碌でもない人間がいる、お前らのことである 作:かりほのいおり
これで区切り
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押してダメなら引いてみろという諺があるけれども、僕から言わしてみればそれも状況によりけりで、大体の場合においてはそうじゃないだろうと思う。
ちゃんとした信頼関係の土台を作った上で行うべきなのだ。相手の関心を引いて、こちらに対して明確な好意を確認してから行わないと、相手にこの関係は望み薄だなと見切りをつけられてしまう。
人間関係というものはいくらでも広げることが出来るけれども、人にはリソースが限界があるのだから、損切りをされてしまうのは当然のこと。
こんなに私は貴方の事を好きだったのにどうして見切りをつけたの? と言われても、引かれた側からしてみれば知ったこっちゃないだろう。
僕はたまに思うのだ。
ああ、ゲームみたいに他人の好感度を確認できたらいいのに、と。
結局のところ、他人がどれぐらいで損切りを図るかわからないのが問題なのだから、それさえわかって仕舞えば人心掌握お茶の子さいさいだろう。
でも、やっぱり現実はそうはいかない。
見えないものは見えない、どうしたって人の心のうちは闇の中である。
だから、やっぱり押してダメなら引いてみろというのは、本当に最終手段としての方法だと思う。
押してダメなら徹底的に詰めて詰めて押して、もうどうしようもないぐらいに距離を詰めて、それでもダメなら諦め半分の気持ちで引くぐらいでいい。
⚫︎
昼休み、僕は梯子を外されて一人きり。
昨日に引き続き今日も巾着袋を抱えてやってきてあげたというのに、何度周りを見渡せども、彼の姿はどこにも見えなかった。
それに合わせて桜庭さんの姿も合わせて見えない、これを偶然だと素直に呑み込むことが出来るはずもない。
「ね、君。野崎君がどこに行ったか知らない?」
「……桜庭さんに声をかけて、どっかに行ったけど」
辿々しくもちゃんと答えてくれた彼に頭を下げて、代わりに空白となっていた推定野崎君の席に腰掛けた。
こちらに何かいいたげな視線を向けてくるけれど無視、巾着袋からサンドイッチと野菜ジュースを取り出して一人寂しく昼食を始める。
待てど暮らせど彼らは帰ってこない。
はてさてどういう風に話が転ぶやら、素直に別れる方法に進んでくれたら僕としては話が簡単なのだけれども。
「……松浦さんって、野崎とどういう関係?」
ちょうど食べ切ったのを見計らったかのように、後ろから声が飛んできた。
口に含んだパンの残りを飲み物で一気に流し込み、振り返って僕は言った。
「野崎君から聞いてないの?」
「君は敵だって聞いてるけど」
「酷い言い草だなぁ、僕は野崎君に幸運を運んであげてるつもりのに」
敵、野崎君が僕自身のことを敵と評したらしいという事実が何ともおかしくて、必死に笑いを噛み殺す。敵、敵か。なるほど、確かに僕が居たからこそトラブルを巻き込んできたという見方もあるのかもしれない。
「今のところは、友達のつもりだよ」
ただ単に事実だけを告げ、ゴミをまとめて席を立つ。いつまで経っても彼らは帰ってこない、それなら、ここに僕が居てもどうしようもない。
何かいいたげな視線を背後から感じたけれどもきっちり無視をして、そうして教室の扉を出たところでたたらを踏んだ。
待ち人が居たというわけではなく、一緒に連れ立って出たという彼女、つまりは桜庭さんが目の前に居た。
昨日、昼休みに見かけた不機嫌そうな表情のまま、僕の方を見るなり眉がぴくりと動いた。
けれどもその程度。僕に対して何らかの苛烈な反応も見せないというのが、よく分からない。
別れ話を告げられたら涙を流すかもしれないし、その発端となった僕に対して何らかの怒りを示すこともあるだろう。
けれども今の桜庭さんの表情から読み取れるのは苛つきと一抹の諦めぐらいしかなかった。
こちらのことなんてどうでもいいかのように、僕の脇を遠回りしていくのを見て、軽く息を抜いた。
桜庭さんと野崎君が何を話したのかは気になるけれども、深入りするほど彼女に興味はなかった。わざわざ聞くにしても野崎君の方でいい。
何となく振り向いたのは、足跡が止まったような気がしたから。その予感の通りに桜庭さんは教室に入りかけたところで動きを止めて、僕の方を見ていた。
