TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います   作:Fiomia

15 / 17
新しい友人

共通教養の講義は、魔法学研究科とは別棟で行われる。

私はリリーと並んで石畳の道を歩いていた。

 

「学院にも少し慣れてきたね」

 

「そうですね。迷うことも少なくなってきました」

 

入学から数日。

講義の流れや校舎の配置にも、少しずつ慣れてきた。

まだ迷うことはあるけれど、毎日新しい発見がある。

それだけで十分楽しかった。

 

「今日は歴史学だよね?」

 

「はい。その次が礼法学だったはずです」

 

案内板を確認しながら教室へ向かう。

研究科の授業とは違い、共通教養では様々な学科の学生が集まる。

教室の前には、すでに多くの新入生が集まっていた。

その中で、一人だけ目を引く人物がいた。

 

(大きい……)

 

思わず視線が止まる。

女性にしてはかなり背が高い。

周囲の男子学生と並んでも見劣りしないほどだ。

長いダークブラウンの髪を背中まで流し、姿勢よく立っている。

ただ、その大柄な体格とは裏腹に、どこか落ち着かない様子で視線が泳いでいた。

 

「あの方……」

 

リリーも気付いたようだった。

その時だった。

 

「す、すみません……!」

 

教科書を抱えた女子学生が慌てて通り過ぎようとし、その長身の少女の肩へ軽くぶつかってしまう。

 

「あっ……」

 

少女は身体をびくりと震わせた。

 

「ご、ご、ごめんなさい!」

 

ぶつかった相手ではなく、ぶつかられた本人が勢いよく頭を下げる。

 

「え?」

 

女子学生の方が戸惑ってしまう。

 

「い、いえ!こちらこそ前を見ていなくて!」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

少女は何度も謝り続ける。

女子学生は困ったように笑い、「本当に気にしないでください」と言い残して教室へ入っていった。

その場には、深く俯いた少女だけが残る。

 

「……」

 

私はリリーと顔を見合わせた。

 

「ロザ」

 

「ええ」

 

放っておけない。

私は少女へ近付く。

 

「あの」

 

声を掛けると、少女は肩を跳ねさせた。

 

「は、はいっ!」

 

勢いよく顔を上げる。

琥珀色の瞳が、驚いたように私を見つめていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「だ、大丈夫です……!」

 

返事は元気だった。

けれど、明らかに緊張している。

 

「今のは事故でしたから」

 

私がそう言うと、少女は何度も首を縦へ振った。

 

「そ、そうですよね……」

 

「お気になさらなくても」

 

リリーも優しく微笑む。

その笑顔を見て、少女は少しだけ表情を緩めた。

 

「ありがとうございます……」

 

しばらく沈黙が流れる。

話しかけたい。

でも何を話せばいいのか分からない。

そんな空気が伝わってくる。

 

「同じ新入生ですか?」

 

私から尋ねてみた。

 

「は、はい」

 

少女はこくりと頷く。

 

「魔道具工学科です」

 

「そうでしたか」

 

魔法学研究科とは隣の学科だ。

実習棟も近い。

 

「私はロザモリア・アルヴェインです」

 

「リリアン・ハートウェルです」

 

二人で名乗ると、少女は少し慌てたように背筋を伸ばした。

 

「え、えっと……エレノア・グランベルです」

 

グランベル。

その家名には聞き覚えがあった。

確か王国でも有数の魔道具商会だったはずだ。

 

「もしかして、グランベル商会の?」

 

思わず尋ねると、エレノアさんは恥ずかしそうに小さく頷いた。

 

「は、はい……父が商会を営んでいます」

 

「すごいですね」

 

リリーが素直に感心する。

 

「王都でも有名なお店ですよね?」

 

「そ、そんな……」

 

褒められた途端、さらに小さくなってしまう。

体格は一番大きいのに、不思議なくらい縮こまって見えた。

 

(見た目と中身が全然違いますね)

 

