ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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今回の話で出てくる街の名前とか回廊の名前は私が適当につけたものですのでご了承ください。


第十二話

 光の渦をくぐったオレは仰向けの状態で目を覚ました。

 

 視界の端にはHPとMPが表示されており、その上には『アウスト』という名前がある。

 

 上半身を起して周囲に目を向けると、壁際には簡素な机と椅子。そして今自分が寝ていたベッドがある。ここはスプリガン領のホームタウンだ。言ってしまえばスプリガンの種族としてのSAOの《はじまりの街》とでも言うべきだろうか。

 

 オレはベッドから腰を上げて扉を開け、階段を下りて宿屋を出た。

 

 宿屋を出ると古代遺跡を思わせる街並みが広がっていた。視線を泳がせれば現実世界にあるマヤ文明のピラミッドのような建造物がそびえており、確かあの裏手にはスプリガン領を取り仕切る領主の住まいとでも言うべき《領主館》があったはずだ。

 

「こうしてみると、やっぱりSAOとは建物の感じもちがうよなぁ」

 

 呟きつつ街中を歩くと、段々と黒を基調とした装備を纏うプレイヤーの姿が見えてきた。

 

 スプリガンとは漢字で書くと《影妖精》と書く。その名の通り、彼等の初期装備は黒で染められており、容姿も黒みがかっている。

 

 それに対してオレの種族は《インプ》。《闇妖精》だ。こちらは全体的に藍色がかった容姿で装備も紫っぽかったり、紺色っぽい色が多い。無論オレの容姿も例外はなく、藍色の頭髪に蒼銀の瞳。体つきは多少筋肉質であるものの、現実とさほど変わらない。顔つきもランダム設定にしては整っている。

 

 装備はSAO時代と殆ど変わっていない。それは背負っている身の丈ほどの大剣もまた然りだ。だが流石に《片刃大剣》というカテゴリーはないようだったので、背負っているのはプレイしていた中で最も重く、最も大きな大剣だ。確か名前は《アイゼントシルヴァー》だったか。

 

「つーか黒なら普通にインプの方が合ってると思うんだけどなぁ。漢字的に」

 

 肩を竦めつつインプとスプリガンの容姿に悩んでいると、前方に人だかりが出来ているのが見えた。確かあの奥は初心者プレイヤーが最初に転移する場所だ。

 

「まさかな……」

 

 なんとなくその奥に広がっている光景に嫌な予感を感じつつ、人垣の隙間からその先を見た。

 

 そこには美女がいた。

 

 いやまぁオンラインゲームなのだから美女ぐらい居るのだが、その美女は圧倒的にオーラが違っていた。流れるようで絹のような漆黒の頭髪はポニーテールに結われ、体つきも非常に女性的で美しい。それでいて表情はとても怜悧な雰囲気だ。睨まれたら心まで凍りつきそうだ。それに加えてまるっきり初期装備のくせに凄まじい威圧感も感じる。

 

 周囲の人だかりは彼女の美しさに目を引かれているものが半分、おっかなびっくり見守っているのが半分と言ったところだろうか。いずれも彼女に声をかけようとは思っていないようだ。

 

 すると、周囲を見回した彼女はオレを見てきた。そしてゆっくりとこちらにやってきた。その行動からしてオレの予感は的中していたようだ。

 

「まぁわかってたけどさ……」

 

 小さく溜息をつき、目の前にやって来た彼女に声をかける。

 

「待たせたみたいだな。あね……じゃなかった、『ツバキ』」

 

「いや、そこまで待っていないさ。あお……ではないのだな、アウスト」

 

 目の前の美女――もとい、オレの実姉、萩月椿は口元を僅かに緩めた。

 

 そこで周囲のプレイヤー達がざわついているのに気が付く。それはそうだ、なにせ目の前に居る姉、ツバキは超がつくほどの美女だ。その女性が同じスプリガンではなくてインプに声をかけたのに驚いたのだろう。

 

 姉貴もそれに気が付いたのか周囲を見回した。オレは周囲の反応に嘆息しつつ彼女の手首を掴み、そのまま場を離脱した。

 

 先ほどの場所からやや離れた武器屋などがある路地に来たところで、オレは姉貴の手を離した。

 

「とりあえずあの場所から離れてみたけど、結局ここに来ても同じような気がしてきた」

 

 頭を抱えるようにして項垂れる。その理由としては姉貴が目立ちすぎるのだ。アバター設定はランダムのはずだと言うのに、姉貴の場合全てが完璧に整いすぎている。

 