「ねえ、本当に野崎のこと好きなの?」
「好きだけど、それが何?」
即答、そに躊躇いは全くない。
もしその質問が彼を愛してる?とかならまだ思考の余地はあったし、きっと最終的にはまだそこまでいかないんじゃないと首を横に振っただろう。でもそんな質問はなかったから。
それを聞くや、桜庭さんはこちらに聞こえるぐらいの舌打ちをして顔を背けた。
「ああ、そう。それじゃ私は降りるから野崎のことをよろしくね」
それだけ言って会話は終わりとばかりに彼女は教室に引っ込んだ。
降りる、つまりは諦めるということ。それが何を指してるか分からないほど鈍い頭をしているわけではなかった。
やはり、別れ話だったのだろう。
どちらが切り出したかは分からないけれども、少なくとも桜庭さんと野崎君は別れることになった。
だから、僕に野崎君のことをよろしくと言った。なるほど、呑み込みやすい推理のような気がする。
桜庭さんがケロッとしている様子なのも、彼女から別れを告げると覚悟を決めていたのなら納得できる。
そのゴタゴタで話が長引いたのであれば、野崎君もいささかショックを受けているのかもしれない。
それなら僕がなぐめてあげなければ。この好機に乗じて彼の弱みに漬け込んで、ひたすら甘やかして僕に溺れさせて仕舞えば全部が丸く収めれるに違いない。
ヨシッと意気込んだところに幸先よく、こちらにやってくる野崎君の姿が視界に飛び込んできた。
おーい!と大きく手を振れば、野崎君もすぐにこちらに気がついて小さく手を上げた。
けれども、なんか変だなと疑問が浮かんで思わず首を傾げた。何かが違う。何というかこう、彼の姿が少しだけ予想とずれている感覚。
彼は極めて平静な様子だった。落ち着き払って、どことなく余裕があるようにすら見える。
それがおかしいのだ、とようやく気付いた。
「どんだけ待たせるのさ、教室でずっと帰ってくるの待ってたんだけど」
「悪い。色々話すことがあるけど、また放課後に部室にくるだろ? そこで話そう」
「あっ、ちょっと。僕を置いてどこにいくのさ」
自分の言いたいことだけ言って、素気無く教室に引き下がるのを見て、僕はすぐに足を止めた。
ここで教室に踏み込んだところで感触が悪いことは容易に想像がついた。
これが明白な拒絶というのなら話がわかりやすいのだけれども、代わりに放課後という餌を提示されてしまったからには踏み込めない。
だから、清く引き下がることにした。
分からないことだらけで全く興味は尽きないのに、必死に好奇心を飼い慣らす。
一体、あの二人に何があったのだろう。
どうして桜庭さんは僕に対して彼をよろしくなって言ったのだろう、どうして彼らは何でもない様子で振る舞えるのだろうか。
きっと、全部の答えは放課後にあの部室で紐解けるような気がした。
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HRが終わるなり彼の教室に向かったけれど、足早に逃げ出したのか、やっぱり彼の姿は見えなかった。
一瞬、桜庭さんと視線がぶつかったけれども、知らないふりをして昨日の部室へと足を向ける。
一応、僕を置いておいて逃げ出してはいないだろうという信頼はあった。
そもそもの話、「また放課後」と自分から言いだしたぐらいなんだから、これで部室にも居なかったら片手落ち。
案の定、部室の扉を叩けば部屋の内側から彼の招く声が聞こえてくる。
少なくとも、嫌いにならずに済んだと肩を撫で下ろしてするりと部室に入り込んだ。
昨日と同じように野崎君は奥の席へと腰掛けて、こちらに視線も向けずに文庫本のページを捲っていた。
土曜日に見たのと同じ眼鏡姿、ほんの少しだけ賢く見えたけれども、やっぱり眼鏡をかけてない姿の方が馴染みがある。
やっぱり彼以外の部員は姿が見えないのを確認し、彼に習って昨日と同じ席に腰掛けた。
特に何も言い出さず待てば、すぐに栞を挟んで眼鏡と本を並べて置いて彼はこちらに向き直った。
「まず、松浦さんに言わなきゃいけないことがある」
「……何?」
挨拶も抜きに、彼はぶっきらぼうに本題に入ろうとしていた。心の準備ができていない、という訳ではないけれど、昨日までは彼にここまでの余裕はあっただろうか?
