R e 『ワールド』   作:あるえす

8 / 10
8.

「では、出発しましょう!」

 

エ・ランテル。

 

冒険者組合で依頼主であるンフィーレア・バレアレと顔を合わせ、今回護衛を担当する漆黒の剣のメンバーとも簡単な打ち合わせを終えた一行は、必要な荷物を整えると、カルネ村へ向けて出発した。

 

今回の依頼は単純な護衛任務ではない。

 

まず、エ・ランテルからカルネ村までンフィーレアを護衛する。

 

そしてカルネ村を拠点としてトブの大森林へ向かい、薬草を採取する際にも護衛を務める。

 

さらに薬草採取を終えた後、カルネ村からエ・ランテルへ戻るまで護衛する。

 

つまり、往復を含めた長期間の護衛任務である。

 

通常ならば、森からできるだけ離れた安全な道を選ぶ。

 

当然の判断だった。

 

森の中には、どのような魔物が潜んでいるか分からない。

 

しかし――。

 

「ンフィーレアさんよ!」

 

道中、ルクルットが突然声を上げた。

 

「はい?」

 

「セバスさんの噂は知っているだろ?」

 

「え、あ、はい! もちろん聞いています」

 

ンフィーレアはちらりとセバスを見る。

 

純白の道着。

 

鍛え抜かれた肉体。

 

白髪の老人という外見とは裏腹に、隙のない立ち姿。

 

そして何より――。

 

冒険者たちの間で囁かれている異名。

 

音速の拳士。

 

「なら、見たくないか?」

 

ルクルットはニヤリと笑った。

 

「音速の拳士の実力を」

 

「わ、分かりました……」

 

ンフィーレアが若干引きつった笑顔を浮かべる。

 

「ちょっと待て、ルクルット」

 

ペテルが呆れたように口を挟む。

 

「これ、護衛依頼だからな? 依頼人を危険に晒すようなことをするなよ」

 

「分かってるって!」

 

「本当に分かっているのか……」

 

漆黒の剣の面々は頭を抱えた。

 

――またルクルットか。

 

しかし、実のところ。

 

セバスの実力を見てみたいと思っていたのは、ルクルットだけではなかった。

 

ニニャも。

 

ダインも。

 

そしてリーダーのペテルも。

 

誰もが一度くらいは、この老人の本当の実力を見てみたいと思っていた。

 

結局、ルクルットの強い要望もあり、ンフィーレアは森の近くを通ってカルネ村に向かうルートを進むことに決めた。

 

こうして一行は、森の周辺を沿うようにして進んでいくことになった。

 

しばらく歩いた頃だった。

 

「……動いたな」

 

ルクルットの声が低くなる。

 

先ほどまでの軽薄な雰囲気が一瞬で消えた。

 

「森の近くに何か潜んでいる。警戒しろ」

 

同時に、漆黒の剣のメンバーも身構える。

 

ペテルが盾を構え。

 

ニニャが杖を握り。

 

ダインが周囲を見回す。

 

ンフィーレアも緊張した表情で辺りを見渡した。

 

しかし――。

 

セバスだけは、穏やかな表情を崩さなかった。

 

「……」

 

セバスは森を見つめる。

 

「ありゃ、随分と警戒しているな」

 

ルクルットが目を細める。

 

森の奥。

 

わずかに何かが動いている。

 

だが、今のところ姿をはっきりと確認できているのはレンジャーであるルクルットくらいだった。

 

――なるほど。

 

セバスは目を細める。

 

しかし、彼の視力は人間のそれとは比較にならない。

 

森の奥に潜む魔物たちの姿が、はっきりと見えていた。

 

ゴブリン。

 

小型の魔物。

 

そして、こちらの様子を窺っている複数の存在。

 

セバスは彼らを見つめる。

 

ただ、それだけだった。

 

「――ッ!」

 

魔物たちが硬直した。

 

まるで――。

 

巨大な竜に睨まれたかのような錯覚。

 

一体。

 

また一体。

 

森の奥へと逃げていく。

 

そして、その中の一匹。

 

セバスの視線をまともに受けたゴブリンは――。

 

「……」

 

その場に倒れた。

 

恐怖だけで生命活動を停止したのである。

 

「どうやら、帰っていったようですね」

 

セバスは穏やかに言った。

 

「……え?」

 

ルクルットが呆然とする。

 

「今、何をしたんです?」

 

「いえ。何も」

 

セバスは微笑んだ。

 

――護衛任務ということで、少々力が入りすぎてしまいましたね。

 

セバスは内心で反省する。

 

モモンガ様の護衛というわけでもない。

 

