翌日。
七十四層の主街区《カームデット》にはオレとヨミ、キリトの姿があった。ヨミはあいも変わらず朝から元気そうだが、キリトは時折大あくびをしたり目を瞬いている。様子を見るに昨夜帰ってからも夜更かしをしていたのだろう。
とは言うもののそれはオレもなのだが、あくびをするかしないのかは生活の違いというヤツだろうか。
だがオレ達全員はそれぞれ眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「……アスナ来ないねぇ」
そう、今日四人で七十四層の迷宮区に行こうと言った言いだしっぺのアスナが来ないのだ。時刻を見ると午前九時十分。勤勉な彼女が待ち合わせに遅れるとはなかなか珍しい。オレも何度かコンビを組んだことがあるが、いつもオレよりも早く来ていた。
「ねぇアウストー、同じセルムブルグに住んでるんだから転移門で待ち合わせてから二人でこっちに来ればよかったじゃん」
「めんどい。というか、アスナの場合そんなことしなくても来るだろ。なぁキリト」
「そうだな、確かにアウストの言うとおりアスナが遅れることなんてまったくと言っていいほどな――」
キリトが口元に手を当てて言った時、転移門が青いテレポート光を発した。もう何度も見ているので「また別の人物だろう」と思っていると……。
「きゃああああ! よ、避けて――!」
「うわああああ!」
転移門からいつものおめでたい配色の装備をした栗毛の少女、アスナがすごい勢いで飛び出してきた。勢いを殺しきれなかった彼女はそのまま真正面にいたキリトに激突し、二人はそのまま大きな砂煙を上げながら素っ転んだ。
その様子を他人事にように眺めながらオレとヨミはちょっとした分析をしてみた。
「あのスピードで出てきたって事は、ジャンプして出てきたのかな?」
「だろうな。それだけ急いでいたか、何か嫌なものに追いかけられたか……」
などと肩を竦めてみると視線の先でキリトがアスナに引っ叩かれ、またしても地面を転がっていた。トッププレイヤーであるアスナのビンタは凄まじいだろう。
アスナは胸の辺りを両手で覆って赤面し、なおかつ目尻には涙が見えたので大方キリトが揉んじまったのだろう。〝何を〟とは言わないが。
大きく吹っ飛ばされたキリトはアスナの顔と自身の掌に残った感触を確かめ、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた後アスナを呼んだ。けれど彼女はそのまま何も言わずキリトの元まで行って彼の腕を引っ掴むと、こちらまでやって来てオレとヨミの後ろに隠れた。
「どした?」
「……」
聞いてみるもののアスナは答えず転移門を睨みつけている。すると、転移門が先ほどと同じように青い光を放ちそこから一人の人物が現れた。
その人物を見た瞬間、オレとヨミは思わず「うへぇ」という顔を浮かべる。
転移門から出てきたのは昨日アスナの護衛をしていたKoBの男、クラディールだった。前々からKoBのユニフォームの白マントはダサイと思っていたが、彼がつけるとよりいっそうダサく見えるのはなぜだろう。
しかも彼の場合やや装飾が過多気味なので、余計に似合っていない気がする。
クラディールはテレポート光がなくなると同時に、その窪んだ双眸で周囲を見回し、オレ達を発見すると眉間に深く皺を寄せた。やれやれ随分と嫌われたものだ。
けれど彼はすぐに怒声を浴びせてくるのではなく、オレの後ろにいたアスナに告げた。
「アスナ様、勝手なことをされては困ります……!」
昨日と同じヒステリック調な声を発する彼だが、その瞳はやはり気持ちの良い光を持ってはいなかった。むしろ昨日よりギラギラしていて気味が悪い。ヨミもそれを感じ取ったのかげんなりとした表情を浮かべていた。
「さぁギルド本部に戻りましょう。そんな奴等とはいないほうがいい!」
「い、嫌よ! 今日は活動日じゃないし、それにアンタなんで私の家の前に朝から張り込んでるのよ!」
