ユイの一件から一週間近くが経過した時、七十五層のマッピングが終了し、ボス部屋が発見された。
今回はクォーター・ポイントでもあるので、血盟騎士団を含む五ギルド合同で結成された二十人のパーティーを組んだ偵察隊を行かせたらしい。
しかし、偵察隊は十人を残して全滅してしまったというのをオレは今日マシューから聞いた。
「全滅、ねぇ。つーかお前なんでそんなこと知ってんだよ」
「そらぁこないな商いしとったら情報なんて嫌でも入ってくるっちゅーねん」
「そういうもんか。二十人で行って十人残ったって事は、最初十人で入って様子見をするって感じだったのか」
「せやろな。でもなんらかの理由で中に入った連中が後退できなくなって、次に開いた時にはもぬけの空……っていうのが流れっぽいなぁ」
マシューは茶を啜りながら言ったが、オレは内心で七十四層で戦った『グリームアイズ』のことを思い出していた。
あの部屋結晶無効化空間に設定されており、結晶の類が一切無効となる空間だった。だから今回の部屋もそうなのだろう。しかし、たとえそんな空間だったとしても今までならボス部屋の扉から後退することが出来た。
今回のボス部屋は結晶無効化空間であることはもちろんのこと、それにプラスして扉からの退路も断つと言う鬼畜仕様のようだ。
……さて、団長さんはどう出るか……。
淹れられた茶を飲みながら考えていると、メッセージが送信されてきた。差出人を見るとアスナからだった。
それを開いて本文を確認すると、そこにはこう書かれていた。
『団長が呼んでいます。今すぐ来て頂けませんか?』
オレはそのメッセージに小さく息をついた後、カップに入っていたお茶を飲み干して席を立った。
「ちょいと用事ができた。またな、マシュー」
「はいなー」
マシューに対して軽く手を挙げながらオレは店を出て、転移門へと向かった。目指すのは血盟騎士団の本部があるグランザムだ。
血盟騎士団の本拠地がある五十五層の主街区グランザムは、別称として《鉄の都》と呼ばれている。それは街中に立つ尖塔が鋼鉄で作られているというのもあるのだろうが、鍛冶や彫金が盛んでもあるからともいえる。
転移門のある広場を抜けて一番高い尖塔を目指して歩くと、目の前に巨大な扉が現れ、その上に装飾されている槍からは血盟騎士団の旗が風を受けてはためいている。
「あいかわらずでっけぇな」
尖塔の頂上を仰ぎながら溜息を漏らしつつもオレは歩き出して階段を上る。だがそこで門番的役割をしているであろう二人の団員に道をふさがれた。
「用件は何だ?」
「お前らんとこの副団長様からメッセもらってな。団長さんがオレのこと呼んでるんだとさ」
「団長が?」
団員は怪訝な声を漏らしたが、それを真実とするように彼等の背後から凛とした声が聞こえた。
「その人は団長が呼んだ人で間違いないわ」
そちらを見るとやはりというべきか、血盟騎士団の制服に身を包んだアスナがいた。アスナの登場に門番二人はビシッと背筋を整えて敬礼をすると、槍をおさめた。
「どーも」
門番に適当な挨拶を終えてアスナの元に行くと、彼女は軽く頭を下げてきた。
「すみません、急にお呼び立てして」
「気にすんなよ。けど、お前さんがここにいるってことはキリトもいるわけか」
「はい。今は別のところにいますけどね。まずはこっちへきてください」
アスナに言われ彼女の後を付いていくとロビーを抜け、巨大な螺旋階段を上がった。尖塔自体かなりの高さがあったので、螺旋階段も長い。リアルでこれを全部上がるとなるとかなりの体力を消耗するだろう。
筋力上げてて助かった、などと考えているとアスナが止まった。隣を見ると冷たい金属質の大扉があった。
そちらに視線だけを向けてアスナに確認すると、彼女は静かに頷いた。オレは大きなため息を漏らしながら鉄の扉をノックし、返事を待たずに勢いよくあけた。
室内は円形の部屋で壁はガラス張りだった。そして中央には半円の卓が置かれており、中央には団長であるヒースクリフが座っている。その周りにいるのは幹部クラスの人間だろうか。
「やぁアウストくん。二週間ぶりだね」
「挨拶はいい。オレを呼び出して何のようだ。まぁ大体想像はつくけどな……」
肩を竦めながら言うと彼は手を組みながら口を開く。
「恐らく君の聞いているとおりだ」
「てことは七十五層のボス攻略の話ってわけか」
オレの言葉にヒースクリフは頷く。
「分かっているなら話が早い。今回の攻略は可能な限りの大部隊を組んで当たる。もちろん外にいたアスナくんにキリトくんも参加してもらう」
「ハッ、新婚のガキ共も借り出すとはえげつないねぇ」
「まぁそう思われても致し方ないと思うが、今回は状況が状況だ。それに彼等の力は攻略になくてはならないものだからね。特に私と同じくユニークスキルを発現しているキリトくんは必要だ」