そこまで本気で警戒する必要はなかった。

 

あの程度の魔物なら、この者たちにとって良い経験になったかもしれない。

 

自分が成長の機会を奪ってしまった可能性がある。

 

「……申し訳ありません」

 

「え?」

 

「いえ、こちらの話です」

 

セバスは再び微笑んだ。

 

まだ日が沈むには早い。

 

それでも一行は野営の準備を始めた。

 

ルクルットは道具を使って地面を掘り、簡易的な竈を作っていく。

 

「お疲れ様です、ルクルットさん」

 

「お疲れ様っす、セバスさん!」

 

額の汗を拭いながら、ルクルットは笑った。

 

「セバスさんも見事な手際だなー。そろそろ飯にするっすよ!」

 

「分かりました」

 

「おーい! 飯だぞ!」

 

ルクルットが仲間たちを呼ぶ。

 

そこへペテルがやってきた。

 

「美味しそうだな」

 

やがて辺りが少しずつ暗くなっていく。

 

焚き火がぱちぱちと音を立てる。

 

そして夕食が始まった。

 

各自の器に、燻製肉で味付けされたシチューが盛られる。

 

「上手い!」

 

ルクルットが真っ先に頬張った。

 

「ルクルット!」

 

ニニャが眉をひそめる。

 

「セバスさんがいる前ではしたないですよ!」

 

「お前は、結構そういうところ気にするよな」

 

「あなたが気にしなさすぎるんですよ!」

 

ダインがやれやれと苦笑する。

 

そのやり取りに、ペテルも笑った。

 

自然と笑い声が広がる。

 

セバスはそんな彼らを眺めながら、穏やかに微笑んでいた。

 

「ふふふ」

 

――仲がよろしいですね。

 

その表情は、まるで家族を見守る老人のようだった。

 

「私は気にしませんよ」

 

セバスが言う。

 

「いつも通りの食べ方で、いっぱい食べてください」

 

「お!」

 

ルクルットの顔が明るくなる。

 

「セバスさん、分かるー!」

 

「上手いんだから、がっつくのはしょうがないだろ!」

 

また笑い声が起こった。

 

夜。

 

辺りは完全な闇に包まれた。

 

野営用のテントの中。

 

一行は眠りにつこうとしていた。

 

その中でペテルがセバスに話しかける。

 

「セバスさん」

 

「はい?」

 

「私たち、漆黒の剣という名前の由来についてですが、少し恥ずかしいんですが……」

 

「ほぉ」

 

「元々は十三英雄の黒騎士から来ているんです」

 

セバスは興味深そうに聞く。

 

「十三英雄ですか」

 

「そうです」

 

ペテルは懐かしそうに笑った。

 

「その方が持っていたという四本の剣。それを発見するのを目標にして、漆黒の剣という名前にしたんです」

 

「なるほど」

 

「叶うといいですね」

 

「ええ……」

 

ペテルは少し苦笑する。

 

「ただ、その目標なんですが」

 

「はい」

 

「魔剣キリネイラムは、王都のアダマンタイト級冒険者――蒼の薔薇のリーダー、ラキュース様が持っているようで」

 

「それは……」

 

「知った時は、結構ショックでしたよ」

 

ペテルが笑う。

 

それにつられるように、他のメンバーも笑った。

 

「あの日のこと、懐かしいな」

 

「そうですね」

 

彼らの脳裏に浮かぶのは――。

 

かつて魔物に襲われ、絶体絶命の窮地に陥った時。

 

自分たちを救ってくれたアダマンタイト級冒険者。

 

蒼の薔薇。

 

その姿だった。

 

「それで、目標は叶えられなくなってしまったんですが」

 

ペテルは続ける。

 

「私たちは目標を変えました」

 

「もちろん、他の三本の剣を見つけられたらいいと思っています」

 

「ですが……」

 

ペテルの表情が真剣になる。

 

「モンスターに襲われた時、窮地を救ってくれた蒼の薔薇のラキュース様」

 

「私は、あの方のような戦士になりたい」

 

「それが僕の夢です」

 

そして、少し照れながら続けた。

 

「チームの夢は、蒼の薔薇と同じアダマンタイト級冒険者になることです」

 

「まだ銀級冒険者なのに、大きすぎる夢ですよね」

 

セバスは静かに首を横に振った。

 

「いいえ」

 

「目標は高く持つべきでしょう」

 

「絶対になれるとは言い切れません。しかし――」

 

セバスは一人一人の顔を見る。

 

「あなたたちには、素質を感じます」

 

「地道に鍛錬を積めば、なれる日が来るやもしれません」

 

「セバスさん……」

 

