クラスの中で一番嫌われてるやつと言われれば、『
「はぁ……何が勇者だよ」
そんなアタシを誘ってまでクラス会を開いたもんだから、興味本位で遊びに行ったらこんな世界に来てしまった。
勇者だから強くならないといけない。
勇者だから世界のことを学ばないといけない。
は?なんなんだそれ。
アタシの家で両親からずっと言われてきた言葉と一緒すぎて、反吐を吐き散らかしたくなる。アタシ個人じゃなくて、勇者っていう称号しか見てない周りも、東雲っていう苗字に固執する親も、全てが煩わしい。
だからアタシは授業に参加しなくなった。
うちの家は名門らしいから、反発したくて煙草を吸って気を紛らわしていた。
異世界でもそれは変わらず、校舎の隅にあるお気に入りの場所で、吸い慣れた煙草をひとつ取り出そうとした──そん時だ。変な用務員と出会ったのは。
「あっ」
「ん?」
ライターに火をつけようとしてたアタシと目が合ったのは、最近よく見る用務員。そいつもアタシと同じく煙草を吸っていて、甘いキャラメルみたいな匂いがした。
カリン?とかいう奴と、アンジュっていうクールな女が同じクラスにいんだけど、その二人よりも圧倒的な美形だ。バレた、ていう焦りもあったが、どちらかというとその顔に見惚れて何も言えなかったに近い。
用務員も気まずいのか何も言わないまま、煙草の煙を吹かしていやがった。
「あー、ダリィ〜」
どうせこの後、勇者なんだから煙草を吸うなって怒られんだろうな。それがダルいからちまちま吸ってたのに、台無しだ。
……と思ってた。
思ってたんだよ。
「……良い……天気ですね」
「……は?」
何を言ってんだ、コイツ。
思わず煙草を咥えたまま固まっちまったのはしょうがない。
目の前の用務員は、さっきから妙に落ち着きがねぇ。アタシをチラチラ見ては視線を逸らして、何か言おうとしては口を閉じてを繰り返してる。
そして、散々迷った挙句に出てきた言葉がこれだ。
面白がって話を聞けば、今度は未成年のアタシが煙草を吸うのは駄目だろ、と言いやがった。こんな曇天で天気の話をするやつとは思えないくらいの正論だ。
ほんで最後には煙草を没収していった。
イヤイヤ渡したら、用務員寮に来れば煙草を吸わせて貰えるらしい。夢でも見てんじゃねぇかって思ったね。
まっ、アタシも流石にこの言葉にほいほいついて行くような馬鹿じゃねぇから、絶対に行かねぇけどな?
「用務員寮はここか?随分ボロいが……」
勘違いされたくないから一応言っとくが、没収された煙草を返してもらう為に来てるだけだ。
同じく用務員のアルカって女に部屋番号を聞き出して、ようやく辿り着いた扉の前で、アタシは躊躇しながら扉をノックした。もしかしたら今日の話を忘れてる可能性もあるからだ。
それと、あの用務員の名前はゼタって言うらしい。
「……あ?返事がねぇな。ドアは……って、開いてんじゃねぇか」
鍵の掛けてない不用心さに内心呆れながら、アタシは何度もドアを叩いた……が、どんだけ呼んでも返事がない。この時間帯から部屋にいるはずだって別の用務員も言ってたはずなのに、何かしらの用事で外出してんのか?
