ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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第十六話

 見渡すは一面の銀世界。ゴウゴウと音を立てながら抜けていくのは、雪混じりの強風。

 

 踏みしめる大地には、雪が厚く降り積もり、城や砦の残骸と思しき構造物や、湖や小川に至るまで、全てが凍り付いている。

 

 そんな中を厚手の毛皮のマントを羽織って行軍するのは、身の丈ほどの大刀を携えたインプの青年、アウストと、サラサラとした黒髪を棚引かせるスプリガンの女性、ツバキであった。

 

「さみー。偵察になんて出るんじゃなかったぜ……」

 

 唇を尖らせ、愚痴をもらしたアウストは、天井を見上げる。

 

 本来であればこの表現は間違っているだろうが、この場所ではこの表現が正しいといえる。

 

 今彼等の頭上に広がっているのは、本物の空ではなく、大空洞の天井なのだ。そして天井で輝いているのは星ではなく、この寒さで凍てついた氷柱である。

 

 この巨大な空間は、所謂《地下世界》だ。

 

 実際のところそれはそれで正解なのだ。この世界の通称は《ヨツンヘイム》。アルヴヘイムの地下に広がり、邪神級モンスターが跋扈する闇と氷の世界である。

 

「それにしても、まさかあの村全てがモンスターの擬態だとは思わなかったな。弟よ」

 

「アルン高原にはモンスターが出ないって掲示板に書いたアホは誰だよ……。いや、まぁ確かに俺の知った限りでも出てこなかったけどさぁ」

 

「リーファも言っていたしな。まぁあれだけ広いのだ、調査が行き届かないのも無理はあるまい。とにかく我々が今目指すべきなのは、このヨツンヘイムから脱することだろう?」

 

「あぁ、まぁそうなんだけどさ……」

 

 大きなため息は白い息となって風の中に溶けていく。

 

 領主会談の場でユージーンを退けた後、キリト、リーファそしてキリトのプライベートピクシーとして活動しているユイと合流したアウストとツバキは、アルンへ向けて飛び立った。

 

 しかし、時間も時間であり、今日中には到着不可能だと感じた一行は、最寄の宿屋で切り上げようとした。

 

 そしてちょうどその時眼下に小さな村があり、これ幸いとその村に降立って宿屋でログアウトしようとしたのだ。

 

 が、その村こそ、巨大なモンスターの擬態した姿であったのだ。

 

 思い返してみれば、確かに不可解な点は多かった。どんな小さな村であっても、NPCの一人や二人いるはずだ。なのに、あの村にはそのNPCがいなかった。

 

 少なくともあの場で異常性に気付きべきだったのだが、それに気付くよりも早く、村の建物が崩れ、ヌラヌラとした肉質のコブになったのだ。

 

 そして五人がいる地面がぱっくりと割れ、強烈な吸引力によって飲み込まれた。

 

 飲み込まれた当初はツバキも、モンスターの腹を切り裂いて出ようと思っていたが、ぬるぬるとした粘液のせいで刀が抜けず、斬ることはできなかった。

 

 そのまま胃酸で溶かされてそれぞれのホームタウンに戻されるのかと覚悟していたのだが、どうやらモンスターの口には合わなかったようで、腹の中を運ばれること三分弱、最終的にペッと吐き出されたのが、ここヨツンヘイムであったのだ。

 

「しかし難儀なのはここではお前以外が飛べないことだな。移動に時間がかかってしょうがない」

 

「まぁ飛べる飛べない以前に、脱出方法が――って、姉貴。ちょいこっち」

 

「む?」

 

 アウストがツバキの手を引いて近場にあった岩陰に身を隠した。

 

 すると、地面が揺れ始め、先ほどまで二人が歩いていた場所を邪神級モンスターが通過していった。

 

「さすがに二人じゃ闘うのは面倒だからな」

 

「むぅ……。私は闘ってみたいのだが」

 

「それは後で好きなだけできるさ。とりあえず、キリト達がいるほこらまで戻ろう。収穫はなしだけどな」

 

