TS転生令嬢は婚約したくないので魔法研究で身を立てようと思います   作:Fiomia

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新たな決意

前期試験が終わって三日後。

学院の廊下は、いつも以上に落ち着かない空気に包まれていた。

 

「あ、もう貼り出されてる!」

 

「見に行こう!」

 

朝から多くの学生が一つの掲示板へ集まっている。

今日は前期試験の成績優秀者が発表される日だった。

魔法学研究科の掲示板へ近付くにつれ、人だかりはさらに大きくなる。

 

「ロザ」

 

後ろから聞き慣れた声がした。

振り返ると、リリーが手を振っている。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、リリー」

 

その隣にはエレノアさんの姿もあった。

 

「ロ、ロザモリアさん……おはようございます」

 

「おはようございます」

 

少し遅れてガブも人混みをかき分けながらやって来る。

 

「おーい!」

 

「待たせた!」

 

「ガブは相変わらずね」

 

リリーが呆れたように笑う。

 

「だって気になるだろ?」

 

「ロザが何位か!」

 

その一言に、私は少しだけ肩へ力が入るのを感じた。

気にならないと言えば嘘になる。

けれど、順位そのものよりも。

 

(ハーバル様との差が……)

 

そこが知りたかった。

 

「見に行きましょう」

 

四人で掲示板の前へ進む。

人垣の隙間から、ようやく順位表が見えた。

一番上。

 

『首席 ノア・ハーバル』

 

その文字が最初に目へ飛び込んでくる。

 

(やはり……)

 

予想はしていた。

驚きはない。

けれど、実際に文字として見ると、胸の奥が静かに締め付けられる。

私は視線を少し下へ移した。

 

『次席 ロザモリア・アルヴェイン』

 

自分の名前がそこにあった。

 

「ロザ!」

 

リリーが嬉しそうに私の腕を軽く叩く。

 

「すごいじゃないですか!」

 

「おめでとうございます!」

 

エレノアさんも顔を輝かせている。

 

「次席なんて、本当にすごいです……!」

 

「ロザ、やったな!」

 

ガブは心から嬉しそうに笑った。

 

「学院で二位だぞ?」

 

「十分すげえよ!」

 

三人とも、自分のことのように喜んでくれている。

その笑顔を見ていると、自然と頬が緩んだ。

 

「ありがとうございます」

 

素直にそう答える。

この結果だけを見れば、十分すぎるほど良い成績なのだろう。

王立アステリア学院。

その中でも最難関と言われる魔法学研究科。

そこで次席になれた。

幼い頃の私が聞いたら、きっと飛び上がって喜んでいたに違いない。

 

「努力が報われましたね」

 

リリーは穏やかに微笑む。

 

「ロザが毎日どれだけ勉強していたか、私は知っていますから」

 

「ありがとうございます」

 

「本当に、おめでとうございます」

 

エレノアさんも何度も頷く。

 

「魔道具商会でも、学院の成績は大切だって聞いていました」

 

「研究室配属にも関わりますし……」

 

「そうですね」

 

研究室や奨学金、それに研究助手制度。

学院では試験の順位が様々な場面で参考にされると聞いている。

だから、この結果に価値があることも理解していた。

 

「ロザなら首席でもおかしくなかったと思うけどな」

 

ガブが何気なく口にする。

私は小さく首を横へ振った。

 

「いいえ」

 

「今回は、順当な結果です」

 

視線は自然と掲示板の一番上へ向く。

 

『ノア・ハーバル』

 

その名前だけが、周囲とは少し違う重みを持って見えた。

普段の実習や講義。それに試験。

学院へ入学してから今日まで。

何度もその才能を目の当たりにしてきた。

 

あの人は、ただ問題が解けるだけではない。

物事の本質へ辿り着く速度が違う。

私は順番に積み上げて考える。

ハーバル様は、最初から頂上を見据えて最短の道を選ぶ。

その差が、そのまま順位になって表れているような気がした。

 

「ロザ?」

 

リリーが心配そうに私を見る。

私は慌てて笑顔を作った。

 

「申し訳ありません」

 

「少し考え事をしていました」

 

「無理もありませんよ」

 

