ソードアート・オンライン -宵闇の大剣士-   作:炎狼

8 / 23
第八話

 キリトとアスナが近しい人物に結婚を報告したのと、KoBから休息を得て、二十二層の森林地帯のログハウスで生活を始めてから一週間が経過した。けれどオレは今日も七十五層の迷宮区のマッピングをすすめるために七十五層の主街区へ赴いていた。

 

 別にキリト達がいないから代わりにがんばろうとかそういうわけじゃない。これはいたって普通のことだ。ヨミと組むことも増えてきてはいるが、彼女もソロプレイヤーなので毎回一緒になることはない。

 

 オレ達以外の勤勉な攻略組やKoBのメンバーも迷宮区のマッピングを行っているので、ボス部屋に到達するとすればあと一週間程度だろうか。出来れば休暇中の彼等には出張らないでほしいが、七十五層ということを考えるとそうはできないかもしれない。

 

 アインクラッドにおいてボスは二十五層ごとにかなり強いボスが設定されているらしく、二十五層の双頭の巨人のボスでは《軍》が攻略組として再起不能となるダメージをもらい、五十層では仏像めいた多腕型のボスによってかなり危険な位置にまで追い込まれた。あの時ヒースクリフ達の援軍が一歩でも遅れたらと思うと今でもゾッとする。

 

 だから今回も七十五層という数字を考えればそれらのように、凄まじく強いフロアボスがいると考えられる。さらにグリームアイズ戦のような《結晶無効化空間》という場合も十分考えられる。

 

 そうなるとトッププレイヤーであるキリトとアスナをヒースクリフが呼び出すこともあるはずだ。

 

 ……短い新婚生活にならなけりゃいいが。

 

 オレは嘆息しつつも迷宮区に足を向ける。瞬間、鈴の音のような音と共にオレの元にメッセージが届いた。差出人を見るとキリトのようだ。

 

「急にメッセとは、新婚生活満喫してりゃあいいのにな」

 

 ひとりごちながらもメッセージウィンドウを開く。だがオレは送られてきたメッセージの文面を見て眉をひそめた。

 

 オレはメッセージウィンドウを閉じて迷宮区に向かおうとしていた足を転移門へと向け、二人の邸宅がある二十二層へと向かった。

 

 

 

 

 

 二十二層に到着したオレはそのままキリトに指定されたログハウスへと向かう。そこに向かう途中周囲を見回すと改めてこの二十二層が平和な層だということが分かった。

 

 殆どが常緑樹の森林と多くの湖によって構成されているこの層にはモンスターも存在せず、主街区も小さな村と言ったものだ。そのためここを拠点にするプレイヤーは少なく、あの二人が静かに過ごすにはうってつけの場所と言える。

 

「ここにずっといられればゆっくりは出来るかもしれねぇけど、逆に戦いから離れすぎてつまらなくなりそうだな」

 

 のどかな風景に小さく息をつきつつ歩いているとやがて視線の先にそれなりの大きさのログハウスが見えた。外周に程近いためかハウスの奥には蒼い空がよく見える。

 

 硬いブーツの底が木道にあたるゴツゴツという重々しい音をたてつつ、オレはキリト、アスナ邸のドアの前に立つと軽くノックする。

 

 すぐにドアが開けられユニフォーム姿ではないシンプルな格好をしたアスナが顔を出した。彼女はオレの顔を見るやいなや頭を下げてきた。

 

「急に呼び出してしまってすみません、アウストさん」

 

「気にすんな。そんでオレに会わせたい女の子ってのは?」

 

 小首をかしげながら聞くとアスナに中に入るよう促され、オレは一歩踏み出すが人の家に入るときにフル装備はどうかと思ったので、ラフな格好に着替える。

 

 着替え終え中に入るとログハウスの中はそれなりの広さがあり、木の温かみが感じられる内装だ。家具も一通り揃えられており木目のテーブルの両サイドに向かい合うようにして抹茶っぽい色のソファが置かれている。

 

 そしてそのソファに先ほどのメッセージでキリトが言っていた女の子がキリトの隣に座っていた。

 

 先ほどオレに届いたメッセージの文面を簡単に省略するとこうだ。『会ってもらいたい女の子がいるからこっちに来てくれ』という内容だった。

 

