狂った茶会と自由過ぎる社交界 作:ユメ先生
さて、実のところマコトの行き当たりばったりが何の意味も無かったかと言えば、そんなことはなかった。
「聞きました!? ゲヘナの生徒がたくさん来て、自治区の紅茶を買い漁って行ったそうですよ!!」
「何ですって!? どうしましょう、私、明日友達とのお茶会のホストなのに!!」
そんな話を聞かされたトリニティの生徒には、お茶会と自分用として使う紅茶の缶が一つしかなかった。
紅茶の缶は開封後は香りが落ちるまでの、ひと月以内に使い切るのが常識である。
ましてや、トリニティの生徒であるなら一缶を一週間ぐらいで使い切ってしまう。
「今のうちに購買部で調達しないと!!」
そんな彼女が購買部に向かうと、衝撃の光景が目に映った。
そこには、購買部に殺到する生徒達の姿があった。
「どの銘柄でも良いです、紅茶をください!!」
「ティーパッグみたいな安物は御免ですわッ!!」
「ゲヘナに奪われる前に紅茶を出しなさい!!」
「落ち着いて、落ち着いてください!!
紅茶がキヴォトスから消えることはありません!! 明日にもまた入荷しますから、皆さん落ち着いて!!」
購買部の生徒が、必死に暴徒と化した生徒達を宥めていた。
「……」
紅茶を買いにきた生徒は、絶句するほかなかった。
そう、紅茶がキヴォトスから消えることはない。
だが、一時だけとは言えトリニティ自治区で品薄だったことは確かだった。
民衆、いや衆愚にとって、その事実だけで十分なのだ。
まず、インターネット上で紅茶缶の値段が高騰した。
トリニティの生徒ならどんな値段でも買うだろうと、三倍以上の値がつき、実際そうなった。
結果として、実は中身がからっぽだとか、ティーパッグが詰められただけ、みたいな詐欺被害が多発した。
世間知らずのトリニティの生徒が主な被害者となった。
次に、安心と信頼のキヴォトスの企業どもが、紅茶の在庫の売り控えを始めた。
市場でどんどんと、日増しで紅茶の値段が吊り上がる。
風が吹けば桶屋が儲かるとは、まさしくこの有様だろう。
その結果、一週間もすれば解消されるような品薄が、断続的に続くようになった。
そのしわ寄せは、当然正義実現委員会に来ることになる。
この日、三十人以上の生徒が紅茶の購買関係で被害を受けて相談、または委員会として対処を行うと約束して帰って行った。
「くッ、あの時私があの連中を撃退しておけば……」
部室でハスミが憤慨していた。
「まあまあ、あの時は本当にゲヘナの連中はただの観光系部活の活動に過ぎませんでしたから」
イチカがそんな彼女を宥める。
実際、あの場でハスミが行動を起こせば正義実現委員会に多方面から糾弾の嵐が来たのは目に見えていた。
「それでも、我が校の生徒達が傷つくよりはマシです!!」
「その自己犠牲は素晴らしいっすけど……」
「これはゲヘナからの攻撃ですよ!! 奴らは我が校へ悪意を持って行動したのです!!」
「報告書では、ティーパーティーの連中限定じゃなかったっすか?」
ヒートアップしているハスミに、イチカも困り果てていた。
素行はともかく、万魔殿の大量購入は正当な対価を払ってなされた。それ自体は咎められないのである。
「それにしても、ティーパーティーの三人っすか」
トリニティの生徒、いやイチカにとって、ティーパーティーの三人はよくわからない面々だった。
各々トリニティでも屈指の名家の出身でありながら、各地を放蕩してどこの店の紅茶がどうとか批評したり、時には雪山の頂上でお茶をしたり、はたまた大騒ぎを起こしたり。
そんな訳だから、当初は自分たちの派閥に、と勧誘していた生徒会の面々の声も掛からなくなったと聞いていた。
不良なのか、と問われれば、絶妙に違う、としか言えない三人なのだった。
