碌でもない人間がいる、お前らのことである 作:かりほのいおり
#18
子供は残酷なことをする。
蟻の巣に水を注いで必死に喘ぐ姿を高みの見物してたり、蜻蛉の羽をむしって何枚までなら飛べるかの実験をしてみたり、自分より小さな生き物にどこまでも酷いことができる。
じゃあ、どうして大人なら踏みとどまるラインを容易く踏み越えられるのだろうか?
子供故に無知。
だからこそ、やってはいけないこと、これをやったら怒られるという道徳が育まれていないのだろう、と思う。
では、星野はどうだったか。
あいつと俺との縁は正確に言えば幼稚園の頃から。
その時の朧げな記憶を辿ると、周りと変わった髪の色をしている、ぐらいの印象しかなかったような気がする。
そもそも俺もまだ子供だったから記憶の断片を集めて、大体こんなことを思っていたんじゃないかというごっちゃ煮しか無いのだけども。
まだ友達では無い、あんな奴がいたなと思い出せるぐらいの距離。
今の星野と俺の距離はおそらく親友、幼馴染ぐらいの距離ではあるけれども、少なくともあの時はまだ接する点は殆どなかった。
だって、ちゃんと絡むようになったのは小学校に上がってからのことだった。
でも、もしも俺が小学校の頃に星野と友人にならなかったとしても、ある一つのエピソードは忘れることはなかったような気がする。
それこそ、子供故の残酷さから行われる行為であったから。けれども、その行動は無知故にではなく、星野はそれをちゃんと怒られると自覚した上で。
幼稚園に通っている時、バス通園ではなく直接親に送り届けられ、そして帰りも同じように迎えにきていた。
基本的には14時のバスの送り迎えがある時間に親がやってきて、そのまま帰る流れ。
その時間に帰らない子供達もいる。
預かり時間を延長してもらって、親が帰るまで残る子供も当然いた。
星野はそのうちの一人。もし自分もそっち側だったらその時から仲良くなってたのかもしれないけれども、そんなことは無かった。
でも、一度だけ、そっち側に自分が混ざったことがあった。
その時、雨が降っていたことを覚えている。
幼稚園の裏手に、ちょうど紫陽花が咲いていたことも。
俺は、紫陽花のすぐ近くに合羽と長靴で身を固めてしゃがみ込んでいるやつを見かけたのだ。
「何してんの?」
なんともなしに、気まぐれに俺はそいつに声を掛けた。
ほんの暇つぶしのつもり。
こんな雨が降る中、不審な動きをしてる奴がいるのだから、きっと何か面白いことがあるに違いないと思ったのだ。
「カタツムリの殻をね、潰そうとしてたんだ」
振り返ったそいつの片手には、拳ぐらいの大きさの石が握られていた。
「はあ」としか俺は言いようがなかった。そんなことをして、一体何が楽しいんだろうとしか思えなかった。
殻の中身がどうなってるのか気になると言われたけれども、やっぱりなんの興味も惹かれない。
「可哀想なことはやめなよ」
投げやりにそう言って、俺はその場から去ろうとした。その後ろから追いかけるように声が飛んできた。
「見られたから、やめとく」
「そ」
振り返ることは無かった。
そのすぐ後に母親が迎えにきて、手を引かれてさっさと帰ってしまったし、この話もこれ以上の展開はない。
次の日になって、念のために俺はその紫陽花付近を確認してみたけれども、殻を潰された哀れなカタツムリを見かけることは無かった。
その次の日も、その先の日も、少なくともその梅雨の間はカタツムリが潰されてるところを見かけることは無かった。
そして、紫陽花の周りに合羽を着たあいつを見かけることもなかった。
時間が経って、俺は小学校に上がった。
上級生に連れられて学校に向かう登校班の中に、星野が居た。
雨合羽のあいつが星野だということはすぐに分かった。
あまりに髪色が特徴的すぎるから、どんな鈍い奴だったとしても、そうじゃないと信じない限りはすぐに紐付けられただろう。
同じ幼稚園に通っているということは、その近辺に住んでいたということであるし、学区も必然的に被る、当然の流れだ。
まあ、でも、カタツムリを潰そうとしてた奴が居たところで俺としてはどうでも良かった。
同じクラスだったとしても、どうでもいい。
いささか好感度は低かったけれども、その程度。
実際に可哀想な目にあったカタツムリは見かけなかったし、結局何も無かったのならば、それでいいと思っていた。
クラスにおいても、登下校の最中であっても、たまに星野と目が合う時があった。
偶然にはほど遠い回数。明らかに何かの目的があって、星野は俺のことをじっと見つめていた。
俺はそれを無視していた。
明らかに何かを言いたげに星野は俺のことを見ていたけれども、知らないふりをすることにした。
まあ、そんな無視したところで逃げ切れるはずはなかったのだけれども。
一緒に登下校を始めて一週間ぐらい。
痺れを切らした星野に呼び出されるまでの期間、一番安穏としていた時期は多分そこのような気がする。
星野と正しく友達になってから、俺はずっとあいつに振り回されているような気がするのだ。
#19
「覚えてる? 前のこと」
2時間目と3時間目の間にある長い休み時間。他の友人達と校庭で遊ぼうとしていたのに、星野が俺を呼び止めた結果が校舎裏。
今となっては使われてないもの悲しいウサギ小屋を背に、星野は言った。
「カタツムリの中身の話、覚えてる?」
「ん、まあ」
だから何、としか言いようがなかった。
あの話を忘れてくれとでもいうのだろうか、それともカタツムリの中身をようやく知って、その秘密を俺に教えてくれるつもりなのだろうか?