「ふぅん、まぁいいけど。でもオレを呼び出した理由は何だ? パーティーの呼び出しなら他にいくらだって方法はあっただろ」
肩を竦めながら聞いてみると、彼は僅かに口角をあげる。
「確かに君ならこんなことをしなくとも参加してくれただろうが、こちらの方がいいと思ってね。それに私は君のことをキリトくんよりも強いと思っている」
「買いかぶりすぎだろ。でもまぁ参加はしてやる。どうせヨミも出るだろうからな。んで? 何処に集合すればいいんだよ」
「七十五層のコリニア市ゲートに午後一時に集合だ。そこからは《回廊結晶》を使用して部隊全員でボス部屋の前に行くことになっている」
「さっすが団長さん、稀少アイテムを使っちまうとは気前がいいね。うん、一時にコリニアね。んじゃ、そのときに」
オレは軽く茶化した後、ヒラヒラと手を振りながら部屋を出て行こうとしたが、扉に手をかけようとしたとき、声をかけられた。
「君の剣捌きに期待しているよ。《宵闇》のアウストくん」
ヒースクリフの言葉に反応し、僅かに振り向いた時に見えた彼の瞳の奥には、なにを考えているのか読み切れない光が見えたような気がした。
「へぇ~、なんか意味深だね。あの人がそんな感じに言うと」
そう言ったのは真紅と黒の装備に身を包んだ片手剣の女流剣士、ヨミだった。彼女は個々に来る前にアルゲードで買ったパンを次々に口に放り込んでいた。
オレ達がいるのはコリニアのゲート近くにあるベンチだ。オレはヒースクリフの目を思い出して眉間に皺を寄せる。
「あのヤロー妙に引っかかる。この前のキリトとのデュエルの時だってそうだ」
「アウストが言ってた時間がぶれたってヤツ? それ気のせい何じゃないのー?」
五個目のパンと食べ終え、アイテム欄から六個目のパンをオブジェクト化させたヨミは嘆息気味に言ってきた。
確かに彼女の言うことも一理ある。もしかするとオレの見間違いかもしれない。しかし、ゲームのバグと言われてもあのような絶妙なタイミングで起こるものだろうか。しかも圧倒的にヒースクリフの優位な時に。
考えすぎかもしれないが、あの現象はまるで――。
「――まるでシステムがアイツを保護してるみたいに……」
そう呟いたところで転移門が発光し、ヒースクリフ率いる血盟騎士団の団員達がやってきた。ヒースクリフは周囲を見回すと一度軽く頷いた。
「欠員はないようだな。皆、よく集まってくれた。状況は既に察していると思うが、これより始まる戦いは今まで以上に厳しく、熾烈なものとなるだろう。だが私は、君達の力ならば突破できると信じている。――解放の日のために!」
彼の叫びに周囲のプレイヤーたちは皆声を上げたが、オレは彼のことを疑わしく見据えていた。
「てい」
ふと脳天を軽く小突かれた。まぁ犯人は分かっているのだがそちらを見ると、何個目かわからないパンにかじりついていたヨミが呆れたような表情をしていた。
「あんだよ」
「だってずっと怖い顔してんだもん。こんなんだったよ?」
彼女は言いながらオレの前できつく眉間に皺を寄せてみる。彼女がやっているからまだ幾分か可愛らしく見えているのだろうが、オレがやっているのを想像すると余り人相がいいとは言えない顔だった。
「ちょっと考え込みすぎてたな。つーか、お前はそれ何個目のパンだよ」
「うん? 十個目」
「食いすぎだボケ。いつからそんな大食いキャラになったんだ」
「んー、ボス戦前ってお腹へるんだよねぇ」
あっけらかんとした様子でいう彼女は十個目となるパンをそのままパクパクと食べつくしてしまった。それを見て苦笑していると、正面からキリトにアスナ、クラインに更にはエギルがやってきた。
「よう、やっぱり来てたかお二人さん」
「そっちもか。でもクラインはまだしも、お前が来るとは思わなかったぜエギル」
「えらい苦戦するって話だったからな。マシューは来てないみたいだな」
「誘ってみたんだけどな。時間になっても来ねぇってことは来ないんだろ」
「最近は迷宮にも潜ってなかったからねぇ。レベルも上がってないだろうし」
パンを食べ終えて満足げな表情をしていたヨミも言い、クラインとエギルも肩を落とした。その様子を見ていたアスナが小首をかしげた。
「マシューさんてそんなに強いプレイヤーだったんですか?」
その問いに答えようとしたが、オレよりも早くにキリトが彼女に説明した。
「槍使いのプレイヤーの中だったら一、二を争う実力者だったからな。アスナが知らないのはマシューの性格に難があったんだろうな」
「アイツは基本的に頭が商売人の頭だからな。攻略自体あんまり興味がないから前線に出てくることもなかったんだよ。だからアスナと接触することもなかったってわけ。んなことよりもホラ、そろそろだぜ」
