ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

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第七話

 七十四層のボス攻略が成された翌日。

 

 オレは昨日行き忘れたマシューの店に顔を出して頼まれていたアイテムやら素材を渡していた。同時にグリームアイズからドロップした片刃大剣、《ディアボロスアニマ》もトレードに出している。

 

「にしてもキリの字はえらい有名になってもうたなぁ」

 

「まぁアレだけ人の目があるところで、《ユニークスキル》なんざ発動すればしょうがねぇだろ」

 

「クラインとか《風林火山》のメンバーやアスナはんは言わないにしても、軍は言ってしまうやろねぇ。アルゲードも朝っからその騒ぎで持ちきりやでー」

 

 言いながら彼はアインクラッドの様々な情報が載せられているウィンドウをこちらに見せてきた。それを覗き込むと、《軍の大部隊を全滅させた悪魔》やら、《それを単独で撃破した二刀流使いの五十連撃》などなど、そのほかかなり尾ひれが付いたようだ。

 

「これじゃあキリトがエギルのところにシケ込むのもあたり前か」

 

「実際は単独やのうて、とどめ刺したんはお前なんやろ?」

 

「まぁ殆どキリトがライフを削ってたからな。オレは最後の一押しをしてただけ。だから単独撃破で間違いはないだろうさ。五十連撃ってのはやりすぎだけどな」

 

 肩を竦めて言ってみるとマシューは「ほぉー」と感心した様な声を上げた。

 

「ほんでコイツ、《ディアボロスアニマ》本当に売っちまってええのん?」

 

「ああ。キリトに渡そうかと思ったんだが、あいつも要らないって言うし。パラメータを《ズィーゲルゲシュペンスト》と見比べてみたら、ディアボロスの方が若干低いんだ。だからいらん」

 

「ふぅん、本人が言うなら俺ッちもそれに答えるだけやな。まぁボスドロップやからそれなりに高う買い取れると思うで……っと、二万コルかぁ。さすがボスドロップ」

 

 若干驚きがちに言うマシューに対し、オレは「それでいい」とだけ答え、トレード完了のボタンをタップした。それと同時にステータスの中に二万コルが追加され、それなりに財布が潤った。

 

 トレードを終え、さて帰るかと立ち上がろうとしたところで、店の扉が勢いよく開けられ、ドアベルが騒がしく響いた。

 

 オレ達がそちらに視線を向けるとそこには神妙な面持ちのヨミがいた。

 

「どうしたん、ヨミ?」

 

 マシューが問うが彼女は答えず、カウンター近くのテーブルにどっかりと腰を下ろすと、オレ達を見据えて告げてきた。

 

「……キリトとヒースクリフさんが対決することになった」

 

「ハァ? なんで血盟騎士団の団長様とキリトが……あぁいや、なんとなく分かった」

 

 一時は疑問を持ったオレだが、あの後……グリームアイズとの戦闘の後、アスナがKoBを一時脱退するといっていたことを思い出した。恐らくだがそれが問題になってきているのだろう。

 

 しかし、珍しいこともあるものだと思った。KoBの団長、ヒースクリフは基本的にはギルドメンバーの私情に関しては口を出さないと思っていたからだ。それがキリトと対決をするとは、よほどのことがあったのだろうか。

 

「あの人がデュエルなんて珍しいなぁ」

 

 オレの思ったことを代弁するかのようにマシューが告げると、ヨミも肩を竦めた。

 

「アタシだってアスナからちょっとしたことしか聞いてないからわかんないよ。でも、これだけは確かだって。ヒースクリフさんの方からキリトと立会いたいって言ったらしいよ」

 

「あの男がねぇ……それほどまでにキリトが気がかりなのか、それともアスナの脱退がギルドの士気を下げるとでも思ってるのか……」

 

 腕を組みつつオレは考え込むが、あの男の考えていることはいまいち分からないので、いちいち深く詮索する必要もないと思い、これ以上考えるのをやめた。

 

 その後オレはヨミと共にマシューの店を出てキリトとアスナがいるというエギルの店へ向かった。

 

