ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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第四話

 オレがダルそうにヨミの名を呼ぶと、彼女は凄まじい速さでオレの眼前に現れ、人差し指をビシッと突きつけてきた。

 

「なんか用かよじゃないでしょうが。まったくしばらく連絡も要れずに何やってたの」

 

「うっせ、んなもんオレの勝手だろうが。第一オレのやる事成す事逐一お前に報告する義務はねぇだろ」

 

 嘆息気味に言ってみるがヨミは睨みをきかせながら忠告するように告げて来る。

 

「あのねぇ別にアタシに逐一報告しろなんていってないでしょ。アタシが言いたいのは少しは生き残ってるって連絡しなさいっていってんの」

 

「同じことじゃねぇか! ったく、お前はオレの母さんかってぇの」

 

「アンタが連絡しないのが悪いんでしょーが! フレンドなんだからいつでも確認できるけど、少しはコミュとりなさいよね」

 

「ヘーヘー、わかりましたよー」

 

 唇をとがらせ気味に言うとヨミは「なによまったく」と言いながら腰に手を当ててプンプンと怒っていた。

 

 しかしそこでオレの耳にヒソヒソと囁く声が聞こえたので聞き耳を立ててみる。

 

「おい、あそこにいんのって《宵闇(アーヴェント)》と《紅玉(ルヴィア)》だよな」

 

「なんかすげー言い合いしてるけど攻略でもめてんのか?」

 

「いいや。なんか痴話喧嘩っぽいぜ。やっぱあの噂って本当だったんだな。宵闇と紅玉がデキてるって」

 

「マジかよ!? 俺、ヨミさん好みだったんだけどな……」

 

 どうやら集まってきたギャラリーの声だったようだ。周囲を見回してみるとオレ達を中心にドーナツ状の人の壁が出来ていた。まぁ広場のど真ん中であれだけ派手に言い合いをしていれば注目されるのは当たり前だ。

 

 仕方ないのでオレは大きなため息の後、ヨミの首根っこを引っ掴んでそのままずるずると人気のない場所まで引っ張っていった。途中ギャラリーの連中に冷やかされたが、そんなもん知るか。

 

 やがて適当な裏路地まで来たオレはヨミを解放して今一度ため息をついた。

 

「ヨミ、あんな目立つところでデッケー声だすな」

 

「それはアンタもでしょーが」

 

「いいや、お前が先に「見つけた!」とか言わなければ良かったんだよ」

 

「あ、あの時はしょうがないじゃん。つい大きな声が出ちゃったんだってば」

 

「……今度からは気ィつけろよ。お互いもう目立っちまうんだからな」

 

 伏し目がちに言うと彼女もそれを理解したのかちいさく頷いた。

 

 さっきも呼ばれてはいたが、オレとヨミにはそれぞれ二つ名がついてしまっている。いつから付き始めたのか、これはオレもヨミも記憶があいまいだ。一年ぐらい前だったかも知れないし、半年ぐらい前だったかもしれない。

 

 オレは服装と使っている片刃大剣の色からとって宵闇。夜は黒というより深い藍色だからだそうだ。ヨミは使っている片手用直剣の鍔の部分にルビーのような宝石が輝いているからそのまま紅玉とのことだ。

 

 まぁトッププレイヤーの宿命とでも言うのだろうか。昨日会ったアスナも《閃光》などと呼ばれているし、彼女が在籍するギルド、《血盟騎士団》の団長の二つ名は《聖騎士》だ。

 

「それでオレを探しまくってたみたいだけど、何のようだったわけだ?」

 

「別に深い理由はないんだけどさ、ただ久々に一緒に迷宮区攻略しに行かないかなーって思って」

 

 やや頬を赤らめながら言うヨミだが、なぜそんなに頬を染める必要があるのだろう。さっき人に見られた恥ずかしさが今更こみ上げてきたのか。

 

「迷宮区ねぇ……あ、そうだ。だったらマシューに取ってきてくれって言われたアイテムとか素材があるからそれでも一緒に取りに行くか?」

 

「それって七十四層?」

 

