ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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SAO追憶編
追憶編 一話


 七月も後半に差し掛かり、茹だるような暑さは連日のように続いている。朝起きてからしばらくすれば、セミの鳴き声が聞こえてくる。

 

「あぢー」

 

 そんな中、俺は家の縁側でソーダ味のアイスを咥えながら項垂れていた。なぜこんなところにいるかと言うと、自室のエアコンが見事に天寿を全うなされたようで、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。

 

 窓を開けても入ってくるのは生暖かい風のみなので、仕方なく一階で一番涼しい縁側に降りてきたのだが、ここも二階ほどではないにしろ、暑い。

 

 不意に風が駆け抜けた。風自体は生暖かいものの、一気に吹き抜けたからなのか、心地よい風だ。それに加えて、縁側には風鈴が飾ってあるため、涼やかな音と風の相乗効果でよりいっそう涼しく感じた。

 

「あー、こういうのはいいなー。風流だ……」

 

 夏の暑さの合間に見えるほんの一時の涼しさに、しみじみと呟くと、背後から「葵」と呼ばれた。

 

 見ると、そこには薄青色の浴衣に身を包んだ姉貴が悠然と立っていた。彼女はゆっくりとこちらに歩み寄ると、俺の隣に腰を下ろした。

 

「なんだよ」

 

「いや、特に理由はない。ただ、こうやって縁側で話すのも懐かしいと思ってな」

 

「あー……そういえばそうだな」

 

 姉貴に言われ、前にもこんなことがあったことを思い出す。

 

 確かアレはまだ俺たちが子供の頃、小学生になりたての頃だったか。両親が出かけていて、俺たちは華さんと一緒にこうやってベランダで涼んでいたのだ。あの時はまだ柊は生まれていなかったので、俺に椿、薊の三人だったが。

 

「あん時は確か、近くで花火大会やってて、こっからもチラホラ見えたよな」

 

「ああ。そういえば花火大会もそろそろだな。今度久々に行ってみるか。アスナ達も誘って」

 

「そりゃまた面白そうだ。今日辺り誘ってみるか」

 

「そうしよう。だが、とりあえずその話は置いておくとして、葵。懐かしついでだ、SAOのことを話してくれないか?」

 

「SAOの?」

 

「うむ。お前がどんな経験をして、どうやって変わることが出来たのか……。もっと知ってみたいんだよ。私は」

 

 表情がどこか得意げというか、にやけ気味なのはなぜだろうか。話終わった後に「ではそれを踏まえたうえで私と戦おう!」とか言ってくる気満々の気がする。

 

 ……けどまぁ、別に断る理由もないか。

 

「んじゃ、始めますかね。ちょっとした昔話を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 SAOがデスゲームと化してから一ヶ月が経った。ゲーム当初一万人いたSAOプレイヤーは、約八千人と数を減らしていた。最初の一ヶ月だけでおよそ二千人が死亡したのだ。中には自殺したものも含まれるという。

 

 が、このゲームを純粋に楽しんでしまっている俺にとっては、そんなことは大した問題でもなかった。無論、死の恐怖はある。だが、それよりも今は「楽しい」という感情が勝ってしまっているのだ。

 

 現に今も片手剣でモンスターと戦いながら薄い笑みを浮かべてしまっている。相手はレベル6の《ルイン・コボルド・トルーパー》だ。よくあるRPGで言うならばゴブリンのような相手である。

 

 攻撃を避けつつ、的確にコボルドの肉を裂いていく。赤いダメージエフェクトが入り、相手のHPバーが全てなくなったとき、コボルドは破砕音と共に崩壊していった。

 

「こいつで最後か。そっちはどうだ、マシュー」

 

「こっちも終わったでー。つか、アウスト。お前さん、戦うときに笑うのやめーや」

 

「やっぱりそうか?」

 

「そらそやろー。俺ッちは平気やけども、ハッキリ言って不気味やし、あんまり快く思わへん輩もおるやろ。面倒ごと避けたいなら、自重すべきやで」

 

 剣をしまいながら忠告されてしまった。まぁ確かにそういわれてみればそうかもしれない。

 

「ああ、そだな。そうしてみるよ」

 

「うむ」

 

 満足げに頷くマシュー。

 

 彼と出会ったのは、俺が《はじまりの街》から出て最初の村に到着した時だった。不意に話しかけられて、SAOのレクチャーをして欲しいと頼まれた。後々になって聞いてみると、俺がベータテスターだと見抜いたらしい。

 

