いたらないこともあるかもしれませんがどうぞ。
第一話
オレにとって剣術や戦うことは生きる意味でもあり居場所と言っても良かっただろう。
周囲からも将来を有望視されていて、全国大会で優勝したこともあった。大人を相手取ったことだってしょっちゅうだ。全てが順風満帆、絶好調な人生だった。
けれどそれは長くは続くことはなかった。
十歳の頃にある事故が起きたのだ。
どんな事故だったのかは今でもあまり思い出したくはない。
でも事故の影響でオレが剣術を続けられなくなったのは事実だ。
剣術が出来なくなってからのオレはあまりにもからっぽだった。
何をしても『生きている』という実感が持てなくて、世界が灰色に見えていた。中学では剣道場で部活動をする同級生や先輩達をただ眺め、自分の居場所はここにはもうないのだと痛感した。
だからだったかもしれない。オレは自分の居場所を求めるように、兼ねてから気になっていたオンラインゲームにのめり込んで行ったのだ。ゲームの中のアバターなら戦える。剣術は出来なくとも、剣術に似たようなことは出来る。
それでもオレの心は空っぽのままだった。廃人クラスのトップゲーマーになっても、他のプレイヤーから羨ましがられるような言葉を掛けられても、オレの心は空虚だった。
空っぽなオレにも家族はいつも優しい言葉をかけてくれていた。だけど次第にその言葉さえオレの心を押し潰しそうになった。そうしてオレは家族から逃げるように東京都内の高校に進学。一人暮らしを始めた。
精神的にも子供の頃より成長したからなのだろう。表面上明るく振舞って友達を作るのは簡単だった。でも世界は相変わらず灰色で、心はいつもと変わらず空虚でがらんどうだった。それはゲームをプレイしている時だって同じだ。
そんな生活が続いた高校最後の年、二〇二二年五月。あるゲームハードが世間を賑わせた。そのゲームハードの名前は《ナーヴギア》。従来の据え置き型のハードとは違い、頭部に装着することでナーヴギアはユーザーの脳と直接接続し、ナーヴギアは五感の全てとアクセスできる。
ナーヴギアはVRへの接続を可能にしたのだ。大手メーカーはこの接続システムを《完全ダイヴ》と呼称し、世間はまるでお祭り騒ぎのようになった。何せ、夢にまで見たゲーム世界へ入ることが出来るのだ。当たり前といえば当たり前だろう。
もちろんオレもゲーマーとして嬉しくはあった。でも更にオレを明るい気持ちにさせてくれたのは、ナーヴギアが肉体に送る命令を遮断、回収することが出来ることだ。
延髄からの命令を生身の身体に伝えるのではなく回収し、デジタル信号に変換することで仮想世界の中で自由に走ったり、腕を振れる。そこでオレはある考えに思い至った。
『延髄からの命令をデジタル信号に変換するということは、オレの上がらなくなった肩を動かせるのでは?』と。
だからこそオレはすぐさまナーヴギアを購入した。でも最初に発売されたものはしょうもないゲームばかり。オレを含めナーヴギアを購入したものは拍子抜けもいいところだっただろう。
しかし、やっとそのときが来たのだ。
待ちに待ったゲームの名前、その名は――――《ソードアート・オンライン》。
初のVRMMORPGとされたそのゲームはSAOの略称で親しまれた。広大なフィールドを駆け、モンスターを相手取り、大多数のプレイヤー達が同時に楽しむことが出来るMMORPGのナーヴギア版と言ってしまえば簡単だろう。
発売にあたり、千枠限りのベータテストも行われることとなったが、その応募者はなんと十万人。普通であれば当選など難しすぎるが、何の因果かオレはそのベータテストに当選してしまった。
そして始まったベータテスト。初めて飛び込んだゲームの中は圧巻の一言だった。さらにオレを歓喜させたのは、八年間もずっと上がらなかった肩が動いてくれたことだ。
オレは喜びの涙というものを産まれて初めて流した。同時に灰色だった世界に一気に色がついた。
