ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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第六話

 合流したのは迷宮区に設けられている安全エリアだった。

 

 オレが到着した頃には三人は壁際に座り込んでいた。どうやら本当に一心不乱に駆けていたらしく、途中遭遇したモンスターにも気が付かなかったようだ。

 

「にしても、攻略組トップがアレぐらいで逃げんなよ……」

 

「いやー……でもアレは逃げたくなるって」

 

「そうそう。あんなん本能が拒否するもん」

 

「私もまさかあそこまですごいものだとは……というかアウストさんはよく平気でしたね」

 

 アスナが少しばかり感心した様子で言ってくるが、別に怖くなかったわけではない。確かに本能が怖いと感じたし、コイツはヤバイとも思った。しかし、オレにはあいつ以上に怖いものがあるのだ。

 

「まぁあれだ……あいつもやばいけど、オレの姉がキレた時を想像するともう怨霊とか、亡霊とか出てきても平気な気がするからな」

 

 遠い目をしながら虚空を仰ぐと、キリトは「どんなお姉さんだよ」と笑いながら突っ込みを入れてきた。けれどオレにとっては笑い事ではないのだ。もし姉の大好物のプリンを食べようものなら、真剣を取り出して本気で斬りにかかるような姉なのだから。

 

 以前それをやって殺されかけたことは良く覚えている。あの時の姉はもう人間ではなく、鬼とかそういうレベルだ。さっきのグリームアイズもあの状態の姉貴に睨まれれば怯むんじゃないだろうか。

 

 などとくだらないことを思っていると、いつの間にか話は進み、グリームアイズの攻略の話が終わってしまっていた。

 

 けれどある程度方針は決まったようで、盾の前衛を置いてそこからスイッチをつなげていくという方式になったようだ。まぁそれが一番妥当だろう。

 

「でも盾かぁ……そうだ、前から気になってたんだけどキリトくん。君、何か隠してるでしょ」

 

「な、何を?」

 

 アスナのジト目と何かを見抜いたような問いにキリトは若干たじろぐ。

 

「君、なんで盾を装備しないのよ。普通、片手剣の最大のメリットって盾を装備できることでしょう? 私の細剣だとスピードが落ちちゃうから装備しないのはわかるけど、君はなんで盾を持たないの?」

 

 彼女の疑問も最もだ。片手剣の戦い方は盾を持って相手の攻撃を防いぎ、その隙に攻撃していくというのがセオリーだ。けれどキリトはその盾を装備していない、生存率を重視しているアスナからすれば疑問に思うのも無理はないだろう。

 

 キリトは頬を掻きつつ目を泳がせるが、そこでヨミが目に入ったようで彼女を見やりながらアスナに告げた。

 

「それを言ったらヨミだってそうじゃないか」

 

「それはそうだけど……ヨミさんはなんで盾を装備しないんですか?」

 

 小首をかしげながら問うアスナに対し、ヨミは腕を組みながら難しい顔のまま答える。

 

「うーん、簡単に言うと盾って邪魔なんだよね。視界も悪くなるし、あぁでもアスナの言うことも一理あると思うよ。生存率を上げるならそれが一番だと思う。でもねぇ……」

 

 ヨミもまた特にこれと言った理由はないようだが、オレはなんとなくだがキリトが盾を装備しないのは邪魔だからとかいう理由ではないと考えた。

 

 彼はかなりのネットゲーマーだ。どんな状態でも冷静な判断が出来ているし、戦況の見極め方も上手い。そんな彼が盾を装備しないということは、それなりのポリシーがあるのか、また別の何かを隠しているかだろう。

 

「ふぅん……まぁいいわ、人のスキル詮索はマナー違反だし」

 

 アスナは言うとチラリと視線を動かして時計を確認した。オレもそれにつられて時計を確認すると、時刻は午後三時。随分と長いこと迷宮区に潜っていたようだ。

 

 同時にオレは空腹感が一気に襲ってくるのを感じた。グリームアイズから全力疾走で逃げてきたせいで体が若干の緊張状態にあったようで、今まで空腹感を感じなかったのか。

 

 その後、オレ達はアスナが用意した大きめのサンドイッチを遅めの昼食として摂ったが、なんというかすごかった。NPCの露店で売っているようなものとはわけが違うものだったのだ。

 

 しかも料理スキルをコンプリートしている彼女は、なんと自分で現実世界の「しょうゆ」や「マヨネーズ」の味がするソースを調合してしまったのだ。これはもはやシェフとかではなく、調合師でよいのではないだろうか。