「さっきの者達はどうして私を遠巻きに見ていたんだろうな」

 

「……本人は本人で気付いてねぇし。だから性質が悪い……」

 

 やれやれと首を振りながら呆れてみるものの、姉貴は首をかしげているだけだ。その様子に溜息をついてから頭をあげ、オレは彼女に告げる。

 

「まぁいいや。そんじゃあ姉貴の装備を整えるか。キリトもいなさそうだったし、装備を整えたら戦闘方法と飛び方を教えるよ」

 

「よろしく頼む。そういえば先ほどはアウストと呼んだが、この世界にいるときはその名で呼んだ方がいいのだろう」

 

「まぁな。でも二人しかいないときは本名でいい。オレも姉貴って呼ぶしな」

 

「わかった。ではそうしよう」

 

 姉貴が答えたのに頷いた後、オレ達は装備を整えるために店を巡った。

 

 

 

 そして小一時間した後、オレと姉貴は街の正面にやってきていた。

 

「一通り装備も回復アイテムも揃えたことだし、さっき言ったように戦闘方法と飛行方法を教えようと思うけど、姉貴は問題ないか?」

 

「ああ。この世界の見え方も大分慣れて来た」

 

 頷いて答える彼女の装備は初期装備から大分変わったものに変化している。

 

 上半身はなんと言うか軍服の士官服を思わせるデザインの半袖の内着と上着を着込み、腰から下には深めのスリットが入ったスカートを着用している。少し動けば下着が見えてしまいそうだが、本人は「動きやすいからこれがいい」と言っていた。靴はふくらはぎの中間までを覆う漆黒のヒールブーツを履いている。

 

 そして肝心の武器だが、これは姉貴が気に入った武器が店で見つからなかったため、オレが先日ドロップした日本刀『シラヌイ』を渡しておいた。

 

 渡した武器は腰に下がっており、漆塗りを思わせる鞘に収まっている。

 

「装備を工面してもらってすまんな、葵。使ったユルドは後で返そう」

 

「ああ。まぁ余裕が出てからで良いよ。武器は上げたから気にしないでくれ。そんじゃ、いよいよフィールドに出ますかね」

 

 そう言ってオレが一歩を踏み出そうとしたときだった。

 

「待ちたまえ」

 

 背後から声をかけられた。

 

 そちらに目を向けると、スプリガンの美丈夫がこちらを見据えている。彼の両脇には取り巻きと思しき男性プレイヤーと女性プレイヤーが見える。

 

「なんか用か?」

 

「用があるのは君ではなくてそちらの女性だよ」

 

 オレの問に美丈夫は冷ややかに答えた。いくらスプリガンとインプが仲が悪くないとは言えど、やはり自分達のホームタウンを他種族のプレイヤーが歩くのは気に入らないらしい。

 

「私に何か用なのか? 青年」

 

「自己紹介が遅れたね。僕はキルディスと言うんだ。よろしく」

 

 キルディスと名乗った青年は静かに腰を折る。それに答えるようにして姉貴が続ける。

 

「ツバキだ。それで、私に何のようだ?」

 

「うむ。単刀直入に言おう、君を僕のパーティーにスカウトしたい」

 

「私はALO初心者だが?」

 

「構わないさ。初心者だろうと最初から教えてあげよう。そこにいるインプのような『脱領者(レネゲイド)』になるよりも賢明な判断だと思うよ」

 

「レネゲイド?」

 

 姉貴は怪訝な表情を浮かべてオレに視線を向けてきた。説明しろと言う目をしている。

 

「レネゲイドってのは領地を捨てて個人でプレイするヤツのことだ。ALOだとプレイヤーは大きく分けて二つ。一つは領地で同種族間でパーティーを組んで攻略して、領地の執政部にユルドを上納するヤツ。そしてもう一つがさっきアイツが言ったレネゲイド。領地を捨てて他種族同士で攻略する奴等。まぁオレもその部類に入るけど、残念なことにこのゲームだと嫌われぎみなんだよ。領地を捨てたとか、追放されたとかの理由でな」

 

「ふむ……」

 

 説明を聞いたあと姉貴は口元に手を当てて目を細める。そして今一度オレを見やる。その瞳には「手出しをするな」という色があった。オレは彼女に頷き半歩後ろに下がった。

 

「キルディス、だったか?」

 

「ああ。それで説明を受けて決心は固まったかな。ツバキ」

 

