ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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第二十一話

 やがて三人は抱擁を終えて、アスナは俺を見てきた。

 

「えっと、アウストさん。ですよね?」

 

「お、よくわかったな。外見はSAOの時とそれなりに変わってると思ってたんだが」

 

「そうでもないですよ。色はSAOの時と同じですし、それになんていうか、雰囲気がそのまんまなので」

 

「さすが、元KoBの副団長はよく見てんな」

 

 肩を竦めた後、手をつないだままの三人に歩み寄る。

 

「で、アスナをログアウトさせる方法はわかったのか?」

 

「いや、ユイが言うにはアスナのステータスは拘束されてて、ここから直のログアウトは無理らしいんだ。システムにアクセスできるコンソールがあればいいらしんだけど。それがあるのは……」

 

「あの真っ白な場所ってわけか。じゃあさっさと行こうぜ。鬼のいぬまになんとやらだ。速くしねぇと、あの陰険そうな研究員が来るぞ」

 

 陰険そうな研究員という言葉に、キリトは怪訝そうな顔を浮かべ、アスナは驚いた風な表情をしていた。

 

「アウストさん、まさか私をここに閉じ込めているのが須郷だってわかって?」

 

「え、須郷!?」

 

「まぁ、大体予想は付くだろう。キリトからあの野郎がアスナと結婚するって聞いた時点でなんとなく予想は付いたし、ALOをレクト・プログレスが運営しているってのがさらに可能性を引き上げた。それに三百人のSAO未帰還者もアイツのせいなんじゃないかなーって思ってる」

 

「……正解です。アウストさん。須郷はここで恐ろしい実験をしています。でも、詳しいことは現実世界に戻ったら話します」

 

 アスナに言われ、俺たちは鳥かごから出ようとした。が、吹き飛ばされた扉をくぐろうとした時。

 

 俺は首元にひり付くような感覚を覚えた。同時に、ねっとりとした絡みつくような視線も感じた。

 

 反射的に俺は振り向く。キリトも俺と同じ感覚を味わったようで、ほぼ同時に振り返った。

 

 が、その瞬間。鳥かごが水没した。まるで粘液のような何かに包み込まれるような感じだ。

 

 けれども呼吸は出来る。先ほどの感覚は空気全体が重くなったのだ。しかし、粘液に纏わり疲れているような感覚は同じで、身体を動かそうにも上手く動けない。

 

 さらに先ほどまで輝いていた夕日も遠ざかっていき、深い闇が押し寄せた。

 

「な、なに――!?」

 

 アスナの声が不可思議に反響する。これもこの感覚の影響なのだろうか。

 

 やがて世界は完全に闇に包まる。だが、俺やアスナ、キリト、ユイの体だけははっきりと視覚化されている。

 

 明らかに異常な光景に、眉間に皺を寄せて周囲を見ると、夕日の姿は何処にもなく、バックグラウンドは全て黒で塗りつぶされている。

 

「きゃあ!?」

 

 短い悲鳴が聞こえ、そちらを見るとアスナの腕に抱かれていたユイが身体を仰け反らせていた。

 

「パパ、ママ、アウストさん! ……気をつけて……なにか、よくないモノが……!」

 

 彼女がそう言った時、ユイの体を這い回るように紫電が奔り、一瞬強く光ったかと思うと、既にユイの体はアスナの腕の中から消失していた。

 

「ユイ!?」

 

「ユイちゃん――!?」

 

 二人が驚愕の声をあげたが、俺は重い体を動かし、大剣を引き抜いた。そして未だにこちらを見ている視線の主に対して告げる。

 

「感じるぞ、さっきからこっち見てほくそ笑んでやがるヤツ! ささと出てきやがれッ!!」

 

 怒声にも似た声を張りあげると、それに対して返ってきたのは、甲高い嘲笑であった。

 

「いやいや、ばれていたか。まぁそんなことはどうでもいいがね。ところでこの魔法はどうだい? 次のアップデートで導入される予定なんだがねぇ。ちょっと効果が強すぎるかな?」

 

 声だけしか聞こえなかったが、この声には聞き覚えがある。アスナの病室で出会ったあの男の声だ。

 

「須郷ッ!!」

 

 片膝を着いたキリトが叫んだ。やはり彼も気が付いたようだ。

 

「チッチッ、この世界でその名はやめてくれよ。君等の王に向かって呼び捨てもいけない。ここでは妖精王オベイロン陛下と――そう呼べッ!!」

 

 最後のほうで声が跳ね上がり、視界の中で片膝を着いていたキリトがその場に倒れた。見ると、彼の頭に足を乗せている男がいる。

 

 緑交じりの金の頭髪。その下には作り物の端整な顔。緑の長衣を纏い、キリトを踏みつける足にはゴテゴテの刺繍が施された悪趣味なブーツ。そして頭には王を思わせる王冠もつけている。

 

 姿は違えど、わかっていた。今目の前でキリトを踏みつけているこの男は、あの須郷伸之だ。今すぐにも大剣で斬りかかりたいが、異常なまでに体が重い。

 

「オベイロン、いえ須郷! 貴方のやっていることは全て私が見たわ! 許されないわよ、あんな酷いこと……!!」

 

 体が重いだろうに頭を上げたアスナは気丈に言い放った。

 

「へぇ、誰が許さないのかな? 君かい、この彼かい、はたまたそこの彼かい? それとも神様だとでも言うのかな? 残念ながらこの世界に神はいないよ。この僕以外にはね」

 