説明を終えてヒースクリフのほうを顎で指すと、彼が《回廊結晶》を使用したところだった。「コリドー・オープン」の掛け声と共に砕け散ったクリスタルと引き換えというようにヒースクリフの前に光の渦が出現した。
「では皆、ついてきてくれたまえ」
彼は一度部隊全体を見回した後渦の中に足を踏み入れる。それと同時に彼の姿は消滅し転送された。そして彼に続くように血盟騎士団の幹部クラスが続き、その後に部隊のメンバーが続々と光の渦に飲まれていった。
そして最後、オレとヨミの番になった時、背後から声をかけられた。そちらを見るとアルゲードにいるはずのマシューがいた。
「マシュー、アンタなんでこんなところに」
「いやなぁ、二人が戦うっちゅうのに引っ込んでるのはどうかと思うて見送りに来たんよ。それとこれ、持ってき」
彼はトレード画面と出すとかなりの数のハイ・ポーションを渡してきた。
「こんなにたくさん……いいの?」
「少しでも足しになればええと思うてな。絶対死ぬんやないで、二人とも」
「……おう。死なねぇよ」
「終わったら店に行くから、そのときは三人でおいしー物でも食べようね」
「せやな。ホラ、コリドーの効力が消える前に行き」
マシューに言われ、オレ達は互いに頷き合うと光の渦の中に飛び込んだ。
皆に遅れること数秒後にオレ達が降り立つと、そこはもうボス部屋の真正面だった。黒曜石のように鈍く輝く黒い扉と同様に周囲のゴツゴツとした壁、いくつもそびえる石柱も黒いものだった。
地面には白いもやがかかっており、より一層不気味さを際立たせている。ヨミを見ると、彼女は既にキリトやアスナを含む他のプレイヤーにハイ・ポーションを配っている。するとそれを見ていたエギルとクラインが問うてきた。
「あのポーションってマシューがよこしたのか?」
「ああ。ついさっきな。アイツもアイツで心配してくれてんだろ。まぁ飲む暇があればいいけどな」
「けどあるに越したことはねぇさ。っと、そろそろだな」
二人が前を見たのでオレもそれにならうとヒースクリフが装備を整えているところだった。鉄壁ともいえる十字盾が彼の手に出現し彼は皆に告げた。
「皆、分かっていることだと思うが今回の討伐に際してボスのパターンは分かっていない。基本的には前衛を我々KoBが務め君達にはそれぞれ柔軟に戦ってもらいたい」
全員が頷くとヒースクリフは扉に向き直った。
「では、行こうか」
彼が扉に歩み寄って扉に手をかける様子を他のプレイヤー達は緊張した面持ちで見ていたが、オレは胸が高ぶるのを感じた。
悪い癖だ。強い相手がいると聞くとついつい戦いたくなってしまう。子供の頃もそういって何度一番上の姉に打ち負かされたことか。
ふとその時、扉に手をかけたヒースクリフがこちらを見たような気がした。しかし一度目を瞬くと彼はこちらなど見てすらいない。見間違いだろうか。
よく分からない状況に首を傾げていると、ポーションを配り終えたヨミに軽く腹を小突かれた。
「なにぼーっとしてんの。ホラ、アンタも剣抜きなって」
そういわれて周囲を確認すると既に殆どのプレイヤーが抜刀していた。そして真正面を見ると巨大な扉は人一人が通れるくらいまで開いている。
軽く頭を振って雑念を振り払った後、背中の大剣を抜き放ち、それを肩に背負う。
そして全員が抜刀し終えると、一番最後にヒースクリフが長剣を抜き、正面に掲げた。
「――戦闘、開始!」
力強い声と共に彼がボス部屋に足を踏み入れ、それに部隊全員が続く。
中に入ると部屋がドーム状であることが分かった。広さはかなりある。グリームアイズ戦の比ではないだろう。
そして皆が室内に入り中央辺りまで来た直後、背後で轟音と共に扉が閉められた。やはりボスが死ぬかプレイヤーが全滅するか出られない仕様の様だ。
けれどそれから少しずつ時間が経過しても一向にボスが出現しない。
「おい――」
沈黙に耐えられなくなった誰かがそう漏らしたが、それと同時にオレは部屋の丈夫で何かが軋むような、こすれあうような音がするのを感じた、瞬間。
「上よ!!」
アスナが鋭い叫びを上げた。それにつられて全員が天頂部を見上げるとそこには巨大な百足のようなモンスターがいた。
人間の脊椎のようなものの節からは細い骨で出来た足が生え、頭頂部は人間の頭のような頭蓋骨が乗っかっている。けれどその頭骨は人間のものとはかけ離れており、窪んだ眼窩が四つある。その奥には敵意をむき出しにした蒼い炎が宿っている。顎には凶悪さをあらわすような牙が整然と並び、頭骨の両脇からは大鎌を思わせる鋭利な刃が覗いている。
表示されたカーソルにはHPバーと同時に名前が表示された。《The Skullreaper》直訳すれば骸骨の刈り手とでも言うのだろうが、《Skull》は髑髏という意味なので髑髏の刈り手というのが正しいのかもしれない。ゲーム風に言うなら髑髏の死神の方がしっくり来るだろう。