ペテルは嬉しそうに笑った。

 

「ありがとうございます」

 

「セバスさんは優しいな~」

 

ルクルットが横から口を挟む。

 

「俺は、あのかっけえ忍者みてえになりてえな!」

 

「ああ……」

 

ニニャが遠い目をする。

 

「また始まりましたね」

 

ルクルットの脳裏には、颯爽と現れ、自分を軽やかに救った美人の忍者の姿が浮かんでいた。

 

「あの人、どっちでもいい!」

 

「嫁になってくれねえかな!!」

 

「……」

 

「あの時、俺は即座に一目惚れしたんだ!」

 

「惚れました! 結婚してください! って言ったら――」

 

「『無理』」

 

「『同じく』」

 

「って言われた!」

 

「ひー!」

 

ルクルットは頭を抱えながら笑う。

 

「いつ思い出しても、やっぱり美人はああでなければ!」

 

ニニャは少し引いていた。

 

「ルクルットのアレが始まりましたね……」

 

「蒼の薔薇に助けられてから、あの時のことを思い出すと、いつもこうなるんですよ」

 

「……」

 

ニニャはため息をつく。

 

非常に寛容な彼女でも、ルクルットのあまりのデリカシーのなさには驚かされる。

 

しかし――。

 

悪い人ではない。

 

だから嫌いにもなれない。

 

「私は……」

 

ニニャが口を開く。

 

「蒼の薔薇のイビルアイ様に一目惚れしました」

 

「ほう?」

 

セバスが興味深そうに見る。

 

「空から氷の礫を降らせて、オーガの群れを一掃したあの魔法力」

 

「それに、あのクールな態度」

 

ニニャの目が輝く。

 

「あんなに格好良くて、強い魔法使いになりたいなって」

 

「それなら」

 

セバスは微笑む。

 

「ニニャさん。あなたならなれると思いますよ」

 

「え?」

 

「才能を感じましたので」

 

「……!」

 

ニニャの頬がわずかに緩む。

 

「それは……ありがとうございます」

 

明らかに嬉しそうだった。

 

「……ちょろいな」

 

ルクルットが呟く。

 

「聞こえていますよ!」

 

「ははは!」

 

そしてダインも続く。

 

「私は、蒼の薔薇のガガーラン様のようになりたいですね」

 

「ほう」

 

「バッタバッタとゴブリンの群れを薙ぎ払っていく姿……!」

 

ダインの目が輝く。

 

「そして、あわよくばあの方と結ばれたい」

 

「……」

 

「結婚したい」

 

「……」

 

「そのためには、あの方より強くなって――」

 

ダインは拳を握る。

 

「次は私が彼女を救う!」

 

「そして、あわよくば……!」

 

さっきまで冷静で比較的真面目だった男が、欲望を全開にしていた。

 

セバスは苦笑する。

 

――若いというのは、素晴らしいものですね。

 

 

 

 

一方、その頃。

 

リ・エスティーゼ王国の裏社会では――。

 

一つの巨大な犯罪組織が暗躍していた。

 

その名は――。

 

八本指。

 

王国各地に数々の支部を持ち、その勢力はもはや王国経済そのものに組み込まれていた。

 

一部の貴族とも深く結びついている。

 

貴族と結託して悪事を働き、その利益を分け合う。

 

その影響力は、国政すら左右するほどだった。

 

八本指には八つの部門が存在する。

 

麻薬部門。

 

奴隷部門。

 

暗殺部門。

 

金融部門。

 

賭博部門。

 

警備部門。

 

その他にも複数の部門が存在し、それぞれが王国の闇を支えていた。

 

特に麻薬と奴隷。

 

この二つは、すでに民の生活そのものを侵食している。

 

暗殺部門は八本指の邪魔をする貴族を殺す。

 

金融部門は違法な金貸しで金を吸い上げる。

 

賭博部門は愚かな貴族たちから財産を搾り取る。

 

無辜の民の幸福を絶望へと変え、それを金へと変換する。

 

そして自分たちは好き勝手に金銀財宝を蓄え、時には拷問を楽しむ。

 

やりたい放題。

 

それが八本指だった。

 

当然、潰そうとする者もいた。

 

しかし――。

 

簡単には手を出せない。

 

八本指は強大な武力を保有しているからだ。

 

警備部門を中心とした戦闘員。

 

その中でも特に名を轟かせている六人。

 

六腕。

 

実力にはばらつきがあるものの、冒険者に例えるならミスリル級からアダマンタイト級。

 

六人がチームを組めば、アダマンタイト級冒険者として十分活動できるほどの戦力。

 

