TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います 作:Fiomia
共通教養の講義室は、今日も多くの学生で賑わっていた。
魔法学研究科だけではない。
貴族教養科、魔法騎士科、魔道産業経営科。そのほかにも様々な学科の学生が集まり、一つの教室で学ぶ。
一年次だけの共通教養。
専門分野が違う学生と交流するための時間でもある。
「皆さん、おはようございます」
担当教師が教壇へ立ち、教室を見渡した。
「本日の課題は、班ごとの討論です」
そう言って黒板へ今日の課題を書き出す。
『魔道産業革命が王国へもたらした変化』
歴史学らしいテーマだった。
「なお、本日は学科や身分に偏りが出ないよう、こちらで班を指定します」
教室が少しざわめく。
私は配られた紙へ目を落とした。
「私たちは……第四班ですね」
「本当です」
リリーが嬉しそうに頷く。
「エレノアも一緒ですよ」
「よかったです……」
エレノアさんも胸を撫で下ろした。
初めての討論だ。
知っている顔がいるだけで安心感がある。
さらに名簿を見ていく。
「ガブも同じ班ですね」
「本当だ」
少し離れた席から、ガブがこちらへ手を振った。
「よろしく!」
「こちらこそ」
四人だけではない。
名簿には見覚えのない名前があと三人。
共通教養では学科だけでなく、身分も混ぜて班を作るらしい。
教師の合図で、それぞれ机を寄せ始める。
やがて七人が向かい合う形になった。
「初めまして」
一人の男子学生が口を開く。
制服は質素だが、姿勢はしっかりしている。
「ダリルです。農村の出身で、土木技術科にいます」
「私はミーナです」
続いて眼鏡を掛けた女子学生が軽く頭を下げた。
「商人の家です」
もう一人の男子学生も続く。
「レオンです。機械工学科です」
三人とも平民らしい。
私たちも順番に自己紹介を済ませる。
その時だった。
「では、まず役割を決めましょうか」
リリーが穏やかに提案した。
「司会役と、記録役、それから発表役が必要ですね」
「そうですね」
私も頷く。
貴族同士なら、ごく自然な流れだった。
まず役割を整理し、それぞれ適任を決める。
屋敷でも、お茶会でも、いつもそうしてきた。
ところが。
「……もう決めるんですか」
小さな声が聞こえた。
ダリルさんだった。
「え?」
リリーが首を傾げる。
「いや」
ダリルさんは少し言いにくそうに頭をかいた。
「まだ何も話してないのに、貴族の皆さんだけで進めるんだなって」
場の空気が少し止まる。
リリーは驚いたような表情を浮かべた。
「そのようなつもりでは……」
「分かってます」
ダリルさんは慌てて首を振る。
「責めたいわけじゃないんです」
「でも、いつもそうなんですよ」
「貴族の人たちは話をまとめるのが上手だから、気付いたら全部決まってる」
その言葉に、誰もすぐ返事ができなかった。
私は静かに考える。
(気持ちは分かります)
前世なら、私も同じように感じたかもしれない。
話し合いの前から物事が決まり始める。
その中へ入り込むのは勇気がいる。
けれど。
(リリーも悪気はありません)
この国の貴族社会では、まず進行役を決めるのは礼儀の一つだ。
皆が話しやすくなるように。
混乱しないように。
そのための段取りであって、誰かを排除する意図ではない。
十五年間、その文化の中で育ってきた私は、それも理解できる。
だからこそ、何と言えばいいのか分からなかった。
前世の記憶があるから、平民の立場も理解できる。
今世の記憶があるから、貴族の立場も理解できる。
どちらも間違っていないように思えるから。
「私は……」
言葉が喉まで出掛かる。
けれど、その先が続かなかった。
どちらか一方へ味方するような言葉は、もう一方を否定してしまう気がした。
リリーも同じだった。
何か言おうとして、小さく口を閉じる。
エレノアさんは困ったように視線を泳がせ、両手をぎゅっと握っていた。
誰も悪くない。
だからこそ、この沈黙は少しずつ重くなっていった。
その空気を破ったのは、机へ肘をついて困ったように笑うガブの声だった。
「んー、それならさ」
ガブは、場の空気など気にもしていないような明るい声で続けた。