「ああ。リザードマンの皮、爪、牙、鱗をそれぞれ十個。あとはデモニッシュ・サーバントからドロップするガイコツの粉に頭骨、あとは剣とかを十五個。その他迷宮区で取れたものは全部くれって」

 

「ふぅん、まぁいいわ。というかマシューのやつ本当に商人プレイヤーになってきたわね。一年前までは攻略組みだったのに」

 

 若干呆れも孕んだ嘆息を漏らすヨミに対し、オレも小さく頷いた。

 

「そんじゃ適当にアイテム揃えて軽くなんか食ったら出発するか。今は零時四十五分だから……一時半には迷宮区に着くだろ」

 

 時間を確認しながら言うとヨミは「はりきっていこー!」と一人で盛り上がっていた。

 

 

 

 

「せぇぇぇいッ!!」

 

 凛とした気合の声と共に振りぬかれた黒と赤の片手剣がガイコツの闘士の身体を抉り、赤い光りが花を咲かせる。

 

 オレ達二人は今七十五層の迷宮区にいる。時刻は午後三時半。

 

 目の前ではヨミが奮闘を続けているが、オレは《スイッチ》要因らしく、ここぞという時にしか声はかけられない。

 

 アルゲードで適当な買い物を済ませ、七十四層の迷宮に到着したのは予定していた時刻よりもやや遅い一時四十分であった。理由とすればヨミがアルゲードの商人プレイヤーに対して値切りの交渉をしていたのが主な原因である。

 

 その際「金にがめつい女は嫌われるぞ……」と聞こえないぐらいの小声で言ったのだが、どうやら聞こえたらしく盛大に尻を蹴られた。続けて「暴力女はもっと――」と言おうとしたら今度は顔面に拳がめり込み壁に叩きつけられた。

 

 結果それにビビッた店主が値段を下げてくれたので、値切りは成功といえば成功なのだろうが、どうにも腑に落ちない。

 

「あれリアルで喰らったら相当痛いんだろうなぁ……マジキツイわ」

 

 オレは前方でデモニッシュ・サーバントと戦闘を行っているヨミの背を見ながら言うが、彼女は戦闘に集中していて聞いちゃいない。

 

「なぁにボサッとしてんのアウスト! 《スイッチ》行くよ!」

 

「あいあい」

 

 声高々に宣言してくる彼女に対しオレは肩を竦めながら今日新調したばかりの片刃大剣、《ズィーゲルゲシュペンスト》を肩に乗せる。鍔に巻きつけられた鎖がガシャン! と音を立てた。

 

 真新しい武器での戦闘はなかなか気分が高揚するもので、オレの胸は少しだけ高鳴っていた。

 

 などと考えていると、ヨミがデモニッシュ・サーバントに大きな隙を作り、オレにチラリと視線を送ってきた。彼女の意図を理解したオレはすぐさま中断に大剣を構える。同時にソードスキルが発動し、刀身を青黒い光りが包んだ。

 

 オレは足に力を込め、地面が抉れるのではというほど踏み込んだ。そしてソードスキルが発動された。両手剣用の上段ダッシュ技の高レベル剣技《アバランシュ》だ。

 

 《片刃大剣》は両手剣からの派生のスキルなので、普通に両手剣スキルも扱えるのだ。だがこの技はこのようにモンスターを相手取り、パーティがいるときにスイッチを決める際はいいのだが、対人戦の《デュエル》時には大きな隙が出来るので大して使えない技だ。

 

 クリーンヒットした攻撃によってデモニッシュ・サーバントの身体は輝くポリゴンの欠片となって宙を舞い、オレとヨミの前にそれぞれ経験値とコル、そしてドロップしたアイテムが表示されたウィンドウが展開された。

 

 それを処理して大剣を背中に背負い込んだところで、同じく片手剣を鞘に収めたヨミが労いの言葉をかけてきた。

 

「おつかれー。今のドロップで全部集まった?」

 

「ああ、いまので頭骨が出たから揃ったぜ。というか、お疲れなのはオレじゃなくてお前だろ。殆ど前線で戦いやがって」

 

「アハハー、まぁ結果オーライってことでいいんじゃない? じゃあアイテムも集まったことだしアルゲードに戻ってマシューに届けに行こうよ」

 

