R e 『ワールド』   作:あるえす

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9. 狂人

帝都アーウィンタール。

 

帝国の中心にそびえ立つ皇城。その一室では、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが、山のように積み上げられた書類と向き合っていた。

 

金髪に濃い紫色の切れ長の瞳。

 

眉目秀麗という言葉をそのまま形にしたような容姿でありながら、その顔には若き皇帝としての威厳と、支配者特有の冷徹な気配が宿っている。

 

彼が書類に目を通していると、執務室の扉が控えめに叩かれた。

 

「陛下。フールーダ・パラダイン様がお見えです」

 

「通せ」

 

「失礼します。陛下」

 

ガチャリ。

 

扉が開き、二百年以上の時を生きる帝国最高峰の魔法使い――フールーダ・パラダインが入室する。

 

老人はいつものように恭しく頭を下げた。

 

そして。

 

扉が完全に閉じた、その瞬間だった。

 

「私が! 私が求めていた! 私より上位の魔法を使える御方がぁぁぁぁぁ!!」

 

「――は?」

 

突然の絶叫。

 

ジルクニフは目を見開いた。

 

「ひひひひひひひ!! ついに! ついに見つけましたぞ! 私より上位の魔法使いを! 私の遥か先を歩く御方を!!」

 

「どうした! 爺!」

 

「素晴らしい! なんと素晴らしい!!」

 

「おい爺!!」

 

フールーダは両手を震わせながら天井を見上げている。

 

「私が……私が二百年以上追い求めてきた領域に……ついに……!」

 

「何を言っているのか分からん!」

 

ジルクニフは机を叩いた。

 

「フールーダ・パラダイン! 落ち着け!」

 

「はっ!」

 

皇帝の一喝によって、ようやくフールーダは我に返った。

 

「……失礼しました、陛下。つい興奮してしまいました」

 

「相変わらずだな。魔法のことになるとすぐにこれだ」

 

ジルクニフは深く息を吐く。

 

しかし、すぐに表情を引き締めた。

 

「それにしても、今日の興奮ぶりは異常だ。何があった?」

 

「それがですな!」

 

フールーダの瞳が再び輝く。

 

「私を超える魔法使いが現れたのです!」

 

「何!?」

 

ジルクニフが椅子から僅かに身を乗り出す。

 

「爺を超える魔法使いだと?」

 

「はい!」

 

フールーダは満面の笑みを浮かべた。

 

「私より一段階上位――第七位階魔法を扱える御方が、私の前に舞い降りたのです!」

 

「第七位階……」

 

ジルクニフは呟く。

 

「確か、お前が扱える最高位は第六位階だったな?」

 

「左様です」

 

「具体的には、どれほど違う?」

 

「陛下。私が扱える第六位階魔法の一つに――《百雷撃》があります」

 

フールーダは説明を始めた。

 

「その名の通り、無数の雷撃を同時に発生させる殲滅魔法です。一度に百本もの雷を落とし、さらに雷撃を束ねることで、一点に対する威力を大幅に高めることもできます」

 

「それだけでも十分化け物だと思うがな」

 

「ありがとうございます」

 

「褒めていない」

 

フールーダは気にした様子もない。

 

「そして第七位階ともなれば、その威力は単純計算では比較になりません」

 

「どの程度だ?」

 

「魔法の位階が一つ上がるごとに、基礎的な威力はおよそ十倍になる――私はそう考えております」

 

「十倍……」

 

ジルクニフの表情が変わった。

 

「では、第七位階魔法を使える者は、お前の十倍の戦力を持つということか?」

 

「単純にはそう言えません。使用者自身の能力や魔法の種類によって差がありますからな」

 

フールーダは楽しそうに説明を続ける。

 

「しかし、私の《百雷撃》を基準に考えれば――一度に千本以上の雷撃を操ることすら可能でしょう」

 

「千……」

 

ジルクニフは言葉を失った。

 

脳裏に戦場の光景が浮かぶ。

 

帝国軍の大軍。

 

数千、数万の兵士。

 

それらが整然と隊列を組んで進軍する。

 

だが、その頭上に無数の雷が現れたなら?

