人の世には人ならざる者達が蠢きあっている。夜の闇に紛れ、人の目を避け、古来より人々の"畏れ"を糧として生きてきた者達。
その名もーー"妖怪"
彼等は山に住む者、川に潜む者、古い屋敷に住み着く者や人の噂から生まれた者などその姿も力も行き方でさえ千差万別
そして、そんな妖怪たちの中には、人間の社会と同じように一つの集団を作り、己の縄張りを守り、仲間を従え、時には他の妖怪たちと争いながら生きる者たちもいた。
それがーー【百鬼夜行】
数多の妖怪達を束ね、一つの群れとして夜の街を練り歩く妖怪達の行進であり百鬼に名を連ねることが誉とされる事がある
その中でも関東一円にその名を轟かせた最大級の百鬼夜行が存在する。
ーー"奴良組"
大妖怪である総大将を中心にし多種多様な妖怪達が集う一大勢力である。その規模は大きく奴良組の配下に連ねる妖怪達も多いと聞く。
その中で奴良組が他の百鬼と大きく違う事が一つある。それはーーただ力によって妖怪たちを従わせる組織ではないと言う事。恐怖だけで支配することを信条とせず仲間を仲間として扱い、己の縄張りに住む者たちを守り、そして――必要とあらば、同じ妖怪でさえ救う。
そんな独特の気風を持つ百鬼夜行が奴良組である。
そしてその礎を築いた男こそ――奴良組初代総大将にして夜の闇を統べる者
――"ぬらりひょん"
のらりくらりと人の家に勝手に上がり込みまるでその家の主人かのように傍若に振る舞う妖怪である。その由来を聞けばどこか滑稽な妖怪を想像するかもしれない。
だが、その正体は全く異なる。
ぬらりひょんは、妖怪たちの頂点に立つほどの圧倒的な妖力と、数々の修羅場を潜り抜けてきた経験を持つ大妖怪だった。
そして何より恐ろしいのは、ぬらりひょんが持つ固有の"畏"
その戦い方であり真正面から力を誇示するのではなく気配を消し、相手の認識から自らの存在を滑り落とし、気づいた時には既に懐へ入り込んでいる。
妖怪が妖怪を畏れさせる事により生まれる力…それこそが畏れの原点であり妖怪社会において、畏を極めることは、そのまま強さを意味する。
ぬらりひょんは、その畏を自在に操り、数多の妖怪たちを従えてきた。
しかし、彼が長い年月をかけて築き上げた奴良組は、決して平穏な道だけを歩んできたわけではない。古くから存在する妖怪たちの中には、人間を餌として扱う者もいれば他の百鬼夜行を侵略する者もいる。
己の力を誇示するためだけに戦いを求める者もいる。そんな妖怪たちが蠢く夜の世界で、奴良組は独自の道を歩み続けた。
そして、その長い歴史の中で――一ぬらりひょんは己が血を紡いでいく決意を固めた。
しかしぬらりひょんが選んだのは――一人の人間の女だった
女の名は"珱姫"と言い京のとある公家屋敷の娘にして京都一と謳われた程の絶世の美はそれはもう美しい女子であった。しかしぬらりひょん程の大妖怪がこのような平凡な女子を選ぶのか…
否…この女は普通の女子ではなかったのだ。
珱姫はあらゆる難病も瞬く間に治す不思議な力を持っていた。また自分を狙って斬られた妖も哀れみ、手を合わせるほど慈悲深く優しい心の持ち主でもありその美貌と力により生き肝信仰の妖達から命を狙われ、花開院の陰陽師により厳重に守られていたものの、自由な外出も儘ならない窮屈な生活を余儀なくされていた。
噂を聞きつけた当時全盛期のぬらりひょんに見初められ、自分の嫁にならないかと口説かれる。しかし当の珱姫は生き肝目当てとぬらりひょんを疑い、そうでないにしろ分け隔てなく人々を治してきた訳ではない自分への恥や、家を出られない身の上故に、彼の求婚を拒んでいた。
それでもぬらりひょんはめげず、畏を生かして彼女を連れ出し、暫しの自由を珱姫に与えると情熱的な言葉で珱姫に迫る。珱姫はそれに戸惑いながらも、少しずつ彼に絆されていく。
しかしその後彼女を狙った羽衣狐により攫われてしまうもののぬらりひょんの乱入で命を救われ、自分の為に命をかけて戦ったぬらりひょんに恋をし、彼と共に江戸へ渡ると目出度く祝言をあげたのであった。
そんな大妖怪・ぬらりひょんと珱姫の間に産まれたのが息子の奴良鯉伴であった。妖怪と人間の混血に産まれた彼を心配に思う声も少なくなかった。なにせぬらりひょんの息子とはいえ半分は人間の血なのだから。
