ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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今回は二話続きです。
一気に投稿する長くなりすぎるので分けました。


第二十話

「あーッ、クソ!! キリがねぇ!!」

 

「数の暴力ってのはこういうのを言うんだろうね。さすがにSAOでもこんなに理不尽なことはなかったけど!」

 

 アウストとヨミはそれぞれ向かってきた騎士を切断していくが、圧倒的な数の差の前には微々たる物だった。それはキリトも感じ取っているようで、三人は展開する騎士達を前に歯噛みする。

 

 ツバキはと言うと、未だに騎士達の壁を抉りながら進んでいるが、抉ったそばから修復していくのでキリがない。

 

 彼女もそれはわかっているようで、一旦壁から離れ、アウスト達の下へ戻ってきた。あれだけ前線で戦っていたというのに、彼女のHPには少しの減少も見られず、開始時のままとなっている。

 

 四人は並んで目の前で犇めき合っている騎士の壁を見る。時折突っ込んでくる騎士は簡単に落とせるのでさほど問題ではないが、問題なのはこの壁だ。

 

「姉貴。騎士と戦ってどう思った?」

 

「一体一体の力は確かに貧弱で取るに足らないが……とにかく数が多いな。しかし、突破できないかといわれればそうでもない。これだけいたとしても、全てを倒す必要はない。言ってしまえばお前達二人を天蓋にまで届かせればそれでいい。だから狙うとすれば、中心を抉り続ける一点突破だ」

 

「だそうだ。どうする、キリト」

 

「……究極的に言えばツバキさんの言うとおりだ。だから一点突破は最善の策だと思う」

 

「だよなぁ。俺もそうしたいのは山々だが、ぶっちゃけ姉貴。この面子で一点突破できるか?」

 

 アウストの問いに対し、ツバキは迫ってきた十体の騎士を一気に両断してから答える。

 

「可能性で言えば0ではない。全員でやれば、キリト一人ぐらいの穴ならばあけられる。しかし、二人となると、確実性に欠ける。私があと四人いれば殲滅することも出来るがな」

 

 ハッハッハと笑うツバキは再び襲ってきた十数体の騎士を細切れにした。それに対し、ヨミがなんともいえない表情を浮かべる。

 

「アンタのお姉さんって一体……」

 

「まぁ一応人間。時々バケモン」

 

「弟よ。死にたいか?」

 

「さーせん」

 

 ギロリと鋭い眼光が飛んできたため、アウストは素直に謝っておく。が、今はふざけている時ではない。

 

「より確実性を増すためには、俺がここに残ってキリトを全力でサポートするか、あと数人のプレイヤーが必要――ッ!」

 

 不意にドーム全体に呪詛のような声が反響した。反射的に全員がそちらを見ると、四人を囲むように展開した騎士たちがスペルを唱えていた。

 

 あの攻撃スペルは、光の矢を放ち、一定時間相手をスタンさせるもので、最初ここに挑んだキリトが喰らったものだ。

 

「ちょっとこれはヤバげな雰囲気なんだけど」

 

「ああ、わかってる」

 

 あの矢を喰らえば、ツバキと言えどシステム的に強制的にスタンさせられてしまう。場合によっては、四人がくらって一気に壊滅もありうる。

 

 避けるべきか、詠唱を途中で終わらせるべきか、二つに一つだ。

 

「届くかわからんが、行ってみる価値はある。私が止めてやる」

 

「待て姉貴。ここでアンタを失うわけには行かない。ここは全員で避けることに徹するしか――」

 

 そこまで言った時だった。

 

 眼下から大勢の人間の咆哮が聞こえた。

 

 四人が弾かれるようにそちらを確認すると、密集隊形を形成した大隊がリーファ達の横を駆け抜けていた。新緑色の装備からしてシルフ族の戦士隊であることには間違いなさそうだ。数にして五十はくだらないだろう。

 

 さらに彼等の装備は一見してどれもエンシェントウエポン級の煌びやかなものだ。ようは、シルフ族の最高戦力なのだろう。

 

