「……ほう、尖兵がやられたか」
パンゲア大陸南部に位置する、魔族国家。
優秀な魔王を生み出し、大陸統一という悲願を達成するために呪文の教育に力を入れている国で、新たなる魔王は玉座に君臨していた。
頬杖をつき、膝まづく臣下の睥睨する彼女は齢二十ながら既に歴代の魔王を上回る実力を誇っているのだ。
扱える呪文の種類は豊富かつ、上級を上回る“魔級”。そして更に上の“龍級”までも操れてしまう。元魔王が老衰で倒れ、新たな魔王を決める儀式で彼女の名前が上がるのは、もはや当然のことだった。
『戴天の魔王』
“グリザイア=ヴァル・ファラム”
「新たな勇者というのは、それほどまでに強いのか?それとも、我が魔王軍の尖兵隊が軟弱なのか?……答えよ」
覇気の籠った声でグリザイアは臣下に尋ねるが、彼女の問いに誰も答えられない。圧倒的なカリスマの前で膝まづくことしか叶わないからだ。
十字の瞳を瞬かせ、辺りを見渡す彼女だが……答えられるものがおらず、退屈そうに溜息を吐くグリザイア。その太腿の上には“白い猫”が蹲っており、『ネメシス』と書かれたタグを首に提げていた。
───☆
ゼタside
今日も今日とてお仕事です。
最近、学園の生徒達から良く声を掛けられるようになったあたり、私も馴染んできたと思います。
昨日ネメシスちゃんを見つけられなかったのは残念ですが……まぁ、猫ちゃんなんて気まぐれな生き物ですからね。会いたい時に会えないくらいが丁度いいのでしょう。
会えなくて寂しいわけじゃないんだからねっ!
「おはよーゼタちゃん!今日も早いねぇ」
「おはようございます、アルカさん。最近仕事をするのが楽しくて、ついつい早く来てしまうんです。早く仕事出来ないかなって、その日の夜はソワソワしちゃいます」
「………?ごめん、私ゼタちゃんに無理させてたのかも。今日は早く帰りな?」
何言ってんだコイツ、みたいな顔で見られたんですけど、何故でしょうか。私はこんなにも用務員という仕事が大好きなのに!
その後もやけに私を帰らせようとしてくるアルカさんを躱しながら、相棒……いえ、愛棒の“ブルームスター”を握り締めて床をお掃除していきます。最近ほんとに寝ていないので、三十分だけ目を閉じて時間潰すという暇人の境地みたいなことをしてました。
でも流石に限界があるので、そろそろネメシスちゃんの代わりに抱き枕になってくれる人がいればいいんですが……中々いないですよね。
アルカさんとかはちっこくて可愛らしいので、抱き枕候補に最適なんですけど、流石に上司に「抱き枕になってください」と頼むのは気が引けます。
あーでもないこーでもないと悩み続けること数時間、休憩タイムに入ったのでお気に入りの喫煙場所に向かうことにしました。
学園の裏手、使われていない倉庫の陰にひっそりと設けられた小さな休憩スペース。生徒が滅多に近寄らない場所なので、静かに過ごしたい私にとっては非常にありがたい場所です。
慣れた手つきで箱を取り出し、口に咥え指先に炎を灯した──その時。
「あっ」
「ん?」
学園の制服を来た女の子が、「やべ」と言った顔で私を見つめていました。その手には煙草が握られています。成人したようには見えない少女が持つには、不相応なものです。
お互いに静寂が走って動けないで居ると、少女は何事もなかったようにライターで火をつけ始めました。
「ふぅ……」
き、気まずいですねこれは。
七大厄災の『7』、『
結局あの時はリアが「私ですら被ったことがないのに……!」とか言ってブチ切れて、半殺しにされてましたけど……こういう気まずい時ってどんな顔をすればいいんでしょうね。
「あー、ダリィ〜」
「………」
髪の毛は金髪ですが、瞳が黒いので異世界人でしょうか?先日エアコン修理に行った際に一つだけ机が余っていたので、もしかすればこの子の席だったのかもしれません。
お互いに何も話さないまま吸い終わり、私は曇天を見上げ意味深に微笑みました。
「良い……天気ですね」
「……は?」
はい、失敗しました。
誰ですか、会話に困ったら天気デッキで挑んだ方がいいとか抜かす馬鹿は。『
「あの、えっと、そうですね……会話に困ったので、天気に触れるべきかなと」
「ぷふっ、なんだよアンタ。こんな不良相手に会話して来ようとするなんてもの好きか?」
「気まずいのが嫌いなんです」
「奇遇だな、アタシもだ」
顔は平静を装いつつも、ダラダラと冷や汗を流しまくる私を見て女の子は顔を歪め、とうとう堪えきれなくなったように笑ってくれました。
見ましたか?これがジーベンスで培ったすべり芸ですよ。最強のリアも私がすべり芸をすると笑ってくれます。
若干苦笑いだったような気もしますが。
「では、その煙草をこちらへ」
「え?」
「没収します」
「いやいやいや、待て待て!そこだけ急に仕事人になるなよ!」
「私だって仕事中くらいは真面目ですよ」
「さっきまで天気の話で滑ってた奴が何言ってんだ!」
「それは忘れてください」
「無理だろ!」
あら、思ったより元気な子ですね。
先ほどまで「ダリィ〜」と死んだ魚のような目をしていたので、もっと無気力な子かと思っていました。
おばさんこういう子好きですよ。