 須郷は甲高い声で言うと、より一層強くキリトの頭を踏みつける。

 

「やめなさい、卑怯者!」

 

 が、ヤツはアスナの声に耳も貸さず、キリトの頭をグリグリと踏むと、キリトの背中の大剣を鞘から抜き取って軽々とまわし始めた。

 

「それにしても桐ヶ谷君、いいや、この場合はキリト君と言ったほうがいいかな。本当にこんなところまで来るとはね。勇敢と言うのか、愚鈍と言うのか、まぁ今僕の下でそんなことになってるんだから後者だろうけどね。ヒヒ。しかも、まさか君までこんなところに来ているとはねぇ、萩月葵君。いや、アウスト君」

 

 大仰に手を広げつつ、須郷は俺を見た。ぎょろりと動いた眼球に、俺はギリッと歯を噛み締める。

 

「いやいや驚いたよ。まさか君があの《クローバーガードナー》の御曹司だったとはねぇ。名前を聞いてまさかと思って調べてみたら、案の定だったよ。まぁどちらかと言うと君のお姉さんの方でピンと来たんだけどね」

 

「クローバーガードナーって……お父さんの会社の警備も担当してる……」

 

「そう、彼のお父上が経営している警備会社はレクトやレクト・プログレスの警備をしている会社さ」

 

 アスナの声に須郷は答え、俺は短く舌打ちをする。

 

 ヤツの言うとおり、俺の実家はただの剣術道場ではない。父親は一代で警備会社を設立してのし上り、いまや全国シェアを誇る警備会社を運営しているのだ。その中にはアスナの父親である結城彰三が社長を務めるレクトもある。

 

 因みに、親父はパーティなどに俺たちを出席させることはしたくないらしく、現実世界でアスナに会ったことはない。会ったことがあるのは病室でだけだ。

 

「まったく、そんな御曹司である君がこんな馬鹿なことをするとはねぇ。哀れで見ていられないよ。普通に生きていれば君も幸せだっただろうに」

 

「ハッ、見下してんじゃねぇぞクズ野郎。テメェ如き三下が俺のことを幸せとか不幸せとか言うんじゃねぇよ!」

 

 吼えると、須郷の額にピキリと血管が走ったのが見えた。瞬間、頭に衝撃がのしかかり、俺はその場に倒れた。

 

「やれやれ、少しは見込みもあるかと思ったが、所詮はガキか。あと、僕のことを三下だと? 君は状況が見えていないようだね。この世界では僕が神だ! 三下はお前の方なんだよ!!」

 

 グリッとヤツは俺の頭を踏んできた。しかし、俺は苦しいと思わせるような表情は見せない。ただヤツの顔面を睨みつけた。

 

「フン、その強気な眼光も何処まで続くかね。そういえば、君達以外にもう一つみょうなプログラムが動いていたが、アレはなんだい?」

 

「さてな。テメェのない頭で考えなボケナス」

 

「……まぁいい、あとでじっくり君達の頭を調べさせるさ」

 

「頭……?」

 

 キリトがはいつくばった姿勢で問うと、須郷は俺の頭においていた足を退けて、今度は先ほどのような瞬間移動ではなく、ゆっくりとした歩幅で歩き始める。

 

「まさか君は僕がこんなことを酔狂でやってると思っていないよねぇ?」

 

 大剣を指先だけでひょいひょいと扱いながら、須郷はニタリと笑って俺たちの中心に立つ。

 

「元SAOプレイヤーの皆さんの献身的な協力によって、思考・記憶操作技術の基礎研究は既に八割がた終了している。今まで誰もなしえなかった、人の魂の直接制御と言う神の業を僕はあと少しで我が物に出来るんだ! その上本日めでたく新たな実験体を二人も手に入れた! いやぁ楽しいだろうねぇ。君達の記憶を覗き感情を制御するのは!! 想像しただけでも身体が震える!!」

 

「そんなこと……できるわけが……!」

 

「出来るんだよ。この僕にはね! どうせ君達二人は性懲りもなくナーヴギアで接続しているんだろう? だったら今の君達は実験体さん達と同じ状況なんだよ!」

 

 嘲るような表情を浮かべ、俺とキリトの顔両方を見比べた須郷は本当に下品な顔をしていた。ポリゴンで形どられたあの端整な顔があそこまで醜く歪むものなのだろうか。

 

「やめなさい、須郷! その二人に手を出したら許さないわよ!!」

 

 須郷の発言に青い顔をしたアスナが叫ぶ。

 

「小鳥ちゃん、君のその憎悪が僕に対する服従に変わる日も近いよ」

 

 陶酔したような、恍惚としたような表情で笑った須郷は、大剣を撫でて仰々しく言い放つ。

 

「さぁ! 君達の魂を改ざんする前に、楽しいパーティーを開くとしよう! ああ、とうとう待ちに待った瞬間だ。最高のお客様に、思わぬゲストも入ったことだし限界まで我慢した甲斐があったというものだ!」

 

 高らかに宣言する須郷だが、そんな彼の姿を見て、俺は心の奥底から沸々と笑いがこみ上げてくるのを感じ、ついに高らかに爆笑してしまった。

 

 暗闇の中に響く俺の笑い声に、アスナ、キリトは不思議そうな表情を浮かべ、須郷はせっかくの宣言を台無しにされたことに不満げな顔をした。

 