 キルディスがそういった時、ヤツの瞳が不適に光ったをオレは感じた。あの目は今まで何度となく見たことがある。姉貴はその美貌から数多くの男性から求婚されたり、付き合って欲しいといわれている。

 

 中には姉貴の身体目当てで擦り寄ってくる男も多く、そんな男達はことごとく下卑た光りを瞳の奥に宿していた。そう、今のキルディスもその一人なのだろう。表面は紳士ぶっていても、内面はさぞ穢れた感情があるに違いない。

 

 ……ある意味あのメガネと似てるかもな。

 

 内心で昨日で出会った須郷を思い浮かべる。あの男もまた同じ目をしていた。

 

 姉貴もそれを感じ取ったのか眉をひそめて小さくため息をついた。そして彼女はキルディスに向かって告げる。

 

「貴様とここにいるアウストの話を聞いてよく分かった。私は貴様の申し出を断る」

 

「なっ!?」

 

 凛とした声できっぱりと言い切った彼女に対しキルディスはおろか、取り巻きと見られるプレイヤー、そして周囲でことの動向を見ていた野次馬もざわついた。

 

「な、なぜだ!? 領地を捨てれば君は蔑視されるんだぞ! 君はそんな道を自ら歩むというのか!?」

 

「私の進む道は私だけのものだ。貴様如きに邪魔立てされたくはない。それに、こんな鳥かごのような街にいるだけではこのゲームを最大限楽しめそうもないのでな」

 

 ホームタウンを見回しながら言う彼女は冷徹な視線をキルディスに送っていた。

 

「私にとってはこのような場所にとどまっている貴様等が理解できん。なぜ空を飛べる翅を持つくせに大空へ羽ばたこうとしない。このような閉鎖された空間で過ごすことの何処に楽しさがある?」

 

「それは自分達の努力で領地を反映させ、最終的に世界樹を攻略することだ!」

 

「世界樹? あぁ、あの中央にある馬鹿でかい木か。確かあの木を攻略して妖精王オベイロンに謁見することで、飛行時間が無限になる《アルフ》になることがこのゲームの最終目標だったな。まぁそれを目指すことも一つの楽しみ方ではあるが、せっかく翅があるんだ。もっといろいろな所を見た方が面白いと思うがね」

 

 肩を竦めて言う姉貴は本当にうんざりしたようだった。すると、そんな彼女の様子にイラだったのか、キルディスは眉間に皺を寄せて言った。

 

「わかった……。君がそういうのなら構わない。しかし、ただで行かせはしない! 勝負だ。君と僕で勝負をして君が負ければ君は僕のパーティー入ってもらう。君が勝てば好きにしてくれていい」

 

「おい。そりゃあいくらなんでも横暴だし、お前ばっかり得するように――」

 

 なんとも割に合っていない決闘話に声を上げると、姉貴がそれを制した。

 

「いいだろう。その条件で構わない」

 

 そう言う姉貴の口元は僅かに笑みがたくわえられ、オレはそれにため息をついた。キルディスは姉貴が提案を呑んだことに下卑た笑みを浮かべた。

 

 オレ達はその後案内されるがままに広場らしき場所に行った。

 

 

 

 

 広場に到着したツバキはキルディスと向き合って気分が高揚するのを感じていた。

 

 別に初めてプレイするVRMMOが楽しくてたまらないというわけでない。この感情は剣術の試合の前によく感じたものだ。

 

 そう、彼女が感じているのは純粋な闘争心。

 

 ツバキの中には幼き頃から燻っていた気持ちがある。それは強い者と闘いたいという気持ちだ。子供の頃はさほど強くなかったこの気持ちだが、今となっては日に日に強くなる一方だ。

 

 それは現実世界で彼女に勝てる者がいなくなったことに理由がある。いまや剣帝という二つ名を持つ彼女の心は渇いていた。別に挑戦者達を見下しているわけではない。ただ、ツバキに挑戦してくる者では彼女の渇きを満たせないのだ。

 

 生まれながらのバトルジャンキー。それが萩月椿という女性だ。

 

 そしてこのALOではゲームとは言え、実際に戦うことが出来る。このゲームを始めようとしたきっかけは確かにVRMMOがどのような世界なのか知りたかったというのもあるが、恐らく心根では現実世界では味わえない戦いに身を投じたかったのだろう。

 

 だから今のこの現状は願ってもないことだった。まさかこんなに早く対人戦闘が出来るとは。

 

 無性に気分が高揚するこの感覚は本当にたまらない。

 