普段は落ち着いているアスナが珍しくキレ気味の声を上げた。というか女の家の前を朝っぱらから張ってるって……。
「マジないわー……」
小声で言ってみるものの、どうやらクラディールには聞こえなかったようだ。それが幸いなのかそうでないのかはわからないが、彼はどこか得意げに言葉を言い募った。
「こんなこともあろうかと、私一ヶ月前からアスナ様の私邸の前で早朝の監視の任務についておりました」
「キモ」
「なっ!?」
彼が言い終わった瞬間にヨミがこらえきれなかったようで本音を漏らしてしまった。まぁ彼女の気持ちも十分わかる。流石にキモ過ぎる。
「き、貴様! 今私のことをキモイと言ったな!」
「いやキモイでしょうよ。逆にキモくないって方がおかしいもん」
「ああ、確かにな。団長さんの命令で仕方なくってならまだしも、アイツがそんなことさせるとは思えねぇし、完全に独断だろ」
気付けばオレも話しに加わってしまった。でもこれはしょうがないと思う。なぜなら目の前にいるヤツがキモ過ぎるから。
「き、貴様等ぁッ!」
クラディールは怒髪天を突く勢いで怒りを振りかざそうとしたが、なんとかそこで自分を抑えて大きく深呼吸をするとつかつかとこちらにやって来てオレとヨミを乱暴に押しのけてからアスナの手首をつかんだ。
「さぁ本部に戻りましょう」
なかなかに乱暴なヤツである。いやまぁアスナが聞き分けがなければ実力行使に出るとは予測はしていたが、随分と早かった。大分短気なようだ。リアルでも友人は少ないのではないと思う。
そんな彼の手首を今度は逆にキリトが掴んで力を込めた。込め方からして犯罪防止コードがかかるギリギリのラインだろう。同時に、彼の口から少し低めの脅すような声が出た。
「悪いが、お前さんとこの副団長さんは今日は俺たちの貸切なんだ」
キリトは言うとオレとヨミに視線を送ってきた。彼の意図を理解し、オレ達は互いに頷き合ってからクラディールに告げる。
「コイツの言ったとおりだ。今日はあきらめて帰りな、おっさん」
「そーそー、男の嫉妬は醜いよー」
二人して捲くし立てると、クラディールはヨミではなくオレの方を睨みながら怒号を飛ばしてきた。
「お、おっさんだと!? 私はまだ二十三だ!」
「マジかよ。どう考えても二十代後半、一昔前に流行ったって言うアラサーってヤツかと思ったぜ」
オレが驚きを露にしてみると、キリトやアスナ、ヨミも驚いたようで目を丸くしていた。
「お前さんもうちょっと何か食ったほうがいいぜー? そんなんだから実年齢以上に見られちまうんだよ」
特に悪びれた様子もなく言ってみると、クラディールは「うるさいッ!」と怒鳴った。
……いやどう考えてもうるさいのはお前だろう。
その場にいた誰もがこう思ったはずだ。
「第一、貴様等のような雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるものか! 私は栄光ある血盟騎士団の――」
「――アンタ以上に俺たちはアスナを守れるよ」
クラディールの言葉が終わる前にキリトが低めの声で告げた。だが、クラディールはその言葉が一番頭に来たらしく、キリトのことをかつてないほど睨みつけた。
「ガキィ……そこまでデカイ口を叩くからにはそれだけの力を見せ付ける覚悟があるということだな……」
彼はウィンドウを操作してボタンを押す。するとキリトの眼前で動きがあったようだ。これまでの言動から言ってデュエルの申し込みでもされたのだろう。
そのままキリトはボタンを押すような仕草をし、二人はそのまま五メートルほど離れた。オレたちも巻き添えを食らわないように離れる。
クラディールは腰から高価そうな両手剣を抜き、キリトは背中から黒剣を抜き放つ。
同時に周囲にいたプレイヤー達が騒ぎを聞きつけて人垣を形成し始め、ちょっとしたお祭り状態になっている。それもそうだろう。キリトは名が通ったソロプレイヤーだし、クラディールにおいては血盟騎士団の団員なのだから。