「ねぇ、アウスト」

 

 道中、ヨミが心配そうに声をかけてきた。

 

「あん?」

 

「えっとさ、もし昨日あったことがキリトとアスナがいないときに起きて、同じように軍の人たちが教われてたらアウストは助けた?」

 

「……まぁ助けたんだろうな。オレは軍は嫌いだ。でも、目の前で人が襲われてるなら助けちまうさ。もしオレがそれを出来なかったら、オレはオレをゆるさねぇ」

 

「そっか、うん。そうだよね。やっぱりアウストは変わってないよ。初めて会ったときも私を助けてくれて、色々教えてくれたもんね」

 

 懐かしそうに笑みを浮かべながら言う彼女だが、オレはそれを鼻で笑いお茶らけたように言ってみた。

 

「アレはお前がMMO初心者丸出しで危なっかしかったから仕方なくだ」

 

「あ、なにそれ酷くない!?」

 

「本当のことだろーが。バカみたいに敵に突っ込んでって逃げて……その繰り返しだっただろ。危なっかしくて見てらんなかったぜ」

 

 肩を竦めてヤレヤレというそぶりを見せると、ヨミはそれが気に入らなかったらしく、凄まじい強さでオレのふくらはぎを蹴ってきた。その衝撃で数メートル吹き飛ばされたオレは地面と熱いキスを交わしてしまった。

 

「な、なにしやがる!」

 

「フンだ!! アウストのデリカシーのなさは相変わらずだと思っただけだよ! 先に行くかんね!」

 

 顔を真っ赤に染めたヨミはそのままズンズンとエギルの店に行ってしまったが、オレは顔を摩りながら立ち上がって小さく息をつく。

 

「ったく、現実世界だったら顔の皮ズル剥けだっつの……。けど――」

 

 オレは前を行き小さくなるヨミの背中を見ながら言葉をつないだ。

 

「――オレを変えてくれたのは、お前だぜ。ヨミ」

 

 オレの声は届いてはいないだろうが、今はそれでいいのだ。来るべき日が来たら、今一度彼女にこの言葉を伝えよう。オレを変えてくれた彼女に『ありがとう』と。

 

 

 

 

 

 

 それから数日後、オレはまたしてもヨミと共に行動を共にしていた。

 

 オレ達がいるのは先日解放されたばかりの、七十五層の転移門の前にある巨大なコロシアムの観客席だ。既に客席は超満員であり、外では商人プレイヤーが露店を開いていた。どうやらKoBの経理担当が今回の決闘をお祭り騒ぎにしたらしい。

 

 マシューの店に行った後、エギルの店で二人でイチャコラしていたキリトとアスナに話を聞いたところ、アスナはヒースクリフを説得しようとしたらしいのだが、キリトは売り言葉に買い言葉で彼の申し出を承諾。結果このようにデュエルをすることになってしまったらしい。

 

 まぁキリトの気持ちも分からなくはない。オレもその立場だったら彼のように答える。

 

 けれど今回の相手はこのアインクラッドの中で最強の異名をとる男、ヒースクリフだ。彼を語る言葉は最強のみではなく、生きる伝説やら聖騎士などがある。

 

 彼もまたキリトと同じユニークスキル保持者だ。キリトよりも早く発言した彼のスキルの名は《神聖剣》。十字をかたどった盾と剣を装備した攻防一体の力。何度かボス攻略戦で見たことはあるが、彼の盾を抜ききった攻撃は今まで見たことがない。

 

 それだけ彼の防御力は鉄壁なのだ。オレでさえアレを突破できるかどうかは分からない。キリトも彼の防御力は分かっていると思うので、攻撃をするとすれば二刀流による手数勝負となるだろう。

 

「あの男の場合全部防ぎそうでおっかねぇわなぁ」

 

「でもキリトの二刀流だってかなりの速さがあるから、ヒースクリフさんの盾だって抜けるんじゃない?」

 

「確証はないな。どうなるかはキリトの技量次第だ」

 