 

 オレはすぐさまもらったサンドイッチをガツガツと食べ、あっという間にたいらげてしまった。その際横にいたヨミに「落ち着いてたべなよー」などと言われたが、それは無理な相談だ。

 

 全員が食べ終わり談笑していると、安全エリアの下層側の入り口から六人のプレイヤーがやってきた。瞬間的に身構えるが、やってきたパーティーの面子を見てオレ達は体の緊張を解く。

 

 六人の方もこちらに気が付いたようで、一番前にいた武者っぽい姿をした野武士面の男が表情を明るくしてこちらのパーティーの一人の名を呼ぶ。

 

「おお、キリト! しばらくだな」

 

「まだ生きてたか、クライン」

 

「相変わらず愛想のねぇ野郎だ。けど今日は珍しいな、連れがいるの……か……って、アウストにヨミじゃねぇか!?」

 

「よう、久しぶりだなクライン」

 

「相変わらずカタナ使ってんだねぇ」

 

 二人で茶化すように言うが、クラインは「あったりまえよう!」と胸を叩いた。だが彼の隣にいるキリトは不思議そうにしていた。

 

「クライン、アウストやヨミと知り合いだったのか?」

 

「ん、ああ。ゲームが始まって四ヶ月ぐらいした時にクエストで詰まっちまってなぁ。そん時に助けてくれたのがアウストとヨミ、あとマシューってヤツなんだがいやぁあん時は助かったぜ」

 

 感慨深げに頷くクラインとその仲間達。そう、オレとヨミ、マシューの三人は一時期ずっと組んでいた。その中で出会ったのがこのクライン率いる《風林火山》のメンバーというわけだ。

 

 クラインも当初は無名のプレイヤーだったが、今では彼の友人達で構成されたこのギルドを攻略組の一角をになうまでに成長させた男だ。彼自身の技量もそれだけ高いし、メンバーを纏める統率力もある。まぁそれが出来ているのは彼の明るい人柄もあるのだろう。

 

 だがオレがふとキリトの方を見やると、彼はどこか寂しそうな表情をしていた。どうした……と聞こうとしたものの、キリトはすぐに表情を戻し、クラインをアスナのほうに向かせた。

 

「えっと、もう知ってると思うけどアスナ、コイツが《風林火山》のリーダーのクライン。でクライン、お前も知ってると思うから今更だと思うけど《血盟騎士団》のアスナだ」

 

 一通りキリトが説明したものの、クラインはアスナの方を向いたままカチーン! と音がしそうなほど固まってしまっている。なんとなくだが彼が固まって理由は分かるが、キリトはまだ気が付いていないようだ。

 

 そして彼がクラインの脇腹を小突くと、クラインはハッとしてブリキ人形のようなかくかくとした動きでアスナに頭を下げ、ひっくりかえったような声で自己紹介を始めた。

 

「こ、こんにちは! くくクラインという者です、二十四歳独身で」

 

「見合いか」

 

 これ以上しゃべると何を言い出すか分かったもんじゃないので、オレは彼の背中を軽く叩いた。だが、それと同時にクラインの後ろにいたほかのメンバーたちがワラワラと「俺も俺も」といいながらアスナに詰め寄った。

 

 まぁアスナはかなりの美少女であり、普段女っけがない男だけの面子のギルドならこのように美少女と係わり合いを持ちたいのも分かる。

 

「いてて……おいアウスト! 殴ることはねぇんじゃねぇか!?」

 

「殴ったんじゃねぇ叩いたんだ」

 

「俺、同じことだと思うぞそれ!」

 

 文句を言ってくるがオレはそれを軽くスルー。だが実際のところ叩くと殴るはどう違うのだろう。拳を作る方が殴るで平手のほうが叩くか?