しかしその不安は鯉伴が成長するにつれ瞬く間に消えていく。
何故なら彼は先代のぬらりひょんに並ぶほどの妖気と畏…そしてぬらりひょんにも勝る自由奔放ぶりを魅せ当時から現代にかけて二代目として関東勢力を傘下に治め、黒田坊や首無らを仲間に加え、彼らと共に奴良組の全盛期を作り上げたのだった。
大嶽丸と戦ったのもこの辺りであり"あの大嶽丸"と引き分けた実力からも鯉伴の強さが窺われるというものであり今が奴良組全盛期と呼ぶ声も次第に増えていった。
しかしそんな奴良組に悲劇が舞い降りた。…それは奴良鯉伴が伴侶に選んだ山吹乙女という妖怪が子を為せない責任を取り鯉伴の元から去っていったのだ。
この吉報を知った時の鯉伴を見た仲間達は言う
『あの時の二代目は見てられなかった』『放っておけば良からぬ事が起こってしまう』『我等でさえ下手な事を言えば斬られていただろう』
先代ぬらりひょんと同じく愛情に深い鯉伴は酷く衰弱していった。…それほどまでに妻を… 山吹乙女を愛していたのだろう。
それでも気丈に振る舞い奴良組と言う大組織の首魁としての役割は果たすべく懸命に生きた。…そんな時、鯉伴は1人の人間と出会った。
いつものようにぬらりくらりと夜の街に繰り出した鯉伴はとある家にたどり着いた。ただの一軒家だと思った鯉伴であるがそこで異変に気付いた。その家は性質の悪い悪霊に取り憑かれていた家であり放っておけば一家共々どうなるか分からなかった。だから鯉伴は救った。やはり血は抗えないと言うのか父であるぬらりひょんと同じく鯉伴も人間が嫌いではなかったのだ。
そして…その家の一人娘が後に鯉伴の妻となる若菜との出会いであった。
それから数年が経ち、鯉伴と若菜の間に1人の命が誕生した。後に奴良組三代目を継ぐ事になる奴良リクオである。
完全に忘れられたとは言わないが鯉伴の心は少しずつ療養していった。
そんな時だったーー奴良組史上1番の事件が起こったのは
ーー"奴良組二代目 奴良鯉伴 暗殺"
衝撃的な出来事が日本中を駆け巡った。"あの"鯉伴を殺せるほどの妖がいた事…更にはその真相までもが闇に葬られ真実を知るのはぬらりひょんとその場にいた者たちのみになった。
そこからの日々は長かった。奴良組の立て直しを図り引退した筈のぬらりひょんが再び総大将として指揮を取った。
肝心のリクオは性格は極めて温厚で、争いごとを好まずとてもぬらりひょんの血を引いているとは思えなかった。だからといって奴良組で差別することや冷笑されることなど無く幸せに育っていくリクオ。
しかし彼もやはりぬらりひょんの血を引き継いでいる。
それが分かったのはリクオが8歳の時…当時の友達たちがトンネル内の落石で生き埋めにされており、その原因が妖怪にあると知ったリクオの血が覚醒する。
鋭い目付きと棚引く長髪の、若かりし頃のぬらりひょんとよく似た容姿をした人間の頃よりも長身の少年へと変貌した。
勿論変わったのは外見だけにあらず人にも妖怪にも畏れを抱かせる、まさに極道の親分と言える頼れる存在となった。
一般人に危害を加える妖怪は勿論、無害な妖怪のことを悪く言いふらし、誇りを汚すような存在はたとえ人間であっても容赦しない。夜のリクオは人間は昼のリクオの領分、妖怪は自分の領分であると割り切っていて、それ故妖怪たちをまとめることに苦戦する昼のリクオを諭すこともある。
また、そんなカリスマ性に溢れたリクオを三代目と認める声も大きく、ぬらりひょんの初代メンバー達でさえリクオを認め始めていた。
ぬらりひょんの先代幹部である牛鬼をはじめとした牛鬼一派との対立。牛鬼はリクオが総大将としての器を持つかを試すため、あえて反旗を翻した。しかし戦いを通じてリクオは自らの力と向き合い、牛鬼からも次代の総大将として認められることになる。
そしてーー四国を支配する大規模な百鬼夜行――"四国八十八鬼夜行"との大規模な縄張り戦争
彼等の総大将は、四国の妖怪たちを束ねる狸妖怪――"隠神刑部狸"
四国八十八鬼夜行は、奴良組の勢力を切り崩し、関東の妖怪社会へ進出することを目論んでいた。さらにその背後には、奴良組とリクオに対する様々な思惑が絡み合っていた。