 それから俺たちはつるむ様になり、今もこうしてパーティを組んで第一層の迷宮区へ向けて進んでいる。

 

「にしてもすまんなぁ、アウスト。俺ッちのせいで他のプレイヤーに遅れてしもうて」

 

「別に良いさ。急いで攻略したって良いことはない。のんびりしすぎるのもどうかとは思うけどな」

 

 談笑しながら森に入る。昼過ぎの森の中には木漏れ日が差し込み、暗さはあるが視界が悪いということもない。モンスターの影もないので、非常にのどかな雰囲気だ。

 

 けれど、不意に耳に甲高い金属音が入った。音の方角は俺たちから見て右手の方角だ。誰かがモンスターと闘っているのだろうと、最初は気にせずに素通りするはずだった。

 

 が、金属音と共に聞こえてきた声は、「うわっ!?」とか「うぐッ!!」とか、悲鳴にも似た声だった。

 

「ちょっとやばそうやない?」

 

 マシューもその声に気が付いたようで、なんともいえない表情をしている。俺もそれはなんとなく分かっていた。SAO内において、モンスターもまた攻撃を受ければ悲鳴を上げる。

 

 だが、先ほどから聞こえてくるのは、プレイヤーのものと思われる悲鳴が殆どを占めていて、モンスターの悲鳴は余り聞こえてこない。ということは苦戦しているということだろう。ここは第一層であるので、そこまで強いモンスターは出ないはずなのだが……。

 

「声からして女の子ってとこか? ……仕方ねぇ、加勢するぞ」

 

「お、アウストは女に弱いタイプかいな」

 

「ちげぇよ。ここまで気がついてんのに加勢しなくて死なれたら寝覚めが悪いだろうが」

 

「そらそやな」

 

 マシューもそれには同意したようで、俺たちは片手剣を抜いて声のする方へ向けて走る。

 

 茂みを掻き分けながら森の中を進むと、先ほど俺たちが闘ったコボルドと同系統のモンスターが、女性プレイヤーへ向けて鉈を思わせる剣を振りかぶっていた。女性と言っても、年齢は十四、五歳と言ったところだろうか。

 

 少女は尻餅をついていて避けられる様子がない。さすがにあの角度から剣が入ると、大きなダメージとなる。それと、先ほど聞こえていた少女の悲鳴から察するに、HPはイエロー一歩手前か、既にイエローに突入しているかもしれない。

 

 さすがに目の前でプレイヤーが殺されるのは、非常によろしくない。これが普通のゲームだったなら、見捨てていたかもしれないが、今のこのゲームはデスゲーム。ここでの死が現実の死に直結する。

 

 ……さすがに女を見捨てたとあっちゃ、男が廃るってな!

 

 速度を上げた俺は隣のマシューを振り切って、少女の前に躍り出る。そのままコボルドの剣を弾く。

 

 甲高い金属音と共に火花が散った。コボルドはいきなりの乱入者に動揺したような素振りを見せた。それを見逃さずに、コボルドの肩から胸にかけてを斬り付け、仰け反ったところに追撃を仕掛ける。

 

 それを二回ほど繰り返すと、コボルドの体にノイズが走り、その体はポリゴンの欠片となって砕け散った。

 

 毎度毎度思うことだが、この光景だけは妙に綺麗に感じる。

 

 モンスターを倒したことで得られる報酬を受け取ると、マシューと少女の方へ足を向ける。

 

「マシュー、そっちは問題ないか?」

 

「俺ッちは大丈夫やでー。まぁこの子は危ないトコみたいやったけど」

 

 彼の隣にいる少女は、呆けた表情をしており、俺やマシューのことを何度か見やっていた。

 

「アンタ、大丈夫か?」

 

 声をかけてから少女に手をさし伸ばすと、彼女は「う、うん」と返答に詰まりつつも手を握り返した。少しだけ力を入れて彼女を立たせると、少女は尻の辺りを軽く叩いた。

 

「あ、助けてくれてありがと!」

 

「礼はいいさ。ただの気まぐれだ」

 

「そんなこと言うてー。ホントは恥ずかしいだけやないのー? いででッ!?」

 

 マシューがなにやら言っていたので耳を抓っておいた。

 

「にしても、危ないトコだったな。あと少し俺たちが来るのが遅れてたら……」

 

「うん、間違いなく死んでたね」

 

 意外なことに彼女は冷静であった。生死を分けたかもしれないあの状況の後なのだから、もっと取り乱したり恐怖で震えるものかとも思ったのだが、存外タフなのかもしれない。

 

