ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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第十五話

 突然の第三者の、スプリガンの女性の介入に静まり返っていた場だが、グラムを構えていたユージーンが彼女に問う。

 

「この場を預けろ、と言ったが……貴様は何者だ? スプリガンの女よ」

 

 キリトを攻撃し損ねたことに若干苛立ちを持っているのか、彼の声は低いものだった。けれど女性はそれに小さく笑みを浮かべる。

 

「そう苛立つな、サラマンダーの将よ。同胞が随分と無礼を働いたようだが、大目に見てやってくれ」

 

「ほう。では貴様はその男の仲間と見受けて良いのだな?」

 

「もちろん。種族が同じなのだから当たり前だろう?」

 

「確かにそうだが、と言うことはスプリガンとウンディーネの同盟と言うのを聞いているか?」

 

 ユージーンの頬が僅かに吊りあがったのをリーファは確認した。

 

 ――まずい。

 

 思わず苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。先のハッタリはキリト一人がいたから成立したことだ。ここでまったく無関係の彼女が話しに入ってきてしまえば、ばれる可能性は高い。

 

 サクヤとアリシャ、そしてキリトも口出しを出来ずに顔を固めたままだが、そこで女性がフッとクールな笑みを浮かべて答える。

 

「ああ、知っているとも。だから今日はこやつとシルフとケットシーの会談に参加させてもらい、貿易交渉をしに来たのだが……。護衛対象に先に行かれてしまうとは、私も甘いものだな」

 

 ふぅ、と息をつきながら言う彼女のあっけらかんとした様子に、ハッタリだと知っている全員がきょとんとしてしまった。

 

 目の前の女性は先ほどまでここにいなかった。なおかつ、アレだけキリト達と離れた場所から降りてくれば、声すらも聞こえなかったことだろう。けれど彼女は見事に口裏を合わせた。まるでそれが当たり前だとでも言うように。

 

「なるほど。では貴様はその男の護衛か?」

 

「そうだとも。大使が殺されたとなればこちらも面目が立たない。だから、サラマンダーの将、ユージーンよ。どうしてもこの話が信じられぬならば、私と勝負しようではないか。どうやらキリトとも闘おうとしていたようだしな」

 

「ほう。その男の代わりに貴様がオレと闘うということか」

 

「そうだとも。どうする? やるか、やらないか?」

 

 ユージーンはごつい顎に手を添えて考え込むと、彼女の装備を見回す。そこでキリトが彼女に声をかけたようだったが、なにやら耳打ちされたようで、彼は難しい表情でこちらにやって来た。

 

「キリトくん!」

 

 リーファは会談場所に降り立った彼に声をかける。

 

「あぁ、リーファ。ごめん、ちょっと心配させたな」

 

「ちょっとどころの話じゃないよ。あんな嘘丸出しのハッタリきかせて……」

 

「あの場はしょうがなかったんだってば。けど、今はそれよりも」

 

 彼は言うと上空で相対している女性よユージーンを見上げる。

 

「ねぇキリトくん。あの人って知らない人……だよね?」

 

「いや、俺はリアルで一度会った事がある」

 

「あ、それじゃあちょっと前話してた助っ人ってあの人のことなんだ」

 

 リーファは納得がいったように手と手を合わせる。

 

 ここに来る前、ルグルー回廊に入る直前だっただろうか。彼から自分のほかにも協力者がいることを聞かされていたのだ。だからそれが彼女なのだろうと聞いてみたのだが……。

 

「違うよ。あの人は助っ人の助っ人みたいな人」

 

 キリトは被りを振って否定した。

 

「助っ人の助っ人って……なんだかどっちが助っ人なんだかわからないんだけど……」

 

「確かに」

 

「でも、あの人って強いのかな? ユージーン将軍に一歩も引かない姿勢はすごいと思ったけど……」

 

「どうだろう。でも、さっき耳打ちされた時は勝てるみたいなこと言ってたよ」

 

 キリトは随分と楽観的に言うものの、リーファは不安で仕方がなかった。確かに上空の女性は装備自体はキリトよりもいいものを揃えている。しかし、問題なのは彼女の実力だ。

 

