R e 『ワールド』   作:あるえす

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12.

 

リ・エスティーゼ王国の東に位置する都市、エ・ランテル。

 

王国有数の大都市であり、交通の要衝でもあるこの都市は、食料生産量も非常に高い。

 

国王ランポッサ3世の直轄領であり、三重の城壁に守られた城塞都市。

 

さらに、バハルス帝国とスレイン法国の領土にも近く、王国にとっては軍事的にも極めて重要な拠点だった。

 

普段のエ・ランテルならば、街の大通りには人が溢れている。

 

商人が荷車を引き、露天商が声を張り上げ、買い物をする人々が笑い合う。

 

食料を運ぶ馬車。

 

旅人。

 

冒険者。

 

子供たち。

 

様々な人々が行き交い、活気に満ちた笑い声が絶えない場所。

 

――それが、エ・ランテルだった。

 

しかし。

 

今は違う。

 

「逃げろ!」

 

「アンデッドだ!」

 

「助けてくれ!」

 

街のあちこちから悲鳴が響いていた。

 

露天商の並ぶ大通りは、今や商品が散乱し、人々が逃げ惑うだけの場所へと変わっている。

 

倒れた屋台。

 

踏み荒らされた食料。

 

泣き叫ぶ子供。

 

家族の名前を呼びながら走る人々。

 

そして、その人々を追いかける死者たち。

 

まさに――阿鼻叫喚。

 

その言葉が相応しい光景だった。

 

原因は、先ほどエ・ランテルから逃亡した初代ズーラーノーン盟主。

 

彼がセバスから逃げる際に発動させていた、第七位階魔法。

 

不死の軍勢――アンデス・アーミー。

 

それは、街の至る所に大量のアンデッドを出現させていた。

 

しかも。

 

これは単純な戦力投入ではない。

 

初代盟主――通称デスロードは、時間を稼ぐため、意図的にエ・ランテル全土へアンデッドを分散させていた。

 

一箇所にまとめてしまえば、強者が現れた際に一掃されてしまう。

 

だからこそ、広い都市のあちこちにばら撒いたのだ。

 

それは、最悪の置き土産だった。

 

 

「マジックアロー!」

 

鋭い魔力の矢が飛翔する。

 

「ギィィィ……!」

 

迫ってきたゾンビの頭部を正確に撃ち抜いた。

 

腐敗した肉体が崩れ落ちる。

 

「次!」

 

魔法を放ったのは、漆黒の剣の魔法使い、ニニャだった。

 

額には汗。

 

息も荒い。

 

それでも彼女は杖を握り直した。

 

「ふっ!」

 

その横を駆け抜けたペテルが、盾を振り抜く。

 

「ガァッ!」

 

――ドゴンッ!

 

スケルトンの頭蓋骨が盾によって粉砕された。

 

「まだ来るぞ!」

 

漆黒の剣の戦士たちは、すでに何度も戦闘を繰り返していた。

 

そして。

 

「大丈夫ですか!?」

 

ペテルが倒れている市民へ声をかける。

 

「立てますか!?」

 

「は、はい……!」

 

「なら、こちらへ!」

 

彼らは逃げるだけではなかった。

 

かつて自分たちを助けてくれた蒼の薔薇。

 

その姿を思い出しながら、できる限り人助けをしながら後退していた。

 

一人。

 

また一人。

 

逃げ遅れた市民を見つけては助ける。

 

それを何度も繰り返した。

 

すでに数十人のエ・ランテル市民を救っている。

 

銀級冒険者である彼らにとって、それだけでも十分すぎるほどの成果だった。

 

しかし。

 

「もう! 無理だ!」

 

ルクルットが叫んだ。

 

「アンデッドが溢れ出してくる!」

 

レンジャーである彼は、周囲を見渡す。

 

先ほどまで数体だったアンデッド。

 

それが今では十体、二十体。

 

さらにその奥からも次々と姿を現している。

 

「もう人助けなんてしてる場合じゃない!」

 

「しかし……!」

 

ペテルが振り返る。

 