「……なにがそんなに可笑しいのかな? アウスト君」

 

「ハハハハ! いやなにがって、ギャハハハハ!! もうお前の全部がおめでたくておめでたくて、これが笑わずにいられるか。須郷さんよぉ。アーッハッハッハッハ!!」

 

 腹がよじれるのではないかと言うほど爆笑し、体が重いにも関わらずその場を転げまわる。

 

「……」

 

「ひー、ひー……いやぁ笑った笑った。久々にこんなに笑わせてもらったわ。アンタお笑い芸人にでもなれるんじゃねぇの?」

 

 やっとおさまった笑いを抑えながら、目の前でこちらを睨みつけている須郷を見やる。その表情は自分が丹精込めて作った作品を小馬鹿にされているような表情であった。

 

「散々笑ってくれて、満足したかい?」

 

「いやいや、まだ満足なんてしないさ。けどまぁアンタ本当におめでたいよなぁ。その研究だって大方自分が一人で出来たとでも思ってんだろ?」

 

「だったらなんだ!! あの研究は僕がいなければ実現できなかった! 僕の成果だ。僕は神にも等しい男なんだ!!」

 

「だからそれがおめでたいってんだよクソボケが。僕一人で出来ただぁ? 寝言は寝て言えチンカス野郎。てめぇの言う研究なんざ、茅場晶彦がいなけりゃ机上の空論だろうがよぉ」

 

「なにぃ……!?」

 

 図星なのかは知らないが、須郷は顔を醜く歪める。そこへ俺は立て続けに言葉を浴びせていく。

 

「お前は茅場晶彦が実現した仮想世界を盗み、仮初の王になった。いいや、寧ろ泥棒の王って所か? まぁそんなことはどうでもいいや。でも結局のところお前は紛い物だ。人の技術を盗んで、さも自分が成し遂げたとでも言いたいんだろう? それに、聞いた話じゃ、アンタあの茅場晶彦と同じ大学出身らしいなぁ。しかも研究室まで同じと来た……。アンタ天才思考だもんなぁ。さぞかし悔しかったろう、自分よりも天才の茅場と比べられて」

 

「黙れ、ガキがぁ!!」

 

 どうやらトラウマを突いたらしい。須郷は背後にいるキリトやアスナに見向きもせずに黒い天を仰ぐ。

 

「システムコマンド! ペイン・アブソーバ、レベル8に設定」

 

 ヤツは告げた瞬間、俺の背中目掛けてふかぶかとキリトの大剣を突き刺した。

 

「ぐッ!?」

 

 途端、背中に鋭い痛みが走る。どうやら先ほどのペイン・アブソーバとやらは実際に痛みを具現させる設定のようだ。

 

「クハハ! 痛いだろう、アウスト君! けれどまだツマミ二つだよ。まぁこれからじわじわとレベルを下げて行ってやるよ。レベル3以下にすると現実に戻っても影響が出るかもしれないけどねぇ」

 

 須郷は甲高く叫びながら俺の脇腹の辺りを二、三度蹴りつける。

 

「ホラホラ、僕がなんだってぇ!? もう一度言ってみろよ!! 何の力もないガキがぁ!!」

 

「やめなさい、須郷!! 

 

 アスナがヤツの行いをとめるように叫ぶが、興奮状態のこの男はやめる様子はない。

 

「ハッ、所詮はそんなところだろう。どれだけでかく吼えても、所詮お前は神の前には抗えないんだよ。この馬鹿が!!」

 

 最後に一際強く俺の頭を踏みつけた後、ヤツはキリトとアスナの元へ歩み寄る。しかし、俺は突き刺された剣の痛みもおかまい無しに、上体をゆっくりと上げていく。

 

 ゲームだというのに体全体が軋むような音が聞こえる。

 

「待てよ三下ァ! まだ終わっちゃいねぇぞ」

 

 キリト達に歩み寄っている須郷をとめる頃には上体の半分近くが上がっていた。とは言っても、不可視の床に突き刺さっている剣のせいで完全に立ち上がることは出来ない。

 

「やれやれ、まだ痛い目を見たいのかい? まったく、僕はこれからお楽しみなんだから静かにしていろよッ!!」

 

 大剣を背中から引き抜いた後、再びヤツは吼える。

 

「システムコマンド! ペイン・アブソーバをレベル5に!」

 

 また一気に下げてくれたものだと、内心で思っていると、背中に再び鋭い痛みが走りる。しかし、今度は先ほどの倍以上の痛みが、一気に三度も襲ってきた。

 

 しかし、俺は決して声は上げない。うめきもしない。

 

「そらそら、いい声で鳴いてみろよガキがぁ! さっきまでの威勢は何処にいったんだよ、えぇ!?」

 

 ザクザクと背中を指し続ける須郷は、耳障りな声を上げる。やがて剣による串刺しは終わったが、ヤツは足を大きく振りかぶった。

 

「フン、叫び声の一つも上げないなんて、つまらないな。もういい。君はそこで死にかけているのがお似合いさ!」

 

 そのまま須郷の足が俺の顔面に直撃し、痛みと共に俺は暗闇の壁に叩きつけられた。

 

「アウスト!」

 

「アウストさん!!」

 

 二人の悲痛な声が聞こえるが、答えることが出来ない。予想以上にさっきの痛みが強いようだ。

 

 ……クソが。好き勝手ブッ刺しやがって。さすがに、全身いてぇな。

 