 プレイヤーの身体能力に依存するALOは、リアルでの強さがそのまま反映されるといっても言いだろう。キリトの身体能力というか、戦闘技術が高いのはここまでの旅で理解しているが、彼女は未だに未知数だ。

 

 ――あれだけ派手に登場してきたんだから勝てる見込みはあるんだろうけど。

 

 思いながら上を見ると、ユージーンが女性に名前を問うところだった。

 

「いいだろう。相手を変更して貴様と戦うことにする。それで、貴様の名は?」

 

「ツバキだ。以後お見知りおきを、将軍」

 

 ツバキと言う名を聞いた瞬間、リーファは憧れの人物である女流剣士『萩月椿』を思い浮かべてしまった。すぐにそれを振り払う。

 

 VRMMOに彼女がいるはずもないからだ。

 

 ツバキは軽く腰を折ったが、ユージーンはそれに鼻で笑い、グラムを構える。

 

 それに答えるようにツバキも腰に差している刀を抜き放つ。純白に輝く刀身は陽光を照らしてキラキラと輝いて見える。グラムを闇とするなら、彼女の持つ刀は光とでも言うべきだろうか。

 

 刀を構えるツバキだが、リーファはその構えにどこか見覚えがあった。いいや、見覚えがあるどころの話ではない。あの洗練された構えに、研ぎ澄まされた刃のような闘気と殺気。

 

 あれはまさしく萩月椿その人のものだった。

 

「まさか、本当にあの人が……?」

 

 そう呟いた瞬間、ユージーンが予備動作一つせずにツバキに肉薄した。そのまま暗赤色の大剣が頬に向かって振りぬかれる。ツバキはそれに防御体制もとらずに構えている。

 

 誰もが初撃があたったことを確信しだろう。いや、たとえツバキが反応したとしてもグラムにはエセリアルシフトがある。初撃は必ず当たっていた事だろう。

 

 次に視界に飛び込んでくるであろう惨状を、思わずみないように目をそらそうとしたが、次の瞬間リーファはとんでもない光景を目の当たりにした。

 

 なんとツバキがグラムの攻撃を回避したのだ。それも頬に直撃する本当にギリギリでだ。

 

 そしてこちらに襲ってくる上からかけられる重圧と肌がひり付くような殺気。それを感じた時にはツバキの姿はユージーンの前から消失し、彼の背後に彼女はいた。

 

 ユージーンの赤銅色のアーマーを見ると、真一文字に剣閃が奔ったのか、赤いダメージエフェクトが発生している。

 

「な、に……!?」

 

 驚愕の声を上げる猛将。けれど、そんな彼に背後から冷ややかな声がかけられた。

 

「どうした、ユージーン。最強プレイヤーの実力はその程度か?」

 

 その声は決してユージーンを侮蔑しているわけではないだろうが、やはり『その程度』と言われた方はカチンと来るのが当たり前なので、

 

「スプリガン風情が……どんな小細工かは知らぬが、余りいい気にッ!?」

 

 振り返ろうとした瞬間、今度はツバキの方が動いた。しかし、確認できたのは動いたことだけだ。その場にいた誰もがツバキがどのような動きをしたのかを目で追えず、ただ、ユージーンのアーマーにまたしてもダメージエフェクトが発生していることのみが見て取れた。

 

「あまり強い言葉を使うな、猛将よ。幾分か……弱く見えるぞ」

 

 空中でクルリと反転した彼女は冷酷無比な言葉を吐いた。しかし、その言葉がユージーンの怒りの導火線に火をつけたようで、彼の瞳には今までにないほどの憤怒が見えた。

 

「いいだろう。本来ならば貴様が耐えただけで終わりにするつもりだったが、やめだ。貴様を斬る!」

 

「いい目だ。やはり剣士はそうでないといけない。さぁ、お前は私の渇きを満たしてくれる実力の持ち主かな?」

 

「ぬかせぇ!!」

 

 怒声を張り上げながら、冷笑を浮かべるツバキに接近し、剣閃を走らせるユージーンの動きは先程よりも更に速度が上がって見える。感情が高まっているからそれが動きに出ているのだろうか。

 

 一方で相変わらず冷静なままのツバキは彼の攻撃を全て紙一重でかわしてく。どうやら彼女はエセリアルシフトのことを理解しているようだ。

 