「別にあのことをみんなに言う気はないから安心しろよ、それで良いだろ? それで終わりなら遊びに行きたいんだけど」
「いや別にそれはどうでもいいんだけど」
俺の予想を星野はあっさりと否定して来た。
どうでも良いのか、本当にどうでも良いのだろうか?
昔の事だったとしても嫌な気分にはなるだろうし、今よりもほんの少し距離を取ろうとされるのかもしれないのに、そんな事は全く気にしてないと言う。
まあ多少の不評を買ったところで、目の前のこいつの容姿なら女子人気で全部なんとかしてしまうのかもしれない。
「それとはちょっと逆なんだよね。なんで僕がやろうとしてたことをみんなに言わなかったのかなーって、気になって」
「はぁ?」
「普通は酷いことをしたらさ、それを治さなきゃいけないわけじゃん。自分じゃ無理だったとしても、先生にお願いすれば良かったんじゃない?」
正直なところ、星野が何を言いたいのか俺には全くわからなかった。
だから、俺に言えるのはどうしてそうしなかったのかと言う理由だけで。
「お前は普通が何を言ってるのかはわからないけどさ、お前は結局カタツムリを潰さなかったんだろ?」
「うん、まあそうだけど」
「それならそれで良いじゃん。誰も酷い目に遭わなかった、それならどう言う理由で怒られるって言うんだよ」
「でも、世の中は未遂でも捕まるもんなんだよ」
全く、だから何としか言いようがなかった。
「決めるのは俺! 文句があるなら自首してくれば良い、悪いことをしたって言えば良い。悪いことをして怒られない奴なんて沢山いるんだからさ」
「別に、僕としては怒られても良いんだけど」
煮え切らない答え、それを聞いて、俺はようやく腑に落ちる答えを手に入れたような気がした。
「ああそう、もしかしてお前、怒られたかっただけなのか」
俺の言葉を聞いてすぐさま否定するわけでもなく、星野はうっすらと微笑んでいた。
多分きっと、彼は怒られたかったのだろう。そうすることで構われたかったのだ。
無闇に生き物を殺傷することが怒られることだと分かっているからこそ、カタツムリの殻の中身なんて本当にどうでも良いことだったのだろう。
それが一番手っ取り早い方法だった。
わかりやすく、目のつきやすい場所にいる手頃な大きさの生き物。それでいて蟻ほど小さい命でもない、親しみがあるカタツムリはその目的にちょうど良かったのかもしれない。
「……変な奴」
思わずそう吐き捨てた。
他の生き物を害することでしかつながりを得られないというのなら、人として最低だ。
けれども、星野は結局は何もしなかった。
俺が目撃したから怖気付いたのか。
いや、もしかしたら、そもそも潰す必要は無かったのかもしれない。
ただ、俺が先生に言えば目的は達成されるのだから。そんなことをしちゃだめだよという構ってほしいと言う目的は叶うのだから。
それこそが、自分があの後になんの死体も見なかったことの答えな気がした。
「構って欲しいなら言えば良いだろ」
遠回りなやり方だし、相手がその行動の意味を分かってくれるわけでもないのだから、そうしたところでなんも救われない。
「言ったら、君はついて来てくれるの?」
「さあ。でも、友達が構って欲しい、遊んで欲しいって言ったら。なるべく寂しくないようにしてやりたいと思うんじゃねーの」
「……なら、僕の友達になってよ」
それが俺と星野のファーストコンタクト。
20
今時の話、冷静に考えればゲームを複数人でやろうと思っても、わざわざ互いの家にやってくる必要はない。
適当にゲーム機をネットに繋げて、ついでにVCも繋げれば、気楽にいつでもどこでも遊べるのだから。
まあでも、星野から『ゲームやろ』とメッセージが来た時点で、薄々察しはついていた。
承諾したらこいつは普通に家にやってくるだろうな、と。
そう予め分かっていたとはいえ、断る理由もなかったのだけれども。その誘い自体、星野が俺になにかを話すための口実だってことも当然分かっていた。
遊ぶのはずっと前に発売された対戦格闘ゲーム。適当にダメージを与えて、吹っ飛ばし攻撃で相手を場外に落とすアレだ。