 なんとか息をつき、霞む視界でアスナとキリトを見やる。

 

 アスナは須郷が使用したであろう魔法か、システム補助的な何かで鎖で磔にされており、キリトは先ほどの俺と同じように背中に大剣を突き刺されていた。

 

「ああ、甘い、甘い! ほら、もっと僕のためにないておくれよ!」

 

 須郷はアスナの薄いワンピースを引き裂き、その下の肌をあらわにした。

 

「須郷、貴様。貴様ァァァァァァァ!!」

 

 かつてないほどの怒りの声を発したキリト。

 

 しかし、彼の声は須郷に届かず、須郷は相変わらず汚い手でアスナの肌を撫でる。痛みで霞む視界でも、彼女が泣いているのはわかった。

 

「貴様……殺す!! 絶対に、絶対に殺す!!」

 

 吼えるキリトだが、ふかぶかと刺された剣が抜けるはずもなく、その場で必死にもがくだけだ。

 

 ……あぁそうだよなぁ。憎いよなぁキリト。俺だってそうだ。俺だってあのクズ野郎には激しくイラつかされてる。

 

 今すぐにでも動き出してあのいけ好かない男の顔面をタコ殴りにしたい気分だが、システム上ヤツの方が権限が上だ。例え動けたとしても、アスナのように磔にされるか、再び剣で刺されるだろう。

 

 ……クソが。やっぱりプレイヤーやシステム管理者には勝てないってことかよ。ふざけやがって。

 

 システム管理者、即ちはGMはオンラインゲームにおいて最高権力者だ。システム上、彼等を傷つけることは不可能。だから、自分達プレイヤーはGMの前には無様に負けるしかないのだ。

 

 ……いや、違う。そんなことはねぇ。あの時は、違っただろうが。

 

 脳裏によぎるのは、SAOでの最終決戦。ヒースクリフ、即ち茅場晶彦とキリトの一騎打ちだ。あの時、キリトとアスナはシステムを人の心で凌駕した。

 

 ……だったら、出来るだろう。俺にだって。

 

 ピクリと指が動く。

 

 ……俺は絶対に屈服しねぇ。どんなシステムの壁にだって抗って、抗って、凌駕してやる。

 

「……そうだよなぁ。茅場晶彦……」

 

 微かな声で呟いた時だった。脳内にかつて聞いたテノール調の声が響いた。

 

『ああ。そうだとも、アウスト君』

 

 ……人の心はシステムを凌駕する。あんたが教えてくれたことだ。

 

『そう。人の心には奇跡を起す力がある。君にもその力はある。だから、立つんだ』

 

『立ってその剣を取って、あの男に見せてやれ。君の力を』

 

 

 

 靄がかかっていた視界がその言葉で一気に晴れた。

 

 重く纏わりついていた空気を引き千切るように立ち上がり、視線の先で下劣な行動をとる男に歩み寄る。

 

「システムログイン。ID《ヒースクリフ》。パスワード……」

 

 ヤツに聞こえない声で呟きヤツのすぐ背後に立つ。

 

「ホラ、もっと泣いてくれよ! 僕のために――あッ?」

 

 再び須郷がアスナに触れようとしたところで、その手を掴む。

 

 マヌケな声を上げて俺を見やる須郷に、低く、脅すような声で告げる。

 

「そいつはテメェが触れていい女じゃねぇ」

 

 腕を引っ張り、須郷の体を反転させると、その下劣に歪んだ顔面に拳を叩き込む。

 

「ぶべッ!?」

 

 奇怪な悲鳴を上げて須郷は吹っ飛び、不可視の床を転げまわった。

 

 キリトとアスナは殴り飛ばされた須郷と、再び立ち上がった俺に対し、目を白黒させていた。が、俺は彼等には答えずに、青いシステムウインドウを呼び出している須郷は驚愕の声をあげる。

 

「な、なんだ貴様。なぜ動ける! アレだけの傷を負ってなぜ……。それにそのIDは一体!?」

 

「さてな。テメェで考えな三下。システムコマンド、スーパーバイザ権限変更。《オベイロン》のレベルを1に変更」

 

 言葉を発すると、須郷の手元に表示されていた青いシステムウインドウは消滅。驚愕し、再びウインドウを開こうと空中で力なく手を振る須郷だが、何度やってもウインドウは呼び出されない。

 

「そ、そんな。僕より高位のIDだと……? 僕は支配者……創造者だぞ……? この世界の帝王であり……神だ!」

 

「さっきも言っただろう。三下。お前は神じゃない、ましてや支配者でもない。お前はただの盗人だ。人の技術を盗んで優越感に浸っていた、愚者だ」

 

「こ、この野郎。言わせておけばベラベラと僕を侮辱しやがって!! その首を刎ねてやる!!」

 

 ふら付く足で立ち上がった須郷は暗闇の天井に向けて叫ぶ。

 

「システムコマンド!! オブジェクトID、《エクスキャリバー》をジェネレート!!」

 

 が、システムは答えない。妖精王オベイロンとして使っていた、システムという魔法の力はヤツの中にはもうないのだ。

 

「システムコマンド!! 言うことを聞け、このポンコツが! 神の命令を聞けないのか!」

 

 苛立ち、地団太を踏む様子に、俺は大きなため息をつく。

 