アタシは不良だが、流石にここで他人の部屋に入るほど落ちぶれちゃいねぇ。没収された煙草を取るためだけに、わざわざそんな犯罪紛いなことする訳が──。
「し、失礼するぞ……」
──冷静に考えたら、煙草吸ってんだから今更だわ。
そんな言い訳もとい御託を並べながら、部屋の中に入っていく。我ながらオドオドしながら入った部屋の中は、思っていたよりもずっと静かだった。
「……誰もいねぇのか?」
返事はねぇ。
玄関から中を覗いてみると、狭い部屋の中に最低限の家具だけが置かれてる。机に椅子、簡素なベッド。それから壁際には掃除道具やら何やらが雑に立て掛けられていた。
もっとこう……アタシと同い年の女の部屋みたいに色々置いてあるのかと思ってたが、質素な暮らししてんだな。そんなに年上には見えなかったが、アタシもゼタって用務員と同じ歳になったらこんな暮らしをしてるんだろうか。
「…………」
とりあえず煙草を探すか。
昨日取り上げられたんだから、どっかに置いてあるはずだ。
部屋の中央でキョロキョロ見渡せば、タンスの上にアタシの煙草が置いてあった。やっぱり不用心なやつだ。いつ帰ってくるか分からんから、煙草をポケットん中に入れて、足早に部屋から退散しようとした。
そん時だ。
「あれ、来てたんですね」
「っ?あ、あぁ……って、なんでそんなカッコしてんだ!?」
「……ん?これですか。ふつーに風呂上がりですよ」
アタシの真後ろから聞こえてくる女の声。
振り向いて確認すれば、素っ裸で水滴を滴らせたゼタがそこにいた。黒白のツートンカラーの髪の毛で辛うじて上半身は隠せているが、スタイルが良すぎて色気が溢れ出てやがる。
あんまり表情に出ない雰囲気出しといて「気持ちよかったです〜」なんて惚けた顔してやがるし、アタシの存在なんて一ミリも気にしてねぇ。太腿にはムカデみたいなタトゥーが入ってて、なんつーかエロい。
魔法?か何かで一気に水分を飛ばしてる時もムカつくくらいエロくて、同じ女として敗北感が否めねぇ。
だが、そんなエロさを吹き飛ばすくらい──身体は傷だらけだ。刺痕、裂傷痕、打痕、火傷みたいな跡まで、数え切れないほど残ってやがる。目立つ所にはついてないだけで、地上最強生物みたいな腹筋にも幾つか傷が見えた。
なんなんだ、このゼタって女?
「ふぅ、乾燥させまして〜っと……あ、そこの椅子に座ってもらって大丈夫ですよ。灰皿はそこに置いてあるのを使ってください」
「……お、おぅ」
「ところで、今日はこの後予定ありますか?」
「いや、特にはねぇけど」
「そうですか、なら安心です」
「は、はぁ……?」
さっきの傷だらけの身体を晒しながら着替えるゼタを尻目に、アタシは動揺混じりにポケットからライターを取り出して、煙草に火を灯した。
流石に気になるが、こんなん聞くに聞けねぇよ。
暫く黙って煙草の煙を吹かしていたら、ネグリジェ姿になったゼタが隣に座ってきた。昼と同じキャラメル味の煙草に魔法で火をつけて、無表情のまま煙を吹かしてやがる。
なんだろうなぁ、この状況。
アタシは学校でもまともに人と話さねぇし、こっちの世界に来てからだって必要最低限の会話しかしてない。なのに今は、異世界の用務員の部屋で、傷だらけの美人と並んで煙草を吸ってんだ。
「……やっぱり、誰かと一緒に嗜む煙草は格段と美味しいですね。未成年なのが少し尾を引きますが……まぁ、今の私はプライベートなので」
「おい、そんなんでいいのかよ……ったく、変な女だなアンタ。ま、アタシも大概か」
勇者であることも東雲である事も気にせず、黙って煙草を吸う空間。元の世界もこの世界にも居場所がないアタシにとって悪くないのは、言わんでも自覚してる。
心地いい空間に酔いしれながら、三本目に突入しようとした──そん時だ。
「さて、そろそろ私は寝る時間です」
「もうか?まだ早いだろ」
「お子ちゃまは寝る時間ですよ。私は仕事があるので、お子ちゃまよりも早く寝なければいけません……ということで、ベッドに行きましょう」
「あぁ、おやすみ。アタシももう出るわ」
煙草を灰皿に押し付けて火を消す。
悪くない時間を過ごせたのは間違いなかった。
別に楽しかったわけじゃねぇ。笑い合ったわけでも、くだらない話で盛り上がったわけでもない。ただ、同じ部屋で煙草を吸って、適当に言葉を交わしただけだ。
なのにすげぇ心地よかった。
「それじゃ、またいつかな」
踵を返してドアノブに手を掛けた。
なのに、肩を後ろからグッと掴まれてるせいで外に出らんねぇ。胡乱げに後ろを見れば、不思議そうな顔をしたゼタがいた。
「何を仰ってるんですか、貴女も私と一緒に寝るんですよ」
「……は?」
数分後。
アタシはベッドの上で、ゼタの胸に抱かれていた。
ここからどんどんと、ガールズラブ色が強くなります