「仕方ないな……」

 

 アウストとツバキは邪神級モンスターの目を盗み、さっさと来た道を引き返していった。

 

 けれど、その最中も何度か邪神とエンカウントしそうになったので、戻るのも困難であった。ツバキは避ける度に残念そうな顔をしていたが。

 

 

 

 そうして邪神をやり過ごしながら祠をめざすこと二十分近く、ようやくキリト達が待機しているほこら近くにたどり着いた。

 

 視線の先にほこらの入り口を捉え、アウストは「やれやれ」と溜息をつきながら一歩を踏み出すが、そこで地面を這うような唸り声のような音と、木枯らしのような小さな音がツバキの耳に入った。

 

「待て、葵。何か聞こえるぞ」

 

「え?」

 

 アウストは耳に手を当てて風に紛れて聞こえてくる音を聞き取ろうとした。

 

 やがてあの二つの音はアウストの耳にも入ったのか、彼はツバキを見やった。

 

「あの音はなんだ?」

 

「多分だけど、邪神の声だと思う」

 

 アウストは言いながら周囲を見回す。すると、キリト達が隠れているほこらの東側から、不規則に動く二体の巨大な影が見えた。よく目を凝らすと、二体が闘っているのが見える。

 

 二体の内一体は先ほど偵察に行ったときによく見かけた二本足で顔が三つ連なったような邪神。もう一体はクラゲのような触手が生え、本来であれば外皮にあたる部分に象の頭がくっ付いたような邪神だ。

 

 どちらかと言うと二本足の邪神の方が大きく、戦いもあちらが優勢なようだが、ゾウクラゲ邪神は闘っているというよりも、逃げているような雰囲気だ。

 

「どうなってんだあれ……?」

 

「さてな。しかし、このまま行くとほこらにぶつかるな。流石にあんなものがぶつかればほこらが崩れかねん。二人の下へ急ぐぞ」

 

「おう」

 

 ツバキの言葉に頷いたアウストは、足をほこらに向ける。

 

 駆け出して数秒後、キリト達も音に気が付いたのかほこらから出てきた。そのまま二人と合流し、今一度こちらに接近しながら争っている邪神を見やる。

 

「なぁ、キリの字。あれ、どう見る?」

 

「どうって……まぁどっちもこっちには気付いてないみたいだから、逃げるなら今だろ」

 

「確かにそうだわな。んで、リーファの意見は? なんか言いたそうだけど?」

 

 アウストがリーファに視線を向けると、彼女は一瞬体を震わせ、徐々に接近してくる邪神を見やる。

 

 争いは、三面邪神が明らかに優勢で、ゾウクラゲ邪神は三面邪神の攻撃を受けて、どす黒い血を当たりに吹き散らしている。

 

 リーファはその姿が痛ましく、弱いものいじめを目の前で見ている気がしてならなかった。だから、彼女は一度頷いた後、告げた。

 

「……助けよう。みんな」

 

「ど、どっちを?」

 

「決まってるでしょ。苛められてる方をだよ」

 

 キリトの問いに即答したはいいものの、その後すぐに至極当然の質問が帰って来た。

 

「ど、どうやって?」

 

「えーっと……」

 

 助けるといったはいいものの、彼女自身なにも思いついていなかったようだ。すると、話しを聞いていたツバキが提案した。

 

「三面邪神の注意をこちらに向ければよいのではないか? その後はそうだな……ヤツを水の中に沈めるとか。運がよければクラゲ邪神が倒すかもしれんだろう」

 

「……なるほど。確かにあのフォルムなら。ユイ、この周囲に水面はあるか? 川でも湖でもいい」

 

 キリトがユイに問うと、ユイは瞼を閉じて周囲のフィールドに検索をかける。

 

「あります、パパ! 北に約二百メートル移動した地点に氷結した湖があります!」

 

「よし。いいか、三人とも。そこまで全力で、いや、死ぬ気で走るぞ」

 

「え……え?」

 

「なぁるほどねぇ」

 

「心得た」

 