こちらに良いように回されていたのとは少し趣が違って見えた。勿論、こういうのが好みじゃないという訳ではないが、ほんの少しだけドギマギとしていた。
「少なくとも俺は、松浦さんがこの部活に入ることに抵抗はない。多分、部長も二つ返事で了承してくれると思う」
けれど、と彼は言葉を継いだ。
「けれども俺は、松浦さんと付き合う気はないよ」
彼の言葉に理解が少し遅れて、ようやく追いついた。あまりにざっくりとした拒絶の言葉がゆっくりと染み込んできて、次第に疑問が膨れ上がっていく。
何故。何故僕が振られているんだろう?
「でもさでもさ、野崎君は桜庭さんとは別れたんじゃないの?」
「ああ、もう知ってたのか。うん、俺は桜庭とはちゃんと別れたよ」
「それなら僕で良いじゃん! 野崎くんは今フリーなんでしょ? 僕のことが大嫌いならともかくそうじゃないならさ、ここにおちつけばいいじゃん!」
「うん、少なくとも松浦さんのことを嫌いだなんて思ったりはしてないよ」
「それなら!」
「……結局ね、まだ俺は諦められないんだよ」
ストンと椅子に腰が落ちた、彼の謝る言葉も空虚に通り過ぎていく。さっさと諦めて、僕で妥協してくれれば良かったのに、それは嫌だと彼は言う。
「結局、一番初めの部分で間違ってたんだ。それに気付いたからには、立ち返らなきゃいけないだろ?」
「……何を間違えてたの?」
「俺と桜庭が建前で付き合い始めたのが一つ。それに、そもそもの話で星野から逃げたことも間違ってた」
その言葉を聞いて、少しだけ納得できた。
受け入れ難いけれども、それでも彼が何をしようとしているのかは朧げに理解した。
「だから、全部精算しようと思うんだ。これまでずっと目を逸らしたことにもちゃんと向き合わなきゃいけない」
「それをするためには僕が邪魔?」
「邪魔か邪魔じゃないかで言ったら、まあ多分邪魔じゃね?」
冗談めかして彼が言った言葉に思わず声をあげて笑う。そこまで言ってしまえば大手を振って邪魔をしてくるとか考えたりしないのだろうか?
してないのだろうな、多分。
まあ、僕もそんなことをする気はないのだけれども。
「まずは、桜庭と別れることにした。これから疎遠になるかもしれないけど、あいつから距離を取られるかもしれないけれど、互いに雁字搦めにされて身動きが取れなくなるよりはずっと良い」
確かに、彼らは歪な始まりをしたからこそ歪みが生まれて大破した訳だけれども、だからと言っておいそれとリセットボタンに手を掛けるのはネジが外れていると言っていい。
要するに土台から組み立て直そうとしているのだ、彼の言葉の通りにうまくいかない可能性も十分ある。
「そんなに最終手段をあっさり切れるもん?」
「まあ、このまま星野に持ってかれたらその時はその時考えるよ」
嗚呼、と思わず感嘆の声をあげた。
こいつは、まだやはり気付けなかったんだ。
どうせまた回収できると思って見切りをつけた訳ではなく、覚悟の上でボタンを押している。
「星野は今も昔も友人で幼馴染、でも俺はずっと前に匙を投げたんだ。俺じゃどうしようもないって、一人で勝手にすれば良いと思ったんだ。だからといって誰に責められる謂れもない、俺はあいつの親でも何でもないんだから」
「でも、それが間違いって言うんでしょ?」
「ああ、桜庭は星野を見捨てられないからな」
皮肉げにそういって、彼は目を細めた。
「だから、そこを潰すんだよ。星野が三人の中で一人仲間外れになったとしても、自然とみんなに馴染めると桜庭が見切れるようにする」
「そしたら、それはそれで星野と桜庭さんがくっ付いたらどうすんの?」
「どうしようもねーよ、お手上げだよお手上げ」