「あらためて、助けてくれてありがとう。何かお礼をしたほうがいいよね」

 

「いや、礼なんていいさ。なぁマシュー」

 

「そないなことよりいい加減抓るのやめてくれへんかなぁ!?」

 

 そうだった。何かを握っていると思ったら彼の耳だった。

 

 すぐに解放してやると、マシューは耳を摩ったあと俺を睨んできた。とりあえずそれを無視して俺は続ける。

 

「本当に礼はいいんだ。アンタを助けたのだって結構気まぐれだしな。偶々通りかかった時に苦戦してる声が聞こえたから加勢に入っただけさ。だから、ホラ」

 

 俺は先ほどのコボルドからドロップした小額のコルと、素材をオブジェクト化させて彼女に差し出す。

 

「これ返す。元はといえばアンタが相手にしてたモンスターだからな。横取りみたいなことして悪かった」

 

「い、いいよ別に! それに闘ってはいたけど、アイテムとかのドロップを狙ってたわけじゃないし」

 

 彼女は俺の手を押し返してアイテムの受け取りを拒否した。まぁ、本人がいらないというならばこれ以上余計なことはすまい、と俺はオブジェクト化させたアイテムを戻してアイテムウィンドウを閉じた。

 

「にしても、お前さん女一人でここまで来たんか?」

 

「そうだけど……何か変だったりする?」

 

 マシューの問いに彼女は怪訝な表情をしながら首をかしげた。

 

「いんや、別に変とは言わへんけども。ただ、アンタみたいなんはパーティ組んどるもんかと思うてな。アウストもそう思うやろ?」

 

「まぁ、な。アンタの戦い方、明らかに戦いなれてないって感じだったし」

 

 実際この言葉は変なところがある。俺のようなベータテスターでもない限り、VRMMOで闘うのは殆どの連中が始めてだろう。

 

 だから、彼女が闘い馴れていないのは当たり前なのだ。現実世界でスポーツをやっていたとしても、瞬発力と反射神経だけでは戦えない。

 

 彼女の戦い方をただ一言で言い表すとすれば……。

 

「ただ闇雲に闘ってきたのか、アンタ」

 

 言うと、彼女は一瞬だけ肩を震わせて苦笑いを浮かべる。

 

「あー……わかっちゃう?」

 

 どうやら図星だったようだ。彼女は頬を掻いたあと、少し悩んだ様子であったが、静かに語り始めた。

 

「えっと、初めて会った君達にこんなこと話すのも変かと思うんだけど……。私ね、はじまりの街から出てきたの最近なんだ。最初は怖くて、他の皆と同じように外から助けがくるのを待ってた。でも、塞ぎこんでる時に、なんか違うなって思ったの」

 

「違うってなにが?」

 

「現実世界の私と、ここにいる私。どっちも同じ私のはずなのに、こっちの私は怖さでガタガタ震えてるだけ。でも、現実世界にいたときの私は、怖いことがあっても、不安なことがあっても立ち向かってた。そのギャップに嫌気がさしたんだよ。いつまでもウジウジ腐ってるのも馬鹿らしくなってきたから、もうこうなったら『ゲーム攻略してやろうじゃない!』って思ったわけ。で、街から出てきたはいいけど、なにせVRMMOなんて初めてだから、色々難しくてさ。教えてもらおうにも、皆街から出て来ようとしないから、今まで一人でやってきたってわけ。さっきだってこれからどうしようかなーって思ってたし」

 

 苦笑交じりに彼女は自身がここまで来た経緯を話してくれた。マシューは肩を竦めていたが、俺は内心でかなり芯の強い少女だと思った。同時に、無謀すぎるとも思った。

 

 だからなのだろうか。俺が思いがけずこんな言葉を漏らしてしまったのは。

 

「……だったら、俺らと一緒に来るか?」

 

「え?」

 

「あぁいや、変な意味はないぞ。ただ、戦い方が危なっかしくて見てらんないんだ。このまま放っておいたら必ず死ぬだろうしな。そうなったらここで助けなかった俺の寝覚めが悪くなる。だから、しばらく俺らにくっ付いて来れば、一人前には戦えるようになると思っただけさ」

 

 言い出してしまったら止まらなかった。なぜこの少女にここまで肩入れするのかは、自分でも分からない。けれど、気に入ったのだと思う。彼女の真っ直ぐというか、自分に正直な生き方に。

 

 ……俺とは、まったく違う感じだしな。

 

 現実世界での自分と照らし合わせてみると、本当に彼女は自分とは真逆の存在と思える。そんな彼女だからこそ興味を惹かれたのだろう。

 