 

 などと本当にどうでもいいことを考えていると、ヨミが肩を竦めながらクラインに問うた。

 

「でもさクライン。アタシのときはアスナみたいな反応しなかったけどなんで?」

 

「ヨミはなんつーか女って感じがしかなったんだよなぁ」

 

「フンッ!!」

 

「ごっふぁ!」

 

 あまりに後先を考えずに発言したせいでクラインはヨミに太ももを蹴られた。敏捷度と筋力を上げた蹴りは多分現実世界で喰らったしばらく立てないのではないだろうか。

 

「ちょ、ちょっと待て! 今のは言葉が悪かった! えっと……そう! アスナさんは清楚で可憐って感じがしたんだけど、お前さんの場合は悪友っていうかそういうほうが強かったんだってば!」

 

「それ本質的には変わってなくね?」

 

 何とか弁解しようとしたクラインだが、逆にそれが裏目に出たようでヨミは指をポキポキと鳴らす動きをしながらクラインににじり寄っていった。南無。

 

 オレはクラインに手を合わせてからキリトの手伝いに行こうとしたが、そこで先ほど風林火山の一行が入ってきた入り口から整然と並んで行軍をしてきた一団、《軍》が見えた。

 

「おい、お前等。おしゃべりはその辺にしておいた方がいいと思うぜ」

 

 低い声音で言うとその場にいた全員が《軍》に向き直った。一行はそのままオレ達とは反対方向の壁際に停止したが、彼等が疲弊していることは明らかだった。SAOで疲労感は感じないが、何時間も閉塞された迷宮に潜っていれば身体的な疲労がなくとも、心労が溜まる。それは確実に士気にも影響してくるため、本来ならば十分な休息をとらせるはずなのだが、あの様子からして大した休息も与えられていないだろう。

 

 その証拠にリーダーと思しき男が「休め」と命じると、彼を除いた十一人はその場に力なく座り込んだ。ガシャガシャという金属音が響くがリーダーの男はそんなこと気にも留めずにオレ達に歩み寄ってきた。

 

 しかし、男がオレ達の目の前までやって来てこちらを睥睨した時、彼の鋭い瞳がオレの姿を捉え、彼は後方で休んでいた者達に「戦闘準備!」と告げた。

 

 男の声にキリト達が身構えるのを感じたが、オレは右手を上げてそれを制するとそのまま全員を壁まで下がらせた。

 

 その間にも軍の一行はオレを中心として円になるように囲むが、彼等の肩は荒い息のせいで大きく上下している。呆れながらそれを見つつ、オレは兵士達の間からわって入ってきた男を睨みつける。

 

「《宵闇》のアウストだな」

 

 低く脅すような声で男はオレの名を言った。得に隠すことでもないのでオレがそれに頷くと、彼は仰々しいセリフをはいた。

 

「私は《アインクラッド解放軍》のコーバッツ中佐だ。《宵闇》、貴様には上から拘束命令が出ている。おとなしく武装を解除し、黒鉄宮の牢獄に入れ。そうすれば危害は加えん」

 

「な、なんだそりゃあ!?」

 

 驚きの声を上げたのはクラインだった。また、風林火山のメンバー、ヨミ、キリト、アスナもそれぞれ驚愕の表情を浮かべている。

 

「ちょっと、貴方達! アウストさんが何をしたって言うの!? その人は《オレンジプレイヤー》じゃないわ」

 

「そんなものは見れば分かる。だが、我々にとってコイツは害悪でしかないのだ!」

 

 アスナの声にコーバッツは強い口調で答えると、腰に吊ってあった剣を抜き放って切先をこちらに向ける。それに応じるように部下の男達が次々に抜剣したり戦槍を構える。

 

「さぁおとなしく投降しろ。《宵闇》!!」

 

「……嫌だと言ったら?」

 

「その時はちからづくで排除するのみだ!」

 

 片手剣の切先をオレの顔面に向かうように構えるコーバッツだが、オレは小さく笑みを浮かべて背中の大剣の柄を握り、一気に抜き放った。

 

 ブンッ!! という空気を切り裂く鈍い音が聞こえ、背後や左右で兵士達が臆するのが感じられた。

 

「それは投降する気はないということだな?」

 

「そうとってくれて構わないぜ。けどさぁオッサン、オレを本当にちからづくで拘束できると思ってんのか?」

 

「フン、貴様のようなビーターなど我々の敵ではない」

 

「ふぅん……じゃあやるか。テメェらもこのオッサンと同意見ってことでいいんだな?」

 

 オレはわざと大きなジェスチャーも交えながら周囲の兵士達に問う。彼等はそれに最初こそ余り臆した様子は無かったが、よく見るとガチガチと歯を鳴らしているもの、メットの隙間から汗を流しているものがいる。まったく分かりやすい連中だ。けれどオレはそれに気付かぬフリをしてからさらに口角を吊り上げてその場にいる全員に聞こえる声で告げた。

 

「それじゃあ……テメェらも前の奴等と同じ目に合わしちまっていいんだよなぁ! アァ!?」

 

