「では、出発しましょう!」
エ・ランテル。
冒険者組合で依頼主であるンフィーレア・バレアレと顔を合わせ、今回護衛を担当する漆黒の剣のメンバーとも簡単な打ち合わせを終えた一行は、必要な荷物を整えると、カルネ村へ向けて出発した。
今回の依頼は単純な護衛任務ではない。
まず、エ・ランテルからカルネ村までンフィーレアを護衛する。
そしてカルネ村を拠点としてトブの大森林へ向かい、薬草を採取する際にも護衛を務める。
さらに薬草採取を終えた後、カルネ村からエ・ランテルへ戻るまで護衛する。
つまり、往復を含めた長期間の護衛任務である。
通常ならば、森からできるだけ離れた安全な道を選ぶ。
当然の判断だった。
森の中には、どのような魔物が潜んでいるか分からない。
しかし――。
「ンフィーレアさんよ!」
道中、ルクルットが突然声を上げた。
「はい?」
「セバスさんの噂は知っているだろ?」
「え、あ、はい! もちろん聞いています」
ンフィーレアはちらりとセバスを見る。
純白の道着。
鍛え抜かれた肉体。
白髪の老人という外見とは裏腹に、隙のない立ち姿。
そして何より――。
冒険者たちの間で囁かれている異名。
音速の拳士。
「なら、見たくないか?」
ルクルットはニヤリと笑った。
「音速の拳士の実力を」
「わ、分かりました……」
ンフィーレアが若干引きつった笑顔を浮かべる。
「ちょっと待て、ルクルット」
ペテルが呆れたように口を挟む。
「これ、護衛依頼だからな? 依頼人を危険に晒すようなことをするなよ」
「分かってるって!」
「本当に分かっているのか……」
漆黒の剣の面々は頭を抱えた。
――またルクルットか。
しかし、実のところ。
セバスの実力を見てみたいと思っていたのは、ルクルットだけではなかった。
ニニャも。
ダインも。
そしてリーダーのペテルも。
誰もが一度くらいは、この老人の本当の実力を見てみたいと思っていた。
結局、ルクルットの強い要望もあり、ンフィーレアは森の近くを通ってカルネ村に向かうルートを進むことに決めた。
こうして一行は、森の周辺を沿うようにして進んでいくことになった。
しばらく歩いた頃だった。
「……動いたな」
ルクルットの声が低くなる。
先ほどまでの軽薄な雰囲気が一瞬で消えた。
「森の近くに何か潜んでいる。警戒しろ」
同時に、漆黒の剣のメンバーも身構える。
ペテルが盾を構え。
ニニャが杖を握り。
ダインが周囲を見回す。
ンフィーレアも緊張した表情で辺りを見渡した。
しかし――。
セバスだけは、穏やかな表情を崩さなかった。
「……」
セバスは森を見つめる。
「ありゃ、随分と警戒しているな」
ルクルットが目を細める。
森の奥。
わずかに何かが動いている。
だが、今のところ姿をはっきりと確認できているのはレンジャーであるルクルットくらいだった。
――なるほど。
セバスは目を細める。
しかし、彼の視力は人間のそれとは比較にならない。
森の奥に潜む魔物たちの姿が、はっきりと見えていた。
ゴブリン。
小型の魔物。
そして、こちらの様子を窺っている複数の存在。
セバスは彼らを見つめる。
ただ、それだけだった。
「――ッ!」
魔物たちが硬直した。
まるで――。
巨大な竜に睨まれたかのような錯覚。
一体。
また一体。
森の奥へと逃げていく。
そして、その中の一匹。
セバスの視線をまともに受けたゴブリンは――。
「……」
その場に倒れた。
恐怖だけで生命活動を停止したのである。
「どうやら、帰っていったようですね」
セバスは穏やかに言った。
「……え?」
ルクルットが呆然とする。
「今、何をしたんです?」
「いえ。何も」
セバスは微笑んだ。
――護衛任務ということで、少々力が入りすぎてしまいましたね。
セバスは内心で反省する。