 一度アスナに目を向けると、彼女に向かって左腕を振る。パキンという金属が砕け散る音と共にアスナの体を縛っていた鎖が消えた。アスナの姿は、強引に引き千切られたワンピースだった布が微かに残っているだけで殆ど全裸に近かった。

 

 俺はシステムウインドウをではなく、自身のアイテムウインドウを呼び出し、長めのコートをオブジェクト化させて彼女に被せる。

 

 続いて、キリトを縛っている重力を解き、ペイン・アブソーバをレベル10に戻してから突き刺さっている剣を引き抜いた。

 

「お前等はそこで待ってろ。すぐに終わらせる。キリト、アイツは俺がやっていいか?」

 

「……ああ、構わない。頼んだ」

 

「おう」

 

 返答し、俺は未だに子供のように地団太を踏んでいる須郷に歩み寄ると、ヤツの眼前で宣言する。

 

「システムコマンド。オブジェクトID《エクスキャリバー》をジェネレート」

 

 告げると、俺の手の中に黄金に輝く剣が現れた。ヨツンヘイムを脱出する際、トンキーの背中で見たこの世界最強の剣だ。

 

 その最強の剣でさえも、管理者権限があればこのように何の苦労もなく呼び出せる。

 

「ほらよ。お前が欲しがってたエクスキャリバーだ。それで俺の首を刎ねるんだろ?」

 

 須郷に対して放った後、俺は自分が背負っている大剣の柄に手をかけ、いつもの調子で抜き放つ。

 

 放られたエクスキャリバーをたどたどしく受け取った様子を確認してから俺は続ける。

 

「システムコマンド、ペイン・アブソーバのレベルを0に」

 

 ペイン・アブソーバのレベルを0。それは痛みを無尽蔵に引き上げるということだ。つまり、ここで受けた痛みは現実のそれになる。

 

「ホラ、来いよ王様。決戦と行こうぜ。まぁ、茅場とそこのキリトとの決戦ほど白熱はしねぇだろうがな」

 

「また、茅場か……! なんなんだアンタは! あんたはもう死んだくせに、なんで僕の邪魔ばかりする!! アンタはいつもそうだ。僕からなにもかも攫って行く!」

 

 顔を押さえ、のた打ち回る須郷の顔は悔しさと怨嗟が入り混じっていた。

 

「クソ、クソクソクソクソクソォ!! 邪魔ばかりしやがって、アイツも、お前も!」

 

 黄金の剣の切先を俺に向ける須郷の顔には、冷や汗にも似た汗が浮かんでいた。

 

「お前みたいな、なんの力もない男にわかるっていうのか!? あの男と比べられる僕の苦しみが!!」

 

「テメェの苦しみなんざ知ったこっちゃねぇよ。テメェの問題を他人に押し付けやがって、それでも大人かお前」

 

 鼻で笑い、煽るように言ってやると、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、「貴様ぁぁぁぁぁ!!」と甲高い声を上げながら突っ込んできた。

 

 剣など持ったことがないであろう須郷の構えは姉貴が見たら「雑魚だ」と一蹴するだろう。無論、俺から見てもそんなことは一目瞭然だ。けれど、目の前にいるこいつは俺の大切な仲間を傷つけた。その行いは、決して許されるものではない。

 

 エクスキャリバーの剣筋は、俺の肩口を狙ったものだった。速さはない。余裕で避けられる速さだ。落ち着き払った状態で剣を避け、持っていた右手を斬りとばす。

 

 肩口から飛ばされた腕は、エクスキャリバーを持ったまま不可視の床に落下し、腕はガラスの破砕音を上げて消滅。エクスキャリバーは金属質な音を立てて転がった。

 

「アアアァァァァ!? 僕の腕があああああッ!」

 

 痛みと恐怖、二つの感情が入り混じった絶叫が暗闇に響く。しかし、どんなに恐怖や痛みの声を上げても、俺はこの男の所業を許しはしない。

 

 続けて左腕を斬り飛ばし、三撃目にはヤツの両足を同時に斬りおとした。

 

「アギアアアアアアアアア!?」

 

 絶叫しながら仰向けに倒れた須郷の首元に大剣の切先を突きつける。鈍く光る藍色の刀身は死神の鎌のようであった。

 

「痛いか? その痛みを忘れるな。だがな、三百人のSAOプレイヤーと、アスナが受けた痛みはこんなものじゃねぇ!!」

 

 語気を強めた俺は、須郷の髪の毛を引っ張り、持ち上げてからアイテムウインドウを開き、四本の剣を適当にオブジェクト化させる。途中でエクスキャリバーも拾うと、須郷の体を空中に放り投げる。

 

「これから与える痛みを、一生忘れるなッ!!」

 

 言うと同時に、大剣を振りかぶって空中を舞う須郷の腹部に突き刺す。大剣は勢いをそのままに、壁に突き刺さった。ちょうど先ほどの俺やキリトと同じような形になった。

 

「や、やめて……」

 

 微かな声が聞こえたが、そんなものは聞こえない。今俺の中にあるのは、ヤツに対する怒りのみだ。

 

 立て続けに二本の剣を同時に投げ、骨盤の辺りに突き立て、もう二本を鎖骨の辺りに叩き込む。そして最後の一本。

 

「ホラ、お前のお気に入りのエクスキャリバーだ。取っておきな」

 

 黄金の剣を振りかぶり、須郷の頭目掛けて投擲。回転しながら飛んでいった伝説の剣は、須郷の頭に深々と突き刺さる。

 