「将軍。当てられなければ自慢の魔剣も形無しだぞ」

 

「ならばちょこまかと動くな!」

 

 なんとまぁ彼女は何処までユージーンを煽れば気が済むのだろうか。さっきから彼女は彼の精神を逆撫でするような言葉ばかりを吐いている。

 

 けれどなぜだろうか。その言葉は別に本気で言っているようには感じられない。寧ろ相手を怒らせることで実力を引き出させるような感じだ。

 

 そしてツバキが攻撃を避け続けること十数回。ユージーンも彼女の動きに目が慣れてきたのか、僅かに攻撃があたるようになってきていた。

 

「いい反応と攻撃を繰り出すようになった。やはり、人間は戦いの中で成長していく……それこそが面白いのだ」

 

「貴様、何を……」

 

「さぁユージーンよ。貴様の信念を私に見せてみろ。ちょうどグラムの受け方も分かった」

 

「ではやって見せろ!!」

 

 言いながらユージーンは肉薄し、グラムを振りかぶり、そのまま今まで以上の力で振り下ろした。

 

 ツバキは振り下ろされたグラムを刀で受け止めようとしたが、それはエセリアルシフトの影響ですり抜けてしまった。そして彼女の脳天に刀身が当たる瞬間、それは起こった。

 

 金属と金属がこすれあう甲高い音が響いたのだ。視線を向けるとグラムを受け止めている純白の刀身が見えた。

 

「え、どういうこと?」

 

 リーファはわけが分からなかった。確かに最初彼女は刀でグラムを防ぎ、グラムはエセリアルシフトによってそれを貫通したはずだ。なのに今グラムは純白の刀身に受け止められている。

 

 ツバキは最初から刀を二振りもっていたのだろうか? 否、それは断じてない。最初から彼女はそんなものは持っていなかった。ではあの一瞬でアイテムメニューを操作した? それも否。どんなに彼女の動きが早くとも、アイテムや武装がオブジェクト化されるにはシステム上で数秒かかる。

 

 グラムが振り下ろされる前にオブジェクト化し、直ちに防御に回すなど不可能だ。

 

 頭の中で考えていると、キリトが「なるほどな……」と呟いた。

 

「キリトくん、わかったの? ツバキさんがどうやって防いだのか」

 

「ああ。見てみろよ、あの人の手を」

 

 キリトが差す方向に眼を向けると、彼女の手に刀の形状を取る二つのものが見えた。一方はグラムを受け止めている白銀の刀。そしてもう一方はと言うと、刀にしては妙に分厚く、刀と対比するような黒漆のような物体。

 

「まさか、初撃を鞘でやったの?」

 

「ああ。多分ツバキさんが持ってる刀はあの鞘も武器として扱われるようになってるんだろう。だから最初にグラムのエセリアルシフトで貫通させて、次に刀で受け止めた。流石の魔剣も立て続けに防がれちゃ効果が発動できないんだろう」

 

「でも、一歩間違えれば斬られてたよね」

 

「だろうな。でもあの人には出来る自信があったんだろう」

 

 呟く彼の瞳はグラムを受け止めているツバキに注がれていた。

 

「まさかそのような奇策でオレのグラムを防ぐとは……」

 

「なに、私も半分賭けだったさ。だが、如何せん私も急いでいる身なのでな。今回はこれで終わりにさせてもらう」

 

 ツバキは凛とした声で言うとグラムを弾く。ユージーンはそれによって大きく後退させられ、隙が出来た。

 

 瞬間、ツバキの姿がその場から消失。刹那、彼女はユージーンの背後に現れた。

 

 そのまま彼女は純白の刀を納刀。キンッ! という鍔と鯉口があたる音がした瞬間、ユージーンが声もなく爆散し、派手な赤い色のエンドフレイムを上げた。

 

 爆発のエフェクトと爆音がやんだものの、誰一人として言葉を吐くものはいなかった。

 

 それはキリトも同じなようで、彼もツバキの姿を驚愕の表情で見やっていた。しばらく沈黙が続いていたものの、ツバキはなにやらメニューウインドウを操作し、ユージーンのリメインライトに向かってアイテムを使用した。

 

 すると、赤い炎は徐々に人の形を成し始め、最終的にはユージーンが現れた。どうやら蘇生アイテムだったようだ。

 