「あの子が?」

 

「はい。ユイちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」

 

「はーい」

 

 アスナの声にユイと呼ばれた少女はトタトタとこちらにやってきた。年齢的には十歳にみたないかどうかと言ったところだろうか。しかし、それにしては口調が舌足らずなような気もする。

 

 けれどそれ以上に妙だったのは彼女にカーソルが表示されないことだ。アインクラッドにおいては全ての動的対象にはカーソルが働くはずなのだが、一体どういうことだろう。

 

 するとユイはオレの方をくりくりとした不思議そうな瞳で見上げてきた。少々み続けてしまったから変な風に思われてしまっただろうか。

 

「ユイちゃん、この人はねママとパパのお友達なの。名前は――」

 

「――アウスト」

 

 アスナがオレのことを紹介しようとしたところでユイが先ほどまでの舌足らずな口調ではなく、凛とした張りのある声音で言ってきた。彼女の口調の変化に驚いてしまったが、一番驚いていたのはアスナとキリトだった。

 

 しかし驚くのも束の間。ユイが頭を押さえて苦しげな声を上げた。

 

「うくぅ……! あぁああ!」

 

「ユイちゃん!?」

 

 アスナがすぐさま彼女の肩に触れようとしたが、それよりも早くユイは意識を失いオレの方に倒れこんできた。オレはユイをしゃがみ込みながら抱きとめると、彼女をそのまま抱き上げてアスナに渡してからキリトに問うた。

 

「どういうことだ、あの子……一体なんなんだ?」

 

 その問いに対し、キリトはアスナを視線を交わすと一度頷き、オレを外へと連れ出した。

 

 外に出されたオレはあの少女、ユイとキリト達がどうやってであったのかを聞かされた。だが、分かっていることはあまりにもなさすぎた。それでも彼女がなにかのクエストの鍵であったり、幽霊の類ではないことは確かではあるようだ。

 

 そこで以前第一層のはじまりの街では孤児院をやっている女性プレイヤーがいるという話をしたオレに白羽の矢がたったらしい。

 

「それでどうだ? ユイはその孤児院の中にいたか?」

 

 神妙な面持ちで聞いてくるキリトだがオレは被りを振った。

 

「いや、見た事ねぇ。けどさっきの……なんでユイはオレのことを普通に呼べたんだ」

 

 首をかしげてみるもののキリトもそれはわからないとのことだ。彼女が森でキリト達に保護されたのが昨日。そして目を覚ましたのが今日の朝。その間キリトとアスナはオレの名を彼女の前では出していなかったらしい。だから彼女がオレ自身の名を最初から分かっていたというのは無理だ。

 

 ではオレの名前を瞬時に読み取れたのでは? とも考えたが、キリトは「それはない」と答えてきた。彼女はキリトやアスナの名前でさえ簡単に読めなかったというのだ。確かにそんな少女がオレの名前をあそこまではっきりとは言えないだろう。

 

「今日はずっとあんなふうに舌足らずって感じだったか?」

 

「ああ。アレぐらいの歳の子にしては妙だよな」

 

「そうだな。あの程度まで成長してれば普通にしゃべれるはずだが、あの子はなんか生まれたばっかりって感じがする」

 

「やっぱりゲームに親と一緒にダイブして親が亡くなって、そのショックから上手く話せないって言うのが妥当なのか……」

 

「それはわからねぇ。まぁそういうこともあるかもしれねぇが、いくらゲーム好きの親でもあんな小さい子にいきなりVRMMOをやらせるとは思えないぜ」

 

 手を広げて言うとキリトもその考えに至っているのか静かに頷いた。

 

 しかしいつまでもウジウジと考えていてもしょうがないので、オレは「よしッ」と多少力を込めた声を漏らすとメッセージウィンドウを呼び出し、件の孤児院経営者であるサーシャに連絡を取る。

 

「とりあえず先方にはオレが言っておくから、ユイが目覚めたらはじまりの街に行ってみようぜ。もしかしたらオレが知らないうちに入った子かもしれないしな」

 

「そっか、世話かけるな。アウスト」

 

「いいさ。あんな小さい子、放ってはおけないしな。それにお前とアスナのことを『パパ』、『ママ』って呼んでるみたいだし」

 