最初は堂々とした人かと思った。

けれど実際は、人と話すのが苦手なだけらしい。

 

「魔道具工学科ということは」

 

私は話題を変える。

 

「魔道具がお好きなのですか?」

 

その瞬間だった。

エレノアさんの表情が少しだけ変わる。

 

「あ……はい」

 

さっきまでより、声が少しだけはっきりしていた。

 

「魔道具を作るのが……好きです」

 

「そうなんですね」

 

「魔法式と魔力回路を組み合わせて……新しい道具を考えるのが楽しくて……」

 

そこまで話して、エレノアさんは我に返ったように口を押さえた。

 

「ご、ごめんなさい!急にたくさん話して!」

 

「いえ」

 

私は思わず笑ってしまう。

 

「好きなお話になると、つい夢中になってしまうんですね」

 

「あっ……」

 

エレノアさんの頬が赤く染まる。

その様子を見て、リリーもくすりと笑った。

 

「ロザと少し似ていますね」

 

「え?」

 

「魔法のお話になると、ロザも止まりませんから」

 

「リリー」

 

少し恥ずかしくなって抗議すると、リリーは楽しそうに笑う。

それを見ていたエレノアさんも、おそるおそる口元を緩めた。

 

「あの……」

 

小さな声で言う。

 

「よ、よかったら……また、お話ししていただけませんか」

 

その一言には、大きな勇気が込められているように感じた。

私は微笑んで頷く。

 

「もちろんです」

 

「ぜひ、ご一緒しましょう」

 

リリーも嬉しそうに答える。

エレノアさんはほっと息をつき、小さく「ありがとうございます」と呟いた。

その時、講義開始を告げる鐘が校舎へ鳴り響く。

三人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。

 

こうして私たちは、共通教養の教室へ並んで入っていった。

新しい友達との出会いは、思っていたよりもずっと穏やかな始まりだった。

 

 

講義を終えた週末。

 

「今日は、わたしにお任せください!」

 

学院の正門前で、リリーが胸を張った。

 

「王都をご案内します」

 

「リリー、そんなに詳しかったですか?」

 

私が首を傾げると、リリーは少し照れたように笑う。

 

「実は……」

 

視線を逸らしながら小さな声になる。

 

「ガブと何度か街を歩いたことがあるんです」

 

「なるほど」

 

思わず納得してしまう。

婚約者同士で王都へ出掛けたのだろう。

 

「ですから、お店の場所くらいなら分かります!」

 

「頼もしいですね」

 

私が笑うと、リリーは嬉しそうに頷いた。

隣ではエレノアさんが少し緊張した面持ちで立っている。

 

「わ、私も……王都は、あまり歩いたことがなくて……」

 

「では三人とも楽しめそうですね」

 

そう言うと、エレノアさんも小さく笑った。

 

 

王都の大通りは休日らしい賑わいを見せていた。

魔道具店。

書店。

仕立て屋。

露店から漂う焼き菓子の甘い香り。

 

「こちらは人気の本屋さんです」

 

「へぇ……」

 

「この先には広場があります」

 

リリーは迷いなく道を選んでいく。

 

「本当に詳しいんですね」

 

「ガブが色々案内してくれたんです」

 

少し嬉しそうな横顔だった。

その様子を見ながら、私は自然と頬が緩む。

ガブリエルは昔から行動力があった。

きっと、リリーを喜ばせようと色々なお店を調べたのだろう。

 

「ロザモリアさん」

 

エレノアさんが遠慮がちに口を開く。

 

「王都って……本当に大きいですね」

 

「ええ」

 

「魔道具のお店も、実家とは違う品揃えで……」

 

その話題になると、やはりエレノアさんの口調は少しだけ滑らかになる。

 

「あとで寄ってみますか?」

 

「い、いいんですか?」

 

「もちろんです」

 

「ありがとうございます……!」

 

嬉しそうに笑うエレノアさんを見て、リリーも楽しそうに笑った。

 