 ツバキは顔に出そうになる笑みを押し殺し、先ほどアウストから貰った日本刀、シラヌイを抜き放つ。

 

 しゃらんという綺麗な音と共に抜かれた刀の刃は白金だ。そして目の前にいるキルディスもまた片手剣を抜いた。しかし、彼が構えを取った瞬間、ツバキはなんともいえない喪失感に襲われた。

 

 ……なんとまぁお粗末な構え方だ。

 

 キルディスの構えはツバキに言わせれば隙だらけだった。本人は隙はないと思っているかも知れないが、それは自己満足と言うヤツだ。恐らくアウストも同じことを思っているだろうと視線を彼に送ると、彼も肩をすくめていた。

 

 すると視界の端でキルディスがこちらに向かって駆けて来るのが見えた。彼は彼でツバキの隙を突いたつもりなのだろうが、それ自体が誤りだ。

 

 戦闘態勢に入った彼女には一切の隙などない。研ぎ澄まされた刀のように鋭利な感覚はあっという間にキルディスの行動を察知してしまう。

 

 そして彼がツバキの右肩から片手剣を振り下ろそうとした時、逆に彼の身体に切れ込みが入った。「え?」と言う短い疑問符を吐いた彼の姿は次の瞬間には黒いエンドフレイムに変わっていた。

 

 ツバキはシラヌイを鞘に収め、小さく息をつく。

 

 ALO内でのプレイヤーの強さはレベルで決まるわけではない。もちろんステータスも関係してくるが、殆どは《累積ダメージ》によって方がつく。これは攻撃のスピードやヒットした位置、スキルなどでダメージの量が決まる。そして特にそれが顕著に現れるのが使用武器の攻撃力、そして攻撃スピードだ。

 

 今のはただギルティスの防具の隙間目掛けて三連撃を叩き込んでやっただけの話だ。そんな難しいことではない。

 

 最初からツバキはキルディスには期待していなかった。ああいう目をする連中は大抵弱い。人間ならば最低限の礼儀を示せと小一時間説教をくれてやりたい気分だ。

 

 決闘を見ていた野次馬達は、今日ALOを始めたばかりのツバキにキルディスが負かされたことに驚きを隠せないのか、言葉を失ったように静まりかえっていた。

 

 そんな彼等を素通りしながらツバキは弟の下へ向かう。

 

「すまんな、アウスト。待たせてしまった」

 

「まぁツバキならアレぐらい余裕だとは思ったよ。でも、不完全燃焼って感じだな」

 

「……そうだな」

 

 短く答えると彼女は街の入り口へアウストと共に向かい、スプリガンのホームタウンを出た。

 

 ホームタウンを出た後はアウストの後に続いて《中立都市》に向かいながら、飛行の練習やモンスターとの立ち回りをレクチャーしてもらった。因みに中立都市と言うのはどの領にも属さない、本当に中立の都市らしい。世界樹の真下の街、《アルン》もその一つだそうだ。

 

 中立都市《レクイエス》に到着する頃にはツバキは飛行も難なくこなし、戦闘もより卓越したものとなっていた。因みにこのレクイエスという街はかなり小さい街で、街の名前も《休息》という意味らしい。

 

 そして宿屋の一階にある酒場の席に座りながら彼等は話をしていた。

 

「さっすが、姉貴は飲み込みが早いな。いや、早すぎるって言った方が妥当かな」

 

「いや、これでも飛行には中々手間取った。初めての感覚だったものでな」

 

「誰だってそうさ。そういや、結局キリトのやつ見かけなかったけど、スプリガン以外の種族にしたんかな……」

 

「それは本人に確認してみるのが良いだろう。リアルに戻ったら連絡を入れてみてはどうだ?」

 

「そうする。そんじゃあ時間も時間だし、今日はこれで解散にしようぜ。ここは宿屋も兼ねてるから、カウンターで部屋を取って部屋でログアウトしろよ。初めてで立ったままログアウトすると戻った時結構酔うからな」

 

 アウストが言っているのは所謂《寝落ち》と言うヤツだろう。VRMMOは五感に働きかけるため、立ったままの状態からリアルでの寝た状態に戻るとちょっとした酩酊状態に陥ってしまうことがあるという。

 

 それも慣れると特に気にならないらしいが、今日は一応それを試してみることにした。

 

「そうするか。明日はどうする? いつでも入れるが?」

 

「とりあえずキリトと連絡とってから決める。あとで姉貴にも今後の方針を言うよ」

 

「わかった。では私は部屋を取ってくる。お前はどうする?」

 