よく見れば、制服は少し着崩しているものの、そこまで素行が悪そうにも見えません。髪は金色で、耳には小さなピアス。目つきこそ悪いですが、顔立ちはかなり整っています。
何回でも言いますが、私は可愛い子に弱いんです。だからこうやって悪い子ぶってる可愛い子は、私の性癖にドストライクなんですよね。
ここ、テストに出ますよ。
「ったく、変な用務員も居たもんだな。そこは煙草よりもまず、勇者がなんでこんなとこに?とか聞くもんだろ」
「あ、確かに。でも勇者がどうこうより、私は煙草を吸ってることに注意しなければならないので」
「……はぁ、分かったよ」
少女は観念したようにポケットから煙草の詰まった箱を取り出して、ポンと優しく掌に乗せてくれました。少し重みがあるので、買ったばかりの新品といったところでしょうか。
めちゃくちゃ嫌そうですが、これも仕事です。
もう行っていいですよと指先で合図すると、少女は煙草を渡した体勢のまま固まってしまいました。
「どうしました?」
「……いや、ほんとに渡したらお咎めなしだなーって。勇者だから、不良みたいなことすんな!って怒られると思ってたわ」
「うーん、関係ありますかね。勇者は勇者ですが、勇者の前に貴女は子どもなんですから、タバコを止めるのは当たり前では?」
「そう、か」
凄く当たり前のことを聞かれたので、凄く当たり前のことを言ったんですが、少女は考え込むように下を向いてました。まぁ、勇者って面倒くさそうですもんね。周りからの期待とか、私には絶対にごめんです。
それから逃げるために煙草に手を出した、そんな可能性もありますし。心の防衛のために逃げるのは恥ではなく、ただの本能ですから。じゃなければ私なんて、常にジーベンスのプレッシャーから逃げ続けてる臆病者ですもんね。
「もし、返して欲しければ……後で用務員寮に来てください。灰皿を用意しておきますよ」
「えっ?いや、それは」
「お待ちしてますね」
少女が持っていた煙草をシャカシャカと振りながら、私は仕事に戻ります。少々あの子のことが気になったので、煙草のご同伴のお誘いです。
べ、別に可愛いから見逃したという訳じゃありませんよ?
───☆
リベリアヌスside
「うふふ、リーダーは楽しんでおられるでしょうか」
「……急に……微笑ま……ないで……」
地上から遥か遠く離れた、巨大な地下空間。空気は薄く、気温は常に零下を下回り、僅かな時間でも生身の人間がいれば身体機能が停止するほどの低温に晒される。地表から持ち込まれた植物は根付かず、動物は一匹たりとも生息していない。
当然だ。ここには、生命が生きるために必要なものがほとんど存在しないのだから。
そんなアジトの一室で、二人の女がプロジェクターを眺めていた。
一人はジーベンス内で秘書的立ち位置を誇る、リベリアヌス=ゴッドフィールド。序列は上から『2』番目、天界で神々や上位天使を鏖殺した結果付いた二つ名は『
片や特殊な眼で全てを見透し、全知とも評される序列『5』位。好きな女の子の下着の色から各国家の機密まで、簡単に視ることが出来る彼女についた二つ名は『
本名は、“ファルム=イストーソ”。
二人の視線の先に映し出されているのは、学園都市アルヴェインの校舎だった。ファルムの能力でプロジェクターに投影しているのだ。そこからズンズンとズームしていくように画面が移動していくと、現れたのは──。
「あ、リーダーいましたよ!」
「社長……用務員……格好……してるね……」
──ゼタだった。
リアからのお願いで実現したコレは、ファルムにゼタの下着を一枚手渡すことで成立したのだが、社長(ゼタへの呼び名)が用務員の格好をしていることに驚愕を禁じ得なかった。
なのにリアは、「そんな所もリーダーらしいですっ!」と全肯定気味である。この女、ゼタが白だといえば全て白になるし、黒だと言えば黒になると本気で思っているのだ。
ゼタに関しては、いずれ転んだだけで賞賛されるのでは?と本気で怖がっている。
そのまま鑑賞すること数時間、ゼタの潜入姿を見届けたリアとファルムは未だにプロジェクターの前から動けずにいた。
「……私思ったんですけど、やはり聖女は殺すべきなのでは?」
「落ちついて……多分……嫌われる、よ?」
「ですよね」
わかってるなら聞くなよ、とファルムは内心で突っ込んだ。
別にリアのことが嫌いなわけではない。むしろ、彼女のことはジーベンスの中でもかなり気に入っている方だ。
ただ、ゼタを盲目的なまでに尊んでいる姿が理解出来ないだけである。
ゼタが床を掃けば「素晴らしい!」と拍手し、ゼタが昼寝をすれば「英気を養っておられる!」と感動し、ゼタが転べば「なんとお美しい転び方!」と称賛するリアを見ていると、たまに本気で心配になる。
「ストーカー……きしょ……」
「気色悪い?あぁ、あのムカつく聖女のことですか。貴女もなかなか言いますね」
「……うん」
ファルムは諦めた。
いくら、あらゆる事を見透す眼を持っていても、リアの“さすがリーダー”病を治す方法が分からないからだ。
やれやれ、と溜息を吐くファルム。
しかしそんな彼女も、しっかりとゼタの下着をポケットの中で握りしめているのに変わりない。
結局、どっちもどっちだった。