「エレノアさん、魔道具のお話になると表情が変わりますね」

 

「うぅ……」

 

真っ赤になって俯いてしまう。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「謝ることではありませんよ」

 

私は苦笑する。

 

「私も魔法式の話になると同じですから」

 

三人で笑い合いながら歩いているうちに、一軒の喫茶店へ辿り着いた。

 

「ここです」

 

リリーが扉を開く。

 

「ガブと来たことがあるお店なんです」

 

店内は落ち着いた雰囲気で、窓からは王都の街並みが見渡せた。

飲み物と焼き菓子を注文し、一息つく。

 

「研究科ってどう?ロザ」

 

リリーが尋ねる。

 

「とても楽しいですよ。毎日刺激を受けることがたくさんです」

 

「エレノアさんは?学院には慣れましたか?」

 

「ま、まだ緊張しています……」

 

三人で他愛ない話を続ける。

講義内容や先生のこと、それから寮生活のこと。

そんな話題が一段落した頃だった。

 

「そういえば」

 

リリーが思い出したように言う。

 

「ロザ、この前言ってたよね」

 

「?」

 

「ハーバル様のこと」

 

「ああ……」

 

思わず苦笑してしまう。

 

「その後、何かあった?」

 

少し考えてから口を開く。

 

「相変わらずです」

 

「相変わらず?」

 

「悪い方ではないと思うんです」

 

まず、そこは訂正しておきたかった。

 

「でも、やっぱりお話しされる内容が……」

 

言葉を探す。

 

「率直、と申しますか」

 

エレノアさんも静かに耳を傾けている。

 

「実習でも、改善点をそのままお話しされて」

 

「ええ」

 

「間違ってはいないんです」

 

そこが難しい。

 

「内容は正しいと思います」

 

「ですが……」

 

「もう少し言い方があるのでは、と思ってしまって」

 

リリーは「なるほど」と小さく頷いた。

エレノアさんも、おずおずと口を開く。

 

「悪気は……ないんですよね?」

 

「そう思います」

 

だから余計に困る。

 

「怒るほどでもありませんし、言い返す理由もありません」

 

「でも、何となく引っ掛かるんです」

 

そこまで話したところで。

ふと、自分で自分が話している内容に違和感を覚えた。

 

(……あれ?)

 

今、私は喫茶店で甘いお茶を飲みながら、友達二人へ人間関係の愚痴をこぼしている……。

 

(私……)

 

思わず額へ手を当てる。

 

(何だか随分女の子らしいことをしていますね……)

 

前世では、同僚とこういう話をした記憶はほとんどない。

誰かの性格について、お茶を飲みながら語る。

そんな時間とは無縁だった。

それが今は、ごく自然にできてしまっている。

 

「ロザ?」

 

リリーが心配そうに覗き込む。

 

「大丈夫ですか?」

 

「いえ」

 

私は苦笑しながら首を振った。

 

「少し話しすぎました」

 

「え?」

 

「この場にいらっしゃらない方のお話を、いつまでも続けるものではありませんね」

 

自分でも少し恥ずかしくなる。

 

「せっかくのお出掛けですし、もっと楽しいお話をしましょう」

 

「それもそうね」

 

リリーはすぐに笑顔になった。

 

「では次は、エレノアさんのお店へ行きませんか?」

 

「えっ?」

 

突然話を振られたエレノアさんが目を丸くする。

 

「おすすめの魔道具はありますか?」

 

「え、えっと……」

 

最初は戸惑っていたものの、魔道具の話になると、やはり少しずつ表情が柔らかくなっていく。

私はそんな二人の様子を眺めながら、温かい紅茶を口に運んだ。

 

学院へ入ってまだ日は浅い。

ノア・ハーバルという少し付き合いにくい同級生もいれば、こうして気兼ねなく笑い合える友達もできた。

研究だけではない。

学院生活そのものが、少しずつ色づき始めていると感じた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。