そこには、まだ逃げ遅れた人々がいた。

 

「まだ逃げ遅れた人が!」

 

ニニャもそれを見ていた。

 

頭では分かっている。

 

ここで逃げるべきだ。

 

自分たちだけでも逃げなければ、全員が死ぬ。

 

そんなことは分かっている。

 

それでも。

 

目の前に救えるかもしれない命がある。

 

なのに。

 

自分には、それを救う力がない。

 

その現実が、ニニャの胸を締め付けた。

 

「ニニャ!!」

 

ルクルットが叫ぶ。

 

「お前も夢があるんだろ!」

 

「……!」

 

「ここで死んでいいのかよ!!」

 

その声は切羽詰まっていた。

 

当然だった。

 

アンデッドの群れは、時間が経つごとに増えている。

 

包囲されつつある。

 

ここに留まり続ければ、本当に全員が死ぬ。

 

「俺たちはアダマンタイト級冒険者になるんだろ!」

 

漆黒の剣には目標があった。

 

アダマンタイト級冒険者。

 

そして、それぞれにも叶えたい夢がある。

 

冒険者組合からは、最近、漆黒の剣を金級冒険者へ昇格させる件について検討しているという情報も入っていた。

 

ここまで来た。

 

まだ銀級。

 

それでも、確実に前へ進んでいる。

 

「こんなところで死ぬわけにはいかないだろ!」

 

ルクルットの言葉に、ニニャは唇を噛み締めた。

 

そして。

 

ゆっくりと後退し始めた。

 

「……分かってる」

 

その表情は苦しそうだった。

 

自分の実力不足。

 

救えない命。

 

その現実が、胸に突き刺さる。

 

そして、脳裏に蘇る。

 

――幼い頃の記憶。

 

ニニャには姉がいた。

 

幼い頃。

 

姉と一緒に街を歩いていた。

 

姉は何も悪いことをしていなかった。

 

ただ、街を歩いていただけだった。

 

その時。

 

一人の貴族が姉を見つけた。

 

「お前、かわいいなあ」

 

その言葉。

 

そして。

 

乱暴に連れ去られた姉。

 

「お姉ちゃん……!」

 

幼いニニャが叫んでも、誰も助けてくれなかった。

 

姉は行方不明になった。

 

それ以来。

 

ニニャは決意した。

 

貴族への復讐。

 

そして、行方不明になった姉を探す。

 

そのためには力が必要だった。

 

だから――

 

「こんなところでは、死ねない……」

 

ニニャは歩き続ける。

 

その時だった。

 

――ズドンッ!

 

空から何かが落下した。

 

いや。

 

違う。

 

それは、一人の老人だった。

 

老人は空中から落下しながら、そのまま足を振り下ろす。

 

――ドゴォォォン!!

 

地面が震える。

 

その足蹴りだけで、数十体のスケルトンとゾンビがまとめて吹き飛ばされた。

 

骨が砕ける。

 

腐肉が飛び散る。

 

そして。

 

「どうやら、間に合ったようですね」

 

静かな声。

 

そこに立っていたのは――

 

セバスだった。

 

 

セバスはすでにエ・ランテルを高速で駆け回っていた。

 

いや。

 

駆け回るという表現すら正しくない。

 

街中を飛ぶように移動しながら、アンデッドを次々と破壊していた。

 

街は広大だった。

 

さらに、道は複雑に入り組んでいる。

 

そのため、全てのアンデッドを一度に殲滅するのは難しい。

 

しかもアンデッドは、意図的に都市全体へ分散されている。

 

「……厄介ですね」

 

セバスは周囲を見渡した。

 

特に念入りに確認しているのは、各城門周辺だった。

 

市民が逃げるためには、城門を確保しなければならない。

 

だからこそ、城門付近に召喚されていたアンデッドを優先的に滅ぼしていた。

 

すでに相当数を倒している。

 

全てではない。

 

それでも、人々が逃げ切るために必要な程度には数を減らしていた。

 

「セバスさん!」

 

漆黒の剣のメンバーが声を上げる。

 

その瞬間。

 