「オレはこのまま落ちるよ。もう立ったままのログアウトは慣れたし」

 

 小さく笑みを浮かべた彼にツバキは頷き、そのままカウンターで取った部屋へ向かった。

 

 部屋は簡素なつくりだったが、まぁ別に豪華が良いとかそういうのは望んでない。シラヌイをメニューウインドウを操作し、自分のフィギュアから外すとそのままベッドに仰向けに寝転んだ。

 

 初めてのVRMMO体験は中々に面白いものだったが、彼女の渇きを埋めるには至らなかった。しかし、彼女は渇き以外にかすかな高揚感もその胸中に抱いていた。

 

 ……いずれ、もっと強い者と手合わせできれば良いのだがな。

 

 思いながらツバキは瞳を閉じた。

 

 そしてそのまましばらくいると、徐々に身体が浮くような感覚を味わった後、瞼を上げた。

 

 目を開けると目の前にバイザーのようなものが見える。アミュスフィアだ。どうやら現実に戻ってきたらしい。

 

 アミュスフィアを頭から引っぺがし、ベッドに座った彼女は大きく息をついた。相変わらず胸中にある高揚感は継続していて、自分が楽しんでいることがすぐに分かった。

 

「なるほど。あれならば葵が熱中するのもわからんことはない」

 

 

 

 

「相変わらず姉貴はバケモンじみてるな……」

 

 オレは天井を仰ぎながら声を漏らした。そして思い出していた、先ほどの実姉の戦いぶりと順応の高さを。

 

 幼い頃から彼女に出来ないことはなかった。勉強もスポーツも、剣術も……彼女はなんでも簡単にできてしまう。初めてやったことでも数回繰り返せばすぐに覚えてしまう。

 

 今日の飛行練習だって常人なら補助スティックで飛ぶところをいきなり飛んで、そのまま十五分ほど練習しただけでアクロバット飛行までするほどになっていた。

 

「けど、やっぱり足りないみたいだな」

 

 起き上がりつつ姉貴の瞳を思い浮かべた。キルディスとの戦いを終えた後の彼女の瞳は残念さに満ちていた。無論相手が弱すぎたというのもあるが、そろそろ強いヤツと闘いたいと言う欲求がたまり始めてしまっているのだろう。

 

 その証拠にレクイエスに到着する前に「このゲームで最強といわれるのは誰だ」と聞いてきた。一応「サラマンダーのユージーン将軍が強い」と教えておいたが、放っておくと絶対に戦いを挑んでしまうだろう。

 

「やっぱり一回オレと勝負して多少なり改善させとくかな……。このままだとキリトも標的にされかねん」

 

 苦笑交じりに呟くが、そこでオレはキリトに連絡をつけていないことに気が付いた。彼がどの種族になったのかを聞き出さなければ。

 

 携帯の電話帳から『桐ヶ谷和人』を呼び出して画面をタップすると、コール音が聞こえ始めた。

 

 三回ほどのコールでキリトの声が聞こえた。

 

『もしもし』

 

「よう、キリト。お前もうALOプレイしてるのか?」

 

『ああ。プレイしてるけど……ちょっと妙なことになっててさ』

 

「妙なこと?」

 

 オレが問い返すと彼は語り始めた。

 

 彼はどうやらオレ達と同じぐらいの時刻にスプリガンのアバターでALOを始めたという。しかし、システムにバグが生じたのか、スプリガン領の街に転移するはずが、途中でどこかの森の中に飛ばされてしまったらしい。

 

 そして彼が飛ばされたのがスプリガン領から真逆の位置にある、シルフ領とサラマンダ領の中間地点。そこで彼は自分のデータがSAOの時のものと同じになっていることを発見し、ユイとも再会できたとのことだ。

 

 その後彼はサラマンダーに襲われていたシルフの少女、リーファを助け、今はシルフのホームタウンである《スイルベーン》にいるとのことだ。そして色々話し合った結果、キリトはリーファと共にアルンへ向かうことになった。

 

 というのがことのいきさつである。

 

「SAOのデータ引継ぎってお前……チートかよ。そんなんチーターや!」

 

『キバオウみたいなこと言うなよ。俺だってビックリしたよ。それで、そっちはどうだ? 確か椿さんと一緒なんだよな』

 

「ああ。オレ達は今中立都市のレクイエスにいる。姉貴の飲み込みが早すぎて、明日からはレクチャーなんていらないまでに成長したよ。だから明日はアルンへ向かおうと思ってる」