「凄まじい実力だな。強者とは貴様のことを言うのだろうな」

 

「いや、お前も良い腕をしていた。もっと鍛えればさらに高みへいけると思うぞ」

 

「フッ言ってくれるな」

 

「本当のことだ。それで、勝負に勝ったのだから私達の言うことを信じてくれるのが、条件だったはずだが?」

 

 小首をかしげながらいう彼女の問いにより、再び周囲に緊張感が張り詰める。

 

「……いいだろう。貴様の強さに免じてその話、信用することにしよう。それに今ここでスプリガン、ウンディーネと事を構えるつもりもない。今日は戻るとしよう」

 

 ユージーンは身を翻してツバキに背を向けるが、彼は背を向けたまま告げた。

 

「ツバキと言ったな。貴様はいつか必ずや斬ってみせる」

 

「いつでも来るがいい猛将よ。私は挑戦者は拒まん、いつでも受け付けよう」

 

 最後までクールに言い放った彼女にユージーンは僅かに肩を竦め、翅を鳴らして部隊に戻ると、そのまま部隊を引き連れて蝶の谷から去っていった。

 

 赤き大部隊が去っていくのを声なく見ていると、ツバキがこちらに降り立った。相変わらず怜悧な表情を保っている彼女に、空気がピリ付くような感じがしたが、彼女はそれを尻目にキリトに近寄る。

 

「すまんな、キリト。余計なことをしてしまったか?」

 

「いや、ありがとう。ツバキさん。でも、アウストはどうしたんだ?」

 

「置いてきた。まぁ恐らく到着する頃だとは思うが……」

 

「とっくの前から着いてるっての」

 

 ふと若干苛立たしげな声が聞こえてきた。声のした方にリーファが視線を向けると、そこには大剣を背負ったインプの青年がいた。

 

 またしても他種族が出現したことで、サクヤとアリシャの背後に控えていた十二人がどよめいた。けれど、彼はそれを気にした風もなくキリトの元までやって来た。

 

「よう。ツバキが迷惑かけたな、キリの字」

 

「いや、迷惑はかかってないよ。ビックリしたけど、助かったよ」

 

「そんなでもないだろ。お前でもユージーンには勝てたって」

 

 二人は談笑するものの、リーファはどう声をかけたら良いものかと悩んでいた。すると、そんな彼女の代わりと言うように、サクヤが口を開いた。

 

「すまんが、状況がいまいち飲み込めないので説明を頼めるか?」

 

 

 

 

 

 疑問を投げかけてきたシルフの領主、サクヤとケットシーの領主、アリシャにリーファと言うキリトと行動を共にしていた少女の話を聞きたツバキはふむ、と頷いた。

 

「ということは今回の一件はそのシグルドなる男が招いたということか?」

 

「はい。たぶん、ですけど」

 

 ツバキの質問にリーファはぎこちなく頷いたが、サクヤはその話に何処となく心当たりがあったようだ。

 

「いや。その話は間違っていないかもしれない。ここ数ヶ月、シグルドが妙に苛立っているのは分かっていた。が、私はシルフ領の領主、独裁者と見られたくはなかったのと、合議制にこだわっていたのもあり、彼を要職においてしまった……」

 

「まぁ普通はそういう判断をくだすわなぁ」

 

「サクヤちゃんは人気だし、その辺は辛いところだヨねー」

 

「でも、シグルドはなんでイラついてるのかな?」

 

 リーファはイラつく理由が分からなかったようだが、ツバキはなんとなくだがそれに予想がついていた。先ほどの話の中で、シグルドという男がどういう人物なのか、予想が出来ていたからだ。

 

「サクヤ、これは私の勘だが、そのシグルドという男は上昇志向の高い男ではないか? または、力にこだわる節がある」

 

「……ああ、その通りだよ。ツバキ。彼は非常にパワー志向の高い男だからな。サラマンダーに先を越されているこの現状が我慢ならなかったのだろう。グランド・クエストをサラマンダーが攻略して制空権を取り、それを自分が地上からただ眺めると言うビジョンが見えてしまったんだろうさ」

 

「でもどうしてサラマンダーのスパイを……」

 

「そりゃあれだろリーファ。もうすぐ実装されるバージョン五.〇で実装されるって噂の、転生システムがあるからじゃねぇの?」

 