「ウギャアアアアアアアアアアッ!!」

 

 断末魔の叫び声を上げ、白い炎の中に飲み込まれていく須郷。

 

 やがてその声は遠ざかり、やつの姿は完全に消え去った。俺はエクスキャリバーを除く全ての剣を自分のアイテムウインドウの中に収納した。

 

 大剣は須郷が消え去ってからすぐに俺の背中に戻る。

 

 アレほど騒がしかった暗闇の空間にはオレと、キリト、アスナの微かな息遣いしか聞こえない。

 

 キリトとアスナは互いに体を寄せ合って、いとおしそうに抱き合っている。その様子に安堵しながらも、目の前で抱き合うアベックに咳払いをした。

 

「とりあえずお二人さん。もうそろそろログアウトしないか?」

 

「あ、あぁそうだな。じゃあ、アウスト。頼んだ」

 

「おうさ」

 

 キリトに言われ、俺はシステムインドウを呼び出し、アスナをログアウトさせるために、ログアウトボタンを押した。

 

 途端、彼女の体が光に包まれていく。

 

「アウストさん。助けてくれて、本当にありがとうございました。現実世界で会ったら、色々お話しましょうね」

 

「ああ。お前も勝手に歩き出さずに待ってろよ。お前の勇者の到着を」

 

「……はい」

 

 キリトのことを小突いて言った後、アスナの姿はこの世界から完全に消えた。これで彼女は現実世界に戻っただろう。キリトもウインドウを開いてログアウトしようとしていたが、そこで俺は彼を呼び止める。

 

「ちょい待ちキリト。お前はもう少し残ってくれ」

 

「? わかった」

 

 呼び止められたことに、キリトは怪訝な表情を浮かべたがすぐに頷いた。

 

「さて、いるんだろう。ヒースクリフ。いや、茅場晶彦」

 

 俺の声にキリトは驚いていたようだったが、すぐに彼も理解することになった。

 

『やぁ、久しいな。アウスト君、そしてキリト君。とはいっても、君達と最後に会った時は、私にとっては昨日のことのようだが』

 

 穏やかなテノール調の声が暗闇の中に響く。姿こそ見えないが、確かに彼は今この空間にいるのだ。

 

「生きていたのか?」

 

 キリトが問うた。沈黙は一瞬、すぐに返答がきた。

 

『そうであるとも言えるし、そうでないとも言える。私は、茅場晶彦という存在のエコー。いわば残像だ』

 

「あいも変わらず難しい性格をしてやがる。つか、俺らのこと見てたんならもっと速く助けてくれよ。結構危なかったぜ」

 

『それは失礼した。が、やはり君はそういう男だな』

 

「ハッ、わかってることだろ? つか、聞きたんだけど、なんでキリトじゃなくて俺に管理者権限をのパスワードを教えたんだ?」

 

 茅場の性格ならば、最後は戦った相手であるキリトに力を与えると思っていたので、疑問であった。なぜ俺だったのかと。

 

『それは割りと単純なことだよ。システムに分散保存されたこのプログラムが結合・覚醒したのがついさっきでね。ちょうどその時、キリト君ではなく君の声が聞こえたというだけさ』

 

「なるほどね。ってか、アンタの性格からしてタダでこの力を使わせてくれたわけじゃないんだろ? 俺たちになにかさせたいんじゃないか?」

 

『相変わらず君は飲み込みが早いね。そう、我々の間には無償の善意はない。代償がある。だからこれを君達、いや、これはキリト君に預けるとしよう』

 

 声が途切れると、暗闇の中から銀色の何かが落下してきて、キリトの手の中におさまった。見ると、それは小さな卵型の結晶だった。中では光が瞬いている。

 

「これは?」

 

『それは世界の種子だ」

 

「世界の?」

 

『ああ。芽吹けばそれがなんであるかがわかる。その後は好きにしたまえ。全てを忘れて消去するもよし……しかし、もし君達があの世界に……いや、これは不要な言葉だな』

 

 微妙に笑いが混じったような言葉の後にそっけない言葉が降って来た。

 

『では私は行くよ。いつかまた会おう、二人とも』

 

 そう言った後、今まで感じていた彼の気配は完全に消えうせてしまった。本当にどこかに行ってしまったらしい。

 

 俺とキリトは同時に首をひねり、世界の種子と言われた結晶を見やる。

 

「まぁとりあえずそれはお前が持っててくれ。あ、そうだ! ユイは大丈夫なのか!?」

 

「そうだ! ユイ、いるか!?」

 

 ハッとしたキリトは渡された結晶を胸ポケットに落とし込んだ後、彼女の名を呼んだ。

 

 瞬間、暗闇が支配していた世界にオレンジの光が差し込み、風と共に闇を吹き飛ばしていく。やがて完全に闇がなくなったとき、俺たちが立っていたのは例の鳥かごだった。

 

 が、まだユイの姿は見えない。

 

「ユイ?」

 

 一度キリトが彼女の名を呼ぶと、彼の眼前の空間に光が集束し、ポンとユイが現れた。

 

「パパ!!」

 

 どうやら彼女は無事なようだった。キリトの胸に飛び込んだ様子を見て、俺はホッと安堵する。

 

 彼女の話では、あの時アドレスをロックされそうになったため、キリトのナーヴギアのローカルメモリーに避難していたらしい。

 

「それで、もう一度入ってみたらパパとママもアウストさんもいなくなっていて……。あ、ママは!?」

 