 

『なるほど、わかった。それじゃあそっちはそっちでアルンへ向かってくれ。俺は明日の午後三時にリーファと待ち合わせることになってるから』

 

「了解だ。だとするとオレ達の方が先に着くな。ユーザーID送っておくからフレンド登録しておいてくれ」

 

『わかった。それじゃあ、お互いにがんばろうぜ』

 

「おう」

 

 キリトの言葉に短く答えて通話を切ると、オレは携帯のメール画面を開いてALOでのユーザーIDを彼に送った。するとそれにすぐさまキリトから彼のIDが送られてきた。

 

 とりあえずはこれでゲーム内で連絡することが可能になった。いちいちリアルに戻って連絡をしなくてもいい様になったので、予定を立てるのが大分楽になったはずだ。

 

「しっかし、SAOのデータ引継ぎとか。オレだって同じナーヴギアでやってんのに差別か?」

 

 溜息をつきながら天井を仰ぐ。キリトだけかなり優遇されているのは、明らかに差別だと思う。退院してからほぼ毎日のようにプレイしてステータスを上げていったオレの労力を返せと言いたいくらいだ。

 

「ウジウジ言っててもしょうがないか。とりあえず飯食ったら姉貴と相談して……深夜までやってれば《ヴェイル回廊》の手前までは行けるかな」

 

 とりあえずこれからの予定をざっと立てると、一階から柊の声が聞こえた。どうやら夕食の準備が整ったようだ。

 

 オレは小さく息をついてから、夕食をとるために食卓へ足を運んだ。

 

 

 

 

 

 夕食を終えた椿は葵の持ちかけた今後の方針を聞いた。

 

「オレ達はこの《ヴェイル回廊》を通ってアルンへ向かうことになった」

 

 ALOの地図に記されている、スプリガン領の近くの山脈にある洞窟を指しながら葵は説明を続ける。

 

「世界樹を目指すうえで、一番の近道はこのヴェイル回廊を通ることなんだ。そこを抜ければアルン高原が見えてくる。アルン高原まで出ればモンスターは出ない」

 

「モンスターが出ない?」

 

「ああ。プレイヤーの間だとアルン高原でモンスターを見たって情報はないんだよ。オレも見たことないし、たぶん間違ってはいないと思う」

 

「なるほど。して、キリトが居るのがここだったか」

 

 シルフ領、スイルベーンを指しながら言うと葵が頷いた。

 

「そうだ。どういうわけかゲームのバグでその近くに飛ばされたらしい。んで、明日キリトはリーファっていうシルフ族のプレイヤーとアルンへ行く事になっているらしい。多分アイツ等が通るルートはここ、《ルグルー回廊》だと思う。ここを通るのが一番の近道になるからな。因みにこのルグルーってのは洞窟の中にある中立都市の名前で、アルンに次いで二番目に大きな中立都市なんだ」

 

「ということはさっきのヴェイル回廊も中に街があるのか?」

 

「ある。三番目に大きな中立都市だ。それで姉貴は明日何か予定はあるか?」

 

「明日は特にこれといってないな。最近は挑戦者も来ないし」

 

「確か明日から四日間親父はどっか行くって話だったから邪魔は入らないな……よし、だったら、今からもう一回ログインしてヴェイル回廊の前まで行こう。キャンプ用のアイテムも持ってるからログアウトも心配ない」

 

「了解した。では明日は何時から始める?」

 

 その問いに葵は口元に手を当てて考え込む。やがて答えが出たのか一度頷いて決定する。

 

「明日は昼飯を食ってからにしよう。たぶんそっからはログインしっぱなしになるから、簡単には出られないって事だけ了解しておいてくれ。うまくいけばALOでの時間で昼の十二時にはアルンへ到着できると思う」

 

「ではそうした方が言いだろう。キリトからすれば明日奈嬢を助け出したいのだろうからな」

 

 椿の言葉に葵は怪訝な表情を浮かべた。

 

「姉貴、なんでアスナがALOにいることを知ってる?」

 

「そんなことか。お前の素振りと口振りを見ていればわかるさ。世界樹に明日奈嬢がいて、彼女を閉じ込めているのが、あの須郷という男なのだろう」

 

 自分が思い至った推測を羅列すると、葵は呆れたような感服したような息を漏らした。そして彼はこちらを真剣な眼差しで見てきた。

 

「ああ。姉貴の想像通りだと思う。そしてオレは姉貴の協力なくして世界樹の攻略は出来ないとも思ってる」

 