全員の肩から力が抜けた。

 

セバスの圧倒的な力を見たことで、ようやく安心できたのだ。

 

「さあ、まだアンデッドは残っています」

 

セバスは穏やかに告げる。

 

「街が入り組んでいますから、全てを倒すには少々手間がかかります」

 

「はい!」

 

ペテルが頷いた。

 

「ここはセバスさんに任せます!」

 

「私たちは人々を避難させながら、城門へ向かいます!」

 

「お願いします」

 

セバスは頷く。

 

漆黒の剣は、市民たちを連れて走り出した。

 

 

しかし。

 

エ・ランテルで起きていることは、単なるアンデッドの大量発生ではなかった。

 

より厄介な存在がいた。

 

人間を噛み、その死体をゾンビへ変えてしまうアンデッド。

 

つまり。

 

逃げ遅れた人間が一人殺されれば――

 

敵が一体増える。

 

二人殺されれば――

 

二体増える。

 

そして、その二体がさらに人間を襲えば。

 

さらに数が増える。

 

まるで、生きた人間そのものがアンデッドを増殖させるための餌になっているかのようだった。

 

「……これは、時間を置けば置くほど悪化しますね」

 

セバスは理解していた。

 

ズーラーノーン初代盟主。

 

デスロード。

 

あの男は、ただアンデッドを召喚したのではない。

 

逃げ切れなかった人数に応じて、アンデッドが増えていく状況を作り出した。

 

極めて悪質な時間稼ぎだった。

 

だからこそ。

 

セバスはナザリックへ救援を求めていた。

 

その報告は、すでにモモンガにも届いている。

 

そして。

 

モモンガの判断によって派遣されたハンゾウたちが、人知れずアンデッドを始末していく。

 

だが。

 

全てを救うことはできなかった。

 

この事件による犠牲者は――

 

数万以上。

 

エ・ランテルの街には、巨大な傷跡が残ることとなった。

 

 

ナザリック神殿

 

エ・ランテルの、とある場所。

 

そこには、一風変わった神殿があった。

 

ナザリック教。

 

その教団が保有する拠点である。

 

本来ならば、人々が祈りを捧げる静かな場所。

 

だが今日は違った。

 

街中が混乱している。

 

その中で――

 

「ゆっくりでいいっすよ!」

 

ルプスレギナが、避難してくる市民たちへ声をかけていた。

 

「この建物には魔法が施されているから安心っす!」

 

「さあ、こっちに避難してください!」

 

「押さないで、ゆっくりっすよ!」

 

その声は妙に気が抜けていた。

 

周囲では悲鳴が響いている。

 

アンデッドが街を徘徊している。

 

それなのに。

 

ルプスレギナは、ほとんど動揺していなかった。

 

そして、それは彼女だけではない。

 

ナザリック神殿の神官たちも同様だった。

 

ユリ。

 

ソリュシャン。

 

ルプスレギナ。

 

彼女たちはこれまで、ナザリック教の布教活動を行っていた。

 

そして今は。

 

その知識と能力を使い、人々の避難誘導を行っている。

 

「助かりました……」

 

「本当にありがとうございます……!」

 

避難してきた市民たちは、涙を浮かべながら頭を下げる。

 

彼らからすれば、街を歩いていたら突然アンデッドが現れたのだ。

 

恐ろしくないはずがない。

 

何が起きているのかも分からない。

 

だからこそ。

 

「大丈夫っすよー」

 

ルプスレギナの、どこか気の抜けた声が逆に人々を落ち着かせた。

 

「ここなら大丈夫っす」

 

「慌てなくていいっすからねー」

 

その声を聞いているうちに、人々の呼吸が少しずつ落ち着いていく。

 

パニックが抑えられていく。

 

そして、神殿の近くを歩いていた人々は、無事に避難を完了させていった。

 

 

場所は変わる。

 

二百年の歴史を持つ、人間の国家。

 

リエスティーゼ王国。

 

その首都――リ・エスティーゼ。

 

街の中心にそびえ立つロ・レンテ城。

 

その一室では、緊急会議が開かれていた。

 