奴良組の妖怪たちは迎撃に動き、リクオもまた仲間たちと共に戦いへ身を投じる。
これまで自分が守られる側だった少年は、少しずつ変わっていく。
仲間を守る者へ。
そして――奴良組を背負う者へと
四国八十八鬼夜行との戦いは、リクオが「奴良組三代目総大将」としての自覚を強く持つきっかけとなった。
ーーそして現在へと時は戻る
「へ?大嶽丸が僕に会いに来る!?」
リクオを初めてとした今の百鬼夜行を含め奴良組の仲間達が本拠地としている屋敷の大広間に集められた。
その中心に座るは現当主にして初代総大将のぬらりひょん…対面に座るのが三代目候補筆頭のリクオである
大広間に緊張が漂よう空気感の中ぬらりひょんの口からリクオ宛に大嶽丸なる妖怪から一報が届いたと言う。その内容が『リクオに会いに来る』と言う者であった。
「って誰?」
皆が驚く中、当の本人であるリクオは首を傾げなんとも言えない表情を浮かべている
「リクオ様!大嶽丸を知らないのですか!?」
「あ、う、うん。氷麗は知ってるの?」
「当たり前ですよ!私だけに限らず知らない妖怪はいませんよ!」
「そ、そんなに有名な妖怪なの?」
リクオの側に仕えていた雪女の氷麗が応える
「リクオが知らぬのも無理はない…奴は滅多な事がない限り麓には降りて来んからな。」
「へぇ〜」
「お主の父親とも面識ある男じゃぞ」
「えぇ!?そうなの?」
(一体どう言う人なんだろう)
今は亡きリクオの父、鯉伴とも面識があると言う大嶽丸にリクオも興味を抱いた。
「そうじゃのぉ…奴を形容するなら
ーー善悪にも、秩序にも、運命にも囚われぬ――唯我独尊の大妖。彼奴は己の 愉悦か不快か心の赴くままに生きておる天災のような男じゃ」
「……なんでそんな人が僕を」
「…奴の触手にリクオが引っ掛かったのか…それとも別の狙いがあるのか。…奴のことじゃ。会ってみん事には分からんのぉ」
「えぇ!そんなめちゃくちゃ人と僕会いたくないよ!」
ぬらりひょんの口から大嶽丸の事を聞いたリクオは情けない声を出す
「大丈夫です!リクオ様!私からきっちり言っておきますから!」
「え?どうやって?て言うか氷麗は大嶽丸って人に会ったことあるの?」
「えぇ。と言っても私が幼少期の頃ですけど、大嶽丸様の側付きに私の従姉妹がいるんですよ」
氷麗の口から驚きの言葉が飛び出す
「そうなの!?同じ雪女の妖怪って事?」
「えぇ。"氷華姉様"に私からお願いしてみます」
「で、でも大丈夫なの?もしその人の機嫌を損ねたら…」
「多分大丈夫じゃないですかね?大嶽丸様って自分の女に滅法甘いって聞きますし姉様の言葉ならある程度聞いてくれると思いますよ?」
(ついでにリクオ様を堕とすやり方も伝授してもらわないと…)
「じ、自分の女って…」
女性経験が全くないリクオはその言葉だけで顔を赤くする。
「日時はまた追って連絡する故、良いかリクオよ…奴は本物の大妖怪じゃ…気を引き締めて臨め」
「…爺ちゃん」
いつもと違う雰囲気…かつての大妖怪・ぬらりひょんとしての言葉にリクオは唾を飲み込み神妙な面持ちで頷いた
そしていよいよ奴良組の総本山に大妖怪である大嶽丸がやって来る日がやってきた。やけに静かで冷たい風が吹き荒れる月夜の中、此度の訪問相手である肝心のリクオはと言うと…
「リクオ様大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫さ。きっと…きっと上手くいくさ。」
庭にある桜の木の下にて大きなため息を吐きながら立ち尽くしていた。側には氷麗や青田坊の姿も見える
「大丈夫…大丈夫」
「…リクオ様…あのーー」
「三代目ぇぇぇぇ!!」
氷麗が何か言葉をかけようとした時、屋敷の渡り廊下から小柄な妖怪が大声でリクオを呼びかける
「来ました〜!!"大嶽丸御一行様"が参られましたぁぁ!!」
「「っ…」」
ついに来てしまったその時にリクオ達は大きく頷き大広間へと足を運ぶのであった。
リクオ達が大広間へ入る襖を開くと中には東にぬらりひょん擁する大幹部達を筆頭に奴良組の妖怪達が
西には奴良組ほどの数はいない…しかし誰も彼もがリクオを遥かに上回る…それこそ青田坊以上の体格と角を持つ妖怪達が鎮座していた。