 彼等の大気を振るわせる雄叫びに、スペルの詠唱をしていた騎士たちはそれを中断し、再移動を開始した。

 

「シルフの戦士隊か。ってことは、サクヤ達が来てくれたってわけだ」

 

「ああ。しかもそれだけじゃなさそうだぞ」

 

 キリトが言うと、再び大きな咆哮がドーム内に響き渡った。それに混じり、人間のものではない、巨獣の咆哮もだ。

 

 突入してきたのはシルフと比べると、数は少なかった。数にすれば十と言ったところだろう。しかし、彼等はその一騎一騎がただただ巨大だった。

 

「あれってケットシーの竜騎士隊!? うっそ、初めて見た!」

 

 ヨミが驚嘆するのも無理はない。彼等はケットシー族の最終戦力とされ、切り札として秘匿され、スクリーンショットすらも流出していない、それこそ幻の戦士たちなのだ。

 

 飛竜の外皮は強固なアーマープレートで保護され、尻尾の先にまでそれが至っている。

 

 竜騎士隊が入ってきた後、最後にドームへと入ってきたのは、シルフ族の領主サクヤと、ケットシー族の領主アリシャだった。彼女等はリーファとなにやら話しているようだ。

 

 やがてシルフ族の戦士大隊と、ケットシー族の竜騎士十騎はリーファ達と共にドームの中腹付近にやって来た。

 

 そして、アリシャのよく通る声がドームに響く。

 

「ドラグーン隊! ブレス攻撃用ーー意!!」

 

 十騎の竜騎士はリーファ達を囲むように円形に展開してホバリングする。飛竜は長い首をS字に曲げると、口から炎を僅かに零れさせる。

 

 続き、サクヤの凛とした仕草で朱色の扇子を掲げる。

 

「シルフ隊、エクストラアタック用意!!」

 

 サクヤの声にシルフの戦士達が剣を真っ直ぐに掲げる。すると、彼等の剣が翠の光を放ち始めた。

 

 彼等の行動を見た騎士達はアウスト達四人の脇から軍勢を垂れさせ、向かって行く。

 

 不気味な咆哮を上げる白の騎士達を最大限ひきつけたアリシャは、右手を前に突き出した。

 

「ファイアブレス、撃てーーーーーッ!!」

 

 直後、十騎の飛竜の口から溜めに溜めた紅蓮の劫火が迸り、火焔は奔り、シルフ隊と四人を囲むように守護騎士の群れに突き立つ。眩いオレンジの閃光が弾け、膨れ上がった火球が着弾と同時に炸裂。割れんばかりの轟音が空気を震わす。

 

 が、ブレスで焼き消された騎士達は再び補充され、今度はアウスト達四人と、シルフ隊目掛けて殺到してきた。どうやら最前線にいる四人を潰す気らしい。

 

「早速きやがったな!」

 

「待って、アウスト! まだシルフの攻撃が残ってる!」

 

 大剣を構えるアウストにヨミが告げると、サクヤが下方で叫んだ。

 

「フェンリルストームッ、放て!!」

 

 声に続いて新緑色の光を放っていたシルフの剣が一際強く発光し、次の瞬間には剣から雷光が迸った。爆音こそせずとも、グリーンの雷光はジグザグに空中を駆け、そのアギトを持って守護騎士達を屠っていく。

 

 立て続けに大隊を消滅させられた守護騎士達の壁ははっきりと窪んでいた。しかし、液体が元に戻るようにその凹みを修復していく。

 

 が、アウスト達もその好機を逃すほど馬鹿ではない。

 

「行くぞッ!!!」

 

 叫んだのはアウストだった。彼に続き、キリト、ツバキ、ヨミが突き進む。

 

 彼等に呼応するように、サクヤの声が再びドーム全体を揺らす。

 

「総員、突撃!!」

 

 

 

 それは恐らくこの世界で行われた戦闘のなによりも激しかった。

 

