狂った茶会と自由過ぎる社交界 作:ユメ先生
ここはシャーレ。その宿舎。
何百人もの人間が生活できるシャーレのオフィスビルの一室のベッドに、ヒナは横たわっていた。
「“こんなこと、出来ればやりたくなかったよ”」
先生は自分を見返してくるヒナを見ながら、痛ましそうにそう言った。
「“これはヒナの望んでることじゃないのはわかってる。でも、こうしないと君を守れないと判断したんだ。だから、私の気持ちを分かって欲しいよ”」
「先生……」
すると、入り口の扉を背にしている先生の背後から、誰かが入って来た。
「シャーレの権限に置いて、この“保護”は完全に合法です」
「あなたは、シャーレの生徒会の」
「不知火カヤです。お久しぶりですね、ヒナさん」
ヒナは自分と先生の二人だけの空間の侵入者に対し、目を細める。
シャーレの生徒会。正式名称は連邦捜査部生徒会だが、長いので誰もがそう呼ぶ。
超法規的権限を持つ先生を補佐し、または監視している連邦生徒会の手先。それがヒナの印象だった。
「“ヒナ、大丈夫?”」
「……先生、どういう意味?」
「“だって、風紀委員会を辞めたのに、また大変そうにしているって……”」
「……」
先生が悲しんでいる。その事実に、ヒナの胸がキューッと締め付けられる思いだった。
そう、ヒナは自分を制御できない状態だった。
全ては二日前のことだった。
「これで、全ての引継ぎは完了したわ」
ヒナは風紀委員会のデスクで、最後の書類に判を押した。
「お疲れ様です、委員長」
「ええ、お疲れ様です」
イオリとチナツが、ヒナの仕事の完了を待って敬礼をした。
時刻はもう夜十時だ。この時間になれば、流石に問題行動を起こす生徒はゲヘナでも数少ない。
まあ、無いと言えないところがゲヘナ学園なのだが。
「うッ、ううッ、ヒナ委員長ッ、私もすぐお供しますッ。
ヒナ委員長の居ない風紀委員会なんてッ、私の居場所ではありませんからッ」
アコが号泣しながら、後追い自殺でもするような台詞を吐いた。
ヒナは若干引きつつも、そう、としか言えなかった。
風紀委員会の部室を出る。
すると、廊下には風紀委員がぞろりと左右に整列し、敬礼してた。
「今までありがとうございました、ヒナ委員長!!」
「委員長は我ら風紀委員会の誇りです!!」
「これまで、お疲れさまでした!!」
皆、口々にそう言ってヒナを送り出す。
感極まって涙を流すものも居る。
「皆、ありがとう」
そう答えて、ヒナは風紀委員会棟を出た。
そこで。
「キッキッキ、相変わらず慕われているようだな、ヒナ」
こんな時間に見たくない顔が出迎えた。
「何の用、マコト」
「いいや。単にこのマコト様が貴様の労をねぎらってやろうと思っただけだ。他意は無い」
本当にそれだけらしい。マコトはヒナの顔を見ると踵を返した。
「だがこれでハッキリした。貴様よりこのマコト様の方が上であると!!