全員がボスだと確信した瞬間、気持ち悪く天井を這い回っていたボスは自身の身体をささえていた足を一気に広げて部隊の上に落下してきた。
「固まるな! 全員距離をとれ!!」
ヒースクリフの鋭い声に呆然としていたプレイヤー達が一気に距離をとり始める。オレとヨミも同じように動く。反応が早かったためか離脱は簡単に出来たが、オレ達のほかに三人が逃げ遅れている。
キリトが三人に逃げるように言うと彼等は我に返ったようにこちらに走ってくる。しかし、走り出すと同時に髑髏百足が降り立ちフロア全体が大きく揺れた。逃げ遅れた三人はそれに足を取られて縺れさせた瞬間、大鎌にも似た刃が彼等の身体を横薙ぎに薙いだ。
容赦ない横一閃の攻撃をまともに喰らった彼等の身体は宙を舞い、その間にもHPは凄まじい速度で減少する。その勢いは留まることをしらず、一気にイエローになったかと思うと、それに続いてレッドへ移行。
そして彼等のHPはゼロになった。
HPが底をついたことで三人の身体にノイズが走り、ガラスが割れるような音と共に空中で砕け散った。
その光景にアスナ、そしてヨミが息を詰まらせキリト達が愕然としていた。今回の攻略組のパーティーのプレイヤーは皆上位プレイヤーだ。レベルも殆どのものが八十五を越えているだろう。
先ほどの三人であってもそれは同様だ。しかしそんな彼等でさえもたった一撃での死亡とは――。
「いくらクォーター・ポイントって言ったって鬼畜過ぎやしませんかねぇ」
軽く肩を竦めつつも骸骨百足を見据えると、ヤツは別のプレイヤーの一団に狙いを済まして向かって行く。プレイヤー達は恐怖で逃げ惑うが、容赦など一切ない大鎌が振り下ろされた。
が、それを防ぐようにヒースクリフが十字盾で立ちふさがった。しかし、骸骨百足はもう一方の鎌を振り上げてプレイヤー達を薙ごうとした。
「ヨミ! 合わせろよッ!!」
彼女に言うと同時にオレは全力で地を蹴り、突き立てられようとしていた鎌の真下まで行くと大剣を下段に構える。同時に藍色の光が刀身を包み、次の瞬間には大鎌と大剣が激突した。
「オラアアアアァァァァァッ!!!!」
雄たけびと共に大剣は振りぬかれ、火花と共に藍色の燐光が弾ける。オレの愛用しているソードスキル、《アオスヴルフ》。この攻撃は無意味ではなかったようで、骸骨百足を見ると大きく身を仰け反らせている。
そしてオレの肩に軽い感覚が乗った。ヨミがオレの肩を踏み台替わりにして飛び上がったのだ。一瞬彼女の持つ片手直剣の柄に嵌め込まれている紅玉が光り、赤黒い刀身を真紅の光が包み込む。
同時にジェットエンジンのような効果音と共に、彼女の剣が骸骨百足の額に突き刺さった。いつかキリトがヒースクリフに向けて放った片手剣の重単発ソードスキル、《ヴォーパル・ストライク》だ。
骸骨百足は悲鳴にも似た声を上げたが、所詮は一人、二人の攻撃だ。HPはそこまで削れていない。それでもヤツを大きく後退させることはでき、固まっていたプレイヤーを守ることには成功した。
「ナイスだヨミ」
「そっちもね。でもどうする? アイツ、ここにいる全員で間髪要れずに攻撃しないと無理っぽいよ。しかも鎌も防がないとだし」
「それなら心配ねぇだろ。鎌はオレと団長さんが引き受ける。いいだろう? ヒースクリフ」
大剣をフロアに突き刺しながら問うと彼は頷いて答えた。それを確認し、大剣をフロアから引き抜くと、後ろからやってきたキリト達に告げる。
「つぅわけで、あの鎌はオレと団長さんが担当する。お前等は隙が出来たらバンバン攻撃してけ」
「一人で大丈夫か?」
「なめんな、キリト。部隊の中で一番でかい武器担いでんのはオレだ。だったら防御を引き受けるのはオレだろ。お前等は安心してアイツを倒しな。暇があればさっきみたいな隙も作ってやるからよ」
いいつつ引き抜いた大剣を振り回すと、こちらに向かってきたスカルリーパーを見据える。その光景に多くのプレイヤーが臆するのを感じたオレは声を張り上げる。
「いいかテメェら、テメェらがおっかながってる鎌は全部オレとヒースクリフが受け止める! 腰抜かしてる暇があったら剣を持って闘え!!」
言うと同時にオレは駆け出し、鎌の一撃を防ぐ。もう一方の鎌が迫ってくるがそれはヒースクリフが立ちふさがって防御。
受け止めてみて分かることだが確かに重い一撃だ。しかし、この程度大剣を使っているオレからすれば、苦しいことなど何もない。
瞬間、スカルリーパーが悲鳴を上げた。キリト達が次々に攻撃を当てて行っているのだ。すると、それに触発されたのかその他のプレイヤー達も声を張り上げながらソードスキルや斬撃を叩き込んでいった。