「それは……ユイが呼びたそうにしてたからさ」

 

 キリトは難しい表情をするがオレはそれに肩を竦めた。

 

「別に冷やかしを言ってるわけじゃねぇよ。あの子にとって、今の『パパ』と『ママ』はお前とアスナってことだ。お前等をそういうふうに呼ぶってことはそれだけ信頼されてるってわけだ。だからしっかり守ってやんな」

 

 言いつつメッセージを書き終えたオレはサーシャにそれを送った。キリトもオレの言葉に頷き、オレ達はアスナとユイのいるログハウスへと戻った。

 

 ログハウスへと戻るとユイも目を覚ましたようで、眠そうに目を擦りながらソファに腰掛けていた。キリトはアスナを手で招いてはじまりの街へ行くことを教えていたが、ユイはいつの間にかオレの元までやって来てズボンを引っ張ってきた。

 

 オレはしゃがみ込んでユイの視線の高さに自分の視線をあわせると笑みを浮かべながら彼女に問う。

 

「どうした?」

 

「あうすとはおともだちいる?」

 

「友達? もちろんいるぜ、ユイのパパとママもオレの友達だ。でもそれがどうした」

 

 首を傾げてみるとユイは俯きながら悲しげな表情をした。

 

「……わたし、おともだちのことわからないの。パパとママはわたしのことをたすけてくれるひとっていってたんだけど、よくわからない……」

 

「助けてくれる人か……ふむ、ならオレがお前の友達になってやんよ」

 

 オレが言うとユイはキョトンとしていたが、やがて嬉しそうな笑みを見せてくれた。どうやら気に入ってもらえたようだ。

 

 そこでアスナがユイを呼んだ。そちらに視線をやると彼女の手には暖かそうなセーターがあった。確かにユイのよ装いをみると冬に入りたてのこの季節には寒げな白のワンピースだ。外に行くのだから暖かくしてということだろう。

 

「ちょと待てアスナ。服は独立オブジェクトじゃないから感覚は変わらないんじゃないか?」

 

「あ、そっか……」

 

 アスナは口元に手を当てて考え込むが、そこでキリトがユイに告げた。

 

「ユイ。ウインドウ開けるか? こうやって右手の指を振ってみるんだ」

 

 キリトがそれをやると紫色のウインドウが呼び出されて彼の前に展開された。ユイもそれにならって指を振ってみたがウインドウは呼び出されない。

 

「やっぱりシステムがバグってるみたいだな。でも、アイテムウインドウが開けないのは致命的だな」

 

「というかそもそもこれってバグなんかねぇ……」

 

 オレは眉をひそめて指を振っているユイを見る。すると彼女は右手を振るのをやめ、こんどは左手で振ってみた。

 

 それと同時に今まで出なかったアイテムウインドウが展開された。ユイはそれに嬉しそうに声をあげ、アスナは彼女の了解を得て彼女の手と取るとアスナの目からは見えないであろう可視モードボタンをクリックさせる。

 

 しかしアイテム欄を開こうとしたアスナが驚きの声を上げた。

 

「な、なにこれ!?」

 

 驚きの声にオレとキリトも二人の元に行くとウインドウを覗き込む。

 

 メニューウインドウのトップ画面というのは、プレイヤーの名前やら、HPバーやEXPバー、装備フィギュア、コマンドボタンと言った具合のものが表示されているはずだ。しかし、ユイのメニューウインドウには《Yui-MHCP001》という奇妙な名前だけしかなく、EXPバーはおろかHPバーすらない。装備フィギュアは設定されているようだが、一般のプレイヤーよりもコマンド欄はかなり少ない。

 

「これもバグ……?」

 

「どーだろうな。つか、さっきも言ったがこれってそもそものところバグなのか?」

 

「確かに、ちょっと変だけど今はそれよりもはじまりの街へ行ってみよう。アスナ、ユイにアイテムは送れるよな」

 

 オレの言葉にキリトも頷いたが、まずはユイのことを知っている人がいないかを確かめるため、アスナに指示を出す。アスナも頷くと装備アイテムをユイのウインドウに送り、ドラッグ&ドロップでユイにピンク色のセーターと同系色のスカート。黒のタイツに赤い靴を装備させた。

 