国王ランポッサ3世の直轄領であるエ・ランテル。

 

その緊急事態を受け、王都に滞在していた六大貴族たちへ緊急招集がかけられたのだ。

 

「王!」

 

ボウロロープ侯が力強く発言する。

 

「それで、我々を緊急招集した理由を教えてくださいますかな?」

 

ランポッサ3世は重々しく口を開いた。

 

「エ・ランテルに突如現れたアンデッドの掃討作戦についてが議題である」

 

王とは思えないほど痩せた身体。

 

顔色も良くない。

 

覇気に乏しい。

 

白髪はほつれ、長年の疲労と老いを感じさせる姿だった。

 

「なに?」

 

リットン伯が驚愕する。

 

「本当なのか? 王よ」

 

「エ・ランテルからの伝令だ」

 

ランポッサ3世は頷いた。

 

「そして、逃げ遅れた民が幾人か、他の都市や村へ流れ着いている」

 

「それは本当です」

 

ペスペア侯が口を開く。

 

「我が領地からも情報が入ってきております」

 

彼の領地はエ・ランテルに近かった。

 

そこにはすでに、多数のエ・ランテル市民が逃げ込んできている。

 

「アンデッドの規模は?」

 

「まだ正確には分かっておりません」

 

「ならば、急がねばならぬ」

 

国王は決断した。

 

「エ・ランテルへ救援を送る」

 

王都に滞在していた六大貴族を召集したのも、そのためだった。

 

そして。

 

「ガゼフを呼べ」

 

王国でもっとも信頼する戦士。

 

ガゼフ・ストロノーフ。

 

彼をエ・ランテルへ派遣する。

 

――そのはずだった。

 

その時。

 

「失礼します!」

 

会議室の扉が勢いよく開かれた。

 

本来ならば、国王と六大貴族が集まる神聖な会議室。

 

伝令が許可なく入ることなどあり得ない。

 

しかし。

 

緊急事態。

 

それだけは例外だった。

 

「申し上げます!」

 

伝令は息を切らしながら報告する。

 

「エ・ランテルに出現した総勢数万以上のアンデッド!」

 

「……!」

 

「その全てが滅び、エ・ランテルは奪還されたとのことです!」

 

「なっ!?」

 

「数万もアンデッドがいたのか!」

 

「それを、もう解決しただと!?」

 

貴族たちが騒然となる。

 

伝令はさらに続ける。

 

「セバスという老人と、ナザリック神殿の神官たちの活躍によって事態は収拾したそうです!」

 

「さらに、ミスリル級冒険者をはじめとした冒険者たちも、市民の避難活動に協力したとの報告が入っております!」

 

しばしの沈黙。

 

そして。

 

「……そうか」

 

ランポッサ3世は深く息を吐いた。

 

「これは褒美を与えねばならぬな」

 

数万ものアンデッド。

 

王国始まって以来の大事件になるかもしれない。

 

そう考えていた。

 

それを――

 

解決してしまった。

 

「救援物資を用意せよ」

 

「エ・ランテル支援団を編成する」

 

「現地の状況確認と支援を急がせるのだ」

 

アンデッドはすでに殲滅されている。

 

それならば、王国最大の戦力であるガゼフを動かす必要はない。

 

「ガゼフは王都の防衛へ」

 

しかし。

 

原因不明のアンデッド騒ぎ。

 

何者かによって襲撃された可能性もある。

 

もし、次に狙われるのが王都だったら。

 

その可能性を考えた国王は、ガゼフへ事情を説明した。

 

そしてガゼフ率いる精鋭部隊は、王城の警備へと配置されることとなった。

 

 

カッツェ平野

 

エ・ランテルの人々が、不死の軍勢に苦しんでいた頃。

 

そのカッツェ平野では。

 

まったく別の光景が広がっていた。

 

空を飛ぶ二人の老人。

 

一人は――

 

スーパーリッチ。

 

そしてもう一人は――

 

「いやはや!」

 

フールーダ・パラダイン。

 

帝国主席魔法使い。

 

