グレンside
一方その頃、グレンは魔族二人と向かい合っていた。目の前の魔族は、個々の能力自体で言えばハンターランク『4』程度。しかし、二人が合わさることで『6』相当の強さはあるだろうと踏んでいる。
ハンターランクは純粋な足し算ではなく、一つ上がるだけで天と地ほどの差が出る。『天啓』を持たず、純粋な剣の技量だけで成り上がったグレンからすれば、搦め手を多用してくる魔族はやりづらい相手だ。
「あちゃー、攻めあぐねてるか」
「おにいさん、思ったより強いね〜」
余裕そうな顔でケラケラ笑う魔族が唱えている魔法は、上級呪文の《ポイズンファイバー》。猛毒に変質した魔力を周囲に散布し、細かな糸状に編み上げて対象の動きを阻害する魔法だ。
一度でも触れれば、皮膚から毒が侵入して身体を蝕む。さらに厄介なのが、魔力で編まれた糸そのものが視認しづらいこと。土煙が舞う教室の中では僅かに光を反射する糸が見える程度であり、迂闊に踏み込めば一瞬で絡め取られてしまう。
「うっせぇなぁ、上級程度の呪文で舐めプしやがって」
下級、中級、上級とそれ以降も続く呪文の位階は、常人なら中級が限度。しかし魔族という生物は、上級呪文を当たり前のように使える、呪文に特化した種族だ。
魔王の尖兵というのを加味すれば、目の前の二人は恐らく更に上の呪文を使えるだろう。グレンが舐めプと断言するのも理解できる話だ。
このまま戦いの趨勢は魔族に優位のまま進められていく──そう勇者の面々が思った矢先。
「っ?あ、え、なんだこれ」
「動きが……制限され……」
なんと魔族たちの身体が、まるで金縛りにあったようにピタリと動かなくなったのだ。唐突な出来事にグレンは疑問を浮かべるが、空が窺える教室の大穴から一人の女が入ってきたのを確認し、笑みを深めた。
グレンがハンターをしていた時の同僚である、ステナ=バーバリオンだ。
「グレン!」
「ははっ、いい女だなお前はよォ!」
拘束はほぼ一瞬。
されどこの好機を見逃すほど、グレンも伊達にハンターをやってはいない。構えていた短刀を、身動きの取れない魔族の首へと力任せに突き立てた。そして、そのままぐりっと刃先を回転させる。
返す刀で首を切り落とした後、もう一人の魔族の心臓部へ荒々しく一撃を叩き込む。激しくも流麗な短刀の連撃は、容易く魔族の命を奪った。
「っち、かなり手間取ったな」
「魔族が二体は仕方ないわよ。勇者たちは……無事なようね。けれど、数人ほど姿が見えないわよ?」
「いんや、ビビって逃げちまった奴らがいたんだ──って、もう一人の魔族は知らねぇか?ずんぐりむっくりのでかい魔族なんだが」
「おかしいわね、そんな目立つ奴が居たらわかるはずだけど。少なくとも、私は何も見てないわ」
「……そうか」
後からわかった事だが、魔族の魔力反応は完全に消えていた。どうやら何者かに殺されてしまっていたらしい。しかし、誰が・いつ・どのような手段で殺したのか判明していない。
完全に未解明で終わるこの事件。グレンの頭の隅では、胸の大きな用務員の姿が浮かんでいた。いくら強いとはいえ、痕跡も残さず魔族を消すなんて芸当出来るとは思えない……が、否定できないのも恐ろしいところだ。
世界には名の知れぬ強者が多い。
「調べるしかねぇか、あの用務員を」
紅い血に濡れた短刀を布で拭いながら、グレンは誰にも聞こえないような声で呟いた。
───☆
カリンside
凄い戦いだった。少なくとも今の私じゃ手も足も出ないだろうし、こんなに強い魔族がただの尖兵だって事を知って、尚更魔王には勝てないのかもって不安が押し寄せてくる。
……私、ほんとに強くなれるのかな?