「そうだ、それがわからなかった。世界樹の攻略とはなんだ? あの中にはダンジョンとやらがあるのか?」

 

「いいや、世界樹の根元は大きなドーム状の空間があるんだ。そしてそこに足を踏み入れると、馬鹿みたいに強いNPCのガーディアンの軍団にメッタメタにされる。オレも二週間近く前に挑んだけど、あと少しって所で負けた」

 

「では世界樹の上に行くにはそのガーディアンとやらを殲滅すればいいわけだな。どれほどの強さなんだ?」

 

「個体の力は姉貴にとっては雑魚だと思う。けど問題は数だ。弓兵部隊もいるから、そいつらの攻撃を避けつつ、近距離も殲滅しないといけないんだよ」

 

「ふむ……」

 

 説明を聞いて椿は小さく息を漏らす。実際にガーディアンと相対してみないことには分からないが、葵を追い詰めたということは、相当難しいのだろう。しかし、それすらも彼女にとっては戦いを楽しむスパイスでしかない。

 

「ガーディアンか。面白そうだ。キリトがアルンにやってきたらその時は私がお前達の道を作ろう」

 

「ありがとな、姉貴」

 

「気にするな。弟のわがままに付き合うのも案外悪くない」

 

 クールな笑みを浮かべた彼女はベッドサイドに放置していたアミュスフィアを被った。

 

「では行くとするか。まずはヴェイル回廊入り口へ」

 

「ああ。先にログインしてて待っててくれ」

 

 葵はそう言うと地図をたたんで部屋へと戻って行った。その後姿を見送りつつ、扉が完全に閉まりきったところでベッドに仰向けに転がって瞳を閉じる。

 

「リンク・スタート」

 

 リアルからバーチャルの世界へ椿は飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 虹色の光の渦を潜り抜け、一度ブラックアウトした世界で瞼を上げると、そこには宿屋の天井が見えた。

 

 ツバキは己の手を握って感覚を確かめた後、メニューウインドウを呼び出してシラヌイを装備する。部屋を出て下にある酒場に下りると、ちょうど淡い光りを放ちながらアウストが現れた。

 

 そのまま彼の元まで足を運ぶが、その途中で他のプレイヤー達のざわついた声が聞こえた。

 

「あの姉ちゃんだいぶいかしてんなぁ」

 

「パーティーに誘いたいけど、あのインプと組んでるみたいだぜ」

 

「かー、マジで羨ましいぜ。一度でもいいからあんな美人と組んでみてぇ」

 

 会話は丸聞こえだが別に気にする話でもない。自分をナンパしてきたり口説き落とそうとした輩は現実世界でも数知れない。しかし、そんな輩は例外なくぶちのめしている。キルディスもその一人だ。

 

「いいタイミングだったな。ではヴェイル回廊へ行こうか」

 

「ああ。行く途中でエンカウントしたモンスターは全部倒していくけど、問題はないよな」

 

「私を誰だと思っている。お前の姉だぞ、アウスト」

 

「はいはい、そうでした。ツバキさん」

 

 アウストは肩を竦めながら答えたがその顔は不服そうではない。

 

 宿屋を出てレクイエスの目抜き通りを出てフィールドに出ると、アウストは視界の右端にある山脈を指差した。

 

「ヴェイル回廊まではこの草原を二時間ぐらい歩く。その間モンスターとも出会うけど、姉貴は飛ぶのと歩くのどっちがいい?」

 

「モンスターと闘いたいから歩いていこう。その方がスキルもステータスも上がるだろう」

 

「わかった。それじゃあ行こう」

 

 アウストは歩き出そうとしたが、そこでツバキは彼に声をかける。

 

「葵。モンスターが出たらお前は手を出さないでくれ。私が全て狩る」

 

「……りょーかい。好きにしてくれ、姉貴」

 

 アウストは言葉を返してそのまま山脈へ向けて歩き始めた。

 

 それに続くようにしてツバキも歩みを進める。

 

 

 

 

 

 レクイエスの街を出発して二時間半。

 

 草原地帯で巨大な槌を持った鎧姿のモンスター、《コボルド》をポリゴンの欠片に爆散させたツバキは小さく息をついた。

 

 遠くに見えていた山脈はすぐそこまで迫っており、なんとも言えない威圧感を放っていた。

 

 するとコボルドとの戦闘を見ていたアウストが声をかけてきた。

 

「いままでの戦闘で攻撃を喰らったのは一回って……しかも、かすり傷……やっぱり姉貴ってバケモンじみてるわー」

 