 頬に冷や汗というかばつの悪そうな汗を浮かべながら言う彼女に対し、オレは小さく笑みを零す。まったく、こういうところは初めて会ったころから変わっていない。だが、それが彼女のいいところであるのかもしれない。

 

「いいや、マシューのヤツは別のところに品を集めにいってるらしいから、今日はやめておこうぜ。明日オレがとどけっから……今日はエギルのとこでも寄っていくか」

 

「お、いいねー。まぁた阿漕な商売してんだろうケド」

 

 カラカラと笑うヨミにオレもクッと笑う。すると、それを見ていたヨミが満足したように「うん」と頷いた。

 

「やぱりアウストは何にも変わってないね。ちょっと安心した」

 

「なんだよ安心したって」

 

「ホラ、もう三ヶ月くらい会ってなくってメッセ送っても素っ気ない返事しか返してくれないからさ……。私嫌われちゃったのかと思って」

 

「ハッ、別に嫌っちゃいねぇよ。ただ一緒に行動する機会がなかったってだけだ。それにそんなに言うんだったらメッセで言えばよかったじゃねぇか」

 

「それはホラ、ちょっと気恥ずかしいじゃん」

 

 そういう彼女は本当に恥ずかしげに指を絡めてモジモジとしている。いつもこれぐらいおとなしければかわいげがあるのだが、まぁそれを望むのは無粋という者だろう。

 

「そういうもんかねぇ。女の子の精神ってのはわからんわ」

 

「アウストには一生理解できなさそうだもんねぇ。デリカシーもないし」

 

 などと他愛ない話をしながらオレ達は七十四層の迷宮区を後にした。

 

 迷宮区を出てそのまま主街区のカームデットまで戻って転移門からアルゲードに戻ろうとしたのだが、ヨミが殆ど最前で戦っていたことを思い出し、オレはヨミに向かって転移結晶を放った。

 

「これ、転移結晶だけど、いいの?」

 

「ああ。ストックは十分あるし、特に問題はねぇ。それにお前結構疲れてるだろ」

 

「……」

 

 オレに声にヨミは一瞬キョトンとしたが、すぐに吹き出して笑みを浮かべた。

 

「あんだよ」

 

「んー、なんでもないよ」

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべている彼女に対し、オレは肩を竦めた後転移結晶を使い、アルゲードへと転移した。

 

 オレがアルゲードに到着してすぐにヨミが隣に転移してきた。それを確認した後、オレ達はエギルの経営する店へと歩みを進めた。

 

 エギルの店はアルゲードの中央広場から西に伸びた目抜き通りを数分歩いたところにある。マシューの店よりは奥まったところにはないが、周囲の店の怪しさもあり混沌とした雰囲気は否めない。

 

 中を覗くと、マシューの店と同じように棚や壁に所狭しと武器や防具、アイテム類が詰め込まれているが、店の明るさはこちらのほうが上だ。

 

 そしてそんな店の店主はというと、現在カウンター越しに黒衣の剣士の少年と商談をしているようだ。横にいたヨミも黒衣の少年に気が付いたようで声を上げた。

 

「あれ? キリトじゃん」

 

「みたいだな。なんかレアアイテムでもドロップして売りに来たかね」

 

 予想を立てつつオレは店の中に入って店主のエギルと黒衣の少年に声をかける。

 

「よう、なんの商談してんだお二人さん」

 

「おぉ、アウストじゃねぇか。それにヨミも」

 

 浅黒い肌の禿頭の大男、エギルは人の良さそうな笑みをオレ達に向け、彼と商談していた黒衣の剣士も軽く手を挙げてきた。

 

「元気そうだなキリト。相変わらず真っ黒だけど」

 

「それはお互い様だろ。お前だっていつも藍色じゃないか」

 

 黒衣の剣士ことキリトは呆れ気味に言ってくる。

 

 彼もまたオレやアスナ、ヨミのように攻略組のトッププレイヤーだ。知り合ったのはこのゲームが始まって一ヶ月と少し経ったくらいだったか。ヨミやマシューも確かそのあたりだった気がする。

 