モモンガ様の護衛というわけでもない。
そこまで本気で警戒する必要はなかった。
あの程度の魔物なら、この者たちにとって良い経験になったかもしれない。
自分が成長の機会を奪ってしまった可能性がある。
「……申し訳ありません」
「え?」
「いえ、こちらの話です」
セバスは再び微笑んだ。
まだ日が沈むには早い。
それでも一行は野営の準備を始めた。
ルクルットは道具を使って地面を掘り、簡易的な竈を作っていく。
「お疲れ様です、ルクルットさん」
「お疲れ様っす、セバスさん!」
額の汗を拭いながら、ルクルットは笑った。
「セバスさんも見事な手際だなー。そろそろ飯にするっすよ!」
「分かりました」
「おーい! 飯だぞ!」
ルクルットが仲間たちを呼ぶ。
そこへペテルがやってきた。
「美味しそうだな」
やがて辺りが少しずつ暗くなっていく。
焚き火がぱちぱちと音を立てる。
そして夕食が始まった。
各自の器に、燻製肉で味付けされたシチューが盛られる。
「上手い!」
ルクルットが真っ先に頬張った。
「ルクルット!」
ニニャが眉をひそめる。
「セバスさんがいる前ではしたないですよ!」
「お前は、結構そういうところ気にするよな」
「あなたが気にしなさすぎるんですよ!」
ダインがやれやれと苦笑する。
そのやり取りに、ペテルも笑った。
自然と笑い声が広がる。
セバスはそんな彼らを眺めながら、穏やかに微笑んでいた。
「ふふふ」
――仲がよろしいですね。
その表情は、まるで家族を見守る老人のようだった。
「私は気にしませんよ」
セバスが言う。
「いつも通りの食べ方で、いっぱい食べてください」
「お!」
ルクルットの顔が明るくなる。
「セバスさん、分かるー!」
「上手いんだから、がっつくのはしょうがないだろ!」
また笑い声が起こった。
夜。
辺りは完全な闇に包まれた。
野営用のテントの中。
一行は眠りにつこうとしていた。
その中でペテルがセバスに話しかける。
「セバスさん」
「はい?」
「私たち、漆黒の剣という名前の由来についてですが、少し恥ずかしいんですが……」
「ほぉ」
「元々は十三英雄の黒騎士から来ているんです」
セバスは興味深そうに聞く。
「十三英雄ですか」
「そうです」
ペテルは懐かしそうに笑った。
「その方が持っていたという四本の剣。それを発見するのを目標にして、漆黒の剣という名前にしたんです」
「なるほど」
「叶うといいですね」
「ええ……」
ペテルは少し苦笑する。
「ただ、その目標なんですが」
「はい」
「魔剣キリネイラムは、王都のアダマンタイト級冒険者――蒼の薔薇のリーダー、ラキュース様が持っているようで」
「それは……」
「知った時は、結構ショックでしたよ」
ペテルが笑う。
それにつられるように、他のメンバーも笑った。
「あの日のこと、懐かしいな」
「そうですね」
彼らの脳裏に浮かぶのは――。
かつて魔物に襲われ、絶体絶命の窮地に陥った時。
自分たちを救ってくれたアダマンタイト級冒険者。
蒼の薔薇。
その姿だった。
「それで、目標は叶えられなくなってしまったんですが」
ペテルは続ける。
「私たちは目標を変えました」
「もちろん、他の三本の剣を見つけられたらいいと思っています」
「ですが……」
ペテルの表情が真剣になる。
「モンスターに襲われた時、窮地を救ってくれた蒼の薔薇のラキュース様」
「私は、あの方のような戦士になりたい」
「それが僕の夢です」
そして、少し照れながら続けた。
「チームの夢は、蒼の薔薇と同じアダマンタイト級冒険者になることです」
「まだ銀級冒険者なのに、大きすぎる夢ですよね」
セバスは静かに首を横に振った。
「いいえ」
「目標は高く持つべきでしょう」
「絶対になれるとは言い切れません。しかし――」
セバスは一人一人の顔を見る。