 装いも新たになったユイは自身の身体を見下ろして嬉しげに頬を綻ばせた。

 

「そんじゃ、御令嬢の準備も整ったようなのでお出かけいたしますか」

 

「御令嬢って……」

 

「まぁまぁ、それじゃあユイちゃん行こうか」

 

 アスナに言われるとユイは頷きキリトに抱っこを求めた。キリトはそれにちょっと照れたようだが、彼女の元までいくとお姫様抱っこの要領で抱き上げた。

 

 ユイは嬉しそうに笑い、アスナも笑みを浮かべているのをみてオレは素直な感想を口にする。

 

「にしてもお前等そうしてると本当の親子みたいだな」

 

 肩を竦めてみるとアスナとキリトは互いに顔を赤く染めたが、ユイは彼等を不思議そうに見ていた。

 

「まったく、アウスト」

 

「へいへい、冷やかしもここまでにしときますよ。そうだ、オレがいればはじまりの街で軍の徴税部隊が何かしてくることはないかもしれねぇけど、もしもの時のためにいつでも装備できる状態にしとけ」

 

 アスナとキリトが頷き、オレの元にも先ほどサーシャに向けて送ったメッセージの返事が返ってきた。どうやら了承してくれたようだ。二人のほうも準備が完了したようだ。

 

「よし、そんじゃあ行きますかね」

 

 

 

 

 

 はじまりの街に降り立ったオレ達はそのままサーシャが経営している東七区の孤児院へ向けて歩き出す。二人は特に剣などは装備していないが、オレはフル装備で街を歩いていた。

 

 しかし相変わらずこの時間のはじまりの街は閑散としていて、NPC達の声が寂しく響くのみだ。ユイに見たことがある景色がないか聞いていたアスナとキリトもそれを疑問に思っているようだ。

 

「アウストさん、はじまりの街っていまどれくらいの人がいるんですか?」

 

「軍を合わせて二千人。まぁ殆どはここから出てモンスターとも戦おうとしない腰抜け共だ。ホラ、あそこに座り込んでるヤツみえるか?」

 

 オレが顎をしゃくって差すとキリト達はそちらを見て木の近くでしゃがみ込んでいる男を見る。

 

「アイツはああやって一日中あの木から落ちる黄色い実が落ちるのを眺めてるんだ。そんで腐る前に拾ってNPCに売るなり食ったりしてんだけど……。あの身は売ったって五コルにしかなんねぇ。モンスターを買ったほうが合理的だろうが、ああいう連中は死ぬのが嫌で安全な圏内に引きこもってるのさ。まぁそれが悪いとは言わないが、オレは嫌だね」

 

 一通りの説明を終えたオレは男から視線を外してアスナたちと共に孤児院へと向かう。

 

 その途中で疲れてしまったユイはキリトの背中で眠ってしまった。まぁユイに街の様子を見せるために止まったり、迂回したりしていたから疲れてしまったのだろう。SAOに疲労感はないが。

 

「そういえば前にアウストが言ってた軍の徴税部隊ってのがいないな」

 

「そこまで大仰にやってるわけじゃねぇしな。まぁ現実世界の不良みたいな連中さ。あらわすならラフコフの連中が殺人鬼で、軍の奴等は口ばかりのチンピラだな」

 

「あぁーなるほど」

 

 キリトはなんとなく理解できたのか深く頷いた。

 

 そんなことを話しているうちに孤児院である教会が見えてきた。オレは門の辺りで止まり、すこし大き目の声を張り上げた。

 

「サーシャ! いるかー!」

 

 その声が反響し、木霊すると教会の扉が開けられ眼鏡をかけた女性、サーシャが現れた。彼女はこちらに気が付き軽く頭を下げたが、なにか扉の向こうでごそごそとやっているようだ。

 

 それに「どうかしたか?」と声をかけようと近づいたところで、扉が勢いよく開け放たれ、大勢の子供たちがオレに向かって突撃してきた。彼等はそのまま容赦なくオレを押し倒し、上にのしかかって来た。

 

「アウストにいちゃんひさしぶりー!」

 

「最近全然こなかったじゃんか!」

 

「ねぇねぇ新しく手に入った剣みせてー!」

 

 口々にオレに言ってくるものの、オレはそれどころではない。

 