自らのやるべきことを放り投げた貴様より、このマコト様がな!!」
「そう。どう思うかはあなたの自由よ」
ヒナはそんなマコトのすぐ横を通り過ぎて、宿舎へと向かう。
マコトはヒナの後姿を、黙って見ていた。
「ちッ、張り合いの無い」
風紀委員会は、風紀委員会棟に専用の宿舎がある。
それは当然、ゲヘナ学園の不良達に報復を防ぐ為である。
だが、風紀委員会を辞めたヒナは一般生徒用の宿舎に引っ越しした。
事前にお隣や宿舎の皆に挨拶し、ヒナちゃんが同じ宿舎なら安心だね、と宿舎の生徒達からも良好。
ちなみに、ゲヘナ学園の校舎内にある宿舎に住んでいる生徒は、ゲヘナ学園でもかなり上澄みの、ちゃんと勉強を頑張っている生徒達ばかりだった。
ゲヘナ学園の自治区の殆どはスラム街であり、不良やお金のない生徒達はその辺りに勝手に住んでいる。
なので、ヒナが引越しした宿舎はどちらかというと常に不良達の暴力に怯え、不良蔓延る本校舎ではなく、分校舎でひっそりと過ごす生徒達だった。
ヒナが歓迎されるのも当然と言えた。
彼女は新しい自室で眠りに就いた。
明日から、新しい日々が待っているのだ。
翌日、目を覚ましたヒナは思った。
──身体が、動かない。
まるで金縛りにあったかのように、身体がピクリとも動かない。
いや、違った。より正確には──。
「(……何もする気が起きない)」
壮絶な倦怠感。
完全な無気力状態。
外から、爆音がした。
「ヒャッハー!! 今日からゲヘナの風紀委員会にヒナの奴は居ない!!
あたしらの天下だぁ!!」
「お前ら、ゲヘナをあたしらのモノにしちまいな!!」
ゲヘナの不良の集団が、我が物顔で校内に入って来た。
ヒナが風紀委員会を辞めるのは、とっくにゲヘナ中に、キヴォトス中に知れ渡っていたのだ。
だた、彼女達はわかっていなかった。
いや、分かっているのなら不良になんてならなかっただろう。
風紀委員会からヒナが居なくなるのと、ゲヘナ学園からヒナが居なくなるのは別である、と。
ずん、と本校舎に進行する戦車隊の前に、何かが降り立った。
それを見た不良達は、引きつった声を挙げた。
ヒナだった。パジャマ姿のヒナが、愛銃のクソデカマシンガンを引っ提げ、不良達の前に立ちはだかった。
その後、彼女らがどうなったのか、最初に確認したのはイオリだった。
「委員長!! いえ、元委員長……」
ヒナは本校舎前の石階段の前に腰かけていた。
だが、その眼前に広がる光景は惨憺たる有様だった。
「……イオリ? ああ、ごめんなさい。あなた達の仕事を取ってしまったわね」
ヒナはイオリに笑いかけた。
だがそれは、完全に壊れ切った儚く小さなものだった……。
ヒナは救急医療部に搬送され、セナはこう判断した。
救急医療部は外科なので、自分達ではこれ以上は対処が出来ない、と。
セナはとりあえず先生に連絡し、適切な医療機関に通院することを要請したのだった。
今はとにかく、彼女をゲヘナから離さなければ、と。
そして今朝。
シャーレの宿舎に移送されたヒナだったが、出勤した先生は目を疑った。
「あ、おはよう、先生。ダメじゃない、こんなに書類をため込んで。しばらくお世話になるんだから、私も手伝うわ」
なんと、ヒナがシャーレのオフィスで勝手に先生の書類を片付けているではないか。
それを見た先生が愕然として膝を突いたのは言うまでもない。
そして、冒頭に戻る。
「先生ッ」
アコが駆け込んできたのは、今日この時になってからだった。
彼女の事なら昨日の時点で飛んできた可能性も高かったが、ヒナの後を埋めるのにそれだけ大変だと言うことだろう。
なにせ、ゲヘナでは今、不良達が一斉に水を得た魚のように騒ぎを起こしている。
アコとしてもようやく時間を作れた有様だった。
「ヒナ委員長は!?」
「“宿舎にいるよ……”」
部屋の番号を彼女に伝えると、アコは飛んで行った。
「……お労しいですね。
ゲヘナの治安はこれから減少傾向になるでしょう……」
先生も知り合いの生徒の状態に、生徒会の面々も声を掛けられなかった。
「頭脳、人格、カリスマ、武力、ほぼ全てを持ち合わせて産まれていながら、その末路があれと言うのは……」
「ええ。彼女は身長と胸囲以外の全てを持っていました」
「……なんですか、リン。なぜそんな風に言い直したんですか? 私は別にその物理法則に反した意味不明な乳袋をもぎ取ってやってもいいんですよ?」
カヤ、キレた!!