 キリトは呆れ気味に言ってくるが、全身真っ黒黒助よりは多少は青いオレのほうがマシだ。これは絶対。

 

「それで二人は何の話をしてたわけ?」

 

 いつの間にかカウンターに腰掛けたヨミがエギルとキリトに問うと、二人は視線を交わした後告げてきた。

 

「実はさ、さっきまで七十四層の迷宮区に潜ってたんだ。それで帰りに森の中をあるってたら、《ラグーラビットの肉》を手に入れたんだよ」

 

 後頭部をポリポリと掻いているキリトだが、カウンターに座っていたヨミは目を丸くしていた。

 

「ラグーラビットの肉って確かS級のレアアイテムじゃん!? しかも超極上食材!」

 

「ああ、そうなんだけどオレやエギルじゃあ料理スキルを上げてないから焦がしちゃいそうでさ、換金しようとしてたところなんだ。アウストやヨミは料理スキルは?」

 

 掌をこちらに投げかけるようにしていってくるキリトに対し、ヨミとオレはそれぞれ首を横に振る。

 

「アタシも少しは上げてるけど、S級を扱えるまでじゃないわねー」

 

「そもそもオレが料理スキルを上げているとでも思ったか?」

 

「……だよなぁ」

 

 キリトはがっくりと項垂れながら呟くが、オレは小さく笑みを浮かべて彼に告げた。

 

「けどよ、オレらのごく身近に一人いるだろ。S級食材を調理できそうなヤツが」

 

「……あぁ、なるほど」

 

 オレの言葉にキリトも思い出したのかポンと手を打ち鳴らした。そしてその瞬間、エギルの店に件のシェフが顔を出した。

 

「こんにちわ……ってすごく揃ってるわね」

 

 入ってきたのは赤と白の剣士、アスナだった。彼女の後ろには痩せた長髪の男がいる。年齢は二十代後半と言ったところだろうか。装備品の配色からいってKoBのメンバーで間違いない。アスナはKoBの副団長も務めているので彼女の護衛というのが妥当か。

 

 しかしその視線は何処となく怪しい。

 

 ……考えすぎか。

 

 オレは男から視線を逸らしてアスナに向き直る。アスナはヨミとハイタッチをしてからキリトに向き直った。

 

「それで四人で何を話してたの? 食材がどうこうって聞こえたけど」

 

「ああ。実はラグーラビットの肉をゲットしてさ」

 

「ラグーラビット!?」

 

 キリトの言葉にアスナは身を乗り出して彼に問うた。キリトもそれに頷くとアイテムウィンドウをアスナに見せて証拠を見せる。

 

「それでこれを調理できる人を探してたんだけど、アスナの料理スキルは今どの辺だ?」

 

「ふふん、聞いて驚きなさい。先週、《完全習得(コンプリート)》したわ」

 

 得意げに言う彼女にその場にいた殆どが驚きをあらわにしたが、オレは冷静に突っ込みを入れてしまった。

 

「……バカじゃねぇの?」

 

 言った瞬間、アスナの足が呻りをあげて鳩尾に叩き込まれそうだったのでそれを回避。

 

「いきなり蹴りとははしたないぜアスナ嬢」

 

「バカって言う方が悪いです。というかそんな私にお世話になってる人がよく言えますね」

 

「そいつは勘弁。率直な意見が出ちまっただけだ。悪気はねぇよ」

 

 肩を竦めるとアスナは若干不服そうながらもキリトの話に耳を傾けた。

 

 その間、オレはエギルに対してトレードウィンドウを開いて話をつける。

 

「エギル。コイツら総額でいくらになる?」

 

「んーそうだなぁ……四〇〇〇……いや、四二〇〇コルってとこだな」

 

「そうか、じゃあそれで買い取ってくれ」

 

「おう。というか、お前もよくアイテムを換金してるけどよぉ、なんか必要なものでもあるのか?」

 

 トレード完了のボタンをタップしながら聞いてきたエギルに対し、オレは短く「まぁな」と答えておいた。キリトとアスナの方も交渉が終わったようで、どうやら二人でラグーラビットを半分に分けるという形になったようだ。

 