「わかった! わかったから! いででで、髪ぃひっぱんな!! ぐぉえ!? 剣を引くな首が絞まる首が絞まる!!」

 

 そう、彼等がやたらめったら引っ張ってくるもんだから剣帯が首に絡まるわ、髪を引っ張られるわ、頬をつかまれるわ散々だ。圏外でやられたら1ドットくらい減ってるんじゃないだろうか。

 

 子供たちを一旦落ち着かせ、何とか立ち上がったオレは軽く体をポンポンと叩くと、申し訳なさそうにやってきたサーシャにジト目を送る。

 

「ごめんなさい、アウストさん。中で待っててっていって置いたんですけど、みんなアウストさんが来るって知ったら歯止めが利かなくなっちゃったみたいで……」

 

「オレそんなに人気だったっけか?」

 

「まぁ子供たちからすると憧れの対象ですし。それで、私に御用がある人たちというのは?」

 

 サーシャが問うて来たので背後にいるキリトとアスナを紹介しようと振り向いたのだが、そこには子供たちに囲まれてあたふたしている二人がいた。

 

「おぉう……」

 

 思わず変な声が出てしまったが、オレは子供たちを捌けさせるために適当な剣やらメイスやら斧やらをオブジェクト化して教会の庭に放り投げた。

 

「ガキ共ーその剣とか好きにしていいぞー」

 

 それを言うと子供たちは我先にと剣のほうに駆けて行った。するとサーシャがまたしても「ごめんなさい」と小さく謝った。

 

 解放された二人は苦笑いを浮かべ、眠っていたユイも目を覚ましてしまったようだ。この場で紹介しようかとも思ったが、それよりもサーシャが先にオレ達を中へ入れてくれた。子供たちも一緒に入りそれぞれ別の部屋に入った。

 

 通された部屋で椅子に座ったオレ達にサーシャは熱いお茶を出してくれた。

 

「それでお話というのは?」

 

「あぁそうだった。この二人はオレの友人のキリトとアスナだ。二人とも、この人がサーシャな」

 

 それぞれを紹介すると三人は互いに頭を下げた。そしてオレはそのままキリトにユイのことを話すように促した。

 

 

 

 結果的に言うとサーシャはユイのことを知らなかった。

 

 まぁなんとなく予想はついていたのでそこまで気にすることもなかったが、キリトとアスナは残念そうに俯いていた。当のユイは特になにか残念がるとか悲しそうにするというのはなかったが。

 

「すみません、お力になれなくて」

 

「いえいえ。あ、そうだ。アウストさんっていつからここに来るようになったんですか? 少し話は聞いたんですけどいろいろ気になっちゃって」

 

 暗くなった空気をアスナが解消しようとサーシャに問うた。彼女の問いにサーシャはオレの顔色をうかがうような視線を送ってきたので、オレは肩を竦めて返した。彼女もその意図を理解したのかアスナとキリトに話を始めた。

 

「アレは大体三ヶ月くらい前でした。うちはアレだけの子供たちがいるので生活費を圏外のモンスターを狩って稼いでいるんです」

 

「それはサーシャさんが?」

 

「いいえ、私は小さい子達の面倒を見なくてはいけないので、ここの教会の中でも年長者の子達が稼いでくれているんです。なのでここで生活しているプレイヤーの皆さんよりもそれなりに生活には余裕があるんです。ただ……そのせいで目をつけられたんです」

 

「それって……軍の徴税部隊?」

 

 アスナの声にサーシャは静かに頷いた。

 

「そうです。最初は教会の外で騒ぐ程度だったんですけど、段々と過激になってきて子供たちが外から帰ってきたときに、彼等は子供たちを十人近くで囲って脅していたんです。私も駆けつけたんですけど……なにも出来なくて。でも、そんな時にアウストさんが助けてくれたんです」

 

「へえええ~……」

 

 キリトとアスナがなんともいえない笑みを浮かべながらこっちを見てくる。オレはそれから視線を逸らして窓の外を見やるがサーシャの話はまだ続く。

 