「あなたたちには、素質を感じます」
「地道に鍛錬を積めば、なれる日が来るやもしれません」
「セバスさん……」
ペテルは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
「セバスさんは優しいな~」
ルクルットが横から口を挟む。
「俺は、あのかっけえ忍者みてえになりてえな!」
「ああ……」
ニニャが遠い目をする。
「また始まりましたね」
ルクルットの脳裏には、颯爽と現れ、自分を軽やかに救った美人の忍者の姿が浮かんでいた。
「あの人、どっちでもいい!」
「嫁になってくれねえかな!!」
「……」
「あの時、俺は即座に一目惚れしたんだ!」
「惚れました! 結婚してください! って言ったら――」
「『無理』」
「『同じく』」
「って言われた!」
「ひー!」
ルクルットは頭を抱えながら笑う。
「いつ思い出しても、やっぱり美人はああでなければ!」
ニニャは少し引いていた。
「ルクルットのアレが始まりましたね……」
「蒼の薔薇に助けられてから、あの時のことを思い出すと、いつもこうなるんですよ」
「……」
ニニャはため息をつく。
非常に寛容な彼女でも、ルクルットのあまりのデリカシーのなさには驚かされる。
しかし――。
悪い人ではない。
だから嫌いにもなれない。
「私は……」
ニニャが口を開く。
「蒼の薔薇のイビルアイ様に一目惚れしました」
「ほう?」
セバスが興味深そうに見る。
「空から氷の礫を降らせて、オーガの群れを一掃したあの魔法力」
「それに、あのクールな態度」
ニニャの目が輝く。
「あんなに格好良くて、強い魔法使いになりたいなって」
「それなら」
セバスは微笑む。
「ニニャさん。あなたならなれると思いますよ」
「え?」
「才能を感じましたので」
「……!」
ニニャの頬がわずかに緩む。
「それは……ありがとうございます」
明らかに嬉しそうだった。
「……ちょろいな」
ルクルットが呟く。
「聞こえていますよ!」
「ははは!」
そしてダインも続く。
「私は、蒼の薔薇のガガーラン様のようになりたいですね」
「ほう」
「バッタバッタとゴブリンの群れを薙ぎ払っていく姿……!」
ダインの目が輝く。
「そして、あわよくばあの方と結ばれたい」
「……」
「結婚したい」
「……」
「そのためには、あの方より強くなって――」
ダインは拳を握る。
「次は私が彼女を救う!」
「そして、あわよくば……!」
さっきまで冷静で比較的真面目だった男が、欲望を全開にしていた。
セバスは苦笑する。
――若いというのは、素晴らしいものですね。
一方、その頃。
リ・エスティーゼ王国の裏社会では――。
一つの巨大な犯罪組織が暗躍していた。
その名は――。
八本指。
王国各地に数々の支部を持ち、その勢力はもはや王国経済そのものに組み込まれていた。
一部の貴族とも深く結びついている。
貴族と結託して悪事を働き、その利益を分け合う。
その影響力は、国政すら左右するほどだった。
八本指には八つの部門が存在する。
麻薬部門。
奴隷部門。
暗殺部門。
金融部門。
賭博部門。
警備部門。
その他にも複数の部門が存在し、それぞれが王国の闇を支えていた。
特に麻薬と奴隷。
この二つは、すでに民の生活そのものを侵食している。
暗殺部門は八本指の邪魔をする貴族を殺す。
金融部門は違法な金貸しで金を吸い上げる。
賭博部門は愚かな貴族たちから財産を搾り取る。
無辜の民の幸福を絶望へと変え、それを金へと変換する。
そして自分たちは好き勝手に金銀財宝を蓄え、時には拷問を楽しむ。
やりたい放題。
それが八本指だった。
当然、潰そうとする者もいた。
しかし――。
簡単には手を出せない。
八本指は強大な武力を保有しているからだ。
警備部門を中心とした戦闘員。
