないんだよねぇ、出る杭は打たれるってやつ? 僕が色々と出来すぎちゃうからさぁ」
思わず鼻で笑う。
他クラスの彼女であったから、その発言が本当か嘘かはわからないけれども、友達がいないのはどう考えたって自業自得のような気がした。
「寂しいやつ」
「むっ……それを言うなら野崎君もね」
「俺はいるからな、普通に友達の一人や二人」
「へーそう、じゃあ友達の名前を教えてよ」
ガキじゃないんだから。
彼女の言葉に返すことなく、無言で廊下を行く。適当に話しているうちに主に部室がある別棟へと差し掛かっていた。
「ねえ、結局これってどこに向かってるのさ」
部室、と答えようとしたところではたと気付く。このまま松浦さんを部室に連れて行ってしまうと、実質的に彼女の口車に乗ってしまったことになるんじゃないか?
そこまで自分が何をやっているのか深く考えていなかった。
ただ初めは下駄箱からずっと離れた場所、安心できる場所に逃げ込もうと何となく足を動かしていた。
それに勝手に彼女がついてきているのだから全く逃げる意味がなくなっているのだけれども、もう全部手遅れだった。
ちょうど、目的地についてしまったから。
壁に架けられた名ばかりの文芸部の看板を見て、松浦さんが心底興味なさそうな顔をしていたのが唯一の安心点。
念のためノックして部室に入ると、案の定部室には誰もいなかった。
カーテンが掛けられた薄暗い部室の両壁には本棚、またそれだけじゃ飽き足らず部室の半分ほどを腰ぐらいの高さの本棚で占めている。
残ったスペースに申し訳程度にテーブルと机がある、実質的には無理やり部室に作った第二図書館のような有様だった。
本棚と本棚の間を通り抜けて、一番奥の席に腰掛ける。そうして仕舞えば松浦さんがぴったりと隣に着くことはあり得ない。
「野崎君ってさ、文芸部の一員だったり?」
「いや、違う。そもそもの話、ここは文芸部じゃないから」
入り口のところに惰性でかけられた文芸部の看板は実質的にはダミーだった。ここは本の置き場でしかないし、今となっては文芸部は活動していないのだから。
「ここは読書愛好会の部室兼『共有本棚』ってこと」
「読書愛好会? 共有本棚?」
「その読書愛好会の一名が俺ってのは合ってる」
まだちんぷんかんだと言う彼女に向けて、簡単な説明をした。
ちゃんとした文芸部と違って、愛好会と呼ばれる理由がある。そもそもまともな活動は行われない、部員として名前を刻みはするけれども、部員同士のコミュニケーションは基本的には絶無に等しかった。
「部員としてのルールは一つだけ。月に最低一冊の本を買ってきて、ここにある本棚に適当に放り込むだけなんだ。どの本を誰が追加したのか、ついでにアピールポイントも記録ノートに入れて、それで終わり。そんな感じに愛好会に本を寄贈して、互いの好きなものを共有し合っていうゆるい集まりってこと」
「へー、なんかあれだね。昔あった貸本屋みたいだね。愛好会っていうより正確に言えば互助会みたい」
そう言いながら、松浦さんはちょうど俺の対角の席へと腰掛ける。
ちょうど手の届く位置の本棚にきになるたいとるがあったのか、一冊だけ抜き取ってテーブルの上に置いた。
「野崎君ってこの部活っていうか愛好会にいてさ、なんかやってんの?」