「……すみません。冗談でも言わなければ、この空気に耐えられなかったもので」
リンは遠くを見ながらそう呟いた。
「ヒナさんはエデン条約の立役者の一人です。
ゲヘナ学園だけでなく、キヴォトスの治安改善に貢献した彼女があんな症状がでるなんて、不憫で仕方ありません」
「ならなんで私を後ろから差したんですか? まさか先ほどのチェスの結果を根に持ってるんですか?」
「持ってません。たかが賭けチェスでケーキを取られたぐらいで」
「持ってるじゃありませんか!! どうせあなたがケーキを食べたって、その胸の脂肪の肥やしになるだけでしょう?
私のように頭脳に栄養が行く者がケーキを食べるべきです」
「その割には、身長は伸びなかったようですね。
しかし、世の中にはそう言った需要もあると言います。カヤは気にし過ぎですよ」
持つ者からの憐れみに、カヤ、更にキレた!!
「ちょっと物置からのこぎりを取ってきます」
「“うん、やめようね。カヤ”」
ヤギ目をかっぴらいてオフィスから出て行こうとするカヤを、先生が止めた。
「退いてください、先生。私はリンの奴をシャーレの超法規的な権限で何らかの罪を問うて処刑すると言う使命があるのです」
「キヴォトスに処刑制度はありませんよ」
「“まあまあ、二人共。仲が良いのはわかったから”」
そんな感じで賑やかなオフィスに、肩を落としたアコがやって来た。
「ちッ、ゲヘナの牝牛が」
「……なんで急に罵倒されたんですか?」
「“ま、まあまあ……”」
グチグチ言いながらデスクに戻るカヤを背にする先生に、アコは胡乱な目を向ける。
「しばらくは、シャーレの宿舎からゲヘナ学園に通うそうです……。
学園はヒナ委員長にとって、もはや安息の地ではないのですね……」
それは元からでは、シャーレの生徒会の面々は訝しんだ。
「“うん、さっき問診に来てくれたお医者さんも、環境を変えた方がいいって言ってたよ”」
「ええ、知っての通り、ゲヘナ学園は出席日数には寛容です。
テストなどに出ていれば卒業は出来ます。しばらく学校を離れた方がいいでしょう」
先生とアコがヒナの今後について話し合っていると。
「二人共。私は大丈夫よ」
「“ヒナ。今は仕事場に居るのは良くないよ”」
「でも先生。お医者様は段階的に仕事を減らした方がいいって言ってたわ。何もしないのは、逆に良くないって」
これには、先生も悩んだ。
「先生、ヒナさんに卒業活動を進めてはいかがでしょう?」
「“卒業活動?”」
書類仕事を手伝っていたアユムが、先生に提案した。
「ああ、所謂卒活って奴ですね。
卒業に向けて自身の将来の為にスキルを磨いたりするんですよ」
「“なるほど、それはいいことだね”」
アコの説明に、先生は頷いた。
「“ヒナ、君は自分がしたいことをしていいんだよ”」
「私のしたいこと……?」
先生に問われて、ヒナは自分の中から何も出てこないことに困惑した。
「私は何をしたいのかしら……」
「“焦ることはないよ。ゆっくり考えて行こう?”」
ヒナは優しく語り掛けてくれる先生を見やった。
「お料理……」
「“うん?”」
「お料理をちゃんと出来るようにしたいわ」
「“なるほどね、それはいいと思うよ”」
「先生は私のやりたいことを、応援してくれる?」
「“うん、勿論だよ”」
「じゃあ、明日から給食部に行ってみるわ」
これには、先生とアコも顔を見合わせる。
給食部はゲヘナでもブラックで有名な部活だからだ。
「まあ、風紀委員会よりはマシかと……」
「“わかったよ。無理をし過ぎないようにフウカにも話を通しておくね……”」
そうして、ヒナの給食部への体験入部が決まった。