 

一撃。

 

二撃。

 

三撃。

 

雷が大地を埋め尽くし、兵士たちは何が起きたのか理解する暇すら与えられず消し飛んでいく。

 

近づくことすらできない。

 

防御することも難しい。

 

一人の魔法使いが、軍隊そのものを相手取る。

 

それが第七位階魔法。

 

「……化け物だな」

 

ジルクニフが思わず呟いた。

 

フールーダは恍惚とした表情を浮かべる。

 

「第七位階魔法は、人間が到達できる限界のさらに先。まさに魔法の頂点です」

 

そして。

 

「かの御方は……魔法の神なのです」

 

ジルクニフは眉をひそめた。

 

「神、か」

 

第七位階魔法を操る魔法使い。

 

それだけでも帝国にとっては重大な脅威である。

 

だが――同時に。

 

これほど魅力的な人材もいない。

 

ジルクニフは考える。

 

もし、その人物を帝国に引き込めるのなら。

 

フールーダの十倍。

 

いや、単純な戦力差だけでは測れない。

 

帝国が数百年かけても到達できない魔法の知識。

 

それが手に入る可能性がある。

 

欲しい。

 

純粋に、欲しい。

 

「それで?」

 

ジルクニフは尋ねた。

 

「その御方は、今どこにいる?」

 

「実は――」

 

フールーダはニヤリと笑った。

 

「陛下への謁見を望まれております」

 

「何?」

 

「現在、控え室でお待ちいただいております」

 

ジルクニフの表情が僅かに険しくなった。

 

皇帝の許可なく、素性の分からぬ人物を帝城へ入れる。

 

本来ならば重大な問題だ。

 

しかも、その人物はフールーダより強い。

 

もし暗殺者だったら?

 

いや。

 

本当に第七位階魔法を使えるのなら、暗殺する気がある時点で、対策などほとんど意味をなさない。

 

「……会うしかないか」

 

会わない方が損だ。

 

それに、この人物を無礼に扱えばフールーダが何をするか分からない。

 

そして何より――帝国の利益になる可能性がある。

 

「通せ」

 

「ありがとうございます、陛下!」

 

フールーダは嬉しそうに頭を下げた。

 

 

しばらくして。

 

謁見の間。

 

皇帝ジルクニフの前に、一人の使者が立っていた。

 

官僚が厳かな声で告げる。

 

使者が膝をつこうとした、その瞬間

 

ジルクニフが口を挟んだ。

 

「頭を上げてくれ、使者殿」

 

官僚が驚く。

 

ジルクニフは立ち上がり、使者に向かって頭を下げた。

 

「我が国の官僚が無礼な真似をしてすまなかった。あなたのような偉大な人物に片膝をつかせる必要はない」

 

皇帝が頭を下げる。

 

その姿に、周囲の官僚たちは息を呑んだ。

 

ジルクニフは、それほどまでに相手を警戒していた。

 

「問題ありませんよ、皇帝陛下」

 

使者は淡々と答える。

 

「私は私のすべきことをするだけです」

 

「……すべきこと?」

 

その言葉に、ジルクニフは警戒心を強めた。

 

使者は静かに答える。

 

「アインズ・ウール・ゴウン国の建国についてです」

 

「アインズ・ウール・ゴウン国?」

 

聞いたことのない国名だった。

 

使者は説明を続ける。

 

「我が国は、王国の民の生活が苦しいことを憂いた偉大なる主――モモンガ様が建国された国です」

 

「ほう」

 

「貴族たちの横暴。重税。食糧不足。民衆の不満。そのような王国の政治に絶望した者たちとともに、モモンガ様が新たな国を作られたのです」

 

ジルクニフは黙って聞いていた。

 

その内容自体は、完全な戯言とは思えなかった。

 

王国の腐敗。

 

貴族たちの専横。

 

それらは帝国も把握している。

 

問題は――場所だった。

 

「それで、どこに建国した?」

 

「エ・ランテル周辺です」

 

「……」

 

ジルクニフの眉が僅かに動く。

 

そこは帝国が長年狙っていた地域だった。

 

「なるほど」

 

皇帝は笑った。

 

しかし、その笑顔は決して穏やかなものではなかった。

 

「事情は理解した」

 

フールーダが横から口を挟む。

 

「陛下。よろしいですかな?」

 

「何だ、爺」

 

「私を弟子にしていただけませぬか!?」

 

「……は?」

 

「私は第六位階魔法の壁に阻まれております! どうか私を第七位階の領域へ!」

 

「爺、でしゃばるな!」

 

「しかし陛下!」

 

「今は外交の話だ!」

 

「ですが私にとっては人生最大の――」

 

「黙れ!」

 

ジルクニフは頭を抱えた。

 

この老人は魔法の話になると本当にどうしようもない。

 

しかし。

 

百年以上も帝国に仕え続けた男だ。

 

その忠誠心には報いるべきだろう。

 

「使者殿」

 

「はい」

 

「我が国は貴国の建国を支持しよう」

 

使者が僅かに目を細める。

 

「その代わり――」

 