「アスナなら平気だ。さっきアウストが現実世界に帰してくれた」

 

「そうですか。よかった……。アウストさん、ありがとうございます」

 

「礼はいいさ。それよりもキリト、早く行ってやれよ。お姫様が待ちわびてるぜ?」

 

「ああ。……ユイ、またすぐに戻ってくるからな。でも、この世界はどうなるんだ……?」

 

 キリトが不安げに呟くと、ユイはニコリと笑った。

 

「私のコアプログラムはパパのナーヴギアにあるので、いつでも会えますよ。あれ、でもへんですね……」

 

「どうした?」

 

「いえ、パパのナーヴギアのストレージに何か大きなファイルが転送されています。アクティブなものではなさそうですが……」

 

「ふぅん……」

 

「んなことよりもさっさと行けよ。アスナが待ちくたびれちまうぞ」

 

 二回目となる忠告に、キリトは慌てながらもユイと別れを済ませ、ログアウトした。彼のログアウト同時にユイもいなくなり、残された俺は大きなため息をついて夕焼けに染まる空を見る。

 

「さて、あっちはあっちで姉貴が何とかしてくれるかな」

 

 言いつつ、ウインドウを呼び出してログアウトボタンを押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 桐ヶ谷和人は目覚めたあと、妹の直葉と対面してからすぐに、自転車に跨ってアスナが眠る病院に向かった。

 

 外に出ると雪が降っており、冷気が襲ってきたが、そんなことは些細なことで、彼は雪が薄く積もる中を自転車で全力疾走した。打ち付ける冷たい空気に顔をしかめつつも、ただただ進んでいく。

 

 やがて目の前に出てきた巨大な建物に気が付き、より一層ペダルを踏む。正門を抜け、駐車場の隅に自転車を止める。鍵をかけることさえも忘れ、彼は病院に向かって走る。

 

 が、背の高い濃い色のバンと白のセダンの間を通り過ぎようとしたとき、不意に人影が現れた。衝突しそうになり、「すみません」と言おうとしたとき、彼の視界にギラリと光る金属の光が入った。

 

 その光が届くと思ったとき、今度は別の何かが和人とその金属の合間に入った。

 

 キィン! という金属質な音が響いたかと思うと、和人は体が浮くのを感じた。次に、自分が誰かに抱えられているの感じ、頭を上げる。

 

 そこには全身黒の剣道着姿の女性が立っていた。和人はその女性に見覚えがあった。彼女は萩月椿。ALOでは和人以上に鬼神の如き強さを見せつけ、グランド・クエストの攻略に尽力してきれた女性だ。

 

「椿さん!?」

 

「少しぶりだな。キリト、いやここは桐ヶ谷か。とにかく無事にお前がここに来たということは、終わったようだな。が、ここにコイツがいるということは、素直には喜べんか」

 

 和人は降ろされ、目の前にいる人物を見た。そこにいたのは髪を乱した、眼鏡をかけた男性だ。が、あの目は覚えている。

 

「須郷……」

 

 和人が呟くと、男。現実世界の須郷はぼんやりと言い放った。

 

「遅いじゃないか、キリト君。僕が風邪引いたらどうするんだよ」

 

 どうやら最初、彼には和人しか見えていないらしかったが、やがて和人の前にいる椿に気が付いたらしく、再びぼんやりと呟く。

 

「君は萩月椿さんか……どいてくれよ。そこのガキを殺せないじゃないか」

 

「随分と物騒なことを言うな。須郷伸之よ。ここに桐ヶ谷がいるということは貴様はあの世界で負けたのだろう? だったら素直に手を引け。男がいつまでも根に持つのは女々しいぞ」

 

「は? 僕は負けてないよ。アレはズルだ。だから僕はまだ負けてない」

 

 ふらふらとふら付きながらよってくる須郷の顔が駐車場のナトリウム灯のオレンジの光で照らされた。

 

 彼の顔には痙攣があり、瞳の近くは特にそれが酷い。

 

「酷い顔だ。弟にやられたか」

 

「弟……あぁそうだ! あの男にも礼をしなくちゃね。君たちとアスナを殺したら今度はあの男も殺してやる……!」

 

「それは聞き捨てならんな。家族を殺すなどと言われては、温厚な私も黙ってはいないぞ」

 

 和人の横で椿は腰に携えた日本刀の柄に手をかける。

 

「桐ヶ谷。ここは私に任せてさきに行け。病室には明日奈嬢が待っているのだろう?」

 

「あ、ああ。でも、大丈夫なのか、椿さん?」

 

「舐めるな。ろくに剣も握ったことのないあの男になど、負けるはずもない」

 

 冷静に言い放つ椿の顔には確固たる自信と、強さが見えた。和人は彼女に一度頭を下げて正面入り口まで走った。途中、須郷が追いすがるような素振りを見せたが、割って入るように椿がそれを防いだ。

 

 和人は背後を見やりながら椿の背中を見やる。彼女は振り向きもしなかったが、その背中は「行け」と語っているようだった。

 

 ……ありがとうございます。椿さん。

 

 

 

 

 

「桐ヶ谷は行ったか。さて、須郷伸之、決着と行くか」

 

 椿は腰に携えた刀とは別に、彼に向かって持っていたもう一本の刀を放り投げた。

 

 カシャン! という音を立てながら落下した刀は、須郷の足元で止まる。彼はそれを不思議そうに見ていたが、椿は淡々と告げる。

 