「…鬼………っ!?」
リクオの目線はその上座…ぬらりひょんの隣で異様な雰囲気とこの距離でさえ肌を突き刺すような圧を放ち続けている男へ向かう
「リクーー」
立ち尽くすリクオへ声を掛けようとしたぬらりひょんの言葉を遮るように強烈な風圧と轟音がぬらりひょんの耳が捉える
「テメェが鯉伴の息子か?」
「っ!?」
「「「んなっ!?」」」
轟音と共に何かがリクオ達の前を突き抜けたと思った時、リクオ達の背後から男の声が響き渡った。
驚くリクオが振り返った時そこに居たのはーー
まず目に入るのは己を遥かに超える体格と鍛え抜かれた強靭な肉体…更には腰を遥かに越える白銀の長髪は毛先にいくほど淡い紅色を帯び、風に揺れるたび白銀の炎のように舞う。その髪の隙間から覗く瞳は、鮮血を思わせる深紅。鋭い目元には冷静な知性と底知れぬ余裕が宿っている。
恐ろしい程に整った顔立ちは妖怪とは思えぬほど美しく、高い鼻梁と薄く形の良い唇、そして挑発するような微笑を浮かべている。
「あん?聞こえなかったのかテメェ」
「っ!?リクオ様!?」
そう言いリクオに手を伸ばそうとする大嶽丸とリクオを思い動き出そうとする氷麗
「ダメよ氷麗」
「っ!?氷華姉様!?」
背後から氷麗の肩に手を当てた美女ーー 白い毛皮をあしらった黒の着物を纏うその姿は、雪原に咲く一輪の黒い花――見る者を知らず知らず惹きつける、雪女の氷華である。
大嶽丸の手がリクオに届くその時ーー
「なに?」
リクオの周囲を、凄まじい妖気が一気に膨れ上がる。昼間の少年の姿が、まるで夜の闇に喰われるように揺らいだ。
髪が伸び身体が成長し、少年の面影が瞬く間に消えていく。柔らかな表情は鋭く研ぎ澄まされ、その瞳には妖怪としての「畏」が宿った。
そして――白銀の髪が、夜風の中で大きく舞い上がる。
「――俺に何か用か?…大嶽丸」
その声に、周囲の妖怪たちは息を呑んだ。
「あら?」「リクオ様!!」
そして氷華の手を振り解いた氷麗は、そんなリクオを見つめながら、歓喜の笑みを浮かべる。
「かっかっか!そっちが"本当の姿"って訳か」
「何がいいテェ」
「はっ…さっきのが鯉伴の息子だってんなら俺はテメェは"殺してたぜ"」
「っ…」
高笑いしたかと思えばリクオをして悍ましいと感じる程の殺気を滲ませる大嶽丸
「鯉伴は仮にも俺とやり合った男だ。死に晒したと聞いたが奴の息子が不甲斐ねぇ"ただの人間"じゃあ報われねえからな」
「…テメェに俺の何が分かるんだ…さっきの俺も今の俺も…奴良組三代目
ーー"奴良リクオ"だ!!」
リクオの妖気が、一段と膨れ上がる。床板が軋み、座敷を満たしていた空気が一瞬にして重くなる。奴良組の妖怪たちでさえ、思わず息を呑むほどの圧を放つ。
対する大嶽丸もまた、口元に笑みを浮かべたまま、紅い瞳を細めていた。
「ほう……」
互いの妖気がぶつかり合う。
その瞬間――
「――そこまでじゃ」
低く、しかし有無を言わせぬ声が座敷に響いた。二人の間へ割って入るように、ぬらりひょんが煙管を片手に立っていた。
「ジジイ……」
「リクオよ」
ぬらりひょんは孫を一瞥する。
「座りなさい」
「……でも」
「座れと言うとる」
普段の飄々とした声音とは違う総大将としての声だった。リクオは僅かに眉を寄せたものの、やがて妖気を収める。
「……分かった」
そのまま自分の席へ戻って腰を下ろす。ぬらりひょんは続いて大嶽丸へと視線を向けた。
「お主もじゃ、大嶽丸」
「俺様相手に説教か…ぬらりひょん」
「アホ抜かすな。わざわざ我が屋敷まで来て、孫を煽っておいて立ち話とは説教されてもしょうがないじゃろうて」
ぬらりひょんが煙管を吹かし、薄く笑う。
「客なら客らしく、まずは席につけ」
「……かっかっか」
大嶽丸は楽しげに笑った。
「相変わらずだな、大嶽丸よ」
「オメェは随分と"弱くなったな"ぬらりひょん」
「はっ餓鬼が言いおるわい。主の先代と同年代じゃぞ儂は」
「顔も知らねぇ先祖引っ張ってくんじゃねぇよ」
「顔も態度もそっくりじゃ」
大嶽丸とぬらりひょんは軽口を叩き席に座る。これより東の大妖怪と鬼神と恐れられた鬼の頂点の再来と評された二代目・大嶽丸の会談が始まる