格闘ゲームが苦手というわけでもなく、人並みにはやれるという自信があったけれども、星野の実力と比べると雲泥の差があった。
俺が固定でキャラを使うのに対して、星野は俺と対戦する時は決まってランダムを選択していた。
『舐めプだ』、と文句を言いたいけれどそれで五分以上、むしろ星野の方が明らかに勝率がいいのだから始末に置けない。
「逆なんだよ、幸二は一つのキャラクターしか動かさないから対策を取りやすいんだ」
そんなふうに対策を打てればどのキャラでも同じように勝てると言うけれど、準備もなしに複数キャラを同じような練度で動かせるのだから、俺が弱いと言うより、やっぱり星野が強すぎるのだろう。
俺は星野みたいに器用にはなれない。それなら、不器用なら不器用なりに一つのキャラを突き詰めて上手くなるしかない。
ベッドの上で横になってコントローラーを手繰る。
最後のお願いとばかりに踏み込んだ一撃もあっさりとジャストカードをかまされて、返しの一撃で画面外へと勢いよく吹き飛ばされていった。
また一敗、今のところ全戦全敗の流れ。
再戦を押さずに振り返れば、星野がご機嫌な様子で椅子に座って踏ん反り返っていた。
「本気出せー、本気」
「いつだって俺は本気だっつーの。ってかお前の彼女、俺の部活に来ようとしてるんだけど」
彼女?
試合が再開されるけれども、疑問に思った声が上がっただけでそこに繋がる言葉はない。
代わりに何かを考えているのかあいつにしては冴えない動き、それに乗じて幸先よく1ストックをリードを奪った。
星野のキャラがリスポーンしてくる、けれどもすぐに降りてくる事はなかった。
「……彼女って誰だっけ?」
「あのなぁ、付き合ってるやつの名前ぐらいはちゃんと覚えておけよ。転校生の松浦さんだろ」
「ああ、松浦さんね」
心底どうでも良さそうにそう呟いて、さっきの動きと打って変わって滑らかな動き。
あっさりとすぐさまリードをイーブンに戻した。
「いや、もう俺の彼女じゃないよ。俺もお前には興味ないよーって振られちゃったし」
「……」
何事もなかったのように、けろっとした表情でいうのが俺には理解し難い。
俺ですら人からなるべく嫌われたくないなーと思っているのに、そんなふうに他人から失望された事を開けっぴろげに言えるのは果たして慣れなのだろうか。
「よくそんな他人事のように言えるよな」
「って言われても俺はよくわからないんだよ、振られることには慣れっこだし」
「さすが、モテる側の人間」
「別に、俺としてはモテる必要はないんだけどな」
ハッと星野が笑い声を上げたけれども、その程度で動きは緩まず、立て続けにストックを奪われて再度リザルト画面。
いつも通り星野は強いし、俺の動きも宜しくない。メンタルの調子がゲームの腕前に直結しているからこそ、何かが微妙に噛み合わない。
コンティニュー、再度試合が始まる。
「……幸二、美羽と喧嘩した?」
不意にそんな声が耳に届いて、思わずコントローラーを操る手にギュッと力が掛かった。
「うん、全部お前が悪い」
「ええ? まあ幸二が言うなら多分そうなんだろうけどさぁ」
「そこ! 隙あり!」
予期せぬ責任転嫁に星野のキャラの動きが止まる、その一瞬を見逃さず全力の攻撃を叩き込んで今日初勝利。
じっと俺の卑怯な振る舞いを咎める視線を感じるけれども、頑なにそっちの方をむこうとしなかった。
「幸二がそのつもりなら、いいよ」
キャラ選択画面に戻って、星野のアイコンがランダムから遠距離攻撃主体に移動した。
思わず呻く、今から得意キャラを使ってあなたのことをボコボコにします宣言。
争う手段もなく、近距離戦に持ち込むことすらできず、1ストックも取れないままボコボコにされる。
「で、今回はどうすんの?」
一試合完膚なきまで叩きのめして満足したのか、キャラをランダムに戻して星野はそう言った。
「どうすんのも何も、どうしようもないだろ」
星野からはなんの言葉も返ってこない。
否定も肯定も、言葉にはしない。
選択権はこっちにある、良否を裁定するのは自分ではないと分かってるからこそ。
もし何か言ってくれたら責任を押し付けられたのに、自分の吐いた言葉に責任を持たなければいけない。
本当に?