「使え。貴様がサバイバルナイフでこちらが刀では勝負にならん。勿論真剣だ。普通に切れるぞ」

 

「なんなんだ、なんなんだ貴様等、姉弟は!」

 

「私たちは桐ヶ谷の仲間さ。ただのな」

 

 さも当然と言った風に言ってのけた椿は、腰に下がっている刀を抜き放つ。シャンッという甲高い音と共に抜かれた白刃は光を反射して煌めく。

 

 須郷も椿から渡された刀を抜いて切先を彼女に向ける。しかし、その姿に椿は大きな溜息をつく。

 

 ……取るに足らん雑魚か。つまらん。

 

「まぁ、最初から期待もしていないが」

 

 溜息をついてから椿は構えもせずに刀をだらりと垂らす。

 

「好きに攻めて来い。その分、どうなっても知らんがな」

 

「ふざけるなよ、女ぁ!! この僕が、この僕が貴様ごときの女に負けるかッ!!」

 

 刀を振りかぶり、アスファルトを蹴って突貫してくる須郷。

 

「死ねぇぇぇぇぇ! 女ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫しながら突っ込んでくる須郷の剣は、身体に残る麻痺の影響なのか、グラついていた。

 

 椿は当たり前のように一閃を避け、刀の峰を使い、須郷の腰を打つ。重い音が響く。続き、椿は刀を持っていない肩を打つ。

 

「あぎっ!?」

 

「無様な悲鳴だな。ほら、どうした? まだ私を殺せていないぞ?」

 

「い……ぎぃ……!」

 

 悲鳴のような嗚咽のようなものを漏らしながら、須郷は何とか振り向いて麻痺する顔面で椿を睨みつけた。

 

「邪魔しやがって……! 僕の、神の業を邪魔しやがってぇ……!! 絶対に許さない、許しはしないぞ。女」

 

「許さなくて結構だ。が……なんというか飽きたな。貴様の相手をするのも」

 

 雪の降る空を仰いだ椿は大きく息をつく。白い吐息が空中に消えて行く。

 

「少し早いが、終わりにするか。いい加減警備員が来るだろうしな」

 

 言いながら椿は構える。その構えは一切の隙がなく、どんな攻撃にも対処できるようになっていた。その様子は誰が見てもわかることだったが、須郷は気付かずに再び特攻してきた。

 

「その執念だけは褒めてやる。だが……ッ!!」

 

 次の瞬間、バキン! という音が響き、椿の背後でカランと言う金属が地面に落ちる音がした。

 

 見ると、須郷が持つ刀は中ほどから折れ、その切先は椿の背後のアスファルトに落ちていた。

 

「え……?」

 

 須郷がマヌケな声を漏らす。しかし、声を漏らしたのも束の間、須郷を襲ったのは、神速の斬撃だった。

 

 凄まじい速度で繰り出される斬撃は、須郷の体の薄皮だけを切り刻んでいく。

 

「ひ、ひいいいい!」

 

 悲鳴を上げて後ずさる須郷は態勢を崩してその場に尻餅をついた。が、まだ彼の対する斬撃は終わらない。そして最後、椿は持っていた日本刀を須郷の鼻先に刃を向けてつきたてた。

 

「あ……ッ!? ひ……ッ」

 

 眼前に突き立てられた凶器に、須郷は震えあがり、その場から仰向けに倒れこんだ。股を見ると、じんわりと濡れ始めている。どうやら余りの恐怖に小便を垂れ流したようだ。

 

 彼の衣服には切り刻まれた後があり、その下や顔面には細かな切り傷が無数にある。

 

「やれやれ無様だな。こんな男のために安綱を持ち出すハメになるとは……」

 

 三度目の溜息をつき、、安綱を納刀すると、つぶれたカエルのような姿勢で固まっている須郷の頭に変化が起きた。

 

 彼の頭の毛が全てなくなったのだ。まるでかみそりで剃られたように丸刈りになった須郷は泡を噴いて倒れている。

 

 なんとも惨めで、あほらしい恰好だ。

 

「さてと、私の任務も完了したことだし。帰るか。このままではあらぬ疑いをかけられそうだ」

 

 彼女は折れた刀を回収し、自身が乗ってきた車に乗り込んだ。

 

 途中、正門前で明日奈の病室を見上げると、そこには明日奈と和人が外を見ている姿が見えた。

 

「葵、お前の仲間。確かに守ったぞ」

 

 椿はそのまま車を走らせて自宅へと帰っていった。




お疲れさまです。

とりあえずこれでALO編な主な話は終わりですね。
次回は後日談をしたりなんだりです。

いやー、なんかすごく長く感じましたねぇ。
ところで須郷さんはゲスくかけたでしょうか? ゲス分が足りなかったらすみません。私の技量不足です。

次回は先に言ったとおり、後日談をして、それなりにオリジナルを挟んでGGO編ですかね。GGO編はちょっと変更点があるかもしれません。
その後はキャリバー編がありますが、キャリバーは……アウストとか出なくてもいいんじゃないかと思ってます。その辺は萩月家のお話になるかもですね。またはレジェンダリーウエポンを取りに行くとか。萩月家で皆で合宿とか。とにかくお祭り騒ぎができればそれでいいです。
その後はいよいよ感動の話、マザーズロザリオですが、ここではツバキが主になります。原作でもアスナがメインみたいですからね。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。
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