「あっ……なるほど……」

 

「彼の言うとおりだろうな。大方モーティマーにでも誘われたのだろう。スパイをすればサラマンダーに転生させてやるとな」

 

「でも、実装されたところで、モーティマーはシグルドを転生させる気なんてなかったと思うけどな」

 

 アウストは簡単に言ってのけるものの、リーファはなんとも言えない表情をしていた。けれどツバキにとって彼女がそのような顔をするのは無理もないことだと思っていた。

 

 ……このゲームはなかなかに人間の人間らしい部分が出るゲームなのだな。

 

「このゲーム、プレイヤーの欲望を試す陰険なゲームだな」

 

 そう言ったのはキリトだ。彼は呆れ混じりの声でそのまま続ける。

 

「デザイナーはさぞかし嫌な性格してると思うぜ」

 

「ふふ、そうだな」

 

 サクヤもそれに同意したのか静かに肩を震わせた。そしてそれにアウストも続く。

 

「でもオレそういうの結構好きだけどな。人間の裏の面出るようなやつ」

 

「だったら、お前も嫌な性格してるよ」

 

「その原理でいったらツバキの方が嫌な性格だと思うぜ?」

 

 アウストが親指を差しながら言うと、全員の視線がこちらに向いてきた。そしてサクヤが考え込むように口元に手を当てる。

 

「うむ……確かにユージーンと闘っている時は煽りに煽っていたからな……」

 

「ツバキちゃん、結構ドSな性格してるかモねー」

 

「そうか? アレぐらい普通だとは思うが?」

 

「「「「いやいやいやいや……」」」」

 

 なにやら全員から否定されてしまった。とりあえず、横でカラカラ笑っているアウストは後で捻ることにしよう。

 

「それで、どうするの? サクヤ」

 

 リーファがキリトにもたれかかりながら聞くと、サクヤは顔から笑みを消して瞳を閉じた。再び彼女が瞼を上げた瞬間、彼女の瞳には冷徹な光りが見えた。

 

 その瞳を見た瞬間、ツバキは彼女の腹が決まったのだと確信する。同時に、そんな目をする彼女と戦ってみたいという感情も芽生えてきた。

 

「ルー、確か闇魔法スキル上げてたな」

 

 その問いにサクヤは大きめの猫耳をパタパタ動かした。どうやらアレが肯定の意味らしい。

 

「ならばシグルドに《月光鏡》を頼めるか」

 

「できるけど、夜じゃないから長く持たないヨ?」

 

「構わん、どうせすぐに終わる用事だ」

 

 アリシャはもう一度耳を動かした後、一歩下がって詠唱を開始した。その姿を見つつ、ツバキはアウストに問うた。

 

「月光鏡とはなんだ?」

 

「魔法生成した鏡で遠くにいるやつと話しができる闇魔法だよ。さっきアリシャが言ってたけど、夜のほうが持続時間が長くて、昼間だと少ないんだ」

 

「なるほど。となると、彼女が話す人物はただ一人か」

 

「ああ。シグルドってヤツだろうな」

 

 言いながらアリシャの詠唱を眺めていると、やがて彼女を中心に小さな闇夜が出来上がり、彼女の手に楕円形の鏡が生成された。

 

 その鏡を覗き込んでみると、鏡にはなにやら執務室のような部屋が表示されており、窓際には、翡翠色の大きな机があった。

 

 恐らくアレがスイルベーンにあるサクヤの執務室なのだろう。しかし、本来ならば誰もいないはずの部屋に一人の男がおり、どっかりと足を机に乗せていた。顔には余裕綽々と言ったような笑みが見える。

 

 けれど、彼の表情は次の瞬間に蒼白に歪むこととなる。

 

「シグルド」

 

 張りのある声に反応したシグルドはバネ仕掛けのように飛び起きると、声のしたほう、即ち、月光鏡に映し出されたサクヤを見た。

 

「さ、サクヤ!?」

 

「ああ、そうだ。残念だがまだ生きている。悦に浸っているところ悪いがな」

 

「な、なぜ……いや、それよりも会談は」

 

「今から滞りなく行うところさ。あぁそうそう、会談に客人が来てな」

 