「せっかくだし、最初に得意なことを言い合わない?」
全員の視線が自然と集まる。
「得意なこと……ですか?」
リリーが尋ねる。
「うん」
ガブは笑顔で頷いた。
「役割なんて、そのあとで決めればいいじゃないか」
そう言って、自分から口を開く。
「俺は文章を書くのは苦手」
あまりにも堂々と言うので、思わず笑いそうになった。
「でも、体力には自信がある」
「あと、人前で話すのも嫌いじゃない」
「だから発表役ならできると思う」
飾らない自己紹介だった。
自分にできないことまで隠そうとはしない。
「だから」
ガブはダリルさんへ笑い掛ける。
「君は何が得意?」
いきなり役割を決めるのではない。
まず相手自身を知ろうとする。
その問い掛けに、ダリルさんも少し戸惑ったようだった。
「俺、ですか」
「うん」
「えっと……」
少し考えてから答える。
「農村育ちなんで、現場の話なら多少は」
「灌漑設備とか、街道整備とか」
「へぇ!」
ガブが目を輝かせる。
「それ、今日の課題にぴったりじゃないか」
「魔道産業革命で一番変わったのって、その辺じゃない?」
「確かに……」
ダリルさんも少し表情を和らげた。
「そういう話ならできます」
「じゃあ頼りにしてる」
ガブは迷いなく笑う。
「俺、その辺全然知らないからさ」
今度はミーナさんへ向き直る。
「ミーナさんは?」
「私は商家ですから……流通や商売のことなら」
「おお、それも必要だ!」
ガブは本当に嬉しそうだった。
まるで一人ひとりの得意分野を見付けることが楽しくて仕方がないように。
その空気につられるように、少しずつ皆の表情も柔らかくなっていく。
「エレノアさんは?」
私が尋ねる。
「わ、私は……」
少し緊張したあと、小さく答える。
「魔道具の製造工程なら……少し」
「それなら魔道産業革命には欠かせませんね」
リリーも笑顔で頷いた。
「ロザは?」
「私は魔法理論から見た影響でしょうか」
「よし」
ガブが手を叩く。
「これだけ揃ってたら、すごい発表ができそうだ」
いつの間にか、さっきまでの重苦しい空気は消えていた。
討論も自然に始まる。
農村や商業の話、魔法理論と魔道具産業。
それぞれが自分の知っていることを持ち寄る。
誰かが一方的に話すのではない。
七人全員で、一つの課題を作り上げていく。
私は議論へ加わりながら、ときどきガブの方を見てしまう。
(すごいですね)
特別なことを言っているわけではない。
正論を述べたわけでもない。
けれど、ほんの少し話し方を変えただけで、場の空気がここまで変わる。
私は、さっき何も言えなかった。
平民側の気持ちも分かる。
貴族側に悪意がないことも分かる。
だからこそ、どちらへも踏み込めなかった。
けれどガブは違った。
どちらが正しいかを決めようとしない。
自然に皆が話せる空気を作ってしまった。
(これが……)
人と人を繋ぐ力なのだろう。
討論は予定時間いっぱいまで続き、最後には班全員で発表内容をまとめることができた。
「お疲れさまでした」
教師の声とともに授業が終わる。
教室を出る途中、ダリルさんがガブへ笑い掛けた。
「さっきは悪かったな」
「何が?」
「ちょっと構えてた」
ガブは首を傾げ、それから笑った。
「俺も逆の立場だったら緊張してたと思うよ」
「だから気にしなくていい」
その言葉に、ダリルさんも笑う。
「ありがとう」
二人は自然に握手を交わした。
その様子を見届けながら、私は静かに息を吐く。
(私はまだまだですね)
魔法なら自信がある。
研究なら誰にも負けたくない。
でも、人と人との間を取り持つことはできなかった。
今日の私は、ただ立ち尽くいていただけだ。
「ロザ」
リリーが隣へ並ぶ。
「良かったね」
「ええ」
私は微笑んで頷いた。
「ガブのおかげです」
「本当に」
リリーはどこか誇らしげに笑う。
その笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなった。
人には、それぞれ得意なことがある。
私には魔法がある。
エレノアさんには魔道具がある。
そしてガブには、人と人を繋ぐ力がある。
今日の出来事は、そのことを改めて教えてくれた。