 と、オレがそこまで言った所でコロシアム全体が湧いた。闘技場中央に目を向けるといつもの黒衣のいでたちのキリトが現れた。背中には二本の剣が吊られている。

 

 そして彼から少し遅れて赤い鎧と白のマントを装備したKoBの団長、ヒースクリフが現れた。

 

 二人が現れたことで会場のボルテージは最高潮だ。確かにユニークスキル保持者が戦うともなれば皆興味を引かれるのも無理はない。

 

 闘技場中央でメニューウィンドウを操作しているようで、それが完了した後、互いに距離をとって得物を構えた。

 

 恐らく彼等の視点にはカウントが始まっているだろうが、オレ達の視点からはそれが見えない。けれど、彼等から伝わってくる気迫は相当のものだ。

 

 ……さて、どっちが勝つか。

 

 思ったと同時にキリトが地を蹴り、黒剣をヒースクリフに向かって突いた。だがその剣は十字盾に防がれる。それでもキリトは攻撃の手を休めず、次々に攻撃を放っていく。

 

 ヒースクリフはそれらを一切表情を変えることなく盾で見事に防いでいく。そればかりか時に盾を突きつけることでキリトの視界を狭め、細身の長剣でカウンターを放っている。動きに一切の無駄がなく、キリトに付け入る隙を与えていない攻防は凄まじいの一言だ。

 

 盾と剣の攻撃によって大きく弾かれたキリトは体勢を整えるが、その隙にヒースクリフが一気に距離を積める。キリトが応戦しようとしたが、彼は剣で攻撃すると見せかけ、盾でキリトの腹部を穿った。

 

「うわっ」

 

 隣でヨミが口元を押さえてキリトの心配をしているが、あの程度でやられる男ではない。キリトは右手の黒剣エリュシデータを構え、その剣を黄色いエフェクトが包み込み、次の瞬間にはキリトの剣がヒースクリフの盾に直撃していた。

 

 金属と金属がぶつかり合うけたたましい音が響くが、ヒースクリフも無事ではなかったようで、その場から弾き出されている。けれども悠然としたステップで着地すると、キリトに向き直って何か言っているようだ。

 

「まったくなんて堅ぇ盾だよ」

 

「うん。それに反応も早すぎる……」

 

 オレが漏らした言葉にヨミが返してくる。ヨミ自身の剣速もキリトに負けず劣らずだが、その彼が圧倒されていることに驚いているのだろう。

 

 再びの剣戟音に視線を戻すと、キリトとヒースクリフが交差するように剣戟をほとばしらせていた。火花が散り、砂塵が舞うその光景は互いに持てる力を出し切っていることが分かった。

 

 だがその剣戟の中でオレはキリトの反応速度と攻撃速度が段々と上がってきたように見えてきた。そしてついにヒースクリフの鉄壁の防御をキリトの剣が突破し、彼の頬に傷を与えた。

 

 その一瞬、ヒースクリフの動きが今までと違い遅れをみせた。彼が見せた隙をキリトが見逃すわけはなく、彼はグリームアイズ戦で見せた十六連撃を放つ。確か名前は《スターバースト・ストリーム》だったか。

 

 弾ける燐光が星屑のように煌めき、走る剣閃は剣戟というよりも剣の奔流に等しかった。

 

 右へ左へ上へ下へ……凄まじい剣閃によってついにヒースクリフの防御にほころびができ、振り上げた剣がヒースクリフへ振り下ろされ、彼の身体に食い込みそうになった瞬間。

 

 それは突然訪れた。

 

「ッ!?」

 

 一瞬、ほんの一瞬。コンマ数秒。刹那の瞬間。

 

 それだけ短い時間、僅かに時間がなくなったような気がした。いや、よくよく考えれば時間がなくなったのではない。ヒースクリフが速過ぎたのだ。だがその一瞬にヒースクリフの盾が移動し、キリトの剣を受け流したのだ。それと同時にキリトにできた隙を今度はヒースクリフが突き、勝負が決まった。

 