二人は、数日前に知り合ったばかりだった。

 

きっかけは魔法。

 

魔法の話を始めたところ、二人は意気投合した。

 

そして。

 

フールーダに暇ができたことから、以前から約束していたカッツェ平野でのアンデッド狩りを行うことになったのだ。

 

「今日は、なんだかアンデッドが多いですな」

 

フールーダが首を傾げる。

 

「魔法の的のために、皆さん集まってくれたのでしょうか?」

 

完全に見当違いだった。

 

実際には、つい先ほどまでカッツェ平野には、もう一体のスーパーリッチがいた。

 

ズーラーノーン初代盟主。

 

死の宝珠から復活したデスロードである。

 

彼が行っていた儀式の影響によって、周囲のアンデッドの量が一時的に増加していたのだ。

 

だが。

 

そんな事情を、二人は知る由もない。

 

二人は飛行魔法を発動させ、空中からカッツェ平野を見下ろしていた。

 

「弟子フールーダよ!」

 

スーパーリッチが声を張り上げる。

 

「はっ! お師匠様!」

 

フールーダは即座に返事をする。

 

「今から第七位階魔法を複数披露する」

 

スーパーリッチは威厳たっぷりに言った。

 

「そこから何を悟るかは、お前次第だ」

 

「必ずや!」

 

フールーダの目が輝く。

 

「あなた様と同じ、第七位階魔法の真髄にたどり着いてみせます!」

 

「そして、さらなる魔法の深淵を覗きましょう!」

 

スーパーリッチは満足げに頷いた。

 

――だが。

 

実は、このスーパーリッチ。

 

この世界の魔法理論など、ほとんど知らない。

 

魔法の効果。

 

なんとなくの発生方法。

 

そういったものは感覚的に理解している。

 

しかし。

 

「なぜその魔法が発動するのか」

 

「魔力がどのように作用しているのか」

 

「術式がどう構築されているのか」

 

そういった理論については、さっぱりだった。

 

そもそも。

 

このスーパーリッチは、モモンガによって最近創造された配下なのだ。

 

生まれてから一年も経っていない。

 

見た目は威厳に満ちた老人。

 

しかし実際には――

 

赤ちゃんである。

 

そんな彼に、モモンガから与えられた任務があった。

 

帝国主席フールーダ・パラダインを弟子にする。

 

そして。

 

フールーダが持つ、この世界の魔法理論や知識を吸収し、アインズ・ウール・ゴウン国の魔法研究を発展させる。

 

それが任務だった。

 

モモンガ自身も、魔法を感覚的に使えるだけ。

 

魔法の発生原理を完全には理解していない。

 

だからこそ。

 

この世界の魔法理論を知るフールーダは重要だった。

 

新たな魔法を開発するためにも。

 

魔法の根本を解明するためにも。

 

フールーダの知識には大きな価値がある。

 

確かに、戦闘能力だけで見れば、モモンガの基準ではフールーダは強者とは言い難い。

 

しかし。

 

二百年以上にわたって魔法を研鑽してきたフールーダは、魔法を理論立てて使用している。

 

その知識は、アインズ・ウール・ゴウン国には存在しない。

 

 

「いくぞ!」

 

スーパーリッチが手を掲げる。

 

「第七位階魔法――ナパーム!」

 

瞬間。

 

カッツェ平野の大地が爆発した。

 

広範囲の地面が一瞬にして溶解し、焼き尽くされる。

 

巨大な火柱が天空へと吹き上がった。

 

轟音。

 

熱風。

 

視界を埋め尽くす炎。

 

それは、現実世界のナパーム弾一万発にも匹敵するほどの威力。

 

天空まで吹き上がる火力は、まさに想像を絶するものだった。

 

「ひひひひひ……!」

 

フールーダの目が見開かれる。

 

「これだ……!」

 

唾液すら垂らしながら、興奮した様子でスーパーリッチへ迫る。

 

「これこそが第七位階魔法!」

 

「魔法の神だけに許された領域!」

 

「流石、お師匠様ですな!」

 

「……うむ」

 