「生徒会も紅茶の転売を禁止するって、珍しく爆速でルールの整備を行っているって聞いてますし。今は事態が鎮静化するのを見守るしかないっすよ」
結局のところ、イチカは正論を言う他なかった。
実際、これは時間が解決する問題だった。
「た、大変です!!」
すると、正義実現委員会の部員が部室に駆けこんできた。
「何事です!?」
「紅茶を摂取できない生徒達が、我を忘れて暴れまわっています!!」
「そんなことあるっすか!?」
イチカは思わずツッコミを入れたが、部員は冗談を言っているわけではなかった。
ともあれ、放置できる問題ではないので、すぐに動ける二人が現場に向かった。
「こ、紅茶……お紅茶ぁ!!」
「紅茶を紅茶紅茶……紅茶の匂い!!」
そこでは、紅茶欠乏症に陥ったトリニティの生徒達が、お茶会をしている生徒達を襲っていた。
「こ、これはダメです、これが手元にある最後の一缶なんですの!!」
「誰か、助けてください!!」
必死に紅茶缶を抱きかかえて逃げ回る生徒達。
「くッ、まさか罪もない我が校の生徒に銃を撃つわけにも……」
「先輩、とりあえず抑え込むっすよ!!」
駆けつけたはいいが躊躇いを覚えるハスミと、行動を起こそうとするイチカ。
その時である。
「──救護!!」
だれあろう、救護騎士団のミネ団長が颯爽と団員を引き連れ、暴徒と化した生徒達に手刀を落としたではないか。
「……」
「……」
「皆さん、速やかに処置を」
絶句している二人を他所に、ミネは気を失ってヘイローが消えている生徒達の袖を捲り始めた。
そして、消毒の後、琥珀色の液体が入った注射器を静脈注射し始めた。
「あの、それ、なにっすか?」
「高濃度に濃縮した紅茶成分です」
イチカが尋ねると、真顔でミネは答えた。
他の団員たちも同じように処置をしている。
「これで十時間ほど持ちますが、念のために紅茶点滴が必要でしょう」
「あのー、その紅茶成分はどこで入手したんすか?」
「安物のティーパッグから抽出しました。舌で味わわなければ安物に対する拒否反応はでませんから」
イチカは思った。うちの生徒ってそんなトンチキな生態をしてたのか、と。
それよりこんな事態初めてなのになんで手慣れてるのかとか、色々ツッコミどころがあったが、イチカは飲み込むことにした。紅茶だけに。どッ!!
「それでは我々は。次の救護の患者の元へ向かいますので」
「……ええ、よろしくお願いいたします」
自分達が張っ倒した生徒達を保健室に連れて行く救護騎士団。
二人はそれを見送る他なかった。
「どうやら、事態は深刻なようですね」
「あッ、ナギサさん」
その声に二人が振り返ると、ナギサが淑女立ちで立っていた。所謂お腹の上に両手を重ねている状態であるが、実際に“淑女立ち”と称されている。
「我々から紅茶を奪うなどと、これはゲヘナからの挑戦と言っても過言ではありません」
「いやぁ、ちょっとばかり主語が大きいと思うっすけど」
「同感です。ナギサさん!!」
「あ、同調しちゃってる……」
拳を握り締めて怒りを示すハスミに、イチカは遠い目になった。
「万魔殿が我々から奪って行った紅茶を奪い返しましょう」
「いや、あれは一応向こうが購入していったものですし……」
イチカがそう言うと、ナギサはおもむろにスマホを取り出して、その画面を示した。
そこにはチアキが管理する万魔殿の公式SNSのアカウントの、最新の投稿が記されていた。
『愚かなティーパーティーどもへ、この慈悲深いマコト様が相場の十倍から交渉のテーブルに乗ってやろう!!』
という文言と共に、ゲヘナ本校舎の前に敷かれたブルーシートの上に山のように積まれた紅茶缶を背に、マコトが呵々大笑している様子の写真が映し出されていた。
軽く1000缶はあるだろう。
「うわぁ」
イチカは思わず呻いた。
「今すぐ我々をコケにした報いを与えてやりましょう!!」
