暗い寮の部屋。
すまーとふぉんと呼ばれる異世界の産物を片手に、煙草を吸いながら「んふっ、んふふ」と気持ち悪い笑みを浮かべる女が一人──あ、私のことですね。
勇者の一人をマーキングしたので、今何をしてるか手に取るように分かる状態です。だからわざわざ直接偵察に行かずに聖女ちゃんの配信を見ても、全く問題がないというわけですね。
決してサボってるわけじゃありません。
これは聖女ちゃんの監視も兼ねているので、七大厄災の誰にも文句を言われる筋合いはありませんからね!
もし何か言われたら本気で泣きます。
私もあんまり覚えていませんが、推定1500年以上は生きてるおばさんのガチ泣きですよ?震えて眠れ。
『みんなー!今日も来てくれてありがとー!』
「かわいい……」
思わず呟いてしまいます。
セレスティア教国で聖女を務めている彼女は、齢十七にして完成された可愛さを誇っているんです。その顔面をゴロゴロしながら眺められるなんて、異世界人の齎したすまーとふぉんはやはり素晴らしいですね。
今では一般市民にも普及しているようですし、気が向いたら私が異世界に遊びに行ってみたいです。
『今日はねー、異世界から来訪した勇者について話そうかなって。皆も興味あるでしょ?』
「なんですって……私と同じく勇者に興味を持つとは、流石私の推しです。もはや運命ですねこれは」
ディスティニーとも云うべき魂の共鳴を感じます。
配信では初対面でも、心の奥底で繋がってるんですよ!やはりここは感謝のお布施を……あ、お金ないんでした。とはいえここでもしリアのお金を使えってしまえば、どんな目に遭わされるか分からないですよね……無念です。
すごく悔しい。
ですがどうしようもありません。
認知されたい訳でもないので、余計なことをせず配信を楽しむとしましょう。
『それでね、勇者っていうのは──』
うんうん、なるほど。確かに。
聖女ちゃんの言葉に頷きながら、甘いカラメルの煙草を何本も吸殻に落としていきます。正直、既知の内容しかありませんが、大事なのは何を話すかより誰が話すかです。
可愛い聖女ちゃんが一生懸命話してくれる。それだけで十分なんですよ。
『って感じかな!魔王に対抗してくれる凄い人達だから、皆も応援してあげてね!』
はい!応援します!
……って、いけないいけない。私はあくまでも中立の立場にならなければいけません。他のジーベンスと比べたら雑魚ですが、それでも“厄災”の二文字を背負う者として、誰かに肩入するだけで戦況が大きく傾いてしまいます。
それがジーベンスの暗黙の了解です。
だから誰かの味方をする事は基本ありません。
聖女ちゃんは特別ですよ?私の運命の人で、可愛い可愛い憧れの女の子なんですから。
暗黙の了解はどうしたって?やれやれ、何事にも例外はありますよ。
そうやって配信を楽しむこと約数時間、気付けば翌朝になっていました。ネメシスちゃんがいないのでわざわざ寝る必要はないですが、気付いたら朝というのは寂しいものがありますね。
決してネメシスちゃんが居ないと寝れない、という言い訳ではありませんからね。
「さて、行きますか」
───☆
「おっそうじおっそうじ〜」
二日目にして相棒になりつつある箒、ブルームスター(結構お気に入りの名前)を握りながら廊下や校門前を掃いていきます。朝の中庭は静かで、既に授業が始まっているため、生徒の姿もほとんどありません。
時折、寮の方から眠そうな顔をした生徒が慌てて走ってくるくらいですね。昨日までなら何とも思わなかった光景ですが、こうして用務員として働いていると、少しだけ新鮮に感じます。
昨日はなかったマスクと帽子も、私の用務員らしさを引き立たせていますね。素晴らしい仕事ぶりです。この格好なら怪しまれませんし、生徒たちも慌てながらも私にきちんと挨拶してくれますから。
「青春ですねぇ」
やだ、私ったらおばさんぽい。
ジーベンスの中では、年齢だけで言うなら上から二番目ですけどね。
一番年上である、『
ゼタ、物騒なのはやーやーなの!
「……真面目に仕事をしましょうか」
アルカさんに言われた範囲を掃除しながら、殺される恐怖に怯えて身震いしていると……。
「おい、そこのお前」
「……はい?あ、私のことですか?」
「当たり前だ、お前しかいないだろう。もう少し近くで顔を見せてみろ」
顔を見せろと要求してくる、如何にも高貴な身分ですよといった格好の男の子がいました。背後には取り巻きらしき人たちもいて、ニヤニヤと私を見ています。
まさか、バレた?
……いえ、そんな訳ありません。
私の情報は恥ずかしい二つ名しか出回っていないはず。組員以外で私の顔を知るものなど、とっくに寿命で死んでいます。
となると、別の目的がある?
私には分かりかねますが、遅刻確定の時間で焦っている様子はなさそうなので、何か事情があるんでしょうね。
「はい、どうぞ」
「………ほう。顔を隠していても妖艶な雰囲気が隠しきれていなかったが、素顔を見ると息を飲まれるな。私はきっと、そなたのような女性と出会うために、王太子としてこの学園に来たに違いない」
「えっと……?」
「あぁ、すまん。見蕩れていた。ところでそなた、何処ぞの貴族や王族ではなかろうな?」
「……一般市民でただの用務員ですよ」
「そうか……ありがとう。今日はそれだけで充分だ」
「畏まりました……」
そう言うと踵を返して学園へ向かう男の子と取り巻き数人。
王太子と名乗っていた辺り、どこぞの国からやってきた箱入り王子だと思いますが、一体なんのために私の顔を見に来たのでしょうか。
可能性としては、私が美人すぎて学園で有名になっちゃってるとか──あら、悪くないですね。まだ働き出して二日目ですけど、傾国の美女も裸足で逃げ出す私の美貌はアオハルを楽しむ学生にとって毒なんでしょう。
あらあら、どうしましょう。かなり嬉しいです。
ジーベンスでは私よりも美人だったり可愛い人たちに囲まれてたので、自己肯定感爆上がりですよ。
「まぁ、私には聖女ちゃんが居るから気持ちには応えられませんけどね」
愛猫のネメシスちゃんしかり、聖女ちゃんしかり、私がちゃん付けする子は基本的にラブ♡なので、もう少し可愛くなって来てから求愛して欲しいです。
リア?あの子は家族ですから、ラブもライクもないですよ。
当作品に男が挟まる余地はありません。