ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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ALO編
第十一話


 携帯の無機質なアラームを止めようと、オレは包まっていた布団からヌッと手を出して鳴動する携帯を探す。ベッドサイドに置いてあった携帯を操作してアラームを止めると、そのまま起き上がる。

 

 一気に一月の冷えた空気が身体に纏わりついてきて、もう一度布団に潜り込みたくなったが、それを振り切って寝ぼけ眼を擦りつつ、携帯の置いてあったベッドサイドテーブルに配備されているタッチパネル式のスイッチをタップする。

 

 途端に空調が動き出し、自動でカーテンが開けられる。窓の外は時間が朝の五時ということもあってまだ暗い。ある程度部屋が暖まったところでクローゼットの扉をタップして開かせ、中から着慣れたスポーツウェアを取り出して着る。

 

 そして充電しておいた音楽プレイヤーをポケットに突っ込み部屋を出て洗面所に向かい、そこで顔を軽く洗った後、やたらと長い廊下を歩いて庭へ出た。

 

 まだ暗いものの、街灯が点いているので走るには問題はないだろう。小さく息をつくと白くなった息が虚空に消え、冬の寒さをあらわした。

 

 庭の飛び石を歩きながら巨大な門のくぐり戸を抜けて軽く準備体操を終えた後、オレは日課となっていた朝のランニングを開始した。

 

 ソードアート・オンラインから帰還してから二ヶ月。季節は真冬の一月となっていた。あの後、病院で目覚めたオレの元に家族全員が押しかけてきた。まぁ二年間もゲームの中で囚われていたのだから心配されるのも当たり前だ。

 

 けれど心配されるだけではなく、姉である萩月椿(はぎつきつばき)の強烈な拳骨も同時に襲ってきた。竹刀や木刀でなかっただけまだ良かったと思う。

 

 その後家族と談笑している最中やって来たのは、《総務省SAO事件対策本部》の職員である、鹿嶋陽子(かしまようこ)という女性だった。彼女から聞いた話ではどうやらオレやキリトなどの上位プレイヤーはモニターされていたらしく、オレの担当をしていたのが彼女だという。キリトのことも聞いたが、彼の方に行ったのは菊岡という男らしい。

 

 オレは一通り彼女にSAOで起きたことを話した後、交換条件として可能な限りのフレンドの情報を寄越させた。PCを開いて様々なところに連絡を取っていた彼女は、物の数分でヨミやマシュー達の入院先や連絡先を突き止めてくれた。

 

 殆どのフレンドとは連絡がつき、ヨミやマシューも無事にログアウトできたようだった。けれど、そのうちの一人、アスナこと結城明日奈は現実に戻ってこなかったのだ。それだけではない、その後鹿嶋から聞いた話では彼女を含めたSAOプレイヤーのうち三百人近くが目覚めたなかったのだ。

 

 世間では茅場の陰謀説が騒がれたが、そんなことはないとオレは思った。彼は確かに日本のサイバー犯罪史上最悪なことした。けれど、ゲームに負けたからと言ってそんな理不尽なことする人間には見えなかったからだ。

 

 まぁオレに何が出来るわけもなく、一応アスナが入院している病院を聞き出したオレはリハビリに励んだ。

 

 最初は筋肉の衰えに絶句したものだが、肩が上がらなくなっても続けた鍛錬の成果なのだろうか。予想に反して三週間近くでオレは退院することができた。以後は一人暮らしをしていた東京都の文京区にあるアパートではなく、同じく東京都の八王子市にある実家へ強制送還という形で帰された。

 

 オレの実家は古くから続く剣術道場を営んでいる。門下生もそれなりに多く、自分で言うのはアレだが、所謂金持ちの部類に入る家だ。だが、家を継げるのは一人のみであるので、四兄妹である我が家を継ぐのは長女である椿だ。

 

 そのほかのオレ達は普通の企業に就職するので、何もしないで金が入ってくるというボンボンみたいな生活はしていない。小遣いも出してくれるのは中学生までで、高校からは小遣いはない。全て自分で稼ぐのだ。

 