 三者三様の返答。リーファは疑問符であったが。

 

 キリトはそれを確認すると、腰のベルトから投擲用のピックを取り出して、構える。

 

 その行動に対し、未だによくわかっていないリーファが首を傾げていると、アウストが声をかけた。

 

「リーファ。走る準備したほうがいいぞ。気ぃ抜くと本当に死ぬぜ」

 

「ま、まさか、キリト君がしようとしてることって……!?」

 

「ご明察。さっきツバキが言ってたことをやろうとしてんだよ。ようは、三面邪神の注意を俺等にひきつけるわけだっと、こっち見たぞ」

 

「え?」

 

 リーファが声を漏らした直後――。

 

「ぼぼぼるるるるるううう!!!!」

 

 工事現場の重機を思わせる重低音の怒りの声が響き、全身を振るわせる。どうやら先ほどキリトが取り出した投擲用のピックが見事に命中し、邪神の怒りを買った様だ。

 

「逃げるぞ!」

 

 絶叫と共にキリトが駆け出す。それに続き、ツバキ、アウスト、リーファが続く。けれど、リーファは少々駆け出すのが遅かったため、三人から引き離されてしまう。

 

「ちょ、ひぃぃどぉぉいいいいい!!」

 

 悲鳴を上げながらも足を回し、逃げるものの、三人には追いつける気がしない。というか、ツバキに至っては最近始めたばかりと聞いたはずなのだが……。

 

 けれどそんなことを考えている暇はない。背後からは大地を揺らしながら三面邪神が迫ってきているのだから。

 

 すると不意に前を行くアウストがスピードを落とし、リーファと並走を始めた。リーファは彼に対し「どうしたの?」と聞こうとしたが、不意に体がふわりと浮かぶ感覚を覚えた。

 

 見ると、確かに足が地面から浮いている。

 

「こういうときインプって便利だよなぁ」

 

 アウストの声に、リーファは彼の種族を思い出した。

 

 そうだ。インプはその特性上、洞窟内での飛行が可能なのだ。

 

「しっかり掴まってろよ」

 

「う、うん!」

 

 言われるがままアウストの腕にしがみ付く。胸が当たったかもしれないが、命には代えられない。

 

 そして前を行くキリトとツバキがそれぞれ雪煙を散らしながら足を止める。リーファは驚いたが、アウストは彼等の行動を理解したようで、キリト達よりもやや後ろ側に降立つ。

 

「と、とまって大丈夫なの?」

 

「心配ねぇって。ホラ、そろそろ始まるぞ」

 

 アウストが指差す方向をリーファが見た瞬間、バキバキバキという何かが割れるような音が響き、三面邪神の姿が一瞬消えて、巨大な水柱が上がった。

 

「そっか……あそこは湖の上だったんだ。だからキリト君は」

 

「そゆこと。まぁ出来ればこれで沈んでくれた方が万々歳なんだが……そう上手くは行かないみてぇだな」

 

 彼の言葉通りだった。みると、三面邪神は一度沈んだものの、再び浮き上がってこちらに向かってきている。どうやら泳ぎも得意なようだ。

 

「ど、どうするの?」

 

「まぁそう焦るな。キリトならこれくらい考えてる。それに、まだ望みはあるしな」

 

 彼の言ったとおり、キリトはジッとこちらに向かってくる邪神を見据えている。ツバキも目を瞑って整然とした雰囲気でいる。

 

 ふと、そこで聞いたことのある甲高い声が聞こえた。そちらを見やると、先ほどのゾウクラゲ邪神が湖に飛び込み、三面邪神の体を二十本ある触手で拘束し、そのまま水中に引きずり込み、ゾウクラゲ邪神が三面邪神の上に覆いかぶさる形となった。

 

 そのまま二体の戦いを見ていると、やがてゾウクラゲ邪神が一際大きく啼き、その体が青白く発光した。

 

 瞬間、ゾウクラゲの体がスパークし、三面邪神のHPゲージが凄まじい勢いで減少した。

 

「あの邪神は水の中が得意だったんだ」

 