オレとヒースクリフも攻撃を防ぎながらも隙を見つけては攻撃をしていたが、それでも途中で聞こえる絶望の悲鳴と、ガラスの割れるような破砕音は聞いていて心地がよいものではなかった。
スカルリーパーとの戦闘は凡そ五十分ほど続いた。恐らく今までで一番長いボス戦だったのではないだろうか。けれどボスのHPは着々と減り続け、最後にはその巨体をフロアに下ろし、大音響の破砕音を響かせながら光りの欠片となって四散した。
けれどボスが消えたからと言って歓声を上げたものはいなかった。それだけ皆、精神、体力ともに疲弊していたのだ。それはオレやヨミも例外ではない。
「あー、疲れた……」
「だな。で、何人死んだ?」
背中を合わせながら彼女に問うと彼女は短く「十四」と答えた。その数字に改めてオレは大きくため息をついた。ふとHPバーに視線を向けると、赤の危険域になるか否かのところで止まっていた。改めて大剣一本でよくもまぁアレを防ぎきったものだと思う。
苦笑いを浮かべながらもう一本の鎌を防ぎ続けたヒースクリフを見やる。さすが鉄壁の防御力といわれるだけあり、彼のHPバーはイエローになってはいなかったがかなり減っている。
しかし、オレは妙な違和感を覚えた。確かに彼のユニークスキルは凄まじいと思う。防御のタイミングも完璧だった。けれど、アレだけの猛攻を受けてなおイエローゾーンに食い込まないというのは、いささか不自然ではないだろうか。
そればかりか疲労困憊としているプレイヤー達を見る彼のあの様子も変だ。彼とて一プレイヤーであるのならば、多少なり疲労はあるはずだ。でも目の前にいる彼はそんな様子を一切見せていない。
「じゃあやっぱり、アイツは――」と思考を走らせていると視界の端から黒い影が飛び出すのが見えた。キリトだ。彼はそのまま右手の剣を捻り上げるようにしてヒースクリフに攻撃を放った。片手剣の基本突進技である《レイジスパイク》だ。
ヒースクリフもそれに気が付いたようだが、キリトは以前のデュエルで動きを見抜いていたのか、掲げた盾を回避して彼の胸に剣を突き立てた――。
寸前で、キリトの剣が止まりプレイヤーに刺さった時ではありえない音が響いた。聞こえてきたのは耳をつんざく様な金属質な音。だが、オレはこの音に聞き覚えがあった。
思い起こされたのは無機質で冷たい紫の表示――《Immortal Object》。
そしてオレの目にははっきりとその表示がヒースクリフとキリトの中間に表示されたのが見て取れた。キリトに駆け寄ったアスナやオレの背後にいるヨミ、その他のプレイヤーにも見えたようで、彼等もまた驚きの表情を見せている。
「やっぱりか……」
オレは言葉を零し、マシューから受け取ったハイ・ポーションを飲み込むとヒースクリフに大剣の切先を向ける。
「誰かが行かなかったらオレが試してみようとも思ったが……。システム的不死。まさか伝説がシステムに保護されたもんだとはな」
オレが言い、キリトに視線を向けると、彼も言葉を続けた。
「それに誰だって思うことさ。《他人のやってるRPGを端から眺めていることほど詰まらないものはない》。……そうだろう、茅場晶彦」
キリトの出した名前に誰もがどよめき、目を白黒させていた。誰もが信じたくはないだろう。しかし、目の前で表示されたあの紫色の表示が全てを物語っている。
するとヒースクリフは僅かに口角を上げて首を傾げてきた。
「……なぜ気付いたのかを参考までに教えてもらえるかな……?」
「最初に気が付いたのはデュエルの時だ。アンタ、あの時明らかに速過ぎたよ」
「同じくオレもそうだ。たとえバグだったとしてもあんなものはねぇ。アンタに有利すぎるんだよ、あの動きは」
「やはりそうか。ふむ、確かにアレは私にとっても痛恨事だった。キリト君の動きに圧倒されて思わずシステムのオーバーアシストを使ってしまった。しかし、私とデュエルをしている彼しか気付かないものだと思ったが、デュエルの後に君に呼び止められて、あのことを指摘された時は流石に肝を冷やしたよ」
オレに目を向けながら言ってくるヒースクリフに肩を竦めて返答すると、彼は言葉を続けた。
「本当は九十五層の地点で明かそうと思っていたのだけどね。……確かに私は茅場晶彦だ。付け加えればこのゲームの最終ボスでもある」
「ハッ、最強が一転してラスボスとは……中々オレ好みのシナリオじゃねぇのよ」
「喜んでくれたようで何よりだ。しかし中々盛り上がっただろう? まぁこんなに早く看破されてしまうとは思わなかったがね。やはり君達はこの世界において不確定因子だったね」
ヒースクリフは目を閉じて笑みを浮かべたが、彼の横で血盟騎士団の団員がゆっくりと立ち上がり、戦斧を構えた。男の瞳には耐え難いほどの苦悩の色が広がっており、表情は憎悪に満ちていた。
「俺達の忠誠――希望を……よくも……よくも!!」