「自分の姉に向かってバケモンとは随分な言い草だな」

 

「本当のことだろ。そんなニュービーなんて世界広しと言えどアンタだけだよ」

 

「どうだろうな。もしかするといるかもしれんぞ、私のほかにも。それに私を脅かすものもいるかもしれん」

 

「もしそんなのがいたら姉貴が好きなスイーツバイキングに連れてってやるよ」

 

「本当か!?」

 

 スイーツバイキングという単語に反応したツバキは鼻息荒くアウストに詰め寄った。

 

「今の言葉嘘偽りはないな! もし破ったら木刀で殴り倒すぞ!」

 

「表現が生々しくてこえーよ! 本当だからそんなに顔を近づけんなっての!!」

 

「いいや。これはしっかりとしなければならないことだ。リアルに戻ったら念書を書いてもらうから逃げるなよ!」

 

「はいはい」

 

 二人はそんな風に騒ぎながらヴェイル回廊の入り口を目指す。

 

 草原地帯を抜けた後は静かなものだった。特にモンスターとエンカウントすることもなかった。

 

 そしてヴェイル回廊の入り口にたどり着くまでツバキはアウストから魔法のレクチャーを受けていた。

 

「思ったのだが魔法は斬れんのか?」

 

「斬ることはできると思うけど、実際やったことないな。やりたいの?」

 

「回避するのもいいが、お前の言う誘導魔法とやらは避けるのが難しいのだろう? だったら斬りおとした方が早いと思ってな」

 

「姉貴らしいな。じゃあ明日アルンに着いたら適当なメイジに魔法攻撃してもらってみるか。それで切れるかどうか試してみなよ」

 

「そうしよう。モンスターではいまいちよく分からん。っと、葵、ヴェイル回廊の入り口とやらはアレではないか?」

 

 ツバキがそういって指をさした方向には、山脈に巨大な穴が開いている。さながらその様子は巨人の口とでも言うべきだろうか。洞窟からは「ヒュオオオオオ」という不気味な風の抜ける音が聞こえる。

 

 よく目を凝らしてみると入り口の周りには怪物のレリーフが刻まれ、その真上には悪魔の首が見え、こちらを威圧するように見下している。

 

「ああ。ここがヴェイル回廊で間違いないな。そんじゃあ今日はここまでにするか。いい時間だろ」

 

 アウストが大きく伸びをしたので時計を確認すると、リアルでは深夜零時を過ぎたところのようだ。

 

「そのようだな。ではこの続きはまた明日だな」

 

「ああ。ちょっと待っててくれ、キャンプアイテムを使うからっと」

 

 言いながらメニュー画面を操作した彼は、近くの林の中に簡易的なテントをオブジェクト化させた。

 

「あの中でならすぐにログアウトできるようになってるから」

 

「ああ。色々とアイテムを使わせてしまってすまないな」

 

「気にしないでいいって。こっちも付き合ってもらってる身だし。それじゃあ、また明日」

 

「うむ。今日は中々に楽しめたぞ」

 

 そういってツバキはテントに潜る。テントの中は外から見たよりも広かった。彼女は仰向けになると、そのままメニューウインドウを呼び出し、本日二度目の寝落ちを敢行した。

 

 ……アルヴヘイム・オンライン。ふむ、最初こそただのゲームだと思っていたが、これはこれでなかなか面白い。ここでなら私の渇きを潤してくれるものにめぐり合えるかもしれんな。

 

 まどろむ意識の中で彼女は小さく笑みを浮かべながら意識を手放した。




はい。ツバキ姉さん本格参戦です。

え、初心者が勝てるわけない? 
大丈夫です。彼女チートですからw(錯乱)
それくらいチートかって言うと、某武神さんぐらいです。
まぁALOって最終的には攻撃速度とヒット位置、武器の攻撃力の高さでダメージ決まるみたいですし、それにプレイヤーの身体能力に依存するとも言ってますから、アレぐらいは出来るんじゃないですかね。
現実世界で勝てる者がいないぐらい強くなっちゃったバケモン姉はどうなるのか。渇きを潤してくれる人はいるのか……。
本音を漏らすと早くユウキと絡ませたかったりするんですよね。

ではでは、感想などありましたらよろしくお願いいたします。
展開が速いような気も否めませんが、SAOよりは長く仕上げたいと思っております。

次回は直葉視点で始めようかとも思います。アウストたちは回廊で一悶着ある感じにしますかね。
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