「少なくとも俺は何もやってないな。ノルマを果たして他人がお勧めする本を読むだけ、まあ、もしかしたら部長なら他になんか活動してるのかもしれないけど」
松浦さんはそれを聞いて「へえ」と興味なさそうに呟いて、先ほど手にとった本をパラパラと捲っていた。
部活として活動記録を出さないといけない以上、部長は何らかの活動か理由を捻出しているのだろうけれども、あまり会話をする機会がない。
部長である彼女は今日のように決まった時間に部室の鍵を開けて、本の追加がないことを確認してそのままどっかに行ってしまう。
時たまタイミングが合って、部長と遭遇する機会があれば、俺が入れた本の感想を語られることはあったけれども、それぐらいだった。
部長がいれば適当にあしらってもらえたんだけれども、タイミングが悪かった。
まあそのうち読書に退屈して、きっとどっかいってくれるだろう。そんなことを考えながら、ぼんやりと天井を見上げていた。
扉の動く音がして、遠ざかっていた意識が引き戻される。
慌てて視線を向けたものの、新しい来訪者が現れたというわけでもなく、ただ松浦さんが部室の扉をちゃんと閉め直しただけだった。
ただ、扉を締め直しただけ。
開けっぱなしだった扉が気になったのかもしれない、ただ何となく閉めたい気分になっただけなのかもしれない。
けれども、その嫌な静けさに耐えきれず、気づけば言葉を発していた。
「……何してんの」
「いや、ちょっと野崎君とお話をしようと思って」
そらきた。
テーブルの上に両肘をつき、組んだ手の上に顔を乗せて、俺のことを見透かすかのように彼女は言った。
「結局、野崎君と桜庭さんの関係って今どんな感じなの?」
「……どうもなにも、お前がキスしたせいで浮気してるんじゃないかって誤解されてるんだけど」
「へー、そう、それはよかった」
何も良くない。
無言で睨みつけると、まるで何も堪えてないかのように彼女はヘラヘラと笑っていた。
「それなら、お詫びに僕が野崎君と付き合ってあげようか?」
「いらない、昼にも言ったよな?」
「聞いたよ、君は僕を好きじゃないって。でもさ、嫌いとも言わなかったでしょ?」
それなら可能性はあるんじゃない?
自慢げに微笑む彼女の鼻をへし折ってやりたい気分だったけれども、どうしたって彼女のことを嫌いとは言えなかった。
好きではない、敵だと断じている。
けれども嫌いだと断じてしまったら、そこから価値観を変えられないような気がして、その躊躇いの根っこにあるものが、彼女のことを嫌いだと言い切れない原因なのだろう。
キスされたから絆されたとか、自分に好意を向ける相手を嫌いになれないという理由も一端はあっただろうけれども、割り切った簡潔さが何よりとっつきやすかった。
「それならさ、好きじゃない理由を一つ一つ解決してけばいいじゃん。じゃんじゃん教えてよ、僕のことを好きになれない理由。治せるものなら治してみせるからさ」
「一人称が僕」
「それはアイデンティティだから無理、次!」
「一切の考慮時間もなかったけど、本当に治す気あるの?」
即答だった、そして俺の質問に対する答えはない。
カモンカモンと次の質問を誘っているけれど、別に他人の一人称にこだわりはなかったし、ほんの冗談で言ったけれども、果たして本当に解決する気はあるのだろうか?