その中でも特に名を轟かせている六人。
六腕。
実力にはばらつきがあるものの、冒険者に例えるならミスリル級からアダマンタイト級。
六人がチームを組めば、アダマンタイト級冒険者として十分活動できるほどの戦力。
そのため、王国側も迂闊に手を出せなかった。
そして何より――。
彼らは非道な行為を一切躊躇しない。
だからこそ、余計に厄介だった。
王都。
八本指の最高幹部たちが一堂に会していた。
八つの部門。
その長たちによる重要な会議である。
「――」
警備部門の長。
ゼロ。
彼は一流のモンクだった。
その実力は、アダマンタイト級チームのリーダーを務められるほど。
英雄級には届かない。
しかし――。
あの王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフと戦えるだけの力を持つ。
六腕最強。
裏社会の武力の頂点。
誰もがそう認める男だった。
そんなゼロが――。
「……」
冷や汗を流していた。
何かがおかしい。
背後。
いつの間にか――。
そこに存在している。
一体。
また一体。
八人の幹部、それぞれの背後に一体ずつ。
いつからいたのか。
まったく分からない。
悪魔。
それ以外に表現しようがない。
赤黒い肌。
異形の身体。
鋭い爪。
そして、禍々しい存在感。
――イビルロード。
デミウルゴスが召喚した魔将たちだった。
「……なんだ、こいつらは」
ゼロが拳を握る。
「麻薬部門の進捗は――」
「黒粉の流通についてですが――」
「奴隷部門から警備部門へ戦力を――」
本来なら淡々と進むはずだった会議。
奴隷部門の長コッコドールがオネエ口調で戦力を貸してほしいと頼み。
麻薬部門の長ヒルマ・シュグネウスが、
「暗殺部門に頼みたいんだけどぉ。邪魔な奴、殺してくれない?」
などと、まるで日常会話のように物騒な話をしている。
紫色のアイシャドウ。
口紅。
元高級娼婦上がりの女。
直接逆らえば、麻薬漬けにされて商品として扱われるかもしれない。
あるいは――。
今の話の通り、暗殺される。
それほど危険な女だった。
だが――。
「フフフ……」
「ククク……」
一斉に笑い声を上げる。
それは人間が聞けば、本能的な恐怖を覚えるような笑いだった。
幹部たちは、背後に立つ悪魔たちを恐れていた。
そして――。
円卓の中央。
そこに、いつの間にか一人の存在が立っていた。
赤いスーツ。
顔は仮面によって隠されている。
人型ではある。
だが――。
人間ではない。
鋭利な尻尾が、その正体を物語っていた。
しかも。
背後のイビルロードたちよりも――。
濃密なオーラ。
圧倒的な存在感。
「私はデミウルゴスと申します」
仮面の奥から、愉快そうな声が響く。
「あなたたちに絶望を与えに来ました――」
そして。
「悪魔です」
「――ッ!」
八本指の幹部たちの身体が震える。
「悲鳴が」
デミウルゴスは楽しそうに両手を広げた。
「呪詛が――」
口元が歪む。
「絶望が!」
「そんな楽しい時間にしたいですね」
その瞬間。
八本指が一斉に動いた。
警備部門の長、ゼロが飛び出す。
「ふざけるな!」
ゼロは拳を握る。
――こいつは強い。
だが。
このゼロが震えるなどありえない。
何らかの魔法だ。
そうに違いない。
ならば――。
「目障りだ!」
拳を構える。
「このゼロ様が、今すぐ粉砕してやる!」
ゼロには特殊な力がある。
動物の力を最大限に引き出す能力。
まずは――。
ファルコン。
軽やかな身体。
次に――。
ライノセラス。
圧倒的な突進力。
そしてバッファロー。
その破壊力を拳へ。
さらにライオン。
瞬発力。
強靭な前蹴り。
複数の動物の力を組み合わせ、ゼロの拳が唸りを上げる。
「もらった!!」
「武技――」
「猛撃!!」
――ドンッ!!