 若干演技がかった脅しに対し、コーバッツの口元も歪んだ。同時にオレを囲んでいた兵士達も一歩後ずさった。

 

 オレの脅しにキリト達はわけが分からないと言った風な顔をしているが、オレは更に言い募った。

 

「オラオラどーした! オレを捕まえんだろ? やってみろよさっさとよぉ!!」

 

 言い終えると同時に握っていた大剣を白の地面に突き刺し、地面を抉る。赤いライトエフェクトが発光し、ポリゴンが虚空に消える。

 

 そのまま彼等は何もしてこず、しばしの沈黙が流れた。するとコーバッツはギリッと音がしそうなほど歯を噛み締めてから剣を鞘に収める。それを見ていたほかの兵士達も剣をおさめるが、彼等の顔にはどこか安どの表情が見える。

 

 するとコーバッツはオレに歩み寄って告げてきた。

 

「今回は見逃すが、次は容赦せん。首を洗って待っているんだな」

 

「ハッ! 腰抜けが。巣穴に戻って縮こまってりゃあいいものを」

 

 オレは煽るような口調で答えながら背中に大剣を吊った。コーバッツは悔しげな表情をしたが、オレはそれに肩を竦めると「まぁ」と言いつつトレードウィンドウを呼び出す。

 

「ここまで来て手ぶらってのもなんだろうから、やるよ。最初からこれが目当てだったんだろうがな」

 

 言いながらオレはコーバッツに迷宮区のマップデータを送信した。彼は苛立ったような顔をしてからそれを受け取ると、礼も言わずに兵士達に最初に止まった壁際に行くように命じた。

 

 彼等が完全にいなくなったのを見計らってクラインがこちらにかけてくる。

 

「お、おいアウスト。いいのかよ」

 

「別に隠すようなもんでもない。それに街にもどりゃあ公開しようと思っていたデータだ。お前もそうだろ、キリト」

 

 オレの言葉にキリトは静かに頷いた。そしてヨミやアスナが先ほどのオレの応対について聞こうとしたときだった。

 

 視界の端にいたコーバッツ率いる軍の兵士達が再び行軍を開始したのだ。

 

「おい、ボスにちょっかい出すならやめておいたほうがいいと思うぜ」

 

「それは私が判断することだ。君の意見はいらん」

 

 キリトが忠告の言葉をかけるものの、コーバッツには取り付く島もなかった。彼はそのまま部下達と共に歩き始めるが、その姿を見かねたオレも忠告する。

 

「オレにビビッてる兵士じゃあのボスは倒せねぇぞ。それに、二十五層の時みたく被害を大きくしたくないなら、しっかりと休息を――」

 

「――貴様のような男に忠告される筋合いなどない!! 行くぞ貴様等!!」

 

 オレの言葉を最後まで聞かず、コーバッツは結局仲間を引き連れて先に行ってしまった。

 

 重々しい行軍の音と共に上層へ通じる道へ消えていった軍の連中を見やったオレ達だが、そこでアスナが「それよりも……」と真剣な表情でオレに向き直った。

 

「アウストさん、「さっき」の。一体どういうことですか?」

 

「あ、あぁそうだ! お、オメェ軍に指名手配されてるって何でだ!?」

 

 アスナの問いの後にクラインが焦った様子で聞いてくる。キリトを見ても同じような視線を送っているし、ヨミにいたっては嘘は許さないといった感じだ。彼等の顔色を見終わったオレは小さく息をついてから皆に向かって告げた。

 

「あぁ、わかった。皆にはいずれ話そうと思っていたことだからな、けど歩きながら出いいか? さっきの奴等、放っておくとマジでボスに挑みそうだからな」

 

 その提案にアスナはすぐに頷き、キリト達も了承してくれたので、オレ達はコーバッツたちの後を追った。

 

 

 

 

 

「徴税部隊?」

 

 安全エリアを出て十数分、オレはキリト達に最近の軍の動向を話していた。

 

「なんだそりゃあ?」

 

「簡単に言えばカツアゲだ。対象ははじまりの街を拠点とするプレイヤーだけどな。奴等の言い分は『オレ達が守ってやってんだから税金を払うのは当然だ』。まったく勝手な話だよな。誰もテメェらに守ってくれってなんて言ってねぇってぇのに」

 

 舌打ち交じりに言い切ると、話を聞いていた全員が訝しげな表情をする。皆、軍の横暴なやり方が気に入らないのだろう。

 