ギャラリーのいるところまでオレ達が下がると、ヨミが小さく笑みを浮かべながら呟く。
「どっちが勝つかな」
「そらキリトだろ。あんな雑魚相手になんねぇよ」
ハッキリと答えると彼女も「だよねー」とからから笑っていた。アスナを見てみると心配そうにはしていたが、キリトが負けるとは思っていないようだ。
「それで同じ両手剣使いとしてアイツの実力はどんなもん?」
「中の中から中の上って感じだな。デュエルであの構えは自殺行為だとオレは思うねぇ」
クックッ、と引き笑いをしながらオレはクラディールの構えをもう一度確認する。
クラディールは両手剣を中段やや担ぎ気味に構え、少し前傾姿勢でいるので、繰り出してくるとすれば上段のダッシュ技である《アバランシュ》が濃厚だ。無論それがフェイントということもあるが……残念ながらあの男にそこまでの技量があるとは思えない。
そしてオレたちが見守ってから数十秒後、二人はほぼ同時に地面を蹴った。
視線をクラディールに持っていくと、やはりというべきか、繰り出そうとしているのは《アバランシュ》だ。橙色寄りの黄色いライトエフェクトを帯びた両手剣はキリトを的確に捉え、端から見れば確実に入るコースだ。いいや、クラディールからしても確実に直撃コースと思っているだろう。その証拠にかれの顔には隠しきれない狂笑が浮かんでいる。
けれどオレはそれに被りを振った。確かにアバランシュは強力なダッシュ攻撃だ。オレもモンスター相手なら良く使うし、硬直時間もそう長くはない。けれどそれは相手がモンスターであった時のみだ。今対戦しているのはモンスターではなく、一人のプレイヤーであるキリトだ。
「それじゃあアイツは倒せない……」
小さく呟いた声はすぐに巻き起こった剣戟音で掻き消える。
見るとキリトの黒剣がクラディールの両手剣のどてっぱらにぶち当たり、甲高い音と派手なライトエフェクトを撒き散らしている。
そして二人の影が交差し終わった後、クラディールの剣は鍔近くから見事に折られていた。少しするとクラディールが持っていた柄部分も無数のポリゴンの欠片となって空中へ消えた。あれほど壊されれば修復は不可能だろう。
これはキリトが狙った《武器破壊》だ。早々起きるものではないが、対象の武器の構造上最も弱い部分を弱い方向から攻撃することで、ごく稀に引き起こるものだ。けれどキリトはそんな偶然に賭けたわけではなく、恐らく折れるという自信があったはずだ。
「武器を代えて仕切りなおすならそれでもいいけど……もういいんじゃないかな?」
鞘に剣を収めながらいうキリトだが、クラディールは身体を小刻みに震わせ、手をわななかせていた。
それでもすぐに「アイ・リザイン」と短く告げる。ようは降参というわけだ。だが何故英語、しかもチェスで言うところの「降参」なのだろう。普通に日本語で言えばよかろうに。
そんなことを気にしつつも二人に目をやると、クラディールは未だにキリトに対して怨嗟の言葉を吐いているようだ。自分が挑んで負けたくせに恨むとはその精神には恐れ入る。
けれど二人の間にアスナがわって入り、凛とした声音で告げた。
「クラディール、血盟騎士団副団長として命じます。本日を持って私の護衛役を解任。別名があるまでギルド本部で待機、以上」
ハッキリと告げられた解任の命令にクラディールはギチリと音がしそうなほど歯を噛み締めたが、今一度キリト、そしてアスナを睨んだ後転移門まで行き、力ない声で「……転移、グランザム」とつげ消えていった。
だがオレはクラディールが消えた瞬間、とても嫌な視線を感じだ。向けられた視線はオレにではないが、とても嫌な感覚だ。前に一度これと同じようなものを感じたことがある。そう、これは、この粘つくような、絡みつくような悪意のある視線は……。
「まさか、構成員がまだ……」
「どしたの?」
そこまで口にしたところでヨミが声をかけてきた。どうやらオレの様子がおかしかったのを見抜かれてしまったようだ。けれどオレはそれに対していつもの態度を保ちながら言う。