「花の高校生に小遣いナシってどうなのよ」と愚痴を垂れていたのは双子の姉である(あざみ)だったか。確かにそうだが、オレは一人暮らしだったので家賃は家が出してくれる代わりに生活費は全部自分で稼いでいたのでそれほど苦ではない。

 

 家に帰ってからは今までどおりに身体を動かせるまでに回復はしたが、やはり剣は振れなかった。それでもオレは前よりは気にしなかった。家族もそれを察知したのか変わったとも言っていたので前から比べれば変わったのだろう。

 

「まぁ理由自体はもう一つぐらいあるんだけどな」

 

 

 

 

 

 およそ一時間のランニングを終えて家の門に戻り、くぐり戸を通るとその隣に着物の上に道中着を羽織った女性が立っていた。

 

「お帰りなさいませ、葵様」

 

 女性は言うと同時にタオルを渡してきた。それを受け取りつつ、オレは彼女に軽く頭を下げる。

 

「いつもありがとな。(はな)さん」

 

「いいえ。これも萩月家に使える従者としての務めですから。入浴の準備は出来ていますのでお使いください」

 

 彼女は深く頭を下げた後、下駄を鳴らしながら家の中に戻っていった。彼女の名前は楠木華(くすのきはな)と言い、うちのお手伝いさんである。オレが子供の頃からいるのだがその時から外見にまったく変化がないという、なんというかすごい人だ。

 

 感情を表に出すことが一切ないが、冷たい人というわけではない。現にオレがゲームに閉じ込められた時は姉貴曰く「しばらく呆然としていた」という。

 

 華さんが持ってきたタオルで汗を拭きつつ庭を歩いていると、道場の照明が点いているのが見えた。同時になにかを振る音が聞こえる。

 

 オレは歩く方向を変えて道場の入り口から中を覗いた。

 

 剣道場には一人の女性がいた。流れるような黒髪をポニーテールに纏め上げ、純白の道衣と漆黒の袴を着込み、手には鈍い光を放つ日本刀が握られている。彼女の外見を一言で表すなら容姿端麗が一番しっくり来るだろう。

 

 彼女こそ萩月家次期当主にしてオレの姉であり、萩月家始まって以来の天才、剣道や格闘技系の世界では知らぬものはいない、《剣帝》の異名をとる女性、萩月椿だ。

 

 挙動の一つ一つは一切の無駄がなく、流れるようであり、それについて回る麗しい黒髪はシャラシャラと音がするのではと見紛うほどの美しさを持つ。今現在、剣道や格闘技系で彼女に勝てるものは現実世界にいないらしい。

 

 オレが眠っていた二年間もそれは健在らしく、絶対王者の座を譲る気はしばらくないようだ。すると、彼女は持っていた日本刀を鞘に納めると「葵」と呼んできた。

 

「盗み見とは趣味がいいとは言えないぞ」

 

「道場に明りがついてたから気になったんだよ。それに型の鍛錬してたみたいだし邪魔するわけにもいかねぇだろ」

 

「そうか。走ってきたようだが、体調は大丈夫か?」

 

「二ヶ月も経ってるからな。これといって問題はねぇよ」

 

「ならばいい。私はもうしばらく鍛錬を続けるが、お前はどうする」

 

「華さんが風呂いれてくれたみたいだから入るよ。姉貴もほどほどにな」

 

 オレが言うと姉貴は小さく頷いて鍛錬に戻り、オレが風呂に入った後に続いて姉貴が入った。

 

 

 

 それから一時間後、午前七時に朝食が始まり、食卓にはオレを含めて七人の人物がいた。

 

 一番端に座った体格の良い強面の男性はオレの親父である萩月(さかき)。その向かい側に座っているのは母親である萩月(かえで)。そして親父の隣には一番下の弟である(しゅう)。母さんの隣には薊が座り、その斜め向かいに椿、その前にオレ、そして最後は華さんが座っている。

 

「それにしてもこうして皆で朝御飯を食べられることはやっぱりいいわねぇ」

 

 そう声を漏らしたのは母さんだった。因みにうちの食事は華さんと母さんが分担している。

 

「母さん、その話何回言うのよ」

 

 呆れた様子で言うのは隣に座っている薊だった。

 