「フォルム的にもクラゲだからね。いくらあの二足歩行の邪神が強くても、地の利があるのはゾウクラゲの方だ」

 

 キリトが言い終えるころには、三面巨人はスパーク攻撃を受けて最終的に輝くポリゴンとなって、エフェクトと共に爆散してしまった。

 

 三面邪神を見事に倒したゾウクラゲ邪神は、そのまま水中をぷかぷかと泳いだ後、リーファたちがいる岸辺に水を滴らせながら上がってきた。

 

 ズン、ズン、と一歩ずつ大地を揺らしながらやってくる邪神に対し、キリトが思っていたことを口にした。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 その呟きにアウストを含めた全員の視線がリーファに注がれた。まぁ言いだしっぺが彼女であるので仕方なくはあるのだが。

 

 しかし、目の前にいるのはかわいそうになっていたとはいえ、邪神級のモンスターに変わりはない。現に彼等の視線の先に表示されている鋭い鉤爪には、敵対を意味する黄色いカーソルが表示されている。

 

 ……このまま何もしなかったら見逃してくれたりなんかしちゃったり……。

 

 などと淡い希望を持っている時だった。邪神は一度、ひゅるるるっと啼くと、その長い鼻を四人に対して伸ばしてきたのだ。

 

 それぞれが攻撃かと思い、得物に手をかけようとしたり、その場から飛びのこうとすると、その行動をユイがとめた。

 

「皆さん、待ってください! この子、怒っていませんよ」

 

 ユイの声に全員が行動をやめると、ゾウクラゲ邪神の鼻が器用に曲がり、四人を一気に掴んだ。

 

「敵意はないけどこのまま口にポイだったりしてな」

 

 ケラケラと面白げに笑みを浮かべるアウストの言葉はゾッしないものの、やはり先ほどのユイの言葉には間違いはなかったようで、口にポイされることはなく、そのまま背中の丸い部分に放り投げられた。

 

 背中は思ったよりも柔らかく、放り投げられた四人は軽くバウンドした。そればかりか、ふさふさした短毛が妙に心地よくもある。

 

 すると、ゾウクラゲ邪神は四人を乗せたことに満足したのか、一度小さく吼えると、どこかへ移動を開始した。

 

 ゾウクラゲの不可解な行動に四人はそれぞれ顔を見合わせるものの、「とりあえず敵意はないみたいだし」と、しばらく無言でゾウクラゲに揺られながらヨツンヘイムの風景を眺める。

 

 闇と氷の世界と言っても、全てが暗黒に包まれているわけではないヨツンヘイムも、よくよく見てみると、所々綺麗なところも見える。先ほどアウストとツバキも歩いてみたが、このように移動する高台からでないと見えないところもあるようだ。

 

 しばらく邪神の背中で揺られていると、キリトが呟く。

 

「えっと……これって結局、なにかのクエストの始まりなのか?」

 

「いや、お前の言うとおり普通のクエストの開始ならこのあたりにスタートログが出るはずなんだが……。なぁ、リーファ」

 

「うん。もしくは普通のクエストみたいな開始点と終着点がない……。所謂イベント的なものかもしれないんだけど、そっちだと少し厄介かも」

 

「厄介とは?」

 

 胡坐をかいて座っていたツバキの問いに、リーファは解説を始める。

 

「もしもこれがクエストなら終着点には必ず何かしらの報酬があるわけよ。ユルドとかアイテムとか。でも、イベントの場合はプレイヤー参加型のドラマみたいなものだから、必ずしもハッピーエンドってわけにはいかないんだよね」

 

「となると……このままこの邪神の棲家に連れて行かれ、その場で美味しく頂かれるか、コイツが親だったとして、その子供たちに無残に食い殺される場合もあるということか」

 

「い、いや、ツバキさん。流石にそれはないんじゃあ……なぁ、アウスト?」

 

「しらね。俺イベントに参加したことないし、リーファよりも始めたのは遅いからな」

 

「そっか……。じゃあリーファ、今のツバキさんの予想は?」

 