「……なんでもねぇよ、ホラさっさと迷宮区行こうぜ」
ヨミの頭にポンポンと手を置いてからキリトとアスナの元に向かったが、その胸中は先ほどの嫌な感覚を思い出したままだった。
カームデットを出て迷宮区へ通じる森の小路をオレ達四人はサクサクと音を立てながら迷宮区を目指していた。街を出てから皆無言でいたが、後ろを歩くアスナとヨミがオレとキリトをからかいがちに言った。
「それにしても二人っていっつも同じ格好だねぇ」
「確かに。キリトは真っ黒でアウストは濃紺だし、代わり映えしないよね」
「二人のその格好って何か合理的な狙いでもあるの? それともただのキャラ作り?」
アスナの質問に対し、オレとキリトは顔を見合わせて首をひねる。確かに彼女たちの言うとおり、特に大きな理由があるわけでもない。
「うーんそうだな……オレはただ単に紺色とか藍色が好きだから、だな。多分キャラ作りになるんじゃね?」
「俺は……」
「厨二病なんだろ」
「ちがうわ!」
オレの言葉にキリトが凄まじい勢いで反論してきた。その瞬間、キリトの索敵スキャンが発動したようで彼の目の色が変わった。同時にキリトがオレに対して緊張の色を孕んだ瞳で見上げてきた。
彼の意図を理解したオレはキリトと同じように索敵スキャンを発動し、周囲を見回した。すると索敵可能域ギリギリに緑色のカーソルがいくつも並んでいた。
オレとキリトは互いに頷き合うと二人を誘って円になるように指示した。その隙にキリトがマップを展開し、先ほどのカーソルが二人にも可視できるように設定する。キリトの索敵スキルとマップの連動によってマップ上にプレイヤーを表す緑の光点が現れる。その数は十二、随分と多い。
「これって隊列組んでない?」
光点を見ながらヨミが言った。確かにプレイヤーのカーソルは見事に整然と並んでおり、まったく同じペースで進んでいるため、某国の軍隊のようだ。
けれどオレはこの進み方に見覚えがあった。
「多分だけどこの並び方と進み方からして《軍》の奴等だろうな」
「《軍》って《ALF》か?」
「ああ。ここまで統率するのならあいつ等ぐらいだ。とりあえず様子見でその辺にでも隠れようぜ」
提案すると三人はそれぞれ頷き、近場の潅木の茂みに飛び込んだ。
「あ」
そこでアスナが声を上げる。そして彼女は自身の姿を見下ろした。確かに彼女の赤と白の装備はこの森の中では目立つ。それはアスナだけではなくヨミも同じだ。黒が混じっているとは言っても、緑の森の中で赤は目立つ。
見るとプレイヤーのカーソルはもうすぐ可視範囲まで入る。今からでは着替えも間に合わない。キリトもそれに気が付き、自身のコートの中に入れた。黒のコートは確か隠蔽ボーナスが高かったはずなので妥当な判断と言えるだろう。
ヨミを見るとあたふたとしているので、オレはアイテムウィンドウを瞬時に展開、そこから藍色のコートを取り出してヨミに被せた。彼女は乱暴に着せられたことにムッとしたが、オレは視線だけ送って静かにするように告げた。
やがて曲がりくねった小路の奥からザッザッザッという統率された足音が聞こえ始めた。四人がそちらに目をやると全員同じ黒鉄色の鎧と、濃緑の戦闘服に身を包んだ重剣士たちが姿を現した。全員が剣士タイプであり、前衛としては片手剣が六人、後衛が戦斧を装備している。間違いなく《軍》のメンバーだ。全員が全員メットのバイザーを降ろしているので目元は確認できないが、口元を見る限り軽い気持ちで来ているものはいないようだ。
《軍》の一行はそのままオレ達に気が付くことなく迷宮区へ進んで行き、最後までこちらに気が付くことはなかった。
「ふむ……やっぱり動き始めたか……」
「やっぱりって……アウストなんか知ってんの?」
オレの呟きに疑問を思ったヨミが首をかしげ、キリトとアスナも怪訝な表情で見てくる。
「ああ、ちょいとある人から情報を教えてもらってな。最近、軍が方針を変更してこういう上層に出張ってくるって噂が流れ始めたんだと」