拳がデミウルゴスへ叩き込まれる。
「――!」
しかし。
乾いた音。
ゼロの渾身の一撃は――。
デミウルゴスの腕によって、簡単に弾かれた。
「……」
ゼロの目が見開かれる。
「脆いですね」
「な――」
次の瞬間。
デミウルゴスの腕が消えた。
いや。
違う。
速すぎて――。
見えなかった。
「なっ――!」
腕を掴まれる。
ゼロは即座に動いた。
ライオンの瞬発力。
隼の加速力。
そして武技・回避。
すべてを組み合わせる。
だが――。
「遅いですね」
回避できない。
当然だった。
デミウルゴスは――。
マッハ1。
音速に近い速度で動いていた。
いくら複数の動物の能力を引き出したところで、人間の身体能力を基礎としたゼロには限界がある。
「ぐっ――!」
そして。
「ふんっ!」
ゼロの身体が宙を舞った。
ドガァン!!
円卓に叩きつけられる。
「がっ!」
さらに――。
ドガァン!!
「ぐおっ!」
また叩きつける。
「ぐ、あああああ!!」
何度も。
何度も。
円卓へ叩きつけられる。
ゼロは理解できなかった。
――そんな馬鹿な。
――ふざけるな。
――この怪物が!
六腕最強。
裏社会の武力の頂点。
そう呼ばれていた自分が。
今。
玩具のように振り回されている。
「……」
ゼロの目から涙がこぼれた。
生まれて初めてだった。
これほどまでの恐怖を感じたのは。
「た、助け――」
そして。
「ぐっ……」
ゼロは意識を失った。
デミウルゴスはそんなゼロを掴んだまま、楽しそうに笑う。
「この武器は、なかなか使えそうですね」
そして、残った八本指の幹部たちへ視線を向ける。
「どうしたんですか?」
ニヤリ。
「かかってこないんですか?」
「――!」
誰も動けない。
信頼していた武の頂点。
六腕最強のゼロ。
その男が――。
一瞬で制圧され。
今は武器のように振り回されている。
「悪魔……か?」
誰かが震える声で呟いた。
「それでは――」
デミウルゴスが一歩踏み出す。
「こちらからいかせてもらいますよ」
「ヒィぃぃいいい!!」
そこには――。
確かに。
絶望があった。
八本指の最高機密。
各部門の長たちが集まる密会場。
魔法のアイテムによって存在そのものを隠蔽していたはずの場所。
それが。
あまりにも容易く発見された。
そして突如現れた――。
九体の悪魔。
八体のイビルロード。
そして、その中心に立つデミウルゴス。
「計画は順調です」
デミウルゴスは微笑んでいた。
「これで、モモンガ様のご計画を進められますね」
彼の脳裏に浮かぶのは――。
偉大なる主。
モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン。
「ふふふ……」
デミウルゴスは笑う。
「あなた様が嫌いであろう、理不尽の象徴ともいえる八本指」
その存在を。
「それを――」
圧倒的な悪で。
「更なる悪で捻り潰し」
「絶叫をあげさせる」
それが――。
これほど楽しいとは思わなかった。
「悲鳴が!」
「呪詛が!」
「絶叫が!」
デミウルゴスは恍惚とした様子で呟く。
「まさか――」
「小悪党を圧倒的な悪で捻り潰す作業が、こんなにも楽しかったとは」
自分が強者だと信じて疑わない者。
そんな者たちを。
さらに圧倒的な悪で恐怖に染め上げる。
「これが――」
デミウルゴスは考える。
「我が創造主、ウルベルト・アレイン・オードル様の言う『悪』なのでしょうか」
そして。
「……ああ」
嬉しそうに笑う。
「私は成長している気がします」
「モモンガ様」
仮面の奥の瞳が細められる。
「私は、あなたが目指す世界を作り出す『悪』になれたでしょうか?」
「世界には――」
デミウルゴスは静かに呟いた。
「悪が必要ですからね」
「何故なら――」
「小さな悪は、何度でも湧いてくるのですから」
「ふふふふ……」
悪魔の笑い声が、王都の地下に響き渡る。
その日。
王国の裏社会を長年支配してきた八本指は――。
知らぬ間に。
新たなる支配者の手の中へと落ち始めていた。