「だって嬉しいじゃない。葵が高校に行ってから寂しくなっちゃったし、御爺様や御婆様だって群馬に行ってしまったし」

 

「まぁそうだけどさ、もう葵が戻ってきて二ヶ月なんだしさぁ。少しは収まろうよ」

 

「そうかしらねぇ」

 

 母さんはおっとりとした声で息をつくと目の前の親父に視線を向けた。すると親父はバツが悪そうな顔を浮かべ、新聞で視線を遮って隣の柊に問うた。

 

「そういえば柊、小学校でなにかあったりしてないか?」

 

 完全に母さんから逃げている言動だ。親父曰く母さんには頭が上がらないらしい。まぁ剣術しか頭にない親父も親父だとは思うが。

 

「お父さん、僕もう五年生なんだからそんなことないってば。というか、お母さんから話を振られてこっちにもってくるのやめてよ」

 

「その言動、小学生とは思えねぇなぁ、柊」

 

「だって本当のことじゃん葵(にい)

 

 オレの言葉に柊はヤレヤレと言った様子で溜息をついているが、言われた親父はがっくりとと肩を落としている。

 

 ふとそこで思い出したように薊が手を叩いた。

 

「そういえば葵、今日アンタ所沢の病院に行くんだっけ?」

 

「ああ。知り合いの見舞いにな」

 

「まだあのゲームから抜け出せていないという結城家のご息女だったか? 確か名前は明日奈さんだったか」

 

 以外にも話に入ってきたのは親父だった。というかそれ以上に驚いたのは親父がアスナの苗字を知っていたことだ。

 

「親父なんで知ってんだ?」

 

「言っていなかったか。結城彰三氏と俺は旧知の仲なんだ。以前お前が目を覚ました時にあちらから連絡を貰ったんだ。見舞いに行くのは構わんが、あまり粗相のないようにな。今日辺り彰三氏も見舞いに行くと言っていたから、一応連絡しておこう」

 

「ありがと。んじゃ、ごちそーさん」

 

 親父に礼を言い朝食を終えたオレは開いた食器を片して流し台へ持っていったが、そこで今まで黙っていた椿が口を開いた。

 

「葵。その見舞い、私もついて行こう」

 

「……はぁ? 何で姉貴が?」

 

「その結城明日奈という少女は、恐らくお前がゲーム内で世話になっていた人物なのだろう? だったら、姉である私も行く価値はあると思うが?」

 

「なんかすげー理論だけど……。まぁいいや、行くのは十時くらいだからそれまでに準備しといてくれ。電車で行くか?」

 

「いいや、私が車を出そう。では十時にな」

 

 姉貴の言葉を聞いてオレは自室がある二階へ上がると、ラフな格好から外着に着替えてパソコンに向かう。オレの部屋の中には一人暮らしの時に持っていったものが大体入っている。しかし、その中で一番存在感を放つのは鉛色をしたヘルメット型のゲームハード、《ナーヴギア》だ。

 

 世間では悪魔の機械などと称されてはいるが、実はオレはこの《ナーヴギア》を今でも利用していたりする。それは現在進行形で《アルヴヘイム・オンライン》というVRMMOを続けているからである。

 

 SAO事件の半年後に、この《ナーヴギア》の後継機である《アミュスフィア》という円冠状のゲームハードが「絶対安全」という銘を打って発売された。システム的には《ナーヴギア》と大した差はなく、セキュリティを強化しただけらしい。

 

 しかも色々と調べたら《アルヴヘイム・オンライン》――通称、ALOは《ナーヴギア》で動くという。だったら金がかからない方を取ろうということで、オレは今でもこのヘルメットを被って仮想世界へダイブしている。

 

 ALOはレベル制だったSAOとは違い、超がつくほどのスキル制のゲームだ。プレイヤーは最初に九種属いる《妖精》を選択し、妖精としてゲームを進めていくのだ。まぁタイトルである「アルヴヘイム」が北欧神話から取っているのだから当たり前だが。

 

 妖精などと言っているものの、その実ゲーム環境は中々にシビアであり、運営がPKを推奨しているのだ。しかもレベルを上げれば何とかなるSAOとは違い、プレイヤーの運動能力に依存するため、かなりハードなゲームなのだ。