「アウストさんは徴税部隊の隊員に圏外での戦闘を申し出ました。しかも十人同時攻撃で構わないというハンデまでつけて。隊員達はその申し出を受けて圏外へと行きました。私も心配だったので子供たちとそっと様子を見に行ったんですけど……私の心配は杞憂でした。彼は軍の隊員達からの攻撃を一切受けずに圧倒していたんです。強さはもう異次元で、あっという間に彼等のライフは削られて行って、あと一撃で死んでしまうという所で彼は言ったんです。『次にガキ共に手ェだしたら命はないと思え』って。言葉は怖かったですけど、なんというかそのときの私達にはアウストさんが正義の味方みたいに見えました。子供たちはアウストさんみたいになりたいって言って両手剣を鍛える子も出てきました。それ以来軍から過激なことをされることはなくなったんですけど、それと引き換えるようにアウストさんは指名手配みたいな形になっちゃって……」

 

「オレが自己責任でやったことだ。今更アンタが気にすることでもねぇよ」

 

 椅子に行儀悪く座りながら言うオレにサーシャは苦笑し、アスナとキリトは相変わらずニヨニヨとしている。まったく、人が子供を助けたことがそんなにおもしろいか。確かにあの時いった言葉はくさいセリフだったが、そんな顔をされるほどじゃないぞ。

 

「それにアウストさんは子供たちを守ってくれただけじゃなくて、私達に生活費の足しということで何度もお金をくれたんです。本当にもう感謝をしてもしきれないくらいですよ」

 

「なるほど~。アウストさん、そんなことやってたんですねぇ」

 

「人は見かけによらないってのはまさにこういうことだな」

 

「うっせ。つーかお前等今の絶対にヨミやマシューに言うなよ。あいつらが知ったらなんて言われるか……」

 

 念を押すようにジト目で睨むと二人は苦笑いを浮かべながら頷いた。実際のところヨミには凡そのことは知れているが、先ほどのくさいセリフまで言われるのはオレの精神に来るものがある。 

 

 などと思っていると部屋の扉が何の前触れもなく大きな音を立てて開け放たれた。

 

「サーシャ先生! 大変だ!」

 

 声と共に入ってきたのは数人の子供達だった。

 

「こら、お客様に失礼でしょ!」

 

「それどこじゃないって!」

 

 さっきオレに武器をせがんだ赤毛の少年が目に涙を浮かべながら訴える。

 

 そして彼から出た次の言葉にオレ達全員の顔が引きつることになる。

 

「ギン兄ィ達が、軍の奴等につかまっちゃったよ!」

 

「場所は!?」

 

 表情を強張らせ毅然とした態度で立ち上がったサーシャがたずねると、少年は涙を溜めたまま言う。

 

「東五区の道具屋裏の空き地。軍が十人ぐらいで道をブロックしてる。コッタだけが逃げられたんだけど……」

 

 少年はサーシャをもう一度見た後、オレの方を見てきた。それは彼だけではなく、その他の子供たちも頼みこむような表情をしていた。

 

 オレは彼等に見られながら小さく笑みを浮かべるとアイテムウインドウを展開。椅子肩立ち上がってフィギュアを操作し大剣を背負った。

 

「そんじゃ軍の奴等を懲らしめるために、ひとっ走り行って来ますかね。お前等はどうする?」

 

 キリトとアスナに問うと二人は互いに頷きあった。子供たちの救出にはオレ、サーシャ、キリト、アスナが向かうことになった。ユイは置いていこうと思ったのだが、どうしてもついていくというのでキリトが背負う形になった。

 

 ほかの子供たちは危険だということでサーシャが止め、オレ達四人は子供たちがいるという空き地に向かう。

 

 その途中、サーシャはオレに告げてきた。

 

「アウストさん。貴方をこれ以上軍に狙わせるわけには行きません。なので最初は私が交渉します」

 

「……了解」

 

 彼女の言葉にオレは少し迷いつつも頷いた。だが、交渉などが通じる相手であればいいのものだ。

 

 そのままかなりの速さで走り、尚且つショートカットを繰り返していたのであっという間に目的の東五区にたどり着いた。やがて前方の路地に見覚えのある装備をした者達が見えた。数にして十人。徴税部隊で間違いないだろう。

 

 サーシャが最初に路地に足を踏み入れたことで軍の連中か彼女に気が付き数人が振り向いた。

 

「おっと、保母さんの登場だぜ」

 

