「うーん、いい朝ですねぇ」
カーテンを開けば差し込む光。隣を見れば、可愛らしい表情を浮かべている女の子が居ます。名前を聞いてはいませんが、『ゼタアイ』によれば“東雲 樟葉”さんと言うらしいです。
シノノメ……いい響きですよくぉれは。
しかも名前だけじゃなくて、抱き心地も最高なんです。最初は嫌がって私にそっぽ向いて寝てましたが、後ろから抱きついた時の香りといい柔らかさといい、ネメシスちゃんに勝るとも劣らないです。
リア?あの子は背中に黒い羽根があるので、後ろから抱きしめられません。正面から抱き着いたとしても、私より美人な顔を見ないといけないので……。
となると、やっぱりシノノメさんの方がいいですね!
「ほーら、シノノメさん。もう朝ですよー」
ぐっすり眠っているシノノメさんにそう言いながら、軽く揺すって起こします。ですが、「あとごふんねかせろ」なんて寝ぼけ眼で言うもんですから、母性本能を擽られてしまい断念。
うーん、どうしましょうか。
取り敢えずご飯だけ作り置きしておけば、この子も満足に寝られる……といいんですが。
「ま、ちゃちゃっと済ませちゃいましょうか」
キッチンに立って、昨日買っておいた食材を取り出します。
この寮の食堂はありますが、朝からわざわざそこまで行くのも面倒ですし、シノノメさんも寝たいのに起こすのは可哀想ですからね。聖女ちゃんの配信を見ながらテキパキと準備を済ませ、冷蔵庫に作ったご飯を入れました。用務員の制服に着替えて、寝癖を軽く整えます。
お行儀は悪いですが、すまーとふぉんを見ながら今日の仕事内容を確認します。
あっ、待ってご尊顔が近い近い!
ガチ恋距離ですよコレ!いっつも“私”の聖女ちゃんが勘違いさせてしまって、申し訳ない!
コメント欄の皆さんに謝罪をして、動物と戯れる聖女ちゃんを『ゼタアイ』でしっかり保存します。
『ねぇ見て!これ異世界から来た“ネコ”って動物なんだけど、めっちゃ可愛くない!?』
「うふ、うふふ……聖女ちゃんの方が可愛いですよぉ。あ、腋可愛いですね、ペロペロしちゃいたいですペロペロって」
こんな朝から配信してくれる聖女ちゃんに感謝しつつ、残り少ないお金で『お布施』をしておきました。なんでも“特別な発表”があるらしく、楽しみで仕方がありません。
……まさか、結婚報告とかじゃないですよね?
───☆
カリンside
「なぁ、あの噂知ってるか?他国の皇太子が嫁を探してるってやつ」
「らしいな。しかもイケメンな上に強いんだとよ!めっちゃ腹立つぜ」
「なんだっけ……聖女?とつきあ──」
男子たちの噂話を聞きながら、私は素振りを続ける。スマホは使えるけど、推しのアイドルもいないしお金の振込もまだ先だから、こうやって練習する事しか楽しみがないんだよ。
それに誰が誰と付き合ってる、みたいなのはあんまり興味そそられないし……アンジュも私と似たり寄ったりだしなぁ。
「だよね、アンジュ」
「……主語を省くのはやめなさい。下級とはいえ、魔法が暴発したらどうするのよ」
「あっ、ごめん」
すっごい冷たい目を向けてくる私の親友は、下級魔法を『複製』して的に向けて放ってる。中級呪文はめちゃくちゃ難しいらしくて、苦手な人とかは一生中級呪文を習得出来ないこともあるんだって。
私も、剣術の最低ランクの“肆級”から“参級”に上がりたいけど……『はいぱーさいきょーぶれーど』無しだと上がる気配が見えない。
世知辛いよほんとに……。
なかなか強くなれない辛さに悲しくなりながら、木刀を持って素振りを再開しようとする──と、隅っこの方に見慣れた人影が見えた。用務員の格好をしてる凄く美人な人だ。
いても立ってもいられなくて、急いで用務員さんに話し掛ける。
「あの……お、おはようございます!」
「……あら、おはようございます。元気が宜しいようですね」
「元気が取り柄なので!……それと、この前はありがとうございました」
私がそう言うと、用務員さんは嬉しそうに「いえいえ、勇者様のお手伝いを出来たなら光栄です」なんて上品に笑ってくれた。もし私が男の子なら、笑いかけてくれただけで勘違いして告白してそうだよね。
それで振られるんだろうな……いや、振られちゃうのかよ。
勝手に想像して胸が痛むと同時に、男の子じゃなくて良かったってひと安心する。
その横をピッタリ着いて来たアンジュが、「ちょっと待ちなさい」なんて言って、怪訝な目で用務員さんを見つめだした。なんか目が怖い。しかもツカツカ歩み寄って、キスできそうな距離で用務員さんを睨んじゃってる。
「……貴女は誰かしら?ここの用務員なのはわかるけど、カリンと関わりがあると思えないのだけど」
「あらあら、そんなに睨まないでください。お友達を取ったりはしませんよ?ただ、少し応援したい気持ちになりまして……ほんの少し“ご指導”を」
「っ……カリンっ!貴女何されたの!?」
何故かめちゃくちゃブチギレてるアンジュが、用務員さんを睨み付けながら私の肩を揺さぶって来た。定期考査で私が赤点を二つとった時もこんなに怒ってなかったのに。
いつもと違うアンジュにちょっとビックリしつつ、私は一昨日の剣の指導を一つ一つ思い出しながら事細かに話した。
「えっと、背中から抱き締められて、“触り方”とか“動き”とか丁寧に教えてもらっただけだよ。あんな指導“初めて”だったから、少しドキドキしちゃったけど──上手に出来たと思う!」
「あ、あら……」
「……さわり、かた?うごき?……は、初めてでどきどき……?」
思い出しながらだけど、ちゃんと剣の指導をしてくれた事を伝えれたはず!──ってあれ、なんかアンジュが壊れたブリキみたいになってる。用務員さんは困ったみたいに笑ってるし、何か変なこと言ったかな。
様子のおかしくなったアンジュを逆に揺さぶり返せば、魂が抜けたみたいに同じ言葉を繰り返し言い続けてる。
「……わたしの、かりんが……けがされたぁ………」
「ちょ、ちょっと大丈夫?私は元々アンジュのモノじゃないし、穢されてもないからね!?」
「っ!?ぐふっ」
「……え、アンジュ?アンジュ〜〜〜!!!」
「見事にトドメを刺しましたね」
アンジュはその場に膝をついて、顔を両手で覆っちゃってる。いや、ちょっと待ってほしい。私、そんなに酷いこと言ったかな!?剣を教えてもらっただけだよ!?