 

 最初は肩のことを心配したが、実際に動かすわけではないので、ゲーム内で普通に動かせたことにはホッとした。

 

 また、このゲームにはSAOになかった魔法という戦闘方法ともう一つ人気を誇る点がある。それは《フライト・エンジン》を搭載したことでゲーム内を自在に飛べるということだ。もちろん永久に飛べるわけではなく、飛行時間というものが存在する。それでも「飛ぶ」という現実世界では味わえない感覚を味わうために、今でもプレイヤー人口は増えているらしい。

 

 このゲームを始めたのは、約一ヶ月前だ。別に以前のように生きることに無気力になっているわけではない。ただ、一度味わったあの世界をどうしても忘れられなかったのだ。だからその中で自分が気になったゲームであるALOをプレイし始めたというわけだ。

 

「どうすっかなぁ。今七時半だから少しくらいだったらインできるけど……」

 

《ナーヴギア》とにらめっこしながら悩んでみるが、今はやめることにした。下手にやって時間を忘れるのはよくない。昔からRPGというのはは、「次のセーブポイントでやめる」と言っている割にどんどんと進んでしまうものだ。オンラインゲームでは自動セーブなのでそういうことはないが、時間内に街でログアウトできなかったら大変である。

 

「昨日は確か《アルン》でぶらついてたんだよな。特に誰とも約束はしてないし、ヨミやマシュ……じゃなかった、詠美と瞬はしばらく暇じゃないって言ってたしな」

 

 ヨミこと星峯詠美とマシューこと風島瞬も実を言うと既にALOを始めている。始めたのはつい最近だが、二人とも特に怖がることもなく始めているらしい。ただ、二人はオレと違って《アミュスフィア》で始めているらしいが。

 

「仕方ない。時間までは適当にネットでもぶらついてるか」

 

 オレは《ナーヴギア》をベッドの上に放り出してパソコンへと向かった。

 

 

 

 

 

 そして約束の午前十時、華さんの用意してくれた見舞い用の花束を持って姉貴の待つ車庫へと出向くと、ボンネットに腰をかけて待っていた姉貴がいた。

 

「来たな、では行くぞ」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

 オレは小走りに車の助手席に乗り込む。姉貴もまた運転席に乗り込み、ミラーなどの確認をした後エンジンをかけて車を発進させた。

 

 一般道を走り続けて十数分、特に話もないままいると車は高速道路に乗った。そしてインターチェンジを抜けてしばらくしたとき、お茶を飲んでいたオレに姉貴が声をかけてきた。

 

「葵。お前またVRMMOとやらをやっているようだな」

 

「ぶっは!?」

 

 突然の言葉に飲んでいたお茶が気管に入ってしまった。しかし、それ以上にまさかばれているとは……。

 

「えっと、いつからお気付きに?」

 

「つい最近だな。安心しろ、別にやめろとは言わないさ。ただ、私も幾分か興味が湧いてきてな。お前が熱中するVRMMOというシロモノに」

 

「姉貴がか!?」

 

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったが、それはしょうがないといえる。なぜなら姉貴はゲームとかにはあまり興味を示さず、兄妹間で遊ぶ程度にしかやらなかったからだ。

 

「そんなに驚かなくてもいいだろう。私とてお前と同じ人間だ。興味ぐらい持つさ、それでどうだ? 今やっているゲームは私でも出来そうか?」

 

「私でも出来そうって言うか、むしろ姉貴向きというか……。そんなに興味あるなら明日辺りハード買ってきてやってみるか?」

 

「ああ、そうしてみたいな。家だと迂闊にこういった話はできないからな」

 

「まぁそうだよなぁ」

 

 彼女の言うとおり、現在我が家ではVRMMO系の話はできないのが現状だ。理由としては親父がよく思っていないというのが強い。母さんは色々と説明したら分かってくれたので特に問題はないのだが、親父の場合、柊に変な影響が出るとのことでダメだとのことだ。

 

 問題はそれなりにあるが、とりあえずオレは明日秋葉原にでも行ってアミュスフィアを購入することを決めたのだった。

 

 

 

 

 