ジルクニフはフールーダを見る。

 

「我が宮廷魔術師に、第七位階魔法を見せてもらいたい」

 

「陛下!」

 

フールーダの顔が輝いた。

 

「それから、その魔法について説明していただきたい」

 

「承知しました」

 

「情報を対価として、帝国はアインズ・ウール・ゴウン国の建国を全面的に支持する」

 

ジルクニフは静かに告げた。

 

「どうだ?」

 

「ありがたくお受けいたします」

 

交渉は成立した。

 

ジルクニフは椅子へと腰を下ろす。

 

新しく生まれた国。

 

未知の魔法使い。

 

そして――その国を支える強大な存在。

 

どこの馬の骨とも分からない国ではある。

 

だが。

 

フールーダ以上の魔法使いがいる国ならば、友好関係を築いておいて損はない。

 

むしろ――築かねばならない。

 

 

謁見が終わった後。

 

ジルクニフは執務室へ戻っていた。

 

窓の外には帝都の街並みが広がっている。

 

石畳の道。

 

整備されつつある街路。

 

行き交う商人。

 

活気を増していく市場。

 

ジルクニフはそれを眺めながら考える。

 

王国。

 

八本指。

 

違法薬物。

 

奴隷売買。

 

帝国民の誘拐。

 

流れてくる犯罪者。

 

流れ込む違法薬物。

 

帝国は王国の腐敗に巻き込まれている。

 

「……放ってはおけんな」

 

皇帝として。

 

民の生活を守るためにも。

 

八本指の最高幹部は必ず捕らえる。

 

そして情報を吐かせる。

 

帝国民を苦しめた罪を、民衆の前で裁く。

 

それが皇帝としての責務だ。

 

ジルクニフは、貴族たちから取り上げた莫大な財産を思い出す。

 

無能な貴族を平民へ落とし、財産を没収する。

 

批判する者もいた。

 

しかし、その資金は帝国のために使われている。

 

帝都の石畳。

 

主要街道の舗装。

 

物流網の整備。

 

災害が発生した際、物資を迅速に運ぶための道路。

 

平時には商人が行き交い、人が集まる。

 

人が集まれば労働力が生まれる。

 

労働力があれば物が作られる。

 

物が作られれば金が動く。

 

金が動けば国が豊かになる。

 

国が豊かになれば――民も豊かになる。

 

「誰もが飢えない帝国を作る」

 

それがジルクニフの目指す国だった。

 

税を取る。

 

その税を国へ投資する。

 

国が発展する。

 

経済が潤う。

 

そして、また税収が増える。

 

その循環こそが帝国の未来だ。

 

「国が肥えれば、民も肥える」

 

ジルクニフは窓の外を見つめた。

 

「それでいい」

 

さらに、帝国では新たな試みも進められていた。

 

――アンデッド・プランテーション。

 

アンデッドを労働力として利用し、広大な農地を耕作させる。

 

人間よりも安価で。

 

疲労せず。

 

食事も必要とせず。

 

休息すら必要としない。

 

実験が成功すれば、新鮮な野菜を安価で大量に生産できる。

 

「王国の肥沃な土地で実施できれば、さらに効率が良かったのだがな」

 

しかし。

 

そこに新しい国が生まれた。

 

ならば仕方がない。

 

帝国内でも実験は可能だ。

 

損失はある。

 

だが、致命的ではない。

 

ジルクニフは小さく息を吐いた。

 

「新しい国……か」

 

その国の王は、モモンガ・アインズ・ウール・ゴウン。

 

そして、その背後には――第七位階魔法を操る賢者がいる。

 

「さて……どうなるやら」

 

皇帝の紫色の瞳が鋭く光った。

 

 

後日。

 

スーパーリッチは皇帝の秘書官ロウネと、両国の会談の日程を調整していた。

 

建国したばかりの小国。

 

対するは、長い歴史を持つ帝国。

 

普通ならば帝国側が圧倒的に優位だ。

 

しかし。

 

今回は違う。

 

未知の魔法使い。

 

そして、その者が仕える国。

 

慎重な外交が必要だった。

 

一方。

 

その裏側で、別の約束も交わされていた。

 

フールーダと、スーパーリッチ。

 

二人だけの秘密の約束。

 

――カッツェ平野でのアンデッド狩り。

 

「後日、ぜひともご一緒しましょう!」

 

「もちろんじゃよ!」

 

二人の老人は、まるで遠足を楽しみにする子供のように笑っていた。

 

普段は仏頂面のフールーダも、その日ばかりは満面の笑みである。

 

そんなフールーダを見て、ジルクニフは呆れたように呟いた。

 