二ヶ月間という短い期間のプレイであったが、オレは学校の勉強などほっぽってプレイした。二ヶ月の間だったので成績がガタ落ちすると言うことはなかったが、教師からは注意され、友人達からも心配された。しかしそんなことは些細なことだった。別段騒ぎ立てるようなことでもない。
やがてベータテストが終了した時は悲しくもあったが、十一月に正式サービスが開始されることに胸を躍らせてもいた。
だけれどオレは確信した。SAOはオレに生きる場所を与え、居場所をくれた。だから現実の世界でも以前より世界が鮮やかに見えた。家族に会うことがあったので行ってみた時には、身内だからか変わったことが顕著に現れていたようで、両親や二人の姉と弟は口々に「明るくなった」と言ってきた。
それから数ヶ月の後、ついにSAOは正式にサービスが開始された。オレは胸を高鳴らせながらあの世界へとダイヴ。これからの生活が楽しみでしょうがなかった。それはきっと他のゲーマーやそうでない者達も同じことだっただろう。
しかしサービスが開始された二〇二二年十一月六日日曜日の午後五時半。SAOはただのゲームではなくなった。
『これは、ゲームであっても遊びではない』。この言葉はソードアート・オンラインのプログラマーである茅場晶彦が告げた言葉だ。まさかこれが本当になるとは誰も思いもよらなかった。
茅場晶彦は一万人のSAOプレイヤーの精神をゲーム内に隔離。同時に、ゲームオーバーになるとナーヴギアの信号素子が発する高出力のマイクロウェーブが脳を破壊し、本当の死が訪れるということを告げた。その瞬間からSAOはただのゲームではなく、ゲーム内の死が本当の死を意味する《デスゲーム》へと変化を遂げた。
多くのプレイヤーが強制的に転移させられたはじまりの街の中央広場で困惑する中、オレは驚くほどに冷静であった。人ごみを抜けて街の裏路地に入ったところで、オレは茅場から支給された手鏡を改めて覗き、自身の表情を確認した。
ややツリ目がちの瞳とその上にはシュッと伸びた標準的な眉。赤銅色の髪は夕日に照らされより赤く見える。自分で言うもなんだが、普通に整った顔立ちをしているオレの顔がそこにはあった。アバターではないリアルのオレの顔だった。
しかしそんなことはわかっている。先ほどプレイヤー全員が現実の顔や体型に書き換えられたのだから当たり前だ。オレが確認したかったのはそうではなく、自身の表情だった。
手鏡に写った自身の表情を見て、オレは「やっぱり」と思った。
ゲーム世界に閉じ込められ、あまつさえここで死ねば現実でも死に、この世界から脱出するためには舞台となる百層からなる浮遊城《アインクラッド》を完全制覇しなければならない。
気が狂いそうなほどの恐怖と不安が多くのプレイヤーの中に渦巻き、皆表情を暗鬱とさせているというのに、オレは薄い笑みを浮かべていた。まるでこの状況を楽しむかのように。いいや、実際オレはこのときの状況を楽しんでいたのだ。
大好きな剣を振って戦えるこの状況に。現実世界ではもう二度と無理だと思ったこの状況が、オレは何よりも嬉しかった。
ここでの死は現実での死……。だからよりいっそう現実味が持てた。オレが今いるこの世界はプログラムやポリゴンの塊で出来た仮想世界であっても、現実に近い……いや、現実の世界なのだとオレは確信した。
そして、この時からオレはキャラクターネーム、《アウスト》としてこの世界で生きて行こうと決めたのだ。
それから二年が経過した現在、オレはアインクラッドの七十四層の迷宮区にいた。
カーゴパンツ風のパンツにブーツ。腰には腰マントとそれを固定する長めのベルトが伸び、上半身は首元に余裕のあるタートルネックのタンクトップインナー。左肩には皮製と思われるアーマーを装備し、そこからはダボダボの袖が伸びている。それら全ては濃紺色で彩られており、所々に真っ白なラインが入っている。また、手にも同じデザインのグローブが嵌められている。頭髪もカスタマイズしているため、始めた当初赤銅色だった髪色はいまは服と同じ濃い藍色をしている。