 勝負はヒースクリフの勝利で終わった。でもオレにはどうしても納得が出来なかった。キリトのあの最後の一振り。アレが直撃していれば負けていたのはヒースクリフだ。なのにあの一瞬の時間のブレのようなもののせいでそれが逆になった。

 

「いやぁ……さすがヒースクリフさん。キリトでも勝てなかったかぁってアウスト!?」

 

 ヨミが隣で何か言っていたが、オレはそれを振り切ってヒースクリフが消えて言ったコロシアムの通路へと駆けた。

 

 いまだ戦闘の熱が冷めない人ごみを抜け、ヒースクリフが入っていった通路へ来たオレはヤツの背中を見つけた。

 

「ヒースクリフ」

 

 自分でも驚くような低い声が出た。

 

 だが目の前にいる赤と白の聖騎士は臆した様子もなく振り向いた。

 

「やぁアウスト君。久しいね」

 

 アレだけの戦闘の後だというのに随分と軽々しい声を吐いてくれるものだ。いや、それだけ強い精神があるからこそ最強ギルド《血盟騎士団》を設立することが出来たのだろう。

 

「……ヒースクリフ、アンタあの一瞬なにをした」

 

「なにをとは?」

 

「キリトの剣がアンタに直撃する瞬間だ。あの一瞬のアンタの動きは速過ぎだった」

 

「ほう……」

 

 オレの言葉に彼は感心した様な声を漏らした。オレも一瞬たりとも彼から視線を逸らさず彼を睨みつける。

 

「そう怖い顔をしないでくれ。残念だがアウスト君、先ほどの戦闘はなんらおかしなことはないよ。私は普通にキリト君の攻撃を防ぎ、彼に勝利した……それだけのことさ」

 

「……そうかよ。じゃあ、そういうことにしてやる。でも覚えておけよ、アレは明らかにおかしかった。特にアンタと戦ったキリトはそう思ってるだろうぜ」

 

「なるほど。あぁそうだ、こんな時になんだがアウスト君。君も血盟騎士団に入らないか?」

 

「は?」

 

 予想だにしなかった言葉にオレは思わずマヌケな声を出してしまった。けれど、オレは思い出した。オレがこの男のことを恐ろしいと思う理由を。

 

 この男は考えがまるで読めないのだ。物事をどのように見据えているのかは分かる。けれど、真に分からないのは彼の根底にある真意だ。

 

「なに、単純なことさ。君が入ってくれれば血盟騎士団はもっと強くなる思ってね。キリト君も参入することだし、君もどうだろう。ヨミ君も一緒にしても構わないよ」

 

「ハッ! 冗談だろ。オレみたいな攻略組の不良を血盟騎士団が入れていいのかよ。ギルドの名が落ちるだけだぜ」

 

「私が伊達や酔狂でギルドに勧誘するとでも?」

 

 ヒースクリフの声音からして嘘は言っていない。むしろオレを本気で勧誘しに来ているだろう。けど、オレは決めているのだ。

 

「魅力的な申し出だが、断らせてもらう」

 

「ほう、一応理由を聞いても……いや、これはマナー違反だな。では気が変わったらグランザムに来たまえ。いつでも参入を許可しよう」

 

「……どーも」

 

 オレは煙に巻かれたような気分になりながら彼に返すと、彼も満足したように頷くと踵を返してコロシアムを出て行った。そんな彼の後姿を見送りつつもオレの心中は靄がかかったようだった。

 

 

 

 

 

 それから二日が経過し、オレはエギルの店の二階にいた。

 

 理由はキリトが血盟騎士団に正式加入となり、ギルドのユニフォームを着るという情報を得たからだ。

 

 そしてオレの前には血盟騎士団のユニフォームに身を包んだキリトとそれを満足げに見ているアスナの姿があった。しかし、オレは腹を抱えて笑った。

 

「ぶ、ハハハハハハッ!! に、似合わねー! キリト、お前やっぱり血盟騎士団のユニフォームおかしいって!」

 

 今まで黒の服ばかり着ていたためか、白と赤の配色のユニフォームは彼のイメージと違いすぎたのだ。そのため笑いを我慢できずに盛大に爆笑してしまった。

 