スーパーリッチは頷く。

 

しかし。

 

次の瞬間。

 

フールーダが顔を近づける。

 

「どのような魔法なのですか?」

 

「そして、どのように発動したのですかな?」

 

「え?」

 

スーパーリッチが一歩後退する。

 

フールーダがさらに迫る。

 

「お師匠様?」

 

「……落ち着くのじゃ」

 

さらに一歩後退。

 

「今から説明するので、よく聞くのじゃ!」

 

「はっ!」

 

スーパーリッチは必死に頭を働かせる。

 

そして。

 

火薬。

 

燃焼。

 

爆発。

 

そういった知識を、適当に説明し始めた。

 

「この魔法はじゃな――」

 

「つまり、こういうことですな?」

 

フールーダが考え始める。

 

「これをこうして……この理論だから、この第五位階魔法は成立する」

 

「そして、それらを組み合わせれば……」

 

「この魔法に近いものが作れそうですな」

 

「そ、そうなのじゃ?」

 

スーパーリッチの額には汗が流れている。

 

「まあ……お前が正しく理解できているかは分からんが、おそらくそうなのじゃ」

 

適当に言っただけ。

 

しかし。

 

フールーダは、それを完全に理論として受け取っていた。

 

 

「第六位階魔法で壁にぶつかってから、二百年以上……」

 

フールーダは遠くを見つめる。

 

「私は、やっと魔法の深淵に近づけた気がします」

 

スーパーリッチの背筋が寒くなる。

 

「他にも!」

 

フールーダが振り返る。

 

「他にも魔法を見せてください!」

 

「そして、ご教授ください!」

 

「さらなる魔法の知見を!」

 

「私に!」

 

「このフールーダに!!」

 

スーパーリッチは後退した。

 

「……」

 

――こいつ、怖い。

 

しかし。

 

「分かった」

 

威厳を崩すわけにはいかない。

 

「次の魔法を見せよう」

 

 

「連鎖する龍雷――チェイン・ドラゴン・ライトニング!!」

 

空が裂けた。

 

百メートルはあろうかという巨大な龍を模した雷が出現する。

 

それは空中を自在に曲がりながら、カッツェ平野を突き進んでいく。

 

雷の龍が大地を這う。

 

アンデッドが次々と消し飛ぶ。

 

一瞬にして平野全体が雷の大地へと変わっていった。

 

そのエネルギーは想像を絶する。

 

速度も雷そのもの。

 

目で追うことすらできない。

 

「これは!」

 

フールーダの顔がさらに輝く。

 

「第五位階魔法、ドラゴン・ライトニングの上位魔法ですかな?」

 

「さらに多くの雷エネルギーと魔力を操り、追尾機能まで付加している!」

 

「そして、あの破壊力……!」

 

フールーダは魔法の残滓を見つめながら、猛烈な勢いで思考を始める。

 

「第五位階魔法ドラゴン・ライトニングは、十の束ねた雷を龍に模して、術者の操作によって成立する魔法」

 

「しかし、これは完全追尾機能がある」

 

「ならば、あの破壊力はどのように機能させている?」

 

「全てを飲み込む術式が刻まれているのか?」

 

「そんな術式があるのか?」

 

「それに……」

 

フールーダは頭を抱える。

 

「これは龍の力というより、龍そのものを付与しているのか?」

 

「ダメだ!」

 

「賢者様と比べると、私の魔法への理解が浅すぎる!」

 

「正解に辿り着けない!」

 

「思い出せ……」

 

「賢者様が魔法を発動した時の魔力の流れを……」

 

「うーん!」

 

フールーダは唸り声を上げた。

 

「難しいですな、これは!」

 

スーパーリッチは無言で聞いていた。

 

「そして、あの大魔力!」

 

「制御するだけでも一苦労でしょう!」

 

「そもそも、私の魔法への悟りも浅い!」

 

「二百年も研鑽してきたというのに、未だに第七位階魔法を使えそうにありません!」

 

そして。

 

「しかし!」

 

フールーダの顔に笑みが浮かぶ。

 