「……爺があんな顔をするのは久しぶりだな」

 

 

カルネ村の近くまで、歩いてきた一行。

 

ンフィーレア・バレアレ。

 

冒険者チーム――漆黒の剣。

 

そして、セバス・チャン。

 

ンフィーレアが足を止めた。

 

「……あれは?」

 

目の前に広がっていた光景に、彼は言葉を失った。

 

「何だ、あれ?」

 

ルクルットも目を見開く。

 

「ここ……本当にカルネ村か?」

 

かつては小さな農村だった。

 

しかし今は違う。

 

村の周囲には巨大な防壁が築かれ、正面には巨大な門。

 

防壁の上には見張り台。

 

村というより――要塞都市だった。

 

「エ・ランテルが、こんなところに移動したのか?」

 

ルクルットが本気で困惑する。

 

「そんなわけないでしょう」

 

ニニャが呆れたように答える。

 

「ですが……これは凄いですね」

 

ペテルも目を細める。

 

その時だった。

 

ギィィィィ……。

 

巨大な正門がゆっくりと開いていく。

 

まるで、彼らを歓迎するかのように。

 

そして――。

 

「ンフィーレア!!」

 

門の上から少女が手を振っていた。

 

「エンリ!」

 

ンフィーレアの顔が一瞬で明るくなる。

 

エンリ・エモット。

 

かつて村を襲った悲劇によって両親を失った少女。

 

それでも妹とともに懸命に生きている。

 

そして今では、カルネ村の重要な役割を担っていた。

 

「久しぶり!」

 

「はい!」

 

ンフィーレアは笑顔を浮かべる。

 

その笑顔は――少しばかり分かりやすかった。

 

エンリが笑う。

 

それだけで嬉しい。

 

エンリがこちらを見る。

 

それだけで幸せ。

 

彼女が好きだ。

 

ずっと好きだった。

 

だが、まだ告白はしていない。

 

そしてンフィーレアは知らない。

 

自分の大切な幼馴染が――すでに別の恋を始めていることを。

 

「エンリちゃん。あの人たちは知り合いかい?」

 

見張り台の隣にいた村人が尋ねる。

 

「はい。危ない人たちではありませんよ」

 

「そうかい。そりゃよかったねぇ」

 

お婆ちゃんはニコニコと笑う。

 

しかし、その視線は村の外にいる冒険者たちではなく、傍らに立つゴーレムへ向いていた。

 

――今日は仕事が少なそうだね。

 

ならば。

 

「今日も畑仕事をお願いしようかねぇ」

 

お婆ちゃんは満足そうに笑った。

 

 

ゴーレムマスター

 

このお婆ちゃんには、一つの秘密がある。

 

本人ですら長年気づかなかった。

 

――タレント。

 

生涯一度も発現しなかった才能。

 

その名は――《ゴーレムマスター》。

 

自身のレベルより十レベル上までのゴーレムを完全に操ることができる。

 

さらに、ゴーレムの基礎能力を向上させる。

 

そして――視界すら共有できる。

 

本人がその能力に気づいたのは、ゴーレムを譲り受けた後だった。

 

「おや?」

 

最初は単純な違和感だった。

 

遠くにいるゴーレムが、自分の思い通りに動く。

 

手を動かす。

 

歩かせる。

 

荷物を運ばせる。

 

農作業をさせる。

 

しかも。

 

ゴーレムが見ているものまで、自分の目で見ているように分かる。

 

不思議に思った彼女は、別のゴーレム使いに尋ねた。

 

「ゴーレムって、こんなことできるのかい?」

 

「できないわよ」

 

即答だった。

 

「遠隔操作なんて無理無理。そもそもゴーレムって動かしづらいでしょう?」

 

「そうなのかい?」

 

「それでも力持ちだから便利だけどねぇ」

 

そこで、お婆ちゃんは気づいた。

 

「……もしかして」

 

自分には才能があったのだ。

 

ただの村娘として生まれ。

 

ただの村人として生き。

 

村のお婆ちゃんとして人生を終える。

 

そう思っていた。

 

しかし。

 

人生の終盤になって、眠っていた才能が突然目を覚ました。

 

それは彼女の人生を大きく変えることになる。

 

彼女自身も、まだ知らない。

 

この才能が、アインズ・ウール・ゴウン国の発展にどれほど大きな意味を持つことになるのかを。

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン国へようこそ!」

 

門をくぐった瞬間、エンリが笑顔で迎える。

 

「……」

 

ンフィーレアは完全にデレデレだった。

 

「久しぶり、エンリ」

 