 高速を走ることしばし、オレ達はアスナが入院している埼玉県所沢市にある民間企業が運営する高度医療機関の病院へ到着した。

 

 パッと見は高級そうな建物なのでホテルのようだが、れっきとした病院である。何度か訪れたこともあるが、駐車場の広さもなかなかのものである。

 

 姉貴も同じことを思ったのか、車を降りた後感心したように息をついた。 

 

「随分と大きな病院だな。お前が入院していた所と同じくらいはあるか?」

 

「どうだろうな。つーか、そんなことはどうでもいいだろ。さっさと行こうぜ」

 

 オレは姉貴の言葉に肩を竦めたのち、ロビーへ行くと通行用のパスを発行してもらい、そのままアスナの病室へと向かった。

 

 エレベーターに乗り込むと病室がある十八階に到着した。エレベーターの重厚な扉が開くと、オレ達と入れ違いになるようにして恰幅の良い男性がエレベーターに入った。

 

 そのまま特に気に留めずにアスナの病室へと足をすすめようとしたのだが、そこで背後から声をかけられた。二人して振り返ると、先ほどの恰幅の良い男性がこちらに手を向けているところだった。

 

「人違いだったらすまないが、君達は、萩月葵君と萩月椿さんかね?」

 

「ええ。そうですが、貴方は?」

 

 声に答えたのは姉貴だ。

 

「失礼。私は結城彰三という。お父様から聞いていないかね?」

 

「あぁ、明日奈さんのお父様でしたか。改めまして、私は萩月椿。こっちは弟の葵です。父がお世話になっているようで」

 

「どもっす」

 

 オレは姉貴に続いて軽く会釈したが、凄まじい勢いで拳骨をされた。

 

「すみません、結城さん。うちの愚弟がとんだ粗相を」

 

「いやいや、構わんよ。それにお世話になっているのはこちらも同じだよ。今日は明日奈のお見舞いに来てくれた様だね。お父様から聞いているよ。ぜひ会って行ってくれたまえ、あの子もきっと喜ぶ」

 

「ありがとうございます。では」

 

 姉貴がそう告げて頭を下げたのでオレも頭を下げたが、そこで彰三氏は思い出したように「おぉそうだ」と続けた。

 

「ちょうどいま桐ヶ谷君も顔を出しているところだ。もう一人うちの研究所の者もいるが、彼のことは本人から聞いてくれ」

 

 彰三氏はそれだけ言うとエレベーターに乗って行ってしまった。残されたオレ達は互いに軽く息をつく。

 

「キリト……じゃなかった、和人も来てるのか」

 

「確かゲームクリアと成し遂げて英雄と称された少年だったか?」

 

「ああ。ゲームの中じゃ何度かパーティーを組んだこともある。あぁパーティーってのは相棒って言うか、グループって言うかそんなもんだ」

 

「なるほど。だが引っかかるのは研究所の人間がいるということだな」

 

「確かに。なんで自分お抱えの研究者をアスナの病室に入れる必要があるんだろうな」

 

 オレは首をかしげながらも病室の前まで行くと、発行してもらったパスをスリットに通した。

 

「失礼しますっと」

 

 入った瞬間、オレは室内が妙な雰囲気に満ちているのがわかった。視線を前に向けると、そこには二人の人物がいた。

 

 一人はアスナが眠るベッドの扉側にいる少年、桐ヶ谷和人。けれど、彼の顔は青ざめている様に見えた。もう一人はスーツ姿で長身、やや面長の顔にフレームレスの眼鏡をかけた男性だった。

 

「ア……葵……」

 

 一瞬アウストと呼びかけた和人だが、それに被せるようにしてスーツの男性が言ってきた。

 

「あぁ。君達が社長が言っていた萩月家の葵君と椿さんか」

 

 人のよさげな笑みを浮かべながら男性はこちらにやってくると、オレと姉貴の手を握ってきた。握手を終えると、彼は自分の胸に手を置いた。

 

「こちらの紹介がまだだったね。僕は須郷伸之です。君達の事はここに来る途中で社長から聞いているよ」

 

「さっき結城さんが言っていたのはアンタか。で、アンタもアイツの見舞いか?」

 