「客人……?」

 

「ユージーン将軍がお前によろしくだとさ」

 

 その言葉を皮切りにシグルドが仕切りに目を動かし始めた。その光景は嘘をついた子供が親に問いただされているような雰囲気だ。

 

 しかし、彼はやがてリーファの姿を見て全てを悟ったようで、眉間に深く皺を寄せた。

 

「……無能なトカゲどもめ……! それで、どうするサクヤ? 懲罰金か? それとも執政部から追い出すか? だがよく考えても見ろ。シルフの軍務を預かる俺がいなくてはお前の政権とて……」

 

「いや、お前はどうしても今のシルフに不満があるようなのでな。だから、こういう決断を下したよ。お前が望んでいたことだ」

 

「なに?」

 

 サクヤはシグルドから僅かに視線をそらして巨大なウインドウを展開し、そのウインドウの一つのタブを呼び出すと、彼女はそのまま手早く指を走らせる。

 

 やがてシグルドの元に青いウインドウが表示されるのが見えた。

 

「な!? お、お前正気か!? 俺を追放するというのか!」

 

「ああ。レネゲイドとして中立域を彷徨うがいい。安心しろ、きっとそこでは新たな楽しみも発見できるさ」

 

「こ、この……!」

 

「さらばだ、シグルド」

 

 何か言いかけたシグルドに対し、サクヤは冷たく言い放った後、ウインドウをタップした。同時にシグルドの身体を淡い光りが包み込み、彼の姿はその場から消失した。アルン以外の中立都市のどこかに強制転移されたのだろう。

 

 誰もいなくなった執務室を映し出す月光鏡には、やがて小さなひびが入り、そのままかすかな破砕音を立てて消滅した。

 

 サクヤは小さく息をついて眉をひそめていたが、そんな彼女にリーファが声をかける。

 

「……サクヤ……」

 

「私の判断が間違っていたかどうかは次の領主投票で決まることだろう。だが、リーファ、礼を言うよ。執政部の参加を頑なに拒み続けた君が助けにきてくれたことはとても嬉しい。それと、アリシャ。すまなかったな、シルフの詰まらんいざこざで危険に晒してしまって」

 

「そんなこと気にしないで良いよー! 生きてれば結果オーライだヨー!」

 

 随分と楽観的に答えるケットシーの領主に続き、リーファが首をぶんぶん振った。

 

「私もそんなに大したことしてないし、お礼を言うならキリト君やツバキさんに言って」

 

「そうだ、そういえばまだ君達のことを深く教えてもらえなかったな。名前は聞いたが……」

 

 サクヤとアリシャはまじまじとこちらの顔を見てきた。

 

「二人とも。さっき言ってたスプリガンとウンディーネの同盟の大使と護衛って、本当なノ?」

 

 アリシャの問いにツバキとキリトは軽く視線を交わすと、互いに笑みを見せて言った。

 

「もちろん大嘘だ。ブラフ、ハッタリ、ネゴシエーション」

 

「私も話は途中からしか聞こえていなかったからな。急ごしらえにしてはうまくいった」

 

「な――――……」

 

 サクヤとアリシャは互いに口をあんぐりと開けていたが、そこに解説を入れるようにアウストが口を開いた。

 

「まぁキリトは前からあんな調子だし、ツバキにしたって大胆な性格してるしな」

 

「それは分かるが……なんという大法螺だ。それで、君は二人とはどういった関係なのだ?」

 

「キリトとは友達だ。ツバキとは……リアルで姉弟だ。オレが弟でツバキが姉貴」

 

「なるほどな。と言うことは君達はキリト君を待っていたのか」

 

「そゆことー。でも、姉貴がこっちの戦いに興味持って飛び出してきたってわけ」

 

 軽く説明するとサクヤも納得がいったのか深く頷いた。

 

「キリト君の度胸も凄まじいが、それ以上にツバキの強さは圧倒的だったな。ユージーンをあそこまで一方的に屠るとは……」

 

「早すぎて見えなかったよー。お二人はスプリガンの秘密兵器って感じなのかナ?」

 

「まさか、俺はしがない流しの用心棒さ」

 

「私も似たようなものだ。姉弟で旅をしていたら、弟の友人のピンチに駆けつけたただのバトルジャンキーだ」

 