 後方からは断続的に飛竜の火球が放たれ、生み出される守護騎士達を次々に撃ち落していく。続き、シルフ隊は一つの巨大な弾頭のように密集し、迫ってくる騎士達を長剣で次々に屠っていく。

 

 彼等の先頭で激戦を繰り広げるのは、一人のインプと二人のスプリガン、そして一人のサラマンダーだった。インプの青年は豪快な一撃で多数の騎士達を一気になぎ倒し、スプリガンの女性と少年は、神速とも取れる速さで剣を振るう。サラマンダーの少女は烈火の如き荒々しさを持たせつつも、繊細な動きを組み合わせながら迫る守護騎士をなぎ倒す。

 

 彼等の背後からは、長槍を携えたマシューとリーファが合流するためにシルフの間隙を縫って飛んでいた。そしてキリト達の背中を捉えると、彼らの背後から迫っていた守護騎士を二人が同時に倒した。

 

 その様子にチラリと振り返ったキリトが告げる。

 

「スグ――後ろを頼む!」

 

「うん!!」

 

 視線で答えたリーファはキリトとピタリと背中をくっ付け、迫り来る守護騎士達を叩き落していく。

 

 それを見たアウストも、ヨミとマシューに告げる。

 

「ヨミ、マシュー。久々に三人でやるぞ!」

 

「おっけい!」

 

「おうさ!」

 

 二人は答え、アウスト達は三人で見事な連携を見せる。マシューが突き、ヨミが薙ぎ、アウストが叩き斬る。息のあった一切の無駄がないコンビネーションを前に、守護騎士達はなすすべなく散っていく。

 

 彼等の様子を見たツバキは、弟が仲間達と戦う姿を見て満足げな笑みを浮かべる。

 

「……良い仲間を持ったな。葵」

 

 ツバキ/椿は、アウスト/葵がまだ幼いときに腕を負傷したのを知っている。アレはまだ赤ん坊だった一番下の弟、柊が倒れてきた箪笥の下敷きになりそうなのを彼が助けたときだった。

 

 運よく柊は難を逃れたものの、葵が身代わりとなり、圧迫によって利き腕である右肩を負傷し、神経を傷つけた。その結果、彼は大好きだった剣術から離れてしまった。

 

 それからの彼は見るに耐えなかった。表面上は明るく取り繕っていたが、椿にはわかっていた。本当は誰よりも孤独で、誰よりも苦しんでいたことを。

 

 が、今の彼はあの時の彼ではない。大切な仲間を得、救いたいと思う仲間もいる。かつてとは比べものにならないほど明るい顔をしている弟がそこにはいた。

 

「ならば……」

 

 ツバキは向かってきた守護騎士を打ち倒し、刀を納刀して抜刀術の姿勢を取る。

 

 そして彼女は目にも止まらぬ速さで剣を抜いて、そのまま振り抜いた。

 

 その速さたるや人間を越え、神をも越える。まさしく奇跡の速さだった。一刀にしてなぎ倒した数は二十はくだらない。

 

「……その弟の道を阻むものを倒すのは、姉である私の役目だ」

 

 必然的に最前列に立ったツバキは、今までの人生で最大級の咆哮を轟かせた。雷鳴すらも凌駕するような雄叫びは、その場にいた全員の肌を震わせ、不思議と守護騎士達の動きすらも鈍らせているようだった。

 

「キリト、アウストッ!! ここから先の戦闘は私が受け持つ。お前達は私の後ろに控え、突撃の瞬間を待て!!」

 

「任せていいんだな!」

 

「当然だ。私を誰だと思っている」

 

「上等ッ!! いいな、キリト!!」

 

「ああ!」

 

 二人がツバキの声に返答すると、彼女はさらに続ける。

 

「シルフとケットシーの戦士達よ。貴殿たちの協力に感謝する。そして今一度貴殿らの力を借りたい。全ての攻撃を私の前に集中してくれッ! 必ずや道を切り開く!!」

 