そして、その初日に彼女は誘拐された。
先生がそれを知ったのは、全く別の形だった。
ゲヘナ学園の治安改善に協力する為に、新体制になった風紀委員会に向かう途中だった。
イオリに合えるとなってルンルン気分の先生が、給食部で働き始めたヒナの様子を見ようと本校舎に踏み入れた時だった。
「先生……」
「“その声は、イオリ!?”」
「助けて……」
すると、近くの空き教室に自分の尻尾で手を縛られ、悪戦苦闘しているイオリだった。
足は縛られてないので移動は出来きたかもしれないが、イオリはこんな姿を他人に見られたくなかったのかもしれない。
「“今助けるよ!!”」
先生はすぐさま、イオリの元に駆け寄って手元で堅結びされている尻尾に触れる。
「ひゃん!!」
「“あ、ごめん……”」
「くそう、尻尾はデリケートなのに……あいつらめッ」
屈辱と、先生にこんな姿を見られた恥ずかしさで顔を赤くし、涙目になるイオリ。
イオリのレアな表情にご満悦の先生だったが、尻尾は割と容赦なく縛られており先生は苦戦しながら尻尾を紐解いた。
「“イオリ、こんなひどいことを誰がしたの?”」
「ティーパーティーの連中だ!! あいつら、うちの制服を着て校内を我が物顔で歩いてたんだよ!!
私をこんな目に遭わせるくらいだ、絶対何か企んでる!!」
「“またあの三人なんだね……”」
イオリの主張に、先生が頭が痛くなってきた。
彼女は風紀委員会棟に戻って、校内を洗い出すと息巻いて戻っていくのを、後でそっちに向かうね、と先生が声を掛ける。
「あ、先生。ご無沙汰してます」
先生が食堂に辿り着くと、フウカが困った様子で右往左往していた。
「“フウカ、ヒナは頑張ってる?”」
「それが、ここで作業をしていた筈なんですけど、何処にも見当たらなくて……」
これには先生も、フウカも心配になった。
ヒナの状態は彼女も聞いている。またどこかで不良と戦っているのかも、と思ったのだが。
先生のスマホが鳴った。
「“あれ、アコからだ”」
アコからのモモトークだった。
これを見てください!! と、SNSのリンクが張ってあった。
そこにアクセスすると、捨て垢らしいアカウントで動画が一つアップされていた。
それを再生する。
『げーっへっへな!! ゲヘナ学園の皆さん、我々ゲヘナスーパー誘拐団が、風紀委員会の元委員長、空崎ヒナを誘拐したよ!!』
そこには、ドミノマスクを付けたゲヘナの制服を着た、どこかで見たことのある三人と、縄で縛られたヒナが映っていた。
『これから彼女をトリニティに引き渡して、洗脳してトリニティの生徒にするよ。それで生徒会からお金をがっぽがっぽだね』
『先生、たすけてー』
ヒナの棒読みっぽい台詞に、先生はズッコケかけた。
『ヒナさんをトリニティの生徒にした後は、万魔殿の連中を襲撃し壊滅させます』
『首を洗って待っててね!!』
それで、動画は終わった。
「“……”」
先生はどこからツッコミを入れればいいのか分からなかった。
なんでゲヘナの生徒を装ってるのにトリニティに味方をするのとか、万魔殿を目の敵にしてるのとか、なんでヒナは無抵抗なのかとか、わざわざ宣言する意味は、とか。
「“……ちょっとトリニティに行ってくるね”」
「あ、はい」
先生の言葉に、横から動画を見ていたフウカは頷くほかなかった。
間違えてあっちに一瞬投稿ししてしまいました。テヘペロ
向こうから来てくださった皆さんも、お気に入り感謝です。
最近体調不良なので更新ペースは落ちますが、皆さんの期待に応えられるように頑張ります!
よろしければ感想や高評価をお願いします。