「そ、そんなに笑わなくなっていいだろ! アスナ、俺地味なヤツっていったんだけど……」

 

「これでも十分地味な方よ。それにアウストさんは笑ってるけど、私は似合うと思うよ」

 

「ひーひー……あー笑った笑った……これフィールドで見せられたらアレじゃね? ライフ数ドットくらい減ったぐらい笑ったかな」

 

「どんだけだよ!」

 

 キリトに突っ込みを入れられ、オレは投げつけられたグラスを避ける。グラスはすぐにポリゴンとなって消えた。

 

 オレはもう一度キリトを見てから肩を竦め、彼に告げた。

 

「まぁ血盟騎士団でもがんばれや。お前ならヒラで入ってもいい位置に行くんじゃね?」

 

「別にそこまでは求めてないよ。オレは……」

 

 彼はそこまで言った所でアスナの方を一瞥したので、オレは大きなため息を漏らした。

 

「あーはいはい、のろけはたくさんです。オレはもう帰るんで二人してご存分にイチャコラしてください」

 

 オレはそう残して帰ろうとしたが、ふと思い出したのでキリトだけを呼んだ。彼は若干訝しげな表情をしつつもオレの元まで来ると耳を傾けた。

 

「キリト、これから任務とか行くのか?」

 

「いや、今日は何もないけど……」

 

「そうか。でも一応小耳に入れとけ。お前と勝負したクラディールってヤツいただろ。もしアイツと行動を一緒にすることがあったら十分注意しろ」

 

「え、なんでだ?」

 

 キリトが小首を傾げてきたのでオレは言葉を募る。

 

「お前がアイツに勝った時、嫌な視線を感じたんだ」

 

「視線?」

 

「ああ。あの視線はラフコフの奴等と同じやつだった」

 

「ラフコフだと!?」

 

 声は小さいもののキリトの声には驚きがあった。だが、オレはそれには反応せず続ける。

 

「まぁオレの勘違いもあるかもしれないが、クラディールと一緒に居るときは気をつけろ。ああいう目をするヤツってのは大概良からぬことを起すからな」

 

「ああ、わかった。教えてくれてサンキューな」

 

「おう。あとコイツはまったく関係ないが、アスナとくっつくならさっさとくっつけ。見てるこっちがこっ恥ずかしくなるわ」

 

「なっ!?」

 

 オレの言ったことにキリトは驚いていたようだが、そのまま固まってしまったようで何も言い返してこなかった。それに呆れつつ、オレはセルムブルグに戻るために家路についた。

 

 

 

 

 

 

 セルムブルグに到着したオレは今日は家でゆっくりしようと家の方向に足を向けた。しかし、そのとき腰マントを誰かに引っ掴まれた。

 

 それを不審に思いそちらをい見ると。

 

 したり顔のヨミがいた。

 

「……なにやってんだヨミ」

 

「見れば分かるでしょ? アンタが帰ってくるまでここで張ってたの」

 

「……なぜにそんなことを?」

 

「聞きたいことがあったから」

 

 その声は至って真面目な声であり、ふざけてここで待っていたわけではないことをあらわしていた。それを見たオレは小さく溜息をつくと一旦腕を離させてヨミを家に招いた。

 

 自室に戻り装備を解除したオレはヨミに適当なところに座るようにつげ、お茶を用意することにした。ヨミは周囲を見回して一言。

 

「結構綺麗にしてるんだね。家具も揃ってるし」

 

「まぁ一人暮らしはリアルでもしてたからな。ホレ、味は保障しねぇけどお茶」

 

 オレは紅茶っぽいお茶を入れたティーカップをヨミに出した。料理スキルなんて殆ど上げてないので、恐らく凄まじく渋いと思うが話をする上では水分は大切だ。

 

「そんで? 話ってなんだよ」

 

「えっと、アウストこの前言ってたじゃん。軍の子供たちにいじめられてる子供たちを助けたって。アウストがお人よしだってことは分かってるけどさ、なんで軍の人たちを半殺しにするような真似をしたの?」