背中にはオレの背丈と同じくらいの大きさがある片刃の大剣。こちらも服装と同じく鈍い藍色だ。柄尻にもアクセントのように紺色の鎖がダラりと下がっており、歩くたびにカチャカチャという音を立てている。
これがSAOでのオレの基本装備だ。元々ガキの頃からかなり重い剣を振っていたせいか、SAOでも必然的にこの大きさに落ち着いてしまった。
「ふむ……とりあえず今日はこんなところでいいか。適当な素材も集まったし、マシューのとこで買い取ってもらうか」
軽く溜息をつきながら踵を返したオレは迷宮区を出るために歩き始めた。SAOでの戦闘は疲労感はないが、流石に五時間近く迷宮にいると気持ちが落ち込み、疲労感に似たようなものも感じてくる。
できればモンスターに会わずに帰りたいものだが、そうは問屋が許してくれないらしい。
踵を返したところからすこし歩いたところで、視線の先に骸骨の剣士が立ちはだかった。名前は確か《デモニッシュ・サーバント》。両手にはそれぞれ長い直剣と、バックルと呼ばれる金属盾を装備している。
「あー……疲れてるときに面倒くさそうなのとエンカウントしちまった……」
愚痴りながらも背中の片刃大剣《ナイトメアレイヴン》に手をかけて一度地面に突き刺した後肩に担ぐ。確かな重量が肩に加わり、強制的に腰を落とさせるがそれでいい。そしてオレは地面を強く踏み、デモニッシュ・サーバントに急接近する。
あちらも気が付いたのか、奇怪な音を立ててぐるんとこちらを見たが、その時には既に遅い。一気に肉薄し、相手が攻撃を放つ前に懐にもぐりこむと、肩に担いだ大剣を重さのままに下段に下ろすと、その瞬間刀身が空色のライトエフェクトを帯び、そのままデモニッシュ・サーバントの腰から右肩にかけて振りぬかれた。
青き燐光が弾け、斬られたデモニッシュ・サーバントは大きく後退させられ、斬った場所は赤く線が入るようにエフェクトが働いている。
今の《ソードスキル》はオレが扱っている大剣の下段攻撃、《アオスヴルフ》。連撃技ではないが、単発の攻撃としては相手を後退させる効果もあるので重宝するスキルだ。
「さぁてそんじゃまぁ、さっさと狩って街に帰るとしますかね!!」
硬直時間が解けたところでオレは口角を吊り上げてデモニッシュ・サーバントに向かって行った。
迷宮区の出口を抜けたところで、眩い光に照らされた。
デモニッシュ・サーバントとの戦闘を終えて迷宮区から出たオレを迎えたのは橙色の夕日だ。外周の隙間から差し込み、煌々と照り続ける太陽はここがデスゲームの中だということを忘れさせるように美しかった。
だがそこでオレは思い出す。このゲームがデスゲームへと変貌した二年前に見た鮮やかな夕日を。
「そういやあの時もこんな感じの夕日だったっけな……」
ニヒルな笑みを浮かべつつ、オレは夕日に照らされながら転移門がある街を目指した。
夕日の影響で出来た酷く長い影を揺らめかせながら、迷宮区で手に入れた素材を売るために行き着けの商人がいる街、五十層の主街区《アルゲード》を目指した。
ソードアート・オンラインが開始されてから二年。現在まで攻略されたフロアは七十四層。残るはあと二十六。それに対し、当初約一万人いたプレイヤーは約四千人が死に、残るはあと六千人となっていた。
はい、いかがでしたでしょうか?
のっけから過去バレしてますが、こんな感じでいきたいと思います。
アウストの深い過去はもっと後になったら明かします。
また、オリジナルのソードスキルも発生しているのでもしそれらがお嫌いな方がいらっしゃったら遠慮なくUターンしていただいて構いません。
とりあえず今回はこんな感じでしたが、次回から本格的に動き始めます。
ではこれからよろしくお願いいたします。