ただちょっと背中から抱き締められて、手の動かし方とか身体の動かし方とかを教えてもらっただけで……あれ。
改めて言葉にすると、なんかアンジュが勘違いしても仕方ない気がしてきた。
「ま、まってアンジュ!私の言い方が悪か──」
「黙りなさい。言えないような事をしたのはよーく理解できたわ……そこの用務員が私のカリンに手を出したってことがね」
「ちょっ、えぇ!?違うよ!」
「さぁ、行くわよ!」
私の静止の声を振り切って、アンジュは水の下級魔法の《ジェルウォーター》を繰り出した。
数はパッと見で十個以上はある。
『複写』で増やしてるんだろうけど、下級でも物量があれば破壊力は中級に届くらしいから、中級魔法を使えない今のアンジュが出せる最大火力を用務員さんに放ってる。
多分クラスメートの皆も、この物量を捌き切れない。
なのに用務員さんは、逃げるどころか顎に手を当てて不気味に笑い始めた。
そして。
「……『複写』の天啓ですかね。なるほどなるほど、確かに圧倒的な物量によるゴリ押しが出来るので、対人や対多においては強力です。
しかし、仕留めきれなければ、魔力の消費が多い木偶の坊と化しますよ──ほら、こんな風に、ね?」
「はぁ!?」
パシャッ、て水の玉が弾ける音が響いた。
用務員さんの持ってるぶるーむ何とかって箒が、一気に《ジェルウォーター》を全部叩き落としてた。
……え、あれって叩き落とせるの?
私も《ジェルウォーター》を喰らったことあるけど、水だから全く切れない上に当たったらめちゃくちゃ痛いんだよ?
用務員さんが凄いのか、ぶるーむ何とかって箒が凄いのか分かんないけど、私にわかるのは“私には分からない”ってことだけ。
「うふふ、ですが『複写』は極めればかなり強い天啓ですよ。もっと精進すれば、魔王の打倒もありうるでしょうね」
「……っ、貴女何者?ただの用務員が、あんな一瞬で魔法を打ち消せるわけがない!」
取り乱したアンジュが用務員さんにそう尋ねるけど、笑みを深めたまま用務員さんは答えない。何かまずい気がして、私は更に魔法を放とうとするアンジュの肩を掴んだ。
そして。
───☆
アンジュside
「主語を言いなさいよ主語を」
「て、てへっ。ごめんね?」
頭を引っ叩いた。
痛そうに顔を歪めるカリンを見て胸の溜飲が下がったのと同時に、私の『カリン愛』が手の施しのようのない所まで侵食してるのを実感する。
冷静に聞けば分かる……いえ、今聞いても剣の指導とは思えない話の内容だけれど、そこは一旦目を瞑りましょう。
これはそもそも、幼い頃から恋愛の“れ”の字もないカリンが、どこの馬の骨とも知らない用務員と親しげなのに嫉妬した私が悪いんですもの。
可愛くて、優しくて、可憐で……勉強は苦手だけれど、スポーツは得意な快活な少女。私と違って男女分け隔てなく優しいから、男にも女にもモテるカリンは、異世界に来てから露骨に元気が無くなった。
だから幼なじみでカリンの一番の親友である私が守らなければならない、なんて思っていたのだけれど……流石に警戒しすぎたようね。
引っ叩いたカリンの頭を撫でながら、私たちを黙って見守っていた用務員の方に頭を下げる。
「本当に申し訳ないわ、私の早とちりだった。できることがあれば何でもするわ」
「今なんでもっていいま──い、いえいえ、警戒するのも当然です。昔剣術と魔法を嗜んでいたので、老婆心で教えさせて頂いたのが仇になりましたね。こちらこそ謝罪を申し上げます」
「……貴女、魔法も使えるのね」
「はい、少しだけですが」
少し……?その発言には苦言を呈したいところだけど、この世界の常識が分からないからどうしようもないわね。考えてみれば、才能ある生徒が集まるらしい学園の用務員をしてるなら、強いのに違和感はないかもしれない。
けれど、魔法を教わる人は多い方が有難いわ。だってその方が、カリンを守れる確率が上がるんですもの。
「……一つ、お願いがあるのだけれど」
「はい?」
「私にも、魔法を教えてくれないかしら」
暴走して魔法を放ってしまった事を棚に上げて、こんなことをお願いするなんて最低なのは分かってるわ。嫉妬に駆られて人を傷付けるなんてどうかしてる。まるで狂犬ね。
けれど私はカリンのために狂犬にならないといけない。
用務員の方はそんな私の想いを汲み取ったように、嫋やかに笑って口を開いた。
「───すみません、お断りします」
「えっ?」