これにはハスミも怒り心頭だった。
誤解が無いように追記しておくが、ハスミもゲヘナの全てを無条件で嫌っているわけではない。礼儀正しいゲヘナの生徒にはそれ相応な対応をする。
勿論、万魔殿の面々にはそんな対応は期待できないが。
「安心してください、ハスミさん。既に手を打っております」
「……既に?」
ハスミの疑念に、ナギサは意味深に薄く笑うだけだった。
§§§
さて、ところ変わってゲヘナ学園。
「キッキッキ、キキキのキ!!」
「なんですかそのアホみたいな笑い声は」
「今日こそ、あのティーパーティーどもの最期の日だからだ!!」
マコトと裏腹に、校庭に紅茶缶を運び出すのに手伝わされたイロハは不機嫌そうだった。
「ついにあの連中と決着を付ける日が来たのだ!!」
「マコト先輩が言ってたじゃありませんか。私達は武闘派じゃないって」
イロハが自分達の短所を指摘した。
万魔殿は見た目こそ軍隊っぽいが、全部ファッションである。
儀仗隊と軍楽隊と見栄の為に設えた戦車隊があるだけの、張り子の虎だった。
訓練を行ったりもするが、それもほとんど一糸乱れぬ行進の為である。
この万魔殿に集まった部員の殆どが、カッコいい制服を着れるとか、個人で買うには敷居の高い楽器を自由に吹けるとか、色んな自治区に部費で遊びに行けるとか、そんな意識の低い生徒ばかりだからである。
つまり、先生が指揮でもしないと大した戦力ではないのである。
「まあ待て、イロハよ。この日の為に、このマコト様はセミナーの連中に秘密兵器を発注しておいたのだ」
「いや、よりにもよってセミナーですか」
セミナー。ミレニアムサイエンススクールの部活で、頭のいい変人の集まり。
ただ、部長のリオはミレニアムの代名詞と言えるエンジニア部のマイスター達も一目を置く程の天才。
部費の調達に機械類の受注生産のオーダーメイドを引き受けているのはキヴォトスではよく知られていた。
「見るがいい、この秘密兵器を!!」
マコトが紅茶缶の後ろに隠した気になっていたブツの布を取り払う。
「……なんですか、これは」
「これはブリキアヴァンギャルド君だ。
鉄より硬くて丈夫なブリキで作ってくれたのだ。ブリキだぞ、イロハ!!」
シュールな顔の付いた珍妙な兵器の登場に、目が点になるイロハ。
「これを我が万魔殿が誇る戦車長であるお前が搭乗し、ティーパーティーどもを蹴散らすのだ!!」
「私が戦うんですか!?」
マコトからマニュアルを渡され、渋々目を通すイロハ。
なるほど、スペックは高い。リオの事だから自爆機能だのヘンテコな機能は存在していない、ハイスペックな拠点防衛型の兵器だった。
ただ、彼女は真面目過ぎるきらいがあるので、サツキが依頼した時は催眠音波発生装置なるメカが出力されたりと、ちょっと世間とのズレが生じることもある。
だがこれは実に分かりやすいシンプルな兵器で、圧倒的な火力を投射するちゃんとした出来栄えだった。
「いや確かにこれなら勝てるかもしれませんけど……」
「そうだろう、そうだろう。
SNSで先ほど連中を挑発しておいた。紅茶缶を直射日光に晒すなどと言語道断、などといってすぐにでもやってくるだろう!!」
「その悪知恵をもうちょっとマシなことに使えないんですか?」
何だかんだ言いつつも、イロハはブリキアヴァンギャルド君に乗り込んだ。
そしてAI操縦モードにして自らは操作する振りでサボる算段である。
そうしてティーパーティーの襲来を待っていると。
「ねえねえイロハちゃん」
ゲヘナの生徒がイロハに話しかけて来た。
「おや、どうしました?」
「イロハちゃんが色んな部活に紅茶を配ってるってホント?」
「ええ、そうですが」
「じゃあ、私達も貰って良い?」
「だそうですが、マコト先輩」
イロハがマコトに目を向ける。
「……うむ、一つくらいなら持って行っても構わんぞ!!