 小首をかしげながら半笑いのキリトが問う。

 

「充分ありうるよ。私だってホラー系のイベントで、選択肢ミスって最終的に鍋で煮られたし」

 

「す、すごいゲームだな」

 

 キリトは顔を引き攣らせるようにして笑みを浮かべると、ふさふさした短毛を撫でる。

 

「まっ、こうなったら乗りかかった船、じゃない、クラゲだな。ここで降りてもこの高さ的に大ダメージは免れないだろうし。っで、えーっと――」

 

 キリトは落ち着きがなく頬を掻きながら、リーファを見やる。そんな彼の行動に、リーファは「なによ」と少しだけ緊張した声を漏らす。

 

 そんな二人の仕草に勘付いたのは、ツバキであった。

 

「葵、少し席を外すぞ。こっちに来い」

 

「うぃーす」

 

 ゾウクラゲの背中を少しだけスライドする形でキリト達から距離を取る二人。

 

 やがて二人の声が届かないあたりまで移動すると、ツバキが息をついた。

 

「どうやら私達が偵察に出ている間、一悶着あったようだな」

 

「姉貴はそういうの感じ取るの上手いわなぁ。そんで、仲は改善できそうかね?」

 

「心配あるまい。そこまで後を引く問題でもないだろうしな。それよりも、私は早く闘いたいのだが……」

 

 ツバキの指は落ち着きがなくトントンと自身の膝頭を打っている。ユージーン将軍との戦闘でも満足が行かなかったと見える。

 

「はぁ……わーったよ。このままヨツンヘイムを抜け出して、アルンについたら好きなだけ俺が相手するよ。それでいいだろ?」

 

「ほう、言ったな。弟よ。後から嫌と言ってもその時には遅いぞ?」

 

「男に二言はねぇさ」

 

「フッ、楽しみにしておこう」

 

 ツバキは満足げな笑みを浮かべ、ヨツンヘイムの風景を楽しみ始めた。

 

 アウストはと言うと、ツバキから視線を外し、背後にいるキリトとリーファを見る。まだ二人は話している最中のようで、割ってはいる雰囲気ではない。

 

「さてどうしたものか」と暇をもてあまし、ゴロンと邪神の背中に寝転がる。すると、そんな彼の眼前に小さな妖精、ユイが現れた。

 

「お暇ですか? アウストさん」

 

「まぁな。お前はいいのか? パパのところにいなくてもよ」

 

「はい。パパとリーファさんはちゃんと仲直りできると思うので。それよりもアウストさん。私は貴方に話があるのです」

 

「俺に?」

 

 アウストが上体を起こしながら問うと、ユイはアウストの右肩の上にチョコンと降立つ。

 

「SAOで私がカーディナルに削除されそうになったとき、薄れていく意識の中で貴方の声が聞こえました。ユイの居場所を奪うなっていう貴方の声が」

 

「あぁ、その話か。あん時は必死だったからなぁ。ガキのころに自分の居場所がなくなったから、お前がカーディナルに削除されることがダブって見えたんだよ。だから、あんなことを叫んだ。自分の目の前で、自分と同じ目にあるヤツを放っておくことができなかったんだ」

 

「……やっぱり、アウストさんは優しい人ですね。あの時は時間がなくて言えませんでしたけど、SAOで貴方のことをずっと見ていたのは、ただ貴方が他の人と別の感情を持っていたからではないんです。貴方の気持ちの根底にあったのは、誰よりも深い優しさです。どんなに粗暴な態度であっても、仲間や友人は決して裏切らず、困っていれば全力で助ける……そんな優しさが貴方の根底にはありました」

 

 にっこりとした笑顔を見せるユイに対し、アウストは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。

 

「まったく。マセガキめ。人の心見透かしてんじゃねぇっつの」

 

「あぅ」

 

 指で押すように小突くと、ユイは「えへへ」と小さな舌を出した。

 

「まぁ俺が優しいかどうかは置いておくとして、アスナのことは全力で助けるさ。仲間だからな」

 