 

「あぁそれか……」

 

 オレは紅茶っぽいお茶を啜るが、やはり不味い。かなり渋い。ヨミも同じように啜ったが、顔から察するに渋かったのだろう。

 

「まぁこの辺はオレのリアルの話も入って来るんだけどな」

 

「え、あ、ならいいよ別に無理して話さなくても。ここではリアルのことはタブーだし」

 

「別にかまわねぇさ。お互いもう知らない仲でもないしな」

 

 オレはティーカップを置いて虚空を見上げた後、ヨミを見据えて口を開いた。

 

「オレには弟がいるんだ。リアルでは十歳だっけな。だから被っちまったんだろうなぁ、ガキ共がいびられてるのを見てまるでオレの弟が傷つけられちまってるように見えちまったんだ。だからあんな非人道的なことも出来たんだろ」

 

「……アウストは弟思いなんだね」

 

 そういわれたとき、オレは言葉が出なかった。

 

 なぜなら、オレはオレの生きる意味を奪った怪我につながる事故を起した弟を一度だけ恨んだことがあるからだ。

 

 コイツさいなければ。コイツが生まれてこなければ……そんな黒い感情がこみ上げてきて、弟から離れていた時期があった。そしてこれ以上皆といたら誰かを傷つけてしまうという念からもあり、家を飛び出し東京の高校に入学したのだ。簡単に言えば逃げたのだ。無論それ以外にも感情はあったが、それらの感情が強かった。

 

 だから多分オレが子供たちを助けたのは弟と被ってしまったのではなく、弟に対する罪滅ぼしであったのかもしれない。

 

 お前は何も悪くないのに恨んでごめんな、ということに対する罪滅ぼし。自分でもなんて自分勝手な考えなんだと思う。

 

「アウスト?」

 

 ヨミの声にオレはハッとした。現実でのことを思い出してぼーっとしてしまったようだ。

 

「わり、ちょっと現実世界のこと思い出してた」

 

「弟さんのこと?」

 

「ああ。さっきお前はオレのことを弟思いって言ったけど、実際はそんなことねぇ。オレは兄貴失格なんだよ。テメェの弟を恨んだ兄貴なんざ兄貴じゃねぇだろ」

 

「……」

 

 オレの言葉にヨミは声を発しなかった。

 

 しかし、彼女は一度大きく深呼吸をすると意を決したように告げてきた。

 

「アウスト。アタシはもったアンタのことが知りたい。現実世界のアンタがどんな人間で、どんな人生を送ってきたのか。どんな内容でもアタシはアンタを絶対に軽蔑しない。だから教えてよ、アンタのこと」

 

 ヨミは薄く笑った。だがその笑顔は信用に足る笑顔だった。彼女の言葉は本気であり、それだけの覚悟を持ってオレに告げてきているのが分かった。

 

 だからこそオレはそれに答えようと思った。

 

「……ああ。話してやるよ、オレの全てを……な」

 

 今日の予定にはまったくなかったことだが、オレはヨミに対して全てを話した。オレが現実世界で剣術をやっていて、十歳のころの事件でそれが出来なくなったこと。それによって世界が灰色に見えて、オンラインゲームに居場所を求めたこと。そしてこのSAOが自分に生きる意味を与え、ヨミの生き方がオレに変化を齎してくれたことも。

 

「ヨミ、オレはお前に感謝してるんだ。お前の一心不乱に生きる生き方がオレにはとてもかっこよく見えた。この世界から出られなくてもいいと思っていたオレの考え方を変えてくれたんだ。だからこの仮想世界から出たあともオレは生きていけると思う」

 

「アタシ、そんなにご大層なことしたっけ」

 

「お前はそう思っていなくても。お前の真っ直ぐなところにオレは引かれたんだよ。だから言わせてくれ、ありがとうな。ヨミ」

 

「え、あ! うぁ、えっと……どどど、どういたしまして?」

 

「何で疑問系なんだよ」

 