「だけどさ、それがなんでアウストの指名手配につながるの?」

 

 ヨミが小首をかしげながら聞いてきたのでオレはため息をつきながら言う。

 

「はじまりの街には孤児院があるのは……しらねぇよな。まぁその孤児院はサーシャって女がやっててさ、SAOに閉じ込められたガキ共を保護してんだ。軍は徴税部隊をその孤児院にまで差し向けてな。しかも徴税部隊はお世辞にもガラがいいとは言えない連中でさ、オレは偶々はじまりの街に用があったときにそいつ等に会ったんだ」

 

「徴税部隊のやつらか」

 

「ああ。奴等は四、五人のガキ共を大人十人で囲んで有り金と装備を全部置いていけと言っていた」

 

 当時の状景を説明するとアスナが眉間に皺を寄せた。優しい彼女だからこそそのような行動が許せないのだろう。それはキリトも同じようであり、拳をきつく握り締めている。

 

「それを見てオレ……キレちまってさ。十人全員を圏外に引っ張り出して、そいつ等全員のHPが1ドットくらい残るところまで痛めつけたんだ。そしたら全員、精神崩壊起しちまってな。再起不能になっちまった。結果、オレは軍に追われることになってんの」

 

 説明を終えたオレは軽く肩を竦めてみるが、皆の顔は晴れない。まぁ当然といえば当然だろう。こんな話を聞けば距離を置きたくなるのもわかる。別にオレはそれで彼等との距離が疎遠になろうとも恨みはしないし、怒りもしない。

 

「えっと、アウストさんは子供たちを守っただけなんですよね?」

 

「まぁ結果的に言えばそうだが、やったことは犯罪だけどな。そのおかげでオレンジにもなったし」

 

「けどさ、アウストはラフコフの連中みたいにそういう状況を楽しんだりはしなかったんだよね? さっきのだって演技でしょ?」

 

 アスナに続いて聞いてきたヨミの声には「そうであってほしい」という願いが込められているようだった。一時はずっと組んでいたオレの心の状態を心配してくれているのだろう。

 

 オレはそんな彼女に対して笑みを浮かべると、肩に手を置いて答えた。

 

「ああ。ラフコフみたいに楽しんじゃいねぇさ。それに咎は受けるさ」

 

 言い切るとヨミは安堵したように息を吐いた。前方を歩くアスナ、キリト、クラインも同じなようでほっと胸を撫で下ろしていた。

 

「それじゃあこの話はおしまいにしましょう。でも、アウストさん。さっきの応対は相手を煽るだけだからやめたほうがいいですよ」

 

「あいよ、今度から気をつけるさ副団長様」

 

「よろしい」

 

 素直にアスナの言葉を受け止めて若干お茶らけながらも答えると、彼女は満足したようだった。

 

 そのまましばらく各々で談笑しつつ、モンスターをなぎ倒しながら進んだものの、いっこうにコーバッツ率いる軍の一団が見えないのだ。

 

 アレだけ疲弊していればすぐに追いつきそうなものだが……。

 

「やっぱあのオッサンも無理だと思って帰ったんじゃねぇの?」

 

 あきらめがちにクラインがいうものの、オレ達は全員そうではないことのほうが大きいだろうと思っていた。あの男ならやりかねないと皆思っているのだ。

 

 そのまま歩きボス部屋まであと少しと言った地点まで来た時、その予感はやはりというべきか的中することとなった。

 

「うあああぁぁぁぁ……」

 

 消え入りそうな悲鳴が回廊に反響してオレ達にまで届いたのだ。その悲鳴は場にいた全員に聞こえたようで、皆が顔を見合わせた。すると最初にアスナが駆け出し、彼女を追うようにキリト、ヨミ、オレの順番で走った。クラインたちもついて来ているだろうが敏捷力の上げ方が違いすぎるため、かなり遅れる形となってしまった。

 

 しかしこの際それは気にしてはいられない。やがて、視線の先にさっきも見た大扉が口を開けていた。

 

「チッ、バカが!」

 

 走りながらオレは毒づくが、先を行くアスナは更にスピードを上げてキリトとヨミもそれを追った。オレも本来ならばキリトと同じぐらい敏捷力は上げてはいるが、やはり背中の剣が重すぎるので若干離されてしまった。それでもあの大口を開けた大扉の中で何が起きているかは想像がついた。

 