「アウストはこう言っとるけど、どないする? 俺ッちはいっこうにかまわへんけど」

 

 マシューも彼女に問う。別にここで彼女が断っても構わない。選択するのは彼女自身だ。俺たちが下手に口を出すことではない。

 

 彼女は口元に手を当てて考える素振りを見せると、俺たちの顔を交互に眺めてから頷いた。

 

「うん。それじゃあ、二人について行くよ。二人とも、下心と全然なさそうだし」

 

「下心って……その気はないって言ってんだろ。第一、ハナッからその気なら、アイテムをアンタに返そうなんてしないっつの」

 

「わかんないよー? 優しい顔して近づいてくるゲス男はいっぱいいるからね。まぁでも、二人はそんなこと微塵も考えてなさそうな顔だから安心したよ。良い人なんだね、アウスト君とマシュー君は」

 

「わかってもらえたようで何よりだ。あと、アウスト君ってのはやめてくれ。君付けさん付けは性にあわねぇ。呼び捨てでいい」

 

「俺ッちも呼び捨てで構わへんでー」

 

 俺たちが言うと、彼女は頷いた後に自身の胸に手を当てる。

 

「それじゃあ、私も自己紹介ね。ヨミっていうの。改めてよろしくね、アウスト、マシュー」

 

 そうしてヨミは握手を求めてきた。俺とマシューはそれに答えてから彼女とフレンド登録して、パーティ申請を行った。これでお互いの生存やHP、アバターネームが見えるようになった。

 

「んじゃ、ぼちぼち行くか。初心者のレクチャーも兼ねてな」

 

「お願いしまーす」

 

 とりあえず目指すべきは、第一層のボスが潜む迷宮区に一番近い町《トールバーナ》だ。俺はマシューをゆったり進んできたので、早いヤツらならもうそろそろ到着している頃だろう。

 

 トールバーナがある北を目指して、俺たちは話をしながら森を進む。話と言っても、リアルでの話ではなく、ゲーム内での話だ。まぁその大半はヨミに対するレクチャーが占めていたが。

 

 無論ただ話しているだけではなく、何度か戦闘を行った。主に、俺とマシューがヨミに対して、立ち回りを解説しながらだったので、非常に長い時間を使った。そして、森を抜ける直前の戦闘の後、ふとヨミが問う。

 

「ねぇねぇ、アウスト。ちょっと聞きたいんだけど、いい?」

 

「俺の知ってる範疇であれば答えるぜ」

 

「うん。この辺りのモンスターってはじまりの街近くのモンスターと違って、二足歩行するヤツが多いけどなんで? あと、第一層のボスってどんなヤツ?」

 

「順に説明していくと、この辺は周りを見て分かるとおり、チラホラ人工物っぽいもんが転がってるだろ。だからここら辺は自然に侵食された遺跡って感じのフィールドなんだ。ただのRPGなんかでも、遺跡にいるのは骸骨の兵士だとか、オークだとかゴブリンだとかが多いだろ? それがこのゲームだとコボルドだって話だ。因みに言っとくと、はじまりの街の周りの草原フィールドから、北西に行くとここよりももっと深い森があって、北東には湖とか沼が広がってる。んで、そこを抜けると、この辺と似通った遺跡があったりする。それぞれフィールドにあったモンスターが出るように設定してある。湖沼地帯なら魚みたいな鱗のあるヤツとか、トカゲみたいなヤツとかな」

 

「あー、そういう感じなわけねー。じゃあ、他の遺跡にもコボルドが出るの?」

 

 首をかしげて聞いてくるので、一度頷いてから答える。

 

「ああ。一層はコボルドが多い印象がある。特に迷宮区にはコボルドしか出ない。まぁそれはフロアボスが関係してるんだけどな」

 

「フロアボスが?」

 

「第一層のフロアボスの名前は《イルファング・ザ・コボルドロード》。言っちまえばコボルド達の首領だな。確か、イルファングの周りには《ルインコボルド・センチネル》っていう鎧着込んだちょっと上級のコボルドが出てくる。だからコボルドの首領なわけだ。因みに、イルファングは結構でかい」

 

「なるほどねー。攻略するなら何人くらい必要なの?」

 

「三十人から四十人いれば充分かもな。でもこれは、充分な装備と、充分な戦闘経験がある奴らを集めた場合な」

 

「ようするに、ベータテスター三十人から四十人で挑んだ方が危険がないっちゅうわけやな」

 