 そのとき、オレはそんな二人を見ていたヨミが物欲しそうな目をしているのに気が付いた。大方ラグーラビットを食って見たいと思っているのかもしれない。

 

 けれど実際にそう思っていたとしても変ではない。なぜならSAO内での極上食材であるラグーラビットが食えるのだ、いつもの簡素なスープやパンなんて足元にも及ばない。それに今回は料理をするのがスキル熟練度を限界まで引き上げたアスナなのだからなおさらだ。

 

 彼女のものほしそうな瞳にやや溜息をつきながらオレはキリトとアスナに話を持ちかける。

 

「なぁお二人さん。もう一ついい情報があるんだが聞いてかねぇかい?」

 

「いい情報?」

 

 小首をかしげたアスナがこちらを向いてきたので、オレはアイテムウィンドウを展開してアスナにそれを見せる。

 

 必然的に皆ウィンドウを覗き込むが、次の瞬間全員が息を詰まらせた。

 

「こ、これってラグーラビットと同等の《ローストバイソンの肉》じゃないですか!? しかも二つ!?」

 

「ああ。四日くらい前に七十層の平原を歩いてたら偶々あったんでぶった切ったらドロップしたんだ。あぁ腐ってはいないから安心しろよ。保持期間はあと一日あるし」

 

 その証拠にアイテムウィンドウの《ローストバイソンの肉》のステータスには『保持期間残り一日』と表示されている。

 

「そんで提案だ。そちらさんのラグーラビットとオレのローストバイソン、どっちもアスナに料理してもらってここにいるヨミも入れて四人で食おうじゃないか。もちろん嫌なら構わない」

 

 オレが二人に向かって言うと、アスナはキリトに対して視線を向け、キリトも観念したように小さく頷いた。

 

「わかりました。それじゃあそんな流れで行きましょう。皆でシェアする感じで」

 

「そうか、ありがとよアスナ」

 

 アスナに軽く礼を良いアイテムウィンドウを閉じると、ヨミがチョイチョイと腰マントを引っ張ってきた。

 

「あんだよ」

 

「えっと……ありがと」

 

「なんのことやら」

 

 口角を僅かに上げたオレは小さく息をついた。ヨミはその後何も言わなかったが、口元は嬉しそうに緩んでいた。

 

 しかしそこで耳障りな男の声が聞こえた。

 

「あ、アスナ様! こんなスラムに足を運んだのも危険だというのにそのような者達をご自宅に招くなど!」

 

 声発したのはアスナの護衛と思しくKoBの男だった。言動からして随分とアスナに執心のようだ。

 

 どうやらアスナがオレ達をセルムブルクの自宅に招いて料理を振舞うのが許せないらしい。

 

「この人たちは信用に足る人物です。それに全員貴方よりもレベルが十以上は上よ、クラディール」

 

 クラディールと呼ばれた男はその痩せた顔に汗を浮かばせながら食い下がる。

 

「し、しかし! 同じ女性プレイヤーである《紅玉》ならまだしも。そのような素性の知れない真っ黒野郎と、よりにもよってビーターの《宵闇》も連れて行くことはないでしょう!」

 

 酷い言われようだ。別にビーターといわれて不快な気分にはなりはしないが、言われて気持ちが良いものかといわれるとそうではない。

 

 クラディールはオレの事をその窪んだ目で睨んでくるが、すぐにキリトのほうに向き直って思い出したような顔をした。

 

「そうか、手前もビーターだな! アスナ様! いいですか、コイツやそこの宵闇は自分さえ良ければいいような連中です。貴方がかかわるような相手じゃない!」

 

 ヒステリックな声を上げながら言うクラディールがアスナの名前を連呼するせいで店の前に人垣が出来始めていた。こうなると店主のエギルも大変だろう。

 

 店の外を確認したアスナはクラディールに対して大きなため息をついてからはっきりとした声で告げた。

 

「ともかくこれはもう決めたことです。貴方はもう帰りなさい」

 

 流石に副団長にはっきりといわれてたじろいだのか、クラディールはくぐもった声を上げた。

 

 アスナは一度こちらに目配せをした後、キリトのコートの腰ベルトを引っ掴んでそのままずるずると引き摺っていった。それに続いてオレ達も外へ出て行こうとするが、そこでエギルに呼び止められた。