 バイザーをしていても口元の下卑た笑みはよく見える。ああいった笑みほど胸糞悪くなるものはない。自分よりも弱いものを虐げ、優越感に浸る最悪な人種だ。

 

「……子供たちを返してください」

 

 こぶしを握り締めて言うサーシャだが、軍の連中は相変わらず笑みを浮かべたままだ。

 

「そう睨むなって。ちょっとジョーシキってもんを教えてただけだよ」

 

「そうそう。市民には納税の義務があるからなぁ。俺達、軍の活動のために」

 

 甲高い声を上げて笑う男達の理不尽な言い分にサーシャの腕が震える。同時にオレの中でも黒い感情があふれ出す。

 

 なぜコイツらは学習をしないのだろうか。「馬鹿に付ける薬はない」と言うが、まさにこのことだろう。

 

 前方ではサーシャが子供たちに呼びかけ、軍の連中と交渉しているが、結局軍はそこを動くことをせず、あまつさえサーシャたちにここで滞納している税金を払えというのだ。しかも金だけでなく、装備品や衣服、アイテムも全て。

 

 それを聞いた瞬間、オレは大きなため息をついた。背後ではアスナが一歩を踏み出そうとしていたが、それを片腕を上げて制する。

 

「お前等は下がってろ。あいつ等はオレがやる」

 

 そういっているオレは酷い顔をしているだろう。まぁそんなことは別にどうでもいい。目の前にいる最悪な人間達を排除できればそれで構わない。

 

 サーシャを退かせ俯きがちに前に出る。軍の男達のざわめきが聞こえたが、背中の大剣の柄を握ると、オレは一気に彼等に肉薄し、目の前にいた二人の男目掛けて大剣を振り抜いた。

 

「……え?」

 

 マヌケな疑問符が聞こえたが、そんなことおかまい無しに振りぬかれた大剣は、男達に直撃。そのまま中空に舞った奴等は子供たちがいる空き地にまで吹き飛び、壁に激突した。

 

「ごあッ!?」

 

「ぐえッ!」

 

 壁に叩きつけられ、短い悲鳴を上げた男達は砂煙を上げて空き地へ落下。二人を吹き飛ばしたことで軍の連中は皆ポカンと大口を開けていたが、すぐに我に返るとオレに怒鳴りつけてきた。

 

「な、なんだテメェ! 軍の任務を邪魔するのか!!」

 

 瞬間、男顔面目掛けて大剣をつきこむ。圏内であるため死にはしないが剣が己の顔に迫ってくるのは相当の恐怖だろう。

 

「この野郎ォ! こっちは出るとこ出たっていいんだぞ! 圏外出るか圏外!!」

 

 そういった男とその周りの連中は頬に僅かながら汗を浮かばせていたものの、笑みを浮かべていた。大方圏外に出ればオレが逃げ出すと思っているのだろう。その考えが甘いのだ。

 

「圏外? いいねェ、出てやろうじゃねぇか」

 

「え?」

 

 オレの言葉に驚いた男が呆けた顔をするが、その男の胸倉を容赦なく掴み上げるとそのまま片腕で石畳に投げ飛ばし、首根っこをつかんでズルズルと引き摺る。

 

「は、離せ!!」

 

「おいおいそっちが誘ったんだ、今更離せはねぇだろ」

 

「ヒッ!?」

 

 振り向きながら言うと男の顔が一気に引き攣った。

 

「お、おいお前ら、見てないでさっさと助けろよ!!」

 

 わめき散らす男に仲間達が駆け寄ろうとしたが、そこでついにオレのことを口にする者が出た。

 

「濃紺の片刃の大剣に、藍色の装備……ま、まさかアイツ『宵闇』!?」

 

 瞬間軍の連中の顔が一気に強張り、口々に言い始めた。

 

「『宵闇』って軍で指名手配されてるアイツか!? で、でもなんでそんなヤツがここにいんだよ!!」

 

「しらねぇよ!! で、でも確かほかのギルメンの話だとアイツに会ったら精神が破壊されるって……! だから絶対に近づくなって言われてるんだ!」

 

 どよめく声が聞こえ、オレにつかまれている男もそれに気が付いたのか謝罪をしてきた。

 