寮の部屋の中で『はいぱーさいきょーぶれーど』を抱き締めながら、強くなった自分の姿を想像してみるけど……難しいよ。怖くて教室から逃げ出しちゃった人たちはグレン先生に物凄く怒られてたけど、私も逃げた人の気持ちはわかるから何も言えない。
やっぱり戦いなんて向いてないのかも。
「はーぁ……早く元の世界に帰りたい」
推しのアイドルのグッズ、もう出てるかな?おとーさんとおかーさんは心配して泣いてるだろうし、スマホは使えても元の世界と違ってイソスタもチックトックも無いから面白くない。
勇者なんて、結局私には──。
『んにゃあ』
「……ん?あれ、猫の声だ」
窓の外から猫ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。
もしかして迷子かな?抱えていた剣をベッドに下ろして、カーテンを開いて窓を開ける。
外は真っ暗で、街頭と星の光しか見えないよ。ちょっと怖い。
でも、魔族に襲われるよりかはマシ……かな。猫ちゃんの鳴き声を頼りに辺りを見渡してみたら……いた。
真っ白な猫ちゃんだ。
首にはタグが着いてるけど、この距離じゃ名前がわかんない。もしほんとに迷子だったら可哀想だし、ベッドの上の剣を握って、窓から何とか身を乗り出した。素足だから草の感触が少し擽ったいかな。
『んにゃあん!』
「っ、わわ!人懐っこいんだね。でも剣持ってるから危ないよ?」
真っ白でフワフワの猫ちゃんが、胸元に抱き着いてくる。最近癒しがなかった私にとって久々の温もりに、涙が出そうになっちゃうよ。猫吸いをしながらタグの名前を見れば、『ネメシス』って書いてある。
なんか……うん、凄い強そうな名前だね!
暫く時間が経つのを忘れて戯れてると、ネメシスちゃんが私の剣に興味を持ち始めた。小さな前足をくいくい動かして、まるで見せて欲しそうに私の顔を覗き込んでくる。
かわいしゅぎまふ。
「えっと、もしかして見たい?」
『にゃあ!』
「そっかぁ……よーし、なら特別に見せてあげるね。ちょっと恥ずかしいけど……『い、いけいけ!はいぱーさいきょーぶれーど!』」
私がそう唱えると、ガシャガシャ音を立てて剣が大きな形に変化する。周りの敵に合わせて形を変えるから、もっと小さい剣になると思ってたけど……まぁ、そんな時もあるよね。
どっちかって言うと男の子が喜びそうな大剣をネメシスちゃんに見せれば、興奮したみたいに鳴き声を上げてた。喜んでくれたみたいですっごく嬉しい。
刃先にだけ注意しながらそのまま触らせてると、満足したのか茂みの中に消えて行っちゃった。
「……ご主人様のところに帰ったのかな?」
ちょっと寂しい気持ちになったけど、癒して貰えたから贅沢は言えない。それに何より、私の『天啓』を見て“ダサい”よりも喜んでくれた猫ちゃんのためにも、今日みたいに無力な自分じゃダメだよね。
名前はすっっっっごくダサいけど、それもひっくるめて私の『天啓』だもん。
「よし、ちょっとだけ」
鉄塊みたいな大剣を頭上に掲げて、そのままゆっくり振り下ろす。そして剣の重さに身体が引っ張られないように注意しながら、再び頭上に振り上げる。
グレン先生が言うには短剣もレイピアも大剣も、全部反復練習が大事らしい。魔王討伐とか何とかいっときながら、自分の意思で練習したことはなかったからいい機会だよね。
時間が過ぎるのも忘れて、型を染み込ませること数十分くらい。気が付けば、私の身体は汗だくになっていた。
「ふぅ……ふぅ……」
「練習熱心なんですね」
「そう……かな……まだまだ、だよ」
「謙遜しないでください」
「あはは、ありが──え?」
今私、誰と話してた?