「あ、それウチでも議題に上がってました。なんか内部で不満が上がっていて、二十五層の攻略の時みたいに大勢で行くんじゃなくて、今みたいな少数精鋭を連れて行くって方針に切り替わったって……」
「まぁ問題なのは今の《軍》は何をするかわからないってことだ。《聖龍連合》のようにクリアのためにPKを厭わなかったり、《ラフィンコフィン》のように殺人を楽しむわけじゃないけど、それでも最近の《軍》の動向はあんまり褒められたもんじゃねぇ。今回だってもしかしたら無理してボス攻略まで挑むかもしれねぇな」
オレの言葉に三人は驚きの顔をした。さすがに行き過ぎな発言かとは思ったが、ありえそうなことではあるのだ。
「でもそれは無茶でしょ。ボス攻略って何度も何度も偵察を重ねて攻撃パターンや防御パターンを分析してやっとこさできるもんでしょ。七十四層のボスエリアだって開放されてないし、ぶっつけ本番ではさすがに……」
「やらない、とは言い切れないけどな」
キリトも口元に手を当てて難しい顔をする。多分彼も《軍》が強行に及ぶかもしれないと一抹の不安があるのだろう。
「まぁいいや、とりあえずさっさと行こうぜ。鉢合わせないことだけ願って行こうぜ」
オレは肩を竦めてからキリト達よりも先に歩き始め、迷宮区へ足を運んだ。
「せやああああッ!」
「はあああああッ!」
七十四層の迷宮区に来てからしばらく経ったが、オレとキリトの前では二人の女性剣士が無双していた。
一人は赤と白の装備を身にまとった血盟騎士団副団長、《閃光》の二つ名を持つアスナ。もう一人は赤と黒の装備をその身に纏ったソロプレイヤーの少女、《紅玉》のヨミ。
今、二人が相手にしているのはガイコツの戦士、《デモニッシュ・サーバント》だ。剣と盾を持った敵は手ごわい相手だが、彼女たちの前には余りにも無力だった。
剣を振りかぶろうとすればアスナの細剣が突き刺さり、盾で防ごうとすればヨミの片手剣がそれの間を縫って攻撃し隙を作る。
青緑色の燐光と真紅の燐光が弾ける様はある種の芸術品と言っていいだろう。
「……暇だな」
「いいんじゃね? オレらが楽できるし」
キリトは二人の戦闘を見ながら物欲しそうに呟いた。けど、オレは時折あくびを浮かべながら目の前で行われる戦闘をながめていた。
事実、オレたちが迷宮区に入ってからというもの、オレたちは一回ぐらいしかモンスターと戦っていなかった。まるで何かの憂さ晴らしをするように戦う二人は凄まじく怖い。
しばらくすると二人の戦闘が終了し、デモニッシュ・サーバントがポリゴンの欠片となって消えた。二人は「イエーイ!」とハイタッチを交わして喜びを露にしていた。
戦闘を終えた二人が戻ってきたのを確認してからオレ達は石柱の並ぶ荘厳な回廊を歩いていく。この迷宮は下の方は赤茶けた岩で出来ているが、上に進むにつれて青みがかった岩と白っぽい無機質な地面で構成されている。
「なぁアウスト、気が付いてるよな」
「ああ。周りの状態からしてそろそろだろ」
キリトの言葉に頷いたオレは今一度周囲の石柱を見回した。石柱はただ整然と並んでいるのではなく、そこには華麗でありながら不気味さも醸し出す彫刻が施されている。
過去、このようなデザインが施された迷宮区は確実にボス部屋を迎える構造になっている。しかもマップの空白部分も残りが少ないと来た。これはもう一つしかないだろう。
そして回廊の突き当りには巨大な扉が待ち受けていた。扉には怪物のレリーフというヤツがビッシリと彫られ、凄まじい威圧感を放っている。でもそれはレリーフだけの威圧感ではないだろう。この扉の向こうにはいるのだ。SAOクリアに際して絶対に倒すべき存在、《フロアボス》が。
「これってあれだよね、ボス部屋の……」
「ああ、だと思う」
「えっと、どうします? 一応覗くだけ覗きますか?」
アスナは頬に汗を浮かべながらもオレに聞いてきた。オレはキリトにも目配せをしてから頷くと、アイテムウィンドウから転移結晶を取り出した。