彼はそのまま地面を蹴って戦斧を掲げて斬りかかったが、ヒースクリフに届く瞬間、彼の身体は力が入らなくなったかのように倒れこんだ。
ヒースクリフは戦斧が振り下ろされる瞬間、メニューウインドウを展開して何かを操作したのだ。そして倒れこんだ男を皮切りにフロアにいたプレイヤー全員が力なく倒れこんだり、座り込んでしまった。
オレとキリトだけを除いて。
ヨミのHPバーを見ると端のほうにグリーンのアイコンが表示されており、彼女を含め全員がどのような状態にあるのかがすぐに分かった。
「麻痺か……」
「この場で全員殺して隠蔽する気か……?」
キリトの言葉に茅場は首を横に振った。
「そんな理不尽なことはしないさ。ただ、こうなってしまった以上私は最上階の『紅玉宮』にて君達の到着を待つことにしよう。その前に、君達二人には私の正体を看破した報奨を与えねばね。実質的にはキリト君が見破ったものだが、システムのオーバーアシストに感づいたアウスト君にも与えよう。
報奨はチャンス。この場で君達二人のどちらかが私とデュエルできるチャンスだ。デュエルに勝ちさえすればその時点でこのゲームの中にいる全員をログアウトさせる。無論、デュエル中は私の不死属性は解除する」
その申し出にオレとキリトは視線を交わすが、アスナとヨミがそれを止めた。
「ダメだよ、キリトくん……あの男はあなたと……アウストさんをここで排除するつもりよ……!」
「そうだよ。だから……今は、一旦退こう……!」
確かに彼女達の言うことも理解できる。茅場にとって不確定因子であるオレ達のどちらかを排除することは、彼にとってメリットにもなりうる。しかし、オレの答えは決まっていた。
だからこそオレは自分の決意を茅場に向かってデュエルの承諾をしようと顔を上げるが、それよりも早くキリトが彼に告げた。
「俺がお前と決着を着ける」
「ほう。アウスト君と相談しなくていいのかい?」
茅場の言い分にキリトはオレの方を見ると静かに頷いた。
「お前の《神聖剣》に対抗できるのは、同じユニークスキルである《二刀流》を発現している俺だと思ったから判断を下したんだ」
「テメェ、待てよキリト!! 勝手に決めるんじゃねぇ!」
オレはヨミをフロアに寝かせてキリトに詰め寄るが、彼は真剣な表情を向けてきた。
「頼む。アイツと決着を着けさせてほしい」
「でもお前にはアスナがいるだろうが」
「大丈夫だ。俺は絶対に死なない。でも、俺がもし――」
「やめろ。それ以上言うな」
言葉を遮るとキリトは苦笑した。オレは一度大きく息をつくと彼の胸を小突いた。
「忠告しておくぞ。アイツには絶対ソードスキルは使うな」
「わかってる」
「どんなピンチになっても絶対に使うなよ。通用するのは己の技量唯一つだ。一瞬も気を抜くな」
それだけ言い切るとオレはキリトから離れてヨミの元に戻る。茅場もそれを見てどのような流れになったのか理解できたようだ。
「決まったようだね。では始めるとしようか」
茅場が言うと同時にオレの体に痺れるような感覚が走り、その場に片膝をつく。
頭を動かして二人を見るとキリトは茅場を睨みつけ、茅場の双眸は冷ややかに彼を見据えていた。
そして二人が同時に駆けると、次の瞬間にキリトの剣と茅場の十字盾が激突した。金属質の甲高い音が耳に届き、彼等の間で火花が咲く。
戦闘は休まることを知らず、茅場は十字盾で的確にキリトの攻撃を防いでいく。キリトも負けてはおらず攻め立てていく。しかしオレは彼の攻撃がどこか危なっかしく見えた。
確かにソードスキルを使えないこの状況では、手数で勝る方が攻め立てていけば、茅場の防御は崩れる。だからキリトがあのように攻め立てていくのは分かるが、彼の攻撃はどこか焦っているように見える。
「ちょっと、キリト……やばくない?」
「ああ。かなり焦ってるな……」
ヨミに答えたとき、キリトの両剣にライトエフェクトがかかったのが見えた。ソードスキルだ。しかしその瞬間、オレは叫んでいた。
「馬鹿野郎! 使うんじゃねぇキリト!!」
放たれたのは数えられるだけで二十七回の連続攻撃。だからこそその後の硬直時間は計り知れない。そして茅場は、冷ややかな視線をキリトに向けたまま全ての攻撃を防ぎきった。
そう。茅場はあの瞬間を狙っていたのだ。キリトが痺れを切らしてソードスキルを使用する瞬間を。
最後の一撃が十字盾に激突した瞬間、左手の剣の刃が折れ、次の瞬間には耐久値が0になったのか、ポリゴンの欠片となって砕け散った。
茅場はそのまま長剣を掲げる。同時に真紅のライトエフェクトがかかり、彼に振り下ろされた――。
誰もがキリトの敗北と死を確信したその瞬間。彼等の間に白い影が割って入った。
影の正体はアスナだった。オレとヨミは目を見開く。なぜ自分達と同じようにシステムによって麻痺状態にされた彼女が動くことが出来たのか。けれどその驚きを吹き飛ばすように、茅場の振り上げた剣が彼女の胸をきりつけた。