「ありがとうございます。アウストさん。あ、そうだ。もう一度私と約束してもらってもいいですか?」

 

「約束?」

 

 アウストが怪訝な表情をすると、ユイは微笑を浮かべて小さな手を差し出してきた。

 

「アウストさん。私と友達になってくれますか?」

 

 その言葉に、アウストは一瞬ハッとした。以前、SAOで彼女と初めて会った時、ユイは度重なるプレイヤーの悲惨な末路と、システム的エラーを蓄積していき、崩壊してしまい、幼児のようになってしまっていた。

 

 そんな時の彼女は『友達』という言葉をわかっておらず、アウストに問うてきた。アウストはそんな彼女に対して、「俺が友達になってやる」と言った。あの時、ユイは笑顔で答えてくれたが、まだ彼女から本当の返事はもらえていなかった。

 

 だからこそアウストは彼女の手に自分の手を合わせた。

 

「……ああ。なるさ。俺はお前の友達だ。ユイ」

 

 答えに対しユイは嬉しげな満面の笑みを浮かべた。

 

 ユイと再び友人の契りを交わし、彼女がキリトの下にアウストはゴロンと寝転がって、天蓋を見上げた。

 

「うん?」

 

 ある程度天蓋を見回したアウストは、このゾウクラゲ邪神の進行方向の先に、天蓋から垂れ下がっている逆円錐状の構造物があることに気が付いた。

 

 ……あれって確か……。

 

「ねぇ、アウスト君!」

 

 記憶を探っていると、リーファに呼ばれたので、アウストは二人の下に行く。

 

「あれって世界樹の根っこだよね?」

 

「ああ。そんで、確かあの逆ピラミッドみてぇなヤツの先端にエクスキャリバーがあるって話だ」

 

「ふーん……って、え、エクスキャリバー!?」

 

 声を上ずらせながらアウストを見たリーファに対し、彼は落ち着き払った様子で静かに頷いた。

 

「エクスキャリバーって?」

 

「レジェンダリーウェポン。サラマンダーのユージーンが持ってたろ? 《魔剣グラム》、あれを越える唯一の剣なんだとさ。正式名称は《聖剣エクスキャリバー》。最強の剣なんだと」

 

「さ、最強の剣……」

 

 キリトがゴクリを生唾を飲みんだ。アウストはツバキを見やって彼女に問う。

 

「ツバキはどうだ? 最強の剣なんて、いい響きじゃねぇの?」

 

「くだらんな。剣の力で得た最強など、真の最強ではない。《魔剣グラム》も相対してみれば、大したシロモノではなかったしな」

 

 返ってきたのは冷徹とも取れる即答だった。まぁ、リアルでは最強の剣士の名をほしいままにしている彼女だからこそ言えることだろう。

 

「まぁどうやって行くのかは知らんけどな。もしかしたらアルンから行けるのかもな。世界樹の根っこが絡み付いてるし」

 

「なるほどぉ、確かにそれはあるかもね」

 

「でも、流石に今は無理だな。今はこのカメだがダイオウグソクムシだかに任せるしかないな。竜宮城で歓迎されるか、今日の朝飯になるかは知らんけど」

 

「ちょ、ちょっと待ってよキリト君。なに、そのダイオウなんとかって。例えるならゾウがクラゲかでしょ?」

 

 リーファの抗議に、キリトはやや心外そうに眉をしかめた。

 

「えー、知らない? 別名ジャイアント・アイソポッド。深海の底にいるこれくらいのでかいダンゴムシなんだけど。アウストは?」

 

「知ってる。見たこともあるし、触ったこともある。めちゃくちゃ臭かった」

 

「え゛ッ」

 

 女子らしからぬ濁った声を上げたリーファはその場から少しだけ身を引いて、ツバキの服の裾をつかんだ。

 

 しかし、そんな彼女の行動を知ってかしらずか、男子二人はダイオウグソクムシの話に花を咲かせる。

 

「臭いって、どんな匂いなんだ?」

 