「転移結晶の準備はしておこう」
オレに続いて言うキリトに対し、二人はうなずくと同じように手に転移結晶を持った。皆が転移結晶を持ったのを確認すると、キリトが扉に手をかけて告げた。
「それじゃあ……行くぞ……」
緊張感たっぷりな声で言うキリトだが、オレは大きめの溜息をついてから扉に手をかけてグッと押した。
「ちょ、アウスト!」
「別にいいだろ、どんだけ力入れてあけたって一定のスピードで開くんだからよ」
文句を言ってくるキリトに対してオレは肩を竦めながら息をついた。女性陣を見ても「もう少しゆっくり……」とか「緊張感を持って……」とか言っていた。別に何でも言いだろうに。
そして扉が完全に開ききると同時にオレ達四人はボス部屋に足を踏み入れた。でも部屋の中は真っ暗闇であり、この前の宵の冥窟を髣髴とさせた。まぁあそこまで暗くはないが。
すると少し足を進めた瞬間、扉に一番近い二つ燭台から青白い炎が燃え上がり、そのまま連続してボボボボボボボッという音を立てながら長方形のように火が灯り、中心に一際大きな火柱が上がった、それによりボス部屋が炎と同じ青白い光に照らされた。
天井も高く、部屋の大きさも今までと比べるとかなりの広さだ。しかし、そんなことに感心するような時間もなく、大きな炎の後ろから黒い巨躯が姿を現した。
見上げるような巨体。その体毛は黒く、全身が筋肉の塊のようだ。骨格的には巨人のように人間のような形を取ってはいるが、頭部は人間のそれではなく、山羊を思わせる形だ。確か山羊は悪魔の化身とも捉えられているので、恐らくこの巨大なボスは悪魔をモチーフとしているのだろう。
さらにその手には巨大な岩からそのままから削りだしたような無骨な巨剣が握られている。アレで攻撃されればひとたまりもないだろう。
しかし、その悪魔の巨体が姿を完全に現して瞳が赤く染まった時、カーソルと共にHPバーが連続して表示された。カーソルの名前にはこうあった《The Gleameyes》、直訳にすれば《輝く目》。悪魔にしては粋な名前だ。
「さぁて、そんじゃあボス攻略じゃねぇや、偵察でもしますかね!!」
オレは背中の片刃大剣を抜き放ってグリームアイズを睨みつける。同時にヤツはオレ達を威嚇するように空気を激震させる轟咆を上げた。現実にこんな雄たけびを聞けば鼓膜が破れるのではないかというほどの咆哮だ。
でもオレは内心でわくわくしていた。こんなに強いやつと戦えるなんてなんて面白いことだろうと。だが、そんなオレの思惑を吹っ飛ばすかのように隣にいた三人が悲鳴を上げた。
「きゃあああああッ!!」
「うわあああああッ!!」
「いやあああああッ!!」
それぞれ三者三様の悲鳴を上げたアスナ、キリト、ヨミは踵を返して一目散に逃げてしまった。
「お、おい! お前等!」
若干焦りながらも彼等に呼びかけてみたが、もはや耳に入っていない。というかもう軽く百メートル以上は走ってる。オリンピックだったら世界新記録も夢じゃないだろう。
などとバカみたいな考えを持っているのも束の間、オレは背後のグリームアイズが「グルルルル……」と低い呻り声を上げるのを感じとり、弾かれるようにその場から脱した。
同時に先ほどまでオレが居た場所を凄まじい勢いで大剣が通り過ぎていった。突き攻撃だろうか。
「ちょいと流石に一人でお前さんの相手はできないんで……!」
体勢を立て直したオレは足にグッと力を込めてダッシュを敢行。最初は体勢を崩しかけたが、とりあえずボス部屋から出られればそれで良い。なんとかボス部屋から脱したオレはもつれそうになる足をなんとか引き戻して迷宮の回廊を駆けた。
「逃げるんじゃねぇからなッ!!」
ちょっとした捨て台詞をグリームアイズに吐きながらオレは三人が言った方向に向かって走った。
今回は二連投です。
久々に大分書いてしまいました。
流れ的には同じですが、キリトの視点からではないのでそれなりに楽しめていただければ幸いです。
では六話も続けてどうぞ。