 自分のことをバトルジャンキーと紹介するのもどうかと思うが、アリシャとサクヤは互いに笑みを浮かべた。

 

「キリト君、ツバキ、君達がよければシルフの用心棒にでもなってくれるか? 君達の力は欲しい」

 

「あ、サクヤちゃんずるーい! 二人が欲しいのは私も同じだヨー!」

 

 二人は声を上げるものの、その様子を見ていたツバキが凛とした声を発した。

 

「誘いは嬉しいが、なにぶん私達は先を急ぐ身でな。その話はことが終わってからにしてもらえるか?」

 

 ツバキは言うと同時にメニューウインドウを操作してツバキとアリシャにフレンド申請を出した。二人はそれに了承すると、仕方ないかと言う風に引き下がった。

 

「しかし、アルンへ行くのか。リーファ、物見遊山か? それとも……」

 

「最初は領地を出る……つもりだったんだけど、いつか帰るわ。スイルベーンに」

 

「そうか。それを聞いて安心したよ。そのときは四人で来てくれ」

 

「ケットシー領にもきてねー。歓迎すルよー」

 

 二領主は改めて二人に頭を下げる。サクヤは胸に手をあてて腰を折り、アリシャはふかぶかと頭をさげて耳をペタンと降ろした。先に顔を上げたサクヤが言う。

 

「今回は本当に助けてくれてありがとう。私達がここで撃たれていればサラマンダーとの格差は決定的だった。何かお礼を出来れ良いのだが……」

 

「気にするな。私とてユージーンと闘いたくて勝手にやったことだ。寧ろ話をこじらせてしまって迷惑をかけてしまった」

 

「俺もお礼なんていいですよ。俺の好きでやったことですし」

 

 二人が答えると、後ろにいたリーファが思い出したように声を上げた。

 

「ねぇ、サクヤ、アリシャさん。この同盟の最終的な目標って世界樹攻略なんだよね」

 

「究極的にはそうだな。二種族で世界樹を攻略し、双方ともアルフになればそれでよし。片方だけならば次の攻略の折に協力する。と言った感じだな」

 

「それじゃあその攻略にあたし達も同行させてもらえないかな。それも、出来るだけ早く」

 

「それは構わない。というか、こちらから頼みたいくらいだよ。しかし、なぜ早く?」

 

 サクヤが首をかしげながら聞くと、リーファはキリトに視線を向ける。キリトは一瞬迷ったような表情をしたが、静かに説明を始めた。

 

「俺がこの世界に来た理由は世界樹の上に行きたいからなんだ。そこにいるある人に合うためにね」

 

「人? それは妖精王オベイロンのことか?」

 

「いや、違う。その人とはリアルで連絡が取れなくて、だからどうしてもここで会わなくちゃいけないんだ。だからそのために、ここにいるアウストの助けを借りるってわけなんだ。今はリーファに頼りっきりだけど」

 

「なるほど。随分と込み入った事情があるようだな。深く追求するのは無粋だな」

 

 サクヤは頷いて答えたものの、その隣のアリシャは難しい表情をして、尻尾と耳を力なく垂らした。

 

「でもね……キリト君。攻略メンバー全員の装備を揃えるにはしばらくかかりそうなんだヨ。とてもじゃないけど、一日二日じゃあ……」

 

「そっか。そうだよな。でも、俺達もとりあえずは世界樹の根元まで行くのが目的だし」

 

 そこまで言ったキリトだが、ふと思い出したようにメニューウインドウを操作してなにやら大きな皮袋をオブジェクト化させた。

 

「これ、軍資金の足しにしてくれ」

 

 キリトが差し出した袋にアリシャが手をかけるが、彼女がつかんだ瞬間、彼女はその場でふら付いた。アリシャは一度体勢を整えて袋をしっかりと持つと、チラリと袋の中身に目を落とした。

 

「さ、サクヤちゃん、見てこれ……!」

 

「うん?」

 

 アリシャに言われてサクヤも中身を覗きこむと、アリシャと同じように驚愕に顔をゆがめた。そして彼女が取り出したのは青い輝きを放つ大きなコインだった。

 

「十万ユルドミスリル貨……まさかこれ全部か!?」

 