 先を行く三人扉の前で止まると、オレもそれにならって減速する。止まる直前靴底で火花が散ったがそんなことを気にしている余裕はない。オレから遅れること数秒、クラインたちもやってきた。

 

 けれどオレが到着すると同時にオレ達の目の前に一つの影が投げ出されてきた。

 

 その影はコーバッツだった。

 

 しかし、彼の姿は次の瞬間光り輝くポリゴンとなってこの世界から消滅した。

 

 死んだのだ。先ほどまで睨みあっていた軍の男があっけなく、この世界から跡形もなく。だが彼の最後の表情だけはわかった。

 

 彼の顔は絶望の色に染まっていた。それだけ自身の死が信じられなかったのだろう。

 

 視線を前に向けると、ボス部屋の中では蒼炎の悪魔、ザ・グリームアイズが巨剣を振りかざして残った兵士達を殺しにかかっている。

 

 リーダーを失い統率が取れなくなった兵士達はいとも簡単になぎ払われ、皆の顔にはコーバッツと同じ絶望の色があった。

 

 すると、その光景を見ていたアスナの手がカタカタと震え、剣に手をかけようとしていた。彼女の意図を理解したオレは同じように理解したキリトとほぼ同じタイミングで手を伸ばそうとしたが、コンマ一秒遅かった。

 

「だめーーーーッ!!」

 

 悲痛な声と共にアスナが細剣に手をかけながらグリームアイズに向かっていってしまった。確かに彼女の剣技であればグリームアイズの注意を軍から引き離すことが出来るかもしれないが、それは同時に彼女自身が狙われることとなる。

 

「待て、アスナッ!!」

 

 キリトも彼女の後を追いボス部屋に駆け込み、オレとヨミもそれに続いて駆け、背後ではクライン達もやぶれかぶれで入ってきたが、彼らも恐怖はあるだろう。しかし、それ以上に目の前の地獄絵図をただ傍観することはその場にいる誰にも出来なかった。

 

 再び視線をグリームアイズに戻すと、アスナの細剣が不意打ちの形で決まっていた。しかし、HPは殆ど減っていない。グリームアイズはその光り輝く双眸でアスナを睨みつけると彼女に向かって巨剣を振り下ろす。

 

 弾かれるようにそれを避けるアスナだが、余波が凄まじく地面に転がってしまう。その隙を突くようにグリームアイズが第二撃を叩き込もうとしたが、間に入ったキリトがその攻撃を受け止める。

 

 でも片手剣一本であの巨剣の一撃を耐えるのはきつすぎる。

 

「ヨミ、クラインッ! 軍の奴等の保護を頼む!」

 

「りょーかい!」

 

「おうよ!」

 

 オレは二人に指示を出し、方向転換しながら背中の片刃大剣《ズィーゲルゲシュペンスト》を抜き放つ。そしてグリームアイズの足元にもぐりこんでからキリトに告げる。

 

「キリトッ! そのままあと一撃耐えてくれ!」

 

「わかった!!」

 

 キリトもきついだろうがここは我慢してもらうしかない。

 

 オレは抜き放った片刃大剣を中段に構えると、そのままテニスのフォアハンドのように構える。同時にソードスキルが認識され、大剣の刀身が青黒く発光し、次の瞬間凄まじい速さで振りぬかれた。

 

 片刃大剣の中段中位剣技《フリューゲル》だ。振りぬかれた大剣は光の孤を描きその様はまさに《翼》だ。

 

 輝く剣閃は的確にグリームアイズの足首を捉えたようで、ヤツはそのまま肩膝を付いた。それでもHPバーはまだまだ残っている。

 

 オレはこの気を逃すまいと、硬直が解けた隙にソードスキルではない普通の攻撃を何度も叩き込む。ソードスキルのように一撃で大ダメージは負わせられないが、大剣の重さを利用した一撃一撃は相当効く筈だ。

 

 だがすぐにグリームアイズは立ち上がり、威嚇の咆哮を上げた。それと同時にオレはキリトとアスナを守るように立ち、彼等に告げた。

 

「キリト! アスナと下がってろ! コイツの剣はオレが全部受けてやる!!」

 

「わかった!! 死ぬなよ!」

 

 言われた言葉にニッと笑みを浮かべて返すと、オレは大剣を構えてグリームアイズを睨みつける。

 

「さぁて、仕切りなおしと行こうじゃねぇかッ!!」

 