「やっと少し、前へ進めた気がします!」

 

 

そこから一時間。

 

魔法を撃つ。

 

フールーダが質問する。

 

スーパーリッチが答える。

 

また魔法を撃つ。

 

フールーダが考察する。

 

また質問される。

 

また答える。

 

その繰り返しだった。

 

「……はぁ」

 

「お師匠様、先ほどの魔法ですが――」

 

「……うむ」

 

「もう一度見せていただけませんか?」

 

「……」

 

スーパーリッチは疲れていた。

 

魔力ではない。

 

精神的に。

 

「こいつ、いつまでやらせるのじゃ……」

 

数十の魔法を見せた。

 

それでも終わらない。

 

「あの魔法の時は――」

 

「この魔法は――」

 

「先ほどの理論ですが――」

 

「それは――」

 

「はい?」

 

「……いや、なんでもない」

 

スーパーリッチは頭を抱えたくなった。

 

自分が何を説明したのか、もう覚えていない。

 

しかも。

 

もし後になって話に矛盾が生じたら。

 

「これも、お前への試練だ」

 

そう誤魔化すしかない。

 

――全てを一から分かりやすく教えてもらえると思うな。

 

――私はヒントを与える。

 

――そのヒントからお前が正解を導けなければ意味はない。

 

そう言えばいい。

 

完璧だ。

 

「わしは疲れたのー」

 

スーパーリッチは、ようやく終了を宣言した。

 

「そろそろ魔力切れじゃよ」

 

「そうでしたか」

 

フールーダは満足げに頷いた。

 

「長々と私のために数十もの魔法を見せてくださって、ありがとうございます」

 

「ほとんど初めて見る魔法でした」

 

「そうかい」

 

スーパーリッチは内心で安堵した。

 

「それは良かったな、フールーダよ」

 

そして。

 

最後の仕上げを行う。

 

「ちゃんと今日見た魔法の考察と、お前が使える全ての魔法の理論をまとめて、一ヶ月後に提出するのだぞ」

 

「はい!」

 

フールーダは即答した。

 

そして、師匠を見る目がさらに尊敬に満ちていく。

 

「お師匠様……」

 

「なんじゃ?」

 

「あなた様は、私の実力を正確に測り、適切な課題を与えるために、私が何を知っていて、何を知らないのかを正確に理解しようとしてくださっているのですね」

 

「……」

 

スーパーリッチの動きが止まった。

 

「私は、なんと優しい師匠を持ったのでしょうか」

 

「……そうじゃな」

 

「きっと私の前提知識が間違っていれば、それを指摘してくださるのでしょう」

 

「……」

 

「そのために、私の魔法の知識全てを見直させる」

 

「なんとお優しい方だ……!」

 

フールーダは完全に誤解していた。

 

スーパーリッチは、この世界の魔法理論を全く知らない。

 

だからこそ。

 

何かと理由をつけてフールーダから知識を得ようとしているだけだった。

 

しかし。

 

まさか。

 

第七位階魔法を使える偉大なスーパーリッチが――

 

魔法の「ま」の字すら知らない初心者だとは。

 

フールーダには想像すらできなかった。

 

「それでは、一ヶ月後」

 

スーパーリッチは威厳たっぷりに言う。

 

「お前の成果を見せてもらうぞ!」

 

「必ずや、ご期待に応えてみせます!」

 

フールーダは好青年のような眼差しで師匠を見つめていた。

 

その瞳には、純粋な尊敬と知識への渇望が宿っている。

 

こうして。

 

スーパーリッチとフールーダの休日は終わろうとしていた。

 

スーパーリッチにとっては、精神的に恐ろしく疲れた一日。

 

しかし。

 

フールーダにとっては違った。

 

それは、刺激に満ちた一日。

 

そして、二百年以上に及ぶ魔法研究における、一つの大きな転換期となる一日だった。

 

一人は、必死に知ったかぶりをしている。

 

もう一人は、その言葉の一つ一つから魔法の深淵を覗こうとしている。

 

――二人の認識には、絶望的なほど大きなズレがあった。

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