 

「な、なぁアウスト。俺たちも長い付き合いだろ? 少しはおごってくれたり……」

 

「あとで取れたらそん時はアスナに頼んでもらうさ。じゃあなエギル、店がんばれよー」

 

 それだけ言い残すとオレとヨミは店を出て行ったアスナとキリトを追いかけた。

 

 しかし、オレは店から出て二人の後を付いていく時、背後のクラディールの視線に不吉なものを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 セルムブルクのアスナの私邸にて振舞われた料理は『美味』の一言だった。現にオレ達の目の前には空になった皿や器がいくつも並んでいる。

 

「いやー……食った食った……」

 

「今までがんばって生き残っててよかったー」

 

「確かに……」

 

「同感だ」

 

 口々に感想を言うオレ達は皆腹部を摩っていた。確かにS級食材といわれるだけのことはあり、ラグーラビットのシチューは肉がホロホロと解け、ローストバイソンのローストビーフは肉汁が凄まじかった。

 

 そのまましばらく余韻に浸っていると、お茶が準備され始め食後のティータイムが始まり、しばらく談笑していたが段々と七十四層のボス攻略の話になってきた。

 

「それで後数日のうちにはボス部屋までがマッピングされると思うんだけど、アウストさんやヨミさんは明日何かあったりします? あとキリトくんも」

 

「明日はマシューのとこに今日集めたアイテムを届けに行こうと思ってるけど、そこまで急ぎじゃないぜ」

 

「アタシも暇だよー」

 

「俺も特に予定は立ててないな」

 

 三人の答えにアスナは思い至ったように「うん」と頷くと笑みを浮かべながら告げてきた。

 

「それじゃあ明日皆でパーティーを組んで七十四層の迷宮区に行きましょう。一応私にはボス攻略の時のパーティー編成の責任者としての義務がありますから、皆の力がどれほどのものなのか把握しておかなければならないので」

 

「大変だねぇKoBの副団長は」

 

 アスナの言葉を冷やかすようにオレは言ってしまうが、別段悪気があって言っているわけではない。

 

 だがそこでキリトが難しい表情をしながら告げた。

 

「でもさ、そんなこと今更確認しなくてもいいんじゃないか? それに俺の場合、パーティメンバーが助けというよりも邪魔にな――」

 

 彼がそこまで言いかけたところで、オレとアスナ、ヨミの手がそれぞれ動いた。

 

 アスナは細剣のソードスキル《リニアー》。ヨミは片手剣を首筋へ。オレは片刃大剣をキリトの腹部に押し当てた。

 

 三者三様の強烈な対応に、キリトは表情を強張らせ頬を汗が伝った。

 

「――わ、わかったってば。あんた達は別だ」

 

 その言葉にそれぞれの得物を収めた。

 

「あれ、でもアスナ。あのクラディールとか言う護衛はどうすんの? あの様子じゃあ食い下がらないでしょ」

 

「そこは何とか言っておいてきます」

 

 腰に手を当てて言うアスナにオレたちはそれぞれ頷き、キリトが意を決したようにオレたちに言ってきた。

 

「じゃあ明日の朝九時。七十四層の転移門の前に集合でいいか?」

 

 キリトの提案にオレは「ああ」と短く答え、ヨミとアスナも納得したように頷いた。

 

 

 

 

 

 それから明日の予定を再確認した後、アスナの家から出たオレは自宅へ戻るための家路についていた。だが、オレの家はアスナの家の逆方向にあるので、今はキリトとヨミと共に歩いている。

 

「にしても、まさか四人でパーティーを組むことになるとはねぇ」

 

 しみじみと言った態度で呟くと、キリトが小さく息をついた。

 

「俺的にはアウストがセルムブルクに家を持ってたって方が驚きなんだけどなあとは、S級の食材を二つも手に入れてるところとか」

 

「昔からラックは高いんだよなぁ。あとセルムブルクに住んでるって言ってなかったっけか?」

 

「言われてないよ」

 

 呆れ気味な声を漏らされたがオレは特に気にすることはなかった。

 