 さすがのサクヤもそれに驚いていたようだが、そこでアウストが口を開いた。

 

「キリトと姉貴ばっかがイイカッコすんのもつまんねぇから。オレもこれやるわ」

 

 そういって彼もメニューウインドウを操作すると同じように大きな皮袋を取りだした。大きさ的にはキリトのものより一回り大きいだろうか。

 

 彼はそのまま皮袋をサクヤに渡す。サクヤとアリシャ、そしてリーファは恐る恐る袋の中を覗き込んだ。

 

「こっちも十万ユルドミスリル貨……! 君達これだけの大金を何処で……?」

 

「自然と貯まった。まぁそれだけありゃ装備品整えるのはすぐじゃねぇの?」

 

「うん。これだけあれば目標金額にたどり着くどころか、もっと行ったかもしれないヨー!」

 

「至急装備を整えて、準備が出来たら連絡をしよう」

 

「そうしてくれると助かる」

 

 キリトが答えると、アリシャとサクヤは皮袋をウインドウに格納した。

 

「さて、これだけの金をぶら下げて歩くのはゾッとしないな。今日はケットシー領に引っ込むとしよう」

 

「そうだネー。会談の続きは帰ってからだネ」

 

 二人は互いに頷き合うと、部下達に命じる。その命を境にテントと十四脚の椅子がテキパキと片付けられていった。

 

「なにからなにまで世話になってしまったな。君達の希望にこたえられるように努力するよ。キリト君、リーファ、ツバキ、アウスト」

 

 サクヤの言葉に頷いた後、四人はそれぞれの領主と固く握手を交わした。

 

「また会おうネ!」

 

 アリシャは快活な笑みを浮かべて浮かび上がると、サクヤと共に垂直に浮かび上がった。そのまま彼女達は西の空へと部下達を引き連れて飛び去っていった。

 

 彼女達の姿が見えなくなるまで見送っていた四人だが、やがて周囲には沈黙が訪れた。

 

「やれやれ、まさか最後の最後でこんなことに巻き込まれるとはな」

 

「実際はお前はなにもやっていなかったがな」

 

「だってよー。あの場所にインプのオレが乗り込んでったら余計ややこしいだろー」

 

「それは確かにそうだ」

 

 アウストにキリトが突っ込みを入れると、そこで改めてキリトがリーファに視線を向けた。

 

「リーファには話しただけだったよな。もう大体分かってると思うけど、アウストとツバキさんだ」

 

「あ、初めまして。……といっても遅すぎる感じはありますけど」

 

「まぁ色々ごたついてたしな。とりあえずよろしく、リーファ」

 

「こちらもよろしく頼む」

 

 二人が言うとリーファは軽く頭を下げた。けれど頭を上げた彼女はどこか落ち込んだような表情を浮かべる。

 

「でも、ツバキさんみたいな強い人がいるなら、私なんか要らなかったかもしれないね」

 

「何言ってるんだよ、リーファ。ツバキさんはああ見えて俺と同じ初心者だぞ?」

 

「え?」

 

「因みに言っとくと、オレもまだ初めて一ヶ月だから、こんな中で一番やりこんでるのはリーファだぜ」

 

 キリトに続いて言うアウストにリーファは一瞬呆けた表情になったが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「なんていうか、キリト君の知り合いの人ってみんなめちゃくちゃな感じがするよ」

 

「ハハハ……」

 

「安心しろリーファ。オレなんてかわいい方だって。あっちはまだまだ本気出してないから」

 

「……もうなんでもいいや……」

 

 アウストがツバキを差しながら言うと、リーファはハァと大きなため息をついた。

 

 その後、四人はアルンヘ向けて飛び立って行った。

 

 因みに、その途中でツバキがアウストを捻り、彼の悲鳴がアルン高原に木霊したのは言うまでもない。




無双なのか蹂躙なのかよく分かりませんでしたね。

途中で愛染さまが乗り移ってる気がしますが、その辺はノープロブレム。

そして思ったこと、明日奈サイドに全然変化がないからどうにもこうにも出せませんな……。何とかしなければ。
次回はヨツンヘイムのトンキーのところをやって十六話って感じですかね。
その次はあると色々やって、まぁ結局ALO編も十話前後で終わりますかね。大急ぎな気がしてならない。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。
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