 オレがいつものように敬語も使わずに問うてみるものの、姉貴は反応しなかった。しかし、須郷は反応した。僅かに眉の辺りが訝しげに動いたのだ。

 

「いいや、今日は彼女に結婚報告をしに来たんだ。そうだ、式には君達も呼んであげよう。友人は多い方が彼女も喜ぶ。もちろん君もだよ、桐ヶ谷君」

 

 瞬間、須郷の顔が僅かに醜悪に歪んだ。オレはアスナが意識不明だというのに結婚など出来るわけがないと言おうとしたのだが、それを遮ように姉貴が前に出た。

 

「それはありがとうございます。式にはぜひ出席させていただきます」

 

「ああ、そうしてくれると嬉しいよ。っと、僕はそろそろ時間なのでね。これで失礼させてもらうよ」

 

 須郷は最後に人の良さげな笑みを見せて去って行ったが、オレはやつがどうにも気に入らなかった。

 

「姉貴」

 

「分かっている。あの男、非常に不愉快だった。よからぬことを企んでいるのは明白だな」

 

 それに頷いて答えた後和人を見るが、彼は悔しげに歯噛みしていた。それも無理はないと思うが、このまま引き下がれはしないだろう。

 

「和人。お前アレでいいのか?」

 

「いいわけないだろ。でも、アスナが目を覚まさなかったら……クソッ!」

 

「確かに桐ヶ谷の気持ちも分からんでもない。しかし、明日奈嬢の居場所が分からん今、どうしたものだろうな」

 

 口元に手を当てて姉貴が考えているが、和人は彼女を見て首をかしげている。

 

「紹介がまだだったな、オレの姉貴だ」

 

「萩月椿だ。よろしくな、桐ヶ谷和人」

 

「こちらこそ。それじゃあ、葵。俺そろそろ帰るよ……」

 

 和人は力なく告げて病室を出て行ったが、無理もないか。

 

「今はそっとしておくのが良いかもしれんな。立ち直れるかどうかは彼自身にかかっているだろう」

 

「姉貴は厳しいねぇ」

 

「お前の時もそうだった。心配はしてやったが、立ち直るかどうかはおまえ自身の問題だったからな。さて、我々も花を置いたら退散するとしよう。昼食でも食べていくか?」

 

「ああ」

 

 オレは答えてベッドサイドテーブルに花束を置いて踵を返し、姉貴と共に病院を後にした。

 

 

 

 

 

 翌日、姉貴用の《アミュスフィア》とALOのソフトをを買いに行くため秋葉原にあるゲームショップに繰り出そうとした時だった。パソコンのメールを報せる音が響いた。

 

 小首を傾げつつ送信されてきたメールを見ると、差出人はエギルだった。キリトが二十日ほど前に会ったらしく、それの流れでアドレスを交換しておいたのだ。確かエギルの本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズだったか。けれどなんか面倒くさいというのもあって無難にエギルと呼ぶことにしている。本人も気にしていないようだったし。

 

「タイトルは……『Look at this』? これを見ろってなんだこら?」

 

 小首をかしげながら添付されていた画像を開くと、よく分からない画像だった。しかしそれでも色合いからして移っているものが現実世界のものではないことはすぐに分かった。

 

 画像は非常に粗いもののなんとか誰かいるというのは理解できた。その人物は鉄格子のようなものに閉じ込められているようだ。

 

「これは……アスナか……?」

 

 視界に移る画像をもう一度凝視してみる。何度見ても見紛うはずはない、画像の中に少女はアスナだ。

 

「でもなんだってアスナが鉄格子みてぇなところに……ん?」

 

 口元に手を当てて考え、一度画像から離れた時だった。彼女の背中から半透明の羽が伸びているのが見えたのだ。オレはこの羽に見覚えがあった、鳥の翼のような羽ではなく、むしろ昆虫類の翅に近いこの形状は……。

 

「ALOでのプレイヤーの羽か?」

 

 そこでオレは弾かれるようにしてALOのパッケージを裏返す。開発メーカーは《レクト・プログレス》。確かアスナの親父さんがCEOを務めている《レクト》の子会社だったか。確かそこではVR関連の研究も進められているらしい。