 鼓舞するような声に、シルフの戦士隊とケットシーの竜騎士隊からはそれぞれ返答と取れる咆哮が上がった。続き、両種族の領主から指令が飛ぶ。

 

「竜騎士隊、ツバキちゃんの先に向けてファイアブレス用意!!」

 

「シルフ隊、今一度エクストラアタック用意! 今度は一点に集中させろ!!」

 

 領主の声に従い、飛竜は再び口内にブレスを溜め、シルフ隊の長剣には再び新緑色の光が灯る。

 

 守護騎士達は壁の一部を垂れ下がらせ、最前線にいるツバキ達に殺到する。が、彼等の前にサラマンダーの少女とシルフの青年が立ちはだかる。

 

「ここから先は――」

 

「行かせないッ!!」

 

 マシューとヨミはそれぞれ守護騎士を引き受け、圧巻の戦闘を繰り広げる。そしてツバキ、アウスト、キリトの背後にいたリーファは、自身が持っていた新緑色の鞘に納まっていた刀をツバキに向かって投げる。

 

「ツバキさん!!」

 

 投げられた刀をツバキは受け取ると、一度頷き、鞘から抜き放つ。彼女の手には二振りの刀が煌めいた。

 

 その瞬間、ずるりと音を立てるように守護騎士の壁の中心が盛り上った。

 

「今だ、撃てぇッ!!」

 

「ファイアブレス、撃てーー!!」

 

 ツバキの声に答え、アリシャが指令を出すと、飛竜たちの口から炎熱が迸り、業火に燃える火球が撃ち放たれた。火球は盛り上がりかけた騎士の壁に直撃し、爆炎を撒き散らす。

 

「続けてフェンリルストーム、放てッ!!!!」

 

 今だ爆炎が止まない中、碧の雷光が空中を駆け抜ける。ほぼ同時にツバキは、アウストとキリトをつれて飛んだ。

 

 雷光が着弾し、葬り去った守護騎士達が光の雨となって降り注ぐ中を、二刀を持ったツバキが駆け抜ける。

 

「ハアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 気合いの声を上げながら窪んだ壁の中を、剣を振りながらただひたすら突き進む。一撃一撃が必殺。剣帝と称されたツバキの剣は目の前に立ちふさがる圧倒的な数の騎士の壁を切り裂いていく。

 

 やがてツバキの剣は何重にも折り重なり、その剣閃は益々速さを増していく。まるで彼女自身が一本の剣になるような圧倒的な剣技。

 

 そしてついに守護騎士の間隙の隙間に、天蓋が見えた。

 

「そこを、どけえええええええええええッ!!!!」

 

 絶叫と共に彼女は二振りの刀をクロスするように振り抜いた。瞬間、天蓋の姿が露になる。

 

「行け、アウスト、キリトッ!!」

 

 ツバキの声に、二人は視線だけで意思疎通すると、大剣を前に突き出し、吼える。

 

「「ウオオオオオオオオオオオッ!!!!」」

 

 咆哮と共に突き進む二人の前には、空いた穴を修復するために守護騎士が集まり始めるが、遅い。

 

 集まりかけた守護騎士達を散らしながら二人は天蓋へとたどり着いた。

 

 ……言って来い。葵。

 

 心の中で弟の無事を祈りながら、彼女は撤退を始めるシルフ隊とケットシーの竜騎士隊、リーファ、レコン、ヨミマシューと共にドームの中から脱した。

 

 

 

 

 

 

 姉貴によって文字通り斬り開かれた道を駆け抜け、俺とキリトはついにドームの天蓋へとたどり着いた。背後では、防衛網を突破されたことで怨嗟の声をあげる守護騎士達が、未だに追いすがろうとしている。

 

 しかし、こちらの方が圧倒的に速くたどり着く。が、

 

「開かない……!?」

 

 キリトが愕然とした声を上げた。が、それは純然たる事実だった。目の前で四分割されて十字を描くように閉ざされた天蓋は、決してその口を開こうとしなかった。

 