「下の名前を知らない」
「理恵、次!」
「松浦さんがキスしたせいで桜庭に浮気したみたいな誤解されてるってこと」
「ちょっとさぁ、せっかく僕の下の名前を教えたんだからちゃんと下の名前で呼んでよ」
頬をふっくら膨らませているけれど、何となく聞いた質問でしかなかったし、それ以降呼び方を変える気もなかった。
そもそもの話、下の名前で呼ぶ人間も今となってはほとんど居ない。桜庭に関しても下の名前で呼ぶことは無くなったのだから。
だから、どれだけ催促されようと松浦さんを下の名前で呼ぶ気はなかった。
「理恵」、「松浦さん」としょうもない掛け合いをしばらく繰り返したのち、彼女は息を切らせてがっくりと椅子へもたれかかった。
「で、何を解決して欲しいんだっけ? 僕に誤解を解いて欲しい?」
「なんかまるで俺がお願いしたみたいになってるけど、違うからな。そもそも悪いのは全部そっちだぞ、キスのせいで誤解をされてるんだからな」
「別に僕としては誤解上等、喧嘩上等なんだけど……冗談だって」
降参とばかりに彼女は手を挙げたけれども、すぐに切り返してきた。
「でもさ、勘違いなんてすぐに解けば良くない? そうやって解決できることを僕に対して怒るのもさ、好きになれない理由としてこっちに押し付けてくるのはちょっと違うんじゃない? おいおい、やることもやらないでそれはさ、理不尽だなーって思うんだよね」
返す言葉もなかった。
結局、説得を諦めたのは自分だったのだから。
ちゃんと話さなきゃいけないと思った。
だからあいつの家に向かって、それでも会えなくて、あの公園に向かって。
それは運がいいとも違う。
縁があるのならば、初めのきっかけを拾った場所で会えると信じていたのだから、半分は確信があった。
予想外だったのは、桜庭にキスをされた場面を見られたことか。
それとも、彼女が俺のことをなんも信用しちゃいなかったということだったか。
俺と会話をしようとせずに、ただ自分の思ってる感情だけを一方的に叩きつけられたことだったか。
答えはわからない。
その三つ全部なのかもしれないし、これのどれでもないのかもしれない。
ただあの時、ぷっつりと何かの線が切れたような気がして、もう全部が全部、どうでも良くなってしまったのだ。
根気強く説明すればなんでもなかったのかもしれない。でも俺は『もうどうでもいいや』と諦めがついてしまった、つけてしまった。
だから、問題があったとするのなら、それは松浦さんでもなく桜庭でもなく、間違いなく俺だった。
最終的な決断を下したのは誰か?
考えるまでもない。分かりきった答えを前に、他人に責任転嫁できるはずがなかった。
「野崎君のさぁ、捨てられた子犬みたいな顔って結構可愛いよね」
「……アクロバディックな悪口、やめろよな」
「僕としては、一応褒め言葉のつもりなんだけど」
やっぱり、こいつの感覚もちょっとおかしいんじゃなかろうか。
こちらの視線を無視して先ほど引き出した本を棚に詰め込み、代わりに無造作に本を一冊抜き出した。
「これ、借りたいんだけどどうすればいい?」
そう言って目の前に突き出された本を見て、思わず面喰らう。確か、それは少し前に自分がノルマで提供した一冊であった。
「……部員じゃなきゃ無理」
「じゃ、部員の野崎君だったらどうやってこの本を借りてくのさ」
「黙って持ってくよ」
返しさえすれば返却期限のルールもなかった。
言われなくても、『ある程度の期間内にちゃんと返すに決まってるよね』という明文化されていないルールがあって、ちゃんとみんなそれに従ってるだけなのかもしれないけれど。
「そ、じゃあ次は入部届け持ってくるから。また明日ねー」
そういうなり、彼女は本を鞄にしまって、そのまま部室を出て行った。拒否する暇も与えず、他の部活の可能性も考慮せずに。
きっと俺がこの部活に入ってるからという理由で。
「……なんもわからん」
椅子に寄りかかって声に出したところで何かが変わるわけでもなく、俺は何一つ彼女のことを知らないまま。
唯一進歩したと言えるのは彼女の下の名前を知ったことぐらい、結局それも使わない無駄情報だと思えばほぼ0.5歩。
昼休みに友人に彼女を説明した時、敵という言葉で表したけれども、今となってはそれもしっくりこないような気がした。
きっと彼女には俺に対して一ミリも敵意はない。ただやりたいようにやる時に、周りへ影響を及ぼすだけなのだろう。
天災に起こったところで意味はない。まあそれは人の形をとってるから、正確には人災ではあるのだろうけれども、彼女に何を言ったところで無駄なのだろう。
どうしてそんなものに俺は魅入られてしまったのだろう。
その質問に答えてくれる人は、少なくともこの場にはいなかった。