本当に、俺はどうしようもないのだろうか?
惰性で指を動かす。明らかに俺の操作するキャラの動きが鈍っているのに、星野は何も言わずゲームに付き合っていた。
どうすれば良かったのだろうか。
今の選択は間違っているなんてこと、俺だってちゃんと分かっているのだ。
でも、でも、より良い選択をしたところで何が変わると言うのか。
誤解を解いたところで好意の向きが変わるわけでもないというのなら、何をやったって全部元の木阿弥でしか無い。
じゃあ、俺はどうすれば救われる?
結局のところ、彼女に好きな人がいて、それが理由で俺も振られて、俺はどうすれば救われたというのだろうか。
チャンスは最初からなかった。
なのに、どうして俺は彼女と建前だけの付き合いを選んだのだろうか。
答えはすぐに見つかった。
彼女が幸せであれば良いと思ったから。
そのためにできることが俺にあるのなら、なんだって叶えてあげたかった。
それが一番最初の行動原理。彼女の好意の矛先が自分でなかったとしても、俺はそうありたいと願ったのだ。
それなら、それなら彼女の今の状況は幸せであると言えるのだろうか?
少なからず俺が彼女のことを傷つけたのかもしれない。
それが自分の所有物を他人に奪われそうになったという酷く身勝手な理由だったとしても。
俺が発端であるならば償わなければいけない。マイナスからゼロまで帳尻を合わす為に俺は何かをやらなきゃいけない。
けれども、彼女を幸せにしたところで俺は救われる?
結局行き着く問いはそこだった。
自分の行動原理を見定めたところで、それが自分の幸福と噛み合わないのだから、やっぱりどうしようもないような無力感の襲われてしまう。
「……こうさ、みんな幸せになる方法があれば良いのに」
再度のリザルト画面、お決まりの敗北。
勝者と敗者が分けられてるのを見て、思わず言葉が漏れた。
「そんなの無理に決まってるって言いたいけど、幸二はどう思ってんの?」
「少なくとも俺は、どんな問題にも都合の良い夢みたいな解法があるって信じたいんだよ」
「そう、なら俺もそう信じるよ」
無責任に責任だけを押し付けてくるのを見て、思わず笑う。星野にお墨付きをもらったところでなんのありがたみもなかったけれども、少しだけ、もうちょっとだけ頑張ろうという気力が湧いてきた。
俺の救いの有無なんてどうだっていい。
けれども、最初の行動原理だけは失っちゃいけないってことを思い出せたのだから。
そうして行き着くところまで行って、やり切ったところでどうしようもなかったと諦めがつけられるのであれば、それで良いような気がした。
ゲーム機をベッドにほっぽり出して、机の上に置きっぱなしだった紙袋を星野に突き付ける。
「これ持ってきたの、星野か?」
答えは分かり切っていた。ただ、最後の裏付けだ。
それを見て、あいつは首を横に振った。
「いや、それ美羽が選んだ奴じゃない?」
ってか早すぎでしょ、先越されたわーと星野がぼやくのを見ながら、算段をつけ始めていた。
とにかく明日、やらなきゃいけない事を整理しなきゃいけない。
松浦さんへの対応をどうするか。
それに星野のこと。
最後に、桜庭との関係の精算を。
次は多分9/1