 普通ならばこの距離まで来たら開いてもおかしくない筈だ。けれども、天蓋は開かない。仕方なく俺とキリトは減速せずに天蓋に剣を突き立てるように突貫した。

 

 けれど、返ってきたのは固い衝撃と火花だけだった。

 

「まさか、ここまで来てこんなのありかよッ!」

 

 俺はガンガンと天蓋に大剣を突き立てるが、天蓋はびくともしない。

 

「ユイ、どういうことだッ!?」

 

 キリトが問うと、胸ポケットから飛び出したユイが天蓋を塞ぐ石版に触れる。

 

「パパ、アウストさん」

 

 パッと振り向いた彼女は俺たちに対して早口で告げた。

 

「この扉はクエストフラグによって閉じられているのではありません。これは管理者権限によって閉ざされています!」

 

「ど、どういうことだッ!?」

 

「管理者権限……つまりはGMか!」

 

「はい。つまり、この扉はプレイヤーでは絶対に開けられないということです!」

 

「なっ……」

 

 キリトは絶句した。それも無理はないだろう。ここまでアレだけの人数の協力でたどり着いたのだ。いいや、そればかりではない。このグランド・クエスト自体が嘘だったということだ。ALOというゲームをプレイしている全員に対してのブラフ。

 

 なんという仕打ちだろうか。これだけ難易度を上げておいて、最後にこんな予期しないことが起きるなど誰が想像できるだろう。

 

 ……これも全部あの野郎の仕業ってわけかよ。

 

 俺の脳裏には、病院で出会った須郷伸之のいけすかない顔があった。彼がもしこの世界を取り仕切っているのだとすれば、この扉が開かないというのも頷ける。

 

「ふざけやがって……」

 

 再び剣を突き立てようとするが、そこでキリトが「待て、アウスト!」と俺を呼び止めた。

 

 大剣をしまい、彼を見ると、彼の手には何かにアクセスするための、カードキーのようなものが見えた。

 

「それってたしか、リーファが言ってたやつか」

 

「ああ。アスナが落としてくれたカードキーだ。ユイ、確かこれはアクセスコードだって言ってたよな。これを使え!」

 

 ユイは一瞬目を丸くしたが、すぐに頷きカードに触れる。カードから発せられた光がユイの中に流れ込んでいく。

 

「コード、転写します!」

 

 一声叫んだ彼女は両手でカードキーを叩いた。続き、青い光のラインが奔ったかと思うと、今度は天蓋を閉じていた石版全体が眩い光を放ち始めた。

 

「転送されます! 二人とも、掴まってください!」

 

 差し出されたユイの手に振れると、ユイの体を包んでいた白い光が今度は俺たちの体も包み込んだ。背後からは守護騎士の不気味な声が聞こえ、やがてその声が寄り一層近くに感じた時、俺の体が透け始めた。

 

 そして突き刺されるかと思った守護騎士の剣は俺の体を透過し、意味なく空をつついた。やがてスクリーン全体が白く染まり、俺は前方に引っ張られる感覚を味わった。俺たちはデータの奔流となってゲートの中に突入したのだ。

 

 

 

 

 視界のホワイトアウトは一瞬のことだった。

 

 何度か瞬きをしてから頭を振る。見ると、隣にはキリトがおり、俺たちの前には心配そうにこちらを覗き込むユイの姿もある。が、先ほどまでの小妖精の姿ではなく、本来の十歳くらいの少女の姿だ。

 

「大丈夫ですか、二人とも?」

 

「なんとかな」

 

「こっちもだ。つか、ここどこだ? えらくALOとは雰囲気の違う場所だけど」

 

 見回すと、そこはオフホワイトで統一された空間だった。しかし、ALOのようにテクスチャが張られているわけでもなく、ディテールもさほどない。のっぺりとした感じ場所だった。

 

 また、大きく円を描いているようで、通路全体が湾曲していることも見て取れた。

 