「簡単に言うとアンモニア臭。んで、こっから面白いんだ。ダイオウグソクムシの主食は基本的に海底に沈んだヘドロ混じりの屍骸の肉なわけよ。しかもダイオウグソクムシは、外的から攻撃を受けるとアンモニア臭よりも臭い液体を口から出すんだとさ」

 

「うわ、マジかそれ! アウストはその臭いはかいだことあんのか!?」

 

「残念ながらその臭いまではなかったな。ただ、言えることは、ダイオウグソクムシはめちゃくちゃ臭いってこ――」

 

「ストーップ!!」

 

 男子連中二人の話はリーファの絶叫で遮られ、彼女は先ほどまでの話を払拭するように言葉をつないだ。

 

「もうダイオウ何とかはどうでもいいの! それよりも、この子に名前付けよ。かわいいやつ!」

 

 有無を言わさず提案した彼女の様子に、二人は「はいはい」と言った風に頷くと、彼女と同じようにゾウクラゲ邪神の名前を考え始めた。

 

 しばらくそれぞれが名前を考えていると、「あっ」とアウストが声を漏らす。

 

「じゃあ、ダ○ボ」

 

「それは色々と駄目な気がする……。あれってガチなゾウじゃん」

 

「アレをゾウと呼んでいいのかは俺も謎だとは思うけど……空飛んでたし」

 

「じゃあキリト、お前なんか思いついたのかよー」

 

「え、うーん……。トンキーとか?」

 

「ドンキー?」

 

「それは猿の方だよ!! トンキーだよトンキー!」

 

 随分前のゲーム作品のキャラの名前をアウストが持ち出したことで、キリトは若干声を荒げて突っ込みを入れた。

 

 けれど、トンキーと言う名前を聞いたリーファはその名前に聞き覚えがあった。

 

 ……確かあの絵本に出てきたゾウの名前だったっけ。

 

 リーファが思い浮かべたのは、小さな頃に母親に読んでもらった絵本に登場したゾウだ。戦争中の末期、猛獣達を処分するという命令の下、ゾウのトンキーを処分するために、毒餌をやっていた。しかし、トンキーはそれらを全てよけ、決して毒餌を口にしなかったという。トンキーは芸をして餌を要求したが、結局飢えで死んでしまうというお話だ。

 

「なんかすごく不幸な匂いがする名前だけど……」

 

「そういわれるとそうだな。どうする? やめてダ○ボにする?」

 

「……ううん、トンキーにしよ! そんなに気にすることでもないし」

 

「ちぇー、ダ○ボはナシかよー」

 

 トンキーという名前の決定に、アウストは唇を尖らせるが、そこへツバキが小さな笑みを浮かべる。

 

「フフ、やはりお前にネーミングセンスはないな」

 

「じゃあツバキはなんか思いついたのかよー」

 

「無論だ。私の考えた名はげんごろうまる!」

 

「ダサイ! あと、前提忘れてる! かわいいのって話だったよな。なのになんだ、げんごろうまるって!」

 

「そう熱くなるな。いまのはただの冗談だ。本命はちゃんとあるさ」

 

 ツバキは不適な笑みを見せながらいうものの、アウストは嫌な気がしてならなかった。

 

「では改めて、私の考えた本当の名は、にゅるにゅる丸!」

 

「……うん、わかった。じゃあキリト、リーファ、トンキーで行こう」

 

 邪神の名はトンキーで決定となった。




はい、今回はこんな感じで
変化が欲しい……いや、すみません。ここは変化させるとあとあと面倒になりそうでしたので……。
いや、言い訳などお恥ずかしい……すべては力量のなさですねw。

次回はヨツンヘイム脱出の話しなので、少々変わることもあります。
そのあとは、アスナがナメクジ野郎に色々やられるとかありますが、ちょっとばかし須郷さんと絡ませますか。その後はキリの字とリーの字がトラブってもちゃもちゃして、なんやかんや合って世界樹攻略ですが。
その時になってようやく全力のツバキさんが出せますw
いい加減ツバキの本気が書きたくてしょうがないので。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。
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