何とも邪な理由で友人と言える人物に彼は介入をしようとしていた。全く呆れてしまう、友達だから当然とか、そういう崇高な建前すらないのだから。
「松浦さんも俺に失望しただろ?」
「……いいや」
その轍には乗らない。野崎君がわざわざ露悪的な言い方をしていることにはとっくに気付いていた。きっと、不器用にわざと嫌われようとしているのだ。
視線すら合わせようとせず、彼はぼんやりと天井を見上げていた。
視線を合わせればきっと全部見抜けただろうに、見透かされてしまうと分かってるからこそ、彼は目を合わせようとしないのだろう。
「少なくとも、僕は君に失望しないよ」
彼に失望するとすれば、こんなに魅力的な相手が手近なところにいると言うのに、他人にうつつを抜かしていることがガッカリなのだ。
まあでも、それはそれで魅力的ではあるのだけれども。届かぬ花に引き寄せられるのは万人の共通点なのだから。
「だから、決めた」
椅子から勢いよく立ち上がる。先ほどのふらつきはどこへやら、すっかりやる気に満ち溢れていた。
これは決意表明。僕からの、彼に対する挑戦状。
「野崎君が桜庭さんのことを諦めないように、僕も野崎君のこと諦めないから」
その言葉を聞いてようやく野崎君と視線がぶつかった、動揺に揺れるのを見て一発食らわしてやったと悦に浸る。
「……無理だよ、俺は一途だから」
「知ってるよ、だからこそ燃えるもんもあるってもんでしょ」
勿論、勝ち目のない勝負が好きって訳じゃないのだ。ただ、ここで引き下がったのであれば、相手に負け方を決められたような気がして、それがどうしても気に食わなかった。
都合のいい負けるチャンスを与えられた、みたいな。今だけなら土俵に乗る前に退場してもいいよ、みたいな。
いらないお節介だ。お前には無理と声高に言われたら、歯向かってみたくなるのが僕という人間だった。
「野崎君は星野を何とかしたいんでしょ?」
「……ああ」
「それなら僕が手伝ってあげる。一人じゃ無理かもしれないけど、今まで野崎君と桜庭さんじゃ二人じゃ無理だったけれども、僕もいたら条件は変わるんじゃない?」
我ながらよく回る口だ。彼は考えこむ様子を見せて、暫く後に躊躇いがちに呟いた。
「所詮、全部無駄だとしても? どれだけ頑張ったとしても最後に選ばれなくてもいいか?」
「そうだとしても、やれることは全部やってから考えればいいんだよ」
これが敗北への一本道だとしても、今の僕には答えなんて知り得ないのだ。それに、未来の僕がそうしなければ良かったといくら思ったところで、今の僕が罰を喰らう訳ではない。
やりたいことを好き勝手にやって、あとでせいぜい後悔をしよう。
「ちょっと待ってて」と野崎君に声を掛け、僕は部室の外に出る。駆け足で下駄箱付近にある自動販売機へ。
適当に小銭を突っ込んで、自分の好みで缶のカフェオレを二本購入。すぐさま息を切らして駆け戻り、彼の顔めがけて缶を軽く投げつけた。
「ね、乾杯をしよ。幸福を願って」
それを聞いて、彼はふっと微笑んだ。プルタブを引く景気のいい音が部室に二回響く。
「部長に見られたら、部室で飲み食いすんなってどやされるな」
「いいからいいから、ほら缶を出して!」
彼が握る缶を、軽く小突いて僕は缶を掲げた。
「願わくば、みんなが幸せになりますように!」
みんなが幸せなんて、そんな都合のいい結末があるのだろうか?
きっと誰かが割りを食うに決まってる。そして、最大の利益を取ろうとしたのならばきっと僕が犠牲になるような気がした。
そうだとしても。
一口流し込んだだけで人工甘味料の嫌な甘ったるさが口の中に広がっていく。この味が苦い思い出として残らなければいいなと思いながら、僕はぼんやりと彼の顔を眺めていた。