「ンフィーレアも元気そうだね!」

 

「もちろん!」

 

明らかにテンションが高い。

 

それを見た漆黒の剣のメンバーは苦笑する。

 

「……分かりやすいな」

 

ルクルットが小声で呟いた。

 

「何がですか?」

 

ニニャが首を傾げる。

 

「いや、何でもない」

 

その頃。

 

彼らの目の前には、さらに巨大な建物が姿を現した。

 

「……あれは?」

 

ンフィーレアが呟く。

 

そこには五階建ての巨大な建物が建っていた。

 

冒険者組合。

 

しかも、その建物には武器屋まで併設されている。

 

武器の試し斬りができる訓練場。

 

戦闘訓練施設。

 

冒険者向けの設備。

 

さらには宿泊施設まで存在する。

 

その近くには五階建ての宿屋が建ち、大浴場や娯楽施設まで備えられていた。

 

しかし――。

 

彼らはその存在を知らない。

 

知っていたら。

 

薬草採取どころではなくなっていた可能性すらある。

 

「凄い建物であるな」

 

ダインが感心する。

 

「村人が作ったのか?」

 

「いやいやいや!」

 

ルクルットが叫ぶ。

 

「こんなもの村人だけで作れるわけねぇだろ!」

 

「ですが……」

 

ニニャが苦笑する。

 

「ここにはアインズ・ウール・ゴウン国という国があるんですよね?」

 

「そもそも、その国の名前を聞いたことがない」

 

ペテルが腕を組む。

 

「王国の地図にも載っていない」

 

「では……」

 

ニニャが真面目な顔で言う。

 

「村人たちによる建国ごっこ、でしょうか?」

 

「……」

 

全員が沈黙する。

 

そして。

 

「まあ、王国に知られなければ問題ないだろ」

 

「そうですね」

 

彼らは苦笑しながら歩き出した。

 

こうして、ンフィーレアたちはトブの大森林へと入っていった。

 

 

エ・ランテル地下墓地

 

同じ頃。

 

エ・ランテル。

 

夜。

 

街が静寂に包まれる中、巨大な墓地を一人の人影が歩いていた。

 

黒いフード付きマント。

 

足音はほとんど聞こえない。

 

まるで闇そのものが人の形を取って歩いているようだった。

 

女は墓地の奥まで進むと、立ち止まる。

 

そして。

 

「……ここかな」

 

フードを外す。

 

現れたのは二十歳前後の女。

 

瑞々しい肌。

 

整った顔立ち。

 

可愛らしい容姿。

 

しかし、その瞳にはどこか危険な光が宿っている。

 

「入るよー!」

 

女は気楽な声を上げた。

 

「ちわー!」

 

墓地に似つかわしくない明るい声が響く。

 

「ここにいるカジッちゃんに会いに来たんだけど、いるー?」

 

「……その挨拶はやめないか!」

 

墓地の奥から男の声が返ってくる。

 

「誇りあるズーラーノーンの名が泣くわ!」

 

男――カジット・デイル・バダンテールは、心底嫌そうな顔をしていた。

 

ズーラーノーン。

 

それは強大な邪悪なるマジックキャスターたちによって構成された秘密結社。

 

数々の凄惨な事件を引き起こしてきた犯罪集団である。

 

その幹部の一人が、カジットだった。

 

「それで?」

 

カジットが手を差し出す。

 

「持ってきたのであろうな?」

 

女はニヤリと笑った。

 

「もちろん」

 

そして。

 

「こ・れ・の・こ・と?」

 

懐から装飾品を取り出す。

 

サークレット。

 

ただの装飾品ではない。

 

魔法のアイテム。

 

そして――。

 

スレイン法国が秘蔵する最秘宝の一つ。

 

《叡者の額冠》。

 

「おお……!」

 

カジットの目が見開かれる。

 

「よくやった……!」

 

「でしょ?」

 

女――クレマンティーヌは楽しそうに笑った。

 

彼女はかつて、スレイン法国の特殊部隊――漆黒聖典に所属していた。

 

しかし、現在は法国を裏切り、逃亡中。

 

追手から身を隠すため、ズーラーノーンと手を組んでいた。

 

利害が一致したのだ。

 

カジットが欲するもの。

 

クレマンティーヌが必要とする協力。

 

それぞれを交換した。

 

「これでカジッちゃんは目的に一歩近づいた」

 

クレマンティーヌは笑う。

 

「そして私は、追手の目を欺くための事件を起こせる」

 

「素晴らしい」

 

カジットも笑った。

 

「お前と協力して正解だったな、クレマンティーヌ」

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