 最初は別のALOではない別の何処かに転移させられたのかと思ったが、身に着けている装備品から見るにそうではなさそうだ。と言うことは、ここが世界樹の上なのだろうか。

 

「ここで突っ立っててもしゃーない。さっさとアスナを捜そうぜ」

 

「そうだな。ユイ、アスナの居場所はわかるか?」

 

 キリトの問いにユイは一度目を閉じると、上を指差した。

 

「すごく近いです。この上のほうに反応があります。こっちです」

 

 ユイに導かれるままに俺とキリトは走り出す。十秒ほど行くと、ユイが止まり、壁のほうを指差していた。

 

「これで上の階へ行けるようです」

 

 彼女が指差す方には上下に二つ並んだ三角形のボタンだった。

 

「なぁ、キリトよ。これってあれだよな?」

 

「ああ。エレベータだろうな。けどなんでこんなところに……」

 

 キリトは考えこみながらも、ボタンを押す。すぐに聞きなれたようなポーンという音が聞こえ、扉が開く。俺たちは中に入ると、ドア横を確認した。案の定、そこには二つのボタンが存在していた。

 

 この階を含めて三つあるボタンの一つに光が灯っているので、残り二つだが、とりあえず俺は最上階を押してみた。

 

 再びの効果音。そして扉が閉まり、現実世界でも味わう上昇感覚が襲ってきた。やはりこれはエレベータのようだ。

 

 エレベータはすぐに止まり、再び扉が開かれた。扉の外は先ほどの階と同じようなつくりだった。

 

「階はここでいいか?」

 

「はい。こっちの方にママの反応があります」

 

 ユイはキリトの手を引いてエレベータから出る。

 

「こっちです。すごく、すごく近いです」

 

 彼女は少しだけ声を高くすると、キリトの手を引いて走り出した。それに俺も付いて行く。アスナの存在を近くに感じているからなのか、彼女の表情は期待と嬉しさの色が見えた。

 

 扉らしき物を無視してしばらく走ると、唐突にユイが止まり、何もない壁に手を当てた。

 

「この向こう側に通路があります……」

 

 彼女はオフホワイトの壁を撫でる。すると、手が止まり、先ほどの同じような青いライン奔った。やがて壁は太いラインで区切られ、小さな音と共に壁が消失した。

 

 その先にはこの通路と似たような無簡素な造りの通路が延びている。瞬間、ユイはもう我慢できないと言った様子で、キリトの手を引きながら大またで走りはじめた。

 

 俺も二人を追うと、やがて行く手に四角いドアが現れた。ユイは止まることもせずに、ドアを開け放つ。

 

 途端、俺の目に入ってきたのは、オレンジ色に染まり、傾きつつある太陽だった。

 

 太陽の位置がややおかしく感じるのは、この場所がかなり高度な場所にあるからだろう。足元を見ると、そこには世界樹の物と思われる太い枝があった。

 

 今一度太陽を見ると、そこにあったのは太陽だけではなく、多くの枝葉も伸びていた。生い茂る枝とそれらについている葉は深い翠色だったり、新緑色であったり様々だ。

 

 が、俺はそれに対し溜息をついた。

 

「空中都市はなし、か。まぁ薄々感じてはいたけどな」

 

 ALOのゲームストーリーの中には、世界樹の上にはオベイロンとアルフが住まう空中都市があるとされていた。しかし、今自分達の目の前に広がっているのは、世界樹の枝葉ばかり。

 

 ようはアルフも空中都市も全てブラフだったというわけだ。まぁあのような攻略不可能のグランド・クエストを準備する辺りからしても、大体察しは付いていた。

 

「全プレイヤーを騙してくれちゃってまぁ……」

 

「許されることじゃないな」

 

「ああ。ふざけたシナリオ書きやがる。なぁにが上位妖精だ」

 

 肩を竦め鼻で笑う。帰ったら帰ったで、皆にどういう風に説明したものだろうか。

 

 そんなことを考えていると、キリトの手をユイが引っ張るのが見えた。どうやら、今すぐにでもアスナに会いたいらしい。

 