「ま、待ってくれ! あのガキ共に手を出そうとしたことは謝るから! 圏外は、圏外だけは勘弁してくれ」

 

「嫌だね。お前はあのガキ共を傷つけた。相応の報いは受けてもらう」

 

 冷淡な口調で告げ、一切振り向かないオレに男は本当の恐怖を覚えたのかもがきながら泣き叫んだ。

 

「い、嫌だあああああッ!! 死にたくない、死にたくないいいいいい!!」

 

「殺しゃしねぇよ。ちょっとばかし精神に異常を来たすだけだ」

 

「本当に、本当にもう二度とあの孤児院には絶対になにがあっても近づかないから許してくれ! いや……許してください!!」

 

 男がそこまでわめいたところで首根っこを離してやった。しかし、逃げようとした男の顔の横に大剣を突きつけ、オレは低い声音で言い放つ。

 

「逃げんな。今回は見逃してやるが、逃げる前にあそこのガキ共とサーシャに謝れや。お前等全員でだ」

 

「は、はい……」

 

 オレの命令に男は身を竦め、子供たちの前で身体を曲げて謝罪し、続いてサーシャにも謝った。

 

「そのままとっとと本部に戻れ。オレの気の変わらないうちにな」

 

「し、しし失礼しましたあああああ!!」

 

 軍の連中はそのままドタドタと騒がしく帰っていった。後に残されたオレは大剣を背中に戻し、サーシャは子供たちに駆け寄った。どうやら全員無事のようだ。

 

「お疲れさん」

 

 サーシャたちを見ているとユイを背負ったキリトが現れ、オレの肩に手を置いた。

 

「そんな疲れてもいねぇさ」

 

「でもアレはちょっとやりすぎというか演技掛かり過ぎでしたよ?」

 

「そーかい。けどアスナよぉ、お前さんだって、あのままほっといたら細剣で脅してたろ」

 

「うっ」

 

 痛いところを疲れたのかアスナは声を詰まらせた。するとサーシャたちがやって来て子供たち共々頭を下げた。

 

「ありがとうございます、アウストさん。また助けていただいて」

 

「気にすんな。流石にさっきのは腹が立ったからな。お前等も大丈夫か?」

 

 子供たちに問うと彼等は大きく頷いた。

 

「うん。でもアウスト兄ちゃんかっこよかったぜ!」

 

「俺もあんな風にでっかい剣を振り回してみたい!」

 

 子供たちの素直な感想にオレは笑みを見せ、アスナとキリトも同じように笑っていた。しかし、その時小さな声が聞こえた。

 

「みんなの……みんなのこころが」

 

 声のする方を見やるとキリトの背におぶさっていたユイが虚空を見上げて右手をかかげていた。皆がそちらに目をやってもそこには何もない中空が広がるだけだ。

 

 けれど彼女は同じような言葉を繰り返している。その異常さにキリトが彼女に呼びかける。

 

「ユイ! どうしたんだ、ユイ!!」

 

 キリトが呼びかけることでユイはキョトンとした表情を浮かべ、アスナも心配そうに彼女の手を握る。

 

 アスナが入ったことで元々かなり小さい声が確認できなかったが、表情は苦しげだった。

 

 オレとサーシャは顔を見合わせてそれを見守るものの、次の瞬間ユイの体が大きくのけぞって悲鳴が聞こえた。

 

 それと同時にオレの耳にノイズ染みた音が聞こえた。しかもユイを見ると体が透けているようにノイズが走っている。

 

 驚いているのも束の間、アスナが彼女を抱きしめて数秒の後にその現象は止まり、強張りを見せていたユイの体からも力が抜けていったのが分かる。

 

「みんなの、こころ?」

 

 オレはユイが右手を空に掲げていた時彼女が言っていた言葉を思い出し、頭をひねったが結局最後までそれがなんなのかわからなかった。




今回はユイと絡ませました。
まぁ次回でユイとのあれこれは完結して、その後はいよいよスカルリーパー戦ですかね。

ユイがアウストの名前を呼んだのはしっかりと理由があります。次回で明らかになりますが……。

最後の方は原作だとアスナだったところをアウストに変えただけでしたね、違いが余り出せなくて申し訳ないです。

では、感想などありましたらよろしくお願いいたします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。