 瞬間、その言葉に答えるようにグリームアイズの巨剣がオレに迫ってきた。だがオレにはその攻撃が手にとるように分かる。

 

 なぜならばヤツが放つ攻撃はブレスを除いて殆どが両手剣用のソードスキルだからだ。多少カスタマイズはされているものの、動き自体はそこまで変わっていないので、対処は簡単だ。

 

「両手剣をしつこいぐらい修行したオレに、勝てると思うなぁッ!!」

 

 声高々に告げ、オレは巨剣を受け止める。凄まじい重量がのしかかるが、それでもやつの攻撃は見える。

 

 攻撃を受け止めたり流したりしつつ周囲に視線を走らせる。軍の生き残りはクライン達風林火山のメンバーとヨミが守ってくれている。背後のキリトとアスナもそれなりの位置まで後退している。

 

 すぐさまここから皆で転移したいが、あそこまでやられた軍の様子を見ると、どうやらこのボス部屋は結晶無効空間のようだ。なのでこの部屋から脱出するにはコイツを倒しきるか、誰かが囮となって皆を逃がすかだ。

 

 けれど囮になったところでグリームアイズがオレだけに狙いを定めているとは限らない。もし少しでもヤツがほかの連中に気が付けば、確実にそちらを狙いに行くだろう。HPが三割をきっている軍の兵士達が攻撃を受ければひとたまりもない。

 

 なので導き出される答えは一つしかない。

 

「キリト、アスナ、クライン、ヨミ! もう四の五の言ってる暇はねぇ、コイツはここで倒すぞ! ヤツの攻撃はオレが全部受け止めるから、その隙にソードスキルをぶち込め!!」

 

 切羽詰ったオレの声に四人は返事はしなかったがそれぞれ頷くと、ヨミとクラインはグリームアイズの両足へ、キリトとアスナは胴体へ向かってソードスキルを放つ。

 

 連続して放たれるソードスキルにグリームアイズのHPバーは先ほどまで以上に早く減少していくがそれでもまだ足りない。

 

 その光景を攻撃を受け止めつつ見やるオレは自身の残りのライフを確認した。攻撃は全てガードできているといっても、ガードは万能というわけではなく、少しずつだがHPは減少するのだ。オレのライフは三割がた減っていてまだグリーンゾーンではあるものの、このままのペースだと最悪の場合オレのライフが尽きる。

 

 ……どうする……このまま行くと全員が死ぬ可能性も出てくる。

 

 どうする、どうする……と頭の中で何度も反復してみても、この状況を打破する案が思い浮かばない。

 

「アウストッ!!」

 

 思考を破壊するようにキリトの声が聞こえた。そちらに視線を送ると彼は続けていった。

 

「頼む、あと十秒耐えてくれ!!」

 

「ハッ! 十秒と言わず二十秒ぐらい耐えてやるよ。ついでに、隙も作ってやらぁ!」

 

 言いつつ振り下ろされた巨剣を弾く。オレンジ色の火花が散が散り、オレの頬を掠めた。

 

 だがグリームアイズは止まらない。大木のような豪腕でオレを殴りつけた後、再び鈍い光を放つ剣を振り下ろしてきた。

 

 ゴウッという音を立てながら振り下ろされた巨剣を、藍色の大剣を下段に構えて発動したソードスキル、《アオスヴルフ》でタイミングよく再び弾く。

 

 今回はただ弾いたのではなくソードスキルを使ったものなので、巨剣を弾くだけではなく、グリームアイズの巨躯を半歩下がらせることに成功した。

 

「キリト! スイッチ!!」

 

 掛け声と共にキリトがオレの真横を疾走する。

 

 その瞬間オレは目撃した。彼が握っている剣が一つではないことに。

 

 右手にはいつもの漆黒の剣《エリュシデータ》。そしてさらに左手には緑青色とでも言うべき鮮やかな色の剣が握られていた。

 

 二本の剣による同時攻撃でグリームアイズはその場で大きくのけぞり、胸にはクロスするようなダメージエフェクトが刻まれている。

 

「二刀流……?」

 

 思わず声がこぼれ出た。しかし、驚愕しているのはオレだけではない。クラインやアスナ、ヨミも含めたその場にいた全員が信じられないといった風な顔をしていた。

 

 それもそうだ。SAOでは基本装備する剣は一本となっている。短剣辺りならば二本装備することも可能だが、この場合二本装備した状態のソードスキルは存在しない。なので、普通ならば短剣一本のみの装備となる。片手剣でもそれは一緒のはずだ。

 

 けれど今目の前で二本の剣を振るうキリトは明らかにソードスキルを使用している。しかもアレは明らかにオレの《片刃大剣》と同じまったく新しいスキルだ。

 

「《ユニークスキル》……」

 

 ふとオレの口からそんな言葉が漏れた。

 

 ユニークスキルは、オレのが出現させた《エクストラスキル》、片刃大剣のように誰でも発動できるものではない、出現条件がまったくわからないスキルだ。もしキリトのあれがそのユニークスキルだった場合、オレが知っている中では二人目のユニークスキル保持者といえる。

 

 そんなスキルを駆使してグリームアイズに攻撃を放つキリトの連撃を見ると、合計で十六もの斬撃が放たれる。

 

 ポリゴンを斬り裂く甲高い音と、弾ける白光が星屑のように煌めき、蒼炎が照らすボス部屋を切り裂く。

 

「うおおおあああああッ!!」

 

 咆哮を上げながら打ち出される斬撃はどんどんと速度を増し、限界までアクセラレートされている。システムを凌駕するのではないかというほどの斬撃の嵐の最後の一閃がグリームアイズの胸に突き刺さった。

 

 しかし、キリトの渾身の攻撃を殆どくらったはずのグリームアイズは、その口元をゆがめてキリトに向き直った。

 

 見ると、最後のHPバーのほんの1ドット、ヤツのHPが残っている。キリトもそれは分かっているのだろうが、十六連撃という途方もない連続攻撃のせいで硬直時間が発生して動けずにいる。

 

「キリトくん!!」

 

 アスナが悲痛な声を上げようとするが、彼女の場所からでは走っても間に合わない。

 

「アウスト!!」

 

「わかってらぁッ!!」

 

 ヨミの声に頷いたオレは瞬時に背中の大剣を抜き放って片手で振りかぶる。

 

「とどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 絶叫と共に投げられた大剣は青黒い燐光を放ち、真っ直ぐにグリームアイズの顔面に飛び、次の瞬間、大剣が額に深く突き刺さった。

 

 同時にグリームアイズは天を仰ぐように頭を上に持ち上げた後、その体にノイズが奔り、無数のポリゴンとなって砕け散った。

 

 グリームアイズが砕けたことにより顔に刺さっていたオレの大剣がボス部屋の床に突き刺さり、その近くでキリトが仰向けに倒れこんだ。

 

 室内で燃え上がっていた蒼炎はいつの間にか掻き消え、オレ達の前にボス攻略によって設定された『Congratulation!!』の文字と大音響のファンファーレが響き渡った。

 

 そこでオレは足に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。かなり消耗したようだ。それと同時にオレの前に取得経験値とコルが表示され、更にその下にはドロップしたアイテムも現れた。

 

 アイコンを見ると大剣のようだ。名前は《ディアボロスアルマ》。

 

「悪魔の魂って……まんまじゃねぇか」

 

 苦笑しながらもそれを受け取ると、キリトの方に視線を向ける。

 

 消えていないことから死んではいないはずだ。恐らく極度の緊張と精神的疲労が出てきたのだろう。

 

「おつかれ、アウスト」

 

「ああ、だけど結局決められたのはアイツのおかげだ。コイツも本来ならアイツが受け取るはずだったもんだ」

 

 表示された剣を指差しながら言うと、ヨミも「そうだね」と短く答えた後、オレの横に座ってしなだれかかって来た。彼女自身もかなりがんばっていたため、相当疲れたのだろう。

 

「……やれやれ。最近で一番疲れたな」

 

 ドロップしたアイテムを受け取りつつ、オレも天井を仰いで大きなため息を漏らした。

 

 オレ達はそのまましばらく動くことが出来なかった。




はい、キリトの二刀流まで出せました。
まぁ多少原作との違いを見せるために留めはアウストにさせましたが……いいとこどりとか言ってはダメです。

またドロップしたアイテムもオリジナルのものなので深くは考えないても大丈夫です。とくにこれから重要なところで使うかといわれればそうではないので。

次回は、キリトがヒースクリフと対決するところですがそれはサクッと終わらせて、アウストとヒースクリフを絡ませられればと思います。
いければキリアスが結婚報告するところまでは行きたいですね。

となると十二話から十三話でアインクラッド編を終わりにするのが妥当ですかねぇ。

では感想などありましたらよろしくお願いします。
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