 まぁ無理もないだろう。

 

 俺は彼等について行き、世界樹の枝に設けられた階段を上ったり下がったりして前に進んだ。しばらく行くと、前方になにか光輝くものが見えた。が、宝石の類の光ではない。もっと、金属質な何かだ。

 

 キリトとユイの後を追いながら進んで行くと、ようやくその光の正体が明らかになった。

 

 太陽の光を反射して輝いていたのは、黄金の格子で囲われた巨大な鳥かごだった。明らかに鳥類や猛禽類を入れておくものではない。格子の狭さからして、あれは人間を閉じ込めておくのに相当するもののようだ。

 

 確かエギルに見せてもらった、五人のプレイヤーが肩車をして撮ったスクリーンショットの中にもあのような鳥かごが写っており、そこにアスナも写っていたのだ。と言うことは、アレは……。

 

「あの中にアスナが……」

 

「だろうな。ホレ、もうユイが待ちきれなさそうだぞ」

 

 言ってやると、キリトは再び枝の上を歩き始めた。

 

 そのまま進むと、太かった枝は徐々に短くなっていき、鳥かごのあたりで途切れていた。

 

 もうここまで来ると、鳥かごの中がはっきりと見えた。

 

 鳥かごの中には、人間が扱えるサイズの調度品が見えた。天蓋つきのベッドに、大理石を思わせる小テーブル。そしてその脇には彫刻が施された椅子がある。

 

 その椅子に彼女は座っていた。長い栗色の髪は忘れようもない。顔は確認できないが、アレは確実にアスナだ。

 

 すると、アスナは立ち上がり、こちらを見た。いいや、正確にはキリトを見たの方が正しいか。今の彼女には恐らくキリトとユイしか目に入っていないことだろう。

 

 彼女は口元を両手で押さえて洩れ出そうになる嗚咽を抑えているようだった。が、はしばみ色の瞳からあふれ出る涙は、抑え切れないようであった。

 

「ホラ、行ってやんな」

 

 未だに立ち尽くしているキリトに対し、俺は軽く背中を小突いた。彼はそれに頷いてから、ユイと共に鳥かごを閉ざしている格子が密になった扉の前に立った。

 

 ユイはが扉の前で右手を上げると、その手に青い光があつまる。そして彼女が手を右に振ると、扉が吹き飛んだ。すぐに扉は光の粒子となって消え去る。

 

 瞬間、ユイはキリトの手を離して両手をいっぱいに広げて叫ぶ。

 

「ママ……!!」

 

 そして彼女はそのまま鳥かごの中に飛び込む。

 

 アスナも椅子を倒す勢いで立ち上がると、自身に飛び込んでくるユイを見て声を震わせながらも答えた。

 

「――ユイちゃん!!」

 

 二人は抱き合い、互いの感触を確かめるように頬をすり合わせた。

 

 その様子は現実世界でもよくドラマや映画で見る感動の親子の再会というやつそのものだった。

 

 キリトもゆっくりではあるがアスナに近づくと、アスナもユイと抱擁したまま彼の姿を見た。一見して今のキリトはSAO時代の彼とはまったく違う容貌をしている。逆立った黒髪も、浅黒い肌も、あの時の彼のものではない。

 

 しかし、アスナにはキリトだとわかるはずだ。愛した男の声を、彼女が忘れるはずがない。

 

「キリトくん……」

 

「……アスナ」

 

 二人が互いの名を呼ぶと、キリトは残っていた距離を詰めて、ユイと共にアスナの体を包み込んだ。

 

 ようやく、二人は再会できたのだ。SAOで結婚し、幸せな生活をしていた少年少女は今、再び互いの存在を確かめることができたのだ。

 

「おめでとさん」

 

 俺は壊された鳥かごの扉があった格子に寄りかかりながら、抱き合う二人を見守った。




はい、お疲れ様です
このまま二十一話に進みますのでどうぞ。

いよいよALO編完結です。
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