マコト様はけち臭くないからな!!!」
「やった!! みんな、持って行っていいって!!」
ゲヘナの生徒が後ろを振り返ってそう言うと。
「わーい、ありがとう!!」
「じゃあ一人一つずつ貰っていくね!!」
「いやぁ、助かるよ。今月厳しくて」
ぞろぞろ、と大勢のゲヘナの生徒達が現れたではないか。
彼女達は一人一缶ずつ、紅茶缶を持って行った。
「なに、なんだこれは、うちの学校はこんなに紅茶好きが居たのか?」
「いえ、まさかこれはッ」
困惑するマコト、しかしイロハは気づいた。
気づいたが、遅かった。
「ゲヘナのみんなー!! 換金はこっちだよー!!」
すると、ゲヘナの正門前にトラックが横付けされ、ミカが助手席から降りてきて呼びかけ始めた。
「はーい、押さない駆けない、順番にどうぞ」
そして彼女は、イロハ達から紅茶缶を貰った生徒達に一万円札を渡し、紅茶缶と交換していった。
「ま、まて、お前達!! これは我々が──」
これがティーパーティーの策略だと気づいたマコトは、紅茶缶を求める生徒達の濁流に押しつぶされた。
「それじゃあ、紅茶は買い戻させてもらったよ」
全ての紅茶缶がトラックに詰め込まれると、運転席からセイアがそう言って、ミカを助手席に乗せて去って行った。
後に残ったのは、何も無くなったブルーシートと、ブリキアヴァンギャルド君だけだった。
「見事に一杯食わされましたね」
「……転売なんてクソだ!!」
溜息を吐くイロハ。
生徒達に踏まれてボロボロになったマコトが、顔を上げてそう叫ぶのだった。
こうして、トリニティに紅茶は戻って来た。
紅茶の市場価格は瞬く間に暴落し、売り控えをしていた販売業者の信用を失い、転売していた者達はアカウントをBANされ、最終的に全員が損をする結果に落ち着いた。
「流石ナギちゃん、腹黒い手回しは天下一品だね!!」
「ミカさん、紅茶が要らないのならそう言ってください」
「そ、そんなこと言ってないじゃん!!」
今日も今日とて、ティーパーティーは優雅にお茶を嗜んでいる。
「ミカをからかうのは止めたまえ、ナギサ」
「セイアちゃん!!」
「ミカが紅茶欠乏症に陥って、暴れまわられたらか弱い我々にはどうしようもないだろう?」
「それって私がか弱くないって意味かな?」
いつもの三人のやり取り、変わらない三人の日常。
それを邪魔することなど誰にもできないのだ。
「というかさ、万魔殿の連中にうちの自治区で好き放題されるなんて、面白くなくない?」
「まあ、確かに迷惑を被ったね」
「前みたいにイブキちゃんを連れてって遊びまわってるところをあいつらに見せびらかすの、もう一度やってみる」
「二番煎じかい? 出涸らし並の淑女らしさしかない君らしい提案だね」
かーん!!
即座に、キャットファイトならぬ、フォックスファイトが始まった。
「イブキさんを“お誘い”するのもよろしいですが」
地面でもみくちゃになっている二人など我関せず、優雅に紅茶を嗜むナギサは薄笑いを浮かべてこう言った。
「今度は、比較的ガードの硬くないフウカさんを“お誘い”するのは如何でしょう?」
ナギサの発案に、二人は殴り合いを止めて、ニヤリと笑うのだった。
政治なんて関係ないキヴォトスを描きたいと思いましたが、原作ストーリーを全ブッチしたので、話を作るのが大変ですね。改めて原作の偉大さが身に沁みます。
次回の存在は、読者の皆様の需要によってより早く証明されることでしょう。
それでは!!