素振りに熱中しすぎて、誰かに話し掛けられてたことに違和感を持ってなかったよ。
「お久しぶりです」
「あっ、用務員さん!」
声のした方を見れば、いつの日か会った用務員さんがそこに居た。なんでここに居るのか気になるけど、無表情なのにちょっと口元が緩んでるのが分かってちょっぴり恥ずかしい。
だって、あの時は焦ってて顔をよく見てなかったけど、ちゃんと見たらすっごい美人さんなんだもん。アンジュの綺麗さに慣れてる私でも、用務員さんの綺麗さは別次元だと思う。
「まずは、すみません。覗き見するつもりはありませんでした。ちょっと心の当たりのある猫ちゃ……人の魔力があったので来てみたのですが、どうやら入れ違いになったみたいで」
「い、いえいえ大丈夫です!むしろ人に見られると、もっとやる気出ちゃいます!」
「そうでしょうか?なら、少しの間だけ眺めていても宜しいですか?」
「もっちろんですよ!これでも私、勇者なので!……ま、まぁ、まだまだ弱っちぃですけどね」
頬を掻きながらそういえば、用務員さんは苦笑いしてた。
ちょっと困らせちゃったみたいだけど、木陰に座って私の素振りを眺めてくれてる。そのまま数分くらい打ち込んでると、突然背中に柔らかい感触が押し付けられた。
な、なに?って思ったのも束の間、用務員さんの声が耳元に響く。
「さっきから見てましたけど、力を入れすぎです。もう少しリラックスしてください……そうそう、上手ですね」
「ふぁ、ふぁい」
身体を後ろからぎゅっと抱き締められて、剣の握り方から腕の角度まで一つ一つ丁寧に直されていく。剣を持ってるからしょうがないけど、良い声で耳元で囁かれると、なんだか変に緊張しちゃうよ。
そんな私の気持ちなんて露知らず、後ろから支えてくれている用務員さんの手が私の手首を軽く包んで、正しい位置へと導いてくれる。素人目でみても動きには一切の迷いがなくて、まるで剣の扱いに慣れているみたいだった。
不思議な人だよね。
変な箒型の魔道具を持ってたり、教えるのが上手だったり、普通の用務員さんとは何か違う気がするんだ。
「あの……用務員さんは、何者なんですか?」
「私ですか?うーん、そうですね。こう見えても昔はそこそこ強かったんですよ。例えば、カリンさんのクラスにいる教師と私が戦えば、間違いなく私が勝ちます」
「そんなに!?」
「ふふ、冗談です」
そう言って妖艶に笑う用務員さん。
本当か嘘か分からないけど、その顔を見ているとどうにも冗談を言っているようには思えないんだよね。
そもそも、グレン先生と比べる時点でおかしいよ。
あの人、今日の戦いで魔族二人を相手にしてたのに、最後には一瞬で倒しちゃったんだよ?そんな人より強いって、普通に考えたら人間じゃないと思う。
そんなに私の疑念を他所に、用務員さんは一頻り私に稽古を付けてくれた後、踵を帰して学園の方へ向かっていく。
「──さて、それではお暇させていただきます。明日は早いので」
「え、もうですか?」
「はい。社会人の朝は早いですから。
それに、近頃は魔王が復活した影響で魔族が多くて危険なので、あんまり遅くまで鍛錬してはいけませんよ?私も、魔族に襲われたらびっくりしちゃうので」
気が付けば、用務員さんの姿は見えなくなってた。
本当に何者なんだろう、あの人。もっと私が強かったら教えてくれたりするのかな……分かんないけど、まだまだ先になりそう。
──ていうか、どうして私の名前知ってたんだろう。
───☆
ゼタside
「ふ、ふふっ……でゅふふふ」
カリンちゃんかわゆす〜〜〜!!!!
昼間は魔族の気配がしたから、もしかしたら魔王が勇者を消しに来たのかな?ってウキウキしながら戻ったら一般魔族しかいなかったし、仕事終わりに寮に帰ってたらネメシスちゃんの魔力を感じて跡を追えば、既にどこかに行ってましたし……すっごく不機嫌な日でした。
ですが、その不機嫌も一瞬で吹き飛びます。
カリンちゃんの快活で優しげな美少女フェイス!真面目かつ強くなろうと頑張る性格!その全てが可愛すぎてイライラなんて無くなりましたよ、えぇ。
正直期待していたほど勇者たちは強くありませんでしたが、才能なんて努力で何とかなるものです。他の人より足幅が狭くても、回転数を上げて追いつけば良い話なんですよ!
それをカリンちゃんは無意識にやろうとしてるんです!
「でゅ、でゅふ……紛うことなき、かわゆすですね」
お陰で私の性癖にドンピシャです。
聖女ちゃん、ネメシスちゃんと並ぶ最推しにたった数分で台頭して来ました。やだ、勇者ってば恐ろしい子……!
若干私のクールキャラが剥がれ掛けている気がしますが、推しの前では皆キモオタになるんですよ。ゼタ知ってます。
「……いえ、待ってください?剣の手ほどきをしたのは、ジーベンスの暗黙の了解に抵触するのでは……や、今更ですね」
思い返せば、私が何年聖女ちゃんとネメシスちゃんに貢いで来たことか。思い切り贔屓しまくってますが、リーダーなので特に何も言われることはありませんでした。
やっぱ七大厄災はホワイト企業なのでは?ゼタは訝しんだ。
「にしても、肝心のネメシスちゃんはどこへ行ったんでしょうか。そろそろ一緒に寝てくれないと、私寂しくて泣いちゃいますよ?」
いったいどうやってアジトから数千キロ離れた学園都市までやってきたのか分かりませんが、“唯の猫”なので多分たまたまでしょうね。
まぁ、そうなるとネメシスちゃんを捕まえるという『