赤い線がアスナの身体に刻まれ、彼女のHPが0になる。キリトは斬られたアスナの身体を抱きとめるが、彼女の身体が金色の光りに包まれた時、ノイズが奔った。そして光りが輝きが最高潮に達した時、アスナの身体がポリゴンの欠片となって砕けた。
今までそこにあった重さと、彼女のぬくもりをかき集めるようにキリトが腕を動かすが、既にアスナの姿はそこにはない。
「こんなのって……!」
「……」
ヨミが嗚咽交じりの声を上げ、オレは息が詰まるのを感じた。目の前で親しかった者が殺され、いなくなる。この喪失感はあの時とよく似ていた。一生消えない傷ができたあの時と。
オレは無意識に動かなかった手を握り締める。気が付くと腕はブルブルと震えていた。
キリトを見ると彼もアスナを失った喪失感からか、アスナの持っていた細剣と自身の黒剣を力なく茅場に向けて振っている。その攻撃に意思はなく、ただ無造作に振られているだけだった。
ふと、オレはそんな彼の行動に怒りを覚えた。確かにアスナを失ったことは辛いだろう。彼の心には空虚な穴が開いてしまったことだろう。けれどたとえそうだったとしても、今の彼の行動は看過できるものではない。
その感情がオレの背中を後押ししたのか、身体の中で何かが接続されるような、今まで入らなかったものが入ったような感覚が迸る。それが身体全体に回った瞬間、オレは顔を上げた。既に身体にあった麻痺の感覚は解けていた。
黒曜石のように黒い石で出来たフロアに突き立てていた大剣を引き抜き、高く掲げた。そして一呼吸の後に振り下ろすと黒いフロアが大きく抉れる。同時にオレは怒声を飛ばす。
「ふざけんじゃねぇぞ、キリト!! お前もうあきらめたのか! 目の前でアスナが消えたのはショックだろうよ! けどな、アスナはお前に生きて欲しいから! 死んでほしくねぇからお前の盾になったんだ!! それをお前は侮辱するのか!? そいつに勝つことをあきらめ、生きることもあきらめるのか! あいつはそんなことは望んじゃいない!! だから勝てキリト! 勝って生き残れッ!!」
オレの起こしたフロアの破壊と、怒声に茅場が一瞬こちらを見た。恐らく麻痺状態にあったはずの動けたことに驚いているのだろう。キリトを見ると彼は俯いていた顔を上げている。
その双眸には力強い覚悟の火がともっており、キリトが覚悟を持ったことが見て取れた。ヒースクリフもそれに気が付いたのか彼に向かって剣を突き立てようとするが、キリトは雄たけびを上げて細剣をヒースクリフの身体に突き刺した。
二人の剣が互いの身体に突き刺さるのはほぼ同時だった。同時に彼等のHPバーは消え、身体にノイズが奔っているのが見えた。
アスナと同じように金色の光に包まれた二人の身体はやがて飛散したが、オレはその時、茅場が穏やかな笑みを浮かべ、キリトがこちらに向かって何かを言っているような気がした。
彼等の体が完全になくなったとき、無機質なシステム音声が耳に入ってきた。
『アインクラッド標準時 十一月 七日 十四時 五十五分 ゲームは クリアされました。 プレイヤーの皆様は 順次 ゲームから ログアウトされます。 その場で お待ちください。 繰り返します……』
『ゲームは クリアされました』。この言葉はいつまでも耳の中に響いていた。そして目の前で散っていった三人を思い浮かべていると、麻痺状態から回復したエギルとクラインがやってきた。ヨミも回復したようだ。
「大丈夫か、三人とも」
「まぁ、オレ達は平気だけどよ……」
「キリトとアスナは……チクショウ! あの馬鹿たれが!」
「やっぱり死んじゃったんだよね……二人とも……」
ゲームはクリアされても声を大にしては喜べない。現にクラインとヨミの目尻には涙が浮かんでいる。けれどオレは小さな笑みを浮かべた。
「確証はねぇんだけどさ。あの二人、たぶん生きてるんじゃねぇかな」
「どうしてそんなこと言える? わかんねぇだろ」
「ああ、確かにわからねぇ。でも、信じてみるのはいいんじゃねぇの?」
ニッと笑みを浮かべながら言うと三人は呆れたような表情をしていたが、先程よりも表情は柔らかくなった。すると、オレ達の身体が発光し始める。淡い蒼の光りは死亡エフェクトではなく、転移される時のエフェクトとよく似ていた。
「そろそろだな。そんじゃお前等、次に会うときはリアルでな」
「おう。またな、アイツ等はきっと生きてるよな」
「ああ。そう信じて待とう。またな」
「それじゃあね、アウスト」
三人の声を聞くと同時にオレの視界は真っ白になり、システムのアナウンスも遠くなっていった。
全方位何処を見回してもそこは漆黒の闇が広がっていた。