リリーは優しく頷く。

 

「試験が終わったばかりですものね」

 

私はもう一度、掲示板を見上げた。

次席。

決して悪い結果ではない。

それでも私の視線は、一番上の名前から離れることはなかった。

掲示板の前を離れると、四人は並んで中庭へ向かった。

試験が終わった解放感からか、学院全体がどこか明るい雰囲気に包まれている。

 

「今日は講義も早く終わりますし、お茶でもしませんか?」

 

リリーが提案する。

 

「は、はい。賛成です」

 

エレノアさんが小さく頷く。

 

「俺も行くぞ!」

 

ガブが元気よく手を挙げる。

 

「ロザももちろん来るよな?」

 

「ええ」

 

私は笑顔で答えた。

 

「ぜひ、ご一緒させてください」

 

その返事を聞いて、三人は安心したように笑った。

他愛ない話をしながら歩く。

試験問題のことや、夏休みの予定。

学院で噂になっている先生のこと。

私は相槌を打ちながら耳を傾けていた。

けれど心のどこかでは、まだ掲示板の文字が残っていた。

 

『首席 ノア・ハーバル』

 

『次席 ロザモリア・アルヴェイン』

 

たった一つ上。

それなのに、とても遠い。

 

 

喫茶店で三人と別れたあと、私は一人で学院の中庭を歩いていた。

春の日差しが木漏れ日となって石畳へ落ちている。

穏やかな景色だった。

 

(次席……ですか)

 

改めて、その言葉を胸の中で繰り返す。

伯爵家で学んでいた頃なら、迷いなく喜んでいただろう。

学院へ入る前の私も、そうだったはずだ。

魔法なら誰にも負けない。

努力してきた時間なら負けない。

そんな小さな自信があった。

 

けれど学院へ来て、それは簡単に打ち砕かれた。

最初の実習。

魔法式の見方。

実験計画。

そして今回の試験。

どれも私は全力だった。

手を抜いたことは一度もない。

それでも、届かなかった。

 

(悔しいですね)

 

思わず苦笑する。

前世でも、優秀な人はたくさん見てきた。

けれど、その時は同じ土俵で競っていたわけではない。

今は違う。

同じ教室で学び。

同じ課題へ取り組み。

同じ試験を受けている。

だからこそ、差がはっきりと見えてしまう。

 

「努力だけでは届かない相手もいる」

 

先日、自分で口にした言葉を思い出す。

あの時は、本当にそう思った。

けれど。

 

(ヴィオレット先生は……)

 

『あなたは研究者として最も大切な資質を持っています』

 

『悔しいと思えるから、人は成長できます』

 

先生の穏やかな声が耳に蘇る。

そして、アンナの言葉も。

 

『お嬢様は、努力をやめない方ですから』

 

自然と足が止まる。

私は振り返り、遠くに見える研究棟を見つめた。

 

(そうでした)

 

勝てなかった。

それは事実だ。

でも負けたからといって、研究をやめたいと思ったことは一度もない。

 

むしろ逆だった。

ハーバル様は、どうしてあんな発想ができるのだろう。

どうすれば魔法式を見ただけで本質へ辿り着けるのだろう。

それを知りたいし、理解したい。そして追い付きたい。

そんな気持ちが、胸の奥から静かに湧き上がってくる。

私は小さく笑った。

 

(単純ですね、私は)

 

落ち込んでいたはずなのに。

考え始めると、もう次の課題へ意識が向いている。

まだ一年生は始まったばかり。

試験はこれからもあるし研究も続く。

 

一度負けたくらいで終わりではない。

私はもう一度、掲示板の方角へ目を向けた。

今もきっと、一番上にはあの名前がある。

ノア・ハーバル。

優秀で、少し変わっていて。

今の私では届かない相手。

でも。

 

(次は負けません)

 

心の中で静かに誓う。

追い付きたい。

その先で、肩を並べたい。

 

そしていつか。

あの掲示板の一番上へ、自分の名前を書いてみせる。

春風が銀色の髪を優しく揺らした。

私は前を向き、研究棟への道をゆっくりと歩き始めた。

次に勝つために。

今日からまた、一歩ずつ積み重ねていこう。

 

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