そのため、王国側も迂闊に手を出せなかった。

 

そして何より――。

 

彼らは非道な行為を一切躊躇しない。

 

だからこそ、余計に厄介だった。

 

 

王都。

 

八本指の最高幹部たちが一堂に会していた。

 

八つの部門。

 

その長たちによる重要な会議である。

 

「――」

 

警備部門の長。

 

ゼロ。

 

彼は一流のモンクだった。

 

その実力は、アダマンタイト級チームのリーダーを務められるほど。

 

英雄級には届かない。

 

しかし――。

 

あの王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと戦えるだけの力を持つ。

 

六腕最強。

 

裏社会の武力の頂点。

 

誰もがそう認める男だった。

 

そんなゼロが――。

 

「……」

 

冷や汗を流していた。

 

何かがおかしい。

 

背後。

 

いつの間にか――。

 

そこに存在している。

 

一体。

 

また一体。

 

八人の幹部、それぞれの背後に一体ずつ。

 

いつからいたのか。

 

まったく分からない。

 

悪魔。

 

それ以外に表現しようがない。

 

赤黒い肌。

 

異形の身体。

 

鋭い爪。

 

そして、禍々しい存在感。

 

――イビルロード。

 

デミウルゴスが召喚した魔将たちだった。

 

「……なんだ、こいつらは」

 

ゼロが拳を握る。

 

「麻薬部門の進捗は――」

 

「黒粉の流通についてですが――」

 

「奴隷部門から警備部門へ戦力を――」

 

本来なら淡々と進むはずだった会議。

 

奴隷部門の長コッコドールがオネエ口調で戦力を貸してほしいと頼み。

 

麻薬部門の長ヒルマ・シュグネウスが、

 

「暗殺部門に頼みたいんだけどぉ。邪魔な奴、殺してくれない?」

 

などと、まるで日常会話のように物騒な話をしている。

 

紫色のアイシャドウ。

 

口紅。

 

元高級娼婦上がりの女。

 

直接逆らえば、麻薬漬けにされて商品として扱われるかもしれない。

 

あるいは――。

 

今の話の通り、暗殺される。

 

それほど危険な女だった。

 

だが――。

 

「フフフ……」

 

「ククク……」

 

一斉に笑い声を上げる。

 

それは人間が聞けば、本能的な恐怖を覚えるような笑いだった。

 

幹部たちは、背後に立つ悪魔たちを恐れていた。

 

そして――。

 

円卓の中央。

 

そこに、いつの間にか一人の存在が立っていた。

 

赤いスーツ。

 

顔は仮面によって隠されている。

 

人型ではある。

 

だが――。

 

人間ではない。

 

鋭利な尻尾が、その正体を物語っていた。

 

しかも。

 

背後のイビルロードたちよりも――。

 

濃密なオーラ。

 

圧倒的な存在感。

 

「私はデミウルゴスと申します」

 

仮面の奥から、愉快そうな声が響く。

 

「あなたたちに絶望を与えに来ました――」

 

そして。

 

「悪魔です」

 

「――ッ!」

 

八本指の幹部たちの身体が震える。

 

「悲鳴が」

 

デミウルゴスは楽しそうに両手を広げた。

 

「呪詛が――」

 

口元が歪む。

 

「絶望が!」

 

「そんな楽しい時間にしたいですね」

 

その瞬間。

 

八本指が一斉に動いた。

 

警備部門の長、ゼロが飛び出す。

 

「ふざけるな!」

 

ゼロは拳を握る。

 

――こいつは強い。

 

だが。

 

このゼロが震えるなどありえない。

 

何らかの魔法だ。

 

そうに違いない。

 

ならば――。

 

「目障りだ!」

 

拳を構える。

 

「このゼロ様が、今すぐ粉砕してやる!」

 

ゼロには特殊な力がある。

 

動物の力を最大限に引き出す能力。

 

まずは――。

 

ファルコン。

 

軽やかな身体。

 

次に――。

 

ライノセラス。

 

圧倒的な突進力。

 

そしてバッファロー。

 

その破壊力を拳へ。

 

さらにライオン。

 

瞬発力。

 

強靭な前蹴り。

 

複数の動物の力を組み合わせ、ゼロの拳が唸りを上げる。

 

「もらった!!」

 

「武技――」

 

「猛撃!!」

 

――ドンッ!!