 マシューの言うとおりである。俺が言ったのは、ベータテスターがそれだけ揃った状態なら、無理なくクリアできるだろうという希望的観測だ。

 

 つまり、もし先ほどの数がベータテスター十人、そうでないプレイヤー三十人だった場合は、非常に危険である。

 

「もしもだけど、ベータテスターが誰もいない状態で挑んだら……?」

 

 やや顔が引き攣ったヨミが不安げに聞いてきたが、俺はそれに容赦なくきっぱりと言った。

 

「最悪の場合は全滅。よくて五人から十人が生き残るくらいだろうな。運がよければそれ以上が生き残るかもしれねぇけど。まぁ俺たちはまだまだ相手にすることはないから、その辺は安心していいぜ」

 

「せやなー。ヨミのこともあるし、俺ッちかてまだまだやし。けど、このゲームに閉じ込められてるうちは、いつかはフロアボスとも戦うわな」

 

「ああ。絶対に戦うことになる。ヨミ、もしもそれが嫌なら……」

 

「はじまりの街に引きこもってろって言うんでしょ? 嫌だよ、あそこで縮こまってるのは。だから、覚悟はあるよ」

 

 ヨミの瞳には、若干の不安の色があったものの、完全に恐怖しているわけではなさそうだ。寧ろ、「やってやる」という強さがあった。

 

 ……強い女だ。

 

 その姿はどこか俺の姉を髣髴とさせる。あの人の場合は強すぎるのだが……。

 

「じゃあここで強敵を相手にするときの心構えを教えといてやろう。フロアボスにも通じることがあるから、よく聞いとけよ」

 

 俺の声にヨミは首をかしげ、マシューは怪訝な表情をした。

 

「絶対に相手に雰囲気に呑まれるな。フロアボスなり、他の中ボスなりは、体がでかくて、顔も凶悪だ。いくら怖くても、自分の魂を鼓舞し続けろ。そうすれば、怖くなんてなくなるさ。って、これはある人からの受け売りなんだけどな」

 

 ややくさめの言葉を言ってしまったので、二人には笑われるかと思ったが、返ってきたのは意外にも失笑などではなかった。

 

「……魂を鼓舞し続けろ、か。良いこと言うねその人」

 

「確かになぁ。アウスト、それって憧れの人だったりするん?」

 

「憧れ……まぁそうかもな。あの人は、いつも俺の先を歩いてて、いつもかっこよかった」

 

「それ詳しく聞かせてみー?」

 

 ニヨニヨと下品に笑うマシュー。なんとなくその顔がムカついたので、とりあえず裏拳を叩き込んだ。

 

「バッ!?」

 

「オンラインゲームでリアルの話をするのはマナー違反だ」

 

「けちー」

 

「ケチで結構。ほれ、日が暮れる前に適当な村に行くぞ。夜は夜で面倒くさいからな」

 

 俺は肩を竦めたあと森を抜けるために歩き出す。ここをもうしばらく進めば、小さな村にたどり着く。村に着けば、ある程度の休憩は出来るはずだ。そこから更に進めば、いよいよフロアボスの待つ迷宮区だが、ヨミもいることだし見送ることになるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「ほい。これで第一層の目立った話は終了」

 

「もうか?」

 

 アイスを食べきったので、棒を近くのゴミ箱に投げ入れながら言うと、姉貴は怪訝な表情をした。

 

「フロアボスの攻略はどうした?」

 

「だから、話しただろ。ヨミはまだ初心者の域を出なかったし、準備が不充分だった。しばらくはレベル上げだったよ。そんなことばっかりしてたら、いつの間にかキリト達が第一層のフロアボスを攻略してたってわけ」

 

 肩を竦めながら言うと、姉貴は詰まらなそうに小さな溜息をついた。が、すぐに頷くと、続き話せというように掌をこちらに向けた。

 

「まぁまだ七十四層分残っている。さぁ話せ」

 

「やっぱりかよ。けど、流石に今日一日で全部は無理だぞ。最低三日はかかるかも」

 

「構わんさ。あと、お前が必要ないと感じた話は端折ってくれていい」

 

「りょーかい。あーぁ、長くなりそうだまったく……」

 

 溜息をつきながらも、俺は再びSAOの追憶を始めた。




お待たせしました。
とは言っても追憶編です。これはそこまで連続で投稿するわけではありません。ちょいちょい小出しにしていく感じです。
なので、次回からはGGOの前日談をするかもしれません。

また、今は忙しい時が多いので、投稿が行き詰るかもしれませんが、それでも続くけては行くので、がんばりたいと思います。


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