 

 そして昨日会った須郷伸之といういけ好かない男。ヤツは確かレクトの研究所の人間だった。ここまでくれば偶然という二文字では片付けられないだろう。

 

「ってことはアスナがいるのはALOの中ってことか? いいや、アスナだけじゃないな。ログアウトできてない三百人はここに捕らえられているのか……」

 

 殆ど予想と勘であったが、空振りではないだろう。すると携帯が鳴動した。画面を見るとエギルからだ。

 

「もしもし、エギルか?」

 

「ああ。メールは見たか、アウスト」

 

「今見た。これってALOの中の画像だろ」

 

「よく分かったな。って、まさかお前やってるのか?」

 

「一ヶ月くらい前から始めてる」

 

 オレが答えるとエギルは「お前ってやつぁ……」と呆れたような声を出したが、すぐに話しをもどしてきた。

 

「始めてるなら話が早いな。頼みがあるんだが、アウスト。キリトを手伝ってやってくれねぇか? 一ヶ月前に始めてるって事は知識はあるんだろ?」

 

「まぁそれなりにはな。その様子だと、キリトのヤツ今からお前の店にでも行くみたいだな」

 

「画像を送ったらえらい剣幕で電話してきてな。まぁ無理もないと思うけどな。じゃあ、お前のことはキリトに伝えておくぜ」

 

「おう。アイツには後で連絡するように行っておいてくれ。オレは今からアキバに行かないといけないんでな」

 

「買い物か?」

 

「ちょっとばかしな。そんじゃ」

 

 オレはそれだけ告げて通話を終了すると、昨日姉貴から預かった金が入った財布をポケットに突っ込み、コートを羽織った後家を出た。

 

 

 

 

 

《アミュスフィア》とALOのソフトを買ったオレはすぐさま帰宅し、姉貴の部屋に入って準備を始めた。まぁ準備と言ってもソフトをアミュスフィアに差し込むだけなのだが。

 

「それじゃあこれを頭にセットして……目を閉じてから《リンク・スタート》って言えばログインできるから。その後はシステムの案内に従ってくれ」

 

「わかった」

 

「種族は昨日行ってたとおり《スプリガン》でいいんだよな? で、名前は《ツバキ》で。まんま本名だけど平気か?」

 

「問題ない。現に明日奈嬢も本名だったのだろう? お前は確か《インプ》で《アウスト》だったな。そういえば他の種族が、別の種族の街の圏内いると攻撃されるらしいが大丈夫か?」

 

「インプとスプリガンはさほど中が悪いわけじゃないからな。こっちから仕掛けなけりゃなにもしてこないさ」

 

 オレが説明を終えると姉貴は一度頷き、そのままベッドに横になった。

 

「それじゃあ次は向こうでな。出来るだけ目立つところにいてくれ」

 

「了解した。では向こうで」

 

 姉貴はそういうと目を瞑ったので、オレは急いで彼女の部屋から脱して自室に戻った。その時、オレの携帯が鳴った。キリトからだ。

 

「もしもし」

 

「俺だアウスト」

 

「ようキリト。昨日と比べたら随分と声のトーンが上がったな」

 

 少しお茶らけ気味に言って見ると、電話の向こうで和人は笑った。その様子からして昨日のことは吹っ切れ、今はアスナ救出に専念できているようだ。

 

「まぁな。それでALOのことなんだけど、ありがとな。でもどうやって落ち合う?」

 

「とりあえず今日はログインだけして。ログアウトしたら何処にいるのか教えてくれ、最短で向かうから。キャラネームはどうせキリトだろ」

 

「たぶんな。それじゃあ、また向こうで」

 

「おう」

 

 オレは答えてから携帯を放り、塗装がはげかけの《ナーヴギア》を被ってベッドに仰向けになり、目を閉じてから何度目かになるあの言葉を口にした。

 

「リンク・スタート」




はい、今回一気にキャラが増えましたが主要メンバーとなるのは数人です。
お気付きの通り椿は主要メンバーです。そして尚且つリアルでそれだけ強いということは、そういうことです。

次回はいよいよALO内部の話ですが、がんばっていきたいと思います。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。
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