何処を見回しても光りはない漆黒の世界だが、オレの身体だけは淡く発光していた。
「リアルじゃ、ねぇよなぁ……。装備つけてるし」
肩を竦めて自分の身体を見下ろすと、いつもの装備を纏っていた。どうしたものかと首をひねっていると、背後から声をかけられた。
「急に呼び出してすまないね、アウスト君」
テノールの声だった。振り向くと、白衣を着た男性がいた。その顔は何度となく見たことがある。
背後にいたのは茅場晶彦その人だった。ヒースクリフというアバターではなく、リアルでの彼の姿がそこにはあった。
「まさかご本人と対面できるとはね。そんで、なんか用か? 茅場さんよ」
「少し君に質問がしたくてね。この場を設けさせてもらった」
「ふぅん。まぁいいけど、それで質問ってのは?」
「君は、このゲームを楽しめたかい?」
どんな質問が来るのだろうと身構えたが、素朴な質問だった。オレはそれに小さく笑みを浮かべる。
「オレは楽しかったぜあのゲーム。それにあのゲームがあったからオレは現実世界でも生きていけると思えた。ソードアート・オンラインはオレに生きる気力を与えてくれた。何をしてもがらんどうだったオレを救ってくれた。だから感謝してるんだぜ、アンタには。まぁ、さっきのは流石にキレかけたけどな」
ニヒルに笑みを浮かべてみると、茅場は納得したように頷く。
「そうか……。君はやはり純粋にあのゲームを楽しんでくれたようだね。初めて会ったときも誰よりも生き生きとした目をしていたことを覚えている。これでやっと納得が行ったよ。では、最後にこれだけ言わせてくれ。ゲームクリア、おめでとう」
「クリアしたのはキリトだろ」
「いいや、彼を後押ししたのは君の言葉だ。君も胸を張っていいと私は思う」
「そうかい。あぁそうだ、あの二人生きてるのか?」
聞いてみると茅場は一瞬悩んだような表情を見せる。けれど、少しすると静かに頷き、踵を返した。
「さて、私はそろそろ行くよ」
彼はそのまま闇の中へと解けて行き、オレの視界の端に一筋の光りが見えた。そちらに向かっていくとやがて視界が真っ白になり、意識も遠くなっていった。
身体に感覚があるのを感じたオレは指先を動かしてみた。
指に当たるのは布のような肌触りのものだ。恐らく布団だろう。次に入ってきた情報は匂いだった。花の匂いに混じり僅かに消毒液の匂いがする。そして耳に聞こえるのは機械の音と小鳥のさえずる声。もっと行ってしまえば遠くからは人が歩く音がする。
ゆっくりと目を開けると天井は自分の部屋の天井ではなかった。やたら高級感のある天井は一瞬ホテルかとも思ったが、消毒液の匂いからしてそれはないだろう。ここは病院だ。
仮想空間ではしきりに身体を動かしていたが、こちら側では二年間も動かしていなかったツケなのか身体が重い。けれど軽く力を入れてみると割りとすぐに起き上がることが出来た。
改めて周囲を見回してみるとベッドサイドには大量の花。それに埋もれるようにして点滴やら心電図などが置いてある。改めて息を吸うと自分が戻ってきたのだと実感できた。
そこで頭が重いことに気が付く。そうだ、ナーヴギアを着けっぱなしだったのだ。頭から鉛色をしたヘルメットを引っぺがし、周囲を見渡すと視野が広くなった。
色々気が付いたことだが随分とお見舞いに来てもらったようだ。ベッドサイドのテーブルには果物があったし、クラスの寄せ書きも見えた。
「……随分と、心配されてんだな……」
かなり掠れた声が出た。まぁ二年、口から水分を摂取してないのだから当たり前か。唾液では足りないこともある。オレはテーブルにあった水を身体に馴染ませるようにゆっくりと飲むと、点滴スタンドを掴んでベッドから出ると、ゆっくりと立ち上がった。
剣道は出来なくとも鍛えていたためか、倒れこむということはなかった。オレはそのまま病室の外を写す窓まで行って外を眺めた。
そこには今まで空虚で灰色だった世界はなく、色鮮やかで未来に満ちた世界が広がっていた。
「綺麗だな……」
言葉は自然と出てきた。同時に瞳からは涙が零れ落ちる。ゲーム世界から抜け出せた喜びからではない。世界の美しさとそれを感じることが出来たことに涙が出たのだ。
この日、「アウスト」こと、萩月葵は現実世界への帰還を果たしたのだった。
はい、待たせ致しました。
これにてSAO編終了です。
短いとも思いましたが、十話か十二話程度で完結させたかったものですからね、ハイ。
次回からはALOに入りますが、新キャラがドッと増えます。
チョイチョイ出てきた葵のお姉さんもしっかり出ます。また、ALOでは姉さん大活躍です。あとは葵の家がどんな家なのかも明らかに出来ればと思います。
待っていろ須郷さん!
では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。