「まぁそんなことよりも、さっきいたアスナの護衛。クラディールって言ったっけ? 二人はアイツのことどう思う?」

 

「どう思うったってなぁ……。嫌な感じとしか言いようがねぇだろ」

 

「ああ。俺もあんまりいい気はしなかった」

 

 ヨミの問いにオレとキリトはそれぞれ思ったことを口にする。というかあの男の絡みつくような視線と、悪意を孕んだ言葉、険悪なムードから言って危険な感じがしない方がおかしいだろう。

 

 だがオレはああいうヤツの目を過去に見たことがある。オレが七歳の頃、三歳上の姉が剣道の国際大会でも上位に食い込む実力を持った選手を打ち負かした時に、対戦相手の男があんな目をしていたことを覚えている。

 

 そこにあったのは嫉妬と憤怒。簡単に言ってしまえば嫌な感情だ。幼心でもそれは十分にわかった。姉に負けた男は、その後姉の不意を打とうとして逆にコテンパンに伸され、結局病院送りになったが。我が姉ながらとんでもない女だと思う。

 

 ……まぁ姉貴の場合存在がチートだからな。

 

 内心で笑いつつリアルで最後に見た姉の姿を思い浮かべた。女とは思えないほどの鋭い目つきに、膝裏まで伸びた長すぎる黒髪はシルクの様な滑らかさを持ち、陽光や月光の光を受ければキラキラと輝くのはもはや芸術品と言っていいだろう。身体も出るところはしっかり出て、しまるところはキュッとしまっている。表情は滅多に崩さないものの超が付くほどの美女だ。恐らく誰も彼女のことを美人ではないと言わないだろう。それだけ彼女は完成されていて、美しくて、誰もが目を奪われてしまうのだ。

 

 リアルでは二十三歳だが、その美しさは健在だろう。厳しいことを言う姉だったが、とても優しくて頼りになる人だった。

 

 帰ったら多分竹刀で一発頭をぶったたかれると思う。文句を言ったとしても「真剣でなかっただけありがたいと思え、愚弟が」とでも言われそうだ。

 

 そんなことを思い出しながら歩いていると、いつの間にか転移門にきてしまった。

 

「じゃあ明日の朝九時にカームデットの転移門で」

 

「アウスト、遅れるんじゃないわよー」

 

「あいあい。お前もな」

 

 それだけ答えるとオレは片手を上げて転移門から自分達の拠点へ戻る二人を見送った。

 

「……さて、オレも帰って寝るとしますかね」

 

 肩を竦めた後、オレは私邸へと戻った。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 眠りについたオレは夢を見たような気がした。SAOの中で夢が見れるのかどうかはわからない。でも、たとえアレが本当の夢だったとしても、オレの帰るという目的が具現化した存在だったとしても嬉しかった。

 

 見たのは一番上の姉の夢だった。多分、アスナの家から帰ったときに思い出したのが原因だったのだろう。まぁ夢と言っても過去に言われたことの復習のようなものだったが。

 

 かけられた言葉は厳しくて、とても慰めの言葉なんてもんじゃなかった。だが、それが実に姉らしくてただ単に『がんばれ』と言われるよりは、とても力になった気がした。

 

 別に弱気になっていたわけではない。ただ、なんとなく最近になって家族のことを思い出すことが多くなったのだ。それが果たしてゲームクリアが近づいていることを知らせているのか、それともオレの心がオレの気が付かないうちに磨り減っていたのかはわからない。

 

 でもこれだけは確かだ。

 

 どんなにオレが思ったとしても、思うだけではリアルには帰れない。だからこそ、このデスゲームをクリアしなければならないのだ。




はい、お待たせいたしました。
そして長文お疲れ様でした。

今回でようやく原作組みのクラインとヒースクリフを除く殆どと絡みました。
次回はいよいよキリトさんの二刀流ですが、グリームアイズ戦でアウストがどのような健闘を見せるのかですね。
あとはヒースクリフとの絡みがあったり、オリ主らしくユイとの絡みがあったりしますが、出来ればアインクラッド編は十話前後で終わりにしたいと思います。

では感想などありましたらよろしくお願いします。
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