 オレが呆れるとヨミは恥ずかしそうに俯きながら頭を掻いていた。ふと、彼女は思い出したように咳払いをするとオレに向き直った。

 

「そうだ、ここまで話してくれたんだからアタシも話すよ」

 

「いや別にお前まで言わなくても……」

 

「ううん、言わせてよ。仲間なんだからさ」

 

「……そうか」

 

 オレは短く答えてヨミの話をきいた。

 

 それからオレ達は互いの現実世界でのことを話し合い、気付けば外は夜になっていた。

 

 オレは不味いお茶を啜りながら外を見やった。

 

「こんだけお前と話し合ったのは助けた時以来だな」

 

「そうだねぇ……いつの間にか夜になってるし。あの時はどうしたんだっけ?」

 

「昨日も言っただろ。無鉄砲にモンスターに突っ込んでったから死にそうになってて、放っておくと死にそうだったから戦い方をレクチャーしてやったんだよ」

 

「あーあったねぇそんなこと」

 

 思い出に浸りつつヨミはティーカップの中のお茶を啜ったが、やはり不味いのか渋い顔をした。

 

 けれどそこで何かを思い至ったのか、ポンと手を叩いた。

 

「そうだ! こんだけ色々話したのにアタシ達本当の名前も分かってないじゃん!」

 

「そういえばそうだな。でもいいんじゃね?」

 

「ダメ! 現実世界であった時不自由じゃん。それにお互いの名前を知ってた方が親近感湧くし」

 

 こぶしを握り締め、若干興奮気味に言うヨミに若干気圧されつつも、オレは「そ、そうだな」と頷いた。すると彼女は自分の胸に手を置いて彼女の名を言った。

 

「アタシの本当の名前は星峯詠美(ほしみねえいみ)。現実世界の年齢だと22歳かな。キャラネームは詠の字からとって『ヨミ』」

 

「年上かよ。性格がガキっぽかったから年下だと思ったぜ」

 

「なにそれ酷くない?」

 

 ちょっとだけ怒った彼女は頬を膨らませた。そのような仕草がこどもっぽいというのだ。だが、あまり距離感が遠く感じないのはオレの双子の姉もそんな感じだからだろう。

 

「そんじゃオレの番か。オレの名前は萩月葵(はぎつきあおい)。リアルだと二十歳だ。キャラネームの由来は『萩月』は八月って意味だから、それのドイツ語読みの『アウグスト』から“グ”をとって『アウスト』な」

 

「なんか凝った名前ねぇ。普通にアオイでいいんじゃない? 男で葵って名前珍しいし」

 

「最初は本名をちょっともじって『アヲイ』でも良かったんだけどな。今までアウストでやってたからクセでな」

 

 嘘ではない。実際以前からやっていたゲームでもアウストで通していたし、なんやかんやで気に入っていた。だからこの世界でこの名前になったも必然だろう。

 

 ヨミは「ふーん……」と何度か頷いていたが、時間を確認して立ち上がった。

 

「それじゃあ今日はそろそろ帰るね。色々一遍に聞いちゃってごめんね、あとありがとう」

 

「いや、オレも楽しかったぜ。じゃあ、またな」

 

「うん」

 

 ヨミはそれだけ答えるとオレの家から出て行った。

 

 彼女が出て行ったことで多少静かになった気がしたが、オレの心はどこかすっきりとしていた。いつか言おうとしたことを言えたことで、心にぶら下がっていた重荷が降りたような気分だ。

 

 無論全てを克服できたわけではいかもしれないが、それでも気持ちが楽になったのは確かだった。

 

 

 

 

 

 オレがヨミと話をしてから二日後。

 

 装備を整えて七十五層の迷宮区に行こうと思っていたところで、自宅の扉がノックされた。時刻は朝九時だ。この時間に来客とは珍しい。

 

「へいへい、どちらさんですかっと」

 

 大剣を背中に吊りながらドアノブを回すとそこには装備を整えた状態のキリトとアスナがいた。しかし先日とは違い、キリトは血盟騎士団のユニフォームではなく、いつもの黒の装備だった。

 