 

拳がデミウルゴスへ叩き込まれる。

 

「――!」

 

しかし。

 

乾いた音。

 

ゼロの渾身の一撃は――。

 

デミウルゴスの腕によって、簡単に弾かれた。

 

「……」

 

ゼロの目が見開かれる。

 

「脆いですね」

 

「な――」

 

次の瞬間。

 

デミウルゴスの腕が消えた。

 

いや。

 

違う。

 

速すぎて――。

 

見えなかった。

 

「なっ――!」

 

腕を掴まれる。

 

ゼロは即座に動いた。

 

ライオンの瞬発力。

 

隼の加速力。

 

そして武技・回避。

 

すべてを組み合わせる。

 

だが――。

 

「遅いですね」

 

回避できない。

 

当然だった。

 

デミウルゴスは――。

 

マッハ1。

 

音速に近い速度で動いていた。

 

いくら複数の動物の能力を引き出したところで、人間の身体能力を基礎としたゼロには限界がある。

 

「ぐっ――!」

 

そして。

 

「ふんっ!」

 

ゼロの身体が宙を舞った。

 

ドガァン!!

 

円卓に叩きつけられる。

 

「がっ!」

 

さらに――。

 

ドガァン!!

 

「ぐおっ!」

 

また叩きつける。

 

「ぐ、あああああ!!」

 

何度も。

 

何度も。

 

円卓へ叩きつけられる。

 

ゼロは理解できなかった。

 

――そんな馬鹿な。

 

――ふざけるな。

 

――この怪物が!

 

六腕最強。

 

裏社会の武力の頂点。

 

そう呼ばれていた自分が。

 

今。

 

玩具のように振り回されている。

 

「……」

 

ゼロの目から涙がこぼれた。

 

生まれて初めてだった。

 

これほどまでの恐怖を感じたのは。

 

「た、助け――」

 

そして。

 

「ぐっ……」

 

ゼロは意識を失った。

 

デミウルゴスはそんなゼロを掴んだまま、楽しそうに笑う。

 

「この武器は、なかなか使えそうですね」

 

そして、残った八本指の幹部たちへ視線を向ける。

 

「どうしたんですか?」

 

ニヤリ。

 

「かかってこないんですか?」

 

「――!」

 

誰も動けない。

 

信頼していた武の頂点。

 

六腕最強のゼロ。

 

その男が――。

 

一瞬で制圧され。

 

今は武器のように振り回されている。

 

「悪魔……か?」

 

誰かが震える声で呟いた。

 

「それでは――」

 

デミウルゴスが一歩踏み出す。

 

「こちらからいかせてもらいますよ」

 

「ヒィぃぃいいい!!」

 

そこには――。

 

確かに。

 

絶望があった。

 

八本指の最高機密。

 

各部門の長たちが集まる密会場。

 

魔法のアイテムによって存在そのものを隠蔽していたはずの場所。

 

それが。

 

あまりにも容易く発見された。

 

そして突如現れた――。

 

九体の悪魔。

 

八体のイビルロード。

 

そして、その中心に立つデミウルゴス。

 

「計画は順調です」

 

デミウルゴスは微笑んでいた。

 

「これで、モモンガ様のご計画を進められますね」

 

彼の脳裏に浮かぶのは――。

 

偉大なる主。

 

モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン。

 

「ふふふ……」

 

デミウルゴスは笑う。

 

「あなた様が嫌いであろう、理不尽の象徴ともいえる八本指」

 

その存在を。

 

「それを――」

 

圧倒的な悪で。

 

「更なる悪で捻り潰し」

 

「絶叫をあげさせる」

 

それが――。

 

これほど楽しいとは思わなかった。

 

「悲鳴が!」

 

「呪詛が!」

 

「絶叫が!」

 

デミウルゴスは恍惚とした様子で呟く。

 

「まさか――」

 

「小悪党を圧倒的な悪で捻り潰す作業が、こんなにも楽しかったとは」

 

自分が強者だと信じて疑わない者。

 

そんな者たちを。

 

さらに圧倒的な悪で恐怖に染め上げる。

 

「これが――」

 

デミウルゴスは考える。

 

「我が創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様の言う『悪』なのでしょうか」

 

そして。

 

「……ああ」

 

嬉しそうに笑う。

 

「私は成長している気がします」

 

「モモンガ様」

 

仮面の奥の瞳が細められる。

 

「私は、あなたが目指す世界を作り出す『悪』になれたでしょうか?」

 

「世界には――」

 

デミウルゴスは静かに呟いた。

 

「悪が必要ですからね」

 

「何故なら――」

 

「小さな悪は、何度でも湧いてくるのですから」

 

「ふふふふ……」

 

悪魔の笑い声が、王都の地下に響き渡る。

 

その日。

 

王国の裏社会を長年支配してきた八本指は――。

 

知らぬ間に。

 

新たなる支配者の手の中へと落ち始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。