 また、二人はかなり神妙な面持ちをしているし、手までつないでいる。何かあったことは明白だ。

 

「どした? お二人揃ってイチャコラをオレに見せ付けに来たか?」

 

「いやそうじゃなくてさ……アウストは知らない仲じゃないし知らせとこうと思ってさ」

 

「ふぅん……まぁ大体予想はつくけど」

 

「え」

 

 短い声を上げたのはアスナだった。このリアクションも大方予想通りだ。オレはそのまま言葉を続ける。

 

「どうせ結婚でもするんだろ、お前等」

 

「な、何で分かったんだよ!?」

 

「だってそんな真剣な顔して手までつないでしかもその握り方所謂恋人握りだし。しかもこの前言ったしなぁ、くっつくなら早くくっつけよって。それを含めなくたってお前等だったらくっつくって予想はあったし」

 

「確かに早くくっつけって言ってたな……」

 

「まぁ流石のお兄さんもビックリだけど、いいんじゃね? ホラ、大切なものができた方が人は強くなるって言うだろ」

 

 お茶らけたように言ってみるが、二人の表情は妙に晴れない。

 

 ……なんだこれ、地雷でも踏んだのか?

 

 などと考えていると、アスナが口を開き、昨日起きたことを話してくれた。

 

 話によると昨日キリトは件のクラディールと共に行動をしたらしく、ヤツはそこで仲間二人を殺し、さらにキリトを殺しかけるという凶行に及んだらしい。キリトは十分気をつけていたらしいのだが、食事に麻痺系のトラップが仕掛けられており応戦が出来なかったとのことだ。

 

 そこへアスナが駆けつけ、クラディールを追い込み彼を殺さず見逃そうとしたのだが、クラディールは引き下がらずアスナまで手にかけようとしたらしく、結果キリトが彼に止めを刺して殺した。これが昨日起こったことらしい。

 

「ふーん、んでなんでそれをオレに?」

 

「いえ、まぁアウストさんには話しておいたほうがいいかなって思って……」

 

「ふむ……まぁそういうこともあるんじゃねぇの。オレだってキリトの立場でその状況だったらそうしたし、別になんとも思いやしねぇよ。そんでお前等どうすんだ。ギルドの方は」

 

「団長には休暇をとらせてもらいました。だからしばらくは前線に出ないで二十二層にあるログハウスで過ごそうかと思ってます」

 

 恥ずかしげに俯き、申し訳なさそうな顔をする二人にオレは肩を竦めた。大方攻略を任せきりになってしまうとでも思っているのだろう。

 

 ……ったく、気ぃ使ってんじゃねぇよ。

 

 呆れ気味にため息をついたオレはトレードウィンドウを開いて適当な金額のコルをキリトに送った。

 

「お、おい二万コルもいいのかよ」

 

「気にすんな。それこの前のグリームアイズ戦でドロップした武器を換金した分だから。祝儀と新婚生活の足しにでもしてくれ。そんじゃあな、オレはこれから七十五層の攻略行って来る」

 

 オレは自宅の鍵を閉めて二人に向けて軽く手を上げてからセルムブルグの転移門へと向かった。しかしその道中、ふとオレは思い出した。

 

「そういやアスナの話じゃ昨日は一緒に居たみたいなこと言ってたな……てぇことは、コイツ使ったんかねぇ」

 

 オレはオプションメニューを一番下までスクロールして表示されたものとにらめっこした。

 

「《倫理コード解除設定》。もしもこれを使ったのだとすれば……そういうことだよなぁ」

 

 しみじみと呟くもののこれ以上詮索するのは人としてどうかと思ったのでやめることにした。




はい、今回は予定通り行きましたね。

アウストトヨミがくっつきそうな感じですが……それはどうでしょうね。
ヒースクリフとアウストが接触しましたが、実際はかなり前に接触はしていました。キリトよりは話していた感じですね。

最後にアウストが下世話なこといってますが、それは男の子ということで……。

次回はユイと絡めることが出来